8)アリスが口ずさんだ子守唄
次に、1872年にルイス・キャロルによって発表された『鏡の国のアリス』を見てみよう。鏡を通り抜けたアリスは、物が反転する鏡の国に入り込む。そこは時間、空間、因果関係が逆転する世界。たとえば、罰を受けてから罪が行われたり、血が出たあとにピンで刺したりというような奇妙なことが、次々起こるのであった。
また、『不思議の国』のトランプに対応するように『鏡の国』にはチェスが出てくるが、登場人物の1人1人がチェスの駒の役割を担う。キャロルはチェスゲームの進展にそって駒を動かし、その動きにあわせて周到に話を進めている。最後にアリスの駒が王手をかけてチェスが終わったとき、物語も終わりを告げるのであった。
この『鏡の国』には、ハンプティ・ダンプティをはじめ、ライオンと一角獣や、双子のダムとディーなど、たくさんのマザーグース・キャラクターが登場する。『不思議の国』の中で 'Twinkle, twinkle, little star' のパロディを書いたキャロルだが、『鏡の国』でも子守唄のパロディを書いている。
第9章「女王アリス」で、チェス盤の向こうの端まで行き着いた歩の駒アリスは、ついに女王の駒になる。いつの間にか、アリスの頭の上には王冠が載っている。
赤の女王はアリスに「白の女王を寝かせつける子守唄(soothing lullaby)を歌ってくれ」と言うが、アリスが子守唄を知らなかったため、マザーグースの替え唄を歌ってみせる。
"Hush-a-by lady, in Alice's lap! Till the feast's ready, we've time for a nap; When the feast's over, we'll go to the ballー Red Queen, and White Queen, and Alice, and all!"
『ねんねんころりよ、アリスのひざで! ごちそうの用意ができるまで、ちょっとひと眠り。ごちそう済んだら、今度は舞踏会 赤の女王、白の女王、アリスもみんな!』
しかし、赤の女王は逆に自分が眠くなってしまい、アリスにもたれて大いびきをかく。物語の最後でアリスが夢から目覚めたとき、赤の女王の正体はいたずら子猫キティであったことがわかるのであった。これは、替え唄(パロディ)が『鏡の国』のファンタジーを補強している例である。