ウォーター


佐川 亜紀 の 詩




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骨が水茎になるまで

茎は花の背骨
人間の汚した土地の
戦車がこなごなにした肉体が
ぼろぼろにされた性器が
くだかれた子どもの夢が
街一面に広がった血が
しみこんだ水を
吸い上げる

水茎で世界に手紙を出した誓いは
わたしたちの原点
真紅のデイゴが言葉の骨を太くする

人間の
愚かさと
弱さをみとめ
二千三百万の涙と血が
水茎に流れ止まない

地下室で書く自分への問いの手紙
「罪と罰」「戦争と平和」を考え
「黒いミルク」を飲み続ける幼子
「戦争は女の顔をしていない」

水茎を切るのはだれか
水茎はばらばらの闇に裂かれる
水茎の中にある弱さを強さに
変える知があるか

わたしたちは言語が異なっても
手紙を出したい
人間を信じる誓いはいつも
人間の中を流れる言葉






ひまわりをばらばらにしたのは


太陽と顔を合わせて笑うはずのひまわり
爆風に吹き飛ばされたひまわり
ひまわりをばらばらにしたのはだれ
白黒しま模様の種をまくわたしたち

南相馬市にウクライナから励ましの手紙が届いていた
美しい花や子どもの絵
原発事故を耐える人たちの強さと思いやり
生きるための知恵を伝えてくれた人々に
爆弾がようしゃなく落とされる

わたしたちも領土をめぐって爆弾につながったのでは
大国の甘い誘いにのり
平和ではなく利権にめがくらみ
独裁者と手を取り合ったきのう
ひまわりをばらばらにしたのはだれか

原発もそのまま
廃炉もみえず
ひまわりに毒を呑み込んでもらう
さらにひまわりを核にかえようと
八月の地に焼き付いた巨大なひまわりの死も忘れ
ひまわりをばらばらにしたのはだれか





火の言葉を 木の言葉に


火の言葉を 木の言葉に
地を 命を 戦車で脅かす大国
力の支配に屈しない人々の
命と国を守ろう
燃やされても立ち続ける木の言葉
無差別爆撃で命を失わせてはいけない
日本も土地の支配争いにのめりこんだ
独裁者を増長させ 
にせのえさにつられた

火の言葉を 海の言葉に
日本は核廃絶に真剣に取り組んだのか
核には 核の おぞましい連鎖を断つ
火の奪い合いを 
利する動きに目をこらそう
火の原罪を 
身体を流れる海の言葉で確かめる
億年の海の言葉で 
瞬時の破滅の言葉を鎮める

火の言葉を 川の言葉に
森の水を集めて 
火の子どもたちを休ませ
上から 下へ 
流れる川の言葉に
壊された地球の涙が伝わる川の言葉に







月の海 
―高良留美子氏追悼


月はみずから光る
アフリカの太陽
アジアの星々と
照らし合い

月はみずから知る
戦争は少女の心を押しつぶした
飢餓がまねく人間のあさましさ
学童疎開のさびしさ

月は光を求める
学問に身をささげ 政治家として立ち
女性の声を言挙げした偉大な母を持ち
愛と苦しみは深く 戦争責任を憂い 

月は水の星を悲しむ
川が集まる場所を求め
核と差別をなくす未来を想像し
世界を旅して詩人と出会った

月はいつまでも光る
女の産みと響き合う月のリズム
原発汚染水に怒り 男の文明に抗し
月の海は砂漠と満潮の言葉を発し続ける


(「千年紀文学」第137号2022年1月31日号掲載)








んーぶ復帰


いん(海)の
んーぶ(へそ)に帰れ
のこり少ない体の水がさわぐ
琉球にヤマトが復帰すべき
命を大切にするのはどっち
宮古島は んぬぅつ(命)
命に帰れ 地球がさけんでいる

「ん」で始まる言葉が多い宮古島
命のしりとりが続く言葉
んきゃーん(昔)の沖縄戦は
んま(今)につづく
ん ん ん
跳ねている波
跳ねている宇宙

宮古島にミサイル配備
沖縄がミサイル基地に
ヤマトの犠牲 危機の標的に
んば んば んば(いやだ)
黒い腹が見える 真っ黒な腹
へそや 腹を無惨にまき散らした
戦争の跡を隠して
とうとい骨を基地の土台にして
んば んば んば
焼かれた地球がわめく
「ん」は終わりではない つなぐもの
「ん」はへそ
宮古島のおしえ
海のみみで聞き 海のくちで話した言葉
いん んーぶ
いん んぬぅつ

(※「宮古島キッズネット」を参考にしました。)
(「詩人会議」2022年1月号に掲載)






黄色い女たち

黄色い女たちは分かれた川
割れた木

黄色い女たちは
白い男たちに
黄色い男たちに
殺された

黄色い女たちは
白い女たちの
まねをし
白い男たちは少しほめてやる
その黄色はめずらしいと

黄色い女たちは
黄色い女たちを
にくみ
黒い女たちを
さげずみ
さげずまれる

黄色い女たちはどれが自分の姿かと
どれが自分の言葉かとさがしては
言葉のみなもとに行き戻り
割れた川を割れたまま汲む





姫の自由


姫は水色のまぶしい姿で
旧家を抜け出た
きっぱりとした一歩
私たちは姫を旧家のなかに閉じ込めていたのを
しかたがないと考えていた
姫は美しく おとなしく ひかえめで
自分の意志も 意見も口に出してはならなかった
でも 恋により自分の感情と意志があざやかになった
姫であることによって
がんじがらめにしばられていた人生

個人の尊重をうたいながら
天皇制をやめられない私たちへの
姫からのお別れの言葉
ひとりの人間となることの旅立ちの言葉
内側から殻にひびをいれたまっすぐな視線
氷が一気に水色にとけてあふれたように
ふつうの街を流れてゆく
迷路をゆく自由を手にいれて
幻の檻を欲している私たちを超えて





アンネの贈物


ガラスの階段の一段一段に
花弁がまかれたように血が一滴ずつしたたっている
帰り道を忘れないための目印
けがれとされても源からの血 潮の満ち欠け
ジャングルの中で美しい樹に伝わって流れる血
自分の中に張り巡らされた舞台 生と死のステージ

都市で生きるための生理用品 血は隠された
コロナ禍であらわになった「生理の貧困」
世界中で生理用品を買えない女性がふえた

日本で生理用品「アンネナプキン」が
発売されたのは一九六一年
社長の坂井泰子が『アンネの日記』から名付けた
「生理があるたびに(といっても、いままでに三度
あったきりですけど)、面倒くさいし、不愉快だし、
鬱陶しいのにもかかわらず、甘美な秘密を持ってい
るような気がします。」*
アウシュヴィッツに送られる前に一四歳の少女が
自分の成長に生命の甘美な神秘を感じ 
体のオルゴールを開けるようにときめいた
女性が月経の時 小屋に隠され 遠ざけられた歴史
生理を命の光源と見直したいアンネナプキン
アンネが隠れ家に閉じ込められ
人々のやさしく温かい手触りを欲した思い

パレスチナの少女は求める
爆弾が降って来ない空 壁がない故郷
切断されたオリーブの木が再び生きること
ばらばらになった人々が抱き合うこと
未来の秘密の言葉を自分の体の町から探している

日本の女性の子宮にあてられた柔らかい繭
世界の崩落と 生のめぐりがこめられた
鳩の羽のようなナプキン

*アンネ・フランク著 深町眞理子訳『増補新訂版
アンネの日記』より引用。 
※参考文献 田中ひかる著『生理用品の社会史』。








雨傘と心臓

街を埋め尽くした雨傘
新鮮な心臓がむき出しで
ばくばくしているみたいに
香港の咲きほこった朝顔の群れ
雨傘の中に新しい星が生まれ始めたが

閉じられた口
リンゴ日記は白紙のページになった
私たちの苦さは
汚れた海水でしかつながっていないのか
夜光虫ほども光れない
民は
目を針で突いて見えなくした奴隷を
意味する漢字
英語の奴隷もアクロポリス民主主義から
アヘンの甘い悪夢も見せた

わたしは
左手も右手も
骨の折れた雨傘を
差し出すふりをする
かつて心臓を突き刺した
銃剣に似た傘を
株価の折れ線にそって曲がる
ぐにゃぐにゃの
骨のようにゆがんだ傘を
土砂降りのなか
かさかさに渇いた心臓がある
傘の中に光る生の滴がまだ
したたっている

(「交野が原」91号掲載)







はだかの言葉 


    やわらかいはだかの言葉
敗けてもうはだかしか残らず
鋼鉄の武器は捨てたいので
はだかの人間を信じることにした
どこの国の人でもはだかのまま話す
どんな地位の人もはだかになってもらう
黄色上衣をまとわせ続けるわたしたちの弱さ
沖縄に基地を集中させるわたしたちの愚かしさ
一番さるとつながるところ
一番いわしとつながるところ
一番いじめたところ
一番いじめられたところ
毛があるところ
毛がないところ
そこを大事に
そこに軍隊なんて
書き込まないように
そこに軍隊を押し込まれた
韓国の アジアの 沖縄の 世界の
女たちの苦しみを大切にする
そこに原爆を落とされた
日本人の 朝鮮人の 中国人の
被爆者の痛みを受け取る
そのために
はだかの言葉を
夢がはだかになった言葉を
まるごしの言葉を続ける
戦火のあとで 八月に 五月に
生まれた赤ん坊のままの
それこそが
持続可能な世界の
言葉である
世界にいのちがうまれる
わたしたちの八月のはだかの言葉

※「詩人会議」2021年8月号掲載







クサンティッペの水


アテナイの哲学者・ソクラテスの弟子 プラトン
レスリング選手でもあった
文武両道を目指すアテナイの貴族たち
ソクラテスは真理を産むためひがなしゃべり続けた
その悪妻として誉れ高いクサンティッペ
夫の頭に女性の不満の水をあびせた
アテナイから続く男性の肉体の祭典
軍人としての力の証明でもある
アテナイ民主主義は奴隷を人間と考えなかった

利権の輪の集まりとなった現代の五輪
奴隷をふえさせ続けるシステム
過熱する頭にクサンティッペの水は必要
どんな人もまず生きることの水が必要
わきまえない悪妻の言挙げ
わりきれない悪夫の尽きない哲学
輪の跡を 輪の外を 見続ける水の目






花の後ろ

あじさいは空色の屋根の街
雨粒に世界の街を映す
ふくらんでくずれ落ちる窓

崩れ落ちる建物
足元の粉々の窓
ガス室の窓 壁の窓
 
廃業の店
長雨に濡れ続ける人
よけるものがなく芯まで濡れる人々
井戸になる人
花を大事にかかえている焼けた赤紫の手

月が隠れる
地球が隠れる
言葉が隠れる
言葉を隠す
もっとも近くなって相手をさえぎる
花の後ろの花






魚が笑う

海のやさしい手のひらが
地球をなでている
いつももう少しで生まれる心音が
彼方から響く
泳ぐ魚の花群れが
波を微笑ませる

魚が笑っている
えらで笑っちゃう
えらい人間の
肺であばれるウイルス
はい、だけ言う人工人間

不吉な原発廃水は
どんな名前でも
海を汚す
プラスチックの雪が舞い
重油がねっとりした欲望を流し
再び浮上しそうな軍艦の骸骨
海に落とされた女たちの魂
大型底引き網ですくう
魚のホロコースト

魚が笑っている
ひれで笑っちゃう
海を捨てて
陸にあがった
人間たちの手足は
森を奪いつくし
川を汚しつくし
今度は魚が人間を捨てる
魚がいない海
 魚が笑っている


※日本現代詩歌文学館発行『大震災と詩歌
東日本大震災発生から10年 あの日から、明日へ』に
私の詩「春の骨」と「さんざめく種」が収録されました。





竪琴(サウン・ガウ)


彼女が撃たれたとき
くずれ落ちる髪の弦が世界をかき鳴らした
空に釘付けされたなめらかな肉体
散らばる光の絹糸
地の無防備な裸身に無数の傷
血の音符がいたるところに飛び散った
数千万のやわらかい手が亡骸を抱きしめる

かなたの自分から吹く風に
母から 父から 吹く風に
まだ知らぬかがやく調べに
土地が踊り出す旋律に乗って
宇宙のリズムをたずねて
人々が歌い出す血を求めて
鳳凰の大空の舞をこめて
自由の舟で進み始めた
自ら風に鳴る竪琴

素手の同じ人間に銃を向ける軍という戦慄
引き金に指をそえている私
逃げて看板のうらに隠れる私
日本のビールの泡にも
血だらけの子供たちの顔が浮かんでいる

小説『ビルマの竪琴』を書いた作家は
戦中に日本の学生たちを戦地に送った
帰ってこなかった学生
作家の魂は
戦地に残って 帰らずに
死んだ人々を弔う僧に託された
音楽で敵も心を通わす祈りがこもる竪琴
仏教のレリーフに刻まれたビルマの竪琴
サウン・ガウ
ビルマの人々の死は悼まれたのか
ミャンマーの人々の生を助けたのか

苦しみの旋律が鳴っている
死者を悼み 
自由を守るため
日本に向けて
悲しみの弦がかき慣らされている

(「いのちの籠」48号)





畏れの伝言


ねこといっしょに
脳を太陽で充電
コンセントを黒点に差し込んで
光年のながいながいつながりに温められ

船がビルの上にのぼり
たくさんの人々を乗せて
あふれるほど乗せて
空に漕ぎ出した
あの日

ねこをかかえた人がいた
家をかかえた人がいた
人をかかえた人がいた
さらに故郷から離された日
海が教えてくれたこと
逝った人が教えてくれたこと

原発が爆発したことも忘れがちな十年目
太陽が五つに裂けた日
町が 村が 家族が裂けた苦しみは続く
リレーすべきはどんな火
悲しみはリレーされているか
喜びはリレーされているか
どんな火も どんな光も 深い恐れと祈りを
はじめの畏れこそ伝言したい






魂のきらら


人からうすくはがれて
なんまいもなんまいもはがれて
目を射るように
まぶしく吹き飛ばされた
記憶の皮膚はきららのように
積み重なり
刃のように
川の肉を
切って
木の霊を
したたらせて
記していくのだ
記憶がいつか光り出すまで
済州の万丈窟
雲南の石林
雲になった母の
黒い乳を口に受けることも
できない
いくつもの季節を閉じ込めた
氷をぐちゃぐちゃに踏み
血走った足跡だけを
あの人のただれた肩に
押し付ける
文字の皮膚もどんどん
はがれて
失った魂を呼びたい
破れた靴に祈りを
読まずに
消えかけた文字が
戸をたたき続ける
子どものようにやわらかい


※「風化」51号掲載(鮮一孝さん個人誌)






羽の記憶


口を死んだ鳥の翼でおおい
折られた細い骨が
空を連れて
頬にやわらかくあたる
三度影を焼きつけた蝶の鱗粉が
喉をひびわり
人の内から発する毒を告げる
熱すぎる海の
口づけの豪雨にぬれる

翼の隙間から
金属刃の風がはいってきて
舌を切り
鳥ペンではもう書けないようにする
羽のある言葉は切られる
古びた階段を造り
上っているのではなく
底なしに落ちている
金の城へ上る
人間の足元に
まるごと洗う海が押し寄せる

焦土の果てに
  一本の水平線が開けていくような
幻をみた 
宇宙の縁をつかむ幻
ニライカナイがほの見える
沖縄の海原が命の水平を知らせる
むしられたチンダルレの花々
花々は幼鳥になり
半島がはばたく

言葉の羽の記憶に
水平の祈りがこめられている

(「詩人会議」2021年1月号)





夜が葉をむしる時


夜が葉たちを揺すった
とつぜん彼らは葉をむしる
その6枚の葉が選ばれたことに
なんの理由もない

その葉たちは
地の歴史を吸い上げ
自らの細かい葉脈の繊細な思考を通して
陽と闇をさぐり
森の糧にするために茂った

たった6枚なくなっても
森は無関心だった
あれらに日当たりがよく
あれらは目立ちすぎ
あれらは少し変わった形

それから さらに彼らは
とつぜん
もっと葉をむしった
森はおののいた
自分たちはむしられまいと
葉はやさしい風に応えることもやめた
幹にぴったり寄り添った

彼らはさらに葉をむしった
下の方も 高い方も
青い葉も 赤い葉も
葉にならない芽もむしり取った

そのとき幹は鋼の武器のように細くとがった
葉はそのとがった幹に
びっしり虫のようにしがみついた
だが 幹はもうどんな葉も茂らせなかった

幹のなかは空洞だった
その幹はカラッポだった
下に枯れた葉が降り積もっていた

彼らは 私たちだった
カラカラになった葉も 私たちだった

※(『私たちは学術会議の任命拒否問題に抗議する』
論創社 2021年2月刊収録)






むくげへのむつごと


むくげに睦言をまだ語れない
無窮花
弓は永久に弦にするのです
草の無数の弦が風を弾いて
世界の空に響かせる
その願いが
そのアジアの死者の思いが
一滴一滴の血と涙が
九条にこもって
海のような大きな生みの願い
尹東柱の獄中の最後の一言も
含まれている
炭鉱で働き日本で死んだハラボジや
沖縄でひとり死んだ朝鮮女性の哀しみも
広島で被爆したキムさんの苦痛も
こめられているはずなのに

軍隊をどうどうと記し
攻撃する能力をどんどん持とうと
核兵器の製造へも近づこうと
ますます睦言からは遠く
悪口と大口
暴言がまかり通り
空事ばかりが華々しく
身も心も病にむしばまれる
無窮花への睦言
平和を究める
桜のやわらかい薄紅の
木と女の生命力を際立たせる
散華ではなく
無窮花のように
しぶとく咲き続ける
花の命たちのための九条

(初出・九条の会「詩人の輪」53号より)










蕾の味

舌にたくさんの蕾を育てる
カモミール とちおとめ ジャスミン
唐辛子 シークワーサー

生まれた地の舌の動き方だけではなく
たまに
舌先のペン
パスタの巻き舌
中華鍋のそり舌
明洞の酒店でにぎやかな激音
カチャーシーする琉球のシバ
イムジン江の南と
リムジン江の北と
舌が離れたり付いたり
河は一つで変わらず流れる

口いっぱいに蕾を育てる
水仙のように美しい毒を持ち
自分に酔いしれる
でも ちまちました毒にちがいない
自分の弱さから出た強毒に高ぶり
体じゅうに流された官製猛毒にやられて
違うルーツの人や
海を守る人や
患う人に
毒を投げつける
  毒は還って来て
じわじわ自分を衰えさせる

舌の蕾に地球の花々が集まる
虫も動物も土も病原体も集まる
口を閉じてしみじみ
地球の蕾の味を 枯葉の味をかみしめる
毒が生きる蜜になるまで言葉を待つ

(「交野が原」89号掲載)






声の噴水 私も


声の噴水が
私の胸に幾筋もの川を呼び寄せ
見知らぬ地図がひろがる

使い捨て容器のように潰され
いきなりシャットダウンされ
どんなに辛くても冷凍保存するばかり
ネットフリーマーケットで売られ
自分を責めて切り傷がふえる
子供ではなく
痛みばかりを孕まされる女たち
産むとあがめられて穴に突き落とされる
尖った兵器に犯され続ける女たち

あなたがあげた声
熱帯雨林のうっとりする
ざわめきのように
大きな羊たちのふくらむ言葉で
ブラックな社会に
命の洪水を浴びせたい
男の城の腐敗した柱に
ひらがなをつよくからませて
どこまでもふかく草の根でくずし
陽を舌に載せ
月を喉にのぼらせて
海の青い紙にハングルを書く

あなたの痛みにまだ届かないけれど
わたしの痛みを交響させたい
宙の果てまで放つ叫び
アジアの 沖縄の女たちの苦しみを
死臭がたちこめる大地にしぶとく出る芽にしたい
産んでも 産まなくても
いのちを守りやさしく生きようとするひと
崩れる北極の氷のような静かな怒りを
一粒の結晶にして私も言いたい

(「詩と思想」2020年8月号)










しろつめくさの伝言板


ウイルス感染予防で
人々が外出を控え
広告ポスターが減ったある駅に
なつかしい伝言板が手作りで復活した
深緑の黒板に白いチョークの伝言板
「駅員の皆様ありがとう」
「早くあそぼうね」
「もう少しで晴れますように」
緑の野原にしろつめくさの花が
たくさん咲いたよう
壊れやすいガラス製品を運ぶために
詰められた草
いのちも 暮らしも壊れやすい
広告だらけの時代
世界の底がひび割れる

しろつめくさの別名クローバー
四葉は幸運として有名
三葉の花言葉は復讐とも
約束とも言われる
何かに復讐されている
そして いのちの約束
人間にできること 
戦争を自粛すること
あらゆる人間の 地球の命を守る
平和への意志を守る

億年のウイルスの伝言
人間の知を超えるいのちの秘密
私もこの時代を生きる一細胞
しろつめくさの野原の
一本の茎となって
壊れやすいものを運ぶ

(「詩人会議」2020年8月号掲載)





その声


その声は
大理石をも割って出る芽
暴風雨でも飛び続ける翼
嵐の海を航海し続ける舟

押さえつけられた頭を上げ
ふさがれた口をあけ
閉じこめられた穴からでる

「息ができない」
「犯され続けた」
「殺すぞと言われ続けた」

「黒人の命と誇りは大切だ」
「韓国のハルモニの命と誇りは大切だ」
「在日コリアンの命と誇りは大切だ」
「沖縄の人々の命と誇りは大切だ」
「民主化を求める人々の命と誇りは大切だ」

凶器と狂気
兵器と性器
締め付ける仕組み
その人のせいではない

プラスチックのようになった私の心に
北極の氷のように崩れる私の知性に
どんより曇っていく空に
響く声

声をあげると
もっと打たれ
もっと唾をはかれ
もっと脅かされ
もっと頭を下げなければならない

そうじゃない
その声は光
その姿は生命
その拳は道標
その傷は思想
死にそうな世界が
そこから始める声の道







詩の感染対策


もともと閉じこもりがちですが
ちっぽけな「わがうちなる場」に居続け
上からのからっぽな大言壮語は眉にフェースシールドを付け
下からマスクをしながら意見をいい
よく洗った手を横に差し伸ばし
ななめから見て
いろいろな国籍の人々の声を聞き

気配りの欠けた遅い政策
火事場の利益をかっさらおうとする画策
そのなかみをよく見ましょう
弱者に冷たい社会の体温を測りましょう

医療のみなさんの身の危険と隣り合わせの献身
本質的な仕事にいそしまれている人々
仕事を失うたくさんの人々
新しい仕事を始められた人々
なつかしい映画館 コーヒー店の深い香り
流される牛の乳の気持ちになり
捨てられる花になり

億年からのウイルスに畏れを抱いて共に暮らし
一番こわい人間の感染症 差別と憎しみにかからないように
気付かぬうちに感染していたお上と利益だけを奉る病に
根本的な治癒対策をとるように
人間の小ささを 
澄んだ空のもとで思います





触れる手

私の手は
世界に触れている
森の静けさに触れている
海の心臓をさわっている
星の扉をさわっている
触れ方は優しかったのか

見知らぬ思考の洞窟のコウモリ
発熱する地球

私の指先は世界につながっていて
血管には生き物たちがひしめき
木や川や果実でできている

手を洗う
森を壊した手を
洗う
海を汚した手を
洗う
多くの生き物を殺した手を
洗う
今まで作り上げてきた日本が
あばきだされる
社会の醜さをあぶりだす
ウイルス
私の弱さを知らせる
ウイルス

洗う
生と死をこすり合わせ
はかない泡のなかの
生命をみつめる

(「いのちの籠」45号掲載)



冬の金魚


ちぢこまった言葉が
首をすくめて
人もいない日本の小道を行く

赤いハイヒールが片方だけ道の端に
金魚がもがいているような
この地を泳ぎ出したいのか
ヒールがむやみに高く
爪先はこの世を突き刺しそう
引きずられたのか
逃げ出したのか
脱ぎ捨てたのか
苦痛が詰まっていたのか
夢が詰まっていたのか

中国北京の大通り
ブランド街 ショッピングモールを
うらびれた日本人がさまよう
人民服はもはやまれでも
盧溝橋の傷はまだ熱い
戦車が若い足を轢き倒した天安門広場の
建国記念の赤い文字は
険しい山脈の図の上に風を孕む
きらめく星々は深い夜とともに
情報のテンソクがあるのか
スマホに見入る楊貴妃

敗戦時の女たちのような
日本のような
片方だけの置いてきぼりの
古びた赤いハイヒール

「交野ヶ原」88号




花の中の一粒の塩

花の中に置手紙のように一粒の塩
あの日の海の結晶
花弁は海のうねりの彼方に揺れる
結晶の物語はていねいに光が射すことを
待っている

蜜の甘さにまじる血のやけつく苦さが
どんなときも生々しくあるように
壊された家のまぼろしの結晶
木目は花のまなざしにそろう
閉じた目が貝となって砂の下におびただしく眠る

塩の結晶は家にむすばれる
爆風に吹き飛ばされた木の家 石の家の形に
花は海の中で揺れていた
海は花からあふれていた
魚は文字を体にためている
鳥は羽をひろげて未来の文を飛ぶ





となりの席
佐川亜紀

夜の地下鉄ホーム
金属製の椅子に少女がひとり
はぐれた小鳥みたいに
しきりに話しかける男
あまく やさしく さびしさを突く
すぐに 男はメカニックな目になり
言うことをきかない少女をなぐる
けとばす ひきずる 閉じ込める
誰も何も言わず 眠り込む

昼の美術館
少女はふたたび閉じ込められた
日本でふたたび殺された
日本でふたたび消された
「兵七〇人に一人」
となりに席のある彫刻
となりに座っているのはまだ暴力
となりに座っているのはまだ無関心
私と同じ目線で見て まっすぐ見て
あなたのことなの
あなたの口のことなの
あなたの耳のことなの
あなたの足のことなの
痛みのない土地を踏めない
素足が傷ついたまま浮かぶ
となりの席を
ますます冷え込ます日本




国本さんとおしゃべり人形


多磨全生園に
国本衛さんをたずねたことがある
国本さんは本名・李衛(イ ウイ)
在日韓国・朝鮮人ハンセン病患者同盟委員長
ハンセン病違憲国賠訴訟全国原告団協議会事務局長

国本さんは在日の患者本人が主宰の詩誌を立ち上げ
詩誌「灯泥」で「らい者」である前に
人間でなければならないと主張していた

二〇〇五年ごろ
和室でお会いした
国本さんは快活にふるまった
話の途中
部屋にあった小さなおしゃべり人形の
頭をなでて話しかけてみなさいと
しきりに勧めるのだ
おしゃべり人形をなでて話しかけると
片言を発する
片言を聴くと
国本さんは満足げで 孫が話し始めたように
自慢げに にっこりするのだ

国本さんはいつもおしゃべり人形の頭を
なでて可愛がっているようだった
おしゃべり人形を何回もなでることに
私に一抹のためらいがなかったわけではない
国本さんの人間としての青空のような主張
部屋に迎え入れてくれた温かい微笑を
ある痛みを持たずには思い返せない

ハンセン病患者が断ち切られた
たくさんの子供たち 胎児たち



※元「詩と思想」編集長だった故・森田進さんの特筆
すべき業績にハンセン病詩人、特に、在日朝鮮人ハンセン
病詩人を発掘評価したことが挙げられる。

新・日本現代詩文庫『森田進詩集』の解説にも書かせて
頂いたが、詩論集『詩とハンセン病』は忘れてはならな
い著書だ。「魂の癒しという最大の主題」としてハンセン
病詩人の詩全体に深い感動を抱いていた。
詩「瀬戸内海通信」の一節は次のようだ。

解放直前、発病したようです。疲労と栄養失調のせい
です。そのまま、戦後のどさくさの大阪で、でも結局説
得されて、ここに送りこまれたのです。日本人から厭が
られましたよ。
(略)
在日外国人ハンセン氏病患者のほとんどは朝鮮人です
よ。私らは、ショウワ四拾年の日韓基本条約の締結の時
に、はっきりと捨てられたのです。

「ショウワ四十年の日韓基本条約の締結の時に、はっき
りと捨てられたのです」とは、現在の日韓条約の見直しに
関わる言葉だ。日韓条約では、日本軍「慰安婦」、朝鮮人
被爆者、朝鮮人ハンセン病患者などの被害者の救済と補償
は無視された。

私は森田進さんと『在日コリアン詩選集』を共編出版し
た。当時、故・加藤周一さんが朝日新聞で大きく取り上げ
て下さったのはありがたかった。刊行後も収められなかっ
た在日詩人を各方面の方々から教えて頂き、その一人が多
磨全生園の国本衛さんだった。『ハンセン病文学全集』を
刊行された皓星社の藤巻修一さんのご紹介だったと思う。

私が訪ねた二〇〇五年は、園の状態はかなり改善されてい
たとはいえ、隔離政策の酷薄さは、国本さんはじめ元患者
の自伝などを読めば想像を絶するものだ。反抗や逃亡を繰
り返すと「重監房」に入れられ、凍死、獄死もあった。断
種手術、堕胎も行われていた。根底には、今日に通じる優
生思想があり、「治療」ではなく「抹殺」しようとする政策だ。

二〇一九年にやっと日本政府は隔離政策を謝罪し補償す
る意向を示したが、どこまで実施されるか明らかでない。
一九六五年の「日韓条約」が切り落した被害者について
あらためてよく考えたい。






りんごなし


ふたつの実がいっしょになって
新しい味になる
りんごが舟に乗って舌の上を流れてゆく
たくさんの種が舟に乗っている
なしがあるようなないような
みずみずしいおなかを出す
地球のおなかをみせる


中国朝鮮族延辺の特産品 サガペ
りんごあり なしあり
二つのちょっと違う果実が一緒になって
はじめてのおいしさに
延辺で生きるためのおいしさ
朝鮮から中国に渡って来た時代のすっぱさ
涙が美味さになるまでの長い道のり

詩人の生家を模した家の庭で
朝鮮族作家の子孫が差し出すサガペ
口に満ちる交響の味


※中国朝鮮族自治州・延辺の特産品のサガペ
りんごと梨を掛け合わせたおもしろい果実。
「梨」の朝鮮語「ペ」のつづりは、「腹」と「舟」のつづりと同じです。
延辺アカデミーの石華先生の詩にも「延辺サガペ」があります。







詩人の井戸

水は地深く湧き 
水は人を探す
井戸は地の血管を通り 人々の命をうるおす

井戸が自分の心を映す鏡になったとき
詩人は村を離れて
二人の自分にならなければならなかった
憎い自分と
いとおしい自分と

よその国でも
村の清らかな水を汲み出す
井戸を持ち続けた詩人
私たちはいま その深さを知る
かれたような井戸でも
龍の水流が底にうねっている
奥はますます深く
私たちには計り知れない
水の香りがたちのぼる





緑の女たち

り」の形につま先立ちして光を捜す
「み」の形に腕をからませる緑の女たち
荒らされた土地も
今は無人の朽ちた店舗を抱き締めるように
むさぼるように野太い腕がからみあう
牛の骨も
人の骨も
街の骨も混ざり合う
赤ん坊の頭部も葉の唇に溶かした
すでに廃墟になっている私にも
つやつやした緑のへびを
頭に巻いた女がやってきて
大切なことを話さなかった口に
とてもひんやりした海の体を寄せる

緑は地球の始まりの音を響かせる
「ど」開いた宇宙の口から混沌の濁音があふれる
この土地の人の声も響かせる
湿った土地のからみつく感情を
一瞬で街が蒸発させられても
湿った感情が循環するのを
沖縄のミドゥリ(新芽)を
踏み潰しつづける感情を
緑は細胞に縫い付ける
まがまがしい文様が
細くたしかな糸によって
つづられる

※「交野が原」87号掲載






木霊(メアリ)


帰ってこない木霊を捜します
枝に吊るされた木霊
魚にくわれた木霊
線路になった木霊
山の名が消えた木霊

メアリ
まだ応えられない
まだ響かない

天使の舌が木を読んでいます
アリの目が地を描いています

メアリは朝鮮のブランコに乗った
金色の髪の少女 黒色の髪の少女
長い長い紐のブランコは遠く遠く
空を飛ぶ  谷に落ちる 
撒きちらされた鳳仙花の花びら
朝鮮の少女はこぐ こぐ 
山を越えるまで 

木霊は壁に響くことで生まれます
霊魂も人間の肉体の壁に
はげしく やさしく
くりかえしうち当たって
やっと連続します

ばらばらにされる木霊
木から霊を抜いて
山から喉を取って 声をなくした人間
死を呑み込んだ海草が
始原の木霊を揺らしています

*メアリ…朝鮮語で木霊の意味

※「詩と思想」2019年8月号掲載。




伽耶琴(カヤグム)

十二人の絹の女たちは
わき上がる旋律で
宇宙の絃をふるわせる
十二の絃は身をしならせて舞う
宮廷の正楽 民の散調
伽耶という美しい名
銀の雨が地を打ち
十二の川が果てしなく伸びる
風が裳裾の光をひろげる 
赤い雪が降る
陽は灰色の雲に覆われ
雲は褐色に染まり続ける
弦が裂かれて血があふれた時代
まだ裂かれ続けるいま

炭鉱に埋められた叫び
海に沈められた愛する者
線路になった望郷
引きちぎられた無窮花のめしべ

噴水のように
一本の青桐の美しさにたかまり
虹のように
きらめく五色の音に分かれ
地の底の音を跳ねらせ
空に散らし
女たちの旋律が時を駆けてゆく
私の身の絃をはじき
隠された闇を鳴りださせ
夜の瞳を開く


(※「詩人会議」2019年8月号)







うつけもの


うつけもののうわがき
うつけものこがねにうつつをぬかす間に
大罠にはまりそうに
つわもののたくらみに
ちゅら海を差し出してどうする
うつけものめ

御用 御用
監視カメラにほうけた顔が撮り放題
うつろに御代の幻を呑み込むなど
うといこと

ぶんぶんふりまわすつぶやきに
やきもき
あおくなってひやひや
いまさらながら大きな足にふまれていたと
気付いても
自分の足はどこへやら
つわものの目論見に振り回されずに
アジアの民のうきよのうきを
うなずき 憂さはらう
ウッタ ウッタ 笑み多い世に

(ウッタ…韓国語で「笑う」)







廃れてゆく街にも鳥が来て


こんなに廃れてゆく街にも
見知らぬ鳥が来て
聞いたことのないリフレインを歌っている
なつかしい高さを告げている

あの声は地球の始まりのちりをついばみ
厳しい国の境の川水を飲み
泥だらけの頬を羽でふき
振り切れた線量計の先の音を聞き
みずみずしい虫をすっかり呑み込み
果てしなく深い森に隠れるのだ

捨てられたくしゃくしゃの紙袋にも
わずかにたまる雨滴
押し込められた記憶を引き出す歌

消えた心にもやさしい歌はやってきて
心に陽光を注ぐ

あの鳥も追いかけているのかもしれない
鳥の一生でたった一度の歌声を
何億羽の鳥の声を集めた
たったひとつの歌声を











凪の外

凪ではないのに 風を止められている
風に気付かないふり
海が傷ついた声帯から叫んでいる

声と声を合わせるのが和みなら
声をつぶしているのはだれ
地球をなでさする手のひらを砕く
魚が行き交う海の村を壊す

凪をよそおう和の外で
心臓まで押しつぶされたおびただしい魚が
空に無数のガラスの破片となって舞い上がる
風のように歴史のページはめくれない

基地のない海の凪が来るまで
言葉は語り止まない







夜の滴


夜をレモンのように絞って
まだすっぱい人の味がするのか
うすく切った胴体
不透明になる金貨
ステンドグラスが車輪に
白いふわふわの内皮はうそっぽい肉
誰かに握りつぶされる
魂とか
キュウと果物も鳴かなくなった
苦さを揺らしている
甘さに虫がびっしり
傷ついた笑い
折れ曲がったため息
なぶる風
握りつぶしている心地よさ
頭の中の豆腐が
こなごなに飛び散るまで
人を殴り続けるのか
知らんぷりで通り過ぎるのか
底も見えない
一滴がひたすら落ちる
あっというまに生きる場所が
なくなって
落ちる音さえ聞こえない
   血色のティータイムに
詩の一滴
ちがう味の覚醒
熱帯雨林の枯れ果てた枝々が
地球をしめつける夜
地球から絞られる一滴が
行き場のない火薬のように
宇宙のティーカップにまたたく


(「交野が原」(大阪府交野市・金堀則夫さんの個人誌)86号)








春の脱皮


古い殻の中でかつての華やいだ夢に浸っていたい
芽の香りをかぐのがこわい
自分を映す水の流れに出会いたくない

皮を脱ぐとき 死ととなりあう
光は氷になり
流れは逆に向く
羽を持つための
新しい体になるための

春の半島で羽化が始まる
私たちに脱皮を促す風が吹いている



※韓国の文在寅政権下で主張されている徴用工問題や
慰安婦問題について日本では無視しろという意見が多い
ですが、ほんとうにそうでしょうか?

1965年の日韓条約で個人賠償請求権が消滅したのかは
議論があります。日本による「韓国併合」が「不法」だったのか
当時、明確にされなかったのです。
朴独裁政権下で、開発に「援助金」が使われてしまい、
韓国国民に植民地支配で与えた被害に対しての「賠償」が
ほとんどなされなかったのです。

しかも、1965年ごろは、日本は朝鮮戦争特需で経済復興し、
韓国は朝鮮戦争で疲れ切っていた、という事情がありました。
経済格差により日本が圧倒的に有利だったのです。

日本が敗戦時に考えなければならなかったことが現在
噴き出しているのは、北方領土問題も同じです。
日本の右派はサンフランシスコ体制の打破を言っていますが、
むしろ、敗戦時の状況がむき出しになったのです。

そこで、日本では、本当に外国人を受け入れて多民族国家として
新しい国家の展望を持てるか、問われています。
「大日本帝国」に帰るのは経済的に無理です。
国防費を増強すると、社会保障費は大幅に減ります。
中・朝・露に対抗する軍事力は持てません。
本当の「平和国家」になるしかないでしょう。
日本が新しい国家に脱皮する機会と前向きに考えたいものです。









地下水が花になるとき


地下水に溶けている
杏の唇 月の冷たい足
溶けた舟 風の腹
地の涙が滴り続け

異郷に連れて行かれた茎の脚を通って
花が噴水のように咲く時
私たちはあびる
花の言葉を 受け取れないほどの
渦巻いた花の言葉を

私の軽さのような
重さのような

滴り続けていたことに
気付いてもいなかった

花を受ける花の手に
その厚みに
その柔らかさのほうに







南風


南風にほっぺたをぶたれた
海の大きな手で
島の深い手で
生まれたての貝の手で
血みどろの手で
骨をつぶされた手で
切り刻まれた手で
ガジュマルの木の手で
ジュゴンのひれの手で
女神・琉球弁財天の六本の手で
目を覚ませ


南風にほっぺたをなでられた
いっしょに生きるのか
生きる気があるのか
細胞の果実畑を吹きわたる
マンゴーのように
生きるおいしさが
たっぷり染みわたる
オナリ神が航海のお守りとして持たせた
花織のティサージ(手ぬぐい)の
ように思いのこもった風

南風は
人々の熱い息だ
海の怒りだ
そのやさしさの中の
きびしい問い
地球の体温が吹く
底知れない死の冷たさとともに


(「詩人会議」2019年1月号掲載)






キュル


光のしずくが一粒ずつ
ぎゅうぎゅうに
陽の欠片がひとひらずつ
きゅうきゅうに
血のふくろが一人ずつ
ぎゅっぎゅっと

果実を受け取る手は
いつも温められる
重さを静かに伝える
オレンジの雪球

柔らかいお尻をもこもこ
ぎゅうぎゅう
くっつけて
その間を
すっと小さな風が通り抜ける

キュルキュル
声がさざめく

ひとつぶずつの血の重みを
伝え続ける



キュル=韓国語で「みかん」








私も


私のこわされた舟は
心と体の中をぐるぐる回るばかりだった
彼の手は額を圧し
彼の目は私の身を裁断した
彼の口は私の心を消した
私はひとりぼっちだった
ひとりで壊れた舟の中に隠れた

あなたがはっきりした声で言った
私も
私も そうよ
傷ついた舟たちが
大海原に集まった
巻き上がる波花も花冠のよう

でも
私も
あの人を傷つけたの
あの人の土地を奪い
日本語を無理やりしゃべらせたの
あの人を何度も突かせてぼろきれのように
棄てさせたの
あの人を被爆させて放り出したの

私の痛みを感じることはペンのように大切
あなたの痛みは受取れないほど重い
あなたの痛みに近づくことはまだできない
私の痛みに近づくことはまだできない
でも
私も
私も 命の舟をこぎ出したい






暗香

闇の中にかすかに漂う
遅すぎる開花に気づかず
悔いのように赤らむ
裸体の宇宙のように匂う

火の記憶がよみがえる紅の花弁
柔かいうす緑の細道
ほのかな指先が探り合う
別れた手が鳥になって集う

裂かれた土地の切り口から
新芽の
香りが動く

私は香りを創れなかった
むごい地に花を咲き広げるような
雨上がりの野に広がる
草の息吹き
果実
排泄物
反吐
血潮
米の炊けた匂い
砂ぼこりの匂い
私の熟れないまま枯れる実の
香りを混ぜ合わせて
闇の中に放つ

次の生を暗示する香りに
研がれる
目も無い罪人が
ただ一草の苦さとなるように

(「交野が原」85号掲載)








アジアの森の一本の木


灰に遺された愛の胚

かつて戦争に敗け
神話ではなく
一人一人の人間によって
新しい物語がつづられるはずだった
はずだった

ピントはずれの
日本の自撮り
大きすぎたり 犬すぎたり
アジアの人々を映しもせず
村を焼いたり 女性を犯したり
土地を奪ったり 兵士にしたり
沖縄の人々を死に追い込んだり
記録も記憶も残さない
ヒバクシャの声も消す
自分の姿を見られない者は
まやかしに喰われていくだけ

私たちは新しい年輪の芯を創れたのか
民草も 森も枯れそうだが
星条旗の星雲がおおう弓矢ではなく
一人一人が 国を超えて
アジアの森の一本の木になる
小さな手を広げ
あちこちから吹いて来た風や光を抱き締める
天に向かいながらどの木も天に届くことはなく
自分の幹を形作るだけ
響き合う呼気が森を蘇らせる夢

朝の半島から同じ言語を
語り合う雨後の橋がきらめいた
日本の年輪は朽ちた車輪に戻るのか
世界の輪に向かうのか
語り合う言の葉を繁らせなければ


「神奈川大学評論」90号掲載。2018、9月UP)








鳥の影


     空の檻 影を奪う網 金の罠
多色の羽に守られて命は飛ぶ
はじまりの海をわたる

飛ぶに憧れ
盗るに憑かれた
日本の百五十年
上辺だけの物語は墜落する
光の卵が割れて一瞬で樹の心臓まで蒸発させた

土地と言語と名と命を盗った記憶を
消す言葉 歪ませる言葉が擬餌として撒かれる
航路に埋まっている数知れぬ骨
どうして人が文字を持てたのか
どうして文字の歴史を作ったのか
足の骨に 手の骨で書く
こなごなになった恥骨から血が滴り止まない
血は女たちの声の雷雨となる
鳥は自分の影を連れて飛ぶ

今は 思想の羽をなくし
下に下を思わせるプログラム

チカップが吹雪の空に舞う
ウミドゥヤーが基地の刃の風に向かう
オスプレイが東京を笑いながら横切る
セロウン セが遅すぎた春を告げようとする
地の傷から光の二葉が伸びツツジ畑に広がろうとする
未知の新しい鳥が私の闇を突っつく
古びた鶏冠を載せる日本に首をかしげる

*チカップ=アイヌ語で「鳥」。ウミドゥヤー=沖縄語で「海鳥」。
セロウン セ=朝鮮語で「新しい鳥」の意味。


(在日総合誌「抗路」5号(2018年7月25日刊)掲載)






花群れ


消されても
胸の底に持っている小さな欠片
(父の体に食い込んだ窓の破片)
曲げられても
墓の名前の横線は水平線に連なる
(伯父の軍事郵便はがき)
刃がひしめく冷たい波に流されても
残っている貝殻
(連れてこられて狂い死んだ娘)
大国の欲望が渦巻いても
川岸と川岸は会いたい
(同族が争った旧日本名の地)

問われる
なぜ
あなたの国はヒバクシャの願いを
無視するのか
なぜ
あなたの国は隣国との不仲を
望むのか
なぜ
あなたの国は女性を産む機械にして
人を戦死させようとするのか

応えたい
熱風が遅すぎる春の風になる
焼けただれた地に泉が湧きだす
荒れた海に凪がくる
にらみ合った場所に橋がかかる
北と南のたくさんの魂たちが
花群れのように抱き合う夢に


(「詩人会議」2018年8月号掲載)








代わりとなって裂かれた地で


代わりとなって裂かれた地で
晩い春の日差しが握り合う手に注いでいる
ばらばらになった光が
若葉となって
焼かれた幹に集まる

山が木霊する
川が木霊する
祈りが木霊する
柔かい日差しが続くように
傷口は新しい時の胎動になろうとする

日本の私の手は凍ったまま
かたくとがって
古びた敬礼を繰返す
かたくなな手は貧しい

歴史の窪地をていねいに低く流れて
川と川が出会って
遠い海を目差しように
手づくりの豊かな思いを持たなければ






素足の川

素足に川が流れて
おまえは三つの流れなのだから
いわし雲を映して
記憶の家を運んで
水車を回して
花車から一輪ずつ投げ捨て

二本足のものは罰を受けよ
川に鎖のようにつながれて
三本足で感じなさい
一本腕でつかみなさい

ねじれた足元にわらわら
きのこが生えてきて
ばらばら焼けた雲が降って来る
人と魚を大量に焼くと同じ臭いだと

素のものも 源も見失いながら
急速に闇に向かってあふれてゆく

足が地球に書いた文は果てしない支流
大事に運んでいるのは何なのか

溶けた小さな足が空を蹴っている

川はいつも素足で駆けてゆく
川は文字を生む
長い長い大腿が地平に開かれて
奇妙なものが陽と月と交信する


※「交野が原」84号(2018年4月1日)掲載。
大阪府交野市の金堀則夫さんの詩誌で、お世話になっています。

今号には、柴田三吉さんが、拙詩集『さんざめく種』の書評を執筆して
下さいました。「ディストピア的世界にいのちの種を播く」という題で、
「東日本大震災以降、この国では近未来社会を描く「ディストピア小説」が
盛んに書かれている」、「本詩集は現在の世界こそディストピア的状況なのだと
指摘する」と捉え、そうした状況の中で
「生命の内側から弾けるエネルギーへの信頼。
まさに私たちは生の宴の場を取り戻さなければならない」
と受け止めて頂きました。

忘れそうになっていますが、東日本大震災および原発事故は、
私たち日本に暮らす者たちに底深い絶望と焦りを与えたと感じます。
ディストピアを書くのは、ほんとうのユートピアを考えたいからです。
表面的に削って、つくろって、飾るのではなく、生の深い意味を
求めて行きたいと思います。









つららの耳たぶ


耳たぶに火がついたまま
もうひとつの心臓に
にぶい煙がこもったまま
ひとつの耳と
ふたつの心臓で生きて
ずれる時刻
耳たぶを甘噛みする秋も
八つ裂きにする夏も

世界のやさしい音を聞くために
耳はやわらかく広がった
世界の凍った声が
井戸に刺さる千の竹のように
千の氷柱が押し込まれる

自分の中から
水の声が湧き上がる
紋になり 鈴になり 波になって
燃やされて焼けた灰になって
求める水 

自分の中から
凍っていく音
垂れ下がる声のつらら

風がぜんぶ火になって
また耳が溶けてゆく

(「風化」掲載予定)





36度の言葉


36度の言葉を捜す
0度や100度の記号が飛び交うなかで
数字が乱舞するなかで
温かい水どうしが会う
ぬるい川が出会う
ほんわかした海を重ねる
38度の猫をなでる
木の体温を両腕で計る

スノーボールアースになったこともあるという地球
神の雪球遊びか
神の白い怒りか
内部の炎で
再び海を生んだ地球
人間が引いた氷の線を
36度の言葉で温めたい




通訳者

朝鮮半島の軍事境界線近くの
韓国臨津閣平和公園で
凧あげする
たくさんの親子

凧は地上の手に握られながら
天の高みをめざす
未知の言葉をさがすように

日本で朝鮮半島の危機がふくらまされて
かつて風船爆弾を作ったころの
けなげな愚かしさになだれこむ時

韓中日詩人祭の通訳をしてくれた李さん
三カ月前まで
軍事訓練についていたという
「北とにらめっこをしていました」
韓国語が通じるのに
会話が一番むずかしいとは
近代に日本語が押しつぶした韓国語
日本大使館前の慰安婦「少女像」を守る
若者たちの意見も彼が伝えてくれた

詩人は通訳者
言語が通じなくても共通語を求める
地と天をつなぐ宇宙の会話
未来の声 過去の木霊
樹のうた 川のいのり
破壊された街のうめき 
無人の村の風音
最も伝えたいことを
心から心へ
世界の軍事用語を越えて


※「詩人会議」2017年12月号掲載。
2017年9月の平昌韓中日詩人祭に参加した時の詩です。


女性新聞 2017年11月15日
シンヒョンリム

午後4時のりんご畑に風が吹いた。りんごがそっと揺れながら
奇妙な光を発していた。
りんごは赤く呼吸する心臓のように見えた。
これでようやく息をし、これでこそ、私たちは誰かにもうちょっと触れ、
もうちょっと一緒に泣くことができる。
そのようにりんごを見たら心臓の中の深い水音が聞こえた。
その水音は良心の声だった。
りんご人にもなれず、と詠んだ佐川さんの詩は本当におおくを感じる。
自分の民族が犯した過ちを過ちとして恥じる日本の詩人の詩は
韓国人に大きな慰めになる。
事実の認定から怒りは愛に変わる。人を人にする羞恥は
真実に向かって道を開く。
恥じ入るすべを知り、私たちは霊魂を得る。
創始改名を恥じた詩人・尹東柱の懺悔録と同じほどではないか。
佐川さんあの「りんご人」は静かな感動を呼ぶ。
魂の淡水が流れる彼女の詩を読みながら、りんご畑を眺めながら
私はゆっくり息をした。
(詩人・写真作家。訳は佐川亜紀)
※シンヒョンリムさんは、光州のアジア文学祭でご一緒した詩人で
写真家です。風景の中にりんごを置いた独特の世界を映しています。


わたしの詩「りんご人」は韓国の方から共感を頂いています。
『現代文学』2017年9・10月号でも高ヒョンヨルさんの
ご厚意で掲載して下さいました。








霧を開く

鋭く光った命
無等山の霧になって再び還って来る

「無等は等しいという観念も無いことだ」
と高銀詩人は語った

宇宙に帰り また無等山に帰った水の命
人々を守った神の山の形になり
人が闘い 苦しみ 喜んだ果てに
等しさもない等しさの
山も無い山の
果ての命の在り方が
霧になって山にかかっている
無数の微小な水の群れとして
日本の歴史のベールを開く


*この詩の一部は、2017アジア文学祭の記念に
記帳しました。無等山は韓国光州市の有名な山。




痛む光


夜のビルは眠らない
ヒョウより飢えた無数の目が
都会のジャングルで命をむさぼる
ライトにとりつかれた人々
きらびやかな光が好きで
そのために若い命を涸らしても
次々に誘いとだましの目を向ける
私もするっとずるずるした尾につらなる
すわ一大事とずるいアラームに操られる

このイルミネーションは
あの光の爆発と関係ないのか
この終電車で眠り込む茶髪の頭
あの焼けた真っ黒の頭部
このスマホを見続ける柔らかい頬
あの皮がむかれた桃の顔
一瞬で光の渦に呑み込まれた二つの街
えぐられた腹のまま
化学反応実験として記録された人々
記録もされなかった人々
朝鮮・中国の被爆者
朝鮮人被爆者は
広島で五万人 うち二万人死亡
長崎で二万人 うち一万人死亡と言われる
帰国しても日本に癒されない傷はさらに痛んだ
不気味な光の持ち合いで
ますます闇に押し込まれる傷ついた人々

闇の底の声を地に耳をつけて聞く
地に刻まれた爆音と叫び声
深海の魚たちもうめきだす
明日の自分のうめき
闇の中を通って光が命の形になる

(「詩人会議」2017年11月号掲載)








2017年10月の詩

ラッピング・ライフ



包装紙こそ現代の生活
流行のカタカナ言葉をまとい
とりかえひっかえ
最先端のこれでもかの美の押し売りに則り
微妙に紙の厚みも変えて
どんどん軽くして
ついには映像マッピングだけ
紙もいらない
言葉もいらない
ニーズを知り
ニーズを作り出す
中身なんて知らない
知ろうともしない
ふんいきというラッピング
中身がものすごく恐ろしい未来でも
あとで死ぬほど苦しんでも
ラッピングに押しつぶされても
点滅するマッピングだけになっても
もう中身はもぬけのから
ラッピングだけが命
マッピングだけがマイライフ





2017年9月の詩

海の喉



海の喉にコンクリートブロックが投げ込まれ
珊瑚の聖堂 海藻の森 貝の星雲が破壊され
明日が窒息する
一人一人の戦争の死者の名を刻んだ石碑は
穏やかな瞳の海に見つめられ続けたいのに
喉に遺る夢の声がかき消される
ブロックはヤマトが吐き続けた言葉が固まったもの
自分への反吐と飽くなき唾液が
ゆるんだ唇から垂れて胸元へ 
浜辺のつややかな太腿へ
白い珊瑚をなめる
コンビニ袋に似た操作される胃袋
むりやり押し込まれる苦痛と快楽
お互いが喉をしめるところまで来たよ
朝鮮半島の切り裂かれた傷を深め
影を大きくして見せ
沖縄の島々を基地でおおう
危機を作る軍事ビジネス
大国のほくそえみ
メルトダウンした原発の毒が海に注ぎ止まない
コンクリートの中に戦争の精子がうごめく
行き先違いの憎悪の卵子と結合する
おいしい土地 おいしい海を 
我がものとし 食い尽くし 
そこに住む人々を見もしない
戦闘機の空で押さえつけられた心を感じもしない
皮をはぎ 肉をむさぼり 骨をさらす 
幻の神のために殺し合いをさせる
悪夢の利益システムは続いている
日本中が廃屋と廃墟に満ちているのに
鳥の胸をつぶす 木を狂わす
魚の兆のうろこは死体の人波を刻む
ヒヌカン
カムイ
ハナニム
を殺し 日本語が口を封じた記憶
耳を切って 
唱和させた息もできない神の物語

海は多神のゆりかご
幻の水平線を追う精神の豊かな海原
喉は産道になり
声の赤子 言葉の赤子の足が空を掻く
尾が頭に 頭が尾になる
音符の魚が銀色に輪舞するアジアの海を求めて
 

・ハナニム 朝鮮語で神様のこと。プロテスタントの神を表し、
抗日運動の中心の一つとなった。


※「あすら」49号掲載






こんな人たち・あっちの方


「こんな人たち」は黙らせなければ
「こんな人たち」はこらしめなければ
「こんな人たち」は取り締まらなければ

「あっちの方」で原発事故が起ったのでよかった
「あっちの方」で基地が増設させるからよかった
「あっちの方」で戦争が起ってよかった

代名詞で表される人たちはだれ
「こんな人たち」は「私たち」
「こんな人たち」には一人一人名前があり
ひとつひとつの意見がある
「あっちの方」は「ここ」
あっちにもそっちにもこっちにも暮らしがある
ごはんの香り 桃畑 漁網 祭りのおはやし

ここのわたしがいまを作る







紫陽花


花群れの中に
水の夢が集まって踊る分子
韓国語で水菊 水国と同じハングル
やわらかい花の縁
ゆるやかな集まり

粉々に砕かれた窓ガラス
悲しみを結晶させた
無数の紫陽花が咲き続ける
コカ・コーラのビンも
日本の酒瓶も
尖った破片のまま
地に混じって
風を切り裂く
空が殴られて
あざだけになり
いくつもの太陽に割られる

大河のほとりに住み着いて
他の星に水を発見すると喜ぶのに
海のために争い
川のために競い
国のために敵を作り
脳髄が脱水し
水が無数の槍のように降り
枯れて地割れが深く心に食い込む

陽が紫になるまで
一瞬の間 水をためる体
水も痛み さざなみで笑う
裂かれた水が痛むのは
宇宙の花の意味があるから


(「詩人会議」2017年8月号)








戦争のレシピ


(材料)
大国の軍需産業 余っている在庫の武器
石油の出る国 おいしい土地 おいしい海
首都や金持ちから離れた「あそこ」や「島」
貧しい人々 移民の人々 異教徒の人々
多くの命 多くの動物 多くの樹々 
わたしとあなた

(作り方)
1、財政破綻、景気悪化などの下ごしらえをします。
2、うまみを引き出せそうな「危機」を見つけ、「ヤツは敵だ」宣伝をまぶしましょう。
3、大国の核保有などは見ないようにし、小国の小さな脅威を大きく言いましょう。
4、支配者の正しさを何度も何度もすりこみ、反対者や異論を切り落しましょう。
5、さらにすすんで支配者におもねる人々を優遇し、軍事政策を加熱させましょう。
6、この際、国を思いっきり軍国化し、言論統制し、総力戦体制を作り上げましょう。
7、大国の言われるがままにどんどん武器を購入しましょう。
8、核兵器もどさくさにまぎれて作りたいところです。
9、日本から「兵士」を世界の戦争の泥沼に送りこみ、
万一の場合は英霊として称えましょう。
10、支配者に異を唱えるものはすぐ黙らせ逮捕する法を作り、独裁を強めましょう。
11、人々がお互いに監視し、殺し合い、それが称賛される文化を作りましょう。
12、「守る」だけです。「守る」ために「攻撃」スパイスを加えましょう。
13、さあ、あとすこしで、戦争が出来上がります。







六月の赤い雨


ふたたび兎を切り裂くような
ふたたび川をかみ切るような
ふたたび橋を砕き落とすような
自分がそんな存在であることに
気づかないで
浮かれたように
ゲームのように
暮らしを振り回す「国」によって
心のすみずみまで罠が張り巡らされた
空が割れ
時が溶け出した蜜を
どうにかして
舌で受けようとしている私
六七年前の朝鮮戦争が始まった
六月の赤い雨を
金の雨に変え
経済成長にひた走り
いま金のひでりにあえぐ
おぞましい日本
朝鮮半島を侵略支配した足跡を
隠したい日本
人々の記憶をねじ曲げる
沖縄の鉄の雨を
くり返し基地に貯めて土を荒らす

そこにも私と同じような顔の人が
迫る闇の厚い手に身を細くして
心配そうに鍋をのぞき
子供たちを抱きしめる

六月の雨は稲と人々への慈雨であるように
ふたたび赤い雨にならないように
梅の実のように交わす言葉が熟して行くように









虹のむくろ  


七色の雪が降ってくる
七千の言語の祈りの結晶
虹のむくろが降ってくる
飛び散った肉片のように

ちりを芯に二つとない形で結晶する雪
みずを源に二つとない身で生きた肉体
虹の腹が切れてうごめいている
切り裂いた人間の金色の爪は
どんな兵器より鋭い
腹の中の言葉をぶちまけて
こころよいと思う浅い空
生臭くなる画面
追い詰められてここしか見えない
上には向かず 下に向く濁流

うねりかえす人の波
うったえるたくさんの言語の息
うみだす海の想いをなくさず
うつろなうつつをうつ
うみづきのような
地球のまるみ
鼓動のような足音

うつくしいものを疑いなさい
もっとうつくしいものを望みなさい
それが 雪を降らせる
言葉の雪を降らせる
虹の色は無限

人間の冷たさが感染していく
むくろが満ちる世界に




はらはら野原


鯨の飛行船が浮び
子供たちが輪になって見上げる
綿毛のクローンが飛び交う

ぽぽん 未知の種をまく
ぴぴん 岬が耳をたてる
ぷぷん 春がおならをして
ぺぺん 草にひっぱたかれ
ぱぱん よろずの花が咲く

ぼあ 爆風があがり
びりびり 心をやぶり
ぶんぶん 首を振り回し
べえー 舌を出す
ばんばん 撃たないで

いつのまにか
ののののののののののののの
野原に鉄条網の壁ができる
こっちの あっちの
あっちのも こっちの
野原が分断され
子供たちも別れさせられる

春の野原 夏の焼け野原
はらはら野原






魔女の舌


つぶした心臓が九一個
枯らした葉っぱが九一枚
偽物ダイヤが九一個
貴族の剣が九一本
ゲームをしかけているのは
だれ?
ルールがひんまがっている
とっくにゲームオーバーしているけれど
ゲームを続けたい
もっとつぶしたハートで
ゴールドがほしい
海を賭けて
アマゾンを賭けて
島を賭けて
どのカードもキングになりたがって
キングはそろって捨てられるのに
プリンセスは国から出て行ったの?
プリンセスはゲームの生け贄なの?
しもじもは顔を持たず数字になるだけ
ゲームの酒に酔い
悪夢に頭を乗っ取られ
ルーレットに投げ入れられる千切れた手足
社会のゲロを吐きたいが
金のトイレに頭を突っ込んで死ぬだけ
魔女の切札 ババのカード
あっちの国 こっちの山に捨てられ
いやがられて移っても
ゲームで残るのは魔女だけ
ゲームに笑われ 毒舌の舌を出すババ
ほうきで空を掃きながら
馬のように 鳥のように
タワーの上を飛んで
桃色の慈雨を降らしたい
もうちょっとで昇天しそうな地球に








まなざし

はるか遠くから
あたたかみをおびて
生き物の全身を照らす
まなざし
どんな姿だろうと
雌雄が入れ替わる魚でも
飛べなくて危険な火食い鳥でも
それが確かな姿だと照らす

すぐ近くで
いつまでも待っている静かな門灯
とがった悲しみを見る複眼
押し込められた怒りをあらわにする光線
サービスに洗脳された人間を笑い
あまりにむごい戦場の実態に目をやり
爆撃された子供の閉じたまぶたの上をさまよう

真ん中を
知りたいということ
歴史の芯をえぐりだす
隠された人間の悪も 死者の魅力も

わたしは虚ろで何者でもない
根は断たれ
生は切り刻まれている
だが
愛にむかうまなざしを
ひとりから ひとりへむかう
死から 生へむかう
虚ろそのものを温めるまなざしを
抱きしめられる腕のように
なつかしいほほえみのように感じたい
ひとつのゆがみをなでるように
かけがえのないものに注ぎたい


(「詩人会議」2016年11月号掲載)









  時代の棘に刺されて
わたしの姿はすっかり変わり
もとより棘を秘かに育てたのは自分だが
自分が棘そのものとなって
陽をあおぐ枝はかたくなになり
腫れた皮膚が刃に変形し
やわらかく
さまざまな流れと交わるもの
うまれようとするもの
明日の細胞分裂のように
ふくざつにひろげられていくものを
ねたむように
にぎりつぶすような
暗い目つきになって
耳は離れてしおれる葉のように
さびしさや
くやしさは
肉なのだ
まだ肉があるあかしなのか
ひときれの肉になって
ひくひく動いている
棘にうまく射止められ
わざわざえらい獲物になりたくて
野原をこわしたのか
ビニールの花冠をのせたくて
根をむしったのか
ざらざらした荒野の風だけが
変らず吹いて
黄金の棘の束が表皮を腐らせ
棘の空洞の中は
焦げた村と町の臭いがする

(「交野が原」81号掲載)








聖なる泥/聖なる火


聖なる火を持って走る
人類支配の始まりの火を
クローン子供が
ロボット選手が
人間をとっくに追い越して
利権ドーピングの競技場を
走る
汚染水のなかを泳ぐ
汚染空気のなかを飛ぶ
聖なる放射性廃棄物を捧げて
走る
ドローンがさぼる人間選手に
毒物を宅配する
受け継がれる高レベル放射性廃棄物を
あがめたまえ

母たちから切り取られた大量の乳房のように
黒いフレコンバックが積まれていく
「もう産めないんですか」
「もう埋めないんですか」
聖なる泥が積まれていく
新しいピラミッド
新しい神殿
除染利権を握る大手ゼネコンが貢物を独り占め
詰まった憤怒が漏れ出し
底辺の怨嗟の声が満ち
農民 漁民 アフリカ系アメリカ人
釜ヶ崎の労働者 元炭鉱労働者
原発下請け労働者の溜まった被曝量が爆発し
異様な生物の黒い卵
いっせいに異物の生き物がうごめく
けれど
それより異様で狂っているのは
私たちのほう
心の中に黒いフレコンバックが積まれていく
表面だけを削り取って戦後を歩んできた
日本近代の闇を地中に温存してきた
何枚も「平和利用」のベールで覆って
子供たちの甲状腺ガンを
何枚もシートで覆って
TV画面から マスコミから隠し
黒い神殿を拝む 
爆発した白い宮殿がテロの標的に
死体の山に自ら入って
死んだら靖国神社に入れます
神社は朝鮮にも
満州にもあった

神は侵略とともに
キリスト教
イスラム教
神道
祈りと侵略が同時で
国家の性器を宗教が刺激する
詩も国家に食われやすい
詩は国家に食われたがっている
人は冷たく広い目を持つことはでき難い
孤独な目は無視されるネットシステム
難民は果てしなく増え続け行き惑う
詩は難民になるべきだ
いつも世界の外側にいるもの
言葉の安住の場所など無いのだから
日本語に養われながら
日本語から飛ぼうとする

死者たちの川があふれる
ヒロシマの元安川の腕たちが流れてきて
釜石の足が流れてきて
南相馬の腹が流れてきて
仙台の胸が流れてきて
水に書く 消えても 何度も泥水に書く
馬の波 
無数の馬が襲ってくる
マル マル*
無数の言葉が襲ってくる
マール マール
まわる まわる言葉
プル プル
ふるふる 言葉の火が降る降る
モレ モレ 砂から漏れる
フク フク フク
苦 苦 苦
泥の中に
骨が 箸が 乳が
泥の中の子宮 生まれる時
  死ぬ時の 泥になる時の官能
そうしたものもすでにクラウド化されていて
吹けば飛ぶ浮雲に 
二葉亭四迷以来の口語も ネット語に
くたばってしまいました語に
四迷 八迷 迷うのも面倒で
権力ファシズムに一元化された言葉に
戦争の市場拡大のための言葉に
消費活動促進にのみ活用する
生殖はヒトクローン胚によって
遺伝子操作でよりマシな人間創造へ
一パーセントの富裕層と
九九パーセントの貧困層
人間は棄民され続ける
格付けされる生命
高機能医療を受ける金持ちガイコツ
病院から追い出される金無し失業者
囲碁もでき 小説も書き 詩ももちろん書く
ロボット
制御不能の原子力
制御不能のロボット
制御不能のインターネット

泥は砂漠になり
泥は壁になる
イスラエルの分離壁
アウシュビッツの灰の壁
帝国主義は言葉が三枚舌になる
イギリス残酷帝国主義のように
ロイヤルファミリーに憧れる
よそ者を突き落とす
よそ者って つまり自分のことだが
金よりも憎悪が強いとは
トランプからババを抜くみたいに
誰かが ロイヤルや天皇や権力者以外の誰かが
憎悪の対象にならなけりゃ
やっていけません こんなろくでなしの世では
ほんとうの対象は誰なのか
安保法制 ねじ曲げられる言葉
敗戦でも懲りない 
日本中を焼け野原にしても懲りない
アジアの死者を隠す
傷口が縫合できない朝鮮半島の分断線
張りつめた悲しみの川は
日本の足跡と胸腺にも巡っているのに
気づかないふりで
氷の言葉を積み上げる
「慰安婦」少女の心身を苛んだ日本国家の軍靴を
認めてこなかった日本人民の弱さ
その体質が福島第一原発事故で露呈した
メルトダウンしているのは何か
日本国憲法のメルトダウン
第一条が天皇である妖怪ぶりは改まらず
でも 前文と第九条には
一文字一文字の裏に
アジアの二千万人の死者が
日本の
沖縄の
ヒロシマ・ナガサキの死者が
死者たちが文字の裏に張り付いている
沖縄の辺野古の海に水神の森がある

言葉こそ禍々しい火だ
天の恵みを祈りながら
地の凶事を呼び込み
戦争をけしかけ 原発を発明する
言葉とは死の泥から生まれた
とめどなく軽やかな言葉がリツイートされて
罪と罰が散乱する

卑なる泥/卑なる火
棄てられた人々
失業者 排除された人々
沈む島の底から
都市の地下から噴出するマグマ
今湧きあがる
異形のエネルギーは
世界秩序の破壊か 地球の破壊か
破壊の末の再生か
卑なる泥/卑なる火が
舞い狂う 自爆して 他爆して 果てる
「カミカゼ」が地球に広がる
自己破壊と国家存立が同時である幻想
自己破壊と世界破壊が同時である幻想
一方の生を日常と思う幻想
帝国的ネットショッピングの日々
資本の切っ先はますます尖りながら
消滅してゆく
聖と卑は逆転し 混ざり 転がる
異形のエネルギーとして
転がる地球の笑いとして
生命の怒りの熱として
聖と卑は弾け 壊れ 潰され
新たな泥は創られるのか


*マル…韓国語で馬のこと。
マール…韓国語で言葉のこと。
プル…朝鮮語で火のこと。
モレ…朝鮮語で砂のこと。
フク…朝鮮語で泥のこと。

「社会文学」44号掲載










さんざめく種


さくっと 法を変える
ざくっと 人を突く
ざっくり 「異なる人々」を排除する
ざらざら 心が荒れ果てる

死の匂いに汚染されている
死の誘惑に被曝している
無機物へなだれこむ
弱い者に嘘の虹を見せ一層力を奪い
未来をむさぼって重荷を残す
生命を使い棄てるシステム
世界の戦争の泥沼にのめりこむ
メルトダウンした原発は
日本社会の内臓をあらわにした
1パーセントの富者を崇め 
強欲に似た顔つきが社会の隅々まで
文化の一滴にまで浸透する
幻の国家 幻のファースト
幻覚剤みたいな言葉の中毒になる

生命は交わる 川と川は深く感じ合う
さまざまな樹々は地球の陰毛のごとく濃い
未知の星々のまたたきが鼓動の伴奏をする
人工知能のなかに生殖のエロスの記憶はあるか

うまれたてのぬるぬるした心のかけらを失わずに
二つの目耳手足で
善と悪 真と偽 自と他を 合わせ持ちながら
引き裂かれながら 考え続ける
生命の無尽の姿 一人一人の違う顔
ともに生きることの途方もない創造を
地球で思えるように
さんざめく 種の宴
さんさんと 色々な果実の大樹の下で
  歴史の影と木洩れ日を受け取るように


(初出「神奈川大学評論」84号2016年7月)






手の器
    
語られなかったこと
一言はなすと
体がメリメリと
二つに裂かれそうで
世界の真中で受けた生々しい傷なのに
ほんとうのことを話せば
世界からはじかれそうで
高速道路からつまみだされそうで
皮膚が燃えだし
炎の中の声が聞こえ

無きことにできるのか
陽を消したこと
アジアに死体を並べたこと
川のからだを引きちぎったこと
若い洲をめちゃくちゃに踏み荒らしたこと
もう死しかないからと
もう言葉が死んでしまうからと
咽喉から絞るように
声を発すると
冷たい金属のような壁
反響もしない
透明に素通りする

受け止めるのは人間の手で作った器
左手と右手を合わせ丸くして
割れた地球の半分の形で
ぎざぎさの葉を重ねる柔らかさで
自分の手にいくつもの手が浮び
水筒の一滴を待ち受ける注意深さで
こぼれてしまうのが定められながら 
肉体に深く染み込むように
歴史の手足がうるおうように

「詩人会議」2016年8月号掲載






少女


少女の足 冷たい石の上に置かれ
少女の手 崖をつかんだまま
少女の目 ずっと見ていた 
少女の口 ふさがれた 息と言葉を

やわらかい雲の谷間を
軍用機が日に何度も
突きっていく 
沖縄の空
ヤマトの空につながっていないのか

銃剣とブルドーザーで基地を造り
辺野古には核貯蔵施設もある
有事には核兵器を運び込む密約

世界に冷たい炎が広がっていく
ばらばらになり
小さくなる心
いっそう軍用機がのしかかる沖縄

人間の姿で記憶されるべき少女
人間の全部で生きるはずの少女





その声

華やかなイルミネーションに隠され
高速度の鉄道に飛ばされ
あふれる食卓からも
追い出された声

その声は世界の芯を揺さぶる
その声は人間の罪を暴く
その声は文明の足をためらわせる

その声は聴かれない
被爆者の声
韓国人被爆者の声
南北に別れた朝鮮半島の人々の声
元「慰安婦」の女性たちの声
中国で焼き殺された農民の声
沖縄で殺された沖縄の民衆の声
ベトナムで虐殺された母子の声
戦争で狂気に陥った米兵の声

互いに受け取れず
溝が深まり続ける

その声を聞き取るには
深い井戸を掘らねば
砂漠の地に
一滴の湧水を求めて
ひたすら深く深く
人間の砂と渇きをかき抱くように



黄金の果実

太陽をナイフで切り裂いて食べる
私たちも一瞬で食べられる
死のすばやい舌に
私たちが歩くと 地はひび割れ
水は枯れる
プラジャーパティ マンゴー
宇宙万物の創造神
黄金の果実
その細やかな花々は
強烈な腐敗臭でハエを引き寄せる
私たちは腐敗臭に群がるハエである
か細くこずるい手をすり合わせて
権力者に からっぽの果実をこいねがう
死者の中に入り込んで うごめき
すべてを吸いつくして
不穏な卵で埋め尽くす
宇宙に満ちる不穏な卵
万物の創造神は不穏な卵と似ている

深く欠けた地に黄金の果実が落ちる
新しい問いのように
生物の汁がしたたる問いのように
生と死は果実の周りを循環する
まるい星の形は循環の意志
埋まった言葉を掘り起こし 有機物にする
言葉に必要な光と緑と水
創造の樹は再び芽吹く 






水琴窟


ささやきはささやかな路地を通る
悲鳴と非情の街の間を
母から切り取られた黒い乳房が
次々に畑に積み上がり
父を消した画面の空が
斜めに切り裂かれる
欠けた貝殻から
押しつぶされるジュゴン草が
地中海のやわらかい死体が
揺れる響きが聞こえるか
指で横流す未来

目は二つの廃れた星
耳は金の竜巻となり
髪は暴風雨で地をおおい
鼻は死の匂いに慣れ過ぎ
口からは点々だけがあふれる

さえずりは
空にうちあげられた鯨の骨から
降って来る
ほおずりと殴打が同時であり
温かいほおもなくなる世界で
外されたささやきが
錆びた排水管からもれだすとき
冷たさは
一音ずつ落ち
体の中の水琴窟を捜す
原始の洞窟のような
月の夢のたまり場のような
水の中に隠された深い音を捜している


(「交野が原」80号掲載)







春の骨


泥の中に白い花びらの万の唇
潮風に立つ水仙の一本一本に
重ねるいくつもの顔
碗と皿 腕と血 欠けてあふれて
  雪は空き地に深くしみ込む
海底で開く学習帳
銀河まで流される車の列
胸に押し寄せ続ける冷たい波
億年の岩盤に打ち据えられつつ
世界から送信された
人間の文字のメール

藻にからまった骨の宝箱を秘めたまま
日ごとの食卓を整える懸命の汗
仮の家で見入る散り散りの家族の写真
かつて 中国 朝鮮 シベリア 戦地に
棄民された人々 また棄てられ
列島中棄てられ 
棄てて 甘い光に誘われる
被爆の水脹れのように
地の皮膚に並ぶ汚染水タンク
傷ついた伝言 かすれる小鳥の歌
死の臭いに慣れた都市で
滅亡のマネーゲームに溺れる
毒の針を放ちやめられず
自ら恐怖の波となる 

泥の目で見る 春の穴の耳で聞く
命の骨組みを支えるために



※3・11について詩を書くのは難しいが、
一人一人が悼み、知り、考え、表すことが
大切だと思う。
被災地の方々、避難されている方々は日々奮闘
されつつ一層の苦しみに直面している場合も
多いと聞く。
自然と文明、原発など日本の経済優先の歩
みに反省と再考を迫った大震災だったが、現
在は政治・社会への問いや批評さえ封じられ、
命はさらに軽視されているように感じる。
(「東京新聞」2月27日夕刊掲載)







チヌーク


無数の骨がばらまかれたような雲をふるわせて
頭にも 尾にも羽がある大型輸送用へリコプターが
頭上を飛んでいる
アメリカ先住民の部族の呼称を持つ航空機
チヌーク(チヌーク族)
アパッチ(アパッチ族)
シャイアン(シャイアン族)
イロコイ(イロコイ族)
どんな歴史をこめた名なのか
血のスープをかき混ぜているような不気味なプロペラ

ベトナム戦争にも
アフガニスタンのアルカイダ潰滅作戦にも使われ
那覇空港にも飛ぶ
沖縄をさらに危険に陥らせ
朝鮮半島に冷たい流れを送る
日本とアメリカの先住民蔑視の思想

何を運んでいるのか
災害救助にも使われ
阪神淡路大震災
東日本大震災でも救助物質を運んだ

空のページに書き込まれる歴史
空から温かいものが降ってくるように
爆弾が今も降り注ぐシリアに
温かい救助物資が届くように
私の頭上をチヌークが飛んでいる





光の弦

     青い竜の舌が雲を分け
アジアの山々から海に張り渡された
光の弦
二胡 伽耶琴 馬頭琴 三線 三味線の調べ
波を曲に 野を詞にし
木々が爪弾き 風の弓が奏でる
水の皮膚が裂かれている所に
高音が降りそそぐ
破裂音の息が集まった風
この一瞬の痛みのなかに
永遠の未知の楽譜が
ぬれた数式が隠れている
たとえ すべて
暗黒の宇宙に溶け散らばるとしても
ある+いる=0=∞
宇宙の黒板に
次々に仮定の数式が書かれる


空っぽになった缶が
打たれて歌を発する
欠けた皿の縁を
ていねいに
幼虫は這い
時をなめるようにたどる
血で満ちた皿を
ふたたびむさぼるように

すべての言語と
すべての音が
私の細胞の中でざわめく
古代魚の肺 アンモナイトの舌歯
三角形の文字 正八面体の空気
侵略された言語は
支配者の口を百一刑の形に動かし
世界の多色の母音がミルクのようにあふれる

スクランブル交差する音が
氾濫し ゆすられ 爆発し
私を通り抜け
地球を通り抜ける
虫の羽音
蝶が長い口を花の奥に差し入れる音
無人機のはばたき
私は捨てられたメールとして
ゴミ箱に移動し
一気に巨大な胃袋に膨張
ワールドトレードセンターに似た胃袋に膨張し
飛行機もフライにして食べる
または 都市の血液中の悪玉となる
善玉でもある仮面を複眼で見る
臓器がメタリックにキラキラ光る
汚染水のたまる細胞が増殖し続ける

言語はすでに移民している
難民化している
かつて 朝鮮へ 満州へ 台湾へ 琉球へ
あふれだした
日本語の豆たちのマ行連隊
今も辺野古の海を死に追いやる日米軍事用語
きゅうりの草書
いちごのひらがなも消えうせ
ブロッコリーの森の中で
縦書きの雨が干上がり
横書きの濁流に押し流される
火星に行けるか やまとなでしこ
いやいや
まず 火の海にならないように
光の箸で 
逃げる柔らかい里芋の日本語を掴みたい

(「洪水」17号掲載









多色の涙


一粒の涙は
失われた二つとない命の上に落ちる
一粒の涙は割れた水晶のように
さまざまな人の顔を映している
涙の色は 白や 青や 赤だけではない
灰色 褐色 黒 黄色 緑 橙 紫 桃
爆撃された 銃撃されたすべての人々
生き物 植物たちも涙を流している
涙は水鏡となって自らを映す
わたしはどこにいるのか
踏み潰される一匹のアリ
踏み潰す高性能の戦車
引き裂かれた土の顔の肉片
引き裂いた狡猾なナイフ
わたしは
どちらにもいる
一粒の涙にひざまずき
一つの涙の中に入っていけない
わたしたちは
多色の涙を流す
すべての命を色づける不純物だから
さまざまな人類の血管の中を通ってきたから
多種類の木の幹を流れてきたから
いろいろな川を渡ってきたから
一粒の涙は気付くべき世界を映している




私の番号

見知らぬ部屋の鍵のような「5」
難破したヨットの帆の「4」
片方は失われている白鳥の「2」
肉が厚い耳の「3」
無限大が起きれば首をしめる「8」
ラッキーなふりは肩が凝る「7」
逃げそうな風船は苦しい「9」
始まりと終りの「1」
ここから ここへ帰る「0」
私は数字で表わされる
私は金額で表示される

私を管理しているのは四角い0で
0を次々に付けて
0で押しつぶされそうになる

死から皮膚が引きはがされて
名前は探されず
祈りは消されて
口からは戦争のよだれが数字で滴っている

大国の欲望が綱を引き合い
小国の内戦の場で
武器の展示ショーが開かれる
そのショーの下で人が死ぬ
飛行距離と破壊力と死亡者がデータ化される
ヒロシマも
ナガサキも
フクシマも
実験としてデータ化される
ぞろぞろデータ化される
ききっとデータ表示する

日本の二進法で
すでに死の商人が
揉み手をしている





最初のバラ


バラにはたくさんの感嘆符が付いている
世界に驚き続けることが
美しい花弁を重ねることであるように

その驚きの一瞬を
体を上ってくる噴水のような
その恐れの一時を
手足が絡み取られるような
その怒りの叫びを
人の声を聞かない大きな耳に

忘れないように
慣れないように
戦争への道に

その中に何万本ものアンテナがある
虫の触覚が
海を渡る蝶の羽が
はえかけの歯が
最初の怒りと問いの中に




鳥の首


鳥の首がねじ曲げられるように
言葉の首がねじ曲げられ
散らばった羽毛の腹から
赤い銀河が流れ出る
いくつもの前の宇宙から
願われた命のくちばしの光
またたくまに股に焚かれた炎
泥にぬれたまなこの上の露の子たち

さかさにされて
羽がはがされた言葉が
ぶら下がるプラザ
これを買う架空コインに
ゼロだけがふえて 
家が崩れ落ちようが
山が発情しようが
ゼロだけがふえて
わたしはゼロも付かない方に振り分けられる

すみれがすわっているところも
たんぽぽの肝が据わっているところも
もう頼ってはいけないような
アイリスは虹の裏側を開く
ジャスミンの安らかな民の芳香に血が混じり
木槿は街の真ん中でむかれて踏みにじられる
ガジュマルは被弾したままずっと基地のなか

生き物の骨は
無数の羽と花弁になって
計り知れないものを運ぶ
無人機の残骸の上を
人間の廃墟の上を
計り知れないほど大きな鳥の首の影が過ぎてゆく

(「交野が原」79号)



夏の水

公園のプールで
笑い声の水しぶきが上がった
イルカのように飛びはねる子供たち
原発事故に汚染されている水だけれど

七〇年前 願った
夏の水を
どれだけ日本で心のなかに貯めただろう
原爆で乾ききった咽喉に
空襲で焼けただれた口に
人間の血が隠された言葉に
金だけが目指される数字に

このときこそ とっておきの水で
相手にお茶を出したい
ゆっくり育てた葉を摘み
うるおいのある風を送り込み
ひとつひとつもみほぐし
静かな落ち着いた心で
ほどよい温度で

そこにも
夏の水をうまそうに飲む幼い口が
あるだろう

大国の利益の犠牲になった人々
平和のために武器も原発も原爆もいらない
あの夏に犠牲になった
アジアの人々
日本の人々
夏の水を涸らしてはいけない





千年の雫

光年の距離を経て星の光がやっと届くように
千年の 万年の雫を  待ち望む
人々が海を渡り 山を越え 
時の権力が阻むのを越えて
やっと伝えたものから 
エッセンスのようにしたたる雫
すべて枯らすような果てしなき日照りに
稲にやっと降り注いだ雫
一粒の米が抱きかかえている熱い一滴
生き物を凍らせるような冷たい金属の壁に
体温の湿った風が吹き込むように

漢字の雫 雨の下にある喜び
パンウル 朝鮮の雫が連なって鈴を鳴らす*
タルランタルラン タルランタルラン
青磁の器が湖になって
流させた涙 広がった血の苦しみ
少女の宮を荒らしたことを胸に刻みながら
往来こそ 混じり合いこそ
雫を生みます
どんな機器で繋がろうと
どんな兵器で断たれようと
千年の雫の鈴の響きが
人の言葉に込められています
タルランタルラン タルランタルラン

※パンウル 韓国語で「雫」と「鈴」の意味がある言葉
タルランタルラン 韓国語で小さな鈴がちりんちりんと鳴る音






光を耕す

大地のページをめくる 遠い手 人間の手
五月の麦畑を隅から隅まで一気に読む目
早くしないと植物の知性を知らずじまいです
土の中に 
貝の舌のきらめき 雪山のさざめき
鳥のはばたき 腕のうめきが きらめいています
切り開かれた土地の痛み
埋まっている他郷の骨
ほっこりしたじゃがいも
しぼりとられた乳も
まざっています
 
文字にも記号にもできない歌に
口伝えの命の源の歌があると
アイヌの歌声が教えてくれます
鮭が源に還るように
光には 生き物の匂いがしてほしい
牛や馬の糞 人間の汗 
地球の血管から見上げたら
ペンギンが空を泳いでいました
カバの小さな耳が不穏な開花を聞きつけます
白クマが北極の汚染をどうしてくれるんだと迫ってきます

土も 水も 畑も失われる今 

北海道・旭川の土地で育まれ
時代の光を耕した詩人
思いを受け継ぐ人々が地に光を撒きます
地球で自分の光を耕すことを風が告げます






水笛

凍えた頬のように
世紀の氷点下を体の芯に残して
傷口が縫合できない分断線
人間の休戦により生い茂った緑の帯
張りつめた悲しみの川は
日本の足跡と胸腺に巡っているのに
気づかないふりで
氷の言葉の壁を積み上げる
骨を探して他国に置いた箸の跡をたどる
匙にすくいあげられた赤い汁の夢と
夕陽をかじった歯が
ほろほろと小さな墓を地下に積み上げる
朝鮮語の詩を書いて日本の監房で獄死した若き詩人
日本語の棘が再び増して
新たな傷を両側にばらまく
壁の上をあやうく歩く歪んだバランス
自らの上に崩れ落ちるビルの瓦礫に
覚醒を促されつつ昏睡する午後
自らもいくつもの試験管に小分けされ
見えない1パーセントの手に揺すぶられ
透明な壁を増殖させる
105年の壁 70年の壁を
柔らかい緑の微笑みに変えることはできていない

青磁の器で差し出された詩の水
渡来し 通信し 飲み合う器を創ってきた
撒かれる詩の噴水 砂漠の地球に
詩の風は願う
壁に小さな笛の穴を開けていくことを
またたく星の交響
宇宙の闇を震わせる音楽になることを
一つの土地の泉から出て
どこにもとどまらない水
水笛は隠れた六〇兆の詩の渡り鳥を呼ぶ
鳥は知らずに種を付けて遠く近く飛ぶ
言語は壁であり沃土であり
鉄条網にも命の網にもなる詩は祈る
壁を越えて
言葉の光を届け合うことを

(「詩と思想」2015年5月号掲載)




ぼんぼり
      
和紙や絹布のような言葉を通して
内側からほんわり灯る
言葉の光を抱きたいものだが
いのちの芯から発光する
二つの乳房の言葉を咲かせたいが
―あなたの顔は破れていますよ
雪洞の中のキャンドル
凍る時代に
北風に揺れ 南風に溶かされ
西風に脅され 東風にうとまれ
風前の灯に 昼行燈の 提灯持ち
家電パンフ バーガーの包装紙 漢和辞典
白磁釉 宇宙服 液晶画面 方丈記
コンビニ袋 聖書 仏典 お札 電子マネー
雑多なものを貼り付けた顔 

―あなたの顔は破れていますよ
柔らかい紙は破れて
歴史のページも文字もざらざら零れ落ち
原発汚染水が世界中に流れ出て
微笑の筋肉が固まって
うすら笑いの筋ばかり発達しています
他の人からは見えるのです
縫合した食い違う顔が映り
縫合したのは溝を歩く見えない細い糸
縫合に失敗した顔なのが
ぼんくらな自分には見えない
自分の顔の中に他者の顔が重なっているのに
無人の家のように 朽ちた骨だけ浮き出て
顔の中に人がいなくなり
雪洞に汚れた大雪だけが溜まっていきます

※「交野が原」78号掲載






ったく

やあ きのう
きのうがいつのまにかやって来て
  きみはきのうから逃げられないのさ と
したり顔で言う

やだ あした
あしたがすでに来ていて
きょうを責める
ったく
どうして こんなに汚したの
どうして そんなに壊したの
どうして あんなに殺したの
あしたはあたしの顔を持つ

てか
平和とさよなら しちゃうのか
きょうを 狂の時代に しちゃうのか
wwwww
零戦に萌え〜!
戦争でメシウマって
リアル戦闘でリア充ムリでしょ
戦争をできる国にって
ったく
  
てか
原発再稼働って
まだ 漏れてるのに
まだ 揺れてるのに
まだ 事故ってるのに
原発輸出って どこに
ったく

てか
沖縄の基地って
誰得?
サンゴの森を枯らしたら
列島すべての海の
魂(まぶい)も枯れ果てる
戦争の臭いを hshs よく嗅ごう

言葉は凶器にも
今日の器にもなる
ネットは凶器も強記も狂気も驚喜も露わにする
言葉が□□□□にならないうちに
今日の器に
たくさんの
昨日と
明日を盛らなきゃ


*ったく=「まったく」の略語。
  *てか=「と言うか」の略語。
*w=笑うの意味のネット語。
*メシウマ=「他人の不幸で飯がうまい」の意味のネット語。
*リア充=「リアル(現実)の生活が充実している」の意味のネット語。
*誰得=「誰が得するんだよ こんなモノ」の意味のネット語。
*hshs=はすはす。匂いを嗅いでいるときの呼吸音を表すネット語。
*□=伏字の記号。


生活語と宇宙方言

生活語とは、人々が暮らしの中で育んできた、また創っている最中の言葉だろう。
明治時代に「国語」ができる前は、それぞれの風土や歴史に培われた言葉があった。
「標準語」に近いと思われる関東でも独特の方言が響くことに改めて気づかされる。
しかし、情報化時代が加速度的に進み、インターネット特有のネット語や絵文字が増殖し
ている。それが若い世代にとって生活語なのだ。言葉は生き物で、「国語」も一時の言語
でしかなく、すべての言語は混成語で、流通と移動の世界化により変化する。
韓国の詩人・高銀(コ ウン)は、詩人は「宇宙の方言で詩を書く人だ」と語った。
母国語が日本語によって奪われた過去について危機意識を持って振り返りながら、
未来はさらに開かれた高い精神で母国語を通した宇宙言語の詩を書こうと呼びかけた。
生命の根を表す言葉に宇宙言語の源が存在するかもしれない。
日本語自体が方言になっていく今日、生活語詩の中に過去と未来を映す鏡があるだろう。


『現代生活語詩集2014 昨日・今日・明日』(竹林館・2500円+税)収録




韓国からのお見舞い状

東日本大震災の直後
韓国詩人の崔泳美さんから
お見舞いの手紙と
昆布や海苔が大箱一杯に届いた
甲状腺癌予防のヨウ素摂取に少しでもと
原発事故の深刻さは海外の方が知っていた
いつも共訳している権宅明さんからも
神に祈る温かいメールを受け取った
韓国の乾燥昆布は厚くてかたい
水のなかでゆっくりゆっくりもどす
地球を撫でる海の柔らかい手になるまで

(「神奈川新聞」2014年11月2日掲載)




春の唇

結んでいた唇から
一気に
生命の息が飛び出して
大気が弾む
ポム ポム
春の風が
温かい腕のように
差し出されて

そこは
馬山神社の
鳥居が残る地
皇国臣民化のための社
徴用でどこで死んだか
徴兵でいつに死んだか
分からない人々が
花の秘所を荒らされて
死んだ少女が
まだ帰れない海辺
七〇年たっても

そこは

高層ビルと
マンションが
立ち並び
大きな橋がかかる
美しい港
工業と海産物の町
柿が照る農業の村
菊祭りが華やかに
かつては
日本企業が
押し寄せて
労働争議が
起った馬山区
韓国の昌原市

そこから世界の詩人に
詩の春風が贈られる
日本にも贈られた
言語が違っても
緑の喜びや
真っ赤な怒りや
青ざめた悲しみ
褐色の痛みや
水色の楽しさは
きっと分かり合えると
きっと通じ合えると
詩による深い出会いを
世界に広め
闇の中に輝く星の言葉
砂漠に咲出す花の言葉
氷原を解かす春の言葉
明日がかおる芽の言葉
日本から
優しい春の唇で
お返ししたい


日韓友好の新たな発展を願って
佐川亜紀

今年は、日本敗戦・韓国解放七〇年、日韓国交
五〇周年の年に当たる。それにふさわしい相互理
解と交流が実現してほしいが、最近の日本の右傾
化で友好を脅かす事態が生じているのはたいへん残念だ。

話しかける言葉が優しければ返って来る言葉も優
しい」という韓国のことわざがあるが昨今の日本
社会に効く薬になってほしい内容だ。逆に、相手
に話す言葉が醜ければ返って来る言葉も醜くなり
エスカレートして互いに傷つく。日本のことわざ
「売り言葉に買い言葉」にはなってほしくない。
ほんの少し前まで、韓流ブームに沸き、韓国ド
ラマや映画、Kポップが大人気だった。今でも韓
国のドラマや映画を見ているという知人が多いの
だから、好ましい関心が消えたのではない。先の
戦争も一部の強硬派が無謀な支配と軍事を拡大し、
国民も同調してしまったことを反省し、現実をよ
く見て、優しい言葉を考えたい。
日本は少子化で海外から人々を受け容れなけれ
ばやっていけなくなるのだから、在日韓国人の歴
史に学び、共生の社会を創るために一緒に考える
のが本道である。私は以前『在日コリアン詩選集』
を共編し、苦難を乗り越え必死に生き創造的に詩
作した軌跡に胸を打たれた。
そのような私の仕事に対して過分の評価である
韓国の昌原KC国際詩文学賞を昨年の十一月に受
賞した。私が第一詩集『死者を再び孕む夢』(小熊
秀雄賞受賞)から一昨年日本詩人クラブ賞を受け
た詩集『押し花』まで一貫してアジア、特に朝鮮
半島の歴史にこだわって詩作してきたこと、韓国
詩を日本で紹介したことが受賞の主な理由だった。
審査委員長の高麗大学名誉教授・金春美さんは「
佐川詩人は初期から一貫して日本帝国主義の徴兵、
徴用、従軍慰安婦の被害者、差別された在日コリ
アンなどを詩で形象化して、貧困と戦争、災害で
呻吟するアジアのさまざまな国の被害者たちの苦
しみを描き出しました」と述べて下さった。さら
に「佐川詩人は長年深い愛情をもって韓国詩を日
本に紹介し(略)、悪化の一途をたどっている韓
日関係の中で政治家たちには期待できにくい役割
を詩が果たすことができるということを見せてく
れる存在で、詩が民間外交官の役割まで成し遂げ
ることができることを証明する存在です」とまで
おっしゃり、身に余る光栄だった。
この賞は、第一回目がノーベル文学賞候補にも
挙がったと言われる中国の亡命詩人・北島さんで、
第二回目がフランスの詩人、第三回目がアフリカ
系アメリカ人の女性詩人、第四回目が中国の詩人、
そして第五回目が私と、世界の錚々たる詩人に混
じり、恐縮するばかりだ。
今回は、日本人に賞を授与しようと決めておられ
たとは驚くべきだ。韓日関係が悪い中で、あえて
日本詩人を選んだ主催する(社)詩サラン文化人
協議会、金達鎮文学館、後援の昌原市に深い敬意
を抱いた。冷えた関係を溶かす韓国から贈られた
春風のような配慮と高い知性に、日本の詩人たち
も感銘を受け、次々にお祝いの言葉が届いた。「
詩が民間外交官の役割まで果たす」との期待に責
任を感じ身が引き締まる思いがする。
現代詩は、各国各地の伝統文学の感情や思想、
リズムを踏まえながら、世界的に普遍性を持つポ
エジーを求めるものである。日本で高名になった
韓国近代詩人・尹東柱も民族性とともに抒情と抵
抗が世界に共感を抱かれている。
韓国では詩が格別に高い地位を与えられてきた
歴史がある。高銀詩人は、ノーベル文学賞の候補と
してよく話題になるが、自国の社会的弱者や世界
の小国に寄り添い、地球規模の慈悲と反権力の詩
を書いてきた。僧侶だった過去から東洋思想に造
詣が深く「禅詩」も書き、欧米現代詩と違う個性を
示して来られた。韓国では、詩人が社会的に発言
し行動することが伝統的におこなわれていた。社
会派の詩人ばかりではなく、今回一緒に金達鎮文
学賞を受けた金南祚詩人は抒情詩の先達だが、人
生の色々な味わいを美しく表現し、皆に慕われている。
金南祚さんは日本詩人の新川和江さんと親しく
日韓現代詩交流にも貢献された。長老詩人の金光
林さんも日本詩人の翻訳を先駆的になされた。受
賞に伴い私の韓国語詩集が出版されたが、翻訳家
で詩人の韓成禮さんが寝る間も削って丁寧に訳し
て下さった。いつも翻訳の指導を仰いでいる詩人
の権宅明さんは深い理解の解説を書いて下さった。
私とほぼ同世代の権宅明さんと韓成禮さんは日韓
現代詩交流に献身的に尽力されている。
韓国の授賞式で若い人たちからサインを求めら
れ、詩人が親しまれ尊敬されていることを実感し
た。授賞式の後に昌原市にある慶南大学の厚意で
日本語教育科の学生に講義する機会を与えられ、
私の韓国詩との出会いを話した。学生たちも金素
月や李陸史などを知っていたが、情報化時代のド
ライな本音も出て、楽しく話し合った。
日本では、詩人が発言し行動するという文化が
弱く、リズムや形式を重視し、作品がすべてだと
する傾向が根強い。それも一理あるが、社会批判
を自らタブーにしてしまっては言論の自由さえ守れない。

韓国詩人との交流は、日本の詩人団体、同人誌
では現在も続いているが、中心に戦争体験世代、併
合下の朝鮮で生まれ、学生生活を送った世代がい
たことの意味は大きい。故郷が支配の地だった痛
みを抱いていた人が交流文化を担っていた。また
在日文学者も創作や翻訳で重要な役割を果たして
頂いた。だんだんそうした体験世代が亡くなる中
で新しい時代を築かなければと今回大いに励まさ
れた。
韓国と日本、朝鮮半島と日本が友好を築くこと
はアジアの平和の基礎である。長い文学的伝統と
伝播の歴史がある日韓文学は欧米文学とは異なる
独自の文化を発信する原動力になりうる。今後も
日韓現代詩交流に微力ながら一層の力を尽くして
行きたい。
(「民団新聞」2015年1月1日)




遠い水


       遅いもの 人間の内側の迷路を
人間の経験の汗を
残酷な 滑稽な出来事をめぐり
そのように養われ
ゆっくり ためらいながら つまずきながら歩いて
突然 訪れる 詩
時の声を 響かせても 光はもっと遅く来る
予言であるより悔恨であることで心とつながるように

背骨の線路が 次々に廃線に
地につかない背骨がくずれていく
樹が飛ぶように 鳥が渡るように 花が舞うように
人は歩いた
後ろ足で立って
前にススム 憂鬱な頭を支え
  横浜から新橋まで 汽笛一声
満州鉄道 新幹線 リニア中央新幹線
柩の列車 汚染水タンクをつなぐ列車が
走る 走る
国語を載せて 英語を載せて
  皿を載せて 武器を載せて 性器を載せて

遠い水に憑かれた都市の乾いた舌は
廃屋にたまる汚れた雨水に行き着く
近い人の火を見よ
繋がっていくようで
細切れにミンチのように切れていく
足は橋
タリ タオまで行く橋 タオに流れる水
迷うべき 立ち止るべき 地に座って考えるべき時
時が渦巻いて
金属の薔薇の棘になる今

*タリ=朝鮮語で足、橋。   タオ=老子が説いた大道、超越真理。


「神奈川大学評論」79号掲載









昌原KC国際詩文学賞受賞の言葉
    佐川亜紀


この度は、名誉ある昌原KC国際詩文学賞を賜ることになり、大変光栄に存じます。
過去の錚々たる受賞者を拝見して驚き、私の小さな仕事を過分に評価して頂き、誠に
ありがとうございます。選考委員の先生方、推薦して下さった方に心より御礼申し上
げます。(社)詩サラン文化人協議会と金達鎮文学館、昌原市に深く感謝申し上げます。
大学生のときから韓国詩人、韓国文化に関心を抱き、特に詩について多く学んで来ました。
韓国では詩が愛され、詩人が尊敬され、詩人も身をもって詩を生きている姿に打たれました。
韓国の駅やバス停留所にも金素月や現代詩人の詩が張り出されていたことにびっくりし、
社会問題、歴史問題をも果敢に詩作品のテーマとして取り挙げる意欲に感服しました。
自分でも詩作をするようになり、社会批評性や歴史性は韓国詩の影響による面もあると
思います。しかし、韓国の近代現代詩人は、歴史を超えた普遍的なポエジーや現代人の
苦悩を表現していました。現代詩が固有の言語と文化から生まれながら国際的な共感を
得るものであることを証明していました。私もそのような国際性に少しでも近づけたの
でしたら、とてもうれしいことです。

現代詩は、まさに「現代」と「詩」に引き裂かれたところに成立しています。詩は、人間
をも超え、他の生物、自然、さらに宇宙にも存在しています。自然への畏怖と畏敬は、
2011年の東日本大震災と原発事故を体験した日本では切実なものです。文明観を変化
させるほどの体験でした。また、現代世界は、解決が見えないほど混沌としています。
科学文明や情報化社会の発達は良い面と悪い面が人間の手に収まらないほど肥大化してい
ます。詩の言葉を脅かすほど経済の言葉と記号が氾濫しています。政治社会も流動的で
激しい動きを見せています。しかし、アジアには自然を尊び、自然から詩を感じ、自然の
リズムを聞き取る伝統が受け継がれてきました。科学文明の高速の発達で、自然から生ま
れた言葉が衰退していますが、文明を宇宙の悠久の視点から相対化し、静かな知性と
豊かな感性を取り戻すためにアジアの詩は重要な役割を果たすと信じます。
この度の授賞理由に「政治家たちには期待できない働きを詩人たちができるという見本と
して評価された」「佐川さんは詩が良いだけでなく、日本でも最近代表的な賞を授与され、
また日韓両国の友好のために活動してこられました。その上、韓国の詩を日本に伝えるた
めに長年にわたって尽力してきた」と大きすぎるご評価を頂き、ますます日韓の詩文学交流
に努力するようにという韓国の皆様のご期待をありがたく受け止め、努めて参りたく存じます。

韓国と日本の詩人と詩の交流については、金南祚先生、金光林先生、権宅明先生、韓成禮先生
はじめ多くの先生方が献身的にご尽力されたことに敬服し、日本での翻訳出版、ご紹介に
ご教示頂いた詩人の先生方に厚く御礼申し上げます。
今後とも韓国と日本、世界の詩の発展と交流のために微力ながら精進したく存じます。
本当にありがとうございました。




審査報告 選考委員長 金春美・高麗大学名誉教授


二〇一〇年国際的詩人の発掘と韓国文学の世界
化のために制定された昌原KC国際詩文学賞は、今年で
五回を迎えました。その間、二〇一〇年の第一回受賞者
である中国の抵抗詩人・北島はじめフランス詩人・クロ
ード・ムシャール、アフリカ系アメリカ詩人・トレイシ
ー・スミス、中国詩人・王家新など国際的に名望のある
詩人がこの賞を受賞しました。
今年の昌原KC国際詩文学賞はこの賞の設立趣旨と意
義にふさわしい受賞者として日本詩人の佐川亜紀さんを
選びました。日本現代詩を代表する優れた候補者の中か
ら一人を選ぶのはたいへんでしたが、審査員たちは長い
論議の末、社会派の詩人である佐川亜紀詩人を最終受賞
者として決定しました。
日本で社会派文人とは、良心的で歴史を直視する文人
を指します。佐川詩人は初期から一貫して日本帝国主義
の徴兵、徴用、従軍慰安婦の被害者、差別された在日コ
リアンなどを詩で形象化して、貧困と戦争、災害で呻吟す
るアジアのさまざまな国の被害者たちの苦しみを描き出し
ました。佐川詩人の詩には日本の歴史と東アジア各国につ
いての深い考察と人間を凝視する洞察が投影されていなが
ら、詩語は知的であり繊細で、叙事的で重みがあります。
思索的でヒューマニズム的な表現が魅力的です。

佐川詩人は長年深い愛情をもって韓国詩を日本に紹介し
ながら最近は韓国語を勉強して直接翻訳していますが、佐
川詩人こそ悪化の一途をたどっている韓日関係の中で政治
家たちには期待できにくい役割を詩が果たすことができる
ということを見せてくれる存在で、詩が民間外交官の役割
まで成し遂げうることを証明する存在です。
二〇一二年に発表した詩集『押し花』が第四六回日本
詩人クラブ賞を受賞したとき、詩人は「日本の詩人たち
の間で原発事故を扱うことをタブー視する自己規制が生
じているのに、ヒロシマ、原発、慰安婦問題などを扱う
この詩集が受賞したことは驚くべきことだ」と述べまし
た。「国と国とを/往来する/豆腐のような/やわらか
く滋味ある/言葉と行い」と詩でアジアとの味わい深い
交流を望む詩人の将来に精進と活躍を期待し、韓日はも
ちろん世界詩文学の発展と交流に貢献して下さることを
願わずにはいられません。








蝶/ナビ


無数の蝶でできた
空のステンドグラス
鱗粉の文字がこぼれる
花粉の記号で受信する
羽の本 ホン ホン ホン
読まれないことで霊魂を深める本
人は蝶に変態して完成する
いくつもいくつも ばらまかれた頁
閉じられた頁の羽
分厚い本より多く書かれた
人間が解けない文字
億兆の複眼に見つめられる
花の美しさを吸い上げた
しびれる苦さが 毒が 飛翔を支える
軽やかに舞い渡る羽から始まる蝶の航跡
行くパトス 帰るノスタルジーの交錯 
胡蝶の夢
ナビがラビか ラビがナビか
世界のラビリンスが極まり
ジハード ジェノサイドが広がっていく
行路のナビゲーションは迷走中
蝶の羽に異様なものが溜まる風の矢
満鉄がいまだに脳髄の中を走る
海峡を渡るナビ
海峡を侵す蝶
クリミアのタタール人
一炊の夢のようだが 確かに白骨はある
炊事の跡 もがれた触角がある
二つの顔を合わせる
軍の航跡は傷跡
世界の痛点にぶつかって
紙幣の羽が散らばる
世界の重すぎる軽さのように
散った羽の積み重なりが喉を詰まらせる
戦死した伯父さんの体にとりついた卵は
南島で幼虫がわいて
全身から無数の青い蝶が飛び立ったのだろうか


※朝鮮語で「ナビ」は蝶、「ホン」は霊魂を意味する。

*「はだしの街」(田中国男発行)50号記念号掲載





言葉の源


言葉の源は古代の河の一滴
ローマの風呂場のひとすくい
都市の排水溝からあふれる感情
さざめく花々への如雨露
サハラ砂漠のオアシス
海峡を渡ってきた舟
珊瑚礁の歌声
家に響く雨漏り

言葉の源を
私たちは
分かっていない

威勢のいい言葉が
みみっちい自分の利益から発せられたり

汚い言葉を他者に投げつけて
自分の顔を汚す

宇宙の他の星から送られる言葉は
宇宙にまで兵器の記号をまき散らす
地球の私たちの卑小さと
生命の貴重さを
思い知らせる





魚をみごもった日


魚をみごもった日
小さな胸びれのかすかな動きが
私の細胞の海面を波立たせ
億年の時が回遊する
名づけられる前の海が目のなかにせり上がる
歩かないで心をじかに地につけて這いめぐる
私自身がだんだん魚に還っていく
手足を失い
夜が一枚一枚うろこになるのだ
街中を泳いで
ひらめの目の信号に止まり
しまいに深海魚のように
目を皮膚の中に沈め
闇を見るために全身で感じたい
自ら発光し 他者の発光に驚きたいが
私の海には深さも欠けてきた

二匹の魚は
海中に漂う骨を食べて生きていく
崖から身をなげた島の女たちの乳房を吸い
洞窟で殺された赤ん坊のやわらかい唇が貝の身になり
サンゴの壊される家に住んでいる魂たち
骨と魂を食べてしか生きていけないので
海底油田のように
悲しみがたまって
それもまたたくまに消えてしまう

魚も人間もみごもれなくなったので
いらだつ気分と古い血が固まっていくと
妙に重い弾のようなものが胎のなかに生じる
ずっしり尖り輝くものにうっとりする
日に日にリトルボーイに似て成長する
高ぶる気持ちでいっぱいになる
もう少しで腹を突き破る秒針の響きがする
(「交野が原」77号掲載)




溶ける八月


川の包帯が幾重に死者を巻き取っても
崩れた背中は生者の明日とくっついたように血は滴り止まない
赤い川に押しつぶされた涙が流れて行く
溶けていく八月
八月の腕 八月の足 八月の唇 
死者の記憶を喰って生き延びる 生き延びられるのか

八月の光を氷にするために 自分をみつめる目を持ちたいと願った
世界の砕けた光を 眼球の水晶体にするために

だが 砲弾の響きはすでに舌の先にある
ひび割れた水差し 
破壊された学校 死んだ赤ん坊
悪夢で満たされるティーカップ
腐肉と偽物のサンドイッチ
真冬であり 炎熱であった あの八月の記憶を 
蒸発させるとき
私達の影も消える 
厚さを持たない皮として むごい文字を地球に刻むだろう




積みわら

クロード・モネは
ありふれた畑の積みわらを
照らす光に従って二五点の絵に描き分けた
時刻や天候や季節により
刻々と異なる美しさに染め上げられていく
黄色にも 赤茶にも 白にも 緑にも
紫にも 青にも 
それぞれ一つの美になり
新しい色彩の世界を創り出す積みわらの風景
モネの繊細な眼はさまざまな光を発見したのだ 

モネの画集と自分の絵を遺して
フィリピンで戦死した画学生だった伯父さん
内面のわらを
どんな色に染めて戦地に発ったのか
若者の心は燃え立ちやすい
骨も帰ってこなかったのに
行けと命じた人たちは寿命をまっとうしたのに
フィリピンの畑を
どんな色に染めてしまったのか

そして 今 息子に 若者たちに
  火が放たれようとする
積みわらにセシウムが染みた日本で

伯父さんは社にはいない
自分の家に遺した絵の中の
光の一粒になったのだ
わらのように弱い人間の持つ知性の光に
後の世代と
時代を照らす光の一粒に

(「詩人会議」8月号掲載)






水無月


水無月の歌を求めて
灰色の涙が 遺骸を焼く煙の無数の筋に記した歌を
ひらがなが降りていく井戸の水面に写し取り
歌を変えるために 歌をうたがう
アジアの死者はまだ掘り起こされていない
自分の言葉を探した
蛹の中で
古い筋肉を溶かしたはずなのに
空虚さが細胞分裂し
テクノロジーの生殖ばかりが高速で進み
羽化できない言葉
地球の傷をめぐって
国を越えて
宇宙の黒板にさまざまな問いを考え
流星のように並べるはずの言葉がかすれて
天空にさえ兵器がばらまかれ
銀河の中心に沿う射手座もかすみ
地球のごくわずかな震えに命がつながり
南半球の波が足に響く生存
不穏な狂金の炎を鎮める地の人々の汗
血が流れる山岳に断食月が続く
水没する抒情の島々
水無月と水張月の二重に引き裂かれる季節に
言葉はあらゆる言語の瓦礫の中を
どのようにたどろうというのか

(「千年紀文学」2014年4月30日 106号掲載)








神の杖


オフィスにいてプログラミングすると
1万キロメートル以上離れた建物に潜んでいた
ゲリラ3人と子供は
無人機からの爆撃を受けて
死んだ
貧民街の路地を自爆テロ兵士を求めて飛ぶ
情報収集用の人造スズメバチ兵器
人造蚊兵器の猛毒が少女の腕に刺さった
歩き始めた赤ん坊が踏んだのは
地雷だらけの野原
温かい春の風はすでに原子に汚染されていた
海を原子力潜水艦が切り裂く

ロボットにはもう人間はいらない
奴隷人間に死体処理をさせる
高額の再生医療で生き続ける極少数の超富裕支配層は
死なずに
軍需産業の株価を見ている
武器輸出に踏み切った島国は
もはや人影もまばらで
核兵器 ロボット兵器の実験場と化した

天を見上げると
宇宙から
神の杖が振り下ろされる
ブラックホールを生み出した杖が
地球上のあらゆる所に
人間にもロボットにも
振り下ろされる
壊れたプログラムのままに


※神の杖 宇宙のプラットホームから金属棒を地球に落下させる仕組みの
アメリカが開発していると言われる宇宙兵器のこと。

◇敗戦後、日本が守ってきた平和原則が今、またたくまに破られています。
武器輸出三原則の武器禁輸も簡単に解禁になりました。死の商人となるのは
死を買う立場にもなることです。産業として死がばらまかれる恐るべき時代が
地球上に広まっています。なんとか日本を武器禁輸に戻さなければなりません。






不在の人


私達は待っていた
彼女/彼は来ることができないと
彼女/彼の土地を支配する言語が告げた
海の言語で輪唱のような叫びがあがった

彼女/彼の目はつぶされ 歯は折られ 口は焼かれた
指から枝が生え 背から灰がこぼれ 足は根となった
私の目の風景が欠け 私の手は火薬と血の匂いがした

彼女/彼を呼べるのは
土地の言語か 私達の言語は鉄格子なのか
私達の言語は身体なのか
それらを超えた言語を待っているのか
ホールのなかで互いをののしる言葉
無数の鳥がお互いを突っついている
無数の夜がはがれた爪で線画を描いている
崩れ落ちた塔の破片はしゃべり続ける
そして 沈黙のねばねばした膜におおわれる

彼女/彼は水を撒く人だった
陽にはじける音の球体を
唇に母音を生んだ いっぱいの母音を
首切られた母音を

私達は
待つという
澄んだ空虚さえ
生命への礼さえ 忘れた

私達は待っていた
打ち砕かれるのを 自らに還るのを
来ることを禁じられた言葉を待っていた
凶事のように 光のように

(「交野が原」76号掲載)




春の籠


春の胸骨は
失われた心臓を鳥籠のようにかかえたまま
おびただしくむしられた羽に似た雪が舞う
大雪を喉に詰め込まれたような息苦しさ

飢えて死んだ 馬や豚の毛
鳥のペンで書くべき言葉
悔いは肩まで濡らしたのに
たちまちしらじらと乾いて
何も発しないもどかしい繰り返し

放置された家々 仮でしかない住居は根雪より深く
日本のどこも汚れた水が染みとおり
幻のひとつの口に雪崩れうち

人間の炎熱に焼き払われた枯野で
ひれふして
さらに弱い足を踏む
ひがめ よわりめ
ほんとうの因は探さない
囮だけが増え続ける街で
収容所で 壕で 
殺された少女の瞳は今も大きい
その瞳に映るのは
どんなしきしまのやまとか





蜜の家


黄金色の六角柱の家に
人間が閉じ込められている
見ない 聞かない 言わない
感じない 考えない 書かない
ねっとり蜜はからみつき
甘い汁を吸いすぎて
吸えなくて 骨が溶け 息もできなくなり
死骸はどんどんたまるが
白い壁に隠されていくばかり

はなびら一枚にも生きる信号が
星図のようにひろがっている
水に 風に 虫に 動物に
結ばれて人は生きる
生き物の不思議が
尽きない話のしたたりのように詰まる蜜
世界を塗り替えるニスが筆にふくまれる
どこまで扉を開けても無限にある命の扉
生き続けるために 散らばり
多様であるよう定められ
虫との対話で花のあでやかな色と形が創られ
さまざまな結びつきを求めて
共生のためにあふれる蜜

詩にも秘密がある
いくつも衣を脱いだ果ての裸身のような
未知の水源からはるかな川音を聞くような
秘密の胎芽から生まれて
  この世の不思議を探りにいく
次々に窓を ページのふたを開ければ
香りが流れ出て 万人に伝わりたいと望む

秘密は命のもの
国家や戦争のためのものではない

(「いのちの籠」26号掲載)





約束


星の長い小指と
約束しました
地球が生きていけるように
地球で生きていけるように
闇の黒い紙に書きました
シジュウカラの羽で
馬のひずめで
牛の乳で
草の汁で
人の言葉で
日本語で
さまざまな言語で

放射性物質の針千本が突き刺さる
人に
山にも 海にも 子供にも
約束を破った大人
生命の約束を
国の約束を
これ以上 破ってはなりません
その言葉は
もっと遠くから来たのです
もっと広く集めたのです
ずっと昔から渡されたのです
ずっと未来から届いたのです
私達の中から生れたのです
私達の祈りを記したのです
平和への願いを
消してはなりません
アジアの地にたくさんの指の骨が
見つからないまま埋まっています


(「詩人会議}2014年1月号掲載)




鳥の木


鳥たちが燃えている
いっせいに
黒く骨になった大木を守ってきたのは
無数の鳥
あの木には ほんとうは
ついに葉が生えなかったのだ
緑の鳥たちが
世界の無数の傷ついた鳥たちが
あの骨の木の言葉と共鳴し さえずり
ひとつひとつの葉は
ひとつひとつの羽でなりたち
あの滅んだ木を守り続けていたのに
いま 鳥たちが燃えている
言葉の羽が燃えている
自由の羽が切られていく
文字をついばむくちばしがねじ曲がり
目が堅くとじられ
風切羽はばらばらに抜け落ちる
風が腐乱し失墜の温みの中で漂う
墜落を上昇と感じる倒錯
飛翔できない空が落ちてきて襲う
渡来したカササギの光跡は消され
海に飛ぶミサゴを脅かすV‐22

鳥たちも幻にすぎなかったのか
死者の虹彩が描いた
黒い卵が生んだ鳥たちは
鳥は廃墟を巣にした


鳥たちが青い炎になって燃え
空に消え
あの木がむごくただれた枝だけに
なるのが 見えるだろう

(「いのちの籠」第25号掲載)

※「いのちの籠」は戦争に反対し、憲法9条を守る詩の雑誌です。
年3回発行、年会費2000円。参加希望の方は、
甲田四郎さん 〒143−0016 大田区大森北1−23−11 
TEL03・3761・8454にご連絡を。










音の駅


ひびわれたまま
ひびき合わない
片身 形見 片隅
おずおずと
音の出会い方を探す
月の糸は排水管を通らず
火の舌は株価の折れ線を舐め
水は封印された手紙を破り
木はばちとなって肋骨を叩き
金の破れ網がきつく絡み
土は痛んで削られる
人が降ってきて落葉にたまる
不通の線路の鉄琴
ゆがんだ電線のハープ
欠片は音をたてる
音が帰る駅に
ひとつひとつ指を当てる
沈黙の全身を求めて
われて
こなごなになる
かなしみ
くずれて
ずれてゆく
くるしみ
ずれを肉に受ける
片身しかない私
ひびわれた私から
出て行くのは
古びたさびしいもののふたちか
もの言う口を閉じられたもののふたちか
それとも 探し続けるもの
片身を 形見を 片隅を
探し続けるものか
出会い方を探し続けるものか


(詩誌「PO」150号掲載)








夢の浮橋


流星のようにもろい橋を渡る
足に何かの腹がふれる
これ以上やさしくなれないほど水を含んだ体の上を
悪い夢のように膨らんだおびただしい言葉の上を
ずるりとすべってたちまち底に落ちて行く
私も踏まれて 背骨の上を歩き疲れた人々の
重さが きれぎれの暗号のように響く
私は橋になったので 疲れた響きを伝えるだけ 
誰かが夢見た螺旋の橋の端に過ぎないが
一匹の浮き袋の重さが心臓に降りて
指がうろこの須磨帆を次々に変え
貝の足先がエレベーターにはさまって
予想外のことは無い
船も車も軍艦もミサゴも詐欺も
きゃりーもふもふ あふれ あふれ
電子書籍で栄えある
光源氏 五十四帖
光原発 五十四基
光原発の方が日本発で有名になるのは
あな かなし 
をかし 可笑し 可怒し 可哀し 
可金 可数がすべてって 何の?
ヘッジファンドの?
帝に召し上げられた女御 
帝国に奪われた御地
やわらかい死者を並べて 
ガジュマルを船底に組んで
キジムナーを溺死させ
金箔のノアの箱舟を浮かべ
もはや乗る者もなく 行き先もなく 漂う
春の夜の夢の浮橋とだえして
始まりも終わりも塵であるような
不義の橋 憂き橋


(「交野が原」75 掲載)



















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