パイパーズに連載していた時は、紙面の制限で言い足りなかった事や、編集長との意見の食い違いで掲載できなかった事も含め、加筆訂正もして載せていきたいと思います。まずはハイデルベルクから。尚、取材の時期での資料ですので、現在と食い違う所があります。大幅な違いは、訂正もしくは註が付いています。

学生の町、歴史の町

ドイツでライン(川)・ネッカー(川)三角地帯と言われる狭い合流地域に、マンハイム楽派で有名なマンハイムと、二つの都市があります。ここに二つの劇場と三つの管弦楽団、一つの室内管弦楽団があります。この内の二つはマンハイムに(マンハイム州立劇場管弦楽団とクアプファルツ室内管弦楽団)あります。モーツァルトも吃驚する程うまい宮廷管弦楽団のあったマンハイムですが、カールテオドール選帝侯がハイデルベルクから移り、栄えた町です。現在も関係は残っていて、高名なオーボエのリーバーマン氏が教鞭をとる音楽学校の名前はハイデルベルク=マンハイム音楽大学。マンハイムにはフルトヴェングラーもいた事のある(墓はハイデルベルクにあります)、1779年創立の州立劇場があり、客席数も1133と大きいものです。ワグナーの演奏には定評があり、バイロイトに行く楽員も多いのですが、反面出来不出来の波も大きいとか。もう一つは有名なBASF(化学企業)のあるルートヴィヒスハーフェンを本拠にするラインラント・プファルツ州立管弦楽団で、ここには劇場がありません。日本のオーケストラと同様の活動をします。劇場は無くても日本の様にホールでのオペラもあるそうです。(2002年現在、ハイデルベルク交響楽団もあります。これは古楽器を使ったオーケストラで、CDも出しています)

そして最後が、これから訪ねるハイデルベルク市立劇場です。ハイデルベルクはドイツ最古の大学町で観光都市。日本人が特に好きな町で、目抜き通りのハウプト・シュトラーセは日本人(最近は韓国、中国人も多い)で埋められる事もあります。その中ほどを入った所に劇場はあります。幟が立っているのですが注意しないと分からないし、オペラ見物は時間が掛かり過ぎるのでしょうか観光客は余り見かけません。

オーケストラの活動

前回までのウルム劇場との大きな違いと言うと、管弦楽団としての活動が多い事です。ウルムはオペラ以外は定期が5回と数回の特別演奏会でしたが、ここでは30回(96〜97のシーズン)を数えます。年間プログラムも劇場と管弦楽団の物が別に出ます。拠点はもちろん劇場なのですが、組織としては別なのです。細かい違いはあるのですがウルムと同様に運営されています。ここで、演奏会の内訳からお話しましょう。

定期演奏会は年に10回(管弦楽のみ6、合唱作品演奏会4回)、「作曲家の横顔」と題された現代音楽演奏会が4回、ニューイヤーコンサートと聖霊降臨記念演奏会が各1回、特別演奏会は3回で今年は特にブラームス没後100年の記念演奏会になっています。更にファミリーコンサート6回、セレナーデ5回、最後に楽員有志による不定期の市庁舎演奏会も5〜6回あります。これに劇場でのオペラ、バレエが加わり、室内楽までありますから、人口13万人の町の音楽シーンとは信じられません。

演奏曲目を少し挙げると、ブラームス「全交響曲」「ドイツレクイエム」マーラー「交響曲第5番」ホルスト「惑星」バッハ「ヨハネ受難曲」など、ソリストにもG・クレンメルがいますこの管弦楽団の演奏活動で特異なのは、「セレナーデ」でしょう。ハイデルベルク城で行われる夏の名物です。雨が降ると城の中、普通は庭での野外演奏会になります。楽員は他の管弦楽団に比べ、その分夏休みに入るのがずれ込みます。夏休みは通常7月の始めから8月いっぱい位ですが、8月中はハイデルベルク城音楽祭(他からの演奏者による)もあり、活動再開は他より遅れるようです〔註 98年から州内の劇場の稼動期間がそろえられて、オケ間の違いが縮小しています。殆どの劇場で7月10日頃まで働いています〕。98年から5月に「ハイデルベルクの春」と言う音楽祭、それに夏はSchloss Fest.(お城の音楽祭)始まりました。ただし、後者はオケの人は出演しない様です。

劇場の活動

ハイデルベルク市立劇場は1854年(幕末ですね)の創設。建物も昔ながらの造りで、美しい天井を持った吹き抜けの三層で座席数は600あります。この劇場の構造で特徴的なのは、二階左右のボックス席で壁とドアが一体になっている所です。もちろんここは一階前部と並んで最上の席です。古い劇場に良くあるのですが、三階席は場所により自分のいるバルコニー自体が邪魔で舞台が半分も見えません観客は伸びたり、縮んだりしながら耐えているのです。もっとも、大きい所(例えばバイロイトの祝祭劇場)だと今度は柱が邪魔になる席が多く存在します。観劇には近代建築の方が向いているのでしょう、建て直したウルムではそんな事はありません。しかし見るには不都合な席が、実は音を聴くのには結構なのも皮肉な話です。そうそう、この劇場の客席の入口は二重になっていて開演中外側のドアに錠がされて入れなくなります。私もトイレの混雑で危うく締め出されそうになりました。

劇場の公演も盛りだくさんです。オペラはプリミエのものにプッチーニ「ボエーム」レハール「ロシアの皇子」R・シュトラウス「サロメ」ツェムリンスキー「チョークの円」レスィング「3,4そして5」(原作グラス「領域の狭間」)ロッシーニ「セヴィリアの理髪師」、そして再演にワグナー「さまよえるオランダ人」フンパーディンク「ヘンゼルとグレーテル」グルック「オルフェウスとエウリディーチェ」オッフェンバック「ホフマン物語」です。実際、音楽以外の演目まで入れたら書き切れない程演目が多いですねえ。

やはり料金に触れない訳にはいかないでしょう。プリミエでオペラを見ると、A席が47.5マルク(約3600円)、H席で8.5マルク(約650円)です。七段階に席が分かれているので相当開きがあります。これが定期会員になると一つあたりA席が28.5マルクからG席の7.5マルクになります。最低の席は定期会員にはありません。面白いのは会員料金を五回に分割払い出来る所でしょう。一括払いなら更に3%割り引かれます。こうして、観客動員には工夫しているのです。また、ハイデルベルクは駅から中心部が離れているので、チケットは交通機関とセットになっています。「コンビチケット」システムと言い、開演3時間前から運行終了まで市電、バス、ケーブルカーを往復使えます。日本でもJRや私鉄各社で抱き合わせチケットを販売しますが、同じ市の機関と言う事で便利で、安く出来るんですね。セレナーデはハイデルベルク城までケーブルカーで行けるので観光にお勧めです。

それにしても劇場の響きは良いとは言えません。管弦楽の演奏会には劇場では無く市立ホール、教会が使われます。しかし、教会での演奏会は演奏する人にも聴く人にも幸せな会場とは言えません。今度は響き過ぎて何が何だか分からなくなってしまいます。石造りの内部は夏でも底冷えがする事もあるのです。日本では教会は良い響きがすると言われ過ぎています。レコーディングに使われる様な所が、むしろ特別なんです。

日本人演奏家

ハイデルベルクの日本人演奏家は、ヴァイオリンに二人(今は桐朋出身のTanaka Rie“漢字不明”さんもいる)。先に入団したのが長谷川まゆみさん。彼女は、国立音大からエッセンに留学し現在までドイツ暮らし、ここには10数年います。彼女は私と同郷(会津若松市)で古くからの知り合いです。もう一人は茂木立哲也(もぎたて・てつや)氏です。東京音大からドイツに来て、一昨年正式な団員になったばかりです。歌手とバレエにも一人ずつおられるのですがお合い出来ませんでした。今回、劇場の案内をしてくれたのは長谷川さんとチェロのハンス・シャフトさんです。この二人とは1996年から、私の住む松戸で演奏会をしています。実は、ウルムのファゴットの杉本さんそしてこの二人を通じて私は「劇場」と言うものに興味を持ち取り憑かれ、さらには良い演奏家は大都市だけに限らない、と確信するに至ったのです。それはさて置き、オーケストラの事を話しましょう。取材前日に「ラ・ボエーム」を見て私は泣いてしまいました。作曲家の三枝成彰氏もこれが好きで「下手な時でも泣いてしまう」と宣っておられましたが、下手で私は泣きません。劇場の練習場の写真はファミリーコンサートのゲネプロです。詳しくは次回で。

つづく

トップページへ  ハイデルベルク市立劇場 ハイデルベルクの劇場2