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 猿之助&歌舞伎ファン広場 


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  NO5】  

“伝説の舞台” ついに大阪初御目見え!
そして

9月25日夜、“ヤマトタケル” は500回を迎えました!

松竹座の空間にくりひろげられた、極め付け、一世一代の『ヤマトタケル』公演。
500回突破!追加公演、記録的大入り!など、また新たな記録をつくって幕を閉じました。
ご覧になった皆様の感想をぜひお聞かせください。猿之助さんになりかわり
(勝手になりかわるかァ〜 ) お待ちしています。




はじめてお便りします。
私の知人の一人に鳴り響く猿之助ファンがいます。その人を通して何とはなしに猿之助さんの存在は意識していたのですが、でもまだ私は一度も猿之助さんの舞台に触れたことはありませんでした。
もの心ついた頃からズーッと西洋音楽漬けのような暮らしをしてきて、今もピアノ教室を開き、児童合唱団の指導に携わったりしている関係からか、また数回観た歌舞伎が難解で退屈という印象のものでしかなかったからか、歌舞伎は私には絶対に合わないもの、全く縁のない世界という思い込みがあったのです。
それが、今回知人の熱心なススメ ( もし面白くなかったら、退屈したら、チケット代倍返ししてあげる!って)もあって、初めて松竹座に出かけました。

そして観た『ヤマトタケル』は、もう、もう、もう! 面白いだとか、良かったとかの表現で済ませられるようなものではありませんでした。
一度見ただけでは実は『ヤマトタケル』の素晴らしさは半分しか見ていないと思うとか、見るほどに新しい発見がある進化する演劇だ、とかいうような意見がこのお便りページにもありましたが、私も緞帳が下りた瞬間に「もう一度見たい!絶対見たい!!」と思いました。
でもその時点では千秋楽までのチケットが全くない状態で、折角の追加公演日も昼夜ともレッスンが入っていて動けず、結局私は10月20日に一回見ただけで終わってしまったのです。
「猿之助さんの公演は後になるほどチケット取るのがむつかしくなるから、なるべく早目に見ておかないと、後でもう一回なんて思っても見られないかも・・・」と注意されてたのに、まさかこの私が「もう一度!」となるなんて、思ってもみませんでした。

『ヤマトタケル』は長い間、新時代の歌舞伎だとか、イヤちょっと違うとかいろいろの意見の中で500回を超える公演を(しかも全て満員御礼状態で)重ねてきた舞台とのことですが、私にはそんなことはどうでもいいことのような気がします。日本の演劇の中に、『ヤマトタケル』という世界に誇れるような素晴らしい舞台がある!という、そのことの大きさに比べたら。
それにそういう両方の声があがるということ自体、猿之助さんから言わせれば”思うつぼ”ってところでしょう。なぜなら『ヤマトタケル報告白書』の中でもおっしゃっていますよね。”ある人から観れば「これは歌舞伎だ!」と思うし、ある人から観れば「これは歌舞伎じゃない。今迄に観たこともない何か新しいものだ!」と、そう見えるような舞台を作りたいというのが一番の基本的な考え方だった”って。

私の場合も、まるでもの凄いスケールのオペラのようだ!というのが第一の印象でした。それほど音楽も色彩もそして豪華さも全てが本当に素晴らしいものでした。
そして猿之助さんの素晴らしさは言わずもがなとして、端役の方々にいたるまで、歌舞伎俳優の皆さんが持つ確かな演技力!これが伝統の力というものか、と伝統というものに対して畏敬の念を抱いてしまいました。

私はあの『ヤマトタケル』を世界中の人々にも是非是非 見せて欲しい!!と切望します。黒澤明監督の映画が大絶賛を受けたように、『ヤマトタケル』も世界の演劇界に大ショツクを与え大絶賛されるに違いないと思うのです。
1998年11月9日/ Mituko F




ヤマトタケル千秋楽に編集長にお会いして、お話しをする機会に恵まれ嬉しいことでした。その時、編集長に、「男の人は大向こうを決められるのがいいですね。勉強しはったら?」と勧められました。
ところが、小生はその時点で既に体験済みであったのだ。しかも、本格的に 声を掛けたのは、この日、ヤマトタケルの千穐楽が初めてだったのだから、恐いもの知らずもイイトコである。

◇この日の大向こうさんは、3階に御常連、ベテランの方がいらしたようだが、熱気ムンムンの千秋楽ということで、私も相当に張り切ってしまった。
◇しかし、自分の声がちゃんと 舞台まで 届いていたのか、抑揚・イントネーションが大丈夫だったのか、今頃になって心配になってきた。やはり自分の声を鍛えるところから始めなくてはならないであろう。大向こうも難しいことだと改めて良くわかった。

◇小生の座席は、2階3 列7番。Kumiko.T.さんの真後ろであったとは・・過日の感想を読んでビックリしてしまった。知らぬが仏ながら、お騒がせをいたしました。

◇ヤマトタケルは想像以上に声の掛けやすい芝居であった。ヴィジュアルな衣装や舞台装置、アクロバチックで派手な立回りに目を奪われがちではあるが、演出・演技の土台が、歌舞伎そのものであった証拠だと実感している。

◇伊勢の場で、後ろの方から話し声が聞こえてきた。あの人(倭姫)はなんて言う人?前の方で、サブロー、サブローって言ってるよ。小生の掛け声が未熟だったらしい。この日の倭媛は柔らかな感じで、いつもの笑三郎さんとは一味違った新鮮な演技だったのに、申し訳ないことをしてしまった。エミサブ!の方が良かったのであろうか?

◇走水の場では、静かな場面の台詞と台詞の間に声を掛けるという高級な?技にチャレンジした。手前勝手に、その時は、うまくいったと思っていたが、どうだったのだろう。
ブッカエリのあと、入水するところはタイミングがほんのちょっと早 かったと反省している。春猿さんを応援するつもりが、却って邪魔をしてしまったのではと気になる。

◇カーテンコールで一人一人、順番に挨拶された時は、客席も大興奮! つられて全員に声を掛け続けたのでイササカ息が切れてしまった。
その時、伊吹山の猪さんが素顔?を見せて くれた。三階さん達にも光をあてて、苦労に報いようとの御大の御配慮であろう。嬉しくなって、笑三!とは叫んだが、段三郎さんの名前を思い出せず失礼をしてしまった。これまた、失敗であった。

◇梅原先生も舞台に登場された。勿論、梅原!梅原!大先生!である。原作者が舞台に出る例も少ないが、その人に声を掛ける大向こうも小生くらいなものかもしれない。
幕間にロビーで梅原先生にサインを頂いた時、『今日は僕も舞台に出るから』とお話しして下さった。いつものニコヤカさに輪を掛けたデレデレのお顔を拝見出来たことは、この日最高の、忘れることのできない嬉しいことでした。

帰りの新幹線の中では、疲れを感じながらも、スッキリした気分であった。 劇場の中で気持を発散させてしまったためだろうか。
しかし、芝居の感激の余韻にはあまり浸ることはできず、日がたつにつれ、勿体無かったというような気持が強くなってきた。
12月の歌舞伎座では不慣れな大向こうはお休みにして、ジックリと演劇鑑賞をすることにした・・(ゴツン)痛ぇなあ・・鑑賞だなんて、柄にもないこと言うんじゃないよ。それより、銭勘定をちゃんとしとくれってんだぃ。誰のおかげでお芝居に行けると思ってんだぃ・・・
いずこも同じ秋の夕暮れ、それに付けても・・・
1998年11月9日/ しっぺぇ太郎



猿之助ファンの皆様いかが御過ごしでしょうか?
千秋楽からもう10日近くがすぎ 11月になりましたね。
なんだかまだ少し放心状態なのです。感想もまとめなきゃと思いつつ時間が過ぎて、その間に皆さん感想を寄せられていて...それを読んでは思い出しています。
素敵でしたよね、千秋楽。今はただ行ってよかった、と思うばかりです。
私はまだおもだか年齢が若いので舞台を見てもただただ、素敵で感動するばかりで、冷静なこころで見る事ができません。感想をまとめたり出来るようになるまでにはもう少し時間がかかりそうです。

それから、終演後に『翔』の皆さんとお目にかかったことも、本当に楽しかったです。皆さんの、観劇歴の長さにすごい!とも、うらやましい!とも思いました。
イラストに皆さんとってもよく似ていらっしゃったと私は思います。

そうそう、千秋楽の日のあの一幕目のけんかの件で、北前さんは、<あんな騒ぎなのに猿之助さんも笑也さんも、チラッとも視線を動かさずに、かえって客席の気を舞台に引き付けようと強めた演技をしてはった。普通は目線ぐらいチラッと動いてしまうもんやと思うのに。ホントにあの集中力すごいわ!>と教えてくださったでしょう?
私は確かにあの騒ぎの中で、目さえ動かさない御二人のこともすごいとはもちろん思いました.....でもあの騒ぎの中、脇見もせず集中して御二人を見続けていたという北前さんももっとすごいと思いましたよ。

12月の歌舞伎座遠征は今から楽しみです。私にとっては今年をしめくくるビッグイベントですからね。その時はぜったいに感想を書きますからよろしくお願いしま〜す。
1998年11月6日 /Kikuko T

【編集部より】=あハハハハ・・・確かに。だけど改めてそう言われると・・・なんかちょっとコワイもんがありますねェ〜。




初めて、お便りします。以前から皆様の猿之助さんや21世紀歌舞伎組の皆さんへの熱い声を楽しく拝見しておりました。

27日の「ヤマトタケル」、念願の千秋楽に行ってきました。たまたま授業のない日だったので何の気兼ねもなく観劇できました(社会人の皆様には申し訳ない…)

私が本格的に猿之助歌舞伎にはまったのは、去年の「カグヤ」からでした。 今年は京都造形大の集中講義にも参加して、じかに猿之助さんの歌舞伎に対する情熱にふれる機会を得、大感激でした。そして「ヤマトタケル」。9月に見たときとはまた違った2回目の観劇。スーパー歌舞伎は何回も見ないとわからないもので、何回見ても新たな発見のある「進化する演劇」だと再認識しました。

学生の私は分相応に3階席。それでも正面ではなく右の席だったので、舞台や俳優さんたちがより近くに見えました。これだけ見えて4200円とは安い!!!でも本来セットの下に隠れているはずの猿之助さんや、仕掛けが見えたりして、どきどきしました。走水の場面で春猿さんがどうやってあっという間に流されていくのか、わかってしまいました…。ちょっとうれしい(*^_^*)

一幕目の3階での悲鳴や話し声は、とても残念でした。正面の最後尾あたりでの騒 ぎでした。でもその後は全く何もなかったかのように、舞台はひたすら駆けめぐり ます。
前に見たより、タケルの飛翔にはじーんときました。初めて見たときはただ「きれい」だけだったのですが、今回は「これで大阪公演も終わりか…」という寂しさがこみ上げてきました。

カーテンコールは本当に圧巻の一言につきます。あの、舞台と客席が一つの演劇を作り上げてきた(おこがましいですが)実感を共有し合う一体感。真っ暗闇の劇場空間が、極めて密度の濃い、今にも破裂しそうな「猿之助歌舞伎」の巨大なエネルギーをはらむ、たったわずかの時間。  

もう私は病みつきになりそうです。今度も千秋楽に行きたいなあ。

来年は三国志ですね。三国志は日本でもいろんな物語・外伝が派生していますが、猿之助さんはそこにどんな新しい「猿之助三国志」を創造されるのでしょうか。三国志ブームが一段落した今、新たな三国志ブームの火付け役にもならないとは限りませんね。
でも一つだけ個人的に思うのですが、前回の「リューオー」といい、今度の「三国志」といい、中国ものはみんなほぼ創作ですよね。中国の古典演劇には多くのおもしろい作品があるのに(ディズニー映画「ムーラン」も元はそうですよね)、「オグリ」のように、そうした古典演劇を題材にして、スーパー歌舞伎を作られるというわけにはいかないのでしょうか。でも中国古典演劇はほとんど知られていないし、難しいのでしょうか。

HPの皆様へ。これからも楽しく拝見します。よろしくお願いします。
1998年11月2日/ 紅娘




楽日観劇の感想を送ります。遅くなってごめんなさい。前の日は寝られず、いつもでは考えられない時間に早起きして・・・実は公演中、寝ちゃうんじゃないかって心配してました。
松竹座に着いて・・・思わずため息!!
「長い道のりでした!」
1年前はこういう理由で、まさか大阪まで来ちゃうと思わなかった。そして・・・楽しみにしてた「ヤマトタケル」!

ただ、初めて見た「オグリ」に比べて衝撃は少なかった。あのときは、何の情報ももってなくて、真っ白のまま見たからね。正直、ストーリー的にも「オグリ」の方が好きです。それに、今回はっきり自覚したんだけれど、やっぱし笑也さんがすごく好きなのね。だから出番が少なくって寂しかった。
笑也さんにとって、思い出深い作品なんだろうけど、なかなか出ていらっしゃらないんですもん。
たおやか春猿さんも、気品漂う笑三郎さんもすっごくいいんだけど、やっぱなんか、たおやかそうでいて、でも筋が一本通ったみたいな気の強い感じのする笑也さんに一番惹かれる・・・。
あと、こんな事言ったらアカンのかもしれんけど、猿之助さんには同じ美少年でも、小碓命よりも小栗判官の方があってるような気が個人的にはしています。

なんて、マイナスなとこばっか書いちゃいましたけど・・・。やっぱり猿之助さんの演技力はすごかった。
「帰りたい。帰りたい。大和へ帰りたい。」と、押し殺した、絞り出したような低い声で言うシーン。鳥肌がたちました。絶叫するよりももっともっとすごかった。
3階席は全体が見れてすごくよかったんだけど、あのときは1階席であのエネルギーを目の前で見たいなと思いました。
あぁ・・・猿之助さんって本当に本当にすごいんだ・・・と思った時、私も 「おもだかやっ!」とか「えんのすけっ!」とか言ってみたかった。でも、呼び捨てにするなんて!って抵抗がありました。今度は言ってみたいな!

人の持つエネルギーとかパワーとかって、年齢に関係ないねってこと。好きだって情熱は何もかもを越えちゃうんですね。あたしも何かしなくては!って思いました。
北前さんの言っていた同じ舞台を2回は見たほうがいいといったのはよく分かりました。全体で1回見ておいて、近くでもう1回演者のエネルギーを受ける・・・。あぁ・・・なんて贅沢なんだろう。
12月は東京ですね。古典見に行っちゃおうかな?? いろんな人がでるでしょ。今考えてます・・・。

帰りに出待ちして猿之助さんを目の前で見たとき、「お、お、お疲れさまでした」しか出てきませんでした。次に出てきた言葉は「おぉっ!本物だぁ」でした。
猿之助さんの周りに流れているオーラが凡人と違う、という意味が何となく分かったような気がしました。笑也さんも、他のすごい人達も、み〜んなこの人が育てたんだぁ・・・って。すっごい大きな人なんだぁ・・・って。
あの白鳥さんがバックに見えたような気がしました。

こんな言い方しかできませんが・・・感動しました、ほんとに。 ほんとに、ありがとうございました。
1998年10月31日/ りんご




千秋楽はお疲れさまでした。とても楽しかったです。歌舞伎でスタンディンクがおきるなんて考えてもいなかったので感激しました。二拍子の拍手でジンジンする手も心地よかったです。
出待ちもはじめてでしたが、よかった! 春風のようでした。
でも、(SPみたいな男性方にお願いです)あんなにアッという間に車に押しこまないでほしいですよね。名残惜しくて、寂しくて、泣き出したいくらいの思いで見送る人垣なんだから、せめてグルリと見回してニコッくらいはね。期待しますよ。
いまは、ああ・・・終わってしまったんだなァ・・・と腑抜け状態です。

でも、今回 『翔』のみなさんや猿之助さんの古くからのファンの方たちの、舞台の話や楽しい話をいろいろとお聞きして、「やっぱり猿之助さんに出会うのは遅かった!」と悔しい思いでいっぱいです。
20年くらい前のもっともっと綺麗だった(もちろん今も私にとっては非常に、充分過ぎるくらいに綺麗ですが・・・・というんならもっと誉めなアカンね。手足が短いの、ちいちゃいの言うたらアカンね。でも言ってしまう・・・(笑))猿之助さんも見たかったなあ。損したなあ。

「猿之助は素人を集めたような集団のお山の大将で、目指しているものもわからないし、とにかく歌舞伎界の異端児で、邪道で、サーカスで・・・」なんのというかつての世評(というより劇評、それもいま思えば一部の人たちによる)を鵜呑みにして、猿之助さんを長い間避けてきた自分が非常に悔しいです。
舞台を一目見れば、猿之助さんほど歌舞伎を深く愛し、真摯に向き合っている人は少ないということがよく分ります。ただウケだけを狙った華やかなだけの舞台ではない、基礎、基本をキッチリと身に付けた本格芸だということが、その体からも感じられます。御曹司然とした気品にもあふれていらっしゃいます。エネルギーもいっぱいです。しかもただ上手いだけではない、魅きつけるパワーが人一倍出ているんですよね。だから、花道で人の心を鷲づかみにするんです。「市川猿之助」と書いてみただけで、ぽ〜っとしてしまうんです。
素人集団みたいなものだろうなんて思い込んでいた21世紀歌舞伎組の人たちの力量も、それは素晴らしいもので、それにも大きなショックを受けました。
やっぱり舞台を見なアカン! 気になる舞台は絶対に見なアカン! 人が何と言おうとも。自分の目で見て判断せなアカン!!
いろいろお話を聞いたり、自分の気持ちを話したりしていて、猿之助さんの魅力の謎に少し近づけたような気がします。そして自分の気持ちを正直に話すことも、こうして書くことも精神衛生上とてもいいことだと思いました。

あ〜あ、でももう猿之助さん大阪にいらっしゃらないんですね。あんなに急いで帰えらなくてもねえ・・・。
いらっしゃっても「今日の舞台はどうかな・・・」なんて気になるし、帰ってしまわれたら力抜けるし。もうどうしたらいいんでしょう。

「楽しかった、楽しかった!」と気持ちを入れ替えて、12月の舞台を楽しみに一生懸命働きましょう。財政難のため少しでも計画的にと猿之助・勘九朗預金を始めました。(若鶴会とおもだか会の両方を取って「若たか預金」ともいいます)でも来年は勘九朗さん大河出演であまり舞台はないはずなので、猿之助さんにしっかり使えそうです。…たまれば、の話ですが。

束縛のない『グループ翔』はとてもいい雰囲気です。これからもみなさん仲良くしてください。また、いつか、どこかの劇場でお会い出来て、お話出来る日を楽しみに!
1998年10月30日/康子 S




もう楽日に参加できただけで、最高に幸せです。家に帰ってから、どうしてもこの事を誰かに言いたくて言いたくて、でも母親には内緒でしたから、おばあちゃんに電話をかけて「実はね、今日楽日行ってきてん」と白状しました。興奮状態のままだったんで、自分の感想をそのまま話したんですが、きっとおかしな日本語をしゃべっていたと思います。
おばあちゃんに「お母さんにも言いなさい」と言われ、いつ言おうかとタイミングを計っていたら、母親が「ヤマトタケルっていつ千秋楽やったっけ?」と聞いてきたんです。私は思わず『ドキッ』としつつ「今日!」といいました。「きっと凄かったんやろうなぁ」と言われ、心の中では『うん、凄かった』と言っていたんですが、実際には「そうやろうなぁ」とごまかしていました。「何か悟っているんじゃないか?」という気がしてならなかったんですが、母親はただ聞いただけだったみたいです。
実は前日に、「あんた明日は気楽やもんなぁ」と言われ、『ひょっとして松竹座行がバレた?』と思いつつも、次の日、学校に行くフリをしていつもと同じ時間に家を出て、いつもと同じ電車に乗りました。
日本橋に尽くと8:20ぐらい。あほ毛が(あほ毛ってわかります?)立ちまくってたんで、とりあえずトイレに行ってあほ毛を直し、松竹座に向かいました。

松竹座に着いたのは9:00まえ。何をしてようかなぁ?と考えてるうちに、時間が過ぎていったんで「このままボーッと立ってよう・・・」と思いボーッとしてると、前をウロウロするおじさんが一人。
『どっかで見たことあるなぁ??』と考えるんだけど、誰だか思い出せない。「誰やろ?」と思ってると、また一人視界の中に飛び込んできたんです。『ん?ひょっとして猿之助さん!まだ早いぞ!』と思いました。
だってまだ10:00前。テレビに出てらした時には「ギリギリが好きなの」(10:20前後)とおしゃってたのに。でもや、やっぱりそれは猿之助さんだったんです!!
本物の猿之助さんを間近で見た私は、放心状態。『うわー。本物や!』と思ったまま、猿之助さんが歩いていかれる姿を目で追うだけ。目が合った瞬間(きっと合ったと思うんですけど、私が思ってるだけかも)お辞儀をするのが精一杯でした。もうこれだけで学校をサボっていった甲斐がありました。

さて、「ヤマトタケル」ですが、始まってみるとあっという間の4時間。皆さん、とっても気合が入っていたと思いました。猿弥さんの足の上げ方も、今まで以上に上がっていたんではないでしょうか。
今回で3回目だったんですけど、今まで以上のパワーのようなものを皆さんから感じました。
ヤマトタケル(猿之助さんの)の純粋さと苦悩。タケヒコの頼もしさ。倭姫(笑三郎さんの)の優しさ。弟姫(春猿さん)のいじらしさと、タケルへの思い。兄姫(笑也さん)のタケルへの思いと、ヘタルベ達への思いやりと、ワカタケルへの愛情等々・・・。
1回目はただただ『凄い!』と思ったし、2回目は『笑也さん可愛い』と思ったんですけど、3回目にしてやっと舞台全体を感じ取れたんじゃないかな、と思いました。

前にどなたかが、タケルの追い求めたものは“父親(帝)の愛”だとおっしゃってましたけど、確かに帝の愛も追い求めていたんでしょうけど、国全体の幸せとか、人々の幸せとか“輪”(和)も、求めてたんじゃないでしょうか。
私もちょっと兄姫の扱いがさみしいなと、思いましたが、でも、タケルが最後に別れを告げる時、まず最初に「兄姫」ときたんで、やっぱり兄姫のことも愛してたのね、と納得しました。

それから、カーテンコールもかなり興奮しました。私も歌六さんが投げた樫の葉のかんざし、ほしかった!
そうそう、開場前に見たおじさんなんですけど、カーテンコールで判明しました。梅原先生だったんです。イヤー分かってほっとした、という心境です。
来年は“三国志”ですね。おばあちゃんも楽日に行ってみたいと言っていました。
次に一門の方にあえるのは、来年の歌舞伎組の公演ですね。早く 1月がこないかなぁと毎日思ってる私です。もうすぐ授業なんで、中途半端ですが終わります。また続きを送るかもしれませんが。
1998年10月29日/おさよ




おはつと申します。『翔』のHPで、千秋楽のチケットを譲っていただき、観に行くことが出来ました。
それまでも、初日を始めとして何度も観に行っていたのですが、今日の舞台もそして客席の雰囲気も本当にいつもとは違った一種異様な感じでした。役者さんはやはり長丁場でしたし、声をつぶしておられる方がおられて、25日に観たときも心配していたのですが、今日は皆さん完全燃焼と言った感じで「気合い」の様なものが感じられました。中でも、走水の場面の春猿さんの熱演には、涙が止まりませんでした。今まで観た中では私は今日の弟姫が一番好きでした。
とにかく今日の舞台はひと味もふた味も違ったようです。客席の方もいつもよりも盛り上がっていて、「まさに千秋楽!!」といった雰囲気だったのですが、舞台が進むにつれて「終わってしまう・・・」といった悲しさがこみ上げてきました。
カーテンコールもいつもと違って三回もあって、客席の方はみんな立ち上がっての拍手。去年のカーテンコールのことを聞いていたのですが、本当に「大阪の千秋楽はひと味違う!」を身をもって体験してきました。後悔しないようにと、決心して買ったチケットでしたが、本当に行って良かったと思います。
まだ感動と興奮が冷めないので、上手に文章に出来ないのですが、きっと私よりも詳細なきちんとした感想が沢山寄せられると思いますので、感動と、感謝を伝えるだけにしておきます。来年の大阪での『三国志』が、今からとても楽しみです。
気がかりなのは、段之さんが千秋楽も休演しておられたことです。22日に観たときに体調を崩されていたように思えたのですが、千秋楽もいらっしゃらなかったので、心配です。
1998年10月28日/おはつ




千秋楽、とてもよかったです。泣けました。これが最後の公演でもう見ることが出来ないと思い、カーテンコールの時ハンカチを目に当てながら観劇(感激)。後(7列目で観劇)のおば様がたに「座って下さい」と怒られながらの拍手と涙のスタンデングオペイションでした。
朝5時起きで6時半の新幹線で10時頃松竹座前に着きました。朝から興奮気味で東京を出るときは雨は降っていませんでした。傘を持たずに来たのに大阪に着いたら雨でした。今日が最後の公演なので別れを惜しむ観客の涙雨だったのかもしれませんね。
それにしても、一幕目の明石の浜の猿之助さんと笑也さんの場面で3階から大きな声で叫ぶ声が聞こえたのには驚きました。何か女同士で(男と女という説もあり?)喧嘩していたようですね。始まったばかりなのに皆に不快感をあたえるなんてイヤな人たちです。でも猿之助さんと笑也さんは何事もなかったように冷静に演じていて、さすがだと思いました。
とにかく今日は千秋楽なので、演じる方々もいつもより一層頑張っているのが伝わってきて、見ているほうもより熱を込めて観劇し最後の舞台を見てきました。久々の大感動を有り難うございます。そして、ご苦労様でした。
久しぶりに出待ちをしました。猿之助さん、笑三郎さんは表からハイヤーで、若手の方は楽屋口からそれぞれお帰りになるのをお見送りして、東京へ10時頃帰り着きました。
来年のスーパー歌舞伎「三国志」期待しています。12月歌舞伎は玉三郎さんと猿之助さんの共演実現!こちらも楽しみです。昼夜、観劇、そして歌舞伎座特有の一幕見、夜は、若手が出演するそうなので会社帰りに通うつもりです。
昨日、仕事休んだのでまだ残業中です。興奮冷めやらずで、まとまりもない文書ですがすみません。
1998年10月28日/お仕事中の美翠でした 




今、楽日に関西の知人に貸してもらった、『スーパー歌舞伎ヤマトタケルの舞台裏』(by関西テレビ)を見終わったところです。初日以来の疑問であった、「衣裳のデザインは変らないみたいだけど、以前のものより軽そう・・・」の謎?も解け、すっきり(*^^*)!!
軽井沢でのお稽古から、直前までの舞台稽古、そして、初日の公演までのドキュメントを追いかけたこの番組と、実際初日が開けてからの数日間の自分の観劇の記憶と、そして、昨日の楽の舞台が交錯し、幸福の感覚とちょっぴりの寂寥を抱えつつ、キーボードに向っています。

何かしらハプニングを期待してしまう千秋楽ですが、熊襲の館での豪快な宴のシーン、団蔵さんの「飲んで、飲んで、飲まれて飲んで♪」・・・これは、狙って(!?)いらしたのでしょうか?私は最初、「酔って」を「飲んで」と言い間違えてしまったので、アドリブというか咄嗟のフォロー?かと思ったのですが、「いや、楽のお遊びでしょう?」と大方の(私の周囲にいたおもだかなみなさんの)ご意見・・・・・*本来の台詞は「酔って酔って、ぐでんぐでんに酔ってしまえー。」←でしたよね?シリアスなお話なのであまり遊ぶ場面はないよね・・と言い合っていたのですが、この宴かあるとすれば、みやず姫のパパとママか!?と「期待値(^^;)」は高まっていたのでした。(団蔵さん、期待に応えて下さってありがとうございましたm(_ _)m)

最初カーテンコールは常と同じに幕が降り、鳴り止まない拍手が2拍子へと変っていき、「アンコール」の声もかかり始めて、ここからがカーテンコール千秋楽版。ひとりひとりの役者さんが紹介されたあと、猪さん、花道から登場!!もちろん、この日初めての観劇というお客さんも多かったと思いますが、楽日ですからおもだか命!のご贔屓さんも沢山来場されてました。この、2ヵ月に渡る長い公演で、事故怪我のないよう細心の注意を払いつつ、そして躍動感を失わないでいることは、大変辛いものであるとよく知っている人も多かった。
すでにスタンディングオべイション状態の客席からは、段三郎、笑三さんにも熱い熱い拍手が!梅原先生も舞台に上がられ、いよいよ佳境に・・・・
ここで昨年のカグヤの楽を観た方は、察しがつくと思いますが、そう、来年、九月十月は『三国志』上演の垂れ幕が・・・・タケルさま、突如、パントマイム風に是非来年も松竹座『三国志』にお出かけください・・・のポーズを花道で、そして舞台上手でも。なんか、それまで、タケル最後の舞台が終わってとても淋しい気持ちになっていたのですが、ふっと、気持ちが軽くなったんです。ひとつの終わりはひとつの始まり。「地ここに果て、海始まる」ですね。
楽日の観劇って、ホント想いいれたっぷりになってしまうので、涙涙になることが多いのですが、ラストは笑顔になれたカーテンコールでした。実は、役者さんはお疲れだろうと思いつつも、あともう一回幕を開けて欲しい!という悪魔の囁きを胸に秘めていたのですが、一世一代のヤマトタケルの楽にしては、すっきりと?終わったのは、なんと、猿之助さん終演早々お仕事で岐阜に行かれるとのことでした。(凄すぎるスケジュール・・・−−; )

公演がかかっている間は、「あっ、今、走水のあたりだよね。」とか「そろそろ飛翔に入るとこ」等々、ファン同志で話をしている時は、いえ、一人の時間も、カタギ(!?)の友達といる時も心は半分松竹座!の日々も終わりました。十二月歌舞伎座まで、私も心身(とお財布の!)充電期間とさせて頂きます。

<千秋楽PART2>
インタ-ネットで「翔」に出会った方々、そして、「翔」制作に携わってきた方々とで松竹座の地下でミニオフ?を開いて頂きました。
まだ、ビョーキになって日の浅い方&長年患っている方(!)のいろいろなお話を聞けて、またネット上、あるいは「翔」の紙面上で<お目にかかった>方と、実際お会いできてとても嬉しかったです。わ〜〜、この人のこの手があの文字をイラストを書いたんだーとか、あの表紙の色をつけたのね・・・・とか内心結構感動しておりました。
昨年PCデビューして、真っ先に歌舞伎、そして市川猿之助で検索して「翔」と出会えたワタシ・・・もっともっと早く出会えていればいろいろな想いが昇華出来たのに・・・と悔やまれるほど、「翔」は私のご贔屓魂を救ってくれたんですよ〜〜。
そう、初めての「翔」が届いて真っ先に編集長にFAXした(まだメールアドレスはなくて)「これほど近しい他人がいるだろうか。」と思ったあの気持ち。
ファンやってるのは楽しい!楽しくてシアワセだけど、なんだか切ない・・・・この気持ちを共有、あるいは理解してくれるのはやはり、同じ病(!?)のみなさんしかないっ!(と勝手に思ってます。)
これからも「体力・気力・財力の続く限り」を合い言葉に、おもだか道をひた走るつもりですが、たまに暴走する傾向にあるので、引き続きヨロシクお願いします、院長・・・あっ違った編集長。
1998年10月28日/Yasuko W




待ちに待った千秋楽、最初で最後のヤマトタケル、東京から大阪までは遠い道のりでした。
開演時間ぎりぎりに飛び込んだ席は、2階2列7番、何と花道の真上。宙のりになったら、私をめがけて飛んでくる(ようにみえる)席なのです。それだけでもうどきどきしながらいよいよ開幕です。
補助席も通路もいっぱいの客席は、柝の音が聞こえないほどざわめいていましたが、場内が暗くなると波が引くように静かになりました。
やっとくることができたとの思いで、緞帳があがるときには、涙がこみ上げてきました。あっという間に1幕がおわり、まるで5分しかたっていないように感じました。
2幕目,大和の踊り女の踊りは何と表現したらよいか、言葉を知りません。優雅で美しく、動きがなめらかで、鈴の音の表情も豊かで、今まで観たことの無いものです。その後の戦闘場面でハラハラしているうちに2幕ももう終わり。
「ずっーといつまでも終わらないでほしい・・・」と願っても、舞台はいよいよクライマックス。
「天翔る心、それが私だ・・・」何回も文字では読んでいた台詞でしたが、猿之助様の口に乗ると、より深い情感が漂い感動的でした。そして、白鳥はやはり私をめがけて飛んで来てくれました。(と思わせてやって下さい)
悲哀と気高さと美しさと天翔る心を秘めて、白鳥は私の頭上を飛び去っていったのです。感動と別れの悲しさて゛涙が止まりませんでした。
カーテンコールでは来年の『三国志』の幕が降りてきました。『三国志』でまたお会いできるのですね。楽しみ、楽しみ。
とりとめもないまま書き連ねてしまいました。
北前様、皆様に念願かなってお会いでき、とても嬉しく思いました。時間が無くて、申し訳ございませんでした。東京にお出かけの際は、是非またお会いしましょう。
1998年10月27日/Kumiko T




27日には北前さんたちを探します。黒のパンツス−ツに水玉のジャケットですね。よく、覚えておきます。何しろ水玉のジャケットですもん、すぐに分かりそうです。

思い返せば、まだ歌舞伎に心が奪われて3ヶ月です。いったい何にどうしてこんなに引かれるのか自分でもまだよく分からないのです。
私は何を追っかけているのかって思う時もあります。猿之助丈個人だけを好きになったというよりも(もちろん大好きだけど)猿之助さんの作り出す舞台、その周りの21世紀歌舞伎組の皆さんなど、周りの方々、雰囲気、空気すべてを好きになったのではないかと思います。
その中にもちろん「翔」の存在があるのです。「翔」のみなさんにお目にかかって、どのような影響?そしてパワ−がいただけるか楽しみです。
時刻表を調べたところ、午後8時前の新幹線に乗らないと岡山からの接続の特急が無くなるので、もしかしたらすこし皆様よりお先に失礼することに(7時すぎに)なるかもしれませんがお許しください。とくとく切符でいくのでのぞみには乗れないのです。
週間天気予報では火曜日の天気もいいようなのでほっとしました。
27日は「ヤマトタケル」の千秋楽の感動を多くの猿之助ファンと共に体験できること、そして「翔」の皆様に御会いできることを楽しみにしています。
いろいろとお世話になると思いますがよろしくお願いいたします。
1998年10月26日/Kikuko T




感想が遅くなりましたが、私も18日にやっと松竹座に行って参りました。この日は超大型台風が日本列島を横断するということで、家族の「好きなことしに行くんだから、どうなったっていいわね。」という言葉に見送られつつ(?)、夜行バスに乗り込みました。しかし、台風の影響なんてま〜〜〜ったくなく、大阪はいい天気!天気までもが、私の松竹座来座(?)を歓迎してくれていました。(勝手な言い分!!)

で感想です。まずはオープニング。千秋楽に行けない私にとっては、これが最後の『ヤマトタケル』。しっかり胸に焼き付けなきゃと思っていたせいか、あのオープニングのテーマからして、涙が出そうになってしまいました。
そして猿之助さんの登場・・・んっ?いつもの猿之助さんじゃない!体からみなぎるあのエネルギーが感じられない。なんだろう・・・と思っていくうちに、これがあのみなさんが噂しているタケルの哀愁なのか!と気がつきました。前回のオウスの登場シーンでは、オウスに若々しい、みずみずしい活力を感じたのですが、今回のタケルは初めから「自分の居場所がみつからないんだ」という淋しい目をしていました。
普段は存在そのもにエネルギーを感じる猿之助さんなのに、その肉体をもってこんな淋しい雰囲気をつくり出すことができるんだと、その演技力に今更ながら驚きました。そんな猿之助さんを筆頭に一門の方々も頑張って観せて下さった、本当にあっと言う間の四時間半でした。

そんな中での私のお気に入りをまず。やはり目が離せなかったのはクマソの段治郎さんですね。かわいくて目が離せませんでした。二回目ということで余裕ができたのでしょうか。あんまり楽しそうで、「素の段治郎さんが宴会を楽しんでいる」ように見えました。噂の足もしっかり見えました。
それから皇后の門之助さんも、前回よりしどころが増え、その表情が影で帝を操る女ぶりをしっかり見せていました。
そして焼津の火のシーン。歌六さんが頑張ってますよねえ。フィニッシュで、とうとう旗の棒も折れてしまいました。トラブルというより、すごい!って感じで、大拍手でした。頑張り過ぎると逆に、「僕を見て〜〜!」って感じでうるさくなっちゃうこともあるのに、全くその頑張りが厭味にならず、とにかくすっご〜いって思わせてくれました。あそこでは猿之助さんも引いて、歌六さんに任せてますね。二人の芸がぶつからない、気持ちのいい立ち回りです。
またヤイレポ・ヤイラムには泣きました。二人ともうまかったし、殺すタケルにも哀愁がありました。ただ確かに、死んだはずの猿弥さんは、段治郎さんに抱き起こされる時、コロッと回ってました。(笑)
それとみやず姫はかわいかったあ。出て来た時客席がわいて、思わずやったねって思っちゃいました。やはり身内気分です。竹三郎さんと延夫さんもいいコンビですね。

次に・・・ちょっと私の個人的な意見を聞いて頂けますか。実は今回ちょっと矛盾を感じてしまったところがあるんです。その第一が、すごく残念なことにあのラストのタケルの名ゼリフなんです。白鳥になったタケルが、「私は常の人が追わぬ、何かとてつもなく大きなものを追い求めてた」って言うじゃないですか?あれは、猿之助さん自身には、まさにピッタリな名ゼリフだと思うんですが、お芝居全般を通して観た場合、私には、タケルが追い求めていたものは「父親の愛」にしか思えなかったんです。常の人でも追うものですよね、親の愛情は。「それが何かわからない」って言うけれど、「私はただ父上に、私の気持ちをわかって頂きたかった、ただそれだけです。」って。矛盾してませんか?前回はこんな矛盾を感じなかったんですが、今回なぜか急に、こんなことを考えてしまったんですよ。

それからもう一つは、タケルにとっての兄姫の存在が以前に比べて薄れてしまったような気がする事。
これは明石の場が変わってしまったことに原因があると思うんです。前回は倭姫たちがオウスを見送った後もう一度兄姫が出て来てオウスを見送るという場面があって、オウスも兄姫に思いを残して旅立って行ったように見え、二人の中に芽生えた愛がしっかり描かれていたんです。あれだけ兄姫に最後を締めさせるのなら、タケルと兄姫の件りをもう少ししっかり残して欲しかったと。その後タケルは弟姫のことを「一番大切なもの」だと連発するし・・・。
まあこれはもっと笑也さんの役をよくして欲しいというファン心理なのかもしれませんが・・・。

などなど皆様千秋楽への盛り上がりの中、ちょっと水をさすような感想を送ってしまってすいません・・・。でもこんな個人的な引っかかりなどは、千秋楽の盛り上がりの中でで簡単にかき消されてしまうものなのかもしれませんが・・・。

それにしてもどうして千秋楽が平日なんでしょうか!と叫んでもむなしい風が吹くばかり・・・。どうぞみなさん千秋楽の盛り上がりを教えてくださいね。そして「そんなことなかったよ。」「よかったよ。」って。
10月27日午後3時半、遠く東京の地から、私もお疲れさまの拍手を送ることにします。心は大阪です・・・。
1998年10月23日 / えみおもだか




神無月もはや半ばを過ぎますと、秋風と共に芸術の秋、食欲の秋・・・様々な秋を満喫できる昨今となりました。
過日はご多忙の御身にも拘りませず「翔」をご送付下さいまして誠に有り難うございました。
いろいろと想像をめぐらし希望に燃えてお待ちしていましたので、さっそくに開封いたしました。そして、声も出ないほど驚きました。何と素晴らしいお仕事をなさったのでしょう!

はじめに一通り目を通しまして、いまは一頁一頁、目を見開いてじっくりと読ませていただいているところです。どのページも、どの記事も、全てが目に見えるように書かれていて、この「翔」というファン誌は、一語一文字も見逃せない本当に驚くべき御本だと思います。
九州の地に住まいながら二十五年にもなる長いファン歴でございます私ですが、「ああそうだ、そうだ」「うんうん、なるほど」といちいち肯いて、一人でほくそえんで読みつづけ、もうちょっと中毒のようになっております。

私にとりまして、この出会いが最初で最後とは、くやしゅうございます。出来ることならば、私も全国津々浦々から参加されました多くのスタッフの皆様の端っこにでも加わりとうございました。そしてどんな小さなお手伝いでもいいから、したかったなあ・・・と、今更ですが残念でなりません。
これほどの熱さと厚さ、面白さとレベルの高さ、そして暖かさにあふれたファン誌は、日本中のイエ世界中の俳優さんのを探してもトップではないでしょうか。私はそう思います。
諸事情から、この八号が最後だということですが、ファンもさることながら一番寂しく感じておられるのは猿之助丈に違いないという気がいたします。
もう今となっては、五、八号しか拝見できない私ですか、回覧用でなら他の号が拝見できるとのこと。ぜひぜひ拝見させてくださいませ。よろしくお願い申し上げます。

「ヤマトタケル」は二ヶ月もの間 文字通りの大盛況、本当に嬉しいことでございます。そして十二月の歌舞伎座はまた一段と楽しみでございますね。玉三郎丈、宗十郎丈をはじめ、梅玉、松江、左團次丈などとの共演が何よりも嬉しく、古典好き、通し狂言好きの私はもう今から胸ワクワクの毎日でございます。
それでは皆々様、お体を大切に益々のご活躍されますことをお祈りいたしております。
下手の長文、乱筆、申し訳ございませんでした。
1998年10月23日/千寿子

【編集部より】=現在回覧用として用意しているのは六号(二冊)のみですが、いままだ三人の方が順番を待っていらっしゃいます。たぶん年内にはお送りできるはずですので、もうしばらくお待ちください。
さて、何だか恥ずかしくなってしまうほどの大絶賛!! 本当にありがとうございます。とても光栄です。
あまりにお褒めいただくと、なんだか面映ゆくってHPに掲載しにくいなんて感じもあるのですが、一緒に本作りに携わってくれたスタッフにとってもスゴーッく嬉しいお便りですから、HPを覗きにきてくれるスタッフにも知らせたくて、やっぱりそのまま掲載しちゃいました。




お久しぶりデス。幸せごはんです。
(感想書くのは7月以来ですけど、8月だって中座や右近の会行ってましたよん)
さて、『ヤマトタケル』ですが、私もやっと19日(3階一列目)・20日(1階一列目)で観て来ました。

作品としては『オグリ』の方が好きだし、夏の『千本桜』の通しの印象もまだ醒めてないし、熱い感想ばかりだったんでちょっと引き気味ってのも〈あまのじゃく〉な私だからあったし。ま〜・軽く一回の遠征でいいやなぁんて思いつつ(^_^;;)、でもきっと観たら急にテンション上がりそぉだ←今までの経緯からして…って案の定その通りでした(笑)。なんだかこれまでで一番の感動だったと思います(;;)。
もう一幕目から目の裏がジワジワしてきまして(そりゃぁ泣きゃいいってもんじゃないってことは重々承知してますけど)、三幕目なんて持ってたハンドタオルが涙とハナで(ちょっと風邪だったもんで^^;)グチャグチャになってしまうほど。
もう、こんな陳腐な言葉でしか言い表せられないのが悔しいけど、ホントにすっごぉーく良かったんですぅ(;;)。
この作品で12年前初めて猿之助丈に出会いました。そしてファンになったんですもんね。…でもね、自分の今の気持ちにもピッタリ合ってたのかな〜、前回に観たときよりも遥かに良かった気がしました。

回りながらセリ上がってくる舞台ののオープニングでぐっと世界に引き込まれます。暗転もさらに早くなって・まるで映像のように次への場面もスムースに繋がります。大碓と小碓の争いを聞いてしまった弟姫が兄姫を連れてくる間に惨劇が起こってしまう流れもよいです〜。ヤイレポ・ヤイラムに沼でダマされてしまうところもさっぱりとした処理。あと・タケルが亡くなる(;_;) 場面も、さらにいっそうタケルの哀しさを際立たせた印象になって悲しかったけど、それがまた旅立ちを強く意識させてくれて、とってもよかったです。陵の前で、タケルの時代がやってくるって語るところも。
【大熱演】亀治郎さんのヘタルベの嘆きを受けてだったので、この場面こんなに良かったけ??って、しみじみ思ってしまうほど。…さっきからこればっかですが、ああ・本当に良かったです(;_;) 。

ひとつ大好きなシーンがあるんですが、今回もスッゴク素敵でした。それはヤイレポ・ヤイラム兄弟が、火葬にされてしまうところ…。流れてる音楽の壮大さ、夕日と照らされる富士山のコントラストがとっても綺麗で、煙がたなびく中、タケルの台詞を聞いてると、なんとも言えない情感が感じられて胸がいっぱいになります。

おもだかニュースの10月号にも載ってましたけど、3幕それぞれに2つずつ見せ場がある素晴らしい舞台ですよね。…まず開幕15分で度肝を抜いて(早変わり)、ワクワクして感嘆して(新宮の祝)、ハラハラしてワクワクして(沼地の火事)、悲しいけど海の描写に見とれて(走り水)、ドキドキして悲しいけど奇麗な(伊吹山)、タケルが亡くなってから最後の宙乗りへの繋ぎまでも、またとっても長いのにすっごい見せ場ですよね〜。ふぅ〜。こう考えると、全部に猿之助さんはいらっしゃるわけだから凄いなぁ…。

なんかね、細かいことを言えば、タケルを追ってきた兄姫の「お慕いもうしております。」ってのとか、走り水での弟姫の台詞の矛盾してるとことか、帝とはいえ父親なのに、そして帝なのに人を見る目のなさとか(だからこそカーテンコールの帝の手を取るタケルの姿にはホッとします)、実は個人的にはつつきたいところもなくはないんですけど…^0^;;)、やっぱそれらが大したマイナス材料にならないのがこの作品がほんとに素晴らしい所なんでしょうね〜。 

それにしても、両日とも平日とは思えない人の入りで(補助席も立ち見も満杯)、特に19日は大向こう、拍手ともバンバン、盛り上がりもひとしおで…もう・絶対に行けないけど(T_T) 、楽日はさぞかしホットなんでしょうね〜。今年は『オグリ』あり、〈通し狂言〉『義経千本桜』もあり、今また『ヤマトタケル』があった素晴らしい年だったですね〜。←ってまだ終わってないって。あ・結局私も熱い感想になってしまいましたネ(苦笑)。でもパワーたくさんもらって、ホントに今元気です。
27日は横浜から無事に公演が終わるように念(?)を送ることにしよっと。…あ〜あ、次に会えるのは12月なんですよねぇ〜。はぁ〜あ←(by 狐忠信)

『ヤマトタケル』って音楽も素晴らしいと思うんですが、サントラ盤て出すのはやっぱ無理なんでしょうか?
でわ楽日のお話楽しみにしてますね〜。
1998年10月22日/幸せごはん

【編集部より】=ほんとお久しぶりでーす。やっぱりお馴染みさんがご無沙汰というのは何か忘れモンをしているみたいでいけませんよ。変わらず元気に追っかけ暮らしをしていらっしゃるようで、メデタイ、メデタイ。




私は社会人ながら細々と小劇場の舞台に立つ者です。
12年前に大学で初めて舞台に立つ直前に観た芝居が京都・南座の『ヤマトタケル』でした。その時の感想はただただ「うわぁ」です。脳の中をひっかきまわされた気持ち。こんな世界を創る人がいるなんて.....凄い。
最初私はイヤイヤ演劇の世界に入りました。でも未だに続けているのはその時に受けた想いが根っこになっていると言っても過言ではありません。
それからはや12年。その間にも何回か猿之助一座のお芝居は拝見していたものの、やはり『ヤマトタケル』上演に狂気乱舞!それも地元大阪で!
当初2回のつもりが、 良い席を譲って下さる方がいたり、何だかんだで結局3回足を運んでしまいました。おまけに千秋楽にも参りますので.....すっかりハマってます。でも何回観ても感服することばかり。役者さん達の演技・チームワーク、裏方さんのスタッフワーク、観客を引き込む力、どれをとっても感服。
小さな舞台でも役者として立つ身としては斜に構えて芝居を観てしまったりするのですが、『ヤマトタケル』は贔屓目もありますが別格です。素直に感動しています。北前様の書かれていた「魂のふるえを感じるような澄んだ深い感動を内包した舞台」その通りだと思います。
そんな魂も脳も震えるような『ヤマトタケル』があと少しで終わる思うと、お疲れ様と言う気持ちとともに、何だかとても寂しいです。

PS=いつも「翔・猿之助ファンの広場」を楽しく拝見させてもらってます。(そして『ヤマトタケル報告白書』もちゃっかりプリントアウトして熟読しております。)とても熱意のあるHPですね。
ファンの方の書き込みを読みながら「そうだ、そうだ」とニンマリ。『ヤマトタケル』を観に行く度に感想をメールしてみようかと思っていたのですが、なにぶん私は歌六さんのファンなもので、ちょっと場違いかも?なんて気がして。私にとっての猿之助さんはあくまで尊敬する役者さんであり、演出家なのです。でもやっぱり何か書いてみたくなりました。
1998年10月21日/歌六さんファンの南より
【編集部より】=おっしゃる通りこのHPは熱烈猿之助ファンのページではありますが、お便りページには猿之助ファンに限らず、一門の皆さんのファンの他、玉三郎ファンの方々、仁左衛門ファンの方々、勘九朗ファンの方々と、いろんな方がお声を寄せて下さっています。場違いなんてことはぜ〜んぜんありませんよ。だってこのお便りページは、『猿之助&歌舞伎マニア』のためのページってことなんですから。これからもドンドンお声をお聞かせくださいね。




また、『ヤマトタケル』を見に行きました。初日に見たときより、感動度がすごく、とくに亀治郎さんの演技、ものすごく光っていました。宙乗りの部分も今日の方が胸一杯になり、心の中でですが「タケル、さようなら」と涙声でつぶやいていました。本当に全然、舞台が長くないんです。
1ヶ月以上も続けているのに、このパワー、声もかなりしんどいはずなのに、それ以上の何かで動き続けてるのでしょうか・・・
あまりの感動度に、もう一回見ようと思い即チケットを購入しました。(お金はないですが・・)「見れるときに見ておきたい」、その気持ちだけです。「今」は、「今」しかないですからねっ!ちなみにその時点(4時頃)では、楽日のチケットが1枚だけ、残っていました。あとは、追加になった25日夜の部のみです。こちらは、まだ結構余裕がありそうでした。

もしも猿之助さんがこのページをご覧になることがあるならお伝えしたいことがあります。ありきたりの言葉だし、クサイのですが・・・
「あと少しですが、お体にお気をつけ下さい。そして、最高の舞台を最高の観客の一人として客席でお待ちしています。」と。
それから12月歌舞伎座も、大好きな玉三郎さんが相手役ということもあるので、見に行くかもしれません。スーパーじゃない、猿之助さんの舞台も興味があるし、見ないと自分の中のバランスがとても悪い気がするのです。
もっともっと、言葉はあるのですが、それは3度目用にとっておきます。
1998年10月21日/とも

【編集部・北前より】=ともさん、(康子 Sさんもそうでしたよね。)二度では足りず三度もご覧下さるそうで、ホントに有り難う!(何でアンタがお礼言うん?って感じですけど、ファンって勝手に身内意識の固まりみたいになっちゃってるとこがあるもので、つい)
そうなんです。「ヤマトタケル」って、そういう舞台なんです。
油絵やったり詩集を出したりしている”感性の世界”に関してはちょっとうるさいタイプの知人がいます。彼女が9月の半ばに観て感動。さらに10月10日、急用で行けなくなった友人の代りに再観劇をしました。その夜かかった電話の向こうの興奮ぶりといったら!
「一回目でも相当ハマッタ感じだったけど、二回観てよーっく分かったわ。あの舞台は一回じゃとっても観きれてなかった、実は半分も観てなかったんだって・・・」
とにかくあらゆる意味での超豪華、超ゴージャスさに目を奪われ、さらに舞台に渦巻くエネルギーの渦のようなものにアテられて、「うわぁー!」とか「すごーい!」とか「へぇ〜!」とか、呆気にとられて、感心して、気がついたらあっという間に四時間の舞台が終わってしまっていたというのが大方の人の「ヤマトタケル」初見パターンだという気がします。
もちろんそれでもみんな充分に満足していて、帰りの階段、 通路、ロビーは「よかったわァ〜」だの「きれいだったねェ!」「泣いた泣いた・・・」などの感動の声でいっぱいになってはいるのですが・・・。
でも「ヤマトタケル」の素晴らしさの核心には、実はその時点ではまだ大抵の観客は触れてはいないのです。二度、三度と観る度にそれがわかってくるという、魂のふるえを感じるような澄んだ深い感動を内包した舞台、それが「ヤマトタケル」です。
それから、お好きな玉三郎さんが相手役ということもあるわけですし、12月歌舞伎座にも是非お出かけください。そしてスーパーじゃない、猿之助さんの舞台のおもしろさ、役者猿之助の輝きもどうかご覧になってください。




13日、行ってきました!!先月の17日に行って以来ですから、一ヶ月ぶりです。今回は1等席の左側桟敷1番で見ました。(2・3は母親とおばあちゃんです)
学校が終わってから行ったので、1・2時間目の授業なんかぜんぜん身が入っていませんでした。(まあ、もともとなんですけどね)なんとなくノートは取っているんですが、頭の中&心はすでに松竹座に行っちゃっていて、しまいには、ノートに役者さんの名前を書き出していました。こういう時に限って先生ってなかなか終わってくれないんですよね。
2間目の終わりに授業のレポートを出すんですけど、書き終わってふと友達の方を見ると『ちょっと来て』っと手招きして「なあ、おなかすけへん?」て言うんです。
「ぜんぜんすいてへん。もう、頭の中歌舞伎でいっぱいやから」と答えると、「えっ、今日見に行くん!あの空飛ぶやつやろ。いいなぁ、また感想聞かしてや」と言われました。本当に、学校が終わってから歌舞伎に行けるなんて、なんて私は幸せものなんだろうと、思いつつ学校を後にしたわけです。
13:00には日本橋に着いたので、3人でお昼を食べてから、高島屋にパネル展を見に行きました。見たことのない他のスーパー歌舞伎の映像も見ることができたのでこのホームページに感謝です。
帰りに、下の本屋で歌舞伎俳優名鑑をおばあちゃんに買ってもらっちゃいました。¥2800は、今の私には痛いですから。今の私の宝物ですね。

さていよいよ“ヤマトタケル”です。始まる前からかなりの興奮状態にありました。前回は下見で今回が本番という気でいたので、「ここを見なくちゃ」と思っていたところを思い出しつつ、始まりを待ちました。
母親の会社の方が9月の終わりごろに見に行かれたそうなんですが、その時猿之助さんは少しお疲れのご様子だったそうで、ちょっと心配だったんですが、『そこは猿之助さんのことだからきっと大丈夫だわ』と思っていました。
しかし、心配は的中。冒頭でいきなりセリフをかまれたんです。
それから熊襲の館で立ち回りのときに猿弥さんの髪飾り(?)が落ちて、その落ちた髪飾りを、タルを転がしにきた人が拾ったので、タルを転がすタイミングが少し狂ってヒヤリ。ところがさすがは猿之助さんです。華麗に飛び越えられました。
でも猿弥さんの投げた棒を足で蹴って返すところはちょっと引っかかってしまったようで、手前のほうに落ちかけたんですが、猿弥さんがナイスキャッチ!
次に弟タケルを追いかけて階段を上っていきやぐらにぶら下がっている房(?)を、猿之助さんが切り落としたんですが、ちょっと残ってしまいました。するとすかさず相手役の右近さんが何もなかったように残りの房を切り落としました。
また、後ろの壁がなかなか崩れなかったときもヒヤヒヤしましたが、そこもクリアー。
猿之助さんがセリフをかんだのをはじめ、この日は小さいアクシデントが次々に起こりました。それを見て舞台の怖さを実感するとともに、それらを素晴らしい機転と反射神経で見事に切り抜けていく役者さんたちのスゴサに感動!

その後は順調に舞台は進んでいきましたが、みやず姫がタケルに質問を浴びせるところがありますよね。そこで今度は笑也さんがかんでしまったんです。場内は爆笑(でも、すぐにやみましたけど)。婚礼が決まって、少し後ろに下がる時に、侍女の人に向かって(袖に向かってかも)、微かに『やっちゃった』という表情をされたんです。もう、その顔のかわいいことかわいいこと。あの笑顔に私の心はすっかり奪われてしまいました。私は笑也ファンですが、今回笑也さんは2役をしていらっしゃいますが、実際は5役を演じわけられていますよね。兄姫の中で姉・妻・女性・母親の4役、とみやず姫です。でも、1番笑也さんらしかったのは、みやず姫だと思いました。12年前に大抜擢を受けた、記念すべき役ですし、年期が入っているせいかも知れませんが。
最後に母親として出てこられた笑也さんは、本当に“やさしくていいお母さん”という、雰囲気をかもしだしていました。

ところで、同じ時に見に行かれていた方々に、ここでお詫びを申し上げます。ヤイレポが死に、ヤイラムが抱き起こしたときに「プッ」と吹いてしまったのは、私の母親です。
母曰く「だってあんなにきれいに、コロッてまわってんもん」 ?!?
母は猿弥さんのファンなんですけど、あれはウケをねらってやっているんだ!と最後まで思い込んでいました。あんなに、シリアスな悲しい場面で吹き出すなんて、ホンマに不謹慎な母でごめんなさい。(しかし私も実は心の中で『コロッってまわった!』と、思ったんですけど・・・)

さて、ヤイラムをやっていた段治郎さんですが、以前にどなたかが書いていらっしゃったように大きな体を小さくして逃げ回っていました。逃げ回っている琉球の踊り子の皆さんはなんとなく楽しそうに逃げていたように感じたのですが、皆さんはどう感じられたんでしょうか?
最初琉球の踊り子と書いてあるんで、『え!まさか女?まさかねぇ、きっとりりしい男の踊り子だろう』と思っていたんですが、いつまでたっても男性の踊り子は出てこない!マジで女なの?と思ったのが、9月に行ったときでした。3階からではどれなのか見分けがつかなかったんですが、今回は本当に近かったんで、じっくりと見てみると、1番手前にいるじゃないですか!段治郎さんがきれいな着物を着て女らしいしぐさで手をたたいているじゃないですか!『え!ひょっとしてあれ!むっちゃきれいやん!』という驚きでいっぱいでした。
段治郎さんの役といえば、ちょっと悪の2枚目・頼もしい男性という役しか頭になかったんで、私にとっては新発見でした。でも立ったらやっぱりでかい!183cmは、大きいですよね。でも段治郎さんの指はとても細かったです。(見たかんじは)
段治郎さんの女形姿以上にかわいくって、きれいだったのが春猿さんでした。倭姫様に、タケルのことを言われた時の恥じらう顔がとてもかわいらしい。なのに、走水の場面では、とてもりりしい女性に早変わり。
走水の場面では、前回も泣いてしまったんですが今回も大泣きをしてしまいました。好きな人と一緒に死ねる幸せを感じつつも、結局一緒に死ねない悲しさ。それがひしひしと伝わってきました。でも、好きな人のために死ぬというのも女の幸せのように思いました。

「ヤマトタケル報告白書」を読んで、笑三郎さんが火打ち石の袋を忘れはしまいかと心配(ちゃんと持ってきていらっしゃいました)してしまいました。(笑)
それにしても、笑三郎さんのあの落ち着いた雰囲気はとても20代には見えないですね。花道から出ていらっしゃた姿・タケルがひざで泣いているときの表情。どれをとってもすべてを包み込んでしまうような優しさに満ちていました。

歌六さんの役も大変なお役ですね。圧巻の火の場面で、旗を振りまわす前に、呼吸を一生懸命ととのえていらっしゃる姿が目に入ったのですが、、しくじってはいけないというプレッシャーと、2ヶ月という長丁場の公演の過酷さに毎日挑戦しつづけていらしゃるんだということを物語っていました。

1階の左側桟敷席は宙乗りのときに猿之助さんのお顔の正面を見ることができないちょっと損な席なんですね。こっちを向いていただければうれしかったのに。それだけが心残りです。
團蔵さんがスッポンから出てこられたときもスモークで前が見えませんでした。これも、ちょっと残念。でも、スモークまみれもなかなか気持ちのいいものでした。
反面、左端席では普段見れないようなものが何個所か見れました。ヒョウを一生懸命岩の裏でかき集めている裏方さんや、空中分解のために衣装から抜け出た門之助さん。さっき書いた笑也さんの表情も左端席だから見られたのでしょう。
それから、花道でセリフを言う新大臣の段治郎さんの唾がライトに照らし出されて、きれいに(きれいなのか?)見えていました。(最初は霧状だったんですが、だんだん粒状になって、周りの人はひょっとしたら かぶってしまってるんじゃないだろうかと思うぐらいすごかったです)
大和の踊り女の猿之助さんも間近で見ることが出来ましたし、左側桟敷席もなかなか捨てたもんじゃないですよ。

そうそう、補助席が売り出されているという話は聞いていたんですが、13日に行ってびっくりしたのは宙乗りの猿之助さんが入っていかれる、黒い囲いの横の席にも、お客さんが入っていたんです。あの席も売り出されたんでしょうね。それに、普段なら「澤瀉屋!」とか「萬屋!」などの声がかかるんですが、それがなかったんです。9月に行ったときはかかっていたというのに。まさか大向こうのおじさんたちの席さえ取れないほどスッカラカンになるほど売り出されているということなんでしょうか?
13日でさえ、あんなに大入満員だったんですから、千秋楽はスゴイことになるんでしょうね。今から楽しみです。それではみなさま、千秋楽に・・・。
1998年10月15日/おさよ




おはようございます。今日は、既に前編は終わっちゃってるのですが(でも後編はまだ間に合う)猿之助さん情報のお知らせです。

国立劇場併設の資料館では毎月1回第2金曜日に無料映画(ビデオ)の上映を行なっています(第2金曜日が祭日の場合は第1金曜日に繰り上がり)。で、今月は10/9で、上映演目は『四谷怪談』(S46)でした。若かりし頃の猿之助さん、段四郎さん、勘三郎さん、幸四郎さん等に出会える・・・っというわけで今月分の上映は残念ながら終了してしまいました。私もガッカリ!
でもでも、来月11/13(金)は『四谷怪談』の後編で、まだ間に合います。上演時間は14:00〜。13:00から整理券を配布します。会場キャパは100名。休みが取れたら来月は行ってみようかなって思っています。

さて『ヤマトタケル』ですが、9月は2度ほど大阪遠征をしてしまいました。東京からの遠征だっていうのに9月だけで6回も観てしまった・・・今月も楽に向けて・・・3泊4日or4泊5日で行っちゃいます。
千秋楽、「もみじ」手にして踊りましょう!(なんて・・・出入禁止になってしまうか・・・)
冗談はおいといて、千秋楽のカーテンコールですが、また昨年のような総スタンディングになるのでしょうか。それなら私も是非参加して、素晴らしい舞台を見せてもらったことへの感謝と感動を目いっぱいあらわしたいと思っています。
因みに私は花横です。友達とはバラバラの席ですが頑張りまぁ〜す。
それでは、また何か見つけたら(見つけなくても)メールしますネ。失礼致しました。
1998年10月13日/ およし

【編集部より】=本当に昨年のカーテンコールはすごかったですね。最初の頃、スーパー歌舞伎初体験の大阪の客席は、興奮のあらわしようを知らなくて、東京や名古屋に比べて随分おとなしかったのです。それが10月に入った頃からズンズンと熱くなり、千秋楽にはもう最高潮!1Fから3Fまでがドーッと総立ち、二拍子の拍手の嵐になるという客席を目のあたりに見ました。
あんなことは仕掛けて起こせるものじゃないだけに???ってところですが、「ヤマトタケル」の人気は昨年の「カグヤ」を凌いでいますから、たぶん、イエきっと・・・なんて思っているのですけれど。




こんばんは、ご無沙汰しておりました。覚えておいででしょうか、「ヤマトタケル」の感想をHPに載せていただきました北浜人です。
日刊演劇マガジンにも書き込みさせていただきましたが、「Eye-Ai」という雑誌(11月号)に、4ページにわたる猿之助さんの記事を見つけましたので、ご存じかとも思いましたが一応ご報告をと思いました。
ただし主に在日外国人の為の情報誌、中身は英語です。海外の友人に猿之助 さんを紹介したい方にはよろしいかと思います。
また、これもダブる話題ですが、昨日母と弟(中学生)が「ヤマトタケル」を観に行きまして、本当に感動したようです。母親はいくつかの場面で涙を流したとのこと、弟は「泣きすぎやでえ」とはいうもののまんざらでもなかったようで、「タケヒコ(歌六さん)がカッコよかった」「全然退屈せえへんかった」「ヤマトタケルの伝記読んだことあるから分かりやすかった」「ニッポンの心や!!」「カーテンコールで山神がコケた」(本当ですか??)などなど、御機嫌に語っておりました。
普段は腰の重い弟も、さっそく初春大歌舞伎に行くとのことで、姉弟揃って玉三郎さんとの再会を果たす予定です。
なるほど、こうやってスーパー歌舞伎は、歌舞伎入門者の世界を広げてくれるのだなあ、と思います。

ところで広告によると、今月はPerfecTVで猿之助さん&玉三郎さんコンビの「ぢいさんばあさん」が放映されるようですね。ストーリーを見ると感動的な夫婦愛の物語のようですが、お二方の老け役の写真を見る度に思わず笑ってしまいます。うちは加入していないので見ることができず残念ですが、あのお二人のことですからさぞかし魅力的な舞台だったのでしょうね。
度々HPをおじゃましております。猿之助さんにとっても皆さんのようなファンがいらっしゃるということは大変有り難いことでしょうね。HPを拝見する度にそう思います。
しつこいようですが、「ヤマトタケル」の本格映像化、猿之助さんに是非とも実現していただきたい。その旨よろしければご本人にお伝え願います。これからも充実したHP制作など、頑張って下さい。影ながら応援しています。
1998年10月12日/北浜人

【編集部より】=「『ぢいさんばあさん』での、しみじみと心に染み渡るおさえた演技の素晴らしさは 今でも忘れられません」と以前このページに書き込んでくださった方もいらっしゃいました。長い年月を離れ離れに暮らしながら純愛を貫き再会をはたす夫婦の物語で、本当に心打たれる素晴らしい舞台ですよ。
猿翁さんが得意とされていた舞台で、猿之助さんも大好きだとおっしゃっている舞台です。玉三郎さんの老け役はたぶん(?)この『ぢいさんばあさん』での”るん” 役が最初なのではないでしょうか。是非やってみたい!と挑戦されたらしいですが、とても美しい、しかも可愛いいおばあさんだったことを覚えています。いつかぜひ実際の舞台でもご覧になってみてください。きっとボロボロ泣きになること請け合いですネ。




「翔」(6号・回覧用)、長い間ありがとうございました。劇評は情報の少ない地方の人間にとってはとても大切なものですので、劇評家の皆さんは心してとりかかって欲しいと思います。活字の影響力ってスゴイものですし、後々までも残るものなのですから。

地方在住の歌舞伎ファンにとっては、時々やってくる地方公演が待たれるところなのですが、あまり熱の感じられないような舞台も多くて、がっかりすることがよくあります。
ところが今年八月末にあった、脇役の方達のたった二日間だけの公演に出かけたところ(鳴神でした)
これが、とってもよかったのです。中村京妙さんの姫がとても綺麗で色っぽくて、他の所化も台詞もしっかりしていて、トンボも切り、とても面白かったんです。
笑也、段治郎さんたちも、来年の「鳴神」、しっかりやってほしいものです。

今回の「ヤマトタケル」は前回と大分違っているのでしょうか。新潟からではちょっと大変で、行きたいと思うのですが、何とか諦めました。ですから猿之助さんに会えるのは12月公演までおあずけです。
新潟在住にも拘らず、今年は「オグリ」「千本桜」そして12月の歌舞伎座にも行けるのですから、あまり文句は言えません。

「オグリ」の時のことですが、劇場の外で開場を待っていた時、「前回の時は知人から招待されたので、
どちらかといえば義理でやってきたんですよ。そしたらそれがあまりに面白かったもので、それから猿之助さんの舞台を観るようになりました」という方がいらっしゃいました。
その時は娘(中学生)と一緒の観劇でしたので、「私たちにお金があったら、新潟市内の中学生、高校生を全員招待してオグリを見せたいね」と話し合いました。
この素晴らしい舞台、素晴らしい世界を知らない、触れたことがないなんて、何てもったいない!本当にそう思います。

「千本桜」の時も「もう4回目ですよ」という60才代の数名の方に出会いました。練馬の知人は80才に近いのですが、一人で必ずご覧になっています。猿之助さんの公演には若い観客が多いですが、こういった年季の入ったファンもとても多いようですね。
今ごろ「千本桜」の感想もないものですが、私は権太が印象的でした。とても男っぽくて、色っぽくて、愛敬もあって・・・。もどりになる前の権太のカッコ良さが、特に好きです。

図書館で「オグリ」の戯曲がありましたので読んでみましたが、あまりの台詞の量にビックリ!よくここまでカットし、素晴らしい舞台にまとめられたなァ〜!と感心しました。とにかくスーパー歌舞伎は全てがゼロからスタートするわけですから、本当に「すごいことだなァ〜」と思います。
ヤマトタケル情報の載っているHP、楽しみにしています。私は全くのパソコンオンチてすが、主人にアクセスしてもらって読ませて頂いております。
全く自分の思い付くことばかりを、まるで支離滅裂、次々と書いてしまって申し訳ありません。

PS=猿之助さんの『演者の目』というご著書があると聞いていますが、出版社等が分かったらお教え頂ければ幸いに存じます。
1998年10月9日/Keiko O

【編集部より】=昭和51年3月10日初版発行で、発行所は「朝日新聞社」です。
歌舞伎とは何か!を絶えず考え続け、求め続けて、歌舞伎に体ごとぶつかり続けた猿之助さんの「歌舞伎ノート」であり「青春の覚え書」ともいえる一冊です。歌舞伎俳優・市川猿之助の原点がわかる、ファン必見の書。
絶版になっていますので、古書店を探し回るか、図書館で探してもらうか、個人的に譲ってくれる人を探すか・・・・といった方法しかないと思いますが。
ダメモトで朝日新聞社に電話をかけて問い合わせたところ、「書庫の奥に一冊だけ残ってました・・・」ということで、真っさら状態の「演者の目」を手に入れた方もいることですから、諦めずに問い合わせてみるのもいいかも。「もう一冊残ってました」ってことがないとは言えない・・・・




9月27日、やっぱりもう一度観たいと思い、「ヤマトタケル」行ってきました。残念ながら500回記念の日ではなく、後で新聞で知って悔しい思いをしました。
でも、いいんです。一回目より、より一層の感動をしましたから。
いままで同じ舞台を何度も観るということはあまりしなかったのですが、『翔』のページで皆さんのお便りを読んでというか、とくに今回はどうしてももう一度観たくて、気がついたらチケットセンターへTELしていました。出来れば二階席で観てみたかったのですが、一階の一番前のお席でドライアイスにまみれながらの観劇。でも本当に大感激、大感動でした。
一度目よりも落ち着いて観られるし(とにかく一度目は嬉しくて興奮状態?ですから)、二度目は台詞なんかもしっとりと胸に響いてきます。二度三度と同じ舞台を観る楽しさを教えてくださった猿之助ファンのみなさん、『翔』ファンのみなさん、ありがとうございます。そして猿之助さん、二度も三度も観たくなるような舞台を本当にありがとうございます。
HPのお便りの中にもありましたが、私も全ての歌舞伎がカッチリとしたストーリーのあるものになることはないと思いますが、すべての人がよく分かる、感動する、ということのためには、こういう舞台が必要だな・・と思いました。
私のお隣には、「初めてスーパー歌舞伎を観た」という二人の若い女性が座っていたのですが、一幕目が終わった時に(まだまだこれからだというのに!)、「面白いねェ〜!こんなに面白いとは思わなかった〜!!」と感嘆の声をあげていました。その言葉を聞いて私は思わず「そうでしょう、そうでしょう」と心の中で大きく相槌を打っていました。よかった!!
ところで、私も千秋楽の切符が取れました! 三階の最前列です。舞台全体と、宙乗りの感動的な美しさをじっくり楽しみたいと思います。そしてもしかしたら、その日にいらっしゃっているこのページでおなじみの皆さんにもお会いできるかもしれないと、とても楽しみです。
でも、実は私も非常に人見知りするので、柱の陰でジーッと見てるなんてことは・・・ないか。
とにかく千秋楽、いまからとても楽しみにしています。
1998年10月8日/康子 S






初日から一ヶ月、お久しぶり!の観劇です。
9月は東京の国立劇場では文楽『合邦』(庵室)がかかっていたので、これは、今年の囲む会で猿之助さんが、春秋会のお話をして下さった時により本行に添ったいき方で・・・と、おっしゃっていらしたので観に(聴きに)行ってきました。2ヵ月も一座が大阪で、初日からの遠征が終わった後淋しい限りでしたが、文楽が朝顔(笑也さんの自主公演での演目)や、合邦で嬉しかった!!

さてさて、ヤマトタケルですが、前日に観た関西の知人が「猿之助さん、ちょっと声いためてるんじゃあ?」と言っていたので心配していましたが(スーパーは、2ヵ月と長いので、いつも役者さんの喉が心配ですよね。)4日は、こんなに、こんなにいい芝居だったんか〜〜〜〜!!と、再(々々?)認識してしまう程、完成度の高い、素晴らしい舞台でした。
猿之助さん、この日はひとつひとつの台詞がとても丁寧で、序盤の二役の演じ分けも深く、目の色から何から全然違っていて、またタケル自体も、若く純粋な、でもどことなく不安定さを露呈している感じから、クマソを倒し、「私は勝ったのだー!」の件までの変化など、演技の域を通りこして、目の前に立っているのは市川猿之助ではなく、ヤマトタケルそのものでした。
折り返し地点にもかかわらず、ぜんぜん芝居がもたれてないし、やはり心配だった猪さんも火の精も元気元気!そして猿之助さんは少しお痩せになって、さらに美貌に磨きがかかった感じ。

対して、 5日は・・・・猿之助さん、台詞にちょっとあやしいところがあったりして・・・・・(: :)(: :)毎日同じ芝居を観ても、その日の体調(役者さんと私達双方の!)や心理状態によって微妙に印象が変ってきますね。そのせいという訳けでもないのですが、この日はついつい、クマソ兄弟やヤイレポ、ヤイラムに肩入れしてしまったりして・・・。
でも、誰が正しい、何が正しいというのは誰にも分からない。今の時代もそうじゃないですか?いや、有史以来ずっとそうなのかもしれない。その時々の強いものの倫理観が正義で、また、時代が変る度に過去の<正義>の評価も変遷していく・・・。そして、自分が何を求め、何をして生きていくのか。それが、何であるかよく分からない、分からないけどその何かを求めずにはいられない、という所に私は、共感します。

そして、6日ですが、この日もっとも驚いたのが、焼津の場で歌六さんの旗が開かなかった事です!もう最初は旗が巻き込まれたまま廻していらっしゃいましたが、僅かのタイミングで後ろに下がった時に、直されました。
あの場は展開が早いでしょう? 観てる私もドキドキしてしまいましたが、さすが、常にライブの舞台に立っている役者さん!見事な手際での処理でした。ですから、この場はいつも大変盛り上がる部分の一つですが、そういうアクシデントをさっと乗り越えて演技を続けられた歌六さんに、いつもにも増して客席からの拍手も大きかったような気がします。

それにしても『ヤマトタケル』って(くどいようですが!)、本当にパーフェクトなお芝居ですよね。宇宙から〜古代への幕開けとなるオープニング・・・・薄く差し込む光の中、廻り舞台から現れる多くの人影、そして豪華な衣裳を着用した帝・皇后、小姓たちのセリ上がり・・それにかぶさる音楽も心地よいし。
視覚美で圧倒した後、二役の早変わりで観客をより魅きつけ、そして、物語世界へと引き込んでいく・・・・クマソの華やかにして愉快な(?)宴会!?(クマソタケル兄弟の衣裳は、いつか松竹座に来ることを予知していたのでしょうか!?)迫力の立ち回り。焼津での火の戦いから走水まで、歌・舞・伎のすべて(+α)がたっぷり詰まっている!
後ろの客席にいたおばさま方が、「ホンマ、目が離せまへんなぁ。息つくヒマもないわ。」「これ、寝られへん。」(どうやら会話から察するに他の芝居ではよく寝てるらしい)と堪能されている様子で、<勝手に身内感覚>の私としては嬉しいのだ(*^ー^*)幕間とかもついついダンボ耳になってしまいます〜〜
あと、終演後にみんなが高揚した面持ちで劇場を後にする姿を見る(聞く)のも好き!

<虹の飛翔>は、「猿之助(タケル)さん行かないで〜〜」と、いつも猿之助さんの姿ばかり観ていたのですが、<影>もいいんですよ、影!三階から観た時、幾重もの虹が綺麗だなとは思ったのですが、今回、この影もまた、なかなか素敵!と気づいたのでした。『ヤマトタケル報告白書』の中でも、「今、南北が生きていたら絶対照明を取りいれていただろう」とのお話が出ていましたが、この場面での照明の当て方もとてもよく吟味されていますよね。美しい白鳥の陰影が映し出されていました。

それから、ちゃ〜んと!?客席チェックもしてきましたよ。(みなさ〜〜ん、編集長は切符の売れ行きが気になるそうで、三日にいっぺんくらいチケ松に電話して、「○日の切符なんですけど・・・」とやって確認しているそうです。←暴露!編集長のおもだか病も深刻ですねぇ!?)
三日間とも、「いや〜〜ん、歩くのにお椅子が邪魔だわっ!(嬉しいっ!!)」って言うほど、一階、二階とも補助席出てましたし、三階立ち見もビッシリ出てます。三階の係りの方に聞いたのですが、「いつも出てます。」って立ち見!!
それに、切符売り場のコンビューターで、残席情報を確認したんですが、完売の日が続出という噂を聞いていたのに、結構『残席有り』の日があるのでおかしいなぁ〜〜と思ったら、前代未聞!?の「補助席の前売り」を始めたからなんですね。だって三階席は真っ赤(売り切れ日の画面上)状態でしたもの。
後は千秋楽。26日は仕事で行かれなくなってしまったのですが、千秋楽は何としても、駆けつけるつもりです。
1998年10月7日/ Yasuko




はじめまして。某「日刊**ジン」を時々読ませていただいているものです。
「翔」も読ませていただいて、いつもそのエネルギーとパワーに圧倒され、刺激を受けています。
おかげで8月には中座の講演(歌舞伎ワークショップ)を聴きに出かけ、9月にはスーパー歌舞伎を初体験してしまいました。
感想はいろいろなところで皆さんがおっしゃっているとおりなので、今更、若輩者の私がいうのもおこがましいので省略します。今日、メールさせていただいたのは「報告白書」を読ませていただいて、やっと気がついたことがあったためなんです。
私は歌舞伎を観始めてから15年ほどになるんですが、いつも眠くてしょうがなかったのに、初めて面白いなあ〜って思ったのが猿之助さんの京都・南座公演で、猿之助さんが小栗判官、児太郎ちゃん(現福助さん)が照手姫をなさっていた時なんです。
で、その後、スーパー歌舞伎の「オグリ」と言う文字を見た時に、「ああ、あれなのか。」と、勝手に思いこんでしまっていたんです。(というのも、「小栗判官」で宙乗りをなさっていたのがあまりにも印象的だったからなんです。お恥かしい・・・^^;)
それ以後も、なんだか変だなあっと思いながらも、(スーパー歌舞伎と古典歌舞伎を)ごっちゃにしていたのですが、今回の「報告白書」を読ませていただいて、やっとその違いに気づいたというお粗末記でした。
こういう勉強不足なものにも解りやすい「報告白書」をまとめていただいて、本当に有り難うございます。というように、亀の歩みではありますが、少しずつ勉強して皆さんに近づけるようにがんばります。
最後に、中座で隣に座ってお話ししたご婦人が 「私、初めて猿之助さん見たけど、彼やったら不倫してもいいわぁ〜」なんておっしゃっておられました。随分大胆(?)な例えようですが、それほど、人を引きつける魅力がおありなのですね、猿之助さんには。
1998年10月7日/ Kaori F




ぽーと申します。 9/26(土)夜の部,9/27(日)昼の部の「ヤマトタケル」をやっと見てきました。本当に皆様のお話を見ていて、9/5の開幕以来、大阪に行く事を心待ちにしていました。

お芝居の感想ってあまり上手く書けないので、本当に思ったままだけを羅列しちゃいます。
まず最初に感じたのは、初めて「ヤマトタケル」を見ましたが、本当に美しい舞台に感動しました。衣装は勿論の事、照明や舞台美術、音楽全てが徹底して美しいと思いました。
まずは、最初のスクリーンを重ねた演出から、スクリーンが一枚ずつ透けて上がっていく度にどんどん私のテンションもあがっていくようで、好きでした。
演出という事では、相模の国の炎も素晴らしかったと思います。ただ、2回とも席が1階の4列目と6列目でかなり舞台に近かったので、もう少し後ろや2階からでは本当にあの緋色の幕が炎のように見えたと思いますので、ちょっと残念だったのですが...
あとは、私が今まで小劇場のお芝居を見ていたという事もあると思いますが、花道と廻り舞台は本当に良い物だなと思います。花道と廻り舞台がとても効果的に使われているので、いわゆる暗転というのがないので、舞台の展開が非常にスピーディーに感じられます。宙乗りの美しさはもう言うまでもないと思います。本当に、演出家としても猿之助さんの素晴らしさを感じました。
何か、こんな事ばかり書いていると演出ばかり見てたのかしら..という気もしますが..

あとは、強く感じたのは、私はヤマトタケルの原作を全く知らずに、今回の舞台を見たのですが、舞台の美しさとはうらはらに、とても悲しいお話しなんですね..単純な私から見ると、本当に幸せな人って一人もいないんですものね。
征服される側の心情には非常に共感できます、多分ヤイレポ・ヤイラム兄弟の言葉は限りなく真実ですし、殺してしまうヤマトタケルは自分が本当に正しいのか疑問を持つのは当然だと思います。
猿之助さんはこの場面では複雑な表情でヤマトタケルの心情を表わされていたと感じられました。また、猿之助さんの小碓命のセリフ回しに最初はちょっと違和感を感じてしまったのですが(ごめんなさい)大碓命との2役で、小碓命は純粋な少年という事で納得しつつ、更に小碓命がヤマトタケルとなって、やはり傲慢さもまといはじめてからの変化では、自然なものと感じられるようになっていました。

「ヤマトタケル」とは全く関係ない事ですが、私はつかこうへいさんのお芝居が好きで良く見るのですが、つかさんのお芝居では登場人物が血を吐くような思いで「愛しても愛しても報われる事のなかったこの大和魂...」と語る場面が多々あります。
観客はその人物の感情に共鳴して思わず涙を流すのですが、今回 「ヤマトタケル」を見ながら、元祖「愛しても愛しても報われる事のなかった大和魂」はヤマトタケルだったんだ、と妙な所で納得してしまいました。
また自分が「ヤマトタケル」を見て自然に涙を流すのは、ヤマトタケルの一生に愛しても報われなかった無数の人の心情や自分をも重ねてしまうのではとも思ったりもします。
いずれにしても、筆不精な私にも色々な事を思わせる”奥の深いお芝居”だと思いました。
長々と書いてしまいましたが、是非千穐楽をというお勧めもいただいので、終演後に切符売り場で聞いてみたら、何と最前列のまん真中がキャンセルが出たようで、空いていたので、迷わず買ってしまいました。これって、ヤマトタケル&翔の皆様のお導きかしら(^^;)と思ったりもします。是非、このHPでお見かけする皆様にお会いできたら嬉しいと思います。
... しかし、諸事情で10/26(月)の夜の部のチケットをもしどなたか代わりに行ってくださる方がいらっしゃれば、手放したいと思います。(勿論、引き取って下さる方がいなければ、空席にはせずがんばって見に行きます)席は1階2列10番(最前列センター花道寄り)です。料金は15,750円です。もし、代わりに行ってくださる方いらっしゃいましたら、 ykikui2@ibm.net にメールください。 乱文/長文で申し訳ございませんでした。
1998年10月7日 ぽー




「ヤマトタケル 報告白書」、拝見いたしました。
あまりの面白さにイッキ読み(!?)してしまい、そのハイテンションのままに書き込みをしています。

とはいいましても、私は残念ながら<スーパー歌舞伎>を、まだ一度も目にしたことはありません。以前にも書きましたが、いらぬ先入観や偏見に邪魔されて猿之助さんの歌舞伎に触れようという気持ちを持たなかったため、噂は耳にしても足は運ばず仕舞いで終わっています。・・・といった、こちらのHPでは「不届き者(!?)」の部類に入るこんな私でさえ、この「報告白書」には引き込まれ、まるで猿之助さんが目の前でマイクを握っていらっしゃるような錯覚さえ覚えました!。本当に『翔』は素晴らしいファン誌ですね。 
それから、猿之助さんがこれほどお話上手な方だったとは!!。講演会の時間がどのくらいかはよくわかりませんが、どなたも飽きることなく楽しまれただろうと思います。
台本を1/3までテキストレージされたり、入場料が無税か否かといったことまで考慮されたり、点滴をしながら舞台に立たれたり…(ベニサンスタジオがすごく埃っぽいというのは本当です。まるで倉庫ですもの!。特に喉を痛められていた猿之助さんはお辛かっただろうと思います。)読んでいて感動しちゃいました。 
衣装に関するエピソードも興味深く拝読しました。「ヤマトタケル」の触りのTV放映を目にした時、あまりの衣装の豪華さに一瞬息を呑んだ記憶があったので、あれほどの衣装が如何につくられていったかという過程や、重い衣装を実際に身につける役者さん方のご苦労も垣間見る気がしました。
 また、<スーパー歌舞伎>もちゃんとした歌舞伎(!?)なのだということも改めて認識しました。大地に根が張っていれば苗木も大樹となるように、<スーパー歌舞伎>も歌舞伎という基本をしっかりと踏まえているからこそ、どこまでも裾を拡げていくことができるのだと知りました。機会があれば、是非楽しんでみたいと思います。
〜〜「だったら今月よぉ!?」というお声、確かに聞こえますけれど……。 でも……、ワタクシの大好きな玉三郎さんが名古屋にいらっしゃる限り、そちらで手一杯で、どう考えても大阪までは時間的にも経済的にも残念ながら足を延ばせそうにありません。皮肉にも来月の玉三郎さんは大阪でいらっしゃるのにぃ〜〜!?それでも、やっぱり私には玉様が第一ですから、今回は、〜ごめんなさい〜します。
今後も皆さんのパワー溢れる観劇記を楽しませていただきます。
1998年10月6日 / Nagako Y




いかがおすごしですか?
実は先日ヤマトタケルに一緒に行った会社の先輩が感想を書いてくれましたのでお送りします。
その先輩 には、7月以来、私の熱い (ミ−ハ−な) 感想をいつも聞いてもらっていました。先輩はコンサ−トやお芝居はあまり観た事がない方なのですが興味を持ってくれたらしく大阪までついてきてくれました。観劇料と同じくらい運賃もかかるというのに,、何かのついでではなくヤマトタケルを観るだけのためによく思い切って大阪まで遠征してくれたものだと思います。行って大変満足してくれたので、とてもうれしかったし安心しました。
今月行く時は、今度は会社の後輩と行く予定にしています。彼女もス−パ−歌舞伎初体験です。しかも千秋楽!北前さんももちろん行かれるんですよね。それにお便りのペ−ジの常連さんも勢揃い???翔の似顔絵やホ−ムペ−ジでのお写真でなんとなくイメ−ジが分かっていますので???お姿をこっそりと探そうかと思っています。でもたくさんのお客様でしょうから多分なかなか見つけられないでしょうね。

それから今日、以前から楽しみにしていたヤマトタケルの制作秘話がUPされたので、早速読みました。本当に興味深く楽しく、ためになりました。そうだったのか〜!と思うところもありました。
あれを読んで、ますます再度の大阪遠征を計画していて良かったと思いました。あの秘話を読んだら観たくて観たくてたまらなくなりますよ。予約しておいてよかった、よかった。チケットを取っていなかったらさぞや心残りだったことでしょう。
「ヤマトタケル報告白書」 を読んで行けば、二倍 (もっと?) 楽しめると思います。それにしても、北前さま、打ち込みご苦労様でした。感謝しています。
それでは以下の通り、先輩の感想をメールさせていただきます。

『 はじめまして。四国からお便りします。 東京の歌舞伎座の7月公演を観て感激した友人に誘われてス−パ−歌舞伎「ヤマトタケル」を観る事になりました。歌舞伎は高尚で難解だと思い込んでいたのですが、「ス−パ−歌舞伎は初心者にこそ観て欲しい!」といわれ興味を持ったのです。
また、翔 8号 の記事”追っかけのススメ ”を読ませていただき、猿之助丈のお人柄にも惹かれておりました。
さて、当日。緞帳が開き、それからは無我夢中の境地で拝見いたしました。早替わりに瞬きし、両橘姫の美しさに見とれ、どんちゃん騒ぎの熊襲の饗宴に笑いました。
また、伊吹山のシ−ンでは山姥なのにどうして肩から袖にかけて十二単のようなきれいな衣装を着ているのかと思っていたら空中分解!そうか、花火にたとえていたのかしらと自己流に解釈いたしました。
本当に息をつく間もなく ヤマトタケルが天空へと飛び立ってゆきました。気がつけば幕が閉じ、一生懸命拍手をしている私でした。
カ−テンコ−ルの際は私も思わず頭を下げてお辞儀をしてしまいました。猿之助丈はじめ、他の役者の皆様に、素晴らしい舞台をありがとうと、篤くお礼を申し上げたい気持ちでいっぱいになったのです。
ス−パ−歌舞伎 「ヤマトタケル」 は今も尚私の脳裏に焼き付いております。/FumikoM』
1998年10月6日/Kikuko T




皇后様のビデオ講演の全文が中日新聞に載っていました。その中に倭建御子(やまとたけるのみこ)と弟橘比売命についてのお話がありましたので御紹介いたします。

【引用・抜粋】
「・・・私(皇后様)は、自分が子供であったためか、民族の子供時代のようなこの太古の物語を、大変面白く読みました。今思うのですが、一国の神話や伝説は、正確な史実ではないかもしれませんが、不思議とその民族を象徴します。これに民話の世界を加えると、それぞれの国や地域の人々が、どのような自然観や生死観を持っていたか、何を尊び、何を恐れたか、どのような想像力を持っていたか等が、うっすらとですが感じられます。(中略)

 父のくれた古代の物語の中で、一つ忘れられない話がありました。
年代の確定出来ない、6世紀以前の1人の皇子の物語です。倭建御子(やまとたけるのみこ)と呼ばれるこの皇子は、父天皇の命を受け、遠隔の反乱の地に赴いては、これを平定して凱旋するのですが、あたかもその皇子の力を恐れているかのように、天皇は新たな任務を命じ、皇子に平穏な休息を与えません。悲しい心を抱き、皇子は結局はこれが最後となる遠征に出かけます。途中、海が荒れ、皇子の船は航路を閉ざされます。この時、付き添っていた后、弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)は、自分が海に入り海神のいかりを鎮めるので、皇子はその使命を遂行し覆奏(ふくそう)してほしい、と云い入水し、皇子の船を目的地に向かわせます。この時、弟橘は、美しい別れの歌を歌います。

 さねさし相武(さがむ)の小野(をの)に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも

 このしばらく前、建(たける)と弟橘(おとたちばな)とは、広い枯れ野を通っていた時に、敵の謀(はかりごと)に会って草に火を放たれ、燃える火に追われて逃げまどい、九死に一生を得たのでした。弟橘の歌は、「あの時、燃えさかる火の中で、私の安否を気遣って下さった君よ」という、危急の折に皇子の示した、優しい庇護の気遣いに対する感謝の気持を歌ったものです。

 悲しい「いけにえ」の物語は、それまでも幾つかは知っていました。しかし、この物語の犠牲は、少し違っていました。弟橘の言動には、何と表現したらよいか、建と任務を分かち合うような、どこか意志的なものが感じられ、弟橘の歌は−−私は今、それが子供向けに現代語に直されていたのか、原文のまま解説が付されていたのか思い出すことが出来ないのですが−−あまりにも美しいものに思われました。「いけにえ」という酷(むご)い運命を、進んで自らに受け入れながら、恐らくはこれまでの人生で、最も愛と感謝に満たされた瞬間の思い出を歌っていることに、感銘という以上に、強い衝撃を受けました。はっきりとした言葉にならないまでも、愛と犠牲という2つのものが、私の中で最も近いものとして、むしろ1つのものとして感じられた、不思議な経験であったと思います。(後略)」

このお話の、皇后様御自身の英語版ビデオが、インドで開催された国際児童図書評議会で上映されました。つまり、走水の場を全世界に御紹介頂いたことになります。
こうなりますと、春猿さんの責任は重大ですぞ。少々出来が良い位では誉めるわけにはいかなくなってしまいましたよ。今回の舞台は、気合充分で喜んでいますが、さらなる飛躍を期待しています。といって無理やアセリは禁物です。春猿さんの個性を活かした弟姫を、一歩々々、確実に作り上げて下さい。<さりながら 常に変わらぬ 心がけ りきむことなく ゆるむことなく>
1998年10月4日/しっぺえ太郎




ご存知ですか?いま、大阪って、全国で二番目に強烈な不景気風が吹きまくってる都市なんだそうですね。失業率を例にとっても、全国平均の4,3%に対して、大阪は4,9%だというんだから、北海道に続く堂々の第二位獲得!
早い話、食べることには目のない大阪人だというのに、最近のファミリーレストランの閑散ぶりなんて、それはヒドイもんです。街の不動産屋はどんどん消えてなくなるし、外出が減ったとかで電車まですいてるし、知り合いの落語家さんも、仕事が減った(宴席が減って)と嘆いていました。
そんな大阪公演に、よくも15750円なんて値段つけたもんだ・・・。松竹さんも情勢を知らなさすぎる・・・って、私、心配してたんです。ファンの分際でって怒られそうですが、何しろみんな身内感覚ですもんネ。
でもフタ開けてみたら、客席は満杯!! エエもんはみんなちゃんと知ってるねんなぁ〜・・・と感心しています。
昨日も行ったんですけど、よお〜入ってました。それに嬉しかったのは御堂筋にズラズラズラーーッと並んで客待ちしてた(乗り手一人に車5台の世界です!)タクシーの運チャンたちの会話!
「なんや、ここ(松竹座)、よう入ってるらしいなァ 」
「そうらしいなァ」
「猿之助のヤマトタケルか・・・」
「景気のええ話やのう 」
タクシーの運転手さんって、街の一番新しい、一番の話題に 一番敏感な職業やないですか。
ヤマトタケルは、その運ちゃんたちの噂にまでなってるんですよ〜〜〜!!
1998年10月3日/ じゅんこ N




スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」、残りの夏休みを利用して観劇してきました。12日夜の部3階席、13日昼の部一列目花道の下手側の一番前の席でしっかり見て参りました。すばらしかったです。
大阪の松竹座は初めてで、「ヤマトタケル」もビデオでは見ましたが実際には今回が初見でした。
前の日から、そわそわして、どの着物着て行こうか胸躍らせながら、朝8時の新幹線に飛び乗り(おいおい着物きて)(@_@)、先ずは宝塚を見て、翌日大阪にて夜「ヤマトタケル」を観劇。
松竹座は作りが歌舞伎座よりこじんまりとしていて見やすいです。新しくて綺麗です。座席もゆったりしていて、前の人の頭があまり気にならず、3階席からも舞台がよく見えます。宙乗りもしっかり見ることが出来ました。 3,4人で装置を取り付け最後の一人が猿之助さんを支えて白鳥が空高く舞い上がる所もしっかり暗やみの中見ることが出来ました。猿之助さんの弾む息ずかいまで聞こえました。
第一部の早変わりは楽しいですね。第ニ部の炎の中の演技、春猿の海中に身を投げて消えてゆく場面、つい目頭が熱くなります。春猿ファンなのですが、今回よく頑張っていると思います。ただ私の好みで言えば、弟姫より雪之丞変化のお初役の方がより似合うような気がしますが・・・・。
第三部、白鳥になって空高く舞い上がる場面は本当に見せてくれます。
翌日は、昼の部を ( 8月の京都も暑かったけれど、大阪もまだまだ暑い中、着物姿の舞子さんを見かけました)一番前の席で観劇。琉球の踊り子役の段治郎、が目の前でかわゆく女形になっていました。(着物の裾を持ち上げた時、足がバッチリ見えたりしていましたが)
一番前の席は、液体チッソの冷たい煙をたっぷり被って、結構寒かったです。でもあれって、匂いが付けてあるのでしょうか?それとも、女形の方達のお香が匂うのでしょうか?不思議でした。
それにしても最前列花道横というのは、ファンにとってはたまらない席でした。ただ三階席も全体がよく見えてよい席です。
余韻を残し東京へ戻りましたが10日あまり過ぎてまたまた、24日大阪へ夜の部のチケットが取れたので行って来ました。
「ヤマトタケル」は何回も見たくなる舞台です。スーパー歌舞伎の中では、この作品がやはり一番素晴らし気がします。私も、「カグヤ」、「オグリ」、「オオクニヌシ」と何度か拝見しましたが、やはり「ヤマトタケル」が猿之助さんの一番思い入れが強い、主張したい、スーパー歌舞伎じゃないかと思いました。
後は千秋楽まで見にいく予定はありませんが、ある日突然新幹線に乗って見に行ってしまいそうな自分がコワイ・・・・。それでは、またご報告致します。
1998年9月29日/お仕事中の美翠でした




25日の夜、やっぱりあったそうです、500回記念のご挨拶が。それで松竹座の方から、観客全員にオシャレなかわいい手鏡がプレゼントされたんですって。知人か゛報告してくれました。
「評判の舞台らしいから観てみたいけど、チケット手にはいる〜?」って電話があって、任して頂戴!とばかりに頑張った8列花道寄りのスーパーシート。
スーパー歌舞伎&猿之助初体験の二人連れなんですけど、案の定、大感動! 発熱40度ですゥ〜みたいな声で電話が入りました。
「もう!はまりそうやわぁぁぁぁ!!」 というのが第一声だなんて、嬉しいじゃありませんか。
「感想は?」
「よかった!よかった!よかった!!ホンマによかった!!!」
「もうちょっとチャント言うてくれなわからへん 」
「ホンマにホンマに、ホンマによかってん!!!」 てな調子。
とにかくこれまでみた舞台の中で、イーッチ番!よかったんだそうです。(ムフフフフ、やったね!!)
しかも熊襲館の場が終わった後に場内アナウンスがあり、たったいま「勝ったのだ、私は勝ったのだー!」と見得をきったばかりの猿之助さんが登場、500回記念の挨拶をされるというビックなおまけまでがついていたらしいんです。それも、猿之助さんのことだから、通り一遍の形式的な”ご挨拶”なんかじゃなくて、スーパー歌舞伎誕生までのプロセスから始まって、ご自分の舞台にかける熱い想いだとか、あれもこれもを詰め込んだ、まるで長くて熱い”メッセージ”って感じだったとか。(その場にいなくてもなんか、スゴーッく分かりますよねェ〜)
そのことにもえらーく感動した二人、「お帰りになったら、せいぜいご宣伝いただいて、お友達をお誘いの上もう一度ご覧ください、て言うてはってん。言われんでももう一回見に行くとこやけど、そこまで言われて見に行かんわけにはいかへんよ。どこでもええから、二枚お願い!!」
ほんと私の回りの人たちって、ツーというばカー。 素朴で、感動屋で、腰の軽い人たちばっかりやねェ〜。
1998年9月28日 / Miyako K




23日、行ってきました。(何度目かって?自分でいうのもはばかられる・・・)
猿之助さん観るなら古典! 猿之助さん観るなら舞踊! 猿之助さん観るなら復活通し狂言!なんて思っている私ですが(そういう舞台での猿之助さんのカッコよさ、輝きぶりったら、もうたとえようがない!)、やっぱりいいものはいいもん!
一幕二幕の大スペクタクル、山あり谷あり涙ありの展開に客席は完全にのめり込み状態。寝てる人なんて一人もいませんもんね。
でもこれってスゴイことですよね。 前夜遅くまで仕事してたって人や、遠方から始発列車で来たなんて人や、いろんな状態の人がいるはずなのに、4時間もの間、あの狭い座席一つの空間にしばりつけておいて、しかも誰一人眠らせないんですよ〜。
それで三幕は、タケルの激しくも哀しく切ない一生を思い、みんなにさめざめと涙を流させる・・・。
やっぱりスーパー歌舞伎は 『ヤマトタケル』 ですよね〜。

ところで23日、ちょっと面白いというか、ドキッとするアクシデント(?)がありました。
最後のクライマックス、「・・・・天翔ける心、それがこの私だー!」 のあと白鳥となったタケルがフワ〜っと飛び立つでしょ。その瞬間、花道脇の席の金髪の人物が一緒にフワ〜っと立ち上がっちゃったんです。で、魂抜かれたみたいに、飛び立った白鳥をまるで追いかけていくかのようなしぐさで見上げて・・・。
その姿がスポットライトにバッチリ照らし出され、他の観客は全員ドキッー!思わず息をのみました。「な、な、なにする気や??」って。
すぐに劇場の人が飛んで来て注意をしたんですが、その金髪の人物、自分が立ち上がっちゃってたこと、分からなかったみたいで、「えっ!?うそー?!」って感じで慌てて座ってました。
きっとあの人、タケルの飛翔のあまりの美しさに魂奪われて、吸い込まれて、一緒に飛び立ってしまったんだ・・・って思ってます。打ち明けると、実は私だっていつも一緒に飛び立ってる気分なんで、その気持ちよーく分かる・・・・。

今回の『ヤマトタケル』は、猿之助さんのタケルに一層の陰影が出てきたことによって、活劇であると同時に、誇り高く孤独な魂の物語として胸に深く響いてきます。
団蔵さんの兄タケル、弥十郎さんとはまた違った人物像を作り上げていました。同じ人物が役者さんによって違ったキャラクターに生まれ変わること、面白いですね。伊吹山の山神も同様。異様な感じ、人間たちへの恨みから奇人となってしまったという狂気が渦巻く、異様な雰囲気が立ち込めて、これもヒット!
右近さんの弟タケル、信二郎さんより上背がないのがちょっと惜しいけど、そこは上手さでカバーして、
扮装もよく似合って、よかったです。仕種、台詞まわしなど、より歌舞伎味が増した感じで、これも右近さんのものになった!と思いました。ただ、三幕の使者は、信二郎さんのが懐かしい・・・。信二郎さんって、ただ出てくるだけで気高い大和の使者って感じがしましたもんね。
竹三郎さんの国造、クサくて、コミカルで、いいですよね。悲劇に突入していく前の、笑いの場として、あの場での延夫さんとのコンビ、ホッとしますもん。
そして、今回の私のお気に入りは(猿之助さんは別格だから置いといて)何といっても亀治郎さん!!
ヘタルベがあんなにいい役だったなんて、亀治郎さんで見るまで気づきませんでした。
志貴の里でのタケヒコとヘタルベの述懐は、泣けます!本当に!
スーパー歌舞伎での亀治郎さんの台詞って、力が入りまくって絶叫調になることが多く、惜しいなァって思ってました。それが今回は緩急、強弱、自由自在で、素晴らしい。歌六さんはもともととても台詞の上手い方だから、二人の会話の濃いこと、濃いこと。
最後、晴れ晴れとした表情で兄姫一行を追って花道を駆け抜けていった時、後ろの席の人も「この人上手いねェー!」って感嘆の声を上げていました。それに見る度にやり方が変わってるのもビックリ。たぶん毎日毎日、ああやってみようか、こうやってみようか、って役作りしてるんですよね。
あっ、そうそう、番付隅から隅まで見てる人は気づいていると思うけど、熊襲館の場で、段治郎さんが踊女の一人になってるの皆さん知ってますか?大きな身体を小さくして、でもスゴーッく嬉しそうに(これがまた美しい!)踊ったり逃げまどったりしています。

PS・・・24日、藤山直美さんがいらしてたそうです。知人がロビーで見かけたとか。直美さんは23日まで、シアタードラマシティーでつかこうへいさん演出の『寝取られ宗助』に出演中だったはず。ということは楽を迎えてさっそく駆けつけられたってことですよね。
そういえば、『寝取られ宗助』の舞台でも、劇中で歌を唄う場面があって、頭に羽いっぱい付けて現れた直美さん、「まるでヤマトタケルやー!」なんてギャグとばしてました。カワユイ・・・・
1998年9月27日/Kanoko S




最初は行く予定じゃなかったんですが、10月分のチケット予約の時についつい取ってしまいました。9月17日は私の19歳の誕生日でもあったんですが、自分で自分にプレゼントを贈る悲しい誕生日でした。
でも、行って良かったです。お金の無い貧乏学生なんで3等席の右列10番で観ました。かなり見難い席だったんですが、体を乗り出して(係りのお姉さんの顔色をうかがいつつ)観ました。ちょっと体は痛くなりましたが、最高にいい舞台でした。
初めてスーパー歌舞伎を観たのは去年の“カグヤ”でした。カグヤの時も泣いてしまったんですが、今回もまたもや泣いてしまいました。自分でもわからないうちに泣いてしまっているのです。
去年の“カグヤ”。そして今回の“ヤマトタケル”のパンフレットを、肌身はなさずといっては大袈裟ですが、学校に持っていっているかばんの中に入れています。“カグヤ”のパンフレットはだんだんぼろぼろになってきてしまったんで、そろそろ、ブックカバーで保護をしようかなと、思っている所です。

実は17日に行ったことは母親には内緒にしてるんです。言うといろいろ言われそうなんで、(へぇ〜、お金持ちやねぇ、と言われた経験あり)一応内緒にしてます。でも、おばあちゃんには言ってしまいました。どうしてもあの感動を誰かに伝えたかったんです。それで我慢できずにおばあちゃんには言ってしまった・・・。もちろん友達とかにも、「よかったで〜!」と、言いまくってます。
今度10月13日には母親とおばあちゃんと、3人で行ってきます。今度は晴れて1等席!です。(左列1〜3)。
学校終わってから歌舞伎を観れるなんて、何という幸せ。一日の嫌なことを全部忘れられそうで、今からとっても楽しみです。しかし、おかげでお金を使わずにすみそうなので、実はもう一度自分のお金で行こうかなどと企んでいるところです。             
P.S. 私も「翔」の制作のお手伝いはできますか? と言いつつ何かとバタバタしているので本当にお手伝いが出来るものかはっきりしないんですが、どうでしょうか?私は吹田市在住の大学生です。
1998年9月24日/  おさよ より

【編集部より】=お手伝いのご希望、ありがとうございます。とても嬉しいです。ただ、いまのところは8号が最終号ということになっていますので、本作りの計画はありません。でも、その他のことで何かやろう!というような時にはご連絡することがあると思います。その時はよろしく。




待ちに待った19日、<ヤマトタケル>でス−パ−歌舞伎を初体験してきました。
翔 のお便りのペ−ジやYUKA蔵さんのホ−ムペ−ジを読んで、すごそうだなあと心して臨んだつもりだったのですが、私の想像をはるかに超えた舞台でした。幕が開いてから、気がつけば口が開いたまま??になってる位、圧倒されっぱなし。
スト−リ−の展開の速さ、衣装の豪華さ、などなど "うわ−すごい”と思っているだけであっという間の4時間でした。こんなに時間が過ぎるのが早いだなんて!!!

ス−パ−歌舞伎って一瞬も目が離せない舞台なんですね。もうお話の展開についていくのがせいいっぱいで、観て初めて、何度も観劇する方の気持ちがよ−く分かりました。あんな贅沢で素敵な舞台、いっぺん観ただけで十分堪能するのは無理です。濃すぎますよ、内容が。私の心は受け止めきれませんでした。
こんな気持ちのまま、心を12月の歌舞伎座に向けるのはあまりにも心残りで、迷った末に10月に香川の地よりもう一度大阪遠征を決行する事にいたしました。私の財布の紐はどこにいっちゃったんだろう??

追伸 ・・・北前さま、 ほぼ毎日のHP更新、あたまが下がる思いです。
ついに観たス−パ歌舞伎ですが、 もう前の日からなかなか寝つけないくらいわくわくしていて、松竹座に行った事が無いので迷ったらだめだと十分余裕をもった早いダイヤで大阪につきました。
そして観た舞台は、前述の通り 幕が開いてから閉じるまで、私の感性ではとても受け止めきれない位の壮大な舞台でした。
おぼえていらしゃるでしょうか?以前お電話でお話させていただいた時、 私が19日のお昼の部を観ると言いましたら、「どうして夜も観ないの?」っておしゃったでしょう?わたしあの時は「そんなん1日に2度も観るなんて考えられないわ、無理やわ ( 時間とお金の面で )」って、すこし戸惑いました。でもね、今はおっしゃった意味が本当に良く分かりました。一度では無理ですよね。あの舞台の全てを完全に受け止めるのは。
というわけで再度、10月に大阪遠征します。 それでなくても「何でもっと早く出会わなかったのか」と後悔している私の心にまた後悔を一個追加するわけにはいきませんから。
チケットがほとんど売り切れていて3階の後ろから 2番目の席ですが、 双眼鏡を持っていきたいと思っています。
それにしても皆さん感想を書くのがお上手ですね。私は、すごい!とかきれい!とか全体の感想を形容詞程度でしか表現できません。今度は、腰をすえて!じっくり観て舞台の内容の感想が書ければと思います。
19日、偶然観劇日が一緒になった 「翔」 の ホ−ムペ−ジを通じて知り合えた、愛媛のN子さん赤目うさぎさん、M子さんに松竹座でお会いする事ができました。翔がむすんでくれたご縁です。素敵な友達ができました。感謝しています。
1998年9月22日 / Kikuko T




9/13(日)、スーパー歌舞伎を初体験させていただきました。大阪松竹座での「ヤマトタケル」。席は2F8列28、29、30番でした。  
猿之助さんの舞台は、大阪新歌舞伎座での「義経千本桜」、 京都南座の顔見世での「ぢいさんばあさん」を観せていただいております。  
「千本桜」はもちろん言わずもがなですが、 「ぢいさんばあさん」での、しみじみと心に染み渡るおさえた演技の素晴らしさは 今でも忘れられません。 猿之助さんといえば、「ケレン」という思い込みががらがらと崩れる体験でした。
さて、今回の「ヤマトタケル」は、イタリアからのお客様を連れての観劇でした。彼女は歌舞伎は初めて。 
番付の中に数ページの英語の解説があり、それを読んではもらったのですが、開演前のわずかな時間に解説を読んで、さ、理解しなさいというのは、さすがに酷なようです。隣で説明するのも、自分の語学力にも問題ありだし、他のお客さんの迷惑になりそうだし...。
セリフ中心の三幕目はかなりきつかったです。イヤホンガイドの英語版、必要ですよね。予約制とかでも無理かしら。

さて、スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」。北前様からも、「歌舞伎のすべての要素が詰まっている」と  お聞きしていたのですが、猿之助丈お得意の早変わりから宙乗りはもちろん、「だんまり」なんて要素まで。3時間でここまで歌舞伎が味わえるとは、もう、なんてお得なんでしょう!(笑)
「わかりやすさ」については、現代語に近い言葉を使っているという点も もちろんですが、話が非常に論理的に組み立てられているという点が大きいのでは、と、思います。
脚本が素晴らしいんですね。 主人公ヤマトタケルをはじめ、キャラクター一人ひとりの性格、考え方がきっちり芝居の中で表現されています。これって、普通の歌舞伎を見慣れている人にとっては、画期的に映りますね。  

ヤマトタケルの旅、戦いは、親やお家に忠義を尽くして、とか言うのではなく、むしろ、自分のため、自己探求の旅です。 古代王朝の皇子という私たちの日常とはかけ離れたキャラクターでありながら、 父親との確執の中で、自分の居場所、在り方を探し悩む姿は、現代の私たち そのものです。 
また、大和朝廷の日本統一を決して「善」として描いていない点も、この舞台の テーマを奥深いものにしています。なんとなく、「もののけ姫」を思わせるものが ありましたね。  
「ヤマトタケル」は、古代に場面を借りた現代劇だという気がしました。当然江戸時代には、歌舞伎は現代劇な訳ですから、歌舞伎を古典芸能という名の化石にしないための今の時代の歌舞伎が必要なわけですよね。そのひとつの形がスーパー歌舞伎ということだと思います。
こんなことを書くと猿之助ファンのみなさんに怒られるかもしれませんが、 この脚本を、スーパー歌舞伎として猿之助一門だけで演じ続けるのは、もったいないと思います。様々な演出で違った役者が演じる、平成の(あ、昭和のかな?)古典歌舞伎にするべきですよね。 

ただ、もちろんすべての歌舞伎が「ヤマトタケル」のように、論理的に わかりやすくあるべきだ、現代的なテーマを持つべきだとは思いません。  
私にとってのは歌舞伎は一言で言えば「お祭り気分」です。 地芝居の盛んな岐阜という土地にに生まれ育ったこともあって、 秋祭りに近所のオジサンが隈取り化粧で舞台に立つ。 目の前に広がるマッタクの非日常空間。 それが、私の歌舞伎の原体験です。 芸術というよりは、あくまでエンターテインメント。 泣いて笑ってのカタルシスにどっぷりはまり込む。  
また、江戸時代の・・・というフィルターをかけて観るという行為も、大きな楽しみの一つです。芝居小屋の中に入ることで、自分が江戸時代の人間になってしまう、自分自身も江戸の一町民を演じることを楽しんでいるのです。 理論では理解できない不条理さ、例えばこれでもかといじめ倒されるお三輪を観るときのゾクゾクする感じ・・・(ちょっとヤバイ?)なんてのも歌舞伎の醍醐味なので、現代の私たちに理解できる、できすぎてしまうというのもどうなのかな〜という気はするのです。
だらだらと書きながら、なんだかすごく言葉足らずですね。 「ぜひ感想を」と言って下さった北前さんのお言葉についふらふらと書き散らしてしまいました。 申し訳ありません。
とにかく観れてよかったです。 歌舞伎って広くて深いですよね。
1998年9月22日 / あおき




うまれて初めて、猿之助さんを観ました! ということは当然スーパー歌舞伎も初体験!!です。
ビックリしました。ショツクでした。感動でした。
わたしがお芝居観てボロボロ泣くなんて、自分でも信じられませんでした。それも驚きでした。
叔母が急に行けなくなったための代役観劇だったんです。正直にいうなら、「え〜、歌舞伎〜?四時間〜?そんなの、寝てしまうんと違うかなァ・・・」とか思ってました。でも四時間が経ったなんて信じられないくらい「あっ」という間に時が経ち、カーテンコールの時の必死!の拍手は「終わらないで〜!」という思いがいっぱいの拍手でした。
宝塚とか、劇団四季とかも観て感動したことありますが、とにかくスケールが違う!深さが違う!重さが違う!
帰る途中も、帰ってからも、まだズーッと切ない、哀しいヤマトタケルの生涯が胸を刺し、哀しくて切なくてなりませんでした。あれはお芝居の中でのこと、だとわかっているのに・・・・。
それと噂には聞いていましたが、宙乗りがあんなにも美しく感動的なものだとは思いませんでした。三階で観た白鳥の飛翔は本当に美しくて、いまも心に焼き付いています。
ゼッタイにゼッタイにもう一度観にいきます! 今度は叔母と一緒に。
1998年9月19日 / Mari O



ぽーと申します。初めてお手紙差し上げてからご無沙汰しております。
翔のHPは勿論の事、あちこちで「ヤマトタケル」を見た方の感想(というよりは感動ですね)や記事を見ますと、心は早くも松竹座にそれこそ天を翔けております。
チケットを取ってから、心待ちにしておりましたが、いよいよ来週末には「ヤマトタケル」に会えると思うと本当に今からわくわくしております。新幹線もホテルも押さえて、準備万端で9/26日を一日千秋の思いで待っています。
猿之助丈の舞台(スーパー歌舞伎「オグリ」)を見てから急激に歌舞伎に取り付かれてしまった私は、今月はコクーン歌舞伎2回、歌舞伎座の昼の部/夜の部と堪能させていただきますが、最後に「ヤマトタケル」でしめくくれるのはすごく嬉しいです。
10月は楽日の前日しかチケットを取っていないのですが、お休みを1日増やしても楽日を見たいなと今から思う今日この頃でございます。(今からではもうチケット無理かしら..)
1998年9月17日 / ぽー

【編集部より】=そりゃあもう、せっかくの遠征観劇だというのに楽日の前日のみで帰るなんて、「そらアカンでェ〜」って感じですね。昨年の大阪での楽の盛り上がりようといったら!!何しろ東京の新聞にも載ってたっていうくらいなモンでしたよ。是非もう一日休暇の追加申請を。ただしチケットは一日も早く手配した方が。とにかくうなぎのぼりの人気ですから。




お陰様で「猿之助修羅舞台」、図書館で用意してもらっていま読んでいるところです。図書館というのはなかなか便利なところですね。いろいろと探し出してきてくださいます。
「猿之助修羅舞台」という本は、猿之助さんの歌舞伎に対する思いや生き方が詰まっていて、そしてこの本が書かれて10年以上経ついまでも、その生き方を貫いて、そして結果を出している猿之助さんの”強さ”に改めて感動しました。すごい人です。

それから、「ヤマトタケル」、私も初日に行ってきました。
劇場は梅原先生やその他の関係者の方もたくさんおみえで、とても華やかな雰囲気でしたよ。
「ヤマトタケル」は、私が観たスーパー歌舞伎の中では一番よかった!と思います。(といってもまだ「カグヤ」と「オグリ」の二つしか知らないんですけど…)
ご本人も言ってらっしゃいますけれど、台詞の一つ一つに猿之助さんの生き方、気持ちが感じられて、本当「ヤマトタケル」ではなくて「エンノスケ」ではないかと思ったほどです。(でも、志半ばで命か゛なくなるというところは絶対ゼッタイ違いますよ!)
舞台はきれいだし! 迫力はあるし! … それにしても舞台の猿之助さんの”目”って、ちょっとこわい。
じーっと相手役を見る目、客席を見る目、役者であると共に”演出家 ” の目ですよね。舞踊の時とかのニコニコと全然ちがう。エネルギーの全て、命までを舞台にかけてるな、と感じます。
でもね、普通それだけ命かけたすごい舞台を見せられたら、お客の方も疲れ果て、芝居が終わって外へ出たとたんバッタリと倒れこみ、松竹座の前は倒れた人でいっぱいなんてことになってしまうはずだけど、そこは何たって”猿之助の魅力!”終わったら爽快感というか、「幸せ!よかった!また見たい!!」と思いながら帰ります。疲れも吹き飛んでしまうのです。妙なビタミン剤よりよっぽど疲労回復には効きますね。そして、やさしくなれるんです。…ホントに不思議やわ。…どうしてなんでしょう。
初日は前の方のお席だったので全体はあまりよく観られませんでした。今度はぜひ3Fから観て、舞台全体をたのしみたい!と思っています。
最後に猿之助さんへ、「 煙のように消えて 」 行かないでください。いつまでも、いつまでも。

PS=お知らせ欄にあった12月の歌舞伎座。 いいですね。 行きたくなりました。7,8(ホテルのディナーショーも行きました),9,10月と楽しんだので少し苦しくて、「しばらく!しばらく!しばらぷー!」超緊縮財政で、12月は何とか行きたいと思います。
頑張れるかな ? 秋の服も欲しいしな…。(欲張りなんです )
1998年9月16日 / Yasuko S




大阪松竹座にて初めて「スーパー歌舞伎」をみました。大阪で初も初の初日昼の部、初めてづくし。
現代の言葉を使ったセリフと、スピード感あふれる舞台展開の印象から、「歌舞伎を見た」というより「すごいスケールのミュージカルを見た」というのが第一の感想です。

その中で、特に驚いたのが演出でした。先にも書いたように、スピード感があって、観客が楽しめる趣向も多くありました。最初の方こそ、観客を舞台に引きつけるという意味でか、早変わりがたくさんあって、次のセリフに入っているのに、驚いた観客の拍手とどよめきが関係なく続くということがありましたが、そのうちに変わっていったのは、趣向がドラマに融け込むように自然に入ってたってことだと思います。
そして、色の使い方がとても綺麗でした。衣装の色彩と豪華さとの対比で、そんなに細かくない大きなセットが殆どだったのですが、舞台にあるとき、例えば闇に浮かび上がる朱の柱、ライトがあたる波打つ布は本物以上に荒々しく見える波、等々とても印象的でした。
で、炎の場面の表現が特に素晴らしい!!炎役の人たちが!!彼らが、飛んだり跳ねたりしたことより、決して小さくはない布(炎)をあれだけの時間波打たせ表情をもたせつづけた、その動きから目が離せず、主役たちそっちのけで惹きつけられてました。
あと、笑也さんの声には驚きました。「えっ、女の人」と思ったぐらい、よくとおる聞き易い声でした。
そして、猿之助さんについては「空、飛ぶんだね」ってことぐらいしか話題にしてませんでしたが、単なるおとなしい少年が、段々と男になり、悲しさを背負っていくという時の流れを十分に表現し伝えてくれました。

一番よかったことは、とにかく筋(セリフ)が分かりやすかったこと。番付をみて予習しなくても、セリフが今の言葉で、その中にも、場の説明が入っていたりと、本当にこれはスーパー!です。
そして、友人とも話したのですが「とてもメッセージ性の強いセリフが多い」ということです。「もののけ姫」を連想させる内容で、考えさせられることも多くありました。

ホント、観る前は空を飛ぶだけの印象でしたが、実際観てみたら、もちろんスゴイんだけど、「あぁ、飛んでるわ」っていう思ったよりあっさりしたもんでした。というか、ドラマのクライマックスに上手く融け込んでいて、それだけが特出しているというようなものではありませんでした。3階だったので段々猿之助さんがアップになってくるのはある意味すごかったような・・・。
その内容の魅力、話題性だけじゃなくって、猿之助さん自身に魅力がなければ、ここまで演じる人も見る人も集まらなかっただろうし、続かなかったことと思います。
それと一番感心したのは、わきの人(主要人物以外)の演技です。人数も多く、見応えがありました。その役柄が人であっても、炎であっても、です。

「今」にとてもあう舞台だと思います。残念なのは、初日だからか、スーパー歌舞伎が初めてだからかはわかりませんが、私と舞台とに今ひとつ距離があった気がすることです。10月末まであるので機会があればもう一度、行ってみたいと思っています。
1998年9月14日/ とも




行って来ました、スーパー歌舞伎。私、感激しました。正直言って、このような公共の場で観てきたものの感想を述べるのは、抵抗がないわけではないんです。それが素晴らしかったならなおさらのこと、言葉の限界にもどかしくなってしまいます。今日の「ヤマトタケル」もそんな舞台でした。
 例の情報誌でも、「歌舞伎界のスピルバーグ」と呼ばれていた猿之助さんですから、ある程度の大スペクタクルを想像していましたが、まさかあそこまでパワフルな舞台を観ようとは・・・。スピルバーグには申し訳ないですが、彼の映画ではあんな興奮は味わえません。限られた空間と時間を、物語を語る役者さんと共有するという贅沢な体験、またそれによって生まれるものすごいエネルギーを感じ、快い疲労感に襲われるのは、生の舞台の醍醐味ですね。ともかく、徹底的に楽しませてくれる超ド派手な演出には、楽しいやら綺麗やらを通り越して、こんなに楽しませてくれて有り難うございますと感謝の気持ちでいっぱい、感動的ですらありました。しかも台詞一言ひとことが、現代人である我々(私)の心の奥まで触れ、スーパー歌舞伎ってこんなだったのか!!!と改めて猿之助さんのお仕事の意味深さを認識するのでありました。
 これが歌舞伎じゃないとか邪道だとかと、そういう議 論はあんまり必要ではないと、私は思います。古典を楽しみ、スーパー歌舞伎を楽しみ、色々楽しめて有り難いなあとその境遇に感謝しつつ生きていけるとはなんと幸せなことでしょう!!
 黒沢明監督が亡くなり、「こんなにダイナミックな映画を撮れる監督はもう日本では出ません」と多くの専門家が言っているわけですが、演劇(歌舞伎)界にはいるんですよね、猿之助さんが。これってもしかしてすごいことなんじゃあないですか。
 今日、こんな罪深い(?)ことを思いついてしまいました。スーパー歌舞伎をうまく映像化できないもんでしょうか、演出は舞台そのままで。中継みたいな映像にするんではなくて、カメラワークからなにもかもこだわって、映像自体を作品にするんです。過去にもベルイマンがオペラ「魔笛」を映画化してるし、ヨーヨー・マ&玉三郎共演ビデオも最高芸術品。これが実現したら、「世界のエンノスケ」ですよ、きっと。実現しないかなあ。一人で想像してたらわくわくしてきた・・・。
 長々と書きましたが、ものすごく 抽象的な内容で失礼しました。しかしながら、やはり猿之助さんはとても意味深いお仕事をなさっていると実感しました。
 帰ってから、家族に「よかったでえ〜!!」 と感動を伝えると、なんと10月に母と弟(中学生)が行くことに決めました。早速チケットをキープ(今日が発売日でした)したようです。確実に猿之助さんの思いが次世代に伝わっていくのだなあ、と感慨もひとしおです。
1998年9月10日 / 北浜人




松竹座の前を100人近い女子高生が埋め尽くしていた。市内の某高校の演劇鑑賞教室だった。幸せな生徒達だ。企画された先生方もタイシタモンダと思った。
 同時に、内心、マズイ日に当たったのかなとも思ったが、案ずるより生む が易しであった。見当違いなところで笑い出すこともなかったし。
 ただ思ったほどの 拍手がなく、御行儀が良すぎたような気がした。というより、歌舞伎鑑賞に不慣れで見方が分からないのと、感激しすぎて拍手をするのも忘れていたというところなのだろうと思う。
それは一階席も御同様であった。みんな我を忘れて観ているらしく、なかなか拍手がこない。小生の拍手につられたようにして拍手が出てくるので、妙に緊張してしまった。
 こんな状況だから 大向こうは全くない。しかし、一門の皆様は大熱演であった。右近さん(オトタケル)も、門之助さん(伊吹の姥神)も、あの團蔵さん(クマソタケル、伊吹の山神)に負けず劣らずであったと言えば、おわかり頂けるであろう。
 二幕目の後の幕間にポスターを見ていたら、横にいた人の話が聞こえてき た。笑也さんと春猿さんを交互に指差していた。思わず話し掛けてしまった。
『弟橘媛はこの人。この人は兄媛。春猿さんと笑三郎さんは同じ年でまだ30になってないんですよ』
『まさかぁ』
『亀治郎さんは甥っ子』 すかさず
『段四 郎さんとこやね。あの背の高い人(段治郎さん)はどこの人?』
『お弟子さん です』
『この人は?』
『右近さんも猿弥さんもお弟子さんです』
『みんな、自 分で育てはってんなぁ。ここが偉い思うわ』と御一緒の方に話された。
『この 人は、ずっと一緒や』 先代の門之助さんと勘違いされたようであるが訂正できなかった。60代の奥様・お二人だった。
 さて、我々はといえば、最前列のスッポンの真横。はらはら、ニコニコ。おろおろ、ニヤニヤ。演劇鑑賞どころではなかった。
 というわけで、今日のところは舞台の感想というよりは客席レポートがメインということで。しかし、考えてみれば、有意義で贅沢な一日ではあった。(ゴツン)痛ぇなあ・・・
1998年9月10日/しっぺえ太郎




うわさのスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」を初体験してきました。同道の妻も大層感激して、常はしまり屋のはずが「もう一遍、今度は一等席で見てみたい」などというほどの興奮ぶりです。
「二人で三万円はちょっとイタイ・・・」と思って三等席観劇にしたのですが、イヤイヤ三万円払ってもたっぷりおつりが来るような、すばらしいものでした。
「いままで観てた舞台はなんやってんと思うわ」という妻の言葉は私の実感でもあります。
美しい舞台、心に響く音楽、斬新で豪華な衣装、役者の熱演、それらが一つになって描き上げた、心に染み入るような物語。
志貴の里でのタケヒコとヘタルベの述懐では、不覚にも大泣きをしてしまいまして、妻との連れ泣き初体験となりました。
1998年9月9日/ Kenji M




カブいた生活がたたり、財政破綻で自主廃業も近い今日この頃。(なにせ、夏休み3週間〜歌舞伎座20日より楽まで一週間・造形大・中座〜な生活・・・・−−;)初日に合わせて休暇を取る!なんてことはもう全然出来ずにいたのですが、奇跡的に仕事がオフで、5日より2泊3日ヤマトタケル遠征!行ってきました。

星座も干支もひとまわりの十二年・・・初演とはだいぶ質感が(クオリティという意味でなくニュアンスが・・・かな)変ったな〜〜、というのが第一印象です。たぶん役者さんの色彩の違いのせいでしょう。
お芝居自体は、もう幾度となく上演され、練りに練り上げられたもの。どう変るのかしらと思っていましたが、テンポアップ命!の猿之助さん・・・またまたシェイプアップされていました。
質感と言えば、衣裳のデザインは変ってないと思うのですが、初演のものより軽そうに見えるのだけど、少し重量(?)は、変ったのかしら。どなたかその辺、御存知の方いらっしゃいますか?

今回いちばん良かったのは猿之助さんの台詞廻しが上達(!)・進化(!?)されていたことです。(きゃ〜〜ご贔屓の皆様、お許しを!だってホントにそう思ってしまったんですもん・・・^^;)タケルって、とても完成されたお芝居で、観るにつけ「スーパーの手法は、ほぼこの時点で出揃っていたんだなぁ・・・」とか思うのですが、初演のタケルを観た時、何がいちばん驚いたかって、(私にとっては)猿之助さんの台詞廻しだったんです。抑揚のない高いトーンの早口で、思わず「アンタ(←ぎゃ〜〜再びお許しを〜〜)は、野田秀樹か!?」と突っ込んでしまいました・・・・(ちょうどその頃観た野田さんの台詞術がそんなカンジだったので)
私達ファンにとっては愛しい<猿之助ぶし>でも、やっぱりスーパーの時の猿之助さんの台詞、ちょっとイントネーション(と句読点!)が独特ですよねぇ。今回は(特に初日にしては)かなり台詞、良かったです。

タケルの猿之助さんは、どの場面でも拵えがとても似合っていていいし(猿之助さんの美貌を損なわない)、白鳥になってから飛翔するまでの姿も美しすぎる〜〜!!
一等二回(前列中央と左一番)三等二回(最前列中央と、トヤ脇)観ましたが、この宙乗りはホント綺麗の一言です。みなさんもいろいろな角度から眺めてみて下さい。
あまりにも美しすぎて、このまま何処かへ消え去ってしまうのではないかという錯覚と不安を覚えるほどでした。(突然ですが、造形大の休憩時間にお見かけした、あの浴衣でリラックされたお姿と、この世のものとは思えない!?虹の飛翔の白鳥タケルが同一人物なのが、信じられないほどです。)
笑也さんは、兄橘姫がいちだんとしっくりくるようになっていました。タケルの非業の死が少し救われるのは、終幕の兄姫の台詞による処が大きいと思うのですが、静かな中にも深い包容力のある表現となっていました。
みやず姫はかなり変りましたね。初演では蒼さめて俯いていたという印象でしたが、笑也さん自身の成長につれ、きっぱりとしたお姫さまになりました。
団蔵さんは・・・今後どうなっていくのでしょう!(すでに、かなり濃い ^^ ;←好きですが)ほとんどみんな、期待しています!(なにを!?)
初演からの右近さんの持ち役だったへタルべを亀治郎さんが、なさるというのはちょっとインパクトのある変化です。ちょうど右近さんが今の亀治郎さんの年齢だったんですよね。初演のへタルべ。(亀ちゃん・・・大熱演ですが、今月の半ばにはもう声をつぶすのではないでしょうか?・・・と心配です。)

こうして時が流れ、役が受け継がれ、スーパーもスタンダードになっていくのでしょうね。スタンダードといえば、タケルのカーテンコールは<スタンダード>で大好き。カーテンコールだけど物語のエピローグでもあり、樫の葉を頭に挿していたり、帝の手を取るタケルの姿に、故郷に想いを馳せながら死んでいったタケルの魂が救済されるようで嬉しくて(でも切なくて)、涙が零れるシーンのひとつ。
スーパー歌舞伎初見の人や、歌舞伎自体あまり観劇のチャンスが無いという人は、「これが歌舞伎!?」と驚かれるようですが、歌舞伎をよく観る方にとっては、歌舞伎のエスプリが多々活用せれていて、「歌舞伎を愛している」猿之助さんの魂胆(!?)に、思わずニンマリしてしまうでしょう!
あ〜〜いくら書いても書ききれません!!今回はひとまず、これにて失礼します〜〜。
1998年9月8日 / Yasuko W




「ヤマトタケル」初日夜の部を観てきました。やっぱり「スーパー歌舞伎」は「ヤマトタケル」に集約される!!と改めて思いました。それと、「ヤマトタケル」は一に猿之助さんあってこその「ヤマトタケル」なんだってことも。
この素晴らしい、宝石のような舞台 ・「ヤマトタケル」は、これからも繰り返し上演されて、30年50年先の人たちにも深い感動を与え続けなくては!そうでなければ30年50年先の観客が可哀相・・・と思う気持ちも本当。
けれど、猿之助さん以外の人で演じられる「ヤマトタケル」など考えられない!他の人で演じられるくらいなら、いっそ永遠に封印してしまってほしい!というような気持ちも本当。それほど猿之助さんはヤマトタケルそのものでした。ファンってほんとにエゴイストなんです。

七月の「千本桜」では、失語症に陥ってしまって、感動の1/10も表現できなくて、結局感想にまとめることが出来ませんでした。それが今も大きな忘れ物をして来たような、なんとも言えない後悔になっているのですけれど、また同じ後悔を重ねないよう今度は書かなきゃ、と思っています。
でもまだちょっと心の整理整頓が済んでないもので、詳しい感想は後日ということで。
ただ、スゴーッくうれしかったことを一つだけ。
夜の部だったので、4時過ぎに地下鉄のなんば駅に到着。急く心のままに階段を駆け上がっていたら、足元に松竹座のチケットが。チラッと目にはいった文字”立ち見券”!
私思わず引っ返してその券、拾ってしまいましたよ。見ると、昼の部で発行されたものらしく”立ち見券・47”とありました。聞けばもちろん補助席もバンバンだったとのこと。
夜の部もおなじく補助席がたくさん出ていましたし、3Fにいた人の話によるとやっぱり立ち見の人もいたとか。やったねー!!
1998年9月7日/Miyako K




「翔」拝見しました。
1988年発行の5号と、昨年発行の最終の8号。時間が経っても、魅力の本質が変化していない事、ファンの方々の猿之助さんに対する想いが変わらず同じである事に、驚きました。(後書きの日付を読むまでは、約10年もの開きがある事に、全く気付かなかつたのです。)

「みんなでおちこめばこわくない」、「猿様恋狂集会」、「猿さまジグソーパズル」はすごく楽しいエピソード満載で、読み応えがありました。
5号の目玉の「きのしまさひこ大追跡」は、猿之助さんのお若い頃を想像する事ができましたし、8号の「追っかけのススメ」は、追っかけしたいほど好きな人がいる事に、羨ましさを覚えました。
最終号との事、インターネットで見つけた時から存じてはおりましたが、やっぱり残念です。
また、「猿 joy・投稿編」や「猿 joy・手紙編」を読むにつけ、バックナンバー、特に4、6号を読んでみたくなります。
今の所は、再版の予定はないとの事ですが、もしそういう事になりましたら、是非ご一報ください。

9月、いよいよ「ヤマトタケル」の開幕ですよね。舞台を観に行けない身(米国暮らし)としては、みなさまのHPへの書き込みを楽しみにしています。
京都造形短大に在学中の友人も、歌舞伎講座に感激して、あまり観ようとは思わなかったスーパー歌舞伎に足を運んでみる事にしたとの便りがありました。
それでは、今日はこの辺で。また、HPを覗きに行きます。
1998年9月7日/ Saida