ウォーター


佐川 亜紀 の 詩 W

2001年



12月の詩です。

今年は同時多発テロにより、現代の矛盾がブハッとあらわになった感じ。
韓国の詩人・朴ノヘさんはアメリカ
のグローバリズムを批判していました。
大ヒットした
韓国映画「シュリ」の中で、北の革命集団のボスが韓国の
報部員に「おまえらみたいにハンバーガーとチーズとコーラ
で育った奴ら
に北の飢餓の苦しみが分かるか」っていうせりふ
があり、朝鮮半島は本
当に南北問題が凝縮していますね。
「JSA」もビデオレンタル開始。映画
の技術が高度になりおもしろい
ですよ。「八月のクリスマス」はラブストリー
で不治の病の主人公が若い女性との淡い恋を思い出に死んでゆくのです
、これまで韓国では国や民族のために死ぬっていうドラマが多かったと
思うんですが、自分の死を自分で形作って死ぬというところが新しいです。
主人公はカメラ店主ですが、生きている時間の切り取りに写真が効いてい
ます。これもおすすめビデオ。では、年末の私の詩をどうぞ。

大そうじ

本棚を整理していたら
お菓子箱が落ちて
ざざっと古い手紙などが落ちた
過去がチョコレート菓子のように甘いことはまれで
だいたいは赤面すること
パンドラの箱みたいに不幸や絶望がわんさか
最後にちょっぴりの希望があればいいほう
過去を薬箱のように使うのはなかなかできない
要らないもののなかに重要な鍵があり
情熱が燃えるゴミは簡単に捨てちゃいけない
で 今年も捨てられないものがいろいろ残る
目のくもりをしっかりみがいて未来を見なきゃ
心の隅にたまったほこりを吸い出して
少しは新鮮な風を入れる
社会の掃除機が無慈悲に失業を進めそうで
自分が粗大ゴミみたいに感じた日には
人生の意味のリサイクルについて考える
ほうき星が夜空を掃いて
その星☆星☆の意味は分からない
分からないけど
在ることに意味があると
それだけでは
心がすっきり晴れるわけじゃないけど
整理しきれない所に探し物はあるぞと
言い訳して
小そうじは終わる


家電

梅雨に入ってモノが壊れ出した
冷蔵庫 パソコン FAX 乾燥機 炊飯器
でも ほんとうは
モノより先に人が故障していた
家族のイライラがモノに噴き出す
母という仕事をサボリつづけたので
批判の集中砲火
家庭電化の歴史は
母不要の歴史かと思ったが
そうでもないらしい
心の点々に母の点々が必要なのか

言葉は壊れるとき
花火のように美しく生きる
でも ほんとうは
言葉は壊れない
降り続く柔らかく強固な雨のように
壊した言葉と
壊れない言葉の間に詩がある
言葉が家電製品となって
パソコンに並んでいる
背後に
言葉の分厚い肉がふるえている

*「家電」は関東学院大学の「ポエトリ関東」に掲載して頂きました。
その後記で谷川俊太郎氏は「無限に拡散していくかに見える詩の世
界で、何を基準として作品を自立させていくか、答えは一つではな
い。現実に日々を生きていくなかで、詩を書くことが自分にある首
尾一貫性(コンシステンシー)を保証するとは限らない。
詩という何ものかを、自分の書く作品を、世間と時代に拮抗させつ
つ絶えず疑うこと、そのダイナミズムにこそ詩の未来があるのでは
ないか」と述べていらっしゃるのが印象的です。 



11月の詩です。

しばらくご無沙汰しているうちに、世界は一気に不穏な状態になりました。
日本でも自衛隊派遣など憲法をすっ飛ばして行われそうな危険な動き。
できるだけ早く平和的解決になるようにしたいものです。


基地のかき氷

今年の夏 神奈川の米軍基地で
かき氷を食べた
海の日 花火の日だけ開放される基地
日本人でも入れない土地がある
敗戦の夏がノースリーブでむきだしだ
かつては基地反対などの列に入って
ここらへんを歩いたことがあるが
今は溶けたかき氷のだるい甘さ

横浜のみなとみらい21の高層ビルの近くで
花火が次々上がりビューテイフルの歓声
まさか未来にアメリカの高層ビルに
旅客機が突っ込むテロが起きるとは
一瞬の光の21世紀が闇に消える

テロ後のアメリカのテレビには
太平洋戦争で日本から硫黄島を奪回した
映画が流れたそうで
一気にアメリカのプライドをかけた
戦争モードに入った
「原爆を落とされた日本がなぜアメリカに
協力するのか」とタバリン幹部が言い
「日本の軍国主義より日米安保のほうが
まだいい」と韓国人が言い
「弱いものいじめをするな」
と中国人のおばあさんが言う

あの時の甘いブルーハワイのかき氷が
世界の無数の破片に変わったようで
瞳に中に乱反射している



11月の水

11月の朝 蛇口をひねる
冷たい おはよう
エジプトの蛇が突然口を開いたように
新鮮な出会いは
いつもヒヤッとする
細胞がブルルンとふるえて
ミイラから蘇る
「今日の問題は・・・」
スフインクスより多いよ
なんたって現代なんだから 
ニュースがじゃあじゃあ流れて
手を洗ってる暇もなく
新たな戦争犯罪にかりだされそう
温かい水ばかり使うなよ
ぬくぬくできる人間は世界にわずか
水運びだけで一日を終える子供もいる
わっかてるさ!
長いものに巻かれたくわないけど
蛇口の説教をぎゅっと止めても
水の涙がポタポタ


5月の詩です。


ふるえる

不意の言葉に
ケータイ電話がぶるぶるしている
こんなふうに体中で言葉を受け止めたことがない
あんなふうに全身で言葉を知らせたことがない

毎日のコーヒーカップみたいな言葉にも
苦くてこくの深い味があった
置き忘れた傘みたいな言葉にも
乾かない悲しみのしずくがついていた
聞き落とした言葉が
重い忘れ物になって
過去の駅で引き取りを
待ち続けている

文字が無かった時代
空の言葉を体まるごとで受けて
海の言葉にずぶぬれになって
きっとぶるぶるふるえていただろう

初めての言葉に震撼した地球が
今、全身で伝える言葉は
クライシス




3月の詩です。

珊瑚の夜

風を吸うと
世界が体の中に流れ込んだ
風を吐くと
海と木が私を洗った

珊瑚は
地球の毛細血管
金星や火星の死を超えて
生きている石が
海にめぐる生と死が
地球に酸素を与えた

人間が現われて
百数十万年
核や基地がまだある
やりきれない夜だ
やりきれないとも思わない
うすぼんやりしたにぶい夜だ

基地や戦場
火のついた欲望
麻痺した神経
いつも犠牲になるのは
紅珊瑚の唇が初々しい少女たち
海の白い首飾りがひきちぎられるように

地球をむさぼるだけの
おろかな私の口にも
それでも
遠い珊瑚の息がめぐってくる
億年の生物の交響が
重い風となって渡る
うなだれて聞いている夜だ

*これは、1995年に沖縄で起ったアメリカ兵士3名に
よる小学生暴行事件の時、作った詩です。21世紀に
なっても沖縄での悲劇は続いていて無力を感じます。

2月の詩です。

1月には、ここ横浜でも珍しく大雪が二度も降りました。雪国の方から見れば、ほんの少しですが。韓国でも、崔勝ホさんの「大雪注意報」という詩や呉世栄さんの「雪」という詩があります。朝鮮語で雪はヌーンです。

.
雪の夜

夜から雪になって
「明日どのくらい積っているだろう」
子供たちは弾んだ声でしゃべりながら寝る
夜が卵みたいに明るい

世界がいっぺんに変ったら
つい言ってしまった悪口や
かずかずの間違い
どうしようもない憎しみ
修正液で消したい
そんな神はいないと
世界は長靴に泥あとつけて歩かなくちゃ
マフラーみたいに記憶は長く首をしめて
生きるために暖かい

ヌーン パム ヌーン パム
やわらかい朝鮮語の中に
氷ったままの雪の夜がある
言葉のつららが詩からぶら下がっている

雪はいつも消えて
現実の道路がむきだしになる
ただ地をおおう大きな白い鳥が
天に帰る
白いものを人間に
再び思い出させるために


故郷喪失

私達は故郷を燃やす
雪を燃やす
寝たきりの
かまくらのような温かさだった義母
大手スーパーに客を奪われ
傾いた店をつぶして
精神を病んだ義兄
新幹線が開通した後の
盛岡は
東京や横浜の支店が並ぶ

朝市の仲間の弔辞
「不意の火事をテレビで見て驚きました
いつも冗談を言って私たちを笑わせて下さり
いつも作業着などを格安で売って下さり」
神経の薬を飲んで
社会の淵にかろうじてたたずみ
あっけなく失火によって死んだ
義兄も
朝市の露たまる青菜の笑みを
人に与えることがあった

私達は故郷を燃やす
寝たきりの義母と
病んだ義兄を
二度焼く

「帰る故郷が無くなった」
焼け跡の黒い雪をみつめて
夫がつぶやく
私達は流浪する者である

白いパイプの空洞のように
新幹線が走る
車内ではしゃいでいる
子供達の
義母がくれたセーターに
亡き人達の温かさが残っている
ぼろぼろの故郷の燃え殻が
黒いコートにこびりつく


2001年おめでとうございます!

とうとう21世紀になりました。なんかドキド
キしますね。しません?すごいことが起りそう
な、人間を超えるというか、人間が変わってし
まいそうな期待と不安の世紀の始まりです。人
間が滅びないですむか、が最大のテーマかもし
れません。21世紀を色に喩えて予想すると何
色になりますか?あんまりバラ色とは思えない
でしょうか?


21世紀の色

21世紀を色に喩えて予想すると何色?

20世紀は赤かった
戦争の血と革命の火の色
真紅のドレスの裾が広がって
幻のロマンのステップを踏み鳴らすの

21世紀は銀色?
ロボットの愛犬にロボットの恋人
毛と体温なんかいらないの
メタリックな感情があれば
きっと人間より情が深く忠実

それとも21世紀は紫?
果てしない欲求不満
着たい・買いたい・食べたい・何もしたくない
ぶつかりあう欲望で無欲な人間たち

21世紀は藍色?
ケータイ電話があたりまえだけど
なぜか孤独が空より深くなる
しゃべっていても話していない
愛したい愛されたいのに
なぜか声が遠い
肝心なことはいつも圏外
私の声だけもしもしもしもし

21世紀は黄色?
黄色いアジアの知恵の風が今こそ吹く?
夢の時間を行き交う荘子の蝶よ
金芝河の黄土にまみれよ
もうアジアは故郷ではない

21世紀は何色?
森のあらゆる鳥の色が生きられるように
あなたが自分の色をみつけられるように


朝に

わたしは驚きたい
ありふれた朝のオレンジを
ななめに切り開く
光の金色のナイフがあることに
フライパンの卵を焼く火が
聖火のようにリレーされてきたことに
蛇口の冷たい水に
目が覚めるような新鮮な出会いに
次々に開けられる窓に吹き込む風の
花の便りに
ニュースの犯人の顔が
わたしとどこか似ていることに
ばかばかしい不可解さに
この世の一つの本質があることに

ごくありふれた朝にも
わたしはときめきたい
心の太古の海から
今、生れ出ようとする言葉に




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