臨床経絡
はじめに
十二の都市を持つ国の話
経穴ゲートスイッチ理論
気  論
十二正経と奇経と経穴の関係
ゲートスイッチ
代表的スイッチ
補 瀉 論
理論の実践
治療原則
刺 鍼 法
四  診
脈 状 診
比較脈診
症 例 集
役立つ古典理論
陰陽五経
生  理
脈  状
病  症
奇  経
子  午
附録;難経
臨床ひろば
異論な医論
実技


1.刺鍼法

前段の補瀉論に準じて刺鍼法を再検討しながら臨床にあたってみると刺鍼技術の如何によっても治療効果が違ってはきますが第一義に重要なのは正しく選穴され正しく取穴されているかという事だと言うことが判ります。つまり未熟な臨床家ほど治療効果にばらつきがあるのは弁証の未熟さばかりではなく取穴の曖昧さに因るところも多いと言うことです。従って正しく弁証され取穴が正確であれば特別な技術がなく普通の刺鍼技術であっても治療効果を充分期待できると思います。しかし、まずは正確に経穴に鍼を刺せる技術を得ることは必要です。押手の指先で目当ての経穴を探り当てたらその場所に鍼先が正確に行くように訓練すべきです。また、管鍼で刺鍼する方法で殆どの治療は出来ますが、捻鍼も同じように出来るようになってしまえば連続的な手技を手早く行うときなど臨床実践で非常に便利です。また治療の目的は症状を取り除くことですがその目的のために治療が間違いなく進んでいるかを確かめる手段として脈状診を用います。実際に試してみれば直ぐに判ることですが一本一本鍼をする度に患者の脈状は変わっていきます。したがって鍼を一本刺す度に検脈していれば治療方針や選穴・手技などが妥当かが脈状を診ることで判断できます。脈状の変化は同じ条件下でも鍼の材質・太さ、刺入の深さ、手技の違いなどで違ってくることがあります。何れにしても症状が改善するためには少なくとも脈状が改善されていかなければなりません。どの様な方法手段を用いても脈状が整ってこない限り問題は解決しません。

<刺鍼の深さ>

次に刺鍼する鍼の深さですが多くの場合それほど深く刺すことはなく切皮程度で充分です。時にそこから少し進めたり、また逆に皮膚に鍼尖が当たっているだけのような手技の方がよりよい脈状を作ることが出来るときもあります。これらの手技は色々な深さを試してその度の脈状の変化を観察して経験を深めていくことで必ず熟達してきます。正しく選穴し取穴していても気の動きが思うようにいかない時がありますがこういう場合に一番考えられるのは押手の問題です。例えば刺入の深さが浅いときは押手でしっかり鍼先を安定させないと刺入痛が出やすいし経験的に言えば脈状の変化も乏しくなります。何れにしても丁寧な手技が大切です。

<押手>

押手の役割はただ単に鍼体を支えているだけではありません。押手の出来の如何によって気の動きに大きな違いがあります。例えば難経七十一難にあるように体表面を流れる気を狙って鍼を刺すのかそれを越えて血脈を狙うのかによって押手の下面が皮膚面を押す圧力も変えなければなりません。具体的に言えば気を狙うときは押手は軽くして気の流れを妨げないようにしなければなりませんし逆に血脈を狙うときはその上の気の流れを?なわないように押手に圧力をかけて血脈の上を流れる気を押し退けて刺さなければなりません。

「七十一の難に曰く、経に言う、栄を刺すに衛を傷ることなかれ、衛を刺すに栄を傷ることかれとは何の謂ぞや。しかるなり、陽に針するものは針を臥せて之を刺す。陰を刺すものは先づ左手をもって針する所の栄兪の処を摂按して、気散って、乃ち針を内る。是を栄を刺すに衛を傷ることなかれ、衛を刺すに栄を傷ることなかれと謂うなり。」

<補法・和法>

経穴ゲートスイッチ理論に於いては従来の外から正気を補うと言う「補法」の概念を用いなくても治療を成立できます。あえて言えば経穴ゲートスイッチ理論に於ける「補法」とは目的のゲートを稼働させる為の手技である「余裕のあるところから偏って足りないところに気を補う」手法を「補法」と言い、「偏って有り余っているところから受け入れる余裕のあるところに気を流し込む」為の手法を「瀉法」の一部と言うことになります。つまり大過不及がある場合これらは普通単独では生じず大過があればどこかに不及があり、不及があればまたどこかに大過が存在します。病症が不及によって生じている場合「余裕のあるところから偏って足りないところに気を補う」補法を行い、病症が大過によって生じている場合「偏って有り余っているところから受け入れる余裕のあるところに気を流し込む」瀉法を行うと言うことになります。つまり「補法」にしろ「瀉法」にしろゲートスイッチが稼働するように鍼を行うことで大過であれ不及であれ生体が調和するように状況が変化すると考えます。そこには特別「補」もなく「瀉」もない領域、単に「ゲートスイッチを稼働させる為」の手法があります。刺鍼のやり方の中には雀啄・弾爪など様々の方法がありますが実際の臨床でゲートスイッチを稼働させるに必要な手技とは多くの場合が単刺即抜か置鍼で済みます。もしそれだけでは手応えに欠けるというようなときには「和法」の手技が有効です。「和法」の手技は元々は気血が滞っているときその動きを促す方法です。その手法は幾分雀啄に近い手技ではありますが厳密に言えば鍼を抜き差ししない方法です。具体的に言えば切皮し目的の深さまで刺人したならば鍼がぐらつかないように押し手をしっかり安定させたうえで鍼柄を刺し手で軽く持ち鍼先の方向に押しつけたり緩めたりを繰り返します。これをゆっくり繰り返していると私の場合は押し手の下で患者の皮膚が息打つような感じをしばしば感じ取ることがあります。これは「和法」に限らず滞っている気が盛んに動き始めるときには感じることが出来ます。この感じが掴めた時に患者に症状の変化を尋ねてみると症状が軽快したり消失したりしていることがよくあります。もちろんそういう結果を得るためには目的の症状に狙いを定めた選穴ができていることが大切です。またこの経験からも判るように鍼治療に必ずしも強い得気を得ることがそれほど重要ではないと解ります。「和法」の手法は標治法においても気血の流通を促す目的で広く応用できる便利な手法です。元来「和法」という言葉は故福島弘道先生が唱えられた概念と手法で「補でなく瀉でもない。しかし明らかに気の流通に滞りがあるときに有効な手技」として東洋はり医学会において位置づけられた手技のことを言うのですが「補でも瀉でもない」という概念からしても手法に於いても全くと言って良いほどそっくりなのでここでも同じ「和法」という言葉を使わせてもらいました。

補足)
一般的には大過と不及は生体内に同時に存在すると考えて良いのですが大過だけが存在する場合や不及だけが存在する場合も少なからずあります。大過だけが存在する場合の例として急性熱性疾患の一部があります。この場合は瀉法を施すだけで解決するものもあります。この場合の瀉法は毫鍼で行うものから三稜鍼で行うものまであります。三稜鍼の場合は井穴刺絡と細絡を切る方法などがあります。また不及だけが存在する場合には気血の絶対量が著しく乏しい状態の場合、東洋医学ならば鍼灸に加えまず食事療法や湯液によって気血の絶対量を増やす必要があります。そのままの状態で鍼だけをしても効果が著しく緩慢で病の変化に応じきれなかったりします。しかし食事療法や湯液によって気血の絶対量を増やすにしても多少時間を要しますからそれも猶予ならないような例えば激しい脱水症のような場合は西洋医学的に適宜輸液を行います。
気血の絶対量が少ない状態の時は何れにしても鍼は極々軽微に行います。

<瀉法>

先に述べたように「瀉法」と言っても私が考える「瀉法」は「偏って有り余っているところから受け入れる余裕のあるところに気を流し込む」為にゲートスイッチを稼働させるための手法です。従って「和法」は瀉法の範疇にもあると言うことになります。これも「補法」と同じで邪気の出入を計量する方法はまだありません。したがって脈状をみて手技の可否を判断するしかありません。しかし先に補足で述べたように著しく大過だけが存在する場合は「和法」では十分でないものがあります。これらは刺絡を行うことで整えることが出来ます。

考察)
霊柩九鍼十二原篇や小鍼解篇には刺鍼法が述べられており現代の刺鍼法もそれに準じて区別されていますが補瀉の手法に関しては当時の鍼と私達が使っている鍼との違いを考慮に入れて補瀉の手法を考える必要があると思います。つまり金属加工技術が未熟であった時代に於いては鍼の太さは今と比べると相当に太く刺鍼する度に押し手で止血をしないと出血してしまうようにあったと考えられます。ですから補瀉の手法をはっきり意識していないと経穴ゲートスイッチ理論で言うところの「余裕のあるところから偏って足りないところに気を補う」目的や「偏って有り余っているところから受け入れる余裕のあるところに気を流し込む」だけの目的で充分な場合に於いても目的に反して体外に過度に気血が漏れたりする恐れが多分にあるのでそういうことがないように補瀉の手法を厳密に区別する必要があったのだと考えられます。現代の日本で広く使われている程度の細身の一般的な鍼の太さであればそれほど厳密に補瀉の手技を意識しなくても取穴が正確であれば影響は少ないと思います。

<散鍼>

体表面の気の流通を面的に広く促すときに便利な方法です。鍼先を皮膚に軽く当たる程度にチョンチョンと刺し手だけで面的に突ついていくようにすれば「瀉的散鍼」になります。突つきますが突き刺すのではありませんし強い痛みを与えては駄目です。手技が適切であれば少し鍼先を感じても患者は不快感を持ちません。それどころか気持ち良いと感じる患者も少なくありません。チョンチョンと刺し手を動かしながら本来押し手であるもう一方の指の腹で鍼先の当たったところをさっさと撫でていく手法は滞った気の流れを促すときに効果があります。強いて吊前を付ければ「和的散鍼」でしょうか。何れも手早く行うことが肝心です。

<刺入方向>

極浅い鍼の場合は鍼の方向を考慮してもあまり意味がないので直刺で構わないと思います。ただし切経して取穴する場合、指の押しつける方向によって反応が違う場合があります。反応は術者の指先に硬結などを感じるだけの場合と患者が圧痛などを併せて感じる場合があります。この様なときはその反応を良く感じた方向に向けて鍼先を向けると目指す効果がより期待できます。特別流注に従ったりまた逆らったりして補瀉を考えることはありません。あくまでも気血のアンバランスを是正できるスイッチをONにする為に鍼を刺します。