(11)『ピーターラビット』シリーズにもマザーグースがいっぱい

 『ピーター・ラビット』シリーズは両手におさまるほどの小さな本。イギリス湖水地方の美しい景色を背景にして、動物たちの物語が生き生きと語られている。ビアトリクス・ポターのデッサンは正確で写実的であり、動物たちが服を着て歩いていたらこういう様子に違いない、と思わせるものがある。ピーターラビット

 シリーズは全部で26冊あり、その中にはマザーグースを集めた『アプリイ・ダプリイのわらべ唄』(1917)と『セシリ・パセリのわらべ唄』(1922)も含まれている。この2冊を除いても、シリーズで、のべ34篇のマザーグースが引用されている。

 『りすのナトキンのおはなし』(1903)には、'Humpty Dumpty' をはじめ、合計9篇のなぞなぞ唄が登場する。『グロースターの仕たて屋』(1903)や『のねずみチュウチュウおくさんのおはなし』(1910)など、他にも数多くの引用がある。これらの引用の意図は「ファンタジーの補強作用」としていいだろう。

 なお、ポターは1902年に『グロースターの仕たて屋』の私家版を出している。その中で26ものマザーグースを引用しているが、あとの商業版では、出版社の忠告に従って引用を6篇に減らしている。マザーグースを愛したポターは、それでも、「マザーグースがたくさん入っている最初の本(私家版)の方が好きです。」と言っていたようだ。

 では、「筋を支配・決定」の例として、『こぶたのピグリン・ブランドのおはなし』(1913)を読んでみよう。ピグリンと弟アレクサンダーは市へやられることになる。市へ行く途中、ピグリンと弟が声をそろえてマザーグースを歌う場面である。

 

 He danced about and pinched his brother, singing"This little pig went to market,This little pig stayed at home, This little pig had a bit of meat-Let's see what they have givenusfor dinner, Pigling?"                       

 アレクサンダーは、おどりまわりながら ピグリンをつねって うたいました。「このぶた市へいきました このぶた いえで おるすばん    このぶた にくを たべましたー ねえ にいちゃん、べんとうに なにがはいってるか 見てみようよ」

(まさきるりこ訳)

 

  お弁当を食べたあと、弟は市へ行く許可証をなくしてしまう。弟は家へ帰され、ピグリンは道に迷う。このあたりも唄のとおり。

 

 He took a wrong turn - several wrong turns, and was quite lost. It grew dark, the wind whistled, the trees creaked and groaned. Pigling Bland became frightened and cried "Wee, wee, wee! I can't find my way home!"

  ところが かどをまがるとき、まちがってしまいました。なんど かどをまがっても ちがった道でした。ピグリンは すっかり 道にまよってしまったのです。くらくなり、かぜがでてきました。木々は きしんだり、うめいたりしました。ピグリンは こわくなって なきだしました。「ウィー ウィー ウィー、うちへかえる道が わからないよう」(まさきるりこ訳)

 

  このあと、ピグリンは Peter Thomas Piperson という名前のお百姓さんに捕まり、Pig-wig という女の子ブタに出会う。そして2匹は一緒に「丘の向こうはるかかなた」へ逃げて行くのであった。

 ちなみに、この Pig-wig は 'Barber, barber, shave a pig' からの引用で、お百姓さんの名前と 'Over the hills and far away' は 'Tom, he was a piper's son' からの引用である。(ただし、引用されている唄は、後者と 'Tom, Tom, the piper's son' が混同されたもの。)

 この『ピグリン・ブランドのおはなし』の前半は 'This little pig'、後半は 'Tom,he was a piper's son' の唄に沿って進んでいる。物語の中でこれらの唄が何度も歌われ、マザーグースの調べと物語が美しく調和し、絡み合いながら進んで行くのである。

 

  『鏡の国のアリス』、『秘密の花園』、『ピグリン・ブランドのおはなし』。これらの作品は、マザーグースが物語創作の出発点となり、話の筋・内容が決定付けられたという点において、マザーグースなしには存在しえなかったものである。 

 ルイス・キャロルは、『鏡の国のアリス』でマザーグース・キャラクターたちを活躍させ、作者独特のキャラクターの性格付けまでしている。また、あとの2作においては、マザーグースのキャラクターをそのまま活用するのではなく、マザーグースのストーリーをもとに物語を構築し、マザーグースの唄と物語が複雑に絡み合いながら展開している。

 これら3作品とも手法はそれぞれに違うが、マザーグースを元に話を膨らませ、ストーリーに厚みと余韻を持たせることに成功しているようだ。