呆冗記
呆冗記 人生に有益なことは何一つ書かず、どーでもいいことばかり書いてあるぺえじ。


日本人は忘れてしまったのか

 さて、今年も敗戦祈念日がやってきた。
 のっけから大ポイント文字で申し訳ないが、終戦記念日とは絶対に言えないと私は思うのだ。
 終戦。戦争が終わったという意味である。そんなものではあるまい。1941年12月8日に始まったあのアジア・太平洋戦争は日本の敗北で幕を閉じた。どこをどう捻っても終戦ではない。敗戦なのだ。いかに言葉を弄し、事実を隠蔽しようとしても、こればかりはいかんともしがたい。そして、敗戦は記念すべきものではない。二度と国民を塗炭の苦しみに陥れるようなことはしない。二度と国民を戦争という不幸に陥れない。ことを祈念する日でなくてはならない。そう思うのである。むろん、少数意見なのは承知の上でだ。

 さて。そのような日に、少しばかり硬い話をしたいと思う。
 例によって、人生に有益なことは何一つ書かず、どーでもいいことばかり書いてあるぺえじ。を期待される方は、以下のボタンで飛んで頂きたいと思う。

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 さて、過去3回(1月20日3月8日3月20日)にわたって話題にしてきた『イラク戦争』であるが、去る7月25日、おそらくは治安維持法以来の悪法となるかも知れない法案が参院可決された。その名を『イラク復興支援法』という。
 私は、確かに3月8日の呆冗記で

 今回はアメリカとともに行動するしかないと思う。

 そう結論づけた。何もしてこなかった日本。外交に於いて常にアメリカ追従だった日本が、あの時点で取りうる方策はアメリカ追従しかなかった。今でもそう思うしかない。しかし、間違えないで欲しい。私の真意は、(きちんと文章を読んで頂ければ解ると思うが)

 しかし、現状はこうであっても。未来は変えられる。いや、変えなくてはならない。
 今後の日本の外交をどうするのか。それを決めるのは国民の権利であり、義務なのである。

 それこそが全てだった。イラク戦争終戦後こそ、日本がアメリカ追従ではない独自の政策を行えるチャンスであったのだ。アメリカとは別の立場で外交政策を行うことは不可能ではなかったであろう。やりようはいくらでもある。なにせ我々は白色人種でもなければキリスト教文化圏でもない。黄色人種にして多神教国家なのである。復興支援の方策はいくらでもある。
 しかし、日本はそのチャンスを潰してしまった。
 国民の代表たる、選挙で選ばれた人々である政治家諸氏が選んだのは。イラク戦後もアメリカ追従であった。自衛隊を海外に派遣。平和維持に当たらせるという。多国籍軍支援のため陸上自衛隊が初めて他国領土に派遣される。ことになるのだ。PKOではないPKFへの初参加。
 実におめでたい話である。ここに日本は憲法第9条の柵を脱し、普通の国への一歩を踏み出したのだ。もはや迷いはあるまい。日本はその国民・主権・領土を守るために軍事力を使用することに躊躇わないことになったのだ。世界の多数の国と同じ土俵に立ったのである。「軍人とは殺したり殺されたりする職業」という世界の常識を思い知る土俵に立ったのだ。もはや自衛官は公務員ではない。割の良い就職先などでは決してない。いくら言葉を弄しようと自衛官=軍人なのだ。
 その思想が、良いことなのか、悪いことなのか解らない。私にとっては良くないことの前触れのような気がしてしまうのだが。
 1945年。8月15日。日本人は世界を相手に闘い。敗れた。その時、過ちは二度と繰り返さない。そう誓ったのではないのだろうか。
 その過ちとは戦争を行ってしまったことではなくアメリカを敵に回してしまったこと。そうだとでも言うのだろうか。
 日本人は、あの8月15日を忘れてしまったのだろうか。

 派遣される自衛官の皆さんに八百万の神のご加護がありますように。(03,8,15)


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