サスペンス映画『スパイダー』を

マザーグースで読み解く 

 

Little Miss Muffet,

Sat on a tuffet,

Eating her curds and whey;

There came a big spider,

Who sat down beside her

And frightened Miss Muffet away.

 

 マフェットお嬢ちゃん

 お椅子にすわって 

 おいしいチーズを食べてたら 

 おおきなクモがやってきて 

        お隣に腰かけた         

             マフェットお嬢ちゃん 怖くなって逃げ出した        

 

【語句】

tuffet 「草地の盛り上がったところ」。tuft(茂み)と関連のある語で、Muffetと韻をふむためにtuffetとなったのではないか。

curds and whey 「凝乳と乳漿」。どちらもチーズなどを作るときにできるもの。ヨーグルトのようなおやつであったそうだ。(参)bean curd 豆腐 

 

 英語圏の童謡マザーグースといえば、「ハンプティ・ダンプティ」や「きらきら星」「メリーさんの羊」「ロンドン橋」などが有名であるが、実は、けっこう不気味で残酷な唄も多いのだ。 

 明るいメロディで親しまれている「ロンドン橋」の唄には恐ろしい「人柱伝説」が隠されているし、『ポーの一族』や『パタリロ!』で引用された「誰が殺したクック・ロビン」の唄も、殺されたロビンを鳥たちが弔う内容の唄なのである。 

 「死」や「殺人」を歌ったマザーグースは40編以上あり、中には、「お母さんが私を殺し、お父さんが私を食べている」という恐ろしい唄まであるのだから驚きだ。

 

 このように、無邪気な子供の唄でありながら不可思議で不気味なマザーグースは、サスペンス映画やホラー映画、アクション映画などで、恐怖感を高めるために頻繁に引用されているのだ。 

 たとえば、『エルム街の悪夢』では、フレディの縄跳び唄がマザーグースであったし、
『ダイ・ハード3』の犯人サイモンは、マザーグースのなぞなぞを出した。

『M:I-2』では、マザーグースが墜落する飛行機を暗示していたし、
ジェニファー・ロペス主演の『ザ・セル』では、唄が犯人の心象風景を表していた。

『ハンニバル』でレクターが名乗ったフェル博士もマザーグースの登場人物であったし、
『シャイニング』でジャック・ニコルソンが狂気の中でタイプした諺も唄の一節だった。

数々の「童謡殺人ミステリー」を書いたアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』でも、「10人のインディアン」の唄どおりに殺人事件がおきた。

もし、マザーグースを知っていれば、これらの映画をより楽しむことができるのだ。

 

 そして・・・モーガン・フリーマン主演のサスペンス映画『スパイダー』も、オリジナル・タイトル "along came a spider" が、冒頭に掲げたマザーグース「マフェットお嬢ちゃん」の4行目の「クモがやってきた」からの引用。 

 このタイトルで「クモに襲われた少女」が連想されるように、仕組まれているのだ。(注:アメリカでは4行目は、映画のタイトルどおり、Along came a spider と歌われている)

 

 この唄の文献初出は1805年だが、その由来は、なんと400年前にさかのぼることができるという。著名な昆虫学者トーマス・マフェット(1604年没)が、「マフェットお嬢ちゃん」の父だったのではないかと考えられているからだ。 

 日本で一般に歌われている童謡は、大正末期に作られたものが多いので、その歴史はせいぜい80年。だから、この「マフェットお嬢ちゃん」の唄の息の長さは、驚かざるを得ない。

 

 この唄は、あちこちで引用されていて、児童文学では、「ピーター・ラビット」シリーズや『とびらをあけるメアリー・ポピンズ』に顔を出していた。 

 また、映画では、

ゲーリー・クーパー主演の『善人サム』(1948年)、
スピルバーグ製作総指揮の『アラクノフォビア』(1990年)、
ダリル・ハンナ主演のサイコ・サスペンス『闇を見つめる目』(1995年)、
ジュード・ロウ主演の『ファイナル・カット』(1999年)

の4作で引用されている。

 たとえば、毒グモのパニック映画『アラクノフォビア』では、子供たちが怖がりながら、クモが出てくるマザーグース「マフェットお嬢ちゃん」を読んでいた。

 

 この「マフェットお嬢ちゃん」の唄は、ミステリーでも数多く引用されている。「かわいい女の子が恐ろしいクモに襲われる」というショッキングな内容が、ミステリー作家に好まれたのだろう。なんと、1957年、1970年、1993年、1996年の4回にわたって、「マフェットお嬢ちゃん」の唄をモチーフとしたミステリーが、それぞれ別の作家によって "Along Came A Spider" という同タイトルで書かれているのだ。(『スパイダー』の原作は1993年。) 

 そして、「童謡殺人ミステリー」の本家、ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』では、誘拐された女の子が「マフェットお嬢ちゃん」にたとえられていた。『スパイダー』でも、犯人は誘拐した少女を「マフェットお嬢ちゃん」と呼び、「マザーグースの謎解きをせよ」とモーガン・フリーマン扮するアレックス・クロスに迫っている。『スパイダー』の作者ジェームズ・パタースンは、ひょっとしたら『僧正殺人事件』にヒントを得て本作を書いたのかもしれない。 

 パタースンは、よほどマザーグースが気に入っていたのだろう。このアレックス・クロスのシリーズでは、全6作のうち5作のタイトルがマザーグースからの引用となっている。 

 たとえば、シリーズ映画化第一作『コレクター』のオリジナル・タイトル "Kiss The Girls" は、「ジョージ・ポージ」というマザーグースからの引用であった。英語圏の人は、このタイトルを見ただけで「女の子にキスして泣かせるジョージ・ポージ」を思い浮かべるだろう。つまり、このタイトルで、「誘拐されて泣いている女の子たち」を暗示しているのだ。 

 ただし、日本公開の際には、『女の子にキス』では恋愛映画と間違えられかねないので、『コレクター』というタイトルに変えられていた。

 

 このように、アレックス・クロス・シリーズでは、マザーグースを用いたタイトルが重要な意味を持っている。そして、その物語の中で、狂気のサイコパスが無邪気な子供の唄マザーグースを口にするからこそ、完璧な誘拐事件の凄惨さが浮き彫りにされるのだ。 

 複雑にからみあったスパイダーの糸を解きほぐしながら、「クモに捕らえられたマフェットちゃんを救い出そうとするクロス...。マザーグースが織り込まれたサスペンス・スリラー『スパイダー』の緻密な糸を、あなたはどう解析するのだろうか。

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