バースデー[後篇]

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バースデー

2.




やや冷たさを感じる風の中を、行く当ても無いまま闇雲に飛ぶ。わざと雲の中に突っ込んでみると、遠くからはフワフワした綿菓子のように見えたものの正体は、実は霧の塊だと分かる。冷たい霧を掻き分けながら思わず唸る。ほとぼりが冷めるまであそこには戻れんだろうな、ブルマの怒り具合からすると、当分の間オレは飯ヌキかもしれん。くそっ何て事だ、惑星ベジータの王子であるこのオレが飯の食いっぱぐれとはな。それもこれも『誕生日』とか言う妙な風習のせいだ!
そして何より一番悪いのは……アイツだ!カカロットの奴め、オレの願い事の最中に頭に浮かんだりなんかしやがって!!どこまでもオレの邪魔をする目障りなヤロウだ!!
「オレは……オレは……カカロットのヤロウが……」
『誕生日』も『カカロット』もオレは大嫌いだ!!!むくむくと湧き上がる苛立ちを押し出すように、オレは思わず力の限りに叫んでいた。



「カカロットのヤロウが、大・好き・だあーーーっ!!」



…………………………ん?
雲の中を抜け出しぱっと紺碧の視界が開けた瞬間、空中で静止して荒い息を付く。そして直後にかあっと顔が赤くなる。
「っち、違う、違うぞ!オレはカカロットのヤロウが嫌いだ!殺したいほど憎んでいるんだ、断じてあんなヤツの事が、すっ、好きなワケが無い!!好きな訳が…!!」
空中に浮かんだまま、頭をブンブン振って喚き散らす。自分の言い間違えに対する苛立ちと決まり悪さとで動揺したオレは、すっかり注意力散漫になっていたらしい。急速に接近する存在にオレは全く気が付かなかった。


「よう、ベジータ」「うおっ?!」
高速で目の前を通り過ぎた影が、突然Uターンしてオレの目の前で静止する。
「カ、カカロット!何でキサマがこんな場所にいやがるんだ!」
「ちょうど良かった、オラ今からおめえんち行くところだったんだ」
馴れ馴れしくオレを呼ぶ声、オレと同じ黒い髪、能天気な笑顔。忘れようにも忘れられない印象的な姿。何て事だ!オレが今一番会いたくない奴がオレの目の前に現れやがった!!
「おめえ、もしかして今オラの事呼んでなかったか?」
「よ、呼んでねえ!!」
「顔も赤えな、急いでたんか?」
「何でもねえ!!!」
「それと、さっきからフルマの気がえらく乱れてるんだよな。何かあったんか?」
「ふ、フン、このオレ様の知った事か!!!」
オレが踵を返す前にカカロットは勝手に話し始める。くそっ、余計な詮索をされる前にさっさとこの場を去らねば!


「あれはオレの家ではなくブルマの家だ、行きたければ勝手に行けばいい。オレはもう行くぞ!!」
「ああ、ベジータ、ちょっと待てよ」
踵を返して飛び去ろうとすると、カカロットはたちまち瞬間移動でオレの行く手を阻んだ。
「オラ、ブルマじゃなくておめえに用があったんだ。おめえに渡すものがあってさ」
……渡すもの?何だ?
「ここでおめえに会えたからちょうど良いや」
「何だと?!キサマ、このオレに荷物を運ばせようってのか?!そんな事…」
カカロットがそう言った時点でオレは初めてヤツの荷物に気がついた。ヤツの背中には袋が1つ。そして左腕には雑草の束を一抱え。それにしてもオレに渡すもの?コイツが一体何を?僅かばかりの期待に胸が高鳴ったのは、気のせいだと顔をプイと反らす。



「じゃあまずこれだな」
相変わらずの、太陽みたいなカカロットの笑顔をオレはまともに見ないように顔を背けていると、ヤツはオレの腕に袋を1つ、押し付けた。それは一抱えほどの布袋で、触るとほんのり温かい。
「オラんちで作った『餅』だ、うめえぞ」
なに、餅だと?!オレの大好物じゃねえか!思わず袋を受け取ってしまって、直後にはっとする。いいや、騙されるものか!キサマのせいでオレは飯抜きになるんだ、餅程度でキサマの罪は軽くはならんぞ!迂闊にも喜びそうになった自分を叱咤する。
『それからこれも』と、次にカカロットは小脇に抱えていた雑草の束を差し出してきた。オレの肘から指先くらいまでの高さで、果実のような良い匂いがする。
「オラが来る途中で見つけたんだけどさ、煎じて飲むと体に良いんだ。それに花の部分も入れると良い匂いもするんだぞ」
花…?言われてみれば、どの草も穂先に小さな白い花を無数に付けている。芳香はそこから強く漂っていて、これも思わず受け取ってしまう。餅の袋を持つ反対の腕で、雑草だか花だかの束を抱えると、果実のような甘い香りは一層強くなり、同時に気のせいだと思っていた物が妙な現実感を持って胸の中に強く湧き上がってくるのを感じていた。ワクワクと、フワフワが入り混じった浮付いた気分になるのを止められない。うかれた声を出してしまわぬよう腹に力を込めたオレの問いかけに、ヤツはあっさりと答えた。
「……キサマ、なんでこんな物をオレに渡すんだ」
「だっておめえ、今日『誕生日』らしいじゃねえか。オラからおめえへの『プレゼント』ってヤツだ」



その言葉を聞いた瞬間、『フワフワ』の浮付いた正体が胸を突き破って溢れ出てしまうんじゃないかと思った。余計な事を喋ってしまわないよう必死で耐えながら、震えるような声で応じる。
「…ふ、フン、『餅』に『草』か、キサマがオレに寄越せるものといったらせいぜいこの程度だろうな…」
「おめえ、相変わらず可愛くねえなあ」
「うっ、うるさい!けどな、オレ様はお優しいんだ、仕方無いから受け取ってやってもいいぞ……っ、勘違いするなよ、カカロット、お、オレは別に餅なんか好じゃねえんだ、キサマのような下級戦士のクズが寄こした貢物なんかで、このオレが喜ぶとでも思ったら大間違……」
「ああ、分かった分かった。良いからとりあえず受け取っとけよ」
微苦笑するカカロットから再び目を反らしながら、オレはヤツからのプレゼ…『貢物』を、抱きつぶしてしまわないよう、こっそりと大事に抱え直した。
「よし、これでおめえに『プレゼント』も渡したしな、それじゃオラはこれで……」
…帰るのか?!思わずオレが顔を上げると、カカロットは腕組みしながら首を傾げて何か考える素振りを一瞬見せた後、すぐオレに向き直った。
「……まあ、せっかくおめえに会ったんだしな。なあベジータ、今からオラと手合わせすっか?」
「オレは別に…」
「何だ、イヤなのか?じゃあ仕方無えな、やっぱ帰るか」
「ちょ、ちょっと待て!キサマがどうしてもと言うならやってやらんでもないぞ!」
「何だよ、始めから素直にそう言えよな」
「うっうるさい!」
「ま、いっか。ああ、けどおめえ、餅なんか持ってちゃ戦えねえよな。……そうだベジータ、先にその辺で餅を食っちまうか」
「何だと?!キサマ、『食う』ってオレへの貢物をキサマが食うつもりか?!」
「おめえも一緒に食えばいいじゃねえか。おっと、あの山の天辺辺りが良さそうだな、あそこで食うとすっか。行くぞベジータ」
「おい、カカロット!キサマ待て、待ちやがれ!!」
オレの話も聞かず、さっさと地上めがけて急降下を始めるカカロットを追いかけて、オレも地上を目指す。くそっ、カカロットめ!覚えてやがれ、キサマにはケーキの恨みがあるんだ、後のバトルでキサマをぶちのめしてやるからな!!……ムッ、そういえば、ケーキが吹っ飛んだ原因は何だったか?
下降速度を急速に落としながら山の頂に降り立つと、先に着いていたカカロットの笑顔が目に映る。その瞬間、オレはカプセルコーポを飛び出す前の事を思い出した。思わず壁をぶっ壊しちまった時。ケーキに点されたロウソクの火を吹き消した時、オレは何を思ったか?
――オレの願いはただ一つ。
――それは『カカロットと戦いたい』だ。
「んじゃ、食おうぜベジータ。食ったら組み手だ」
ドカリとオレの目の前で腰を下ろすカカロットの姿を見ながら思う。……これはもしかして『ロウソクの火を吹き消す時、願い事をすると叶う』……というやつか?オレの願いが叶ったってやつか?そんな事を考えながら、オレはヤツと向かい合うように座り込んでいた。とりあえず今は、吹っ飛んだ壁の事も、台無しになったケーキの事も、忘れる事にした。


地球には奇妙な風習がある。なんでも自分の生まれた日を『誕生日』と称して、年に一度花やケーキを送ってそれを祝うらしい。地球の儀式や風習は、そのほとんどがオレにとって無意味で理解不能なものばかりだが、たまには役に立つんじゃないかと思うものもある。
「旨えか?」
餅をぽいぽい口に放り込みながら、バカみてえに笑ってるカカロットの姿を見ながら思う。花やケーキ、じゃなくて『草』や『餅』ではあるが、地球の風習に従ってみるのも悪くない。特にこの、『誕生日』とか言うヤツはな。カカロットに負けじと餅を口に放り込みながら、オレはそんな事を思っていた。



宣言通り、オレ達は餅を食い、その後は組み手をした。ヤツの胸は、抱えてきた餅と草の良い匂いがした。それから後はイロイロと大変だったぜ……ん?!お、おい!!余計な事まで喋らすんじゃねえ!!!




- end -

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