無意識に引用
作者がマザーグースを強く意識せずに引用した場合を「無意識引用」とする。マザーグースは日常生活の中で頻繁に口をついて出てくる唄であり、詩であるので、普段の生活をそのまま切り取って描写する際に必然的に顔を出すことになる。
その例として、『大草原の小さな家』シリーズがあげられる。本稿では 'Now I lay me down to sleep' のお祈りの場面だけを取り上げたが、このシリーズでは、単なる唄や手遊び唄としての引用が数多く見られる。マザーグースが子供たちの生活に密着しているあかしであろう。
(5)ローラたちが口ずさんだお祈りのマザーグース
ローラ・インガルス・ワイルダーが『大きな森の小さな家』を出版したのは、1932年。65歳のときであった。それから90歳で亡くなるまでの25年間、彼女は9巻にわたるシリーズを書き続けた。100年以上も前のアメリカ開拓時代後期を描き、日本でもファンの多い作品。
大自然の中で素朴に暮らす一家が、少女ローラの目をとおして生き生きと描かれている。このシリーズの中に、のべ21篇のマザーグースが引用されている。
第一作の『大きな森の小さな家』はローラが5歳のころを描いたものだが、母さんがローラたちを寝かせつける場面に、'Now I lay me down to sleep' のお祈りが出てくる。
Then Ma said it was bedtime. She helped Laura and Mary undress and button up their red flannel nightgowns. They knelt down by the trundle bed and said their prayers. 'Now I lay me down to sleep,I pray the Lord my soul to keep. If I should die before I wake, I pray the Lord my soul to take.'Ma kissed them both, and tucked the cover in around them.
母さんは「もう寝る時間よ」と言い、ローラとメアリーが服をぬぎ赤いフランネルのねまきのボタンをはめるのを手伝ってくれました。二人はベッドのそばにひざまずき、お祈りをしました。これから私はねむりにつきます。神様、私の魂をお守りください。もし目覚めるまえに死んだなら、神様、私の魂をお召しください。母さんは二人にキスをしてから、かけぶとんを肩のまわりにきちんとかけてくれました。
過酷な自然の中、安らかで居心地のよい家庭のぬくもりが、温かく描かれている場面。きっと毎晩、二人はそろってひざまずいて、このお祈りを唱えていたのだろう。このマザーグースは、ローラが7歳のころを描いた『プラム・クリークの土手で』でも引用されていた。
このシリーズは、少女ローラの成長を追うストーリーで、リアリズム主体の物語となっており、'Yankee Doodle'、'Up and down the City Road'、'Pease porridge hot'、'Polly put the kettle on'、'Three blind mice'などの唄が、そのまま作中で歌われている。
これらは、作者がマザーグースを強く意識せずに引用した「無意識引用」の例。娯楽の少ない開拓時代の生活では、唄を歌うこと自体が娯楽であったのだろう。