※お願い:リンク先から戻るときは、ブラウザの「戻る」ボタンをクリックして下さい。 村長三十年。 内藤湖南研究に生涯を捧げた。昭和45年郷土史で秋田県文化功労賞受章。 同49年鹿角市文化功労者。同53年教育・文化の向上で鹿角市功労者。 平成4年「緋い記憶」で第106回直木賞受賞。 鹿友会員。 毛馬内焼。名古屋から陶工雲山を招いた、瀬戸常滑系。 女流教育家。 鹿友会員。毛馬内。 ……。 「上津野」研究発表バックナンバーNO.21。 昭和57年地方自治の振興で鹿角市功労者。 鹿友会員。無試験で高等工業学校に入学。 八幡平の人。独立美術協会展などに入選。八幡平切留平にペンション「えのぐ箱」 を経営。 平成16年社会福祉の向上で鹿角市一般表彰。 平成10年女性の地位向上・保健衛生の向上で鹿角市文化功労者。十和田毛馬内字城ノ下。 鹿友会員。 東北大学教授・文学博士。 「上津野」記念講演バックナンバーNO.6。 ……。 東京の人。二科展奨励賞他入選。八幡平切留平にペンション「えのぐ箱」を経営。 平成14年芸術文化の向上で鹿角市文化功労者 「平泉志」を著し、その中で「希婦細布二千端」などと記している。 (1062)前九年の役後、安倍貞任の子高星丸(安東氏の祖)は、逃れて 幼少の頃を鹿角境の高畑に過ごしたといわれる − 鹿角のあゆみ。 「花輪小学校校歌」作曲者。 「北行日記」を書いた。 秋田市出身。花輪高等学校在職中の昭和40年頃「アイヌ語と東北」をまとめ、 鹿角の地名を中心にした記述が多い。 |