バースデー[前篇]

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バースデー

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地球には奇妙な儀式や風習がある。例えば「葬式」。地球人が死んだら、そいつの一族郎党が集まって大声で泣きながら宴会をする。いつどこで死ぬか分からないサイヤ人には無い風習だ。また「結婚式」という風習では観衆が集まり、今から主役の男女がセッ…その、性交…をする、という事を皆で確認するという。実に下品な儀式だな。
地球の儀式や風習は、そのほとんどがオレにとって無意味で理解不能なものばかりだ。だが、たまには役に立つんじゃないかと思うものもある。そう、例えば――



真っ白なクリームを纏ったふわふわのスポンジ、たっぷりイチゴの飾られたホールケーキにさくらんぼ酒が隠し味の濃厚なチョコレートケーキ、どっさりマロンクリームを絞ったモンブランにチーズケーキ、チェリーパイにミルクレープ。カプセルコーポレーションの広大な客間の中央に置かれた巨大なテーブルには、ホールケーキがどっさりとならべられ、隙間を埋めるように色とりどりの花がびっしりと飾られている。客室の窓は開け放たれ、広いテラスから吹き込んでくる風に混じる甘い匂い。玉子に牛乳、バニラビーンズ、ケーキはどれも上等の材料を使っていて間違いなく旨いだろうということが匂いだけで伝わってくる。特にあの生の桃がまるごと乗ったケーキなんて最高じゃないか。リンゴのやつも旨そうだ。目にも鮮やかなケーキの山に、思わず唾をごくりと飲み込む。
地球には奇妙な風習がある。なんでも自分の生まれた日を『誕生日』と称して、年に一度花やケーキを送ってそれを祝うらしい。年齢が一つ上がる事が何がそんなに重要なんだ、意味が分からん。……まあ、旨いものを食えるし、祝いたいと言うなら別に構わんがな。


「さあベジータ、早くロウソクの火を吹き消して。早く食べましょうよ」
青いワンピースを身に纏い、めかし込んだブルマがにこにこ笑いながらこちらを見ている。ブルマ曰く、オレが記憶していた惑星ベジータの自転と公転速度を地球のそれに換算すると、今日が地球上でのオレの『誕生日』らしい。
「なぜオレなんだ、食いたければ勝手に食えば良いだろう」
「ああん、そんなのダメよ!なんたって今日はベジータの誕生日なんだから!」
ブルマの言う事の意味が分からずオレが目を見開くと、アイツはそう言って腰に手を当て、誇らしげに胸を反らした(どこかの誰かを彷彿とさせる姿だ)。
「本当なら、特注で神龍型の巨大ケーキでも作らせようかと思ったんだけどね、ホラ、『誕生日』のケーキは『歳の数だけ』ってのが大事でしょ?」
しなやかな腕を胸の前に組み替えて、ブルマは満足げに頷いている。……ああ、確か地球の風習によるとそうらしいな。ブルマの言う通り、テーブルの上にはオレの『歳の数だけ』ホールケーキが並び、さらにそれぞれ1本ずつロウソクに火を点されていた。……ん?待てよ、確かオレが聞いた話では、「1つのケーキに歳の数だけロウソクを点す」んじゃなかったか?まあいい、別にどちらでも構わん。


「こらっお行儀の悪い」
「だってママ、オレ早く食べたいもん!」
ケーキに指を突っ込んで生クリームを摘み食いしようとするトランクスの手をピシャリと払いながら、ブルマは再び振り返ってオレを見た。
「あ、そうそうベジータ、ロウソクの火を吹き消す時には、願い事を一つ、心に思い浮かべるのよ」
腹も減ってきたし、さっさと食いたいオレは言われるままにロウソクの火を吹き消そうとしていたのを一旦止めた。
「『願い事』?なぜだ」
「そうすると願いが叶うのよ」
思いがけないブルマの言葉に、オレは目を見開いた。何だと?!ドラゴンボールを集めなくても願いが叶うというのか?!地球の神とやらは意外と気前が良いんだな!
「……まあ、そういう言い伝えがあるってだけだけどね」
ブルマが何か言っているがオレの耳には既に入っていなかった。オレの願いはただ一つ、『不老不死』だ!ロウソクの火を吹き消す為、そしてオレの願いを叶えるため、オレは息を大きく吸い込んだ。さあ、地球の神め、叶えやがれ!オレの願いは唯一つ!……




――そこまで考えて、オレの脳裏に突如浮かんだもの。
――それは同じサイヤ人の同族であるアイツの顔だった。
「!!!!!!!!!」
なんでこんな大事な時にアイツの顔が出てくるんだ!!オレの願いは『不老不死』だ、あんなヤツの事なんか関係無え!!自分の思考に驚き焦ったオレは、思わず肺に満たした空気を手加減無しの勢いで噴き出してしまった。
地球の建築材料は脆い。もちろんそれはオレ達がいるカプセルコーポレーションの大広間でも変わらない。オレが軽く触れただけでぶっ壊れる壁だ、オレが手加減無しで噴き出した吐息は暴風となり、ロウソクの火どころか、広間の一室は完全に吹っ飛んだ。もちろん巨大なテーブルも、その上に所狭しと置かれていたオレの歳の数だけあったケーキも花も跡形も無かった。
「うわーん、ケーキが全部無くなっちゃったあっ」
「ちょっと!なんてことくれたのよ!せっかく楽しみにしてたお取り寄せケーキがめちゃくちゃじゃない!!」
泣きべそをかくトランクスの声と、両腕を振り回して金切り声でまくし立てるブルマの怒りと、その場はたちまち騒然となった。オレはどうして良いか分からず……分からず……、とりあえず、さっさと壁に空いた穴から外へ逃げ出した。




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