貝塚の分布

 荒屋敷貝塚周辺の貝塚と遺跡の分布を示しました。灰色の楕円は遺跡を示します。遺跡は、縄文早期から中世までの住居遺跡であり、どの時代の遺跡であると一意に決められないので、灰色で示しました。 貝塚の楕円形は、古い時代のものから、赤→橙→緑→水色→紫 と、虹の色の順番で色分けをしました。草刈場貝塚、荒屋敷貝塚は日本で最大級の貝塚です。それらの貝塚を中心に、半径数百m以内に、住居集落遺跡があります。これらの集落から、大型貝塚に縄文人は集まり、共同作業やお祭りを行ないました。
 下図で、16→6→14→15に葭川の支流である小川が流れています。公式な報告書や論文には書かれていませんが、6と16の間に、「貝塚町殿山貝塚」という長さ約300mの低湿地遺跡があるそうです。ここが水場である可能性大です。ドングリの水による晒しや、飲料水の確保、丸木舟の発着所だったかもしれません。縄文人の水場であると同時に、シカやイノシシの水場であったかもしれません。


加曽利町、貝塚町、都町 の貝塚
1.草刈場(後晩期) 2.草刈場南(後期) 3.荒屋敷北(早期) 4.荒屋敷西(前期)
5.荒屋敷(中後期) 6.姥ヶ作(後期) 7.西光院(前中期) 8.台門(後晩期)
9.木戸場(前期) 10.向台(早期) 11.加曾利北(中後期) 12.加曾利南(中晩期)
13.花輪(中後期) 14.車坂遺跡 15.干場遺跡 16.谷津下遺跡
17.谷津上遺跡 18.貝殻後遺跡 19.草刈場北遺跡

()内は縄文時代分期、 上記遺跡名は主として「千葉市史」昭和49年によります。

荒屋敷貝塚詳細 公的機関による荒屋敷貝塚調査報告書を紹介します。 → 更に詳細なまとめにする予定
荒屋敷貝塚は京葉道路建設の際に、切り通しにする予定があり、消滅する可能性がありました。調査後、計画がトンネルに変更されました。
千葉市貝塚の意味 貝塚には、小型貝塚と大型貝塚があります。集落を伴う貝塚、伴わない貝塚があります。貝塚には埋葬ゾーンがあります。
貝塚で千葉市民がどのようなことをしていたかを考えます。


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P.S.)荒屋敷貝塚を中心として、半径1km以内に、上記の図だけで、17個所の遺跡があります(もしかすると命名されている遺跡は倍以上あるかもしれません)。毎日、荒屋敷貝塚を見て通り過ぎる人が何千人もいます。京葉道路の貝塚トンネルを通過する人を含めると、1万人以上の人が、毎日見ているかもしれません。荒屋敷貝塚を横目で見て通り過ぎる人は、「何もない原っぱがあるな」と思うだけかも知れませんが、よくよく荒屋敷貝塚の周りを見て廻ると、縄文人の生活が観れます。
 初級者は緑色・水色の貝塚、中級者はカラフルな貝塚、上級者は灰色の遺跡の観察にチャレンジしましょう。