2000年2月中旬の日記

ぼんやりしているうちに、10日間が終わってしまったという印象ですね。2月17日に幕張メッセのMACWORLD Expo/Tokyo 2000に行ったのが、個人的には最大のイベントでした。(2000年2月21日記)

2月11日(金) 第77回「TSとTGを支える人々の会」催しに参加した。
[日記]新宿西口のヴェローチェで長*さん(銀河の彼氏)とお茶を飲んだ後、開始時間の午後1時10分直前に、第77回「TSとTGを支える人々の会(TNJ)」催しが開催される都内某所の会場に到着する。70名を越える参加者。今回のテーマは「トランスジェンダーと法律&制度上の問題」だ。
まず最初に、ニューヨーク大学ロー・スクール(日本で言えば大学院法律学科の修士課程)に留学して修士論文を書いたゲイの方(Nさん)の体験談。ロー・スクールで受講したセクシュアリティー(用語についてを参照)やジェンダー(用語についてを参照)に関する講座のことと、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルの学生団体に所属しての活動についてがお話の中心だったが、マイノリティーであるゲイのコミュニティーのなかで、アジア人はマイノリティーのなかのマイノリティー(二重のマイノリティー)として、白人のゲイとは違う問題を抱えていたという話が特に興味深かった。
メインは弁護士の角田由紀子さんのお話と、法律問題に関する大質問会。角田さんのお話は論理的によく整理されていて、きわめてわかりやすかった。特に時間を割いてお話ししてくださったのは、(1)戸籍上の名の変更、(2)戸籍上の性別表記の訂正、(3)同性婚の3点だが、ここでは銀河にとって最も現実的な問題である(1)について触れておく。戸籍上の名の変更が性別表記の訂正に比べてずっと容易であることは知っていた。ただ、長期間にわたってその名前を使用しているという実績が必要だと思っていたのだが、性同一性障害(用語についてを参照)者の場合はどうもそうでもなさそうなのだ。たしかに昔は、性同一性障害者の改名は、通称として永年使用した名への変更(例えば、ペンネームや芸名として5年とか7年だとかの長期間にわたって使用し続けた名への変更は認められるケースが多い)に準じると考えられていた。しかし今では、性同一性障害自体を理由にして改名することが可能であり、東京家裁の場合、数ヵ月あるいは場合によっては1週間だけ使用した通称への変更が認められているのだそうだ。
ちょっとヘンだなって思ったのは、憲法24条の「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」という記述をもって、同性婚は憲法違反だと主張する人たちが多いというお話。角田さんが「この条文の精神(簡単に言えば男女平等、当人の意思尊重ってこと)を考えると、ここでは同性婚の是非には触れられていない」という趣旨のことをおっしゃっていたが、このようなきわめてまっとうな見解が法律学者の世界では少数派だというのがどうにも納得できない。
催しの最後に、会の主宰者の森野ほのほさんが「現在の法律は別に性同一性障害者を差別するために作られているわけではなく、法律が作られたときに性自認(用語についてを参照)という概念がなかっただけ。だから闘うというよりも理解してもらうという姿勢の方が有益だと思う」という趣旨のことをおっしゃっていたが、この発言には全面的に同感だ。
例によって居酒屋で二次会(半額サービス中ということで、ひとりあたりたったの1,100円!)。銀河のついたテーブルには、窪田理恵子さんぽんぽんさん、tsao2さんといったいつも仲良よくしていただいているお友だちに加え、初参加の花山ふたばちゃん(女装会館「エリザベス」で知り合ったお友だち。彼女もエリザベスから「TSとTGを支える人々の会(TNJ)」へ移籍(?)してきたみたい)、これまた初参加で初対面の明恵さんといった新しい顔ぶれも交え、実のある話も実のない話も取り混ぜて、なごやかに盛り上がった。
三次会へと向かう人たちと別れ、8時過ぎに長*さんの待つ新宿3丁目のスナックへ。ここは「嵯峨野」(新宿西口にある行きつけの居酒屋さん)のママのお知り合いが開店したばかりのお店。今日は「嵯峨野」のママのご招待で「嵯峨野」常連客が集合。年齢層が異様に高かったし(なんと銀河が最年少!)、ちょっとお行儀の悪い客もいたけど、楽しく過ごさせていただいた(上機嫌の長*さんはかなり酔っぱらってしまった)。ルノアールでお茶を飲んだ後、JRの終電で帰宅。

2月12日(土) どうも歩くのが下手みたい。
[更新情報]トランスセクシュアル関連のページへのリンク女性ホルモンの理解のためにT's Kitchenを追加した。
[日記]歩いているときに自分の足でもう一方の足を蹴ってしまうことって、ありませんか。銀河はしょっちゅうです。特に片足を前に出すときに、その足のつま先でもう一方の足のくるぶしをイヤと言うほど蹴り上げてしまうんです。ですから、銀河の両足のくるぶしには傷が絶えません(子供の頃からずっとそうなんです)。
歩いているときに転ぶことってありますよね。これもしょっちゅうなんです。どのくらいしょっちゅうかと言うと、週にだいたい2回か3回くらい。階段を昇り降りするときには特に気をつけないと大変です。だいぶ昔の話になりますが、階段から転げ落ちて鼻骨を骨折して入院してしまったこともありました。
長い間、みんなも普通そうだと思っていたのですが、どうも銀河が特別に歩くのが下手みたいなんですね(そういえば、靴のかかとの部分の内側だけが、すぐにいびつにすり減ってしまいます)。小学生の時分にどっかの大学病院に連れていかれて検査を受けたとき、平衡感覚に障害があるって診断された覚えがあるのですが、それと関係があるのでしょうか。だれか銀河に正しい歩き方を教えてください(笑)。
[BGM]Youssou N'dour,"JOKO." セネガルだとかアフリカとか言う以上に、現代ポピュラー音楽の最重要人物のひとりであるユッスー・ンドゥール、ワールドワイド・リリースとしては全世界で100万枚を売り上げた『ザ・ガイド』(94年)以来、6年ぶりの新作。今回はスティングやワイクリフ・ジョン(フージーズ)が参加。サウンドは全体的にヒップホップ/R&B寄りのコンテンポラリー・ポップなんだけど、プログラミングやループで作った基本的なリズムの上に生のパーカッション(ジェンベなどの西アフリカの打楽器)を重ねることで、ダカール(セネガルの首都)のストリート感覚を表現しようというねらいがうまく達成されている。そして、どんなサウンドに乗っても際立っているのがヴォーカル。プロデューサーとしてもソングライターとしても飛び抜けた才能を持つユッスーだが、その魅力の根幹はなんと言っても、しなやかで力強い鋼(はがね)のようなその声にあるんだなと実感する。日本盤にはホンダのステップワゴンのCM曲「オブラディ・オブラダ」を収録。これも今年の個人的なアルバム・ベストテンの有力候補作ですね。
[読書記録]遙洋子『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』(筑摩書房)。東大の大学院の聴講生として上野千鶴子ゼミに参加しているタレントの遙洋子さんのエッセイ。タイトルに惹かれて買ってみたんだけど、これが予想以上に面白かった。よく計算された文章構成のおかげで、読者も一緒に上野ゼミで勉強している気分になれる。上野千鶴子ファンは必読だし、フェミニズム入門書としても格好の一冊。フェミニズム云々は抜きにして、上野さんが学問に厳しいきわめてまっとうな学者だということがよくわかる(何人かの学恩のある先生方を思い浮かべた)。広くお勧めできる一冊です。

2月13日(日) 河野多恵子さんの選評がいちばんピンときた。
[日記]芥川賞発表号の『文藝春秋』3月特別号を買って、選考委員の選評を読んだ(『文藝春秋』なんて買ったのは、20年以上前に村上龍が「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞をとったとき以来だ)。藤野千夜さんを強く推す黒井千次さん、三浦哲朗さん、宮本輝さん以外の委員が、文章力は高く評価するものの、題材の扱い方が軽すぎはしないかという趣旨の評を書いている(池澤夏樹さん、田久保英夫さん)のは、まあ妥当なところだろう。トランス(用語についてを参照)界で評判の悪い石原慎太郎の評は、男根主義者の石原らしくてむしろ微笑ましかった(藤野さんに対する評よりもずっと問題なのは、なぜ石原慎太郎なんかが芥川賞選考委員をやっているのでしょうかという点。政治家としてはご立派なのかもしれないけど、若さ一発勝負の『太陽の季節』以外にはまともな小説なんて一本も書いていないわけだしね。保守系なら石原じゃなくて、福田和也が適任。選考委員は芥川賞受賞者でなければならないっていう内規もないようだから)。
で、銀河としては河野多恵子さん(高校生の時分、愛読していた作家だ)の選評がいちばんピンときた。というのも、この人の発言が、セクシュアル・マイノリティーの置かれている現状を文学者らしい洞察力でいちばん鋭く射抜いているように思えるからだ。以下、ちょっと長いけど引用です。

藤野千夜さんもまた、進歩を示している。前候補作「恋の休日」に感じた文章のよい粘着力やさりげなくて鋭い表現力が、今回の「夏の約束」では一層生きるようになった。男性同性愛者たちのカップルや性転換者の交友をこわばりなく描いて、雰囲気に広がりがある。彼等は世間の差別的な視線とうまく折合いをつけている。それが可能であるのは、差別的な視線が弛んだからで、この作品のこわばりのなさは、作者の才能と実力に加えて、そのこととも無縁ではないだろう。しかし、差別的視線の弛みは、世間の寛大化や理解度の深まりの結果などではない。何事も相対化してしまう、今日の風潮の結果に外ならない。今日では、異端までも相対化されてしまって、異端であり得なくなっているくらいである。この作者は、今日の相対化の風潮の荷厄介さに取り分け心してかからねばならないだろう。

見事というしかない。これにさらに銀河が何かを付け加えるのは蛇足でしかないだろう。当事者の多くが感じとっているはずの現状、「それもありだね」と言ってはもらえるけど決して理解してはもらえない状況、ゲイもトランスセクシュアル(用語についてを参照)もジェンダーフリーも全部ごっちゃにして容認する世間というものを、正しく捉えた発言だと思いませんか。
[BGM]Otis Redding,"Live In Europe." 昨日の[BGM]で取り上げたユッスー・ンドゥールの『ジョコ』について、ワールドワイド・リリースとしては6年ぶりの新作という書き方をした。というのもこの間に、自国セネガルでは国内マーケット向けのアルバムが何枚かリリースされているからだ。ユッスーは、グローバルなマーケットと国内マーケットを完全に別なものとして捉え、それぞれにコンセプトの違った作品を発表してきている。全世界向けにはヒップホップ/R&Bを基盤にし、ンバラ(セネガルの民族ポップ)の要素をブレンドした作品を、国内向けには革新的だけれどもあくまでもンバラにこだわった作品を、という具合にだ。そのユッスーから連想してふと聴きたくなったのが、オーティス・レディング(米国黒人音楽史上最高のシンガーと言ってもよい)の『ライヴ・イン・ヨーロッパ』(67年作品)。ユッスーと同じこと(ユッスーが意識的に試みていること)を、たぶん無意識のうちにやっていたのがこのオーティス。実はこのアルバム、日本の黒人音楽評論家やコアなR&B/ソウル・マニアの間ではあまり評判が高くない。白人聴衆を意識して、妙に黒人っぽさを強調したわざとらしい歌唱になっていると言うのだ。これに対して、評論家諸氏のなかで(たぶん)ただひとり反対の意見を表明しているのが、中村とうようさん。同じ文化を共有している黒人を前にしたときと、異文化に属する白人を前にしたときでは、うたい方が違って当然。自分とは異質の聴衆を前に歌唱が説明的になる(特にダイナミクスのつけ方に明確だ)のは、むしろオーティスのシンガーとしての感受性の鋭さの現れだと主張している。で、この意見には全面的に同感。非黒人である日本人ファンが『ライヴ・イン・ヨーロッパ』にグッとくるのは当たり前なのだ(とうようさんの意見を聞くまでは、この盤に感動する自分は本当のところは黒人音楽がわかってないのかなって思ったりもしていた)。

2月14日(月) 新高3生対象の客寄せサンプル授業。
[日記]先週の月曜日(2月7日)に引き続き、夜7時過ぎから都内の某校舎で、4月から高校3年生になる生徒たちを対象に「客寄せ」目的のサンプル授業をする。受講しているのは、これまでうちの予備校には通ったことのない生徒たちばかり。彼らはこれを4月からどの予備校に通うか決めるための参考にするのだろうし、うちの予備校側としては「客寄せ」の上手な講師を起用して、ひとりでも多くの生徒を獲得しようというねらい。その両者の思惑とは別に、生徒にできるだけ良質のサービス(有り体に言えば、いい授業)を提供するのが銀河にとっては命綱だから、昨晩は90分の授業の準備に6時間ほどを費やした。これだけ念入りに準備しておけば、どういう展開になってもまず大丈夫だ。
授業終了後は長*さんの待つ新宿3丁目のスナック(2月11日の日記に書いたのと同じ店)へ。長*さんの高校時代のお友だちも交え、2時間ほどカラオケをうたう。一日も終わりの頃になって、今日がバレンタイン・デイだったことを思い出したけど、長*さんも特に気にしているわけではなさそうなので、なんでもない普通の日だったことにして、そのままやりすごす。0時ちょっと前に帰宅。
[BGM]Otis Redding,"Pain In My Heart." 昨日の[BGM]に書いたように、オーティス・レディングが無意識のうちに白人聴衆向けの歌唱を披露する『ヨーロッパのオーティス・レディング』は(マニアの間でも)もっと高く評価されてしかるべきライヴ・アルバムだと思うが、黒人聴衆だけを意識してうたったこのデビュー・アルバム(64年)はやはり強烈(個人的にはオーティスのアルバムのなかでいちばん好きだ)。声質、シンコペーション、リズムへのノリ、ダイナミクスのつけ方、どれをとっても完璧としか言いようがない。これが21歳から22歳にかけての録音だというのが驚きだ(ちなみに、自家用飛行機の墜落事故で亡くなったのが26歳のとき)。STAXレコードのスタジオ・ミュージシャンだったスティーヴ・クロッパーのギター、ドナルド・ダック・ダンのベース、アル・ジャクスンのドラムスも鉄壁のバッキング。

2月15日(火) 長*さんのお父様の命日。長*さんの自宅に泊まる。
[日記]今日は長*さんのお父様の命日(来年、七回忌を迎えるのだそうだ)。事務所を早めに閉めて、長*さんとふたりで世田谷区にある長*さんの自宅へと向かう。元旦以来、2回目だ(1月1日、2日の日記を参照)。
長*さんのお母様が夕食の支度を整えて、待っていてくださった。御仏壇に手を合わせ、3人で食卓を囲む。こういう大切な日に「家族」の一員として迎えてくださる長*さんのお母様と長*さんの心遣い。凡庸な言い方しかできないけれど、言葉の本来の語義通りに「有り難い」ことだと心から思う。テレビを見ながら、お父様の生前のお写真や、子供の頃の長*さんの写真を見せていただく。長*さんが子供の頃から今とまったく同じ顔をしているのが、ちょっと可笑しい(集合写真で大勢のなかにいても、すぐに見つけることができるんだ)。
夕食後、長*さんに誘われて私鉄の駅前にあるスナックへ。20年も前からの行きつけのお店だそうだが、ここ何年かは顔を出していなかったということで、ママさんと昔話に花が咲く。10時頃には長*さんの自宅に戻ったのだが、お酒の入った長*さんが居眠りを始めたので、早々にお布団を敷く。元旦のときと同じように、長*さんと銀河が同じ部屋、お母様はお隣の部屋。ふだんの睡眠不足の反動でぐっすり眠り込んでいる長*さんと手をつないで、銀河は朝まで眠ったり目を覚ましたりのくり返し。
[BGM]Speech,"Spiritual People." アレステッド・ディヴェロップメント(93年のグラミー賞受賞)のリーダーだったスピーチの3枚目のソロ・アルバム。ラップのミュージシャンのなかではアレステッド・ディヴェロップメントがいちばん好き、なんて言うと、バリバリのラップ・ファンからは鼻で笑われてしまうが(「あれはラップじゃない」って言われるだろうけど)、本当のことだから仕方がない。ストリートのヤバいギャングといった感じの(「感じ」ではなくホントにギャングだったりする)ラッパーたちのなかで、生真面目なインテリ風の社会派グループだったアレステッド・ディヴェロップメント。96年にソロとなったスピーチは、前作『フープラ』(98年)でラップ/ヒップホップという枠からも飛び出て、新しい時代のソウル・ミュージックを創出しつつある印象を受ける。70年代のソウル/R&Bをベースに、オールド・スクールのヒップホップやレゲエ、フォーク・ロック、ゴスペルなど様々な音楽の要素をどん欲に取り入れたハイブリッド・ミュージック。たぶん誰もが連想するのが、カーティス・メイフィールドではないだろうか。生真面目なところが長所でもあり弱点でもあるんだけど、頭でっかちになるギリギリのところで肉体的躍動感がメッセージを支えているこの感じが、個人的には大好き。ボブ・マーリーの"Redemption Song"のカヴァー、トム・トム・クラブの「おしゃべり魔女("Genius Of Love")」(懐かしい!)をサンプリングした"Jungle Man"が秀逸。

2月16日(水) メールをいただいたMTFの方とお会いする。
[日記]朝7時過ぎに目が覚める。朝食をいただき、しばらくぼんやりと過ごした後、お母様にご挨拶し、長*さんと2人で新宿へ。朝の小田急線は混雑するので、京王線を利用する。新宿西口のヴェローチェでコーヒーを飲んでから、事務所へ出勤する長*さんと別れて、帰宅。
夜は、メールのやりとりをしていたMTF(用語についてを参照)の方とお会いする。何回か相談ごとのメールをいただいているうちに、家も近いようだから一回お会いしましょうということになったのだ。ステキなお土産(ガラス製の一輪挿し)までいただいたのだが、銀河とは置かれている状況が違うこともあって(パートナーとお子さんがいらっしゃる)、通り一遍のアドバイスしかできないのが申し訳ない。自助グループや医療機関のことをお教えし、後はもっぱら聞き役に徹する。帰りがけに、多少はすっきりとした顔をなさっていたので、ちょっとだけ安心する。
ところで、その方に、手塚眞監督の『白痴』(原作は坂口安吾)という映画のことを教えていただいた。「銀河」という登場人物がいて、新人女優の橋本麗香さんが演じているのだそうだ。しばらくは東京での上映の予定がないようなので、残念。
[BGM]Donny Hathaway,"Live." 大学出のインテリ黒人ということで思い出したのが、70年代ソウル・ミュージックの旗手、ダニー・ハザウェイ。ジャズやクラシックの要素を大胆に導入したり、白人シンガー・ソングライターの曲を取り上げたりする一方で、その本質はあくまでもゴスペル(教会のゴスペル・グループ出身だという)。72年発表のこのライヴ・アルバムは、ゴスペル的な高揚感が味わえる大傑作。79年に、ヒップホップの台頭と入れ替わるように、自殺。
[読書記録]町田健『生成文法がわかる本』(研究社出版)。職場の同僚だった知り合い(現在は名古屋大学教授)が最近出版した本。学問研究の場を離れて久しいので、展開の異常に速い生成文法(ノーアム・チョムスキーを始祖とする現代言語学の一大学派)の最新の動向を知るために、読んでみた。基本的には素人向け(大学の入門講座レベル)だけど、生成文法の理論的枠組みを押さえながら、ソシュール以来の現代言語学の本質をも確認できる好著と言えよう。同じ著者による『言語学が好きになる本』(研究社出版)もお勧め。

2月17日(木) MACWORLD Expo/Tokyo 2000に行ってきた。
[日記]午前中から所用で都内各所を動きまわっていたのだけど、なんとか時間がとれて、午後2時に京葉線の海浜幕張駅に到着。MACWORLD Expo/Tokyo 2000が開催されている幕張メッセへと向かう。こんなところまで来たのは、10年ほど前に、うちの予備校の生徒たちを引率して千葉ロッテマリーンズの試合を観戦しにきて以来、2回目だ。iMacユーザーになったのが去年の4月だから、MACWORLD Expoに来るのも、もちろん初めて。駅前に割引券を手にしたダフ屋が何人も出現しているのにちょっとビックリ。
会場前で、タクさん(9月5日の日記11月27日の日記を参照)とバッタリ出会う。ちょうど見終わったところで、これから会社に戻るのだそうだ。タクさんと入れ替わるように、会場へ。なにせ初めてのことなので入場手続きに手間取りながらも(住所や氏名や勤務先まで書かされた)、なんとか会場内へ。思っていたほど広くはない。2日目で平日ということもあり、そう混雑もしていない。要領がわからないので、とりあえず会場内を一周。規模の大きな学園祭みたい。ただでもらえるものは何でももらってきたので、もとの場所に戻ってきた頃にはパンフレットの類で紙袋2つがいっぱいになる。
あれもこれも見ていては時間がいくらあっても足りない。まずはアップルのブースに腰を落ち着けることに。昨日のスティーヴ・ジョブズCEOの基調講演で発表されたばかりの、グラファイト・カラーのiBookを思う存分いじる。グラファイト・カラーはiMacのように透明だとカッコイイんだけど、iBookの場合は、今までのタンジェリンとブルーベリーの方がキュートでいいかな。その後は、スタッフの方に説明してもらいながら、iMovieFinal Cut Proや発表されたばかりのAppleWorks 6をお試し。そうこうしているうちに、ステージで、いちばん楽しみにしていたMac OS X日本語版のデモンストレーションが始まる時間が近づいてきたので、早めに行って椅子を確保。巨大なスクリーン上で動く日本語版のMac OS Xには、ただただ感激。新しいGUIのAquaはやっぱり魅力的だ。説明もわかりやすくて、雑誌の記事だけではよく飲み込めなかったこともはっきりしたし、今夏に予定されている発売が待ち遠しい。そのまま、iMovieのデモも楽しむ。
アップルのブースをひととおり堪能した後、会場の隅の焼きそばの屋台で、お食事。その後は、前々から興味があったDTM関係にしぼって、RolandとかYAMAHAとか島村楽器とかのブースで、スタッフの方に手取り足取り教えてもらいながらあれこれと操作してみる。Rolandミュージ郎っていうパッケージが使いやすかった(スタッフの方も親切だったし)。
まだ時間に余裕があったので、もう一度会場内をまわる。ユーザー・グループのブースがオタッキー丸出しで笑えた。不思議だったのは、どこがアップルと関係があるのかさっぱり判らないスイス製腕時計の割引販売の店舗が出ていたこと。帰りがけには、お土産として用意されていた、PowerBookとグラファイト・カラーのiBookのポスターをいただいていく。
室内と屋外の温度差が激しくて、風邪を引きかける。新宿で長*さんと会った後は、早めに帰宅してベッドに潜り込む。
[BGM]小島麻由美『ソングス・フォー・ジェントルメン』。バッキングにジャズ系のミュージシャンを起用したライヴ・アルバム(今日が発売日)。シンガーとしてもソングライターとしても大好きな人だけに言いにくいんだけど、このアルバムの方向性が彼女に合っているとはとても思えない。けだるげなヴォーカルに重たい演奏。正直言って、全部聴き通すのがつらい。そもそも、ファースト・アルバム(95年)で彼女の際立った個性に衝撃を受けたのは、ちょっと舌っ足らずでコケティッシュな歌唱と、60年代歌謡曲風のメロディーに乗った斬新な歌詞が他にはない魅力だったから。この人本来の持ち味を活かすためには、例えば、フランスのサラヴァ系のミュージシャン(ピエール・バルーとかブリジット・フォンテーヌ)や、日本で言えばピチカート・ファイヴあたりのサウンド作りを参考にすべきなんじゃないかな。とにかく、もっと軽やかな伴奏でさらっとうたってくれなくちゃ。そこらへんをきちんと捉えていない制作スタッフが、決定的にダメだ。フランスはフランスでも、越路吹雪の「ろくでなし」のようなおシャンソンをうたうのは、ちょっと勘弁してって感じ。

2月18日(金) パチンコ、パチンコ!
[日記]夕食後、長*さんがパチンコに行くと主張する。銀河はギャンブルが苦手(というか嫌い)なので、競馬も麻雀もまったくやったことがない(宝くじを買ったこともない)。パチンコも高校生の頃にちょっとやってみたことがあるだけだ(電動式ではなくて手打ちだった)。だが今日は、長*さんが2000円のカードを買ってきてくれて、しばらく遊んでいろって言う。かくして、気が進まないながらも、トライしてみることに。 
なんといっても、ルールがよく把握できない。どうやら、パチンコ台の真ん中にある小さなディスプレイの9つの升目のタテ、ヨコ、ナナメに7の数字が3つ並ぶと、玉がたくさん出てくる仕組みらしい。よくわからないながらも、打ち始めてすぐに、いきなり9つの升目すべてが7の数字で埋まってしまった。バカみたいに玉が出てくるのでビックリして、近くの台で打っていた長*さんを呼ぶ。「確率変動」とかいう状態で、これから先、玉がたくさん出てくるらしい。で、20分もしないうちに玉を入れるプラスチックの箱4つがいっぱいになった。ひどく怖くなって長*さんに代わってもらう。「確率変動」が終わってすぐにまた、9つの升目のうち7つに7の数字が並ぶ。また「確率変動」ってやつになったらしい。どんどん玉が出てくる。結局、プラスチックの容器8つがいっぱいになった。もっと続けたがる長*さんに、ここが引き際だよって主張して(銀河は慎重派なの)、玉をお金に換えてもらいに行く。パチンコ屋さんのなかでは換金してくれない(知らなかった)。裏の方にある怪しげな建物のなかでお金に交換してくれるのだけど、建物から出た後、誰かにつけられて襲われるんじゃないかと怖くて仕方なかった。4万円以上にはなったみたい。2万円だけもらって、あとは出資者の長*さんに。あぶく銭を自分のために使うのも気持ち悪いから、週明けに、会員になっているWWF JAPANに寄付する予定。
[BGM]憂歌団『生聞59分』。名曲「パチンコ」収録のライヴ盤。憂歌団の70年代後半のライヴはとにかく最高だった(「オモロかった」と言った方がよいかな)。演奏も歌唱もヴィヴィッドですばらしかったが、関西出身ということも関係あるのか、聴衆を楽しませるということにかけては、当時のライヴ・バンドのなかでも群を抜いていた。スタジオ録音のアルバムではその魅力を十分に味わうことができないのが残念。
[読書記録]水木しげる『京極夏彦が選ぶ!水木しげる未収録短編集』(ちくま文庫)。水木しげるの単行本未収録作品のうち、作家の京極夏彦が選んだ17本の短編漫画(と2本のエッセイ)を集めたもの。貸本時代の1960年から、1995年の南方熊楠の少年時代を描いた「てんぎゃん」まで。水木作品は大好きだけど、系統立てて読んでいるわけではないから批評めいたことは書けない。35年間、同じテンションを維持し続けていることに感嘆するのみ。ちくま文庫には水木しげるの主要作品が収録されているので、非常にありがたい。

2月19日(土) うちの街では、手塚治虫のマンガのボードが街灯に。
[日記]先日、近所を散歩していてふと頭上を見上げると、大通り沿いのすべての街灯に、手塚治虫のマンガのキャラクター(「ブラックジャック」とか「鉄腕アトム」とか「リボンの騎士」とか「三つ目が通る」とか「ジャングル大帝」とか)が描かれた正方形のボードがとりつけられていることに気がついて、ビックリした。そういえば、我が家のすぐ近くには手塚プロがあるし、最寄りのJRの駅には手塚治虫のマンガのキャラクターがたくさん描かれた壁画(?)のようなものが設置されている。
日常的生活なんて、ほとんど無意識のうちに営んでいるだけだから、見過ごしていることはたくさんある。いつも行くクリーニング屋さんの隣にあるのは何屋さんかなんて訊かれても、すぐには答えられないよね。でも、意識し始めればあんなに目立つ街灯のボードに、今まで気がつかないままだったなんて。
ひょっとしてずっと昔からあるのかもしれないけれど、新鮮な驚きだったなあ。
[BGM]細野晴臣『泰安洋行』。この人のソロは、これがいちばん好き。前作『トロピカル・ダンディー』や、同時期の久保田真琴と夕焼け楽団『ハワイアン・チャンプルー』あたりと軌を一にして、私自身のワールド・ミュージック指向も強まっていったのだ(75年、76年頃)。で、久しぶりに聴いてみて、当時は見過ごしていたことにたくさん気づいてビックリした。例えば「Black Peanuts」(ロッキード事件を風刺した歌詞。なぜ黒いピーナッツなのかなんて、若い人にはわからないだろうけどね)。「Black Peanuts/一つで貧乏にゃバイョン」って歌詞のところが、ちゃんとバイヨン(ブラジルのポピュラー音楽)のリズムになっているんだよ。うーん、参った。ちなみにバイヨン風のアコーディオンを弾いているのは岡田徹(ムーン・ライダーズ)だ。

2月20日(日) 疲れ目。
[日記]ここ数日、目の疲れがひどい。コンピューターのディスプレイに向かっていると、30分ほどでつらくなる(授業が休みの期間でよかった)。という状況なので、ホームページの日記を更新するのがやっと。他のWebサイトを見たり、メールの返事を書いたりすることができずにいる。とにかく目を蒸しタオルで暖めて、ぼんやりとしています(本を読むのは平気なんだよね。だめなのはコンピューターのディスプレイとか蛍光灯)。週明けには、お医者さんに診てもらう予定。
ちなみに疲れ目のときに目を冷やすのは逆効果。疲れ目っていうのは目のまわりの毛細血管の血行が悪くなって鬱血している状態だから、冷やすと血管が収縮して、かえって鬱血がひどくなるのだそうだ。
音が鳴っているのも、妙に気に障るので今日は
[BGM]もお休み。


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