第十六章 2005年 //////////2004年へ
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2004年の結末

 8月の乗鞍ヒルクライムのあとも上手くスケジュールの合うレースがなかなか無く、次の目標を10月の富士山ヒルクライムに決定したものの9月半ばから10月の上旬までヨーロッパ・ツアーのためトレーニングは出来ないからあまり期待はしていなかった。それがそれが、期待だの何だのと言うどころではない羽目になってしまった。ツアー出発4日前にラムのロックでしたたかに酔い、丁度来た電車に飛び乗ろうと駅の階段を駆け降りて転落、電車には乗れたものの左足小指付根骨折。翌々日に病院でパンパンに腫れた足でそれが分かった時にはまず「六週間後に自転車のレースがあるんですが走れるでしょうか?力がかかるのは拇指球のところだから大丈夫ですよね?」と医師に訊ねて呆れられる。六週間松葉杖を使うように言われたがとても無理だから断り「(ツアーで)三週間も動き回るのでは骨が付かないかも知れずそうなったら手術しかない」と警告されたが帰国翌日に診察を受けたら順調な回復ぶりだった。とは言ってもレースどころではない。なんとか走れるのではないかと直前まで悩んだがやはりまだ完全にくっついた訳ではないし医師にも歩く以上のことはやめておくようにと言われたので(ちょっとは自転車に乗ったけど)やめた。実はエントリー料を振り込んだ日の夜だったのだ、骨折したのが。
 で、目標なきトレーニングの再開は骨折二ヶ月後の11月15日のローラーから。4回ほどやってから24、25、30日に多摩湖を走る。久々の外走りは気持ちいい。しかし遅い!!絶頂期に33km/h だった11kmのコースのアベレージは27km/h。まあリハビリだしシーズンオフだしゆっくりを心掛けているフリはしているのだが。その後はしかし年末までツアー、レコーディングなどばたばた忙しく、12月はローラー3回多摩湖1回に終わった。


   2005年の方針など

 昨年も一昨年もさっぱりになってしまったこのページ、本年はそういった状態に陥らないようレース中心ではなく日々のトレーニングなんぞも書いて行こうかな〜、と考えたのである。でも去年もこういう書き出しでした。


   1月1日〜18日

 ローラーでのトレーニング強度の基準は2003年1月から採用の橋川健選手が某誌に書いていた心拍の区分をアレンジ。
1. Rest (50~60%) 2. Easy (61~72%) 3. Tempo (73~84%) 4. Race (85%以上)
 これを最高心拍数180に当てはめると Rest 90~109/Easy 110~129 /Tempo 130~152 / Race 153~180
近頃の最高心拍はマトモに計測していないからそろそろ見直しが必要か。一般的な「最高心拍=220-年齢」だとこれでは40歳だもんな。一昨年はトレーニング中(パインヒルズの人達に混ざってしまった時)178 が出たけれど比較的低心拍のオレはレースでも滅多に170を越えない。いや、心拍より先に脚の方が回らなくなってしまうということか。

12月にスピニング・マシンを購入。以前会員だったスポーツクラブにあって高負荷・高回転が出来るところが気に入っていたのだ。しかしローラーと違って走行距離の算出のしようが無い。記録好きとしてはつらいところだ。
 
1/4:スピニング40分。アップ〜Easy(平均心拍=AHR123)〜Tempo(同138)〜クールダウン を各10分。

1/5:スピニング60分。アップ〜Easy(AHR 125)〜Tempo(AHR 139)〜Easy(AHR 127)〜Tempo(AHR 140)〜クールダウン を各10分。

 

 

1/7:午前中多摩湖に向かうものの大晦日の残雪が広範囲に凍結していて暫く走ったものの諦めてユネスコ村を下り狭山湖駐車場へ上る。ここから戻ってユネスコの上り(第1章に記載、我が自転車道のきっかけになった激坂)を2度周回して引き上げ。21km。

1/8:スピニング65分。

1/10:固定ローラー復活。負荷レベル+1で1時間10分。アップ10分から始めEasy 20分(ギア39X19/AHR 126)、Tempo 10分(52X19/AHR 146)、Tempo 10分(39X17/AHR 136)、Easy 10分(ギア39X19/AHR 127)でクールダウン10分。27km。

1/11:ローラー45分。アップ10分、Easy 10分(39X17/AHR 126)、Tempo 10分(52X19/AHR 146)+5分(39X17/AHR 133)、ダウン10分。

1/13:10時半過ぎにAnchor にて出発、山王峠に向かう。通常よく行く小沢峠〜山王峠コースは日陰の多い小沢への道の残雪凍結を避けて日当たりの良い小沢峠の南側上りのみにする。それでも峠はところどころ凍結。それに途中の「日影林通り」といういかにも寒そうな道の路肩も凍っていた。トレーニングのターゲットを心拍141〜150に設定、これはいわゆるイタリア式のメディオ(80~82%で心肺レベル向上を目指す)の域。当分寒い間はこのあたりを中心に走ろうと思う。家の5、6km手前の上りで抜いた普通の格好をしたスリックタイヤのMTBを抜いたのだが気が付くと下りで後ろにぴったり付かれていてその後の平坦で抜かれてしまった。後ろに革靴を括り付けていてちゃんとMTBシューズを履いていた。既に私はクールダウン中だったので抜き返したりせず冷静にそのまま行かせてやった。オトナ。
 48km、正味1時間55分走行。HR141~150:59分/全体の53.3%、HR141以上:1時間10分/63.4%
と、なかなかいい内容。

1/15:朝雪が降っていたからめげたというわけでもないが夕方から仕事だったのでスピニング30分でおしまい。

1/16:昼間のリハーサルが早めに終わったので帰宅後のビールを後回しにしてローラー45分。アップ、Easyを各10分、Tempoを15分、ダウン10分。

1/17:午前中多摩湖周辺。この日もターゲットHRを141〜150で走る。32.5km/1時間17分、ターゲット域45分・53%、HR141以上53分・69%。

1/18:午前中13日と同じく山王峠往復。行きも帰りも向い風の強い区間があってなかなかきつかった。
49.1km、1:59。ターゲット域48分・40.3%、HR141以上1時間02分・52%。13日より心拍的には強度低し。風に負けた?

左:山王峠上。向こうに見える山並が美しいのだが携帯カメラではこんなものか。
右:峠を下る途中、脇に入ってキビシサを表現。


  1月19日〜31日

1/19:午後3時過ぎから多摩湖周辺で31km。この時間から始めると後半は冷えまくり。相変わらずターゲットHRは150あたりまで。
1/21:ローラーを1時間。ずっと以前にも書いたがローラーの内容をご紹介いたします。
機材:ミノウラ ハイパーマグ 負荷を+1(7段階の2番目。以前は+2だったなぁ...。)
バイク:マルイシ・エンペラー クロモリ
アップ:心拍90〜109(10分)後、Easy:HR110〜129/ギア39X17 、Tempo:HR130〜152/ギアは52X19か回転重視の場合は39X17のまま。この2タイプは10分ずつ交互にしたり稀に20分ずつにしたりする。時間の無い時はヒルクライム的負荷になるアウタートップ(52X12)で5分、だとか心拍無視スプリント30秒+流し1分30秒を数セットなども取り入れ臨機応変。まあこれらはもっと暖かくなってからだが。
 この日のメニュー:アップ10分後Easy 20分、次いでTempo を52X19と39X17で各々10分ずつ、ダウン10分というメニュー。細かくデータを取っているがそれによると例えば近年の通説・低負荷高回転が良いというのは必ずしもあてはまらないようだ。この日のTempo域での記録は前半10分アウターで距離5.56km/平均HR146(平均ケイデンス96)、後半インナーで5.10km/HR148(ケイデンス105)、と明らかに前半の重めのギアを踏んでいるときの方が良い。僕の場合通年こういう傾向でこの前後を入れ替えても同様である。実際に外で600m程の上りを何度も走ってデータをとったときもある程度重いギアの方が速く低心拍だった。まあ重いギアと言ってもタマさんみたいに秩父・龍勢ヒルクライムのコースを「アウター、リア3枚残し」なんて言ってギシギシと上る猛者から見たらコドモみたいなものですが。・・・現在タマさんは超高負荷トレーニングが祟ってか膝の不調を理由に一時休養中の模様。脂肪補給に専念か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自転車乗りでない方へ*<ケイデンス>1分間のペダルの回転数です。決して念仏のようにモゴモゴ勘定しているわけではなく、ハンドルに取り付けたメーターに速度、時間、距離、心拍数などとともに表示、記憶され私が使用しているものは更にコンピュータにダウンロードできグラフ表示が出来ます。で、何の役に立つのかって?うう。

ま、こんな感じ。赤=心拍数、青=速度、緑=ケイデンス
色分けの帯のピンクがEasy、青がTempo。表示は色々切り替えられ13日のようにある心拍域が全体の運動の何%かも分かる。マウス操作で例えば20分から35分までの区間での速度、心拍、ケイデンスの平均・最高最低値なども分かる。

ついでだからこれも。18日の山王峠のデータ。

どんどん蓄積していくデータ。ホント、一体何の役に立つの?


1/25:ローラー40分。昼からレコーディングだったのでアップ、Easy、Tempo、ダウンを10分ずつの慌ただしいもの。

1/26:前日と仕事もローラーも同じ。

1/27:多摩湖で31km。

1/29:またしても軟弱にローラー40分。時間も無いし(ホントはある)退屈だしツライし(同じ心拍域で比べたら絶対実走よりきついもんね)、でも外は寒いし出かけるまでに時間がかかるし車に幅寄せされるし、、、、、ブツブツ。

1/31:前日までの走行距離を計算したら346km。400kmを超えておきたいという、何の根拠もない理由から54km稼ぐべく午後走りに出る。こんなことならスピニングでなくローラーにしておけば距離を残せたのに、となんとも本末転倒の気分。峠に行くつもりだったがこの時間だと帰りが寒そう。多摩湖ルートをひたすら4本+αで57km走り無事(?)月間404kmになる。
           ● 16-2 

2月前半の有り様

 寒い寒いと言っても12月が暖かかったからそう感じるそうで例年通りなのだと気象情報では解説している。しかしやはり寒い。
2/2:多摩湖で31km。
2/5:ローラー40分。

2/6:久々にカオスの面々と走る。ピナレロで走るのもひょっとすると8月の乗鞍以来か。本日は清瀬〜浦和所沢バイパス〜富士見有料道路〜川越・喜多院〜16号〜大宮・指扇のイタリアンレストラン〜荒川自転車道〜浦所バイパス〜戻り、という厳冬期のコース。仕切り役強豪・島さん以下橋本、谷中、亀岡、鈴木、田中、早川の7名。清瀬から12km程で富士見有料に入るとペースアップ、島、亀岡とで三人になり先頭交代をくり返しつつゼコゼコ回す。両側風を遮るもののない直線が延々続き苦しい。いつもながら先頭を引く時間は島さんが長め。アップダウンは何箇所かある立体交差だけだが向い風が厳しい。4kmほどのところにある料金所で一旦全員を待つことになっているのでこれを仮ゴールに見立てて、近付くと一層ペースがあがり手前1kmからバトル開始。ハンドルの下を持って猛然と踏む島さんの後ろになんとかへばりついて必死に漕ぐ。ラスト200mを切って何故か緩めた島さんをかわしてかろうじて先頭で入る。ゆっくりそこらをぐるぐる回ってクールダウン、他のメンバーを待ってから川越出口までの7kmを再開、「ここからは楽に行こう」という島さんを信じたのに大嘘。結局また同じ3人になってしまい(まあきっかけはオレだったような気もするが)、最後は二人に付いていけず脱落し15〜20秒離されて終わった。喜多院に参拝してから指扇でワインとパスタ、ピザの昼食。

 ぐたっとしつつ自転車道を南下し始めれば軽い酔いもさっさと覚め、浦所バイパスではまた3人でそこそこのペース。川越街道を越えてから清瀬方向へ向かう皆と分れ新座の玉川サイクルに顔を出す。注文してあったメーターのブラケットキット2セットを受け取りすんなり帰るつもり(でもなかったが)が「お茶飲む?」「そうだな」と出て来たのはビール。「これ昼飯食いきれなかった分なんだけど」とつまみまで。鶏の南蛮漬けにアスパラ豚バラ巻きのフライ、たらの芽のテンプラという揚げ物2種にビール、およそアスリートっぽくないティータイムになってしまった。本日の走行80kmの何%が無駄になってしまったのだろうか。ま、そもそも走ること自体無駄かもね。でも久しぶりの複数走行はやはり楽しかった。
 帰路斉藤女史と遭遇する。近年トライアスロンどっぷり、カオスには来ていないようで今日は女性二人で小沢峠を越えて名栗渓谷で昼食を食べての帰りだそうだ。この寒いのに峠かい。来月はニュージーランドのアイアンマンに出場だというので驚愕する。超トライアスロン、スイム何kmに自転車160kmにマラソンだからな。この一見華奢なひとに「今度いいロングコース教えてよ、走りましょ!」と言われ「いやあ、俺脚つっちゃうからなあ、モゴモゴ」と後ずさりして帰ってきた。

 

2/8:スピニング40分。
2/9:やはりピナレロは良かったのでホイールをよそ行きのSpinagy Spox から練習用の Mavic Reflex に履き替えて多摩湖に行く。最近の練習の伴侶Anchorよりどれくらいタイムがいいかといつもの多摩湖コースに向かうがメーターのメモリーボタンを押し忘れ比較出来ず。特にいい訳ではないのは過去のデータで良く分かっているのだがすこし残念。

2/10:メーターブラケットをAnchorに移植してしまってからここ数カ月トレーニングに使っていなかったCarreraだが、先日玉川サイクルで購入したキットを付けて、斉藤女史の影響ではないが今年初めての小沢峠に向かう。走り出すと「やっぱりイタリアンはいいぞ」と思ったのだが暫くすると腰に痛みが。ちょっとポジションがきつ過ぎるようだがイタリアンなのでやはりこれくらいはサドルとハンドルの落差がないとなあ、と意味不明の理由でそのまま走った。54km。

2/13:前日レッスンをしている小平のスタジオに iBook の電源アダプターを忘れて来たので午前中せっかくだから多摩湖経由でCarreraにて取りに行く。やはり走り出して間もなく一瞬だが腰に痛み。やはり前傾きつ過ぎか。午後仕事なので小平からは回り道せず帰宅、32km。
 この週はレコーディングだったので何かあってはマズいから以下2回の室内のみ。
2/15:ローラー45分。
2/17:ローラー45分。


           ● 16-3 

2月後半〜3月の有り様

2/21:ローラー45分。
2/24:Carrera で小沢峠を越え名栗川沿いを南下して山王峠を経て戻ってくるルート60kmを走る。前回・前々回乗って出た腰の痛みはサドルを5mmほど下げたら解消。つまらんミエを張ってはいかんな。素直に体型を認めよう。しかしCarreraは脚が出来ていないと重い。帰路はちょっとした上りでも後ろをつかまれているよにさえ感じられた。
2/25:久々にMTBを引っ張り出すが山に行ったわけではなく買い物に6km。そのあとローラー50分。
2/27:Carreraで雑用12km。
2/28:Anchor で多摩湖、31km。


 2月計428km。まあこんなもんかね。

3/2:多摩湖で40km、Anchor。
3/3:多摩湖で32km、Anchor。
3/7:Carreraで買い物・雑用5km。

8日からマレーシアで仕事。運動と言えばホテルで腕立て、腹筋、気休めのスロー・スクワットくらいの日々で20日に帰国して22日再開する。
3/22:Anchorで多摩湖を30km。区間11km1回目のデータは平均速度28.6km/h、平均心拍151、出国前では2/28が30.0km/h・HR154、3/3に29.4km/h・HR149 だから当然ながら落ちているが再開初日のリハビリにしてはいい方だろう。実を言うとここのルートでのベストレコードは平均33.3km/h、このときはそのままターンしての22km計測でも33km/hだった。何年前だったかは触れませぬ。
3/24:多摩湖など34km。一昨日より負荷を上げる。
3/28:ローラー45分。
3/29:多摩湖36km。
3/30:ローラー50分。
3/31:小沢峠〜名栗川〜山王峠で59km。小沢峠の南上り6kmのタイムは16'25",HR150。一人で走る時の平均的なタイムか。こんなにサボっていてもそこそこ走っている時とさほど変わらないというのは安心でもあるがいかに低レベルであるか良く分かりかなり情けない。

 3月計273km。途中2週間のスタジオ+酒池肉林を考慮すればいたしかたない。


            ● 16-4 

4月前半の有り様

 4月、いよいよ、というかぼちぼちレース・シーズンインだ。トレーニングレベルを上げて行かねばならぬ。
4/2:Pinarelloを出して小沢峠に向かう。途中17kmあたりのところにある「東京バーディCC」の500mのきつ目の上りで、数キロ手前から先に見えていたロードに追い付いた。ちらりと振り返られ、抜こうかと思ったらなんと口笛なんて吹いている。おのれぇ、この勾配で余裕を見せやがって、俺が近付いたんで吹き始めたんだろっ!でもおとなの俺はそんな挑発には乗らず抜くのはやめた。勝負は小沢に取っておいてやる。ここの上から成木街道への下りは上りより急で体重の軽い俺でも65km/hくらい出る。成木街道をゆるく上り3km程で右折して小沢峠へ。ずっと後ろを付かず離れず、途中一人抜き、さあいよいよペースアップだ。と思ったんだが向こうの方がもっと上げた。あれれ、離れていくぞ。ここで離されても峠の最後のきついところで追い付くことはよくあるので今日もそれで行くしかない。と思ったんだがその最後の300mの直線上りに入った時にはもうテキは上り終りそうであった。お陰で31日より速い15'36"でした。
 名栗川に下ってから北側を上り直して帰る。61km。
4/3:カオスのクラブラン。橋本氏、保谷君との3人のみで多摩湖経由で昨日に続き小沢峠へ。小沢では保谷君に大抵負ける。いつも手前の東京バーディでは引き離し小沢に入ってからも全然視界にいないのに中程で突然背後に現れて抜き去られ最後の直線で詰めるものの追いつけない。ペース配分がまったく違う。本日もそのパターンで負け。小沢のタイムは15'41"、昨日の方が速かったのに残念。80km。
4/5:Carreraで多摩湖一往復(西武園から反時計回りで外周を走り青梅街道・武蔵大和に下る12kmをターン)後に往路を途中まで走ってから狭山湖経由で帰る36km。3/22に触れた11kmの区間は往路アベレージ30.4km/h、前半は心拍を150に押さえていたことを考えるとちょっとマシになってきた。それにかつて33.3km/hを記録したあとここで事故ってるからオトナになってあまり無理はしない。
 午後自由が丘のバイクショップ<ポジティーボ>にPinarelloを持って行く。数年前のカオスの伊豆合宿に行くときにワンボックスカーに強引に詰め込まれて曲ってしまった右リアエンドを見てもらう為。内側に曲っているのでローに入れた時にディレイラーがスポークに軽く当ってしまうのだ。本番用のSpinagy Spox では接触しないので「トレーニング用ホイールの時はローを使わなければいいのだ、強くなるしな」などといい加減な理由をつけてズルズル先延ばしにしていた。ポジティーボは一昨年までイタリアでメカニックとして活躍していた永井孝樹氏が最近オープンさせた店。所属していたファッサ・ボルトロはPinarelloをずっと使用しているし永井氏自身の愛車もルムサス選手が乗っていたPrinceである。まさにワシにぴったりではないか。新車の組み付け中だった氏は早速作業台に俺のPrinceちゃんを乗せ替えて手早く点検、あっという間にエイッと修正してくださった。勿論仕上げの点検も丁寧、料金\1,500+税。大感謝。途中現れたダイナソア(輸入代理店)の営業マンに勧められCarreraのニューモデルも試乗させてもらった。ペダルもシューズも選択出来たのでTIMEの新型にガエルネの日本人向け幅広シューズを組み合わせて走行。いや〜いい。欲しい。しかし先立つものは当然ない。付いていた3Tのビオモルフェというハンドルが良かったのでこれだけで我慢するかと思ったのだが、帰りの車の中でカタログを見たら\47,250 !!であった。さいなら〜。
4/7:気持ちよくなったPinarelloで山王峠の脇の5kmの上りをやりに行く。今年初。去年の4回よりいいタイムだった。途中まで下ってから一番きついところをもう一度上って帰る。57km。
4/8:多摩湖など38km。
4/10:カオス・クラブラン、小沢峠など。か、か、勝った。いつものように中盤に抜き去られたが最後に追い付き抜き返す。苦しかったぁ。本日は集合場所の清瀬まで行かず多摩湖で待ち伏せ合流したので走行69km。
4/12:ローラー55分。
4/13:スピニング40分。
4/14:多摩湖1往復〜狭山湖で36km。
4/16:今シーズン初レースとなる<第10回ツール・ド・草津>に前日入り。夕方ホテルに着いて温泉に浸かる前にカオス・吉川(兄)君と10kmばかり走る。寒いのなんの、宿近辺でも道路の外には雪が残っている。明日の上の方は厳しいだろう。夕食前保谷夫妻到着。いつものボッシュ・ジャパンの人達と一緒に夕食宴会。早めに切り上げるが吉川君と部屋でワイン。
4/17:珍しい好天で朝を迎える。4回目の出場だが今迄のところ同行グループ(カオス+ボッシュ)では1位(浅倉君は一応ゼルコバ籍なので除外。それに今年は八ヶ岳と日程が重なってそちらへ出場。)、そうなのだ、ここでは保谷君に負けたことはないのだ。当然目標はこの実績のキープである。しかしあまり自信はない。先週小沢峠で勝ったからいいかなぁ。
 9時半から開会式、千人超の混雑のなか、10周年特別招待選手グレッグ・レモン氏の挨拶もあった。86、89、90年のツール・ド・フランスのチャンピオンも40代半ばでかなり丸い体型だ。10時にスタート、まずは温泉街をぐるりと回るパレード走行が5kmある。温泉街からスタート地点に戻って正式スタートだがこの手前になかなか急な長い上りがあるのでいいウォームアップになる。それにスタートから個々にメモリーチップで計測されるのでウィンドブレーカを脱いで背中のポケットに突っ込んだりドリンクを飲んだりして自由に始められるのがいい。以上のことをして気合いを入れス13km先の白根山ゴールを目指しスタートゲートをくぐる。目標心拍は160。5km地点の殺生河原までは18分38秒、平均心拍159。ここで書きながら調べたら前回03年はここまで17分52秒、AHR165じゃないか!01年は18分22秒、AHR159。ダメじゃん、これじゃ。で、ここを過ぎると例年通り強風にあおられるわ、寒いは、で一層厳しくなる。前回は悪天候でとにかく手が痺れて辛かった記憶が強いので上半身リラックスを心掛けてはいるんだがそんな余裕の状況ではない。油断すると脚が遅くなり心拍も150台前半に落ちてしまう。途中先に出走していた吉川君に追い付き声をかけた直後保谷君に抜かれた。とうとう現れたか、よーし、と気合いを入れ直したかったが無理すると先がもたない、などと弱気な思いが頭をよぎる。それでもなんとか視界内にはあって共に順調に先発選手たちを抜いて行くがなかなか縮まらない。おまけにこうしている内に怪物・二階堂翁(63)に抜かれてしまった。暫く必死に後ろに付いて行くが若い選手たちをごぼう抜きといった勢いなので諦めた。少しだけでも付いたおかげで保谷君とはやや縮まったものの追い付くまでは行かない。苦しい。それに彼が後ろから来たってことは俺より後にスタートした訳だから追い付いたってむこうの方がタイムはいいんだもんなぁ、なんて思いも。そうこうするうちようやく「あと3km」の看板。次第に同じ様なレベルの4、5人でグループが出来てくる。「2km」の看板でペースがやや上がり始め、ついに「1km」を越して更に上がり500mを切りスプリント(と言える速度かどうか)、1人でも抜きたかったがゴール前はコースが狭められていて1台ずつしか通れずペースダウンしてフィニッシュラインを通過した。残念、しかしここでこんなに頑張れるならもっと早めに頑張って力を出し切れってんだよな。でもやっぱり相当きつかった。降りてから暫く動けず。
 殺生河原〜白根山までの平均心拍は154という有り様。03年164、01年156。トータルのタイムは52分41秒372。前回は49分09秒だから3分半も落ちてしまった。しかし前々回は52分48秒だからまあよしとするか。クラス(51歳以上)92名中18位。で、で、で、肝心のクラブ内勝負は勿論負けましてタイム差38秒。間違って持ってきた礼服用のソックスで走った吉川君は1時間8分でした。グレッグ・レモンは1時間13分!でも何で晴れた今回と前々回が遅くて雨・霧の前回が速いんだ?風のせいだろうか。おまけに最高心拍数はわずか163であった。これがレースかいな。

ゴール後レストハウスで休憩してから預けてあったカッパなどで
防寒対策をほどこした下山前の保谷(左)・吉川。寒風に震えている。


            ● 16-5 

4月後半〜5月の有り様

 さて草津以後は色々多忙で結局多摩湖32kmプログラムを3回のみで4月走行距離531km。
5/1:カオス・クラブラン。ピナレロを出し多摩湖で待ち伏せするも現れたのは保谷君のみ。しかも筋肉痛がひどいからと途中で帰ってしまったので一人で小沢峠に向かう。峠の中程で二人パス、最後の上りで上から下りて来て再び上り直すライダーが見えたのでなんとか追い付こうとするがダメだった。しかしおかげで小沢の6kmタイムは4月10日の15分03秒を上回る14分43秒、今年のベストだ。そのあと反対側に下り名栗川を下ってから山王峠を越えて帰る。68km。
5/2:カレラにて多摩湖、33km。
5/3:午前中ローラー1時間。午後ベース教室を開いている小平のスタジオまでカレラで往復24km。
5/6:カレラで多摩湖コース+狭山湖など36km。

5/8:第13回サイクルフェスタin川口。前回出場の03年「14-6」とダブるが川口オートレース場の真っ平らな800mオーバルコースを各チーム3〜5人交替でひたすらグルグル廻る2時間耐久。今年は浅倉・中原・早川の3名で<カオスRC>として出場した。平坦ということは上りがないかわりに下りもない。とにかくずっとこぎ続けなければならぬ。そりゃあ脚を休めたって進むがそれではみっともないではないか。単純に自分との戦いである(見栄との戦い?)。浅倉君が10〜11周、中原君8〜9周、ワシは7〜8周でローテーション。前夜西荻でライブの後飲み過ぎてしまったので1巡目は心臓バクバク、気持ち悪くて酒を後悔する。それにずっとハンドル下部を握って力を入れているせいで腕がパンパン。しかし回を重ねるごとに身体も馴染み楽になったような錯覚。5巡目、中原君の3周目で二時間経過・終了。浅倉君の格違いの走りと中原君の頑張り(俺もだけどな)により111周走行でダントツ優勝。一昨年は4人で110.9周、その前年は3人で107.9周(いずれも優勝)なのでかなり優秀である。俺は貢献したとは言い難いが。

 


  左から;浅倉、中原、早川

 


5/11:カレラにて多摩湖、33km。
5/12:多摩湖を1往復してから青梅街道で瑞穂に向かい、短いが急坂のある六道山公園まで行き再び多摩湖に戻り50km。公園の荒れた路面の急坂がきいたのかはたまた多摩湖への戻りの1.5kmの坂のせいか、家の手前2kmのところの上りで両腿痙攣。
5/14:多摩湖を走ってから遠回りして帰り34km。
5/15:カオスで走るべくピナレロで多摩湖に向かうが小雨が降り出し誰も現れず。青梅方面に走り出すものの止みそうで止まない雨に峠行きは取り止め青梅街道旧道から多摩湖への上り1.5kmを52X14Tでギシギシ踏み両腿ピクピク。そのあとユネスコ村から狭山湖への上りや早大キャンパス〜狭山湖への上りを二回などやって帰り32km。距離の割には腿・膝にそこそこ応えた。
5/16:小沢峠〜山王峠の60kmコース、カレラ。本日の小沢のタイムはのんびりの17分。
5/19:ピナレロで山王峠脇の上りをやりに行く。4月7日に「去年の4回よりいいタイム」と書いたが更に40秒アップ。途中まで下ってからきつい2kmを再び上る。筋トレ目的でアウターで始めたが膝にきそうなのでインナー×19T、しかしそれもきつく結局23Tまで使ってしまった。57km。
5/21:カレラで多摩湖。往路終りの武蔵大和への下りですれ違ったワカモノを追って復路開始、6km程で追い付きバトル、振り切り。
5/24:午後高円寺でのリハーサルに小型の楽器(スタインバーガー・タイプ=<楽器部屋>#6参照)を背負ってカレラで向かった。失敗。何しろベースを持って自転車に跨がるのは初めてのことなので出る前にローラーで確認して大丈夫だと思ったのだが、固定ローラーにセットしてあるマルイシ・エンペラーはややハンドルを高めにしてあった。カレラに跨がってみたらネックがヘルメット後部に当る。仕方なくデイパックのストラップの左右の長さを変えたり底の片側に物を詰めたりしてネックが頭の左に突き出るようにして走り出す。しかし走っている内に真中に寄ってくるので肩や腰で押し戻しながら走ることになってしまいおまけにそこそこ重量もある。幹線道路の24kmを55分というのはこのハンディにしてみればよくやったと思うが三日くらい肩が凝っていた。帰りは近くのライブハウスに楽器を預け、身軽になったついでに玉川サイクルに立ち寄ったところ会長が極上の馬刺しを持って来てタマさん、ツトムと4人で酒盛り。帰りは雨の中で携帯を落としたり幸運にも届けられた交番に取りに行って今度はヘルメットをそこに忘れたりとズタボロ。
5/26:カレラで多摩湖、41km。
5/27:多摩湖31km。
5/30:ローラー1時間。
5/31:ローラー55分。

4月総距離:531km、5月:690・57km。


            ● 16-6 

6月の有り様

 今年は8月末の乗鞍ヒルクライムに仕事で出場出来ないことが3月に早々と決まってしまった。そこでスケジュール的には厳しい6月5日の「第2回Mt.富士ヒルクライム」に睡眠不足覚悟でエントリーした。前夜が日比谷野外音楽堂での<20th.ジャパン・ブルースカーニバル>出演だったのだ。おまけに富士スバルラインを閉鎖するという都合上えらく早い。朝6時集合7時競技開始、スタート地点へは車は乗り入れできず指定駐車場から自走、などの条件に加え前日適当に取ったビジネスホテルもホテルHPの地図の印象とはかけ離れた距離で2時間ほどの睡眠でスタートすることになる。幸い天気は晴れ、3千4百人のエントリーというから乗鞍同様の混雑の会場でカオスの吉川君や保谷夫妻にも会う。我が50歳以上クラスは286名のエントリーで7:10スタート。3kmほど先のスバルライン料金所からタイム計測が始まる(センサーで個別計測)。24km、標高差1、270mのコースは平均勾配5.01%、乗鞍よりは楽そうな変化の少ない勾配。序盤は兎に角人が多い。ひたすら右端から前へ行く。3kmくらいでようやく隙き間が出来てきた。心拍は162〜7位でいいペースだと思ったが俺にしては高過ぎか。やはりハイペースで回せている訳ではなく単に寝不足のせいなのだろう。9kmくらいまでは平均心拍163、ケイデンス80回転と理想的な感じだったがそれ以降の3kmごとのデータは157/72、155/70、154/69、154/69、最後の2kmはゴール近くからもがいたものの151/83。情けねえ。なにしろ18kmあたりから今まで経験の無い猛烈な尻の筋肉痛に苦しめられ一時は気が遠くなりそうだったのだ。これはフォームが固定されてしまっているからなのだろうか。4年前ファンライド誌の取材で<いぬふぐり>数名で往年の名選手森幸春氏の指導を受けた際、このワタシは「フォームに無駄が無さすぎ」、即ちウツクシすぎと指摘されたのであった。たまにはガニ股で回さんといかんかなあ。最後の2kmは5、6人の集団でラストはそれでもスパートしたが狭いゴールで前を阻まれてフィニッシュ。1時間27分42秒、クラス(50以上)完走263名中23位、オトコ全体では2981名中635位、山岳ポイント区間(19〜20km)ではややマシな482位。
 それにしてもとにかくひどいケツ筋肉痛、ゴール先の駐車場ではバイクをまたいだまま5分ほど動けずやっとまたいで身体だけになっても座ることも歩くこともままならずただ中腰で立ち尽くすのみというかなりアブナイ人物と化してしまった。ようやく防寒着をつけて下山する時も治まらず痛みの方が脚の疲れ以上に辛くて3分の2ほどは尻を浮かせて走ることになった。


まずまず好調の中盤

 


 いい調子に見えるが・・・


これはもう瀕死の状態の終盤


 再び奮い立たせてのゴール。右手はしっかり
心拍計を止めている。意外とクールじゃん。

 


 この富士スバルライン、98年に初めてカオスのクラブランに参加して走ったところでそれ以来だ。その時は今回の計測地点より1km程下から計って1時間40分、単純計算で今回の距離に換算すると1時間36分。レースではなかったし車も走っていたからなんとも言えないけれど7年前より速くなったということにして良しとするか。なんてったって寝不足だったしな。7年間のトレーニングと機材に注ぎ込んだカネは無視する。

6/8:カレラにて多摩湖、32km。
6/11:ローラー50分。
6/12:カレラ、多摩湖でカオスに合流。でも実は橋本さん一人だった。仕事があったので途中で別れ青梅あたりを適当に走り回って帰る。帰路合流した赤いCannondaleにローテーションの合図をされ暫く同行するが速い。そのうちミニバンの後ろにピッタリくっついて疾走していった。猛暑の中お陰でこちらは右ふくらはぎ痙攣、キモチ悪くなってしまったではないか、誘うなアホ〜!
6/13:久しぶりにAnchorで多摩湖。単に気分のせいかも知れないがやはり乗り易い。LSDレベルの予定が結局中盤からペースを上げてしまった。これがかなりいいタイム。ううむ。俺が乗るとピナレロよりこのAnchor最安価が速いんだろうか。いやいや、前半ペースを抑える走り方が良かったのだな、きっと。
6/17:アンカーで多摩湖中心に47km。
6/18:カレラで小平のスタジオまで往復、24km。
6/19:ピナレロを出してカオス・クラブラン。川口のレース以来の中原君と小沢峠で対決(と勝手に解釈。去年の乗鞍では俺のベストタイムより速かったからな。)、ラスト1kmで前でペースアップ、最後のストレートでふくらはぎを痙攣させつつリードを広げ上り切った。しかし帰路このツケが来た。山を下りての住宅地のなかのちょっとした上りでいきなり両脚が激ツリ、まっすぐペダル上に立ち上がったまま全く動けずそのまま減速・転倒する。中原君たちにバイクをどけてもらい足首を曲げたり水をかけたりスポーツドリンクを買って来てくれたりと介抱を受けるがふくらはぎも腿も固く伸びきって激痛だがどうにもならない。10分くらいでようやく脚を曲げられるようにはなるが助けを借りて立てるまでには更に5分以上かかった。やはり変な意地や見栄で走るのは筋肉にいかんのだな。こんな苦痛を味わうことになった小沢の上りタイム、一人で走った時の方がいいのだから。
6/21:未回復、自転車では走れるのにまともに歩けず。
6/23:朝ようやく普通の筋肉痛程度になった。
6/25:ローラー1時間。
6/26:ピナレロで多摩湖〜狭山湖〜六道山など67km。多摩湖では相当ペースを上げたつもりが先日のアンカーのレベルに至らず。あ〜あ。
6/29:ローラー55分。
6/30:多摩湖でしつこく55km、アンカー。またまたアンカーでいいタイムが出てしまった。困った。

 6月総距離:480km。


            ● 16-7 

7月そして8月...

7/6:3本ローラー(負荷+1)で30km、1時間5分。
7/7:アンカーで午後3時すぎ曇天のなか多摩湖に向かうが途中からパラパラ。着いてコースを2、3km走ったところで本降り、それでも走っていたら雷も雨も激しくなり引き返して18km。しかし家に戻って15分程で晴れた。がっくり。
7/8:午前中多摩湖、31km。
7/11:カレラで多摩湖。西武園〜武蔵大和の12kmを往復してから往路途中まで走りユネスコ村に右折、下って上って狭山湖経由で帰宅、36km。
7/13:朝ローラー1時間、その後昼間吉祥寺のスタジオでリハーサルを済ませ急いで帰宅、7時からのCSのツール・ド・フランス第11ステージの中継を見る。アルプスの二日目。今年の最高地点ガリビエ峠やマドレーヌ、テレグラフの名峠を通るルートで見逃せない。長丁場なので食事も適度のアルコールも摂取しつつ観戦。10時半頃には貰いものの「ペダルエクサ」(松下電工)という、負荷装置とペダルからなるシロモノをテレビの前の椅子に座ってこぎつつ(体勢的にはリカンベントでローラーをしているようなものか)ヴィノクロフ、ボテロ、ペレイロの長逃げに興奮、11時にはガリビエ頂上手前9.5kmでヴィノクロフが単独行、0:10にフィニッシュ、優勝。もちろんとっくにワシはこいでいない。
7/15:カレラで多摩湖。往路はインターバル走。31km。
7/16:11日とほぼ同じルートで35km。
7/19:アンカーで多摩湖。ベースのレッスンに遠路長野からくる丸ちゃんの助言に従って久々にストレッチをして、多摩湖のコースを2往復(4周)48km走る意気込みで向かう。初回の往路前半は心拍145近辺に抑え後半からペースを上げ始めたらリアが変だ。止まって見るとスローパンクである。2年くらい携行していて使う機会のなかったガスボンベを初使用するが、よく「最初は失敗するから一度練習しろ」と雑誌に書いてあるがまさに失敗、4気圧くらいしか入らず仕方なく2本目も使った。さてもうあとがない。ポンプは忘れてきてしまったからもうパンク出来ない。とりあえず一往復してどうするか迷っていたら今度は左シューズの底がベロっと剥がれてしまった。パンターニが97年にウィリエールの黄色ベースに青と赤のフレームに乗っていたときのヴィットリアの同配色パンターニ・モデルだ。あ〜あ、とすごすご帰宅。
7/22:雪辱を、という程の事ではないがカレラで多摩湖コース2往復して行き帰りを含め55km。数年前までは当たり前だったのに丸々2往復は今年まだ3回目。しかしあまりの暑さに初回往路以降はペースのむら多し。
7/29:レコーディングで一週間のブランク後、またカレラで多摩湖、42km。

 7月総距離:346km 少ない・・・。

8/2:多摩湖中心に46km。
8/4:ピナレロを出してちょっと気合いを入れて多摩湖。だが大したことなし。名車プリンス+デュラエースと安価アンカー+105 の対決はいよいよもって深刻である。2kg近くも重いアンカーの方がタイムがいいなんて...。
8/5:ローラー50分。
8/7:カオスのクラブラン。午後からビール大会なので途中離脱者多し。残った飯塚、吉川(弟)、早川の3人で短かめのルートを行く。そして青梅の山里走行中、突然前方を横断し始めた爺さんを急ブレーキ・斜行で避けた前の吉川君と接触・転倒。直前の俺たちの叫び声や落車の音にも爺さん気付かずそのままのんびり横断しておった。で、俺の方は救急車で搬送、診断の結果左腕骨折。左に倒れる際歩道の縁石がもろに頭を直撃しそうな距離だったのでとっさに手をついたらしい。それで下腕が一旦肘の外側に脱臼して上腕を受ける関節部の出っ張りが折れたのだ。膝と肩の擦過傷もかなりひどい。翌々日からCOILの関西ツアーだっていうのに肩から手首まで直角ギプスである。現場でひっくり返ったまま、まずは指や手首が動くかどうかすぐ確かめたのは一応ミュージシャンとしての自覚の現れだな、美しい。飯塚君が家に帰って車で病院に迎えに来てくれ更に現場近くの駐在所に預けてあったピナレロを回収、それから青梅警察で調書、とビール大会のはずがオオゴトになってしまった。

 家に送ってもらってからすぐに楽器が弾けるかどうか試してみたがかなりヤバい。と言うか、普通この状態で楽器を弾こうとは思わないよな。指に力が入らないし手首はギプスで回らない。思えば2001年9月飛び出してきた子供の自転車をよけてガードレールに突っ込み鎖骨骨折、この時はツアー4日前で鎖骨ベルトとテーピングで乗り切った。今回はツアー2日前、なんと同じバンドである。ここは何としても弾き倒さねばならぬ。
 翌日午前中再び青梅の大病院に行きギプスの手首の所を少しカットしてもらい希望の火が見えて来た。レントゲン写真と紹介状を持って午後家のすぐ近くの整形外科で再診察。青梅の病院では手術の可能性も言われていたのだがこちらでは固定で大丈夫とのことで一安心。鎖骨の時と同じだ(この時も最初の病院は絶対手術、しかしスポーツ系のところで診てもらったら固定でOKという診断)。ついでにもう少しギプスを短くしてもらえないか訊いてみたが「これでぎりぎり」と断られた。そして翌日からカルシウムとコラーゲンの錠剤をむさぼりつつ関西ツアー、戻ってスタジオ仕事(編集作業)、リハと北海道のロック・フェスと仕事が続き、こんなで骨が付くのか不安をかかえつつ結局仕事は全部こなした。ここいらは<ずれずれ草>131〜134に詳しい。

 そして3週間後の8月29日にギプスを外す。ギプスと言ってもハーフパイプ状のものをあてて包帯で固定してあるだけなので実際は勝手に外して腕を洗ったりしていたが。そして9月2日からローラー開始。上半身を支えるのがまだまだ辛い。

            ● 16-8 

9月、10月

9/2:固定ローラーを50分。当然ながら随分落ちている。10分アップ後のeasy(負荷+1、心拍110〜129、ギア39X17)10分間で4.40km、tempo(心拍130〜155、ギア52X17)が4.89km。まあ心拍も区分範囲内の下の方で抑え気味、実際の平均心拍が各々123、139ではあったが通常はeasy:4.6〜4.8km、tempo:5.5〜5.8kmだから特にtempoレベルが低くなっている。
9/6:ローラー50分。tempo域でのレベルを上げて平均心拍152で10分5.34km。骨折直前に心拍142で5.84kmだったから大体7、8%落ちているようだ。リハビリの腕の方はようやく唇に指先が触れるまで曲げられるようになった。
9/10:ローラー55分。easy、tempoだけでなく上り想定の重いギア(アウター・トップ)のギシギシ漕ぎ5分を混ぜる。
9/13:骨折後初の実走行。こんなことしていいのかどうか分からんのだが、この日整骨医に「自転車で来ているの?」と訊かれ、すぐそこだしまだ前傾姿勢を支えられないから乗っていない、と返事をすると「いや、そうだろうけどママチャリなら乗っているのかと思ってね」「乗っても大丈夫かな?」「あとで先生(主治医)にきいてみれば?」ってことで、乗ってもヨイと自己判断。アマンダ20inchを久々に出して多摩湖を20km程走った。左腕に体重や力を掛けないようにしているつもりでも路面からの衝撃が結構響く。安全なところでは左手は軽くハンドルに添えるだけ、時々はぶらぶらさせていた。やはり外は気持ちいいなあ。
9/15:ローラー45分。徐々に戻りつつあるがまだまだ。
9/17:ついにピナレロを出して多摩湖へ。武蔵大和(青梅街道旧道)から多摩湖への600mの上り以外は心拍145〜150あたりを中心に走り32km。
9/18:この日もピナレロでカオス・クラブランに少し参加。清瀬から武蔵大和〜多摩湖、再び青梅街道に戻って瑞穂で皆と分かれ六道山のナントカ峠を越えて帰り39km。
9/19:前夜一緒に食事をした際に説き伏せた弟を引っぱり出して走る。カレラのペダルを普通のものに付け替えサドル、ステムをやや楽なポジションに調整しウエア、メットと共に貸与。西武球場前を通り多摩湖に着いて反時計回りに半周し、ここで先方の希望によりショートカットして帰り17、8km。果たして仲間に引き入れることが出来るか否か。
9/24:スピニングマシンに苦労してメーターセンサーを取り付けた。しかし特性上速度・距離はホイール径を小さく設定してもあまり参考にならない。クランク・ケイデンスと心拍を中心に行うしかないようだ。45分。
9/26:自分仕様に戻したカレラで多摩湖へ行くがペースが上げられず苦しいばかり。
9/27:7月半ば以来になるアンカーで多摩湖へ。前日と体調が違うのかも知れないがやはり乗り易い。計測区間では復帰後ベストレコードだ。

  9月走行距離:253km

 10月2日には<富士国際ヒルクライム>というものがあったのだが6月の<Mt.フジ・ヒルクライム>よりかなりきついらしいこの大会、現在の状態ではとても満足のいく走りは出来ないので見送り。去年も足指骨折で棄権したレースだ。歴史はくり返す、なんて言ってられんぞ。同じようなこと書いてるし(16-1)。その後も10月上旬はツアーで乗れず。
10/10:スピニング40分。
10/12:多摩湖など30km。翌日からツアーでまた乗れず。
10/17:タビ帰りだが40分スピニング。
10/18:翌日からレコーディングなので不慮の事故を警戒、我慢してローラーにしておく。1時間。少し成長したかな?
10/20:レコーディング前にローラー45分。
10/22:朝走りに出る前に懐いている野良黒猫を膝に乗せてやってたらいつの間にか下痢をされていた。着替えてショックさめやらぬままアンカーで多摩湖に行く。いつものコースを走りだして800m、「おお、今日はいいタイムが出そうだ」と思った途端何を踏んだのかパーンと派手な音を立ててパンク。チューブ交換するもタイヤのキズは深くエアを入れるとそこが盛り上がってくる。しかたなくゆっくり帰宅。雨もパラパラ、ついてない。しかし諦めきれず、ホイールを換えて小雨の中、しつこく別のコースに行った。早大キャンパス脇から狭山湖の林道に上る600mのきつめの坂を含む3kmほどの道を行ったり来たり。総計27km。
10/23:日曜だがカオスの連中は昨日から宇都宮のジャパンカップに行っており前日仕事だった俺も早朝出てクネゴやマンセボーの走りを見に行くつもりだったがグズグズしているうちに日光目当ての高速渋滞などの情報も入り面倒になってしまった。結局一人でピナレロにて小沢峠往復、55km。昼寝後バランス・ボールが欲しいというカミさんと東大和のヴィクトリアに行ったがどぎついカラーのものしかないのでヤメ。Tarzan誌の通販でReebok製のシルバーのものを注文することにした。帰宅後最近購入したオムロンの体重体組成計で計測。峠効果か、身体年齢33と出た。さあ飲むぞ!!・・・しかし後日、大抵昼間ビールを飲んでいる、巨人ファンである他はスポーツと縁のうすい39歳ギタリストがに「あれはアテになんないよ、オレ27だったもん」と言われてしまった。
10/25:夕方アンカーで多摩湖、34km。
10/27:ローラー45分。
10/31:本日は心拍ターゲットを145に抑えて多摩湖・西武園前から武蔵大和までの12kmを2往復48km+行き帰りで56km。抑えたせいで往路復路共2回目の方が好タイム低心拍だった。帰路回り道して通った長い上りもダンシングで軽快だ。こういうレンジでのトレーニングも必要なのだな、本に書いてあるように。ヒルクライムレースでのペース配分も考えるべきなのか。

 10月走行距離:294km

 

            ● 16-9 

11月

11/1:4月以来の山王峠脇の上りに出かける。途中から今まで通ったことのない道を選んでみた。八高線の金子あたりから線路に沿い北上、阿須を左折して小曽木街道に突き当たりそれを右折、するといつもと逆方向から山王峠の上り口にアプローチすることになった。感覚的には凄く不思議。いつものルートだって小曽木街道を右折して上り口にくる。今日は道路案内版に従って半信半疑で右折したらいつもの地点よりはるかに右手に出て逆走することになったのだから。地図なしで勘で走ってるからさっぱり分からない。小曽木街道は半円でも描いているのだろうか。まあいいや。で、相変わらずのきつい上りのタイムはリハビリ中としてはまずまず。54km。
11/3:小沢峠を越えて突き当たりの名栗川を右に下り山王峠を越えて帰ってくるルート。小沢の上り6kmのタイムは15分30秒、5月1日の14分43秒と比べるとまだまだだが4月10日が15分03秒だから本日もリハビリとしては上々ということにしておこう。62km。
11/6:アンカーで多摩湖41km。そこそこのタイムだったが速度に比べ心拍が高過ぎる。計測区間の11kmの平均速度が10月24日と同じだったが平均心拍が同日155に対し162だ。そう言えばちょっと二日酔いだったかな。
11/7:ローラー1時間。
11/9〜10:個人的ツール・ド・草津。4月のレースの時の抽選会で宿泊券が当っていたのをようやく使用した。もっと早く来たかったのだが諸事情によりこの時期に。寒いだろうな〜。心配していた天気は晴れ、しかしホントに寒かった。9日はのんびり出てきたのでレースのスタート地点である観光センターの駐車場から走り出したのが3時半、支度をしている内にどんどん陽が傾いて行き気温が下がってきて止めようかとも思ったけれどとりあえずショートの部のゴールである殺生河原まで上って具合を見ることにした。上は長袖にベストにウィンドブレーカ、長指グローブ、下も長タイツだが上りだしてもちっとも身体が熱くならない。それどころか運動しているのに冷えていく感じである。とても殺生より先に行く気にはなれないし下るのもごめんだ。5kmを20分23秒で終え(レース時はここまで17〜18分台)上で待っていたカミさんの運転してきた車にガクガク震えながらピナレロをばらして積み込み下山。温泉につかっても暖まらなかったな、やっぱ酒じゃ酒じゃ。
 翌日は朝湯朝飯後にゆるゆるとスタート地点に向かう。3kmほどアップするがやはり寒い。まあ昨日よりはずっとマシだけど。10時45分くらいにスタート。まあ本番じゃないんだからここで無理しなくてもいいか、とか前半抑えて後半上げるということを意識的にやってみてデータを分析してみようとかウダウダ思考しつつ、結局はラクしたかっただけという気配濃厚の中、20分ジャストで殺生河原通過。ここからがつらいんです。参加のたびに書いているけど木々が無くなり稜線になって山風の直撃、四月でさえ寒さに参るのに11月だもんね、路肩は雪(少量なれど)だもんね、他に自転車乗ってる奴なんていないもんね。鼻水とよだれカスにまみれゴールの白根山レストハウス前に付いたのが54分36秒。ベストが49分とは言え今年のレースが52分41秒だったから練習としては、そしてリハビリ中としてはまずまずなんじゃないでしょうか。こればっかりだな。いつまでリハビリ中なんだかねぇ。
 観光客の行き交う駐車場でバラしていたら初老の夫婦が寄って来て「ええっ、自転車で登ってきたの!?」と騒ぎたてたあげくダンナの方がバイクを持ち上げて「なんだ、そんなに軽くないんだな」だと!!!!!おめえ自分ちの自転車そんな風に持ち上げてみろよ、このっ!!そして積み込みと着替えを終えて妻とともにそういう一般人の流れに従って白根山の火口に登り記念撮影しました。車で下りながら「よくこんな事するわよね〜」と尊敬されつつ帰路につきました。


ゴール手前200mってとこか。


手前50m。カメラのカミさんは車を降りて徒歩ですから連続の筈はなく、これはヤラセです。3、4回走り直させられた。疲れたッス。


11/13:カオス・クラブラン。多摩湖で合流ではなく不精せずに集合場所の清瀬駅前まで行った。橋本さん、保谷君、中原君でいつもの多摩湖〜小沢峠〜青梅〜多摩湖コース。小沢の上り口で保谷君の先導でのどかな裏道をしばらく走ってから上った。84km。この日は皆少々ゆったりモードで小沢だけは幾分頑張ったもののツリもなく(5月の激ツリ騒動の相手?中原君と一緒だったのに)楽しく走れた。
11/15:ローラー1時間。
11/16:多摩湖経由で小平に引っ越したタマさんの店に行く。取り寄せてもらったパールイズミのウィンドブレーカを購入。帰路に東村山から西武園の裏手の荒幡富士を上ってから帰った。この荒幡富士という小山周辺は短いけれどなかなかのキツイ上りがあるので時々多摩湖の帰りに寄る。35km。
11/18:多摩湖で32km。心拍はアベレージ150以下に抑えてみた。
11/20:今シーズン最後のレースとなる<第8回龍勢ヒルクライム大会>に出場。秩父市吉田、城峰山への14kmの上りだ。過去の戦績は:98年10位/99年9位/00年15位/02年/小径車クラス4位。3年振りの出場だ。タイムは99年44分59秒、00年47分21秒、これを基準になんとか47分を切るのを目標にする。レポートとしては毎度同じような展開、苦しさの中、今となっては記憶も定かではないので時間のある方は7-3('99)9-5('00)あたりを読んで頂けるとありがたい。今回は定説に従い序盤は抑え気味に始めたが果たして後半ペースが上げられたのかどうなのか。前半抑えたって後半の苦しいのは変わらない。やはり序盤に飛ばしてあとはゼエゼエだった99年の走り方が俺向きなのか・・・。結果は男子D(46〜55)49名中20位、48分56秒。今年は総合の順位が出ていないが自分で集計するほどの根気はない。ざっと見たところこれくらいのタイムだとA(15〜29)60名中30位、B(30〜35)74名中39位、C(36〜45)110名中42位ってとこだな。来年もスケジュール的に出られるのだったら以前のように事前に試走しに行こう。
11/24:アンカーで多摩湖、35km。
11/27:多摩湖でカオスと合流、しかし午後仕事なので小沢峠までは行かずに帰り46km。
11/29:カレラで山王峠。向こう側には下りず上でターン後11/1に走ったルートの逆を走ってみるがどこを間違えたか飯能市内のとんでもないところに出てしまい迷った末に国道のバイパスをひたすら所沢に向かうつまらぬ帰路になってしまった。48km。

 11月走行距離:558km