やっといい例えが思いつきました。要するにデスナイトとレリクスナイトの関係を、 サモナーとヴェネフィック、シーアールジストのそれと同じにしろ! ということです。 しろ! とはずいぶん偉そうですが、したらいいかもね・・・という妄想です。 これは解りやすいはずです。もう余計なことは言わない方がいいですね。 上の書き込みはまとまっていないので読み飛ばしてもらってもいいかもしれません。 あと、やはりデボルドの顔グラは必要でした。死亡時や離反時の台詞もありますし。 汎用キャラと同じというのもちょっと・・・なので、ここは訂正させていただきます。 まぁ、顔を隠しているなら別に顔キャラじゃなくてもいいかなぁ・・・と思ってしまいました。 とはいえこれはただの妄想で、批判するだけ批判して終わり、というのは無責任であると思い、 とりあえず私なりの妥協案も挙げねば、ということで一応言っているわけです。 実は、本題からは逸れているので、あまり気にしなくてもいいのかもしれません。
それから、らまさんからの質問ですが、私としての答えは「失敗作」です。 その前に少しアンデッドとデスナイト、リッチについて私の考えを・・・(また長くなるかも?) まずアンデッドですが、あれはただ生というプログラム従っているというだけで、 もはや人間とは別種の生命体であると考えます。(生命体といえるのか判りませんが、たぶん生きているといえる) おそらく生身の生物を捕食したり、暗黒系魔法の力を受けることによって、 生命体として活動するのに必要なエナジーを得ているのでしょう。 そうしたエナジー源が尽きない限り、不死に近い存在であると思われます。 次にデスナイト。ニバスの云うところによると、細胞の再生と記憶の再生の両立が問題となるようです。 そして、おそらくニバスが云う再生とは、「自己の永遠の再生と保存」ということであるように思われます。 過去と未来の全てを手にする、いわば時間を超越する永遠の力と言ってもいいでしょう。 でもたぶん、この機能は生命体の定義と本来的に矛盾しているのではないでしょうか。 矛盾というのも一つのからくりで、そうすることによって、 種としての生命が、個としての生命により補われる、その繰り返しが自然の摂理であり、 個体として完成された力を得るためには、その生命体であることをやめなければならない、 それがリッチだった・・・ということと思われます。 つまり、「失敗作」とは云ってますが、私が思うにニバスの反魂の術はもともと成功の望みはない、 記憶の再生は置いておくとして、細胞の再生という課題はかなり無理があったという感じを受けます。 デボルドの場合ある程度うまくいったと云われていますが、 とりあえず一時的な細胞の死を克服したといったところでしょうか。 細胞が崩壊してしまっては、記憶も魂も元も子もありませんから、多少なりとも成功といえるのかもしれません。 これは、細胞を維持したまま魂は生まれ変わったと言うべきなのでしょうか? 逆に記憶を残すという前提で作られたデスナイトは、技術的に細胞の維持が難しいのでしょう。 私的には記憶も細胞の一部だと思うので、ちょっとよく解らない部分もありますが、 まぁ、適当に言っている部分もありますけど、ニバスの技術では成功は難しいかな、という感じです。 製作者側の意図もこんな感じではないでしょうか? 私が一人暴走してるだけ?
以上ですが、まだまだたくさんのレスお待ちしております。いろんな意見を聞かせていただけると嬉しいです。 また、長々と失礼しました。ここまで聞いてくれた方有り難うございます。
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