作者別一覧
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二階堂黎人
(9)
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日本語を考える会
(1)
REITO NIKAIDO
二階堂黎人
「地獄の奇術師」
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
講談社
値段
¥718
初版
1995-07-15
総合
−
ストーリィ
−
技術
−
1992年に単行本として、1994年に新書版として同社から刊行された本格ミステリ小説の文庫版。約510ページの本編に加え、20ページ近い注釈、島田荘司による「二階堂黎人論」を謳った推薦文、結城信孝による巻末解説が付属している。
内容は、江戸川乱歩の <怪人二十面相シリーズ> などを幼少期に夢中になって読んだ熱狂的ミステリファンが、中年になって自分でも似たような作品が創作できないかと思い至って書き上げたような作品。事実、この偏見がピタリと的中していたところで何も驚く要素はない。半世紀前の、怪奇的な雰囲気を漂わせた古典探偵小説の匂いがプンプンするのだ。
探偵役となるのは、女子高校生ながら優れた洞察力を持つ二階堂蘭子。彼女の活躍を、義兄である二階堂黎人(著者だろう)が叙述していくという、ホームズとワトソンの組み合わせを思い起こさせる作風のミステリである。
物語の舞台は、1960年半ばから後半の東京都国立市にその異様を構える <十字架屋敷> 。実業家の邸宅であるこの奇妙な屋敷の周辺で、顔中に包帯を巻いたミイラのような男の目撃談が相次ぐ。やがて彼は欄子や黎人、その友人であり十字架屋敷の住人でもある暮林英希の前にも姿を現し、自らを <地獄の奇術師> と名乗って、暮林一族皆殺しを宣言する。
そして <奇術師> の宣言通り、暮林家の人々が次々と惨殺されていくのだが……。
実はこの二階堂蘭子を主人公した本格ミステリは、全10巻を目処にしたシリーズものになるであろうことが著者によって宣言されているらしい。その最初の1巻として本書があるわけだが、これは果たしてどんなものであろうか。少なくともこの作品に触れた限り、続刊を定価で購入して全10巻を完全制覇しようという気にはなれなかった。
古書店の100円コーナーに同シリーズのタイトルが並んでいないか、一応確認する習慣はついたものだが、新品のみを扱う一般書店で二階堂黎人の名を探すつもりは今後もない。個人的にはそういう微妙な作品だった。
2004/02/28
「吸血の家」
形態
単行本
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
立風書房
値段
¥2000
初版
1992-10-20
総合
−
ストーリィ
−
技術
−
全10作からなる長編本格ミステリ <二階堂蘭子> シリーズの第二作。
現在では第二長編として認識されている本作は、聞くところによると商用作家としてのデビュー作
「地獄の奇術師」
に先駆けて執筆された事実上の処女作だという。そのわりに蘭子シリーズの中では比較的高く評価された作品になっている――というのは、色々なところで耳にする話だ。その意味で、本作はシリーズの試金石になっていると言えそうである。つまり「吸血の家」に魅力を感じなければ、全10作に及ぶ蘭子ものをこの先読み続けるのはよした方が良いということだ。逆に何か得るものがあったなら、付き合っていくことを決めればよい。
物語自体は色々な要素――物語を構成し、また彩る数多の縦糸と横糸――が織りあって少し複雑なものになっている。時は昭和44年。古くから近親婚を繰り返し、血族の女性すべてが類稀な美貌に恵まれることで知られる雅宮家。この一族の間で発生する血生臭い連続殺人事件が本作では描かれる。
かつて当主に冷遇され憤死したという <翡翠姫> と、彼女が雅宮の一族にかけた呪い。20年以上前に発生した不可能殺人、そして時を経て繰り返される血の惨劇。かつての本格派が得意としたB級の猟鬼的要素がふんだんに盛り込まれているのも特徴。またそれを可能とさせるために、時代設定を昭和44年に設定しているのだろう。
密室殺人や雪の積もった殺害現場に足跡が残っていない……等といった、シチュエーションの面白い事件が連続して発生し、読者は多くの謎を抱え込みながらストーリィを追う。犯罪に使われたトリックなども、占星術殺人事件のような驚愕は呼ばないものの、よく考えられており捻りが利いていて面白い。
しかし必要性に首を捻りたくなる注釈が多数ばらまかれており、これが巻末にまとめて載せてあったりするため参照するたびにリズムを狂わされる。そういう意味ではたいへん読みにくく、素直に内容に集中できるかは疑問。
また人間が全く描写されないため、殺人が起こっても悲壮さや緊迫感がなかなか感じられず、血を塗りつけたマネキンを死体役にして捜査ごっこを行っているような空虚さを感じざるを得ない。
探偵役も何かにつけて自分の読んだ推理小説のシチュエーションやトリックの話題を持ち出し、しかもそれを根拠に現実に発生した殺人事件を追っていくため、どうもリアリティを感じにくいという欠点がある。
リアリティを言うなら、この作品が扱うような事件など現実には起こりようがない。それを置いておくにしても、作中で起こった架空の事件や出来事を現実のもののように演出して見せることは必要だ。そこはマジックショーと同じで、タネも仕掛けもある芸をどのように不可思議に演出するかで評価は決まる。タネと仕掛けを上手く隠し、ごまかし、見る者が興ざめしてしまわないよう披露するのがエンタテイナーの仕事なのだ。本書にはその部分が欠けている。
本格派だとか社会派だとか、そういう瑣末な問題を超越した、これはエンタテイメントとしての絶対的な命題である。ミステリの種類や手法とは何ら関係ないし、それらは言い訳にならない。
パズラーとしては優秀な部類にあると思われるため、そうしたものを求める読者にはうってつけだろう。だがここにあるのはあくまで良く出来た殺人ナゾナゾであり、良く出来た小説ではない。
2005/02/07
「私が捜した少年」
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
連作短編
出版
講談社
値段
¥590
初版
2000-07-15
総合
☆
ストーリィ
−
技術
−
推理小説、ミステリ、パズラー。これらの作品を紹介するときには、犯人や重大なネタを不用意にバラしてしまわないようしなければならない。
古書店で名作ミステリを買ったは良いものの、胸をときめかせて表紙を開いた瞬間、鉛筆で「犯人は○×だ」と書かれた落書きを発見。膝から崩れ落ちたという笑えない話を聞き知っていれば、これもなおさらである。同じような被害者を無意識のうちに生み出してしまわないよう、エチケットとして我々は注意せねばならない。
そういう意味で本書の紹介は少し困難だと言えそうだ。というのも、基本設定に秘密の1つが隠されているからである。これは読み進めていけば序盤ですぐに明らかになることなのだが、やはり最初から知っているより読み進めるうちに自然と知るほうが良いのだろう。
しかし、それを尊重しようとなると本書の紹介はできない。従ってこの部分にだけは例外的に触れることにして、以下では本書の簡単な解説を行っていくつもりである。不要な予備知識を得たくないというのなら、ここでページを閉じることをお勧めしておく。
――さて、熱心なハードボイルド・ミステリのファンは、この本の表題を見たとき何かに気づくはずである。
原ォ
の傑作
「私が殺した少女」
との類似に気付いたのなら大正解。本書のサブタイトルは、全て著名なミステリのパロディになっているのだ。西上心太氏は巻末の作品解説において、このタイトルに関する部分にも言及している。きちんと解答も提示されているので、それまでにクイズだと思って考えをめぐらせてみるのも良いだろう。
これは本書の特性そのものを象徴的に表わしている。あらゆる意味で、この連作短編は原ォや
チャンドラー
が書くようなハードボイルド・ミステリをネタにしているのだ。
そのことは主人公を見てみても歴然としている。彼の名前は渋柿伸介。ライセンスを持たない私立探偵で、独身。妻子はもちろん兄弟姉妹もいない。東京の立川市にある <渋柿探偵事務所> の所長兼所員である。本人は自らを「歳の割に老けた容貌の持ち主で、これまでの人生で経験してきた苦悩が顔面の肌に細かい年輪を刻んでいる」――と表現している。
しかし彼は五歳の幼稚園児なのだった。いなくなったペットや紛失した消しゴムなどの捜索を主に請け負うが、その報酬はチョコレートやガムといった菓子類。愛車のブルーバード(原ォ作品の主人公の愛車だ)はミニチュアカー。依頼人が若い女性であっても、決して肉体関係をもつことはない。
聡明さと明晰な頭脳、相応の行動力をかねそなえた彼は、父であり捜査課の刑事であるケン一が持ちこんだ事件を吟味し、さりげない言動を通して彼に解決の糸口を与えていく。本書には表題作「私が捜した少年」をはじめ、「アリバイのア」「キリタンポ村から消えた男」「センチメンタル・ハートブレイク」「渋柿とマックスの山」の短編5本が収録されているが、どの話でもそのパターンが貫かれている。
ケン一が家庭に持ちかえってくるのは大抵が不可解な様相を呈した殺人事件で、彼はこれの捜査に行き詰まっているわけである。これに渋柿が陰から手を貸すわけだ。
大枠を形作るこうした事件の一方で、渋柿は友人の幼稚園児たちから非常に身近な依頼を持ちこまれる。ウサギを探したり、猫を探したりと忙しい。しかしそうした捜査が切っ掛けとなり、ケン一が担当している事件を解決するヒントを掴むことも多いのだ。
幼稚園児にハードボイルドをやらせるため敢えてリアリティを犠牲にしている箇所が多々見られたり、そうしたリアリティの欠如がハードボイルドの本質を損なっていること、著者の年齢のせいか会話に洒落っ気や工夫があまり見当たらないこと、ハードボイルドを気取っているくせキャラクターの味付けはライトノヴェル風であること……等々、この作品には欠点も多い。
しかし既存の名作ハードボイルドをネタにしたパロディだと考えて気軽に読めば、本書は大変興味深く、また楽しく受け止められることだろう。しかも二階堂黎人らしく、事件のトリックや謎などにはたとえ短編であろうとも手抜きはない。そうしようと望めば立派な本格ミステリとしても楽しめるのが本書なのだ。
2004/10/20
「クロへの長い道」
形態
単行本
種別
ノヴェル
部門
連作短編
出版
双葉社
値段
¥1700
初版
1999-09-05
総合
☆
ストーリィ
−
技術
−
渋柿信介を主人公とした <ボクちゃん探偵シリーズ> 第2段。著者は長編も企画しているらしいが、本書は前作に引き続き連作短編として発表されている。収録されているのは「縞模様の宅配便」(96年10月)、「クロへの長い道」(97年8月)、「カラスの鍵」(99年8月)、「八百屋の死にざま」(99年9月)の4本。いずれも <小説推理> に独立して掲載された。ちなみに古今東西のハードボイルドミステリをパロディにしたタイトル遊びは今回も健在。ローレンス・ブロックやハメットなどなかなか渋いところを攻めている。
1冊の本としてまとめられるまでに時間がかかったのは、――著者があとがきでも言及しているが――世界最長の本格推理小説(パズラー)として話題になった「人狼城の恐怖」4部作の製作に時間をとられていたからであるらしい。いずれにしても、今後のシリーズ展開に期待が膨らむ。
内容は前作
「私が捜した少年」
と大きな相違はない。警官である父親が自宅に持ちかえってきた不可解な事件の話を聞き、渋柿探偵がその解決の糸口をさり気ないやり取りを通じて父親に提供する、というパターンが貫かれている。渋柿の活動的な母親ルル子の活躍も相変わらず。
用意された4つの事件の事件にも個性があり、小粒ながらも味わいがある。この辺りは、著者の面目躍如といったところだろう。伏線の処理にもなかなか小技が効いていてよい。
前作に触れてこのシリーズが気に入ったものなら、今回もまた間違いなく楽しめるだろう。前作を読んでその魅力に全く理解が及ばなかった人間は、今回もやはり何を楽しめば良いのか理解に苦しむと思われる。
人を選ぶかもしれない作品なので万人に広くお勧めすることはしないが、遊び心のある小説、 <ボクちゃん探偵シリーズ> のファンには是非手にとってもらいたい。
ちなみに、本来なら安価で手に入る文庫版を優先して紹介するところなのだが、本書はまた単行本という形でしか刊行されていないようである。いずれ文庫落ちすることが考えられるから、未読ならそれまで楽しみをとって置くのも1つの手かもしれない。
2004/11/01
「ドアの向こう側」
形態
単行本
種別
ノヴェル
部門
連作短編
出版
双葉社
値段
¥1500
初版
2004-05-25
総合
☆
ストーリィ
−
技術
−
渋柿信介を主人公とした <ボクちゃん探偵シリーズ> 第3段。
いずれも「小説推理」に2003年10月から翌年2月まで毎月掲載された4本の短編、 <B型の女> 、 <長く冷たい冬> 、 <かたい頬> 前後編、表題作 <ドアの向こう側> を収録。ソフトカヴァーの単行本で、2005年1月現在まだ文庫化などはされていない。
形式的には前二冊でまとめられた作品群と変わるところはない。六歳になった渋柿少年が、刑事である父親と友人たちから引き受けた小さな仕事を通して様々な事件を解決、或いはそれに導く示唆を他人に与えるといったパターンが確立されている。年齢ごとに言葉の使い方を区別できず、文語的で不自然な会話をさせてしまうあたりも相変わらず。
この渋柿を主人公としたハードボイルドのパロディは、著者の持つシリーズのなかで最も安定した質を保っているものなのかもしれない。遊び心満載だし、色々な試みが大方のところは成功しているようにも見える。著者本人も楽しみながら描いているようだ。今回の四作にもハズレらしいハズレがなく、一定以上の水準をすべてクリアしているのではあるまいか。シリーズのファンには間違いなくお勧めできる。
巻末の解説は、漫画家の河内実加女史が担当。彼女は漫画版の <ボクちゃん探偵シリーズ> を手がける作家で、本書にも3ページほどそれらしいオマケを載せている。
2005/01/05
「軽井沢マジック」
形態
新書
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
徳間ノベルス
値段
¥800
初版
1995-06-30
総合
−
ストーリィ
−
技術
−
名探偵 <水乃紗杜瑠> シリーズの第一作。大掛かりなトリックや意外性のある犯人よりかは、列車や時刻表を使うなどしたアリバイトリックを巡る「犯人と探偵の対決」に主眼を置くこのシリーズは、時に数十人に及ぶ膨大な登場人物に複雑な構成、事件展開を誇り、いずれもが大長編であるという <二階堂蘭子シリーズ> とは違い、通勤途中に電車の中でも気軽に読めるようなミステリとして企画されたという。少なくとも著者はあとがきでそのように語っているようだ。
同じあとがきにおいて、著者はこの <サトル・シリーズ> を
クレイグ・ライス
のコメディ風ミステリなどにたとえているが、これは本人が認めているように信用の置けない戯言に近いので参考にする必要はない。ライスの著作に含まれるユーモアは、半世紀たった今でも異国である日本の読者をひきつける洗練された極めてレヴェルの高いものだ。簡単に引き合いに出せるものではないのである。
本シリーズの主人公は、 <日本アンタレス旅行社> なる旅行代理店に勤務している水乃サトル。学生時代に幾つものサークルに属していた多趣味な二八歳で、たいへんな美男であるが同時に奇怪な言動で知られる変人でもある。彼は仕事の都合上、国内の様々な場所へ出張することになるのだが、そのたびに殺人事件に遭遇し、これに深く関わっていく。
サトル・シリーズの作品は、趣味の一つとして探偵の真似事も行う水乃サトルと、彼に淡い恋心を寄せる若い女子社員の美並由加里がそうした事件に巻き込まれ、或いは自ら首を突っ込み、これを解決していくというパターンで語られていく。
今回の話の舞台になるのはタイトルからも分かるように軽井沢。出張帰りの途中、乗り込んだ列車が事故で停まってしまったため予定通りの帰社を断念した水乃と美並は、知り合いが経営するペンションに転がり込むことになる。その時点から彼らは、軽井沢に住む著名な作家の死より端を発する連続殺人に既に巻き込まれていたのだった――
ライトノヴェル感覚で気楽に読めるぶん内容は薄い。国内本格派の旗手の作品だけあってミステリとしての造りはわりとシッカリしているが、小説としてエンタテイメントとしてのグレードはそれほど高くないと言ってしまって良いだろう。
通勤電車の中で暇つぶしに「殺人なぞなぞ」の本を読むというようなスタイルが、本書に対する最も適した向き合い方とも考えられる。
――ところで今回は手元にある現物の都合で新書版を紹介しているが、本シリーズは講談社などから文庫化されている。図書館で借りるなどではなく購入を検討しているなら、こちらの文庫版を手に取るほうがよろしいだろう。
2005/01/12
「諏訪湖マジック」
形態
新書
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
徳間ノベルス
値段
¥838
初版
1999-11-30
総合
−
ストーリィ
−
技術
−
名探偵 <水乃紗杜瑠> の活躍を描いたミステリで、社会人になってからの水乃を描く長編シリーズとしては2作目にあたる。
学生時代 <100のサークルに所属する男> と呼ばれ、無類の遊び好きとして知られる変人、水乃サトルが長野県諏訪に住む同僚から行方不明の父親の捜索を依頼されることから、奇妙な謎をはらんだ連続殺人事件にまきこまれていくというのが大まかなあらすじ。
本格ミステリと言えば現実世界では起こりそうもない大掛かりな犯罪が発生し、被害者が無残な死体で発見され、しかも現場が密室だったりするのがパターンである。またそうした不可解な殺人や、犯人が仕掛けたトリックの斬新さを競い合う傾向にあったりするジャンルだともいえる。
二階堂黎人自体、この本格ミステリに大きな影響を受けて作家になった人間なので、やはり似たような雰囲気のある作品を好んで書く。いわゆる「新本格派」の作家なのだ。
ところがこの <サトルシリーズ> において、著者は意外性のある犯人を用意して読者を驚かせるより、黒と見られる犯人候補をあらかじめ複数提示しておき、彼らが嫌疑を逃れるために用意したアリバイが名探偵によって破られていく過程を描くことに力をいれているように思える。
最初から事件を起こした犯人を明確にし、その犯罪を刑事などが立証していく様子を描いた作品といえば <刑事コロンボ> などが有名だが、サトルシリーズはむしろこちらに毛色が近いのかもしれない。
あくまで、犯人は最後まで謎であり大きな衝撃を伴う告発によって明らかになるべきである――という信条を持った読者には向かない可能性がある。
エンタテイメントとして上質か、同じ作者の書いた別の作品にも手をつけたくなるような物語かと聞かれると首を捻らざるを得ないが、殺人事件を題材としたナゾナゾ本だと考えれば及第点の出来ではあるかもしれない。
歴史上の謎として有名な <武田信玄の墓> の在り処はどこか? というような横糸をわりと巧みに使って話を盛り上げようとしていたりもするので、その辺りに興味をもって読み進めていくのも良いだろう。
ただ、序盤の刑事小説風の語り口は全体的な雰囲気を見ると浮いて見え、また無駄に冗長で退屈。著者は遊び心でやったのかもしれないが、それが味になるほど巧い書き手ではないので裏目にしか出ていない。純粋な小説としての完成度はかなり低め。巻末に短い著者「あとがき」あり。
2005/01/12
「猪苗代マジック」
形態
単行本
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
文藝春秋
値段
¥1857
初版
2003-07-30
総合
−
ストーリィ
−
技術
−
1995年に登場した名探偵 <水乃紗杜瑠> の活躍を描いたシリーズ第4段。
本シリーズは既に4冊分のエピソードが公開されていて、長編としては <軽井沢マジック> 、 <諏訪湖マジック> の2作、また短編集として <名探偵 水乃紗杜瑠の大冒険> 、学生時代のエピソードを収録した外伝的 <奇跡島の不思議> がある。刊行は軽井沢('95)、奇跡島の不思議('96)、大冒険('98)、諏訪湖('99)の順。
学生時代に <100のサークルに所属する男> の異名で知られた奇人「水乃紗杜瑠」が、好奇心から事件に首を突っ込み、これを解決に導いていく――というパターンはどの作品にもほとんど共通している。
シリーズ通してのレギュラーキャラクターとしては、旅行代理店に勤務する変人であり美男子であり主人公である水乃サトル、同代理店勤務の若い女子社員でサトルに淡い恋心を寄せる美並由加里、警視庁の警部補で水乃の大学時代の先輩である馬田権之介などがおり、物語はその大半が彼らの視点によって進められる。
今回の水之と美並は、新しく組むことになったツアー・パックに猪苗代の大型スキーリゾートを加えることができるか、調査のために現地を訪れる。その猪苗代で <処刑魔> を名乗る連続殺人鬼が事件を起こしたことから、サトルは半ば自ら身を投じるようにしてこれに巻き込まれていく。
実はこの <処刑魔> による著名人の連続殺人は10年前にも発生しており、この4件の殺人に関しては既に犯人が逮捕され死刑も執行されているという設定。犯人が死んだあと、同じ手口で繰り返される凄惨な殺人は一体誰の手によるものなのか。
プロットだけ見ると面白そうな事件を扱っているのだが、個人的な結論を言わせてもらえれば本作は失敗作。本人は巻末のインタビューで「ある計算にもとづいて意図的にそうした」と述べているが、主人公が犯人の名前を指摘するセリフで物語を唐突に終わらせたり、また犯人が犯罪に至るようになった心理や動機などが完全に省略されているあたりは納得がいかず、これらを割愛してまで優先しようとした演出も大した効果をもたらしていない。
計算があってそうした、と主張するのは自由である。しかしそれが実際に効力を発揮し結果として形になってこそ、はじめて計算に意味が生まれる。緻密な計算にもとづき設計図をこしらえて、その図面通りに作業を進めました――と主張されても、出来上がった代物が使い物にならない製品であれば価値はゼロだ。
実験的な試みを行う、演出のために敢えて物語の一部分を犠牲にする。それは結構だが、結果と読者の反応をあるていど計算してから行うのがプロだろう。今回の著者のやり方はその部分に対する配慮が決定的に欠けていたように思えてならない。素材がそれほど悪くなかっただけに残念。
ところでソフトカヴァーの単行本である本書には、巻末に充実した付録がある。第1が小池啓介氏による二階堂黎人作品の解説。15ページにわたって文芸界における著者の位置づけから、ミステリとしての特徴、各シリーズの分析などに渡るまで幅広く語っている。
それから20ページ近い、同氏と二階堂氏とのインタビューも収録されている。質問事項は多岐に渡り、二階堂黎人という作家を知る上では欠かすことのできない参考資料になっていると思われる。また著者の作品リストもまとめられているので便利。
2005/01/05
「稀覯人(コレクター)の不思議」
形態
新書
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
光文社
値段
¥876
初版
2005-04-25
総合
−
ストーリィ
−
技術
−
「奇跡島の不思議」、「宇宙神の不思議」につづく探偵・水乃サトルシリーズの第3作。
かつて、手塚治虫という漫画家がいた。「鉄腕アトム」の生みの親として知られており、日本人にとっては総理大臣より広く認知され、慕われている人物かもしれない。
その手塚氏はすでに故人であるが、漫画文化の発展に大きく寄与貢献した大人物のひとりであるため、現在においても熱狂的なファンが多数存在する。
そんなファンたちの中には、古今東西にわたる手塚氏の著書を収集してまわる「コレクター」がおり、日夜、古書店を回りめぐっているという。
彼らは時として一種の争奪戦を繰り広げることがあるが、これは塚氏の作品の中に極めて稀少価値の高い――たとえば絶版になったり、数が出回らなかった本などが存在するためである。こうした稀少本には、場合によって数十万円から数百万円のプレミア価格がつくこともあるらしい。
一般人が自慢の古美術や骨董品をもちあい、これの市場的価値を専門家に判断してもらうというTV番組があるが、手塚治虫の漫画本がまれに出品され、高値を呼んで視聴者を驚かせることがある。珍しい手塚治虫の著書は、まぎれもなく <お宝> なのだ。
前置きが長くなったが、本書「稀覯人の不思議」では、そうした「手塚治虫の稀少本」を巡って起こった殺人事件がメインテーマとされている。
手塚治虫愛好会の会長であり、稀少本の熱心なコレクターでも知られる男性が密室のなかで殺害され、そのコレクションのうち何冊かが盗まれるという事件が発生。会長は誰に殺されたのか。稀少本が盗まれたのはコレクターが犯人だからなのか? この謎に、同愛好会の会員でもある素人探偵・水乃サトルが挑む……というのが大雑把な話の筋である。
珍しい本を血眼になって探し回るマニアの心理や、奥のふかい古書業界の事情、それらに付随する数々のうんちくなどを交え、ときにコミカルに物語を進行していく本書は、その形式といい魅力の持たせ方といい、
「死の蔵書」
からはじまる
ジョン・ダニング
のクリフ・ジーンウェイ・シリーズを連想させずにはいられない。
ただ、アメリカの古書業界についての知識のうんちくが散りばめられているダニング作品と比較すると、手塚治虫の漫画本に焦点をしぼった本書は、手堅く小さく作品をまとめているといった感を拭えない。もちろん是非は問えないが、ダニングの本を読んだあとでは何となく物足りなさを覚えたり、二番煎じな印象を受けたりすることもありそう。
スケールと密度、エンタテイメント性を2まわりほど小さくした日本版「死の蔵書」といった評価が本書には相応しそうである。
とはいえ、世界的に高い評価をうけたダニングの「死の蔵書」を比較対象にもちだすのは、話としてあまりに酷というものだ。「死の蔵書」の存在を考えなければ、本書も及第点をつけられる相応の作品として読めることだろう。雰囲気も出しているし、過去に存在したネタのアレンジに過ぎないが本格ミステリ的なネタやトリックもきちんと取り入れて消化している。手塚治虫関連のウンチクはそれなりに面白いし、マニア心や古書業界についても上手く描写されていると見ていいだろう。
ただ、本書に900円ちかい金額をだすなら、文庫版が刊行されるまでまって少し安く手に入れるか、同じくらいの値段で買えるダニング著「死の蔵書」の購入を――未読であるのなら――お勧めしたい。
2005/07/23
NIHONGO WO KANGAERUKAI
日本語を考える会
「日本語の常識・非常識」
形態
文庫
種別
実用書
部門
−
出版
角川文庫
値段
¥667
初版
2003-04-25
総合
−
ストーリィ
☆
技術
−
日本語は、世界に存在する言語のうちでも最も習得の難しい部類に入る言葉であるという。
確かに同音異義語が多数存在するし、ひらがな、カタカナ、それにかなりの数の漢字をマスターしなければ日本語の読み書きを充分にこなしていくことはできない。26文字のアルファベットを組み合わせるだけで全てがことたりる英語とは比較にならない努力が必要とされるのだろう。
昨今は正しい日本語の修得をする以前に、スラングや流行語ばかりに気を取られる若者が多いせいで、日本国民であるにもかかわらず満足な日本語を使いこなすことのできない輩も増えてきた。
だが、本書はそうした日本語の不自由な連中のために書き下ろされたものではない。より上手に日本語を使いこなすことができるよう努力する意思を持った人間を対象に、そのステップアップを手助けするための書物だ。
本編は全3部から成り立っており、第1部では普段から何気なく使っている言葉の本来の意味、そのルーツ(生まれた由来)の紹介のほか、故事成語やことわざに関する知識などについて書かれている。
変わって第2部では、「賞味期限と消費期限」「陶器と磁器」「降雨量と降水量」「震度とマグニチュード」など似ているが厳密には微妙に違った意味を持つ言葉の解説を、第3部においては日本人が勝手に捏造した日本語であるともしらず、UKやアメリカでも通じると信じられている和製英語の指摘と、それが本来のイングリッシュではなんと表現されているか、たとえば――
『イメージアップ(image + upの造語)』 → 『improve one's image(本来の英語)』
『サイン(sign:著名人に貰う署名)』 → 『autograph(本来の英語)』
……等などのマメ知識が解説されている。
日常生活を営む上で必要不可欠な知識ではないが、少なくとも本書の内容をきちんと履修しておけば、アメリカへNBAの観戦に行ったとき、笑顔で「サイン・プリーズ」と色紙を差し出しスタープレイヤーに失笑されるような無様な真似をせずに済むことだろう。
2004/07/16
I N D E X