オーエンジャイ
NEWS & REPORT

2000年2月号

※出場予定選手はあくまで「予定」です。選手の出場は保証しかねますので、御了承ください。


2月26日興行

第一試合

大村なんとか(ウィラサクレック)

3R判定

赤羽なんとか(藤原)

×
ともに(たぶん)オーエンジャイ初戦。赤羽は、藤原ジムから初の参戦だ。なんかナイショで来たらしいが、「公表していいっす!」とか威勢のいいこと言っていたので、出しといたよ。
試合は、なかなか落ち着いたムエタイスタイルを見せる大村が一歩リード。しかし、後半は赤羽が気迫で盛り返した。しかし、前半の貯金で大村の勝ち。
第二試合

×

新谷弘(東京北星)

1RKO

栗山和也(横浜征徳会)

先週の1RKO勝ちが物足りなかったのか、2週続けて参戦の栗山。相手は、プロテストを1か月後に控えた新谷。技術ではやはり栗山に分があるが、新谷の気迫がどこまで通用するかが見どころだった。
序盤、いつになく積極的に打ち合いに行く新谷。うん、いい感じ。しかししかし、徐々に栗山がペースを握り、ミドルで3度のダウンを奪い快勝。打たれ弱さのか、気持ちの弱さなのか、とにかくこのへんが課題の新谷。でも、着実に進歩している。挫けるな新谷!!
第三試合

石毛慎也(東京北星)

3R判定

太田英夫(ウィラサクレック)

×
ちゃんと見ていなかった。それより。。。
また、あの修学旅行のときのバスガイドが応援に来ていたのは、どういうことだ石毛。聞いてないぞ。

ミット打ち

野崎勇治(東京北星)

玉城良光(ミット持ち)

ミットの前、「会長、試合も近いからあんまし蹴り返さないでください」と頼んだのに、ハイキックがとんできた。聞いてないよ〜。足つかんでひっくり返したら、やり返された。こえ〜こえ〜。
会長とミットやると、いつも会長のほうの声援が多いのはなぜ???
とにかくケガしなくてヨカッタ。

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2月19日興行

第一試合
×

白田英士(ウィラサクレック)

3RKO

目黒ユウキ(小国)

オーエンジャイで既に常連と化している目黒。対する白田はオーエンジャイ2戦目だ。序盤から目黒が圧倒。蹴りを中心に、ペースを作り、得意の首相撲で勝負を賭ける。対する白田は首相撲への対応がイマイチ。よく粘ったが、3Rに力尽きた。
第二試合

キャリー宇佐美(東京北星)

3R判定

南健介(ウィラサクレック)

スロースターターで知られるキャリー。しかし、この日は違った。序盤からいきなりラッシュ。組み際のパンチでダウン気味のスリップも奪ってみせた。ここから徐々にペースが上がっていくのが、いつものキャリーだが、今日は失速。南の反撃がはじまり、3Rは南ペースに。結局ドローに終わった。
第三試合

×

木村××(岩本道場)

1RKO

栗山和也(横浜征徳会)

体格も戦績も勝る栗山が序盤から圧倒。跳びヒザが顔面に決まり、木村立てず。オーエンジャイでは顔面ヒザは禁止だが、不可抗力ということで、栗山のKO勝ち。

第4試合

×

楠本勝也(東京北星)

3R判定

ララウィー

敗戦から復活の「丸刈り」楠本。最初からガンガン攻める。しかし、中盤からララウィーのミドルラッシュ。忘れたころにとんでくるパンチで3Rにダウン。その後も攻められ、ララウィーが完勝。

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2月12日興行

第一試合
×

山内 章(ウィラサクレック)

3R判定

高橋拓也(習志野)

3度目の対戦の両者。手の内を知り尽くしている間柄だからか、お互い決め手にかかる。中盤は山内有利な展開もあったが、攻め切れず、逆に反撃を許す。
第二試合

笹原爆散(笹原道場)

3R判定

ゾンビ名取(東京北星)

×
久々登場の「エース」爆散。久々の試合であるにも関わらず(というか、練習すらしていない)、醸し出す雰囲気は、やはりメインイベンタークラス。入場時から場内はもう爆散の虜だ。
試合はプロテスト受験を控えるゾンビ名取がガンガン攻める。笹原押され気味か……と思ったら、出た〜!!得意の左ストレート。スタミナ不足を補ってきた伝家の宝刀は錆び付いていなかった。
しかし、ここからお約束の失速。ゾンビ名取の反撃を許すが、最終ラウンドまたもダウンを奪い逃げ切った。
第三試合

楠本勝也(東京北星)

3R判定

ガジロウオーエンジャイ

全然、観てません。すんません。

第4試合

野崎勇治(東京北星)

3R判定

太田英夫(ウィラサクレック)

×
太田はデビュー前だが、体重七十キロ。空手の経験があるらしく、ミドルはかなり重い。終盤野崎につかまるも、健闘を見せた。プロデビューが楽しみだ。

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