! ・・ パバロッテイinセントラルパーク ・・ !







パバロッティの場合、 完全なクラシックの観客を相手にした公演はかなり硬いというか、 どちらかというと、まるでお客さんに揚げ足を取られたり、 あら探しや些細なつっこみを受ける事を「警戒」してるような印象を受ける事すらあります。 (特にオーストリア公演)

この気持ちは大変によくわかる・・・といういい方はヘンですが、 ワタシなんかの場合、ミスとか失敗をしない事に気を遣おうとすると、 一番大事な部分に注がれるべきエネルギーを 「失敗を犯さないための注意力」に吸い取られてしまうのです。  当然ながら仕上がりはろくなもんじゃありません。
「ミスのない仕上がり」とか「欠点のないできあがり」は、 たいていの場合、一番重要な部分が欠落して、 手ひどい駄作になる可能性が高いのです。

自分の仕事についての説明みたいになって申し訳ないのですが、 お客さんの前に出る時(自分の場合はまんがが本に載る時ですが)、 一番必死になって気をつけるのは、 いっさい警戒しない事、なるべく防御しない事、 ミスをしないかとかまちがっていないかとか人から批判されないかとかバカにされないかとか、 そういう恐怖感を全力でアタマの中から排除する事です。

なぜならば、相手が批評家ならば話は別ですが (批評家は批評するのを目的として読むのであって、 楽しむ事が本来の目的ではありません。 楽しめた場合は二次的な副産物ですね)、 本来のお客さん(ワタシの場合なら読者の方)は、 ミスがあるかどうか、欠点があるかないかなんてどうでもよくて、 要は、徹底的に楽しめるかどうかなんですね。

ミスや欠点が気になるのは、楽しめなかった場合の原因探しの時だけで、  「欠点があるものがいい」 んじゃなく、  「欠点やミスなんか気にしてる場合じゃないぞこれは!」  という気分になった時が、 完成度として一番高い気がするわけです。

−−−で、パバロッティの話に戻るんですけど(寄り道してすみません!)、 クラシックのお客さんを前にしてうたっている時は、ミスのない、 テクニカルで端正な(つまり”欠点”のない)歌い方が多いのですが、 ワタシが心酔したところの「全世界を巻き込んでしまうような」 歌を手段とする「波」のような怒濤の渦巻きが来ないというか、 観客を前にして「ワタシの歌で徹底的に楽しませてやる!」 という感覚が、私なんかの場合だとあまり伝わって来ないのであります。

そういう端正な歌い方が歌曲の本来の歌い方なのかもしれないし、 高い通る声、素晴らしい声量、テクニカルな表現などがちりばめられた歌い方は、 ちょっとオリンピックの個人競技のようで、 人間の声の表現の一つの頂点として感嘆するんですけれど、 シロートの私にはある意味ちょっとなじみにくいと言うか、 気軽に親しみづらかったものがあるわけです。
そういう場合には、こちらから一歩踏み込むのが常識的な接近法ですが、 通常ない事に、向こうからこちらに向かって勝手に接近してきた人がいた。  それがパバロッティだった気がします。

生の声の響きを直接に楽しむのがオペラな訳ですが、 それに「マイク」を持ち込んだのがパバロッティだ、 というのを聞いた事があります。
当然ながらクラシックファンに大不評というか、 「そんなんじゃ歌じゃないだろ!」とか、 「金儲けと観客動員数に走りやがって!」とか、 ここまでハッキリ言われなかったかもしれないですが、 少なくとも雰囲気的にはそういうニュアンスの反感が漂って、 険悪な事になったんじゃないかと想像するんですけど・・・

・・・ですが・・・、大変に古いエピソードで申し訳ないんですけど、 ラジオ放送がスタートした頃のエピソードで、 ブロードウェイの大スターだった歌手が 「ラジオに出てみませんか?」 と誘われて、  「ラジオでは数万人の人があなたの歌を聴きますよ」 と言われ、  「それは今までにないすごい観客数だ!」 と了解するところがあります。
この「こっちが全力でやる時、なるべくたくさんの人に直接発信したい」  という衝動は、何かを発信する人が持つ一番基本的で最大の欲望じゃないかと思うんですね。

パバロッティは、べつにお金が嫌いなわけでも全然ないし、 一晩に超高級ワインを10本くらい開けて、 おいしいものをウシみたいにぼかすか食べてそうな気もするんですけど(こらこら)、 それよりももっと、歌う事と、 自分の歌で人を楽しませる事がウレシイんじゃないかという気がします。
そして、純粋に自分の歌を喜んだり、酔いしれたりする人の前で、 ミスも欠点も失敗も何も気にせず全力疾走してる時、 めちゃくちゃ幸福なんじゃないかという気がします。

「パバロッテイ・イン・セントラルパーク」 では、 コンサート会場はセントラルパークの芝生の上で、 無料コンサートで大勢押すな押すなのにぎわいになっていて、 マイクがありスピーカーがありビッグスクリーンがあって、 ステージの前に詰めかけた熱心なファンの人々の他に、 うしろの方まで芝生の上に延々と人がいて、 寝そべって缶ビール開けて聞いてる人とか、ワイワイ喋りながら見物してる人とか、 お行儀のいい熱心でまじめなファンばかりじゃなく、 イージーでアバウトでお気楽な音楽ファンも混じって聴きに来ていて、 それがみんなして、 彼が1曲歌うごとにそれぞれのやり方で聞きながら、心の底から歌を楽しんでいる。

このときのパバロッティが、とにかくものすごくノッてるんです。

最初はちゃんとお客さんに聞かせるように歌ってたんですが、 中盤からはほとんど客の姿が目に入っていないようで、 意識もほぼ歌の中に埋没しちゃっています。
「こんな無料コンサートに、批評家もクソもあるかいっ」  っていう感覚でもあったのかなと勝手に想像してしまうんですが、 そのくらいまわりにかまってない(まわりに意識をとられてない)歌い方で、 お客が轟音のようなアンコールを唱える中で、 ウンウンといいながらテーマソングの「誰も寝てはならぬ」を歌い出す所など、 このときは本当にうれしかったんじゃないかと思います。







 おまけ 


この人はブクブクのデブデブで、歩けないくらいハラもユサユサで、 センサイな神経があると思えないガハガハな感じのイタリアおやじですが、 どうも、とても気が小さいようです。

何回かオペラのステージをドタキャンしていて、 本人は「体の具合が悪かった」と言っているんですが、 どうも自信がなくて行けなかったらしい・・・  と聞いた事があります。

ワタシのような仕事でも、〆切前になるとネームがうまく上がらなくて、 「ホントにだいじょぶなのかっ? こんなんで本に上がって勝負できるんかっ?」  とビビってしまい、サイフだけ握ってどこかへトンずらしようかという、 引きまくった気分になりますが (これはまんが描きの100人が100人、全員経験していると思う) オペラ歌手のような、前に客がいてリアルタイムで勝負するような仕事は、 もっと緊迫して切実な不安と恐怖感だろうと思います。

年齢とともに、みんなに絶賛されていた高い声が出なくなって、 声量も落ちてきて、「ああ、オレにはもうなんにも残ってない。 この先どーしたらいいのかなぁ・・・」 なんて事をひっそり考えてる頃にぶち当たったのが、 クラシック曲でないダルラの「カルーソー」じゃなかったのかと思います。

「カルーソー」は、往年の名テノールであったカルーソーの晩年を歌った歌で、 年をとり、自分の命であった歌ももう昔のように歌えなくなったカルーソーが、 それでも歌の中に陶酔して埋没していく、そういう内容の歌なんですが、 パバロッティはよっぽどこの歌に納得のいくところがあったのでしょう。  あちこちでこの歌を歌い続けてて、東京であった三大テノールの競演の時に、  「クラシックの人には批判されるかもしれないが、 この先こういう歌を歌っていきたい」 とコメントしています。

で、この歌は、彼がずっとやっているチャリティコンサートの「パバロッテイ&フレンズ」 で作者のダルラと一緒に歌っているのですが(もしかするとこのコンサートが初出かもしれない)、 一番大事なその時にまた気の小ささが出てしまい、大失態(と言っていいと思う) をしでかしています。
コンサートの後でバレて本人が謝罪したのですが、 ライブコンサートなのにかかわらず(そしてクラシックの大歌手なのにもかかわらず) 口パクだった事がわかったのです。

たぶん(想像ですが)高音部が出ないんじゃないかという恐怖感があったんじゃないかと思います。 (けっこう高音の必要な歌です)
自分の主催するチャリティコンサートで、しかも曲の作者との競演で、 歌曲でもない曲で、 しかも自分がものすごく大事に思ってる曲で、 万一調子悪くて失敗してしまったらどうしよう・・・ という、その切迫感から出たんじゃないかと思いますが、 事前にレコーディングしてあった歌を、口パクで流してしまったらしいんですね。

現場で勝負球を決めるべき時に、 怖がって逃げ出す歌手なんかただの大バカヤローで士道不覚悟でクソですけど、 この曲をどうしても失敗したくなかったんだと思います。
ワタシはLDでステージを見たんですけど、歌は本当にものすごくいい出来で、 これ以上できないほど丁寧に素晴らしく歌われていました。
ワタシは口パクでも何でも、いい歌さえ聴ければそれでいいんで、 いい曲が録音で残っててよかった・・・! と思って満足しました。




2001.9.12.




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