宣誓19

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宣誓 I'll swear royalty and love to him.

19.




寝付いたままずっと目覚めなかった王子が、ようやく目を覚ましてから数日が過ぎた。始めはなぜ王子が突然臥所に倒れたまま起きなくなったのか、なぜ寝付いた時と同じく突然目を覚ましたのか。誰もが不思議そうに、そして少しばかりの好奇心を滲ませながら口々に自分の説を語り合っていた。しかしいくら調べても結局本当のところの原因は誰にも分からず、王子自らも眠っていた間の事は覚えていないと言い、それよりも目前に迫った数々の式典までもう準備時間がほとんど無いという現実に次第に気が付いてくると、人々の話題は自然にそちらの方へと移っていった。


「良うございました、実に良うございましたなあ」
「ああ、まったくだな」
窓から漏れ射す穏やかな夕日を背に受けながら、くしゃくしゃ頭の老人が感極まった様子で目頭を押さえている。最も年老いた侍従の一人だった。そんな彼の隣りに立ち、励ますように背中を叩く大男の表情もまた感慨深げだ。
侍従長と晴れて無罪釈放となったナッパだけでは無い、室内には多くの人が溢れてごった返し、忙しなく部屋を出入りしている。顔を真っ赤にしながら今夜執り行われる予定の、第一王子の快気を祝う宴準備に奔走する者。顎周りに立派なヒゲを蓄えた科学者風の身なりをした者や、厳つい体つきのエリート戦士。また、一目でサイヤ人と分かる彼らに交じって、明らかに姿形が違う異星人も見受けられた。腕の良い異星のお針子達は、部屋の中程に陣取って紫色の肌を汗だくにしながら片手に7本ずつある指を器用に操って、せっせと縫い物をしている。それはまさに祭りの前の興奮状態だった。室内に溢れる彼らの見た目はまったく違うが、表情は皆そろって浮足立ちながらどこかウキウキと嬉しそうだ。ただ一人を除いては。
忙しなく動き回る人垣の中心で、ただ一人この星の第一王子だけが浮かない顔をして立っていた。


「では王子様、失礼いたします」
だらり、と垂らされた王子の腕を、特に熟練した針子が恭しく取る。王子の体にじかに触れる事はまかりならないと手袋をはめた手で、王子が身に纏う青いシャツの手首部分にたるんだ布地を摘まむ。再び失礼いたしますの言葉と共に、今度は腰、次に背中部に余った布地を摘まんで測り、隣りに控える助手に何やら良いつけてはせっせとメモを取らせている。その間王子はされるままになりながら終始無言のままだった。
「失礼ながら王子様、随分とまたお痩せになられましたなあ」
「……………」
何気なく感想を口にした職人の顔を、王子がじろりと睨みつける。
「あ、いや、その、これは失礼」
気難しいと噂に名高い王子の機嫌を損ねては一大事だ。彼は慌てて首をすくめて非礼を詫びながら、再び仕事に没頭する事にした。
王子が今身に纏っているのは、最新機器を使って精巧に採寸され、伸縮性の高い生地で仕立てられた王子専用のアンダーシャツだ。王子のフリーザ軍への兵役開始が目前に迫り、それを祝う式典用にと特別にあつらえられた装束は本来彼の体にぴたりと沿うはずなのに、なぜか戦闘服も含めて全てぶかぶかになってしまっている。13日もの間、眠り続けた王子の体の肉がすっかり引いてしまったためだ。本来仕事中は私語禁止であるはずの職人が思わず感想を口にしてしまうほど、元から小柄な王子の体はますます小さくなってしまった。
式典に間に合わせようと慌てて採寸し直され仕立て直されてはいるが、高度な技術で作られる戦闘服は今夜の快気祝いにとても間に合いそうに無い。そこで急きょ代用品として、昔ながらの手法で王子の衣装が縫い直されているというわけだ。
窓から射していた夕日が次第に青みを増していき、空には星が瞬き始めている。室内には煌々と明かりが灯され、高台から望む城下町では点々と夜景が広がり始める。晴れやかに執り行われる宴の時間は直前に迫っている。



「――――おい。」
暫く作業に没頭していた彼には、一瞬その声が空耳に聞こえた。気にする事無くそのまま作業を続けていると、
「――――おい、キサマ」
今度ははっきりと彼を呼ぶ声が聞こえ、職人は縫い物の手を止めた。この忙しいのに一体誰が邪魔をするかと周りを見回すが、不思議な事に誰も職人に話しかけた様子は無い。黒いマントから突き出された太い腕を振りまわして伝令に何かを早口に伝える戦士、口から唾を飛ばしながらどこどこ星のナニガシ卿の席順はどこだと唾を飛ばして騒いでいる案内役、大男たちの隙間を縫って駆け回りながら、皆の小腹を満たすための軽食や飲み物を配って回る小間使い、皆それぞれ受け持った仕事をこなそうと奔走する事に手いっぱいで、誰一人のんびり世間話でもしようと言った様子の者はいない。
やはり気のせいだったかと再び縫物を始めようとした異星人の耳に、もう一度はっきりと声は聞こえた。
「おい、キサマ教えろ」
職人はぎょっとして顔を上げた。今度こそ間違えようが無かった。彼に話しかけているのは他でもない、これまでむっつりと押し黙ったまま一言も口を利かなかった、ベジータ王子その人だったからだ。一旦自分の居室に戻ったはずの王子は、いつからそこにいたのか職人の真正面に腰掛けながら腕組みをし、睨むように彼を見ていた。


「は、な、何でございましょう?」
突然の出来事にしどろもどろになりながら彼が答えると、王子は一呼吸ほど置いた後口を開いた。
「キサマはこの星の者ではないだろう」
「あ、はあ、左様でございます」
「ならば教えろ。―――この星の……『惑星ベジータ』の今度の『新月』はいつだ」
「え、この星の、でございますか?新月?」


王子から受けた予想外の質問に彼は大いに面食らった。確かに月光で変身する能力を持つサイヤ人は月齢に対して敏感だという事は知っている。しかしそれとこれとは話が別だ、そんなもの、一介の職人でしかない自分に聞いてどうしようと言うのだ、この星の天文学者、それともお付きの者、もっと言えば今周りを走り回っている者たちの中の誰であろうと、自分よりはこの惑星の月齢について知っているだろう。どうして自分にそんな事を聞くかと大いにいぶかっていると、王子はまるでこちらの思考を読んだように再び口を開いた。
「キサマは今、このオレが何でキサマにそんな事を聞くか不思議に思っているだろう」
「は、はい、左様で」
「キサマにだから聞いているんだ、キサマはこの星の人間ではないからな……、いいか、この星の次の新月はいつか、今から調べてこい」
王子の表情から、「この星の人間ではないから聞いている」事と質問内容の関連はとても聞けそうに無いという事はすぐに分かった。
「は、はあ……」
「ただし惑星ベジータの人間、つまりサイヤ人には絶対聞くな。この星の機材も使うな。キサマの乗ってきた宇宙船で調べろ。どんな旧式に乗ってきたか知らんが、それくらい調べられるだろう」
「勿論でございますが……ですが、あの……」
「そんなつまらん縫い物など他の者にやらせろ。いいから今すぐ調べてこい」
「は、はい……」
「さっさとやれ!このオレを怒らせたいか!」
「は、はい、只今!!」
この星の王子がどれ程恐ろしい戦闘力を持っているか知っている職人は、縫いかけていた王子の装束を助手に押し付けて、慌てて部屋の外へ飛び出していった。


汗を掻き掻き走り去る異星人の背中を見送りながら、ベジータは一つため息をつく。
これでいい。見たところあの職人は馬鹿ではなさそうだ、きっと自分の言いつけを見事に果たして戻ってくるだろう。これでこの星の人間に誰も知られる事無く次の『新月』のタイミングを調べる手はずが着いた。後は……。王子は一旦ここで思考を切り、物思いに沈んだ表情でぼんやりと窓の外に目を向けた。
相変わらず室内は人でごった返し、皆それぞれの仕事をこなすために奔走している。一人時の止まったように外を眺める本日の宴の主役と対照的だ。窓の外はすっかり日が落ちて夜の光景となっていた。高台の裾野に広がる遥か下方の城下町では無数の明かりが灯り、夜空の星も霞むばかりの見事な夜景を織りなしている。赤に緑、青に白。一つ一つが全て庶民や下級戦士達の生活の明かりだ。あの明かりの中、どこかにあいつもいるんだろうか。



「……………」
かなり長い間着続けている普段着用のアンダーシャツの袖を邪魔そうにまくりあげてから、再び腕を組んで窓の外を見、深く息を吸い込む。
「カカロット………」
唇をほとんど動かさずに呟いた後、何かの決意を固めるようにベジータは自分の口を引き結んだ。
次に会った時は……今度こそ、オレはお前と……