作者別一覧
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クレイグ・ライス
(3)
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ギャヴィン・ライアル
(1)
GAVIN LYALL
ギャヴィン・ライアル
「もっとも危険なゲーム」(原題:THE MOST DANGEROUS GAME)
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
ハヤカワ文庫
値段
¥600
初版
1976-06-30
総合
☆☆
ストーリィ
☆
技術
☆☆
ギャビン・ライアル。冒険小説を好んで読む者なら、どうしたところで避けて通るわけにはいかない作家の一人である。避けて通ることのできない道の一つとさえ言い換えて良い。
事実、「ライアルを知らずして冒険小説を語る資格なし」と真剣に考えている人間は、この日本においてさえ大勢存在するのだ。
もちろん、責任はライアル自身にある。彼の作品には、それを好むものには堪えられない要素がこれでもかと言うほど満載されているからだ。
彼はその著作を通し、徹底して描き出す要素は大きく二つ。すなわち「男」――また彼らの生き様――と「プロフェッショナル」がそうだ。
基本的には現実主義なのだが、男の魅力を損なわない程度のロマンティストである人間。自分に定めた掟を頑なに守り続けるストイックな人間。こだわるもののためには、それが馬鹿げたことかもしれないと知りつつ命を賭けることさえ厭わない人間。
こうした条件を備えた、男が自分の目標として定めたくなるような男を書く人間は冒険小説の世界に多い。アリステア・マクリーンや
ディック・フランシス
などはその面に突出した世界的大家だ。ギャビン・ライアルをそんな彼らの列に加えようとしたところで、誰からも文句は出まい。
1963年に発表されたライアルの第2長編「もっとも危険なゲーム」も、そんな男でありプロフェッショナルである人間たちの物語である。
もう少し具体的に言えば、本書で描かれるのは二人のプロである。一人は主人公のビル・ケアリ。かつて超一級の諜報員として活躍し、現在は水陸両用機のパイロットとして資源調査を行っている男である。
対を成すもう一人はアメリカの大富豪で、世界中の猛獣を相手にハンティングを経験してきた射撃の名手フレデリック・ウェルズ・ホーマーだ。
ふたりは業界屈指の腕を持つ本物のプロフェッショナルであり、ライアルの筆の冴えは彼らのそうした職業的熟練度やそれに対する矜持といったものを鮮やかに描き出していく。
これは異なる分野で頂点に立ちうる技巧とプライドを持ち合わせた男たちの、いわば交流と友情の物語だ。シナリオを盛り上げるスパイスとしてソ連(解体以前の物語なのだ)とフィンランドとの政治的緊張や、偽金貨をめぐる各国諜報機関の構想といった要素が含まれもするが、本質的にはケアリとホーマーの出会いと別れに全てが収束すると言って良いだろう。
できるなら本書は、何の情報も持たない白紙の状態で読み進めていってほしい。本来ならこの書評も、カヴァー裏のあらすじ紹介も、巻末の解説文にも読了前には触れてほしくない。もちろん、
「冒険・スパイ小説ハンドブック」
の「もっとも危険なゲーム」に関連する内容も知らないほうが好ましい。
そもそも、熱心なファンが多いためライアルの代表作「もっとも危険なゲーム」「深夜プラス1」に関してはあちこちで熱い議論が交わされ、かなり突っ込んだ内容の書評が展開されているのだ。そこでは基本的なプロットが明かされてしまっていることも珍しくないし、物語の核の部分へ大胆に踏み込まれていることも多い。いわゆるネタばらしが氾濫しているのだ。
もちろん話の大まかな流れを知っていたところで、ライアルの面白さは全く変わらない。それどころか再読、再々読にも完璧に絶えうる魅力を供えてさえいる。しかし初読時の驚愕と手に汗握る感覚は、一切の予備知識を仕入れず白紙の状態で読むことにより何倍にも高まると思われるのだ。
そういうわけで、この場ではこれ以上のことを語るまいと思う。
あとは読者として本書に触れて実際のところを確かめていただきたい。
繰り返すが、ライアルは男とプロフェッショナルを書く。それも非常に巧みに描く。さらに言えば、女性の描写も苦手にしていない。男を描くのが巧い作家には女性のキャラクター造りを苦手とする者が多いが、本作を見る限りライアルにその心配は無い。事実上のヒロインであるホーマーの妹アリス・ビークマンがなんと魅力的に、いきいきと描写されていることか。
マクリーンやフランシスを好むような、またチャンドラーなどのハードボイルドを好むような読者には強くお勧めしたい。
2004/12/09
CRAIG RICE
クレイグ・ライス
「スイート・ホーム殺人事件」(原題:HOME SWEET HOMICIDE)
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
ハヤカワ文庫
値段
¥620
初版
1976-06-30
総合
☆☆
ストーリィ
☆☆
技術
−
女流ミステリ作家、クレイグ・ライスのユーモラスな本格ミステリ。
2000年 <ハヤカワ文庫海外ミステリ・ベスト100>
の第15位に輝いた人気作で、原題は英国民謡「埴生の宿」でも有名なhome, sweet home(懐かしの我が家)をもじったもの。[HOME SWEET≒一家団欒、HOMICIDE=殺人]
1944年に発表された古い作品で、長編としては彼女の第16作目となる。日本語版の翻訳担当は長谷川修二。巻末解説は小泉喜美子。両氏は非常に面白く、長谷川氏は本編の雰囲気に非常にマッチした「ですます調」の翻訳を行っている。解説の小泉女史は、ユーモアを解さない人間にある意味喧嘩をふっかけるような過激な解説で楽しませてくれた。恐らく、両氏共にライスの相当なファンであり、同時に本書の熱狂的な支持者なのだと思う。
この「スイート・ホーム殺人事件」が日本でどのように評価されているのかは定かでないが、個人的には非常に楽しめた上質のファンタジー小説であり、また優れた本格ミステリ小説であった。ファンの間では最高傑作に推す声も強く、確かに彼女が持つ魅力が最大限に引き出された作品であり、またクレイグ・ライスを知らない読者への入門書としても最適であるように思える。
なにより設定が面白い。多忙な推理小説作家を母に持つ、母子家庭の3人姉弟が主人公で、彼らは母親が有名になれば本の売上が倍増し仕事の量を減らせるのではないかと考え、隣家の夫人が何者かに殺害されたのを契機に、自分たちでその事件の真相を暴き、その手柄を譲ることで大々的に母親を宣伝しようと試みる。
主人公の3人姉弟もまた個性豊かで、非常にいきいきと描写されている。これには同じく3人の子供を持つ著者クレイグ・ライスの、母親としての眼が役立てられているのだろう。
若き探偵であるカーステアズ家の子供たちは、上からダイナ(14歳)、エープリル(12歳)、アーチー(10歳)。唯一の男子であるアーチーは、末っ子でありながら3姉弟のなかで最大の経済力を持つ活発な少年。2人の姉から、何かある度に金銭の短期貸出しを迫られたり、雑用をいいつけられたり、良いようにあしらわれたりと不憫な一面もあるが、それを跳ね返す腕白さが売り。
長女のダイナは、多忙な母に代わってカーステアズ家の家事全般を監督する健気な娘。3姉弟の良心的存在である。
なにより強烈なのは、成人男性たちを手玉にとってやり込める、12歳にして半ば完成された悪女エープリルだろう。綺麗なブロンドと将来が期待させる優れた容姿の持ち主であり、周囲の人間たちの心を掌握する術、優れた演技力を身につけている彼女に敵はない。恐るべき少女である。
だがそんな3人も、根は優しく思いやりに溢れた子供であることに違いは無い。嘘の証言で警察を混乱させたり、近所の悪ガキを操って捜査を撹乱させたり、夜中に現場へ不法侵入したり、裏で画策して独身の母とハンサムな警部をくっつけようとしたりと色々なことをやらかすが、それもこれも全ては愛する母親に楽をさせるため、彼女を喜ばせるためなのだ。
アーチーを上手く言いくるめて資金を出させるのも、母の日に素敵なプレゼントを贈るためだし、母にいつもよりグレードの高い美容サービスを提供するためである。彼らの悪戯や行動は、いつも誰かを笑顔にさせるためのものであることを誰もが知るから、彼ら3姉弟を愛さずにはいられない。読み終わって本を閉じたとき、これがシリーズだったら良いのにと思うこと請け合いである。
本書の著者クレイグ・ライス――本名ジョージアナ・アン・ランドルフ・ウォーカー・クレイグ・リプトン・ディモット・ビショップ(Georgiana Ann Randolph)は、詩、メインストリームの小説、音楽、ラジオ台本、新聞記事などに取り組み、マイクル・ダグニングやダフニ・サンダース、ジプシー・ローズ・リー、ジョージ・サンダース、ルース・マローンなどの別名義でも多数の著作を持つ、 <タイム> 誌の表紙を飾った世界で初めての作家だった。
1908年イリノイ州シカゴで産まれた彼女の父親は画家、母親はコスモポリタン。両親の離婚が関係して父方の伯母夫婦に育てられた。彼女自身は五度の結婚と離婚を経験し、女の子2人と、男の子1人を産んだ。この3人の子供が、「スイート・ホーム殺人事件」で主役を演じるカーステアズ3姉弟のモデルとなったことは有名。
10代後半から早くもジャーナリストとして活躍をはじめ、20代初めにはラジオの放送作家・プロデューサーになり、30代頭に
「8 FACES AT 3」
で作家デビューしたときにはアルコール依存症になっていた。これが原因となり、クレイグ・ライスは1957年08月28日に49歳の若さで急逝している。未完の遺作となった『エイプリル・ロビン殺人事件』は、あのエド・マクベインが後を引き継ぎ刊行に漕ぎ着けたことでも知られている。
代表作に『スイート・ホーム殺人事件』、ジェイク&ヘレン&マローンの3人組を主人公とするユーモア・ミステリシリーズ『大はずれ殺人事件』、『大あたり殺人事件』などがある。
2004/02/15
「時計は三時に止まる」(原題:8 FACES AT 3)
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
創元推理文庫
値段
¥580
初版
1992-01-31
総合
−
ストーリィ
−
技術
−
「スイート・ホーム殺人事件」
に並ぶクレイグ・ライスの代表作であり、最大のシリーズ作品であるジェイク、ヘレン、J・J・マローンの3人組を描いた長編連作ミステリの第1作。彼女のデビュー作でもある。
このシリーズは決まった呼称というものが定着していない。 <ジェイク&ヘレン&マローン・シリーズ> と呼ばれることもあれば、 <弁護士マローンシリーズ> と乱暴に称されることもある模様で、日本での知名度が端的に現れている部分でもあるだろう。
だが何にしても、本書の主人公が気の良い赤毛男のジェイク・ジャスタス、富豪のお転婆娘ヘレン・ブランド、酔いどれ弁護士ジョン・ジョゼフ・マローンの『でこぼこトリオ』であり、彼らの活躍がシリーズ通しての最大の魅力となっていることは、ライスの読者なら誰もが認めるところだろう。扱われる事件は人の欲望や負の感情が生み出したかなり陰惨なものであったりするのだが、適度に人が良く、相当にハイテンションで、無視できないほどお間抜けな彼らのドタバタ劇が、それをそう感じさせないものにしている。クレイグ・ライスの著作が、他に類を見ないユーモア・ミステリであるとされる所以だろう。
彼女の処女作である本書も、同シリーズをメジャーにした秀作『大はずれ殺人事件』『大あたり殺人事件』、そしてライス最高傑作『スイート・ホーム殺人事件』と比較すれば些か見劣りする部分が目立つものの、彼女の潜在能力とその魅力の片鱗が窺える作品となっている。
本書は、1939年にアメリカで刊行された『8 FACES AT 3』の全訳で、日本においては1987年5月、『マローン売り出す』のタイトルで光文社文庫より刊行された。ここで紹介する創元推理文庫版は、それに若干の訂正を加えた完全版である。
そもそも <ジェイク&ヘレン&マローン・シリーズ> を最初に日本に紹介したのは早川書房で、1955年から1956年にかけて長谷川修二氏の訳により『大はずれ殺人事件』『大あたり殺人事件』がハヤカワ・ポケット・ミステリとして刊行された。これはシリーズの第3作、第4作にあたる長編で、同シリーズ最高傑作の呼び声も高い話である。
つまり古くからのライスファンは、1955年に初めてシリーズに触れて以来、30年もの長きにわたって肝心のシリーズ第1作に目を通す機会に恵まれなかった計算になる。本書の巻末解説で、野崎六助氏が「ライスの第一作、幻の処女作、発掘」というような表現をしているが、これは上記したような事情に由来する。ちなみに、『大はずれ殺人事件』の第2章に、
イングルハート嬢の殺害事件に巻き込まれ、犯人と目されたディック・デイトンの花嫁の冤罪を晴らすのに一骨折った [原註・同著者の『三時の八つの顔』の事件]。
――という記述があるが、これは本書『時計は三時に止まる』を示している。
なお、 <ジェイク&ヘレン&マローン・シリーズ> 長編作品の原書発表順は以下の通り。
発表年
タイトル
原題
版元
1939年
1.時計は三時に止まる
8 Faces at 3
創元推理文庫Mラ13
1940年
2.
死体は散歩する
The Corpse Steps Out
創元推理文庫Mラ12
1940年
3.大はずれ殺人事件
The Wrong Murder
ハヤカワ文庫28-2
1941年
4.大あたり殺人事件
The Right Murder
ハヤカワ文庫28-3
1941年
5.暴徒裁判
Trial by Fury
ハヤカワ・ミステリ684
1942年
6.こびと殺人事件
The Big Midget Murders
創元推理文庫Mラ14
1943年
7.素晴らしき犯罪
Having Wonderful Crime
ハヤカワ文庫28-5
1945年
8.幸運な死体
The Lucky Stiff
ハヤカワ文庫28-4
1948年
9.第四の郵便配達夫
The Fourth Postman
創元推理文庫Mラ11
1957年
10.わが王国は霊柩車
My Kingdom for a Hearse
ハヤカワ・ミステリ880
1957年
11.マローン御難
Knocked for a loop
ハヤカワ文庫28-6
1967年
12.未訳
But the Doctor Died
−
――さて、この『時計は三時に止まる』だが、扱われる事件は非常に単純で、富豪の一族であるイングルハート家で起こったある殺人事件に話は終始する。一族の長である、嫌われ者の厳格な老婆アレグザンドリア・イングルハートが何者かに刺殺された。その殺人の容疑者となったのが、アレグザンドリア老の姪である、ホリー・イングルハート。事件当夜、屋敷内にいた人間は彼女が事故にあったという偽の電話でおびき出され、完全なアリバイがある。アレグザンドリア老を殺す機会と動機を兼ね備えた人物は、屋敷に残っていたホリー1人しかいない、というのが嫌疑をかけられた理由である。
彼女は、「目覚めると、屋敷中の時計が何故か午前3時をさしたまま止まっていた」などと意味不明なことを主張するが、もちろん誰も信じてはくれない。だが、彼女の夫であるディック・デイトンと、彼の仕事仲間である我らがジェイク・ジャスダスだけはホリーの潔白を証明しようと調査に乗り出す。やがてジェイクは、馴染みの弁護士であるJ・J・マローンやホリーの親友であるヘレン・ブランドらと協力して真犯人を追及することになるのだが……というのが大体のストーリィ。
彼らは調査を進展させることよりも、むしろ撹乱もしくは混乱させることの方が得意らしく、逮捕されたホリーを無駄に脱獄させようと企んだり(別に脱獄したところで嫌疑が晴れるわけではない)、新事実を発見しても警察には知らせなかったりと、ロクなことをしない。「こいつらが調査に関わらないほうが、かえって早く事件は解決したのではないか」という疑惑すら浮上しそうな始末である。
まあ、その辺りのドタバタぶりが本書の魅力なのだが、すでに触れたようにライスの著書のなかで傑作と呼ばれる何作かと比較すると、精彩にかける部分があることは否定できない。彼女のファンなら、といったところか。
2004/03/17
「死体は散歩する」(原題:The Corpse Steps Out)
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
創元推理文庫
値段
¥480
初版
1989-12-15
総合
☆
ストーリィ
☆
技術
−
弁護士マローンと素人探偵ジェイク&ヘレンの3人組が活躍する、クレイグ・ライスの人気シリーズ第2作。同シリーズ第3段である『大はずれ殺人事件』で大ヒットを飛ばす1つ前の作品ということになる。原本はアメリカで1940年に刊行された。日本では『マローン勝負に出る』のタイトルで、 <EO> 誌の1988年5月号および7月号に掲載されている。本書はそれを1冊にまとめ加筆修正した文庫版で、訳者は数多くの名作ミステリ翻訳を手がけている小鷹信光氏。巻末解説も同氏による。
物語の舞台は、1930年代後半のラジオ界(当時はTVではなく、家庭用ラジオこそが最大の娯楽だった)。そのラジオ界のスター歌手であるネル・ブラウンは、「かつての恋人からスキャンダルになりそうな手紙をネタに、悪質な脅迫を受けている」と主人公ジェイクに持ちかける。ネルのマネージャー役を任されているジェイクはこの問題をどう処理するかで頭を悩ませるが、そうこうしているうちに脅迫者が何者かに銃殺され、ネルがその第一発見者となってしまった。
さっさと現場から逃げ出したネルだったが、ジェイクと一緒に再び死体を確認しにいくと死体は現場から忽然と消え去っていた。脅迫のネタとなっていた手紙も行方知れずに。
誰が脅迫者を殺したのか、その死体はどこへ消えたのか、なぜ消えたのか、そして手紙は現在誰の手にあるのか。謎が謎を呼ぶなか、やがて第2の殺人が発生。事件は更なる混迷の様相を呈し始める。
冒頭の様子を見る限り、前作
「時計は三時に止まる」
で主人公ジェイクと出会い親交を温めたヘレン嬢は、1年以上も彼とご無沙汰していたらしい。しかし、本書の中盤で2人はめでたく再会。彼女は疎遠にしていた理由を明らかにし、やがてジェイクと重要な約束を取り交わすことになる。
その後、ジェイクとヘレンは冤罪に問われるネルを救うため、例によって真相究明に乗り出すのだが、これが悲しいほど全く役に立たない。下手に関わって事件を無駄に混乱させたり、他愛もないジョークを飛ばしたばかりに指名手配されることになったりとロクなことにならないのである。そして、そこがコミカルで面白い。まさにライスの本領発揮、間違いなく本書最大の魅力となっている。前作と比較しても、ストーリィや事件の面白さ、そしてキャラクターの魅力と、全てにおいてグレードアップがなされていると言えそうだ。
……それにしても、冷静に考えると法律を無視しまくった暴走行為の連続であり、不謹慎な要素を多分に含む彼らの行動なのだが、本人たちには全く悪気が無く、逆に誰かの助けになりたいという善意と愛情を根拠にしているので、なぜだか微笑ましくさえ感じられてしまう。ライスの魔術だろう。
本編の27章冒頭で、マローンとジェイクが以下のようなやりとりをする。
「この殺人者には実に単純なところがある」
「単純というのは当たってるな」とジェイク。「事件を複雑にしているのはぼくたちのようだ」
……このジェイクの自覚は全くその通りで、騒動の核心をつくものでもある。
結局のところ、彼らは行動してはいけないのである。本人たちが真剣であることは誰もが認めるだろうが、いくら真剣であろうとジェイクとヘレンの行動は事態をややこしくするだけの大暴走となることがほとんどなのだ。事件は本来単純なのに、彼らが調査に乗り出したばかりに無駄に混乱して迷宮入りしかける。とんだ探偵もあったものだ。
最後にマローンが上手くフォローして丸く収めてくれるのがシリーズのパターンなのだが、彼の心労を思うと同情を禁じえない。
ところで本作には、後に同シリーズの人気レギュラーとなるフラナガンが登場する。彼は高齢の警官で、入り組んだ面倒な事件が大嫌い。難解な事件を起こす犯罪者は、自分を苦しめるために小細工をしているのだと信じて疑わない男で、犯人と動機がわかりやすい単純な事件をこよなく愛する、定年間近の警部補だ。警官を辞めたあとは、ミンクを育てて生活するのが夢らしい。
フラナガンは本書18章で初登場するのだが、ここでマローンと交わされる会話には、彼の性格を端的に説明する名言が詰め込まれている。最後にそれを幾つか紹介しておこう。
「銃でズドンと一発、という殺しなら理解出るんだ」警部補はビールに目を落として陰気臭く言った。「なのに人殺し連中はわざわざ余計な手間をかけておれを苦しめようとしてやがる。どうしてなんだ?」
「おれの人生を難しくしてるのはこういう種類のことなんだ。あんたもミンクを育てろよ。ミンクは人間と違って面倒を起こさない。ちゃんと世話してやれば病気にもならんし」
「おれは呑気な男で、自分の仕事だけを考え、余計な厄介ごとには巻きこまれないようにし、滅多に腹を立てたこともなかった。だが、今度の事件にはさすがのおれも頭にきた。ものすごく頭にきたぞ」
「こういう事件のせいでおれの人生は苦労の連続なんだ。来年は定年なんだぜ! どこかに手ごろな農場を買い、ミンクのつがいを一組手に入れ、あとはじっと待つだけだ。それだけでいいんだ」
2004/03/31
I N D E X