佐川 亜紀 の 詩
| アジアの子ども 五月の風を吸い込んだまま 押しつぶされた胸 新しい二つの扉の形をとどめて アジアの子どもは 割れた地の言葉で 溢れた河の母音で 奪われた村の声で 瓦礫から人の文字を刻んで来た 東と西にかかる吊り橋を 時代の荷を背負い 激しく揺れながら渡って来た 谷底の深さを味わい 山頂の高さを目指し 桃になった子ども 鳥になった子ども 土の中の命が ここにいる鼓動と これから生まれる喉とつながって 言葉が続く 亡骸をくるんだ布に似た 花びらが不意の寒さにふるえる 詩の国の 一人一人の死は 詩の中で 人々の胸の中で 五月に再び甦る |
金平 バラバラになった家の木材が折り重なるように DNAが混ぜこぜになったように ドラムスティックの束がぐったりしたように きんぴら ひらひら へんぺん 世界は木の家と 石の家から出来ている 木は一滴の水を常にもとめる飢渇にあえぎ 枯れてはまた芽が出る? 石は宇宙の一点に還ってやり直す苦役がさだめ 星ゴミから再利用する? 弁当工場の 流れ来る幕の内のアルミ箔容器に 寸分も違わない量で きんぴらを深夜入れ続ける日系ブラジル人 牛蒡だって人参だって中国産かも 日本芝居の幕の内に急いで入れ込め 生まれた時はなんでもありそうだったのに 今は何も無さそうに落日を見ている日本の若者と 交代制で 時給も短距離で競わされ 息切れしそう 千切りよりもっと細かい首切り 手の豆よりもっと高い大豆 家無き金がアメーバのように世界にとめどなく流れ アフリカで揺れ騒ぐ金鉱石 タムタム 田無田無 森の精霊が太鼓乱打 鼓動と宇宙のリズムが変調 金平も公平もきんぴらとは まっぴらごめん 「悪逆に驕る者は。栄華を永く子孫に伝へず。」 <古浄瑠璃「公平甲論(きんぴらかぶとろん)> かぶとをかぶせられ 転がる転がる金貨 せめて 死が 死の公平が きっちり同じ量で盛られる器を望みたいが 死も高騰し 値切られ 売り飛ばされ こなごな 片々 胡麻の種くらいにはなりたい 九九・九パーセント外国産の胡麻に ミャンマー(ビルマ)産黒胡麻 グァテマラ産白胡麻 トルコ産金胡麻に入り混じり 細い薪を燃やして護摩きんぴらの祈り 煙に巻かれて護摩修行せえ わたし ヤポネシア洗え 洗え たわし きんぴら ひらひら まっぴら へんぺん きんぴら ひらひら まっぴら へんぺん (詩誌「はだしの街」2008/4田中国男氏発行掲載) 【日韓女性詩における生命と環境問題】 佐川亜紀 日本現代詩は、廃墟と原爆投下後の終末光景から始まった。 戦争の加害者意識は希薄だったが、生よりむしろ死が主題となっていた。 そのなかで、栗原貞子が原爆詩「生ましめんかな」を書いたように 生活と育児の現場にいた女性詩人たちは、新しい生と表現に向かって歩き出した。 高良留美子、茨木のり子、加害者性に深く踏み込んだ石川逸子、 福田美鈴らの活動も重要である。 一九八三年に女性詩誌「ラ・メール」を発刊した新川和江は、 生命のみずみずしさと女性詩の豊かな創造性を示した。 伊藤比呂美ら新世代は、母性神話の否定が注目された。 九二年には、日本現代詩人会と日本詩人クラブが共同で 『地球環境を守ろう』というアンソロジーを出した。 男性詩人の台所詩、育児詩、介護詩も登場した。 二〇〇〇年代に入り、若い世代ほど生き難さを訴え、 既存環境の崩壊に直面している。 社会的にあまり捉えず、言語表現の個性化に向かい、 社会派が衰退する傾向が見られる。 生命格差、環境収奪、生命の産業化が深刻である。 韓国現代詩は、解放後、取り戻した国土を抵抗の史実と重ねて 表現する叙事詩が多々見られた。 農村的価値観が大切にされ、 甲午農民戦争のように農民は闘争の主体でもあった。 初期の女性詩人では、金南祚がキリスト教から生命をとらえ、 宗教性も大きな特徴である。 女性詩人は自然を叙情性や美学の観点から書くことも多い。 経済が高成長すると、政治性から文明批評性にテーマが移行し、 金芝河も東洋的生命思想を唱えるようになった。 最近も高度消費社会や都市化の非人間性を憂慮する作品を女性詩人が たくさん書いている。 以前は、日韓とも母性が生命賛歌の一根拠だったが、近年は人間として、 男性詩人や産まない人の自由も含め、国家や人類中心主義を超えた 地球的な生命観が求められている。 |
| グローバリゼーション時代の東アジアにおける日本詩人の役割を述べる前に考えな ければならないのは、近代の歴史です。アメリカの開国要求を受けた日本が他のア ジア諸国より少し先に欧米の文化を移入しました。移入した文化が単に広がっただ けではなく、帝国主義的であり国粋主義的な支配となったことを深く反省します。 こうした過去から、アジアの皆さんがいつも日本に対して一抹の不信を抱くのは 当然です。日本は過去をきちんと記憶する必要があります。 しかし、戦争体験者や戦後の進歩的知識人が死に時間が経過し、 だんだん記憶が薄らいでいます。 私の詩「火の根 水の声」の「火の根」とは、アジアの戦火の記憶、 日本が理不尽な侵略を行い、大きな被害を与えた過去を表し、 さらに現在の世界的紛争を表現しています。 火には二つの意味があります。火は漢字で人間が二つの火を持っている形に 見えます。日本では、漢字の語源や形から詩を発想することも多いです。 一つには、火は文明をもたらし、生命を助けました。食事や保温はありがたく、 知恵の象徴でもあります。 また一面では、巨大化した文明の火は金儲けと結びついてしまったようです。 グローバリゼーションのマイナス面は予測も制限もできない経済活動になることです。 兵器も金儲けのために発明、流通されています。 このような時代に日本は歴史の過ちをよく悟る必要があります。 小さな島国がどうしてアジアを支配しようと妄想したのか戦後世代の私には よく分らないですが「井の中の蛙 大海を知らず」の意識が昔から あったようです。日本はアジアを支配しようとする傲慢を捨て、 アジアの一員として協力しなければなりません。 近代以来、日本は西欧に倣いましたが、内部には葛藤が起きています。 特に、現代詩は伝統的な定型短詩が強いため難しい立場に置かれています。 情報化時代の現在でも一層定型短詩<短歌><俳句>が さかんに活動しています。短詩はPCや携帯電話の画面を使うのに適しており、 若い世代も携帯電話を通しての投稿や交流を楽しんでいます。 伝統は重要で詩の根本です。けれども現代の世界的課題を考える時 それだけでは不足します。内部に批評的観点を持たないと閉鎖的になります。 日本では批評的観点が少なく、西欧の考えに頼りやすいです。 金光林先生が親しくされていた田村隆一も西欧のモダニズムの 大きな影響を受けました。敗戦後、日本文化を改革しようと<短歌的抒情の 否定>まで至った問題意識が消えたのは、 近年の歴史観の右傾化とともに困ったことです。 最近は詩人たちも俳句を作り、合体させた作品を書く詩人もいます。 現代詩は世界化と個別の伝統、普遍性と特殊性を合わせた芸術を 目指しているわけですから、日本も閉鎖的にならずに、アジア、世界に通じる文学を 今後も追及していきたいです。 アジアの知恵、例えば仏教などは見直し、その他のさまざまな素晴らしい文化は 共有していくようにしたいものです。 私は、『高銀詩選集』を早稲田大学の金応教先生と一緒に翻訳しましたが、 高銀先生の詩の中に仏教思想が深く入りこんでいることに驚きました。 日本でも仏教思想を根底の思想とした詩がありますが、美学的で、 韓国ほど思想的・実践的ではありません。 ポストモダンの後、有効な新しい思想が現れず、 フランスさえ経済合理主義に傾き、文学は危機に瀕しています。 読者の個人化と消費者化がインターネットの媒体出現と結合しながら 文化が無視されるようになりました。日本では、大学から文学部が消えるころがあり、 替わりに情報処理科や国際コミュニケーション科などが登場しています。 文学表現という回路を通らずに直に情報交換、記号通信すれば良いと 考える風潮も出てきました。日本の若い人たちの詩ももはや抒情詩ではなく、 記号の羅列のような書き方が流行しています。自然性が失われたという批評家も います。戦後、自然性が権力に対する逃避となると警戒しましたが、 今は情報記号化の影響を受けているようです。 しかし、言葉は単なる記号ではなく、 風土・歴史・身体・固有の思想と結びついた生き物です。 日本語はアジアの言語にルーツがあるわけですから、言葉の響きも大切に したいです。 人間が生まれて最初に発声する音は、乳を吸うときのママのmの音だと 言う説があります。韓国語のオンマ、英語のマザーなどもmの音が入っています。 また、水とムルもmの音が入っていて、生命の起源の音を感じさせます。 失われつつある生命の泉の声、水の声を聞くのもこれからの詩人の役目と思い、 私の詩の「水の声」はこうした願いをこめています。 グローバリゼーションは主に経済の世界化として現出していますが、 環境破壊も急速に世界化しており、自然への畏敬を思い起こさなければ人類は 破滅するでしょう。 けれど、絶望的なことばかりではなく、情報や経済の世界化は 同時代的な共感をも生み出しているのは喜ばしいことです。 2000年以後日本では、"韓流"というブームにより韓国に対する関心がふえました。 映画、ドラマに人気が生じ、しだいに文学・詩に興味が持たれ、 絵本もたくさん出版されました。TVドラマを見た人たちは、韓国の料理、装い、 暮らしなどにも関心をひろげます。韓国で詩が人気だということで、主要日刊紙、 詩雑誌がたくさん韓国詩を紹介するようになりました。私も朝日新聞、東京新聞、 毎日新聞などに寄稿したり、インタビューを受けたりしました。 また、日本の月刊詩誌「詩と思想」「詩学」などが特集を組み、 権宅明先生、韓成禮先生、詩人の先生方にご協力頂いています。 韓成禮詩人は旺盛に多数の作品を翻訳・紹介しています。 日本で"韓流ブーム"が起こった原因には、グローバル化によって 日常生活に共通するところが増し、感情移入しやすくなったことが 考えられます。また、日本が失った世界、温かい感情、正面から語る人生論や 思想、親しい人間関係、幅広い伝達力も魅力になっています。 特に尹東柱は人気が高く、いろいろな人が翻訳を試みています。 21世紀に入って、韓国だけでなく、中国にもベトナムにも他のアジアの国々に 対する関心も著しく増しました。詩文学の共同研究も進むでしょうし、 世界の国々との文化交流も増大するでしょう。 イラク戦争開始のとき、アメリカのインターネット反戦詩運動に呼応して 日本でのホームページ「戦争に反対する詩のページ」を発信したのですが、 アメリカ、オーストラリア、韓国の方も注目してくださいました。 東アジア各国の個性や伝統を尊重しながら閉鎖的にならず、 21世紀の世界をともに生きるための共通の文化を詩を通して作るよう願って やみません。 ※韓国詩人協会主催の「東アジア詩人フォーラム」8月11日(ソウル)で発表 |
蝶を食べるだろう 光さえギザギザに刻んで食べるのだ 閉じられた白い手紙の羽を 読むこともなく食べるだろう 口のまわりのりんぷんがまぶしく 針の手足はもがくだろう 一万五千の個眼に見つめられる 花の美しさを吸い上げた しびれる苦さだけが残るだろう 虫の体は土の記憶 傷ついた地表を這い 土と緑の言葉を咀嚼し 自らの体温を羽に変えようとする 思いがかすれてゆく 世界との接点にぶつかったように 紙幣の羽が散らばるだろう 世界の重すぎる軽さのように 散った羽の積み重なりが喉を詰まらせる沈黙と 口から根が突き出す叫びの間で 舌はだれたまま 私は蝶を食べました 私は蝶を食べました 呆けたようにつぶやきを繰り返すだろう (初出・「詩学」2006年・12月号) |
| 奇胎 クスノキは何をみごもったのだろう 釈迦の母・摩耶夫人は 六本の牙を持つ白い象が胎内に入る夢を見て 釈迦をみごもったと クスノキは何をみごもったのだろう 人間の無数の牙が胎内に入り 長崎の樹齢六百年のクスノキ 高さ二十メートル 南国の大女神 原爆爆心地南東八百メートル 内部に割れた瓦 石 骨を かかえこんだまま六十年過ぎて 人が入れるほどの空洞を成長させてきた 見えない人は聖者なのか (巨大な罪に聖者を孕まず どうして木さえ生きていけよう 天使の顔も焦げ) 見えない人は消された人なのか (長崎でも朝鮮人被爆者が約二万人いると 消されるほど激しく蘇る痛み) 見えない人は鬼胎なのか (悪い夢がぶどうの粒のように 次々に異常発生し胎児を潰してしまう) 見えない人は数字のかたまりなのか (すべては実験数値に過ぎない 死者も 苦痛も 空洞も データ収集に) 見えない人は夢の子供なのか (人類の最良の夢 最深の涙 苦悩の果ての叡智はまだあるのか) 見えない人はただの空虚に過ぎないのか (戦後日本の空虚そのものなのか 何も残らないただのうつろなのか) 六百年の中の六十年 それは新しく欠けた空と 古く冷たい養う土の間にあり クスノキは何をみごもってきたのだろう (「詩人会議」2007年2月掲載) |
| イルミネーションの木 滅びの目のまたたきのように 光の小さな果実をぎっしりかかえ 爛熟と死を同時に見せる 死者の目で見よ 灯がともることのないゼロの豆電球 闇よりももっと濃い 木の命が浮かんでくる 枝先の鋭い一筆 ざらつく木肌にまつわる風 風が重ねた時 街はいつも廃墟だ 赤ん坊の目で見よ 驚きのよだれで世界は輝き 色は無数に混じり合い生まれる 世界は触れてなめてみるまで 分かりはしない かりそめの明かりも すべては希望である この大きなまやかしの前で 人は待ち合わせる 大切なものと このかりそめと永遠の前で 人は立ち尽くす 帰るところを思い出そうとして 自分が豆電球である 大きな木を思い描こうとして ■2006年12月22日に早稲田大学で金應教先生の「現代韓国文化」の 講義時間に「私と韓国文学」と題して少しお話させて頂きました。学生のみ なさんは、NPOの活動をされたり、韓国に留学されたりと、かなり知識をお 持ちで、私が言うまでもありませんでした。が、どうして韓国で詩がこんなに 親しまれ、売れるのかは不思議なようでした。ほんとうに立派な詩の雑誌も たくさんあり、いつも驚かされます。 ベストセラー詩人崔泳美さんについての取材の時お答えしたのですが、 @科挙で詩が重視された歴史があり、詩に文化的権威があるA尹東柱ら 抵抗詩人の伝統があり、詩人がオピニオンリーダーの役割を果たすBそ れを受容する強い歴史意識が若い世代にあるC短歌に相当する「時調」 など定型詩が衰退し、詩歌の主流は自由詩D詩集が売れるから価格も 日本の3分の1程度と安いE国語教育でも詩を重視する(日本より掲載が ずっと多い)など考えられます。 ほかに学生の方から、訳でリズムをどう生かすか、反日と嫌韓流の不調和 音のある現在に文学の果たす役割、金芝河の特色、互いの歴史観など、 根本的質問があって刺激になりました。 ■同日午後4時から「東京 平和文学祝典」が開かれました。 韓国から、洪一善氏(韓国文学平和フォーラム事務総長)、梁性佑氏、李 明翰氏、在日朝鮮文学芸術家同盟の金学烈氏、鄭華水氏、呉香淑氏、 神奈川大学の尹健次氏、早稲田大学の大村益夫氏、小沼純一氏、 金應教氏、武蔵大学の渡辺直己氏ほか文化人、学生、私も参加してメッセ ージや詩の朗読、舞踊、弾き語り、演奏など行われました。 日本の右傾化にとても危機感を抱いておられ、在日の生活も圧迫されてい る現状を訴え、東アジアの平和を熱く語られました。 日本の詩人たちとの温度差には考えさせられます。 しかし、韓国国内でも、ノムヒョン大統領の支持率が急落し、左右対立が 激化しているのが実情です。右派は日本の右翼と同じような史観を提示 し、左派は親日をより批判しています。朝鮮半島全体の動きを冷静に理解 するよう努めながら、自分なりにできるだけ東アジアの平和につながる道を 探るようにしたいと思います。 ■書評『日本人の朝鮮観 その光と影』琴秉洞著・明石書店 偏見を省み公平な理解への指針 佐川亜紀 朝鮮新報2006年11月10日 「韓流」ブームで俳優に熱狂したり、朝鮮料理が美と健康に良いとスーパ ーやコンビニに食品が常備されるようになったり、と少し日本人の朝鮮観 が変化したか、と思われたが、政治社会面ではかえって戦中の言説とほ とんど同じ論調が堂々とまかり通る事態にまで陥っている。約百年前、侵 略戦争にひた走っていったとき朝鮮支配の錯誤が根本的問題だったこと を考えれば極めて危うい状況である。 本書は代表的な日本人の朝鮮観を歴史的にさかのぼり幅広く集め、 今 まさに読んで考えるべき多くの教示と示唆に富んでいる。 副題に 「その光と影」とあるが、影の方が厖大で濃く、光は闇夜の星くら いなのは歴史的事実だろう。よくここまで調べ読まれたと感嘆する 全五 十九人の資料と著作を網羅された博識の著者に対し、私は浅学 で、知ら ない儒者や明治の人などが登場するので、書評というより 今後の思考と 自省の入口での感想として述べたい。 第一に取り上げ られているのが、「神功皇后伝説」で、これが日本人の古 代からの 朝鮮蔑視、侵略思想の原型で、近代、戦前戦中も教科書に入っ てい たそうだ。私は一九五四年生まれで、さすがにこの伝説は教えられ ず、 朝鮮軽視は近代化による欧米優位の反作用と考えていたので、 近代前か ら続いてきた根深さには唖然とした。また、井上馨、伊藤 博文など権力中 枢の者が公然と侵略思想を言い実行したのはもちろ ん問題だが、板垣退 助や大井憲太郎など自由民権運動家の征韓論と のかかわり、連帯論から 侵略論への変質は一層深く考えなければな らないだろう。 知識人もどうにか朝鮮独立を支持したのは木下尚江 や吉野作造など少数 で、福沢諭吉は言うまでもなく、大隈重信、新渡戸稲造などは植民地支配に 肯定的で、改めてその思想の限界を感 じる。現在も東アジア共同体論があ るが、絶えず実態と中味を吟味 することが求められるだろう。 五十九人 いずれも重要な人物と考え方が批評対象になり、特にその朝鮮観が端的に 表れているところが収められているが、さらに各人物の総体的な思想のなか で朝鮮観がどのように作用しているのか、 当時の歴史や社会とのかかわり もふくめ日本人による詳細な調査分 析が社会思想の今後の展開にとって 必須の課題である。 わずかに光を放つ人物には蔑視を乗り越える手がかりが得られる。 浅川巧が朝鮮民芸の美を発見したことには、文化には優劣はなく、 それぞ れ固有の輝きを持っていること。また、石橋湛山には関東大 震災時の流言 蜚語と虐殺にたいして「此の経験を科学化せよ」と提 起した冷静な洞察力を。 永井荷風や芥川龍之介には同じ対等な人間 として民族的迫害を批判する 自律した知性を。江渡狄嶺や布施辰治 には反権力と親愛的実践を。 しかし、光に至るのは容易なことでは ない。現在の朝鮮を見る日本人の目 にも抜きがたい偏見があり、自 らの視線を省みることの重要性を本書は教 えてくれるのである。 ■紹介『和解のために』朴裕河(パク ユハ)著・佐藤久訳 平凡社 この本は、一方的に日本を批判するのではなく、日本の戦後民主化、遅々と ではありましたが朝鮮問題に少しだけ取り組んできた事実を踏まえたうえで、 日本に自省を、韓国に寛容を求めた本当に勇気のある著作です。 それもいずれも大やけどを負いそうな教科書問題、慰安婦問題、靖国、独島 に真正面から向き合っています。最近の日韓両国のナショナリズムの高まり を憂い、タブーであった韓国の被害者意識にまで懐疑のメスを入れています。 和解があるとすれば、それは被害者の側の赦しからしか始まるしかないと述 べています。 当然、韓国で批判も強いらしく、また日本でも善意を悪用する向きがないとは いえません。解説の上野千鶴子がいうように「わたしたち日本の読者はそれ につけこんではならない。」「日本の読者の責任は重いだろう」という指摘を よくかみ締めなければなりません。 |
| 茨木のり子さんが、先日惜しくもご逝 去され、お目にかかる機会を 失ったが、 お手紙をいただいたことがある。 私が『韓国現代詩小 論集』(土曜美術社 出版販売)をお送りしたとき、韓国詩を たどた どしく訳している後続の者への激励としてお返事をくださった。もう すで に眼病が重く代筆だったが、温かいお気 持ちがこもり、ハン グルがよく読めなく なった無念さもにじんでいた。 茨木のり子ほど 敗戦後の日本に芽生え た市民意識、個の大切さを一途に、希望 をこめて、健やかにうたった詩人はいな い。しかも、その個は閉じ こもるもので はなく、第一詩集『対話』の題名のよう にダイアロー グを求め、平和を考え、後 半生は韓国語との対話によって自分の 世 界を広げていった。 読売文学賞を受賞した茨木のり子訳編 『韓国現代詩選』(花神社) は画期的な 名訳詩選集だった。 誰もいない 誰もいないのに 木々たちは揺れて かぶりを振る 冒頭の作品、姜恩喬「林」の一節であ る。韓国語の意味とリズムを 活かしなが ら、「かぶりを振る」というなつかしい 日本語に訳すこと によって民謡のように 人々にすっと入る作品となっている。 『ハングルへの旅』(朝日文庫)で、十五歳くらいの少女時代から金 素雲訳編の 『朝鮮民謡選』(岩波文庫)を愛読して いたと言っている から、関心はずいぶん 早くからあったようだ。実際に韓国語を 習うの は、五十歳になってからで、恩師・ 金裕鴻の情熱的な授業のおかげで、 夫が他界した喪失感を乗り越え、長期の学習 ができたと対談集『言葉 が通じてこそ、 友だちになれる』(筑摩書房)で語って いる。言葉に鋭 い感覚を持つ詩人らしくハングルに旺盛な好奇心を持って取り組 み、 古代語や日本の方言との対比など深 い理解にまで至り、魅力を広く伝 えた。 方言といえば、茨木のり子の母が東北 人で、さまざまなおもしろ い言葉が存在 していると幼児期から感じていたことが 詩作につながっ たそうだ。ベストセラー となった詩集『倚りかからず』(筑摩書房)収録の 詩「鄙ぶりの唄」など風土の 根元や庶民のエネルギーの源から汲み上 げた詩句は絶妙だった。 この庶民的で、そのうえ高潔な表現は 親しく 交際し訳詩もした韓国詩人・崔華 國の詩風にも通じている。『猫談義』で H氏賞を受賞した崔華國の詩選集の解説を書かれたが、二人とも口語 日本語、古語、漢語など多 彩な表現を適材適所に使って活きのよい 作 品にする名人だった。崔華國夫人の金 善慶創作童話集『うかれがらす』 (筑摩 書房)も楽しく訳された。 現代詩史に残る新しい日本語表現の詩 作品とともに、韓国文学を翻訳、 紹介し た仕事の豊かさも改めて感じる。 |
| 緑のラインマーカーで どなたかが緑のラインマーカーで 地球に緑の線を引く 風のようなものすごい速さで 何千キロの広い透明な緑の道が走る 砂漠の上に ビルの群れを通って 車から降りた人の背中にも線が映って 夜には 蛍の光の何千キロの太い帯になる 水辺を求めて 無数のささやきの羽音 砕けた星屑の散乱する光 死んだ人の魂がまたたく 失われた緑の道 深い知恵が隠されているのだが 重点ポイント 地球の難問試験に どなたかは 露草の葉の下で考えあぐねている *入学試験の季節ですね。うちにも大学受験生 がいるので落ち着きません。私が勉強した時 ラインマーカー(蛍光ペン)でやたらカラフルに 教科書に線を引いたものですが、これはやった 気になるだけであまりよくないとか。そういえば 線を引いただけで安心してよく読まなかったよ うな。とにかく合格祈願! |
| ごまめ縁起 カタクチでイワシてもらいたい からからに いられても 照りだけ てらてらでも 重箱のすみの ごまめの歯ぎしり それでも ぎりぎり言い続け 昔も今も五万米(ごまめ)の願い 歴史の味付け自己流に 自分の田作り 昆布巻きには 喜びと悲しみの記録がびっしり 一口で食べないで 東海の流れ舌に染みらせて 勝栗きんとん 横目でちらちら まめまめしく働いたら 誰だって黒豆のようにつやつやしたい 二親と数の子の夢 いくらなんでも 矢羽根酢れんこんはやだね 御坊まで舶来牛肉に巻かれ巻かれて牛蒡巻き それでも ぎりぎり歯ぎしり続け ほんだわら ほんだわら 諸国とこまめに良きご縁を結びたい *「神奈川新聞」12月19日。「神奈川新聞」さんは 「時の詩」として一年間、横浜詩人会の会員に執筆 させてくださいました。沖縄タイムズとの基地問題 共同企画で受賞もされました。この時世に鋭い批 評を発信しているのでがんばってほしいです。 |
| セロリの別称 茎元は小さなお尻の丸み 五人兄弟寄り添いながら ギリシャ円柱のよう まっすぐ陽に差し伸べた腕に 緑の鳥が群れ集まって うるさくさえずり 薄黄色の肉体のなか 細い細い翡翠色の川 匂いたつ生のセオリーが流れ セロリの別称 キヨマサニンジン にんじんでもあった? にんじんではないが 加藤清正が 豊臣秀吉朝鮮出兵の時 原種の一つを持ち帰ったことによる 朝鮮の王子二人を捕え 朝鮮の鬼と恐れられた清正軍を 撃退した朝鮮義勇軍 記念して建てられた碑 「北関大捷碑」 それをまた日本軍の将兵が 日露戦争中の一九〇五年 朝鮮を「保護国」化した年に取って来て 靖国神社の隅に百年間放っておいた 西洋の名でおおわれた 東洋の苦さ 日本の水を 緑のひしゃくに溜め 洗い桶に映った ゆがんだ自分の顔を見る *「詩人会議」2006年1月号に載せて頂いています。 |
| 600グラムの心 花がしぼむように 指を折って逝った人を数え 指からこぼれて 掬うこともできない人の水が 砂漠にあふれて 引き金を引く指の感覚も なくなってゆく 逝く人は道が突然折られたのか 天に向かって それとも 死者の道も折れ曲がっているのか 死にはなかなか行き着けない 祈りは神の領域で いつも折ると書きまちがう おもわず自転車で 名も知らない小枝を折ってしまい そんなことの繰り返しで 近くしか見てやしない いや近くもよく見ずに斬りすてる斧は 弱さの性質で 600グラムの心 一斤のパン 新しい目盛は考え所 体の重さと心の重さのアンバランスが悩み所 |
| 灰の指輪 灰で作った指輪 自らの罪の円環をたどるための 黄土にくるまれた屍のための 死んだ恋人のための ただれた影の木にも芽吹いた若葉の やわらかさとつよさを求めて 世界と私のやさしさと 世界と私の残酷さが 婚約したのだ 立会人におびただしい死者が並び ベールは海をわたって 波の白い裳裾をひろげ 水平線は 新書のページのように開かれた もろい宝石 灰の指輪 焼け野原の まずしく 若い二人が 互いの指にはめ合った 素手で 死の果ての生の輝きに歩み出すように 今 それはただの灰に崩れて行くのだろうか ※この詩を書いてから後に、ニュースで人骨からダイヤモンド の指輪を作っている方を知り驚きました。健康状態や年齢など により色が少しずつ違うそうです。60年前の灰の山から平和憲 法という宝石が生まれたのに、簡単に灰にもどしそうな昨今。 |
| 厠(かわや)神 むかし 日本で一番偉いのはトイレの神様だった 厠(かわや)は川のほとり 水竿を底にさして舟こぐ川男 藻の髪が光を溶かす川女が 交す産みの密語 子は黄金に輝く混沌 子は終わりであり始まりであり 厠は化粧の場 変身の異界 この世の顔を脱皮して あの世の魔物に転生 片目になって遠い海原を見る 抜けた歯を空に投げ上げる 無くした手で戸をあける 産み近く 体近くいた厠神 こんな神が 戦争に狩りだされることがないように しみじみトイレで考えたい *20年位前、詩人の伊藤比呂美さんが赤ん坊はウンコだ と書いて騒がれましたが、民俗学の観点からすればごく 普通のことだと最近知りました。糞便が宝物や赤子に変わ るのは昔話でもよく出てくるそうです。さらに、金芝河にも 最下層のものが一番偉いという発想がありますが、日本の 民俗信仰の中に似た考えかたが見られます。こういう聖性 が失われ、官製の神々が君臨する時代になるのは恐ろし いことです。 |
| 豆腐往来 からを漉して もう一度生まれるように ふはふは 豆乳の湯気たてて 海のにがさを吸い込み 水に泳ぎ 初めての頬ずりみたいに そっと手にとる 白肌のゆらめき 奴になって 切られて食われてやらあ 中国から伝わった豆腐 麻婆豆腐はちょっと辛い おばあさんおじいさんたちの 歴史の苦労も辛い 日本の淡白な舌は 辛味を味わい難いのか 病気ののどにも通りがいい 病んだ世界に欲しいのは 国と国とを 往来する 豆腐のような やわらかく滋味ある 言葉と行い *「神奈川新聞」5月30日掲載 |
| 側線 一九三〇年代の 詩を見ていたら、中に ×××××××× 伏字の一行 魚の側線のように続いて 水流と水圧の変化に 敏感な小さな穴 伏字の時代がまた来ているのか 心の中には伏字がある 自分で伏せた字の背中 つぐんだ口の一列は 縮む時代の縫い目 人間は解読の網をすり抜ける 伏字かもしれないが 耳は平衡へのレール 一九四五年秋の教科書には 墨塗りの ■■■■■■■■ 黒いうろこがびっしりと 昨日の白が今日の黒に 横須賀の海に 墨塗りのうろこがはがれ いつのまにか側線から主線に 育った深い穴を持つ 巨大な怪魚がのったりと ※神奈川新聞3月28日掲載。 憲法の改変が論議が広がらないまま進み、 中国や韓国の歴史認識とかなり違う教科書 が採用される昨今には不気味さを感じます。 |
| 舟 嵐の後 打ち上げられたボートのように 発砲スチロールの皿が 分別箱の上で山積みになっている こんなふうに かつて何かをのせていた皿が 皿だけになって 内部の中で並んでいる ずっと 整然と 一枚ずつ むこうの砂浜まで続いている 日の光が泡だっている 惨劇が無かったかのように 真っ白だが 肉の生臭さと石油の混じった臭いが しつこく取れない 溶ける海を航海して 重さがはがれて 街の中を 漂っている白い舟 |
| あいさつ アッ・サラーム アクイクム 「ごきげんよう」 バグダッドの破れた空の下で <あなたがたの上に平和あれ>と祈る声が 交わされているだろうか アンニョンハセヨ 「こんにちは」 ピョンヤンの物乞いをする子が <安寧>を願う言葉を 呼びかけているだろうか 人の生は 折れそうな枝にかろうじて捉まっている 冬の虫のようなものだ ひととき緑のランプがまたたく 飢餓の足も 戦乱の腕も 日照りの舌も 洪水の喉も 身に記し 身が忘れても 言葉に刻み あいさつに結晶し 人から人に交わされ くり返され 今日 生きる奇蹟の日にも 声がする アッ・サラーム アライクム アンニョンハセヨ <あなたがたの上に平和あれ> |
| 爪のなかの魚 ー佐川亜紀氏より恵投された詩集『返信』の 中から言葉を拾いながらー 森 常治 鮭の生みたての卵の中に 命の鼓動が透けてみえるように 言葉の鼓動が透けてみえるよ まこと言葉は卵生 世界の殻にひびを入れながら孵化する そのあとは うわばみのように みずからをくねらせながら生きてゆく ときにきわめて攻撃的になり 栄養を摂るために 口を精一杯あけて また 憎っくき世界を燃やしてやろうと 薪のように束ねられ 火を放たれる なんしろ 意味が弾ければそれでいいのだ 貴方の言葉のなかにはなにが住む 馬、鷹、イルカ、それとも 鶴? もしかすると 文明の荷物を背負わせるためのラバ? そして 言葉が壊れるとき 花火のように砕け裂け 銀河の支流に向かって散ってゆく 無数の爪の中の魚のように *森 常治さんは、詩人、早稲田大学教授。「同時代」同人。 著書『トーテム』(沖積舎)、『埋葬旅行』(沖積舎)、『日本の 幽霊の解放』(晶文社)とユニークな詩と言語論をお書きです。 よく詩集に呼応した作品を書いて下さることでも有名。どこの 詩句が印象に残ったか分かり、ありがたいことです。 下記は、「爪の中の魚」の原詩。 爪の中の魚 佐川亜紀 爪の中に魚が泳いでいる 薄紅色の池に魚影だけが暗く 一族のよどみから浮かんだ影 美しい叔母も指と爪の形が悪かった 見知らぬけものが指先から現れそうで 錠をかけるように指先を組み合わせた 伯父の姿は浮かんでは消える 母のかいま見たところによれば 爪からかみ始めて 指 手のひら 腕と 端から 自分を食べていくらしい 体を柔らかくしておかないと 足先にも届かない 足先に届こうとして 体をまるめたままごろんと転がり 虚しく歯がみしている姿は むしろユーモラスである 飢餓島で死んだ伯父の 飢餓にとりつかれた姿か もしかしたら 他人を食ってしまい 人を食う快楽が忘れられないのか それとも 自分を消すことが強いられた生の形だったのか また 自己処罰するにしても このように 中途半端で滑稽でぶざまな 自分をさらすのが 人間の常態であろうか しかも 食べてしまった 自分の手 腕がみるみるもどり ぼろぼろの歯をかちかちいわせながら 再び自分を食べ始めるのだ だが 手を食べ終わると 爪から解き放たれた ほんのり赤みをおびた ちぎれた花びらのような しらすよりも小さな 十匹の白い魚がちろちろぬけて 濃い闇の海をあちらの世界の方へ 泳いで行く 爪の中の魚が 爪から放たれる一瞬だけが 安らぎのように 自分を噛むことを繰り返すのである メトロ 東京メトロみたいに 内部に入って かんじんな所で 停車しながら 何度も 何度も言いたいんだ ことばが占いの水晶玉のように磨かれるまで でも 今日のこ■と■ば■は 破片が入っていて ざらざらする 私の頭はアキ缶ほどの寛容も持てず メトロ線のように混乱が拡大し 四谷怪談がふえるばかり 霞濃い世界の関所 神が耕す田 虎が逃げた門 池を袋に入れ 人形が行進する町 メ■ト■ロ■ 昼でも夜の言葉を つっかえながら しゃべるがいい あたたかい体内のように 無数の心音を聞きながら |
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