宣誓14

sign.jpg

宣誓 I'll swear royalty and love to him.

14.




「…なんだ、誰かと思って出てみれば、またてめえか。しつこいヤロウだな」
彼の姿を見るなり、男はハエでも追い払うかのようにうるさそうな顔をした。午後から天気は荒れ模様だと聞いて、慌てて明日の分までの配送手筈を整え、在庫を確認し、てんてこ舞いになって働いて、ようや目処が立ったところでやれやれと腰を下ろそうとしたのを邪魔されたのだ、不機嫌になるのも無理は無い。まだこの後も機械のネジを締め油を差し、動力源の空気漏れをチェックして整備を終えた後は嵐に備えて建屋の屋根や窓を点検し、その他にもやらねばならない仕事は山積みだというのに。
「何べんも言ってるだろうが、うちは個人客相手の商売はしちゃいねえんだよ」


明らかに歓迎されていない視線を向けられても、彼はお構いなしだ。人好きのする笑顔を浮かべながら手を合わせて拝み倒す仕草をする。
「そこをさ、頼むよおっちゃん」
太り肉の男は分厚い胸の前で腕を組みながら、自分を拝む相手の姿をじろじろと眺めた。年のころは少年の域をやや出掛けたくらい、体格こそ平均よりも少し良いものの、それ以外はどこにでも居そうな、人が良いことだけが取り柄といった様子の凡庸な青年だ。風体からすると一応下級戦士の端くれらしいが、とても強そうには見えない。おそらく逃げ足の速さだけで戦場を生き延びてきた口だろう。
「……ちっ、うるせえな、てめえも戦闘員なら、まかないくらいあるだろうが。腹が減ってるんなら配給所に行ってたかってくるんだな」
戦闘よりも商売に才能のあった男は、戦うのを止めて以来でっぷり太った腹を揺らしながら、バカにしたようにふん、と鼻を鳴らした。


「うーん、オラ別に腹が減ってるわけじゃねえんだ」
頭を掻きながら彼は答え、それから『あ、ちょっとは減ってるけどな』と付け足した。
「たださ、おっちゃんのところの売りモンをちょっとだけ分けてほしいんだ」
「だから何度も言ってるだろうが。うちは個人相手の商売はやってねえんだ、分かったか」
手で追い払う仕草をしながら、男は相手の視線が気になった。得体の知れない来訪者が見守る自分の背後では、小型の作業用ロボットがちょこまかと動き、箱詰めされた商品を次々と配送車両に積み込んでいく。格安で手に入れた旧式のロボット達は、男の目からみても実にまぬけな姿をしていたが、それなりに役立つ連中なのだからそこは大目に見るしかない。所有者が思うくらいだから、他人が見ればもっと不格好に写るだろう。そう思うと相手の笑顔がこちらを馬鹿にしたもののようで本当に腹が立ってきた。


「分かったらさっさと帰れ、商売の邪魔だ」
いくら睨みつけても動じない相手に苛立って、男は羽振りのよさそうな財布を懐から取り出し、小銭を掴んで適当に放り投げた。すると、それを待ち望んで道端にうずくまっていた物乞い……戦場で深手を負って戦えなくなった元下級戦士だ……や、薄汚れた顔の娼婦が、わっと小銭に群がって我先にと奪いあう。その様子を軽蔑した目で眺めながら、再び男は鼻を鳴らした。
「うち自体は個人でやってる商売だがな、なめるなよ」
鷹揚に言いながら、男は自分より背の高い相手に見下されまいと、精一杯背を反らす。
「なんたってうちの商品は、『王家御用達』なんだからな」
そう言って男は、自分の背後を指差した。商売拡大のたびに増改築を繰り返してきた自慢の建屋は塗装しなおしたばかりだ。その軒先には、周囲の羨望を集めながらつい最近賜ったばかりの、真新しい看板が輝いている。『王家御用達』の文字と、中央に赤々と染められた王家の紋章が何よりも誇らしくて、胸をそらす。


「……へえ、そうなんだ。そいつはすげえな」
それまでいくら睨まれてものらりくらりとした態度を崩さなかった相手が、驚いたように目を見開いたのを見て、男は気を良くした。
「なんたってうちの商品は『価値ある生鮮食材』だ、手間暇掛けて土植えして育ててるんだからな。そこいらの促成栽培やバイオ操作したシロモノとはワケが違うぜ」
この腑抜けたヤロウでも、さすがに王家の名前を出されてビビったようだな。
誇らしげに言う男の言葉に、相手はまた『すげえすげえ』と繰り返しながら、好奇心に満ちた顔で聞き返してきた。
「『王家』って言やあさ、もしかしてあの……『ベジータ王家』?」
「当たり前だ、ベジータ王家以外に王族がいるかってんだバカめ」
「そっか。そうだよな、すげえなぁ」
驚いたり感心したりする相手に、男はすっかり得意になり、饒舌になった。
「特に、第一王子様がうちの商品をいたくお気に入りだそうだからな」
「……王子……」
「『他のものは口にしない』とまで仰っているそうだ」
そこまで調子よく喋っていた男は、急におや、と不思議に思った。能天気にへらへらしていた相手の笑いが、一瞬ひどく寂しげなものの様に見えたのだ。次の瞬間には、元通りの呑気な表情に戻っていたが。



「それを聞いたらオラ、ますますほしくなっちまった」
「何遍言ったらわかるんだ、うちは個人相手の商売はやらねえんだよ」
笑顔で腰に手を当てる青年に、男は今度はあきれ返った。本当にしつこい相手だ、これでは会話が堂々巡りだ。
「もちろん代金は払うさ、そんなら良いだろ?」
「いくら積まれたってだめだぜ」
「なんだ金じゃダメなんか。それじゃあさ…」
顎に手を当てて、彼は少しの間考え込むそぶりを見せた後、あっと何かを思いついた顔をした。
「おっちゃんの仕事、オラが当分の間手伝ってやるよ。そんなら良いだろ?」
「は?何だって?てめえが?うちの仕事を?」
相手の突拍子もない申し入れに、男が目を白黒させる。
「オラ、カカロットって言うんだ。結構役に立つと思うぞ?んで賃金は……」
言いながら彼……カカロットは、ちらりと傍らに積まれた箱に目をやった。その視線の先では真っ赤に色づいたリンゴが、綺麗に箱詰めされて積み上げられている。


――カカロットが幼い頃にベジータのためにと、ここから頂戴したものと同じ品種だ。


もっともあの頃はこんなにでけえタテモンじゃなかったけどな。そう心の中で呟きながら、にこりと笑って、指を2本立ててみせた。
「……『リンゴ2個』だ」
「はあ?何だって?『リンゴ2個』だぁ?!」
ますます突拍子も無い事を言われて面食らう男の前で彼は、にこにこと笑っていた。





男が聞いた予報通り、その日は夕方からひどい荒れ模様の天気になった。
猛烈な西風に煽られて、小高い丘の上にある王宮では、尖塔に掲げられた真紅の旗が激しく翻っていた。金糸で王家の紋章の縫い取りが施されたそれは、いつもなら日の光に輝いてあまねく王家の威光を指し示すところだが、今は吹き付ける強風に引きちぎられるばかりにはためいて、今にも吹き消されそうな炎といった風情だ。
「……………どうだ、どうなった!」
王宮の中を、憔悴した様子の大男がどたばたと足早に歩く。
「おい医者!!ベジータ……王子、の様子はどうなった?!」
血走った目をしたハゲ頭の大男に詰め寄られて、御典医がひいっと悲鳴を上げた後、困惑した様子で答えた。
「だめです、まだお目覚めになりません」