消えない傷 3

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男に背を撫でられ続けて、ようやく体の震えが収まった頃には長い時間が経っていた。
押しつけていた男の胸から顔を上げると、固く握りしめていた男のアンダーシャツはくしゃくしゃになっている。ようやく怯えの表情が消えたベジータは、代わりにきまり悪そうに俯く。またこの男に弱いところを見られてしまったのだと思ったのだ。けれどそっと上目で伺うと、もう男は面白がってもからかうような素振りも見せてはいなかった。無言でベジータの頬に手を添えて、真っ直ぐに目を合わせてくる。
「あの時は災難だったな」
「…………!」
あの時、と男が口にした瞬間、ベジータの表情がまた固くなる。
「まあ綺麗さっぱり忘れちまえってのも難しいだろうがな、無理やりにでも気持ちを切り替えろ。先の事だけ考えていれば、過去に何があったか、なんて思い出さずに済む」
「…………」
「俺の言ってる意味がわかるな?」
しっかりと言い聞かせるような男の言葉に、ベジータは戸惑いながらも頷いた。その視線の先に男の頬に走る傷跡が映った。
「……おい、キサマ…」「なんだ」
真摯な男の目に覗きこまれて落ちつかなげに視線を彷徨わせた後、ベジータはおずおずと口を開いた。
「あの事は誰にも…」
「ああ、分かってる。誰にも、てめえの親にも言わねえよ。俺が墓まで持って行ってやる。安心しろ、口は固い方だ」
「本当だな?」「ああ」
しっかりと頷く男の言葉に、ベジータは少しだけ表情を和らげた。



ベジータは王子にして誰もが認める天才だった。将来を嘱望され、誰もが彼を褒めそやし、大人は皆ひざまづく。父王ですらベジータの底知れぬ力を頼もしいと言いながら、どこかで恐れている様子だった。『自分は選ばれた者だ、けれど他の奴らはそうじゃない』自分は誰よりも強く賢く優れていて、誰にも負ける事などないのだと、幼い彼は得意になり、次第に傲慢になった。彼の才能に賞賛の声は惜しみなく与えられ、しかし類稀なる者であるがために、結果として彼に警告し助言する者は全て彼から遠ざけられる事になる。
天賦の強さは彼を幼くして母星の庇護から引き離し、戦場に引きずり出した。子供とは到底思われないその強さは軍でも遺憾なく発揮されたが、禁欲を強いられる軍隊で幼い彼の存在は、弥が上にも人の興味をそそった。不遜で尊大で、怖いもの知らずの性格の子供は、いつしかそこらじゅうから警戒とも憎しみとも好奇ともつかぬ視線をあつめるようになった。それを跳ね返そうと彼が乱暴に振る舞う程に、生意気な子供を泣き喚かせたいという欲望は集まり、禁欲的であるはずの戦闘服は、小さな体や幼く瑞々しい肢体を隠すどころか一層際立たせ、いつしか良からぬ者たちは、隙あらば心ゆくまでその体を味わってやろうと舌なめずりして彼を見るようになった。






はあ、はあ、と嵐のような息を付きながらベジータは懸命に飛んだが、彼の見たどちらの方向も大差無い。一面の氷と岩が道を作り、それが時折氷と砂礫に変わる以外に動く者は何もない。ベジータと、彼を血走った目で追いまわす大男を除いては。
「へっ、俺から逃げられるとでも思ってるのか、ガキが」
雷のような声に背後を一瞥すると、怪物は素早く進んできていた。にたにたと痴鈍に緩んだ笑い顔からは想像もつかないような早さと身軽さだ。ベジータにくらべて相手は大きすぎるし、たった今までたっぷりと休憩したかのようにエネルギーに満ちている。こちらはもう気絶寸前だというのに。はあはあと荒い息を吐きながら、ベジータはどんどん自分の飛ぶ力が失われているのを感じていた。この洞窟にたどり着く事を可能にしたエネルギーが、本当に最後の最後だった。歩くところまで速度は遅くなり、無理やり入り込めそうなもっと小さな穴だとか裂け目を探したけれど、どこにも見つからない。辺りを見まわしながらのろのろ飛んでいると、片方の足首をむんずと掴まれて、そのまま地面に落下した。
わああっと叫び声を上げた直後、わき腹を強かに蹴られて転がされ、息が詰まったところで怪物のような大男に圧し掛かられた。


「手こずらせやがって、このガキ」
ベジータの体を押さえつける大男はでっぷりと肥えていて、腕はベジータの銅よりも太い。
「ちくしょう、離せ、離しやがれ!!」
「諦めて大人しくするんだな。そうすれば天国に連れていってやる」
圧倒的に不利な状況でなおも果敢に睨みつけてくるベジータを、大男は涎を垂らさんばかりの卑しい笑いを浮かべて眺めた。耳のすぐそばで聞こえる男の息遣いはまさしく獣のそれだ。いかにも野蛮で獰猛な男はベジータの戦闘服に手を掛け、下着ごとズボンを引き下ろした。捕まればただちに殺されると思っていたベジータは、男の意図が分からずに驚愕し、混乱した。
「なっ……?!」
「今から何をされるか分かるか?クソガキ。お前は俺に犯されて、殺されるんだ」
黄ばんだ歯をむき出して、嫌な笑いを浮かべる男の顔が間近に迫る。男が言っている事の意味はよく分からなかったが、今まで自分が学んだどの異言語内にある友好的な言葉とも似ていない。とにかく自分にとって良くない事だということだけは分かった。何とか身構えようとした直後、干乾びた皮のようにかさついた大きな手がベジータのシャツを乱暴にまくりあげた。
「生っ白い肌だな、旨そうだ。どこの上級士官のガキだ?」
「…なっ…何しやが…っ!」
舌なめずりをして、男は目の前の獲物の肌にむしゃぶりつく。柔らかい子供の肌が恐怖と嫌悪感で強張る感触は獣を大いに興奮させた。喉や脇、そして胸をべちゃべちゃとわざと大きな音を立てながら唾液をまぶし、舐めまわす。ざらついた舌が這いまわる感触にベジータは鳥肌を立て、懸命に身もがいて何とか逃げ出そうとした。
「くそっ離せ!嫌だ、やめろっ!!」
「やっぱガキの味は良いな、ぐにゃぐにゃに柔らけえ」
生臭い息に顔を背け恐慌状態になって激しく上下するベジータの胸に、ぽつりと立った乳首を男が大きな舌で捏ね回す。
「教えてやろうかクソガキ、こうやって乳首をこりこりされるとな、気持ち良いんだ」
「や、いやだ…ぁっ…!やめろ…っ!」
敏感な個所をぬめる舌でこねられる感触に、一層ベジータの恐怖心が増す。震える腕を振り上げて男の顔や肩を殴りつけたが、体が強張りいつもの十分の一の力も出せない。相手に何のダメージも与える事は無く、ただ男はうるさそうに顔をしかめた。
「大人しくしろって言ってるだろうが、死ぬ前にたっぷりイイ思いをさせてやろうっていうんだ」
男の舌が、今度は恐怖で縮こまる小さな性器を舐めまわした。
「全然剥けてねえな、一噛みで食いちぎれそうだ」
「…やだ…あ、あああ…っ!」
まだ幼いその箇所に与えられる刺激はベジータに嫌悪感しかもたらさない。がくがくと震える獲物の叫び声が擦れ、怯えて力を失っていく様を楽しみながら、おもむろに男はベジータをうつ伏せに転がすと、両足首を掴んで大きく開かせ、次いでむき出しになった尻を高く抱え上げた。
「小せえ尻穴だな、俺のが入るかな?無理やり挿れたら裂けちまって、出血多量で死ぬかもな」
「いや、いやだあっ!!」
揶揄するような男の言葉にぞっと鳥肌を立てる。決して相手に弱みを見せるものかと懸命に自分を奮い立たせようとしても、声は震え涙があふれ出てくるのを止められない。男がごそごそと何かを探っているが、その意図が分からない事が一層の恐怖を駆り立てる。
「動くなよ」
「ひ……っ!」
男の太い指が小さく窄まった蕾に触れ、ゆっくりと円を描くように撫で始めた。男がなぜそのような場所に触れるのか、まだ幼いベジータには分からなかったが、ただその感触の気持ち悪さに鳥肌が立つのを感じた。
「よくほぐしておかないとな」
嫌悪感に吐きそうになるのを堪えていると、太い指はべとべとに垂らされた唾液をすくい取って、しわを伸ばすように丹念に後孔を撫でまわす。体を強張らせて気持ち悪さを堪えると、時折ぞっとするような、ぬめるものが後孔に差し入れられた。男が舌を差し入れて、新たな唾液を流し込んでいるのだ。
「…く、あ…やだ…ぁ…やめ…っ…」
体に力を入れると、ぐちゅりと濡れた音が聞こえる。尻穴をぬめぬめと這いまわる舌が気持ち悪くて、止めてほしくて涙が溢れてくる。
「どれ、そろそろほぐれてきたか、確かめてやろう」
何が、と確認する間も無く、いきなり男の節くれ立った太い指が、ずぶりと蕾に突き立てられた。
「う…あ、あああああ…っ!」
「やっぱり狭いな、このままじゃ到底入りそうにねえ。もっとしっかり広げてやるか」
涙声で悲鳴を上げるベジータを見て愉快そうに笑いながら、男は中を探る様に指を動かしながら乱暴に指を抜き差しする。ずぶずぶと自分の体に出入りを繰り返す異物の感触に、本当に胃の中の物を逆流させそうになる。
「尻を振りやがって、誘ってるのか?淫乱なガキだな。そら、もう一本やるぞ」
二本目の指が入ってきて、今度は尻の穴を縦に引き伸ばされた。
「やぁ、いやだあああっ!!」
痛みと衝撃に絶叫する。気味の悪い苔の生えた岩に顔を押さえつけられながら、恐怖とそれを上回る悔しさで、耐えようとしても涙が次から次へと溢れだしてくる。情けない、誇り高き王子であるこのオレがこんなクズ野郎に好き放題にされて、ただガタガタ震えてるだけだというのか。オレは誰よりも強いはずだ、絶対負ける訳が無いんだ!!
涙に曇った目をかっと見開き、恐怖に強張る体を叱咤して残った体中の力をかき集めた。そして押さえつけられた体の中で唯一自由だった左手を振り上げ、振り向きざまに渾身の力を振り絞って、至近距離から男の顔に気弾を投げつけた。


男が狂った獣のような声で絶叫し、洞窟内に反響する。
「ぎゃぁああああああーーーーーっ!!」
肉の焼ける異臭を嗅ぎながら、ベジータはこの隙に何とか這い出そうと腕を伸ばした。しかし、がっちりと体を押さえられた男の力は少しも揺らがない。
「こ、このガキ、ふざけやがって…!!」
強張った体で放った気弾に殆ど威力は無く、ただ男の眉間を焼いただけだった。皮膚が裂け目に垂れた自分の血を見て、男は怒りに燃えて獣の本章を現した。ベジータの顔ほどもある大きな拳でベジータを殴りつけ、衝撃でその体は吹き飛ばされて岩壁に叩きつけられる。
「甘い顔を見せりゃ付け上がりやがってクソガキが!」
半ば意識を失った半裸の体を、大男は片手で掴んで釣り上げた。
「もう許せねえ、てめえのその尻穴切り裂いてから突っ込んでやる!腹を突き破るまでたっぷり犯してから殺してやるぞ、覚悟しやがれクソガキが!」


顔が歪む程の勢いでさらに殴られ、片耳が聞こえなくなり視界が暗くなっていく。
逃げなければ、そう思っても最早ベジータの体には一片の力も残されてはいなかった。こんな事は初めてだった。悔しさと恐怖に押しつぶされながら目の前が暗くなる。こんなところで犬死にか、無様な事だ。戦場にも出られず、こんな場所でこんな奴に好きなようにいたぶられながら。せめてみじめな思いに全てを砕かれる前に、体力の限界をとうに過ぎた意識が失われないものか。それとも自らの命を絶つ方法は無いものか。こんな場所で、誰にも気づかれる事無く自分は終わってしまうのか。
…いやだ、怖い、怖い、誰か助け…



顔を地面に押さえつけられ、尻を高く上げさせられる。屈辱的な姿勢で後孔に凶器のように脈打つ巨大な何かが押し当てられる。墜落する意識の中で、その切っ先が蕾を押し割り自分の中に突き入ってくるのを感じた瞬間、自分のすぐ後ろで背筋も凍るような絶叫が響き、続いて自分でも大男でもない、何者かの声が聞こえた。






「――ガキ相手にサカってんじゃねえ、下衆が」