臨床経絡
はじめに
十二の都市を持つ国の話
経穴ゲートスイッチ理論
気  論
十二正経と奇経と経穴の関係
ゲートスイッチ
代表的スイッチ
補 瀉 論
理論の実践
治療原則
刺 鍼 法
四  診
脈 状 診
比較脈診
症 例 集
役立つ古典理論
陰陽五経
生  理
脈  状
病  症
奇  経
子  午
附録;難経
臨床ひろば
異論な医論


去年の私の仲間内の学術交換会でのこと。その日は経絡治療を学び始めて間もない方が一人見学に来ておられました。折角だから治療を体験してもらおうと言うことでモデル患者になってもらいました。幸い症状があったので「経穴ゲートスイッチ理論」の治療をデモンストレーションするには好都合でした。

  • 主訴)腰が痛い
  • 2・3日前から腰を伸ばすときに痛むのでスッと立てない。
  • 既往歴)特になし
  • 問診)

     痛みの部位・・・第3腰椎脊柱寄りに縦方向(左右差は無い)

     痛みの出現・・・じっとしていると少し強張った程度だが腰を伸ばそうとすると痛む。捻るのは痛まない

     その他の症状・・・少し風邪気味のような気がする(本人談)

  • 病症の弁別)

病症の弁別とは具体的に言えばどの経の不調和によるかを考察することです。また病症が発現する前に筋肉を使い過ぎたりした様子もなく切経しても筋・靱帯・筋膜などに具体的な損傷はないと診ました。気の流れが損なわれて起こっていると判断し流通が正常になれば症状は比較的簡単に改善する可能性があると判断しました。この症例で候補として考えられるのは

  1. 膀胱経・・・膀胱経と言うのは症状の発現している場所そのものだから非常に直接的です。
  2. 督脈・・・症状が左右に偏っていないので可能性はありますし膀胱経と同じ理由で考えられます。
  3. 肝経・・・肝経は「筋を主る」ので症状を筋の強張りから発現しているとも考えられます。
  4. 任脈・・・任脈は症状の発現部位は流注しませんが腰を伸ばす時に任脈の方は縮んでいた状態から引き伸ばされるのでそれが何らかの理由で抵抗している結果腰が伸びないとも考えられます。

ではそれぞれの理由で治療穴を考えると

  1. 膀胱経に関わる場合は膀胱経の流注全て(阿是穴含む)。募穴の中極(任脈)。膀胱経の対極の腎経(大鐘)。相生の大腸経(偏歴)・胆経(光明)。相克の胃経(豊隆)・小腸経(支正)。陽?脈(金門)。八脈交会穴の申脈(陽?脈)・後溪(督脈)。陰?脈(然谷・照海・交信)。八脈交会穴の照海(腎経)・列缺(肺経)。陽維脈(金門)。子午関係の肺経(列缺)。特効穴として「腰背は委中(膀胱経)に求む(四総穴)」等々多々
  2. 督脈の場合は督脈の流注全て。八脈交会穴の申脈(膀胱経)・後溪(小腸経)
  3. 肝経の場合は肝経の流注全て。筋会の陽陵泉(胆経)。募穴の期門(肝経)。兪穴の肝兪(膀胱経)。肝経の対極の胆経(光明)。相生の腎経(大鐘)・心経(通里)。相克の肺経(列缺)・脾経(公孫)。帯脈(京門)。陰維脈(期門)。子午関係の小腸経(後溪)
  4. 任脈の場合は任脈の流注全て。八脈交会穴の列缺(肺経)・照海(腎経)
  • ざっと挙げてもこの位はあります。どれが絶対的正解かと問われればこれだと言い切れる根拠はありませんがこの例では1−4に挙げた経穴を見ていくとどこにでも顔を出している経穴があることに気がつきます。列缺です。
  • 列缺は肺経の絡穴で八脈交会穴の任脈の主治穴。また肺経は膀胱経と子午関係にあり子午治療は主に絡穴を使うのでこの場合は列缺がそれにあたります。督脈と任脈は特別な関係として対極にあります。また肺経は肝経と相克関係でもあります。こうやってみると肺経の列缺穴は1−4のどれを症状の起源としても矛盾なく関わっている可能性が強いことが予想されます。またこの時被験者は風邪気味と訴えており鼻声で少し鼻をすする様な仕草をしていました。これも肺経の病症であり肺経でも任脈と交わっているあたりの病症です。ここまで揃っていると第一鍼に選ぶべき経穴として列缺は不足はありません。列缺は今回の宝探しの宝かもしれません。こんな時は鍼をする瞬間わくわくします。
  • もし残念ながら思惑が外れて列缺に第一鍼を施しても症状が変わらなかった時は少なくとも任脈の引きつりが症状の由来だというのは否定されますから残りの1−3までの条件で考えると後溪穴が浮かんできます。つまりこの第一鍼が思惑通りに行かなかったときにがっかりする必要はありません。何故なら刺鍼はどの経の変動が症状発現に起因しているかを確かめるための検査の意味もあるからです。こうやって一鍼一鍼理由付けをはっきりして施術していけば二・三鍼のうちに絞り込まれてきます。どの経穴を選ぶかでも効果が違いますがこれは経験やセンスの差が出るところですが最低でも60点(可)の治療にはなるはずです。理由付けは切経によって見つけた反応点の場合もあります。

治療)

  • まずは右の列缺穴にステンレス0番1寸で一般的な打鍼によって3mmほど刺入し和的(「臨床経絡」入門>刺鍼法)に手技を2分ほど施しました。抜鍼して被験者にベッドから降りてもらい腰を屈伸してもらいましたがもう痛みはなくなっていました。列缺一鍼で症状は取れてしまいました。被験者は狐につままれたように不思議がっておられましたが私たちにしてみれば極普通のことです。もし、この一鍼で結果が出なくても1−4の中に正解があるという確信があるのでうろたえなくて済みます。
  • この例が先に想像していたとおり気の変動によるものだったのでドラマチックな展開になりましたが仮にこれが思惑と違って血の変動によるものであったらここまで旨くは行かないと思いますが回数を重ねれば改善していくはずです。人間の体は石ころではないので治療によって改善の方向性をしっかりと付けてやれば結果は出てきます。
  • 患者さんの病症がこの例のように気の変動であるときは鍼治療の醍醐味を経験してもらえるビッグチャンスですから病症が気の変動からきていると判断できたときは最初の一鍼に勝負をかける気構えで立ち向かってほしいと思います。患者さんからの信頼感は大幅にUPすること間違いなしです。