宣誓17

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宣誓 I'll swear royalty and love to him.

17.




「なるほど、ここをきさまの墓場に選んだわけか」
やや赤みを帯びた恒星がギラギラと照りつける。この星の太陽だ。数は一つ。中空高く昇っていた先ほどまでは黄色く輝いていたが、時間の推移と共に地表へ傾き赤みを帯びてきている。そして放つ熱量は少しも衰えてはいない。風化した岩棚に降り立てば足元にくっきりと長い自分の影が伸びる。そこは強い風が吹きつける見渡す限りの荒涼とした岩場だった。
下を覗いてみると、同じく平らな岩棚に降り立ったカカロットがこちらを睨み上げている。身に纏っているのは見たことも無い『地球』の民族衣装だ。オレンジ色の、かなりゆとりを持たせた布装束。風変わりだが、この星の太陽と同じ色をしたそれはカカロットに良く似合っていた。


「喜ぶがいい、キサマのような下級戦士が超エリートに遊んでもらえるんだからな…」
頭の中に言葉が浮かんで、ひとりでに口を突いて出る。まるで読みつくした本をそらんじるように……あるいは、かつで一度語った事があるかのように……それは滑らかに口にする事が出来た。おまけにオレの言葉を聞いたカカロットが何と答えるのかも知っているぞ。こうだ。
「おちこぼれでも必死に努力すりゃエリートを越える事があるかもよ」
「おもしろい冗談だ」
―――挑発するような視線。カカロット、『地球かぶれ』の裏切り者、サイヤ人の面汚しめ。この俺がみずから制裁を加えてやるぞ。光栄に思え。目の前の敵をぶちのめす時の快楽。カカロットと対峙しながら、思い出して胸がどきどきと高鳴った。あまりに激しく高鳴るので……胸がひどく切なく痛んだような気がした。


しばしの睨みあいの後、先に動いたのはカカロットだ。横ざまに低く飛びながら鋭く突きを繰り出してくる。フン、まあ悪くない動きだ、だが所詮オレの敵では無い。あくまで余裕をもってそれをかわして見せると、びゅうっ!と耳元で風の鳴る音がした。一瞬汗が冷やされて気持ち良く感じ、すぐにまた熱くなった。
「どうしたカカロット、そんな程度じゃないだろう!」


そこまで叫んだ時、突然に世界が変化した。頭上から照りつけていた太陽が地平線の向こうへすとんと落ちたのだ。まるで滝壺にでも落ちたかのようだ。あくまで青かった空も荒涼とした岩場も、対峙するカカロットの姿も、全て唐突に見えなくなった。漆黒の闇が訪れ、なんの物音もしなくなった。全くの黒一色。まったくの沈黙。
やがて微かに歌が聞こえてきた。カカロットが歌う、調子外れのへたくそな童謡だ。まったく、ちっとも上手くならないやつだな。けれどオレは嫌いじゃない。口に出して褒めた事は無いが、宮廷歌人の歌う退屈な詩よりよっぽど味がある。自分が何かを言うたびに、カカロットが嬉しそうにはしゃいだり、騒いだりする。いかにも楽しそうな声だ。
声は細く長くなり、次第に小さくなっていく。やがて始まった時と同じく唐突に消えた。辺りは再び漆黒の闇に包まれた。……いや、先ほどまでと違い、闇の中でぽつりと一つ明かりが灯っている。小さな星。名も無い恒星。遥か遠くで燃え盛る太陽。暗い空一面を、か細く輝く星々が覆っている。星が……星が流れていく……


「……いくぞベジータ」「……さっさと来い」
今夜は新月。ここはいつもカカロットと待ち合わせる森の中。目印の大木から程近く、森の中のやや開けた空き地に二人は対峙する。気弾は使わず体術のみ、勝負はどちらかが根を上げるまで、あるいは暁が迫るまで。それ以外は特にルールなど設けていない。最もこれまでの対戦成績はカカロットの連戦連敗、しかも一方的な敗北でカカロットが根を上げて勝負が決まるというパターンが全てだった。夜風が吹き渡り二呼吸ほどの間、二人は互いの出方をじっと窺う。
「…………だりゃあああっ!」
威勢の良い唸り声を上げながら、先に動き出したのはカカロットの方だ。固めた拳を大きく撓らせ鋭く突き出すのを僅かな動きでかわし、カカロットが次の攻撃に移ろうとする前に、飛びあがって張り出した木の太い枝を掴んでくるりと半回転し、その張力を生かして大きく後方に飛び退さり着地する。カカロットが突進して尚も拳を突き出すと、今度は交差した腕でそれを難なく弾き、逆に勢いを反らされて背中を見せたカカロットの背後で大きく飛びあがってその背を激しく蹴りつける。
「うわっ!と、と!」
派手な声を上げながらカカロットが大きくたたらを踏む。


……なんだこれは。夢なのか?夢だとすればあまりにもリアルで鼓動の高鳴りはまるで本物の戦場に立つときのようだ。
それは不思議な感覚だった。……上が下になるような……左右の区別がなくなるような……眩暈のような……貧血のような……底知れぬ奈落に墜落するような……あるいは天にも昇るような。胸が熱くなる。自分が高ぶっていくのを感じる。極度の興奮のあまり叫びだしたくなる。この世で最も強い者と戦えと本能が告げている。
オレを超える天才だと?そんな存在、許すものか。オレは誇り高き惑星ベジータの王子だ!激しい興奮に突き動かされて、カカロットに飛びかかる。城の窓から夜空へと身を躍らせる。冷たい夜風が頬を滑る。遥か頭上で煌めく星。あの星が欲しくて、どうしても掴みたくて、必死に手を伸ばす。カカロット、キサマともっともっと、戦いたい。


「オレの目的はカカロットだけだ、他のやつらなどどうでもいい」
何者かが自分の精神に直接語りかけてくる。それは暗く甘い夢のようで気を抜けばいとも容易く飲まれてしまいそうになるのを必死に耐え、目の前のカカロットだけに意識を集中させる。
”なんというやつだ、まだこのボクに完全にコントロールされないでいる……!” 
驚く魔導士バビディの声が頭の中に再び響き渡った。おかげで自分は前にも増して力強くなり、殺戮への暗い情熱が身の内で燃え上がる。弾む息のためにうっすら口を開きながら、舌なめずりをする。
「さあ、俺と勝負しろカカロット。これ以上死体の山を増やしたくなかったらな……」
地球の一般人達を屠って挑発すれば、カカロットが怒りを含んだ目でこちらを見てくる。それがあまりにも気持ち良くて思わず高笑いを上げた。
「オレは昔のオレに戻りたかったんだ!残忍で冷酷なサイヤ人のオレに戻って、何も気にせずキサマと徹底的に闘いたかったんだ!!!!」
ああそうだ、オレは冷酷な戦闘民族の王子、戦いこそが全て。カカロット、キサマを倒してオレが再び頂点に立つ。それだけが目的だ。愛情?なんだそれは。そんなもの、戦いの邪魔でしか無い。
「本当にそうか?」
冷ややかな声でカカロットが問いかける。良く知った声だ。けれどその姿を目にした瞬間思わず瞠目した。中空にさしかかる、太陽よりも眩しいその姿。


―――燃え盛る金色の髪、鋭く光る緑の瞳。
どちら初めて見るものだ。けれど分かる。これはカカロットだ。長い四肢はあらゆるものを砕く力を持ち、その体はこの世のいかなる武器を持ってしても貫く事が出来ないほど強靭であり、纏う気配は宇宙で最も輝く星よりもなお眩い。全てを超越した強さを持つ者、史上最強の男。自分がこの世の何者よりも求めて止まない存在。至高の星。
「行くぞ!!!殺してやる、カカロット!!!!」
埃っぽい風が強く吹く。強い日差しが照りつける荒野で、再びカカロットと戦える喜びに打ち震え全身の神経が焼き切れそうになるのを耐えようと、荒々しい叫び声を上げながら突進する。渾身の力で振りかぶった拳をカカロットが難なく受け止める。たちまち湧き上がる賞賛と羨望、嫉妬に憎悪、殺意。そして―――独占欲。カカロット、もっと、もっとキサマと戦いたい!!!もう、お前を超える存在なんて、世界の隅々まで探してもどこにもいない。そうだ、何故なら俺たち二人は、戦闘民族サイヤ人の最後の生き残りだからだ。
……最後だと?ばかな。サイヤ人は他にもいる。少数民族とはいえ、惑星ベジータに住む同胞たち。奴らは皆サイヤ人だ。オレとカカロット二人きり、そんな事あるはずが無い……けれど今はそんな事、どうだって良い、そんな事よりも!!!!
欲しい 欲しい 欲しい 欲しくて欲しくて堪らない。
極度の興奮状態の中、同時にひどい渇望を感じた。それは空腹でも無く喉の渇きでもない。これまでに感じた事のない類の、自分を突き動かすような強烈な飢えだ。



欲しい 欲しい 欲しい



一頻り打ち合った後、僅かにカカロットが隙を見せた瞬間を狙って夢中になってその懐に飛び込む。カカロットがしまった!という顔をする。まさしく千載一隅のチャンスだ。けれどなぜか……相手の頸動脈を断ち切る事よりも、カカロットの太い首にしがみ付いて口付ける事こそが今の自分に必要なのだと強く感じた。本能に命ぜられるまま噛みつくように唇を相手のそれに押し付ける。欲しい 欲しい 欲しいカカロット、お前が欲しい、誰にも渡したくない!!! 
カカロットが驚いて目を見開くのも構わずに舌を差し入れながら、相手の衣服を乱暴に肌蹴させる。そして同時に、待ちきれないと言わんばかりに自分のシャツも引き剥げば、すぐに太い腕に息も止まるほど強く抱きしめられ、大地に押さえつけられる。極度の興奮、歓喜。カカロットの熱い息が首筋にかかる。ヤツも興奮している、そう思った瞬間、酩酊したようにぐるぐる回る意識の中で声を限りに叫んでいた。

「カカロット、欲しい、欲しい!!!早く、くれ……キサマのを……!!!」
乱暴な手つきで戦闘服を下着ごと引き下ろされれば、訳も分からないまま自ら足を開いて受け入れる体勢を取る。何かが自分の中に押し入ってくる。
「あ、ぁ……カカ、……あああっ……!!!」
何者かに体の奥を侵食される。湧き上がる痛み。甘い苦痛。そして快楽。わけもわからず喚きちらして、カカロットの首にしがみつく。すると押し広げられた両足の狭間から押し入ってくるものが、一層深く自分の中に突き入れられる。その感触、もはや痛みなのか快楽なのかも分からない。けれど「もっと欲しい」と求めずにいられない。混乱しながら泣き喚くとカカロットの強い腕に抱き締められる。余裕の無い表情だ、こんな顔をした奴を見た事が無い。ぴったりと重なり合った胸から鼓動が、汗のにおいが、互いの熱が伝わる。耳元で何事かを囁かれる。激しく揺すぶられながらひっきりなしに声を上げ続ける。甘い声。言い様の無い感覚。それはほとんど……幸福感、と言って差し支えなかった。
カカロットの背後で、天を覆うばかりに幾千億の星が輝く。その煌めき、真昼よりもなお眩しく輝く。カカロット。オレの、太陽。


星は巡り季節が移ろう。交わり合いながら意識が交錯する。
―――惑星の次期王となるべき王子。
―――母星を無くした亡国の王子。
わずかな軸のずれによって生じた異なる次元、未来。そこに写し鏡のように存在する同一人物が、互いに求めるのは唯一人。どうして昼間の夢ばかり見ていたのか、今なら分かる。どれほど血塗れても、血溜りに立っていても、お前はオレにとっていつでも真昼の太陽そのものだったからだ。


水を取りに行っていたはずのカカロットに、暗い森の中で強く手を引かれ、噛み付くように口付けられる。唇が切れて血が流れても、自分はもう恐れなかった。
「カカロット、もっとーー」
奴の手がアンダーシャツの裾から差し入れられて、肌を掻き毟る程の荒々しさで愛撫される。皮膚を食い破るほどに激しく歯を立てられ、強く吸われる。
「もっと、もっと……欲しい……」
自分を捕らえる強い腕にしがみつく。


宇宙の塵が集まって星が生まれ、やがて輝きと熱を持ち始める。生まれたての星は宇宙のどこにいても見えるほどに眩しい光を放ち始め、幾千億の年月をかけながら燃え盛り、青年となり、やがて老いていく。途方もない年月の果てに迎える星の死。想像を絶する巨大な爆発と衝撃波。観客のいない大花火ショー。まばゆく輝きながら死を迎えた星。それは、やがて別の星に新たな命を与える。爆発の衝撃で宇宙の塵がガスの雲となり、雲は輝き始めて新たな星が生まれていく。
母星の爆発と共に宇宙の塵となった同胞たち。宇宙を漂いながら、彼らもいつかガスの雲となり輝き始め、新たな星となるかもしれない。或いは新たな生命となるかもしれない。或いはまた別の世界では、自分は不幸にも母星に留まっていて、その消滅と運命を共にしていたかもしれない。それでもきっと、自分は今の自分とはまったく違う姿になっていても、きっとお前を見出すはず。
”なんだ、おまえも金髪になれるのか”
混沌とする世界、様々な感情が入り混じって、もう何が何だか分からずただ夢中で唯一確かな存在にしがみ付いた。
カカロット、もっと欲しい、もっと、もっと、欲しい、カカロットーーー!
そう叫ぼうとしたその時。