「訣別の色」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第四十一話    「レッドボタン」

 

 

 

「何か動きが鈍いような・・・」
プラスは「ガイア・グスタフ」の光弾が、
何の成果も上げずに海に落ちるのを見ながら呟く。

いつもと同じタイミングに出したつもりが、
ボタンを押すのが早かったのか、目標のずっと下方に向かって発射してしまった。

 

「何だ?」
何か変だと言う感覚が支配する。

だが、それはあまりに微か過ぎて、まだプラスには分からない。

ただ、それは微かではあるが、急速に進んでいく。

「何か・・・ヘンだな。」
自分に向かって来るΦのArfの中に見たことも無い型のArfを一機認めて、
プラスは両方の意味で呟く。

ギュッと握ったレバーが、何故かいつものようにしっくりと来ない。
まるで薄皮の手袋を履いているような。

何度か握りなおすが、その感覚に変わりは無い。

「おかしいな・・・」

呟きながらプラスは両手を帽子にやり、改めてそれをかぶり直す。

 

頭を強く締める感覚、

それだけははっきりとしていて、
プラスを安心させる。

 


 

対峙する二機。

 

「さあ、あんたも、あたしの邪魔をしに来たのね?」
むしろそれが望みだと言わんばかりの笑みを浮かべるサーシャ。

 

「聞きたいことがある。」
唐突に開かれた回線。
WAにしか割り当てられていない回線であることをサーシャは当然知っていた。

画面に映るサングラスの若い男。

「セイン。裏社会ではかなり有名なあんたらしくないわね。顔を見せるなんて。」
サーシャは向こうに声を変えて、嘲笑を送る。
敢えて、怒りを焚きつけるように。

当然、顔を出すこともしない。

(ま・・・有名だから、顔を隠す必要も無いのかもね。)

神眼の破壊者、あらゆる戦場を渡り歩くセインについたニックネーム。
その通り名は多くの国に轟き、
その素顔ともいえるサングラスを掛けた顔写真は信憑性が高いと言われるものでも世界に12ある。

そのどれとも違う顔が画像には映っている。

だが、サーシャは彼こそがセイン本人であることを知っていた。

 

 

「聞きたいことがある。」
セインはサーシャの言葉に感情を揺らすことは無い。
今日は彼の心を動揺させる懐かしい出会いが多すぎた。

「ふーん。人の話は聞かないわけね。さっすがぁ!テロリスト!!」
多分に悪意が込められた言葉で、サーシャはセインをなじる。

普段の彼女であったならば、もう少し自分を抑えることも出来ただろうが、
如何せん、フラストレーションが溜まり過ぎていた。

 

「・・・・・」「・・・・・」
セインとサーシャ、お互いに黙り込む。

 

空中で対峙したままの狼と騎士。

若干前傾姿勢で、両腕をダラリと前に垂らしたままのT−Wolf。

複数の縦羽根を背後でユラユラと不規則に揺らしながら、その体は直立不動のDragonknight。

ゆっくりと、T−Wolfの両手の甲から光が漏れ出す。

 

唐突にDragonknightのコクピットに光が広がる。

開かれた回線に光が点った。

暗いコクピットに広がる白。
それはサーシャの裸身の輝き。

サングラスの奥で、セインの瞳が僅かに揺れる。

 

 

「大好き。愛してるわ。」

 

 

サーシャの顔に堪え切れない喜びが浮かぶ。
自分の欲求を解消してくれる相手に対して、
サーシャは愛の言葉を送ってみた。

それしか彼女の頭には浮かばなかった。

ただのお礼ではもどかしすぎる。

 

心からの言葉。

その意味する所は、人としてかなり捻じ曲がっていたが。

 

「だから、あたしに殺されて。」

 

予備動作が全く無いまま、T−Wolfの両腕が振り上げる。

そのニ撃を、Dragonknightはクロスしたゲイ・ボルグで受け止める。
いつ槍を出したのか、サーシャには見えなかった。

「あたしの言葉を受け入れてくれたら、答えてあげるわ!」

 

「・・・・その言葉、受けよう。」
セインの言葉にサーシャは、口元に微笑を浮かべる。

二人の瞳がモニター越しに交差する。

 

「ドコ見てるのよ、スケベ!」

 

T−Wolfが両腕でゲイ・ボルグを突き放すように飛ぶ。

勢いを殺さずにそのまま回転をし、
両足でDragonknightに蹴りかかる。

さすがのゲイ・ボルグでも、
手と違って回転を加えた上に、全体重を乗せた跳び蹴りには耐えられない。

槍を弾かれたことをセインは気づけない。

それほどに、サーシャの動きには無駄が無く、
そして鋭敏な攻撃だった。

二本のゲイ・ボルグが空中に舞う。

 

「はは!!たっのしぃ〜!!!!これよう!!これこれ!!!セイン!!セイン!!」
セインの名を連呼するサーシャに浮かぶ満面の笑み。

鈍い衝撃を胸の奥に感じながら、
セインはその笑顔を見つめている。

 

なるべく、顔よりも下を見ないようにするために。

 


 

「ミョルニル!!」
プラスの声に反応して、Kaizerionがミョルニルを投げつける。

あのL−seedを駆っていたマナブすら、驚かせたそのスピードと威力はそこには無い。

Φの兵士は真っ直ぐPowersに向かって進むそれを、
片腕を吹き飛ばされながらもなんとか持ちこたえる。

普段であれば、その威力に千切られた片腕に引っ張り込まれるように吹き飛んでいる。

何かおかしい。

 

放物線を描いて戻ってくるミョルニルを受け止めようとする左手が、唐突に下がった。
キャッチし損ねたミョルニルはそのまま、Kaizerionの前の地面に突き刺さる。

「くそ!!何だってんだ?!」
Kaizerionが気だるそうに、地面からミョルニルを引き抜く。

「体がおもてぇ。」
プラスの口から出た言葉は、彼の僅かなLINK%で感じたモノではない。
Kaizerionのレバーや音声感知が遅くなっている。

 

「アレか?」
プラスの脳裏に先ほどまで対峙していた狼の姿が映る。

 

「これから、悪夢しか見ないわ。」

コクピットではなく、
プラスの頭に響く酷薄な声。

 

**********

 

「うん?何か、支障を来たしているのか?」
レルネはKaizerionの様子を訝しげに見る。

隙を突かれた形で部下の一機が攻撃を受けたが、
戦闘不能にまでは至らない。

あの異形のArfたちに共通の迫力が完全に欠けている。
映像で見たときよりも、その能力は格段に劣っているように感じられる。

 

「偽装か?」
レルネの中で疑念が増す。

その時、地面に転がるArfの残骸の隙間に発見する。

「あれは・・・・・・プレート・・・・」
見覚えのある真っ黒なプレート、
真ん中から爆発して穴が空いている。

瞬時にレルネは理解する。
そして、そこからは早い。

 

「1〜4は『真紅の風』と距離を取りつつ、背後の法王庁に向かい、状況を確認。
5、6は機体を損傷した7を除いて、それを援護。
残りは、私と共に来い。」

その指示に一気にΦのPowersが動く。
それはヒュドラのEPM部隊以上に正確で機敏な動き。

 

**********

 

援護の為のビームがKaizerionを包む。

距離を取りながら、法王庁に向かうArfにKaizerionは攻撃をすることは無い。

いや、出来ない。

光の洪水が、プラスの瞳であるカメラを覆い、
その実体を写すことが出来ないから。

 

「カメラが動かねぇ・・・」
呻きながらプラスはKaizerionの首を動かす。

大きな関節部分はまだ動く、何とか。

 

「あの狼め!!!」
プラスもようやく気づく、
T−Wolfが最後にKaizerionに浴びせかけたプレートの中身は、
強力な酸であったことを。

シオン鋼の部分は酸であっても全く影響は無いが、
関節部分に使われている機械部分が急速に腐食し、
Kaizerionの動きを鈍らせていた。

最も普通のArfであれば、
その四肢、首等々もボタボタともげ落ちていただろうが。

当然、レルネもそれに気づいた上での部下への指示である。

 

**********

 

「相手は駆動部に損傷を負っている。
だが、油断はするな、広めに間合いを取り、援護してくれ。」

「「「了解!」」」

威風堂々としたONIが、
ゆっくりとKaizerionに近づく。

その足取りは一歩一歩確実に大地を踏みしめ、
静かだが全身より迸る気迫を感じさせる。

握り締めた二本の棒状の剣は、
剣と言うよりも、木刀か棍棒を思わせたが、
その名前よりもONIに似合っている。

 

次の一歩を自然に踏み出したと、
レルネの部下が思ったとき、それは始まった。

 

踏み出された一歩は、
そのまま滑るようにして前に進み一気に間合いを詰める。

十拳剣は切るのでは無く、突き刺すように前に差し出されている。

後ろの足が大地を蹴り、
詰めた間合いを必殺の間合いへと誘う。

 

ガキィ!!!!

激しい音が戦場に響くと同時に、
遅ればせながら間合いを近づけたレルネの部下が左右よりビームガンを放つ。

 

「さすがは『真紅の風』か・・・」
レルネが驚いた様子を全く見せずに褒める。

 

ONIの全体重を乗せた一撃を、
Kaizerionはガイア・グスタフで受け止めている。

二本の棒で貫かれたガイア・グスタフは、
バチバチと火花を散らせながらもコクピットと胸部を守る。

 

「危なかったぜ。全く、良い動きするじゃねえか!!!」
プラスの口元にうっすらと微笑みのようなモノが浮かんでいる。

だが、笑顔が浮かべれるほど状況は芳しくは無い。

モニターはガイア・グスタフの故障を知らせていたし、
関節の腐食は止まる気配が無い。

 

「まあ、やるしかねぇか。」
プラスはチラリと操作パネルの端を見ると言う。

 

KaizerionがONIよりも早く動く。

十拳剣と刺したまま、ガイア・グスタフから光が漏れる。

「行くぜ。」

「何?!」
レルネの声に驚きの色が入る。

KaizerionとONI、二機の間から光の爆発。

そこから溢れるようにして漏れた光線が、
Kaizerionの左側で援護していた二機のPowersを飲み込む。

 

Kaizerionは爆風にギリギリと押されながらも大地を踏みしめる。

そして、それはレルネの駆るONIも同様であった。

Kaizerionの左側の二機は、
その全身の半分以上を消失させており、
早々に戦場から退場していた。

右側にいた一機は直撃は受けなかったが、爆風によって吹き飛んでいた。

レルネは視線の隅に、ゴロゴロと転がりながら遠ざかるPowersを感じる。

 

KaizerionとONIの二人の距離はほとんど変わっていない。

 

レルネが他へ意識を向けたのはほんの一瞬。

右手が左わき腹の柄を握り締め、
抜きながら横殴りにする。

Kaizerionはガイア・グスタフの残骸で受け止めようとするが、
内部から爆発を起こし、まして二本の十拳剣に貫かれて脆くなったソレでは、
その行為はあまりにも無謀といえる。

「やっぱ、無理か。」
プラスはモニターに映るガイア・グスタフの中心付近からシオン鋼の飛沫を吹き上げて、
飛び出てくる棍棒を見て呟く。

 

すぐに衝撃はやって来た。

あの大地が無くなる様な地震でさえも、
揺るがすことが出来ないと思えたKaizerion。

それがほぼ同じサイズのONIの一撃を右脇腹に受け止め、吹き飛んだ。

まるで最初から覚悟していたように、
綺麗に受け止め、そして飛んだ。

 

「くぅ!!」
コクピットの中でプラスが唇を噛む。

ユノのスパナを受け止めたときと同じ動きをしようとしたが、
錆び付いた関節がその要求に完全には答えることが出来ない。

だが、そこはあの天才四姉妹の作り出したArf。

プラスの要求する行動に完全には答えることが出来なくとも、
脚部に取り付けてある噴射口や機体のバランス制御の機構が、
酸の影響を受ける関節部分の代わりに答えを出そうとする。

 

「サンキュー、ユノ!!」
通常のArfであれば戦闘不能になるほどの一撃を受け流すことが出来たことを感謝する。

自分の口から思わず出た名前に、
プラスは改めて思い出す、金髪の怒りんぼ女を。

「こんなとこでやられてられねぇ!!」
ユノに再び会うためには、戦い続け、生き残り続ける。

(そうだったよな。)
プラスは自分に問いかける。

だが、その思いとは裏腹に、Kaizerionの動きは鈍くなっていく。
ガイア・グスタフを既に持ち上げることも出来ない。

但し、全く動かなくなった訳ではない。
左腕での反撃は可能。

ただ、今までのEPMの兵士達なら、倒れこんだKaizerionに喜び勇んで突き進んでくるところだろうが、
今回は勝手が違っていた。

レルネの指示の下、決して油断せず、間合いをジリジリと詰めてくる。

それでも敵がPowersだけならば、
無理にでもKaizerionを動かして、ここから脱出を図ることも可能ではあった。

しかし、レルネの駆るONIは逆にKaizerionの息の根を止めてしまうかもしれないほどの性能のArf。

まあ、言い換えれば狂気を含んだArfとも言える。

 

プラスは既に、先ほど一合戦った時にそれを理解していた。

だが、理解していても尚、戦おうとするのがプラス=アキアースと言う男。

 

好材料も存在する。

 

LINKを使わない、いや使えないプラスは、
MT−Sを主に使っているのだが、
それはLINK−Sとは別のラインで動かされている。

つまり、通常Arfの関節部と言うのは、
MTとLINKの両方のラインで互いに補いながらあの繊細な動きを可能としている。

その割合はそれぞれのArf乗りによって、当然違う。

ただ、シオン鋼を使用していると言う事実とその特性を思うとき、
ArfはLINKを主として使われてるように設定されている。

LINK−SのラインをMT−Sで補う形が一般的と言える。

プラスに限って言えば、
ほぼMT−Sに頼ると言うシオンの特性を生かしたArfの無駄遣いをしているとも言える。

 

現在Kaizerionは腐食されたMT−Sで稼動しにくい状況に陥っている。
しかし、シオン鋼自体の特性を生かすLINK−Sには、影響があまり無い。

LINK−Sのラインはシオン鋼の中にあり、
いくら強酸でもシオンを溶かすことは出来ないから。

外骨格のように存在するMT−Sとは訳が違う。

 

この点を見れば、T−Wolfの酸は通常の兵士たちにもあまり影響の無い攻撃と言える。

敢えて、Kaizerionにそれを使ったのは、
MTを重視するプラスの操縦方法を知っていたから。

もっともその効果は、サーシャが想像するよりも大きかった。

 

まさか彼女も、WAに選ばれた者が、90%以上をMT−Sに頼っているとは思っていなかった。

 

 

 

「LINKか・・・・」
ギリギリと音がするほどレバーを握り上げ、
Kaizerionを引き起こすとプラスは呟く。

 

「怒られっかな、やっぱ。」
プラスは眉間に皺を寄せて呟く。
そこには悲壮感は無く、ただ一人の女の怒りに対しての憂鬱があった。

 

「押すな!!」

赤いボタンの上に貼られた紙をちらりと見た。



 

Kaizerionのコクピットが完成した夜。

ボディはまだ先ではあるが、動かし方の予習はすることが出来る。
故にプラスはユノより、特別居残り授業を命じられ、それを受けていた。

 

「全く、あんたがLINKを使えれば、こんなことしなくても良かったのに・・・」
自分で課題を課しておいて、グチグチと言うユノ。

「じゃあ、呼ぶなよ。」
パッカアーーンと小気味良い音がして、プラスの頭が揺れる。

「痛ってぇ!!!スパナで殴るのは止めろ!!!」
プラスの抗議をあっさりと無視して、ユノは授業を開始する。

「プラス、そこにあるボタンが分かるわね?」

何故か、先生風のメガネをかけている。
案外、自分がやりたくてやっているのかも知れない。

最もプラスにそれを口に出す勇気は無かったが。

 

「この赤い奴か?」
プラスは左側にあるボタンを指さす。

「違う!!それはレーダー妨害のボタンでしょ!」
ユノの怒りが爆発する。
かなり怒りっぽい先生だから、生徒には嫌われるだろう。
美人なのは認めるが。

「わりぃ、わりぃ・・・・じゃあ、こっちか?」
次にプラスは右のボタンを指さした。

 

「それよ。ああ!押すんじゃない!!」
ボタンの上に乗った指を見て、ユノが叫びを上げる。

それに驚いたプラスは慌てて、指を離す。

「な、何だよ・・・そんなに危ないボタンなのか??」
コクピットの中で一際、綺麗に輝く紅いボタン。

 

「良い?絶対、押すんじゃないよ、そのボタン。」
ユノはプラスの肩を掴んでガクガクと揺らす。
揺らされるプラスの表情は非常に間が抜けてはいたが、
ユノの顔は真剣そのもの。

 

「いったい何なんだよ!!なら何時、押して良いんだ?」
当然の質問をプラスはする。

それは、今日一番まともな質問であった。

 

「押してはダメ。」

「・・・・・・」

一瞬、冗談かと思いプラスは笑おうとしたが、
ユノのその瞳は相変わらず真剣であったために止めた。

 

 

「分かっているでしょう?最期のボタンよ。」
クィッとメガネを片手で直すと静かに言う。

「・・・・」

 

「最期ってのは、後ろの方じゃなくて、時期の期ね。わかる?」
ユノがプラスの沈黙に不安になり、
小学生レヴェルに授業を下げる。

「最期ぐらい分かるって!!」

 

「・・・・・・まあ、とにかく、押すんじゃない!!分かった?」
ユノは一方的にプラスに押し付ける。

「気になるだろうが?」
当然のプラスの反応。

 

「絶対、押すんじゃないよ。」
「そんな事言われてもなぁ・・・・忘れたらどうすんだよ。」
プラスの言葉に、本当に忘れられる可能性もあると、ユノは思う。

 

「四姉妹」のユノの頭脳からすれば、通常の秀才たちの言動ですらも幼稚に思える。

 

「プラスに教えたら、押しそうだから、ヤなのよね。」

「おいおい!俺がそんな子供に見えんのかよ!」

「見えるわ。10000%見える。いえ、絶対に見えるわ。見えないほうがおかしいくらいよ。」
一気に言うとスッキリしたのか、ユノはあっさりとプラスに答えを教え始める。

 

「良い?それは私や整備工達にも知らされていないボタンよ。」

「ユノ、おまえが知らない?!」
プラスは本当に驚いた。

ユノはこのKaizerionの製作スタッフの中でも、中心的な役割を果たした人物なのだ。
彼女が知らないと言うことは、彼らの雇い主の意向で取り付けられたということ。

 

ユノに促されて、プラスはコクピットを出て、部屋の隅に座る。

「これを見てみて。」
学校よろしく目の前にあった黒板に、ユノは紙を貼り付ける。

 

それはKaizerionの設計図、正面から見た図のようだった。

「・・・・?」

そこにはKaizerionの胸部の一部から網の目状に伸びる配線が見える。
但し、プラスには皆目理解できない。

「黒く塗られた部分の配線と部位は、私が最初に描いたKaizerionには無かった部分よ。」

「何なんだ?この配線とつながっている場所は?何か、人の形みたいに見えるけどな。」
Kaizerionの胸部にある、全ての配線の中心点を見つめてプラスは呟く。

「そうね、そう見えるわ。でも何があるかは分からないの。
その部分だけは、私やみんなが作る前に完成していたのよ。

一般的なArfには、その胸部や配線は全く邪魔じゃ無いし、
敢えて問題を言うとするならば、
本来シオン鋼が詰まっている所だから強度的に問題が発生するけど、
Kaizerionには『オリオン』を使用しているから問題ないし、
私としても、気に留める必要は無かったんだけど・・・・

何か勝手に弄られたから腹が立ってね。少しだけ調べたのよ。」

「中を見たのか?!」
プラスの言葉にユノは微かに頷く。

「でもちょっとだけよ。シオン鋼で完全に閉じられていたから、こじ開けるのは無理だったし、
何とかシオン鋼じゃない部分を削って見たのよ。」

「・・・」
プラスはユノの次の言葉を待つ。

「良くは見えなかったけれども、シオン鋼の塊のようだったわ。
しかも『オリオン』じゃない純度の低そうなシオン鋼よ。」

 

「何だそれ?何かのおまじないか?」
「まあ、私たちの雇い主の考えだから、それも外す事が出来ない可能性ね、低いけど。」

 

しばらく二人はボーっとKaizerionの設計図を見ている。

「やっぱり、何か人の形に見えるな。」
プラスの言葉にユノは口を開く。

 

「ただ言えることがあるわ。そのボタンで何が起きるのか?までは分からないけれども、
KaizerionのLINK−Sとエネルギーシステムに直結している。」

それを聞いてプラスは驚きの声を上げずにはいられない。

「おいおい!どっちもKaizerionの心臓じゃねぇか!!」

 

「良いから聞きなさい!」

「・・・・・・」

「あたしも疑問に思って、その時に発生するエネルギー量の計算をしたの。」
そこでユノは一旦言葉を切った、次に言う言葉に力を込めるために。

 

「・・そのエネルギーはKaizerion通常戦闘に必要な量の2.27倍。

兎に角、何かが起きるわ。良いことか悪いことかも分からないけど。
でもねプラス。
いい?何が起きるか分からないことなんて、大抵碌な事じゃないわ。
まして、Kaizerionの全エネルギーを集中させる機構なんて、危険以外の何ものでもない。

と、言うことで結論は、絶対に押さないこと!!分かった?」
仕草が気に入ったのか、ズレてもいないメガネを手でクィっと直す。

「何だか、モヤモヤする話だな〜。」
プラスの言葉に、ユノは真面目な顔をして言う。

 

「絶対に押すんじゃないよ、プラス。約束して。」

「あ、ああ。分かったよ。」
気圧される様に頷くプラスに満足するユノは笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、本日の授業はおしまい!」
「何?!おしまいって、まだ、他のレバーとかボタンとか教えて貰ってないぞ!!」
立ち上がるプラスに対して、ユノはピシャリと言った。

「自分が駆るんだから、自分で覚えないさい。」
そう言うと、ユノは部屋を出て行こうとプラスに背を向けた。

 

プラスに紅いボタンの危険性を教えることの為の授業であったことはユノの胸に閉まっておいた。
何故なら、心配しているみたいで恥ずかしかったからだ。

実際、心配しているのだが、それは理性が抑えている。

 

「何だよ、それ。」
背後から聞こえる声にムカっと来る。

 

だが。

 

 

 

「・・・・・・ま、ありがとな、ユノ。」

 

 

その言葉にユノの胸は一気に熱くなった。

一瞬訳が分からなくなる。

心配事が片付いた安心感と分からない不安感が混ぜこぜ、そしてこの熱い感情。

 

やっと口から出た言葉はコレ。

 

「黒板の設計図は閉まっておくように。プラス君。」

 

 

「・・・・分かったよ。ユノせんせい。」

 

部屋のドアを勢いよく閉めて出ていくユノの背中をプラスは座ったまま見送った。

 

 



 

「ユノ・・・」
プラスが約束を思い出して呟く。

だが、レーダーには新たな敵影の姿を海方向より確認している。

EPMのArfであることを示すその光点は、
いつものプラスであれば、獲物にしか見えなかっただろうが、
このONIを目の前にしての増援は、ハイエナの集団に見える。

当然、獲物はKaizerionだ。

 

「行くぜ!!」
プラスが指の力を込める。

ボタンの上に貼られたテープが、ピリピリと音を立てて剥がれ始める。

 

(LINK-Sはまだ生きている。何が起きるかは分からないけどな。)

テープを剥がしきる一瞬前、レーダーの中の光点が唐突に半減する。

 

「何だ?」
見間違えたのかと、プラスはテープから指を離してレーダーを見つめる。
その見つめた先から、次々と光点が消失していく。

風が強い日にした線香花火のように、火を点けた先から落ちて消えていく。

 

 

**********

 

「隊長。EPMからの援軍が攻撃を受けています!!」

「なに?」
レルネは疑問の声を出す。

その意味は二つ。

なぜ、こんなにも早く、法王庁に来れたのか?

誰に、攻撃されているのか?

 

最初の疑問の答えを考えたとき、
レルネはこの法王庁での出来事の仕組みが見えた。

(最初の発見者であり、証拠隠滅の共犯か。)

 

だが、現時点に於いては、味方でしかない。
お互い協力的な顔をしながら、戦線を張るしかないだろう。

 

「援軍を攻撃をしている敵は何機だ?」
レルネがKaizerionからの意識を逸らさずに尋ねる。

「回線を繋ぎます!直接、報告を!」
通信兵が、EPM軍に呼びかける声が聞こえて、直ぐに悲鳴がレルネのコクピットに響く。

 

 

『助けてくれ!!ルインズニ佐!!蒼!蒼だ!!蒼のArf!!!本当にいた!!!いたんだ!!』
その後、何かを言っていたようだが、爆音に阻まれて聞こえない。
鳴り響く音は、まるで吸い込まれたみたいに消える。

「隊長機が破壊された模様です。」
部下の声がレルネのコクピットに届く。

 

(追い詰めていたのが、追い詰められたか・・・・)
レルネの心がざわめく。

前方に倒れこんだ状態だったKaizerionも、幾分頼りなげには見えたが立ち上がっている。

後方にいる『蒼のArf』の戦闘を映像で見た限り、
Kaizerionに勝るとも劣らない能力の持ち主であり、それはパイロットにも言えることは知っている。

 

「どうする。」
それは恐怖から来る問いではなかった。

レルネの中に燻る戦いの炎を消すかどうかと言う、理性と本能に対する問い。

このまま、戦闘を続行すれば、恐らく目の前にある「紅」は倒すことが出来るだろう。
そして、後ろから来る「蒼」も迎え撃ち、
勝てないまでも引き分けまで持ち込むことは出来る自信がある。

だが、その際、自分の部下は全て死ぬだろう。

いや、加えるならば自分自身の命も無くす可能性も十分にある。

それは果たして、勝利と言えるだろうか?

 

狼のArfと戦ったように見える紅のArfも、
決して楽には勝たせてはくれないだろう。
故に、後ろから来る蒼のArfに対して、部下を差し向けることになる。

 

戦場に於いて、その犠牲はあっても良いとは思う。
そして、部下も喜んでその死地に飛び込むだろう。

 

EPMの援軍を既に破壊しつつある蒼のArfのあの錨に向かって。

 

だが、どうしてもレルネにはその勝利が、今後に続くものとは思えない。
特にEPMの醜い野望が見え隠れするこの法王庁という戦場に於いては。

 

「ルインズニ佐。法王庁には反応がありません。
避難する事が出来たかまでは分かりませんが、生体反応はありません!」
法王庁に向かわせた部下の報告がレルネの決断を促す。

 

「全機、撤退。」
レルネの言葉に部下たちは静かに従う。

目の前にいる千載一遇のチャンスを無くすことを無念に思いながらも、
それをしなければならない自分たちの弱さとレルネの冷静さを思いながら。

 

「『真紅の風』・・・・・再び吹くか。」

コクピットの中で、レルネは呟く。

 

真紅の風、T−Kaizerionは最も特徴的な武器「ガイア・グスタフ」を半壊させながらも、
決して膝はつかず立っている。

その姿は雄々しく、レルネは先ほどまでこのArfを追い詰めていた事を忘れそうになる。

そこでレルネは気づく。

 

(仮に「蒼のArf」が現れなくとも、ここは退くべきだったのだろうな。)

 

仮に、ここのいる隊員全てとレルネ自身、そしてONIと引き換えにT−Kaizerionを破壊したとしても、
それは勝利とは言えない。

この場面では、それだけの物を引き換えにする意味が無い。

既に法王庁に誰もいない、護るモノ無き今の状況においては。

 

「退却する。」
もう一度、自分に言い聞かせるようにレルネは命令を下す。

意味のない戦いであることは分析し理解しても尚、
心の奥底で燻ぶる何かを抑える為にも。

 

 

**********

 

金棒を持った大きな鬼。

目の前にいたそれが、
音を立てて飛び立つのを焦点のいまいち合わないカメラで確認する。

 

「・・・行ったのか?」
プラスは紅いテープを持ったまま呟く。

そして、ゆっくりとその指を離す。
紅いボタンに貼りついたようだった指を見つめるプラス。
急に体に暖かさが戻った気がして、フーっと息を吐く。

 

見れば新たに現れた光点は既に消え、
レーダーには去っていくレルネの隊しか写っていない。

だが、Kaizerionの瞳は、海上からゆっくりと見えてくる海よりも蒼いArfの姿が見えていた。

「あいつは・・・」

ぎこちない動きのままで、Kaizerionは海に向かって動き出す。

 

 

**********

 

「増援の敵機、破壊完了。」
青い仄かな光の中でトルスは報告をする。

青い髪を微かにしか揺らさず、
戦闘は終了し、陸の方に見えた部隊も退却を開始している。

その去っていく様子を見ても、安堵も残念さも心には湧いてこない。

 

(計画は既に失敗している。ルインズがここに着いた時点で。)

トルスには法王の暗殺を支援するように命令が来ていたが、
既に陸上で始まっていたKaizerionとレルネたちΦとの戦闘を見たとき、それを悟る。

前回の作戦で、Kaizerionが一応味方側であることは分かっていた。
ならば、やることは決まっていた。

法王暗殺の物証を消すために一番乗りしようとしていたEPMの部隊が上空に来たとき、
攻撃を開始した。

もう彼らは支援の対象ではなく、ただの敵に過ぎなかったから。

 

 

「命令対象の消失により、戦闘区域より離脱します。」
トルスが淡々と事実をモニターの向こう側に報告すると、
70−Coverはゆっくりと海の底に沈み始める。

しかし、それを阻む大きな波が70−Coverに届いた。

 

と、突然モニターが開く。

ただ微かな青が支配する空間に昼のような明るさが射す。

 

「おいおい!!今度は帰るなよ!!」
肌色の帽子を深く被り、笑顔を浮かべてトルスに話しかけてくる男。

その顔を見て、トルスの心に感情が湧く。

『苛立ち』と言う感情が。

 

トルスは既にこのプラスを苦手としていた。
たった二言三言しか話していいないにも関わらず、とっても。

この男は、自分と違い過ぎているように感じる。

 

それは、プラスとマイナスなどという単純な物には置き換えられないけれども。

 

「君と話す必要があるとは思えないけど。」

前回よりも冷たい態度にプラスは何故か満足した。
最近、自分の周りでは自分の予想を裏切るような事が多すぎていた。

この男が自分の事を快くは思っていないだろうことは、予想通りだった。
それでも、この男に聞いておきたいことがプラスにはある。

「おまえも、ここの来ていってことはさ。同じ命令ってことだろ?
あの攻撃だか、中止だかわかんない命令をさ!」

プラスには法王庁が攻撃される為、それを防ぐようにとの命令の後、
暫くしてそれが誤報であったという命令が来ていた。

既に法王庁に向かっていたプラスは、
命令の真偽は疑ってはいなかったが、
地球における唯一にして最大の「空」の味方である法王庁を一目見たい気持ちがあった。

 

そして、遭遇する戦闘。

当然、「護る」対象がいる所でプラスが背を見せることは無い。

 

「・・・・・僕の命令は一貫していたけど。」
トルスは努めて冷静に言う。

「ん?そうなのか??ま、いいか。」
プラスは時間差でそういうこともあるかと一人で納得する。

聞きたいことが命令の真偽ではなかったからだ。

ここでプラスが詳しく聞くか、
トルスが話好きであったならば決定的な命令の齟齬が明らかになっただろう。

だが、そのどちらでも無い。

 

プラスには、「法王庁の防衛」の後「誤報にて中止」。

トルスには、「法王庁に対するテロの助勢。」

 

 

トルスはどこか引っ掛かりながらも、それ以上口を開かない。
開きたくないとも言えるのだが。

「おまえ、ユノ=ウェイって女、知らないか?」

「知らない。じゃあ。」

どんな質問が来てもそう言ったのではないかと思えるほどの即答。

「おい!待てよ!!・・・・・ま、そうかあ。そうだろうな。T−Kaizerionを作った奴なんだけど、知らないか・・・」
冷たすぎるトルスの反応にもプラスの態度は変わらない。
ただ、手がかりが無い事実だけに、少しだけ寂しい雰囲気を持つ。

だが、今度はトルスが態度を変化させる。

 

「?その名前・・・」
「何か知っているのか?!!!」
過剰なプラスの反応にも至って冷静に受け流し、考え込むトルス。

掘り起こすべき記憶は意外と浅い位置にあった。

 

 



 

まだ、70−Coverが宇宙にあり、トルスがその出撃の命令を待っていた頃。

 

「ね、ね!」

70−Coverのコクピットで操作を確かめているトルスに、若干舌足らずな声がかけられる。

「ねえってば!!トルスちゃん、トルスちゃーーーん。聞いていーい?」
顔を上げるとそこには誰もいない。

「聞こえてる?トルスちゃーん!!」
しかし女の子特有の高い声が止む気配はない。

コクピットの縁に指だけが見える。

(このまま、黙っていようか。)
そう少し考えたものの、トルスの性格ではそれを実行に移すことは出来ない。

トルスは顔を出すと、コクピットの縁に掴まってい体を揺らしている少女を見る。

「・・・何ですか?」

上を向きトルスの顔を認めると、黒い瞳をキラキラ輝かせた少女。
その足は地面から離れブラブラと揺れている。

背は140も無い。

「ねえ、ねえ。トルスちゃんには兄弟いる?」
「あの、『ちゃん』は止めてくれませんか?」
もう何度めになるかわからない要求。

「ぶう。何言ってるの、年下の癖に。」
お決まりの却下。

「はいはい。分かりましたよ、ナユタちゃん。」

どうみても中学?小学?にしか見えない外見を持つ自分よりも10歳年上の少女。

茶褐色の肌も、人種によるものだと知っていなければ、毎日外遊びをしている結果だと思われてしまいそう。

 

「こら!年上に『ちゃん』付けとは何事よ!!!『さん』でしょ!『さん』!!!」
手の力が無くなったのか、地面に降りると同時に怒り始める。

このペースに巻き込まれると、話はたぶん今日では終わらないし、
70−Coverの操作練習をすることも出来ない。

「分かりましたよ。ナユタさん。で、どうしたんですか??僕には兄弟はいませんよ。」
疑問に対する答えも早めに出して、話を終わらせようとするトルス。

 

この少女、女の子、いや女性、ナユタ=カールティルをトルスはとても苦手だった。

会ってまだ、一日しかたっていないのに、だ。

とてもこの女性がこの70−Coverの製作者だとは信じられないでいた。

 

「ふーん、そうなんだー。てっきり、お兄さんかお姉さんがいると思ってた。」
「なんでです?」
「ん?!何となく。弟オーラだしているから。」
「何ですか・・・それ。」

この少しの会話だけで、トルスの全身から力が抜けていく。

 

「私にはね。姉妹がいるのよ。私も合わせて四姉妹。」
「四姉妹?で、ナユタさんは一番下なんですね。」

「ちょっと、どうして決まってるの?!一番上に決まっているでしょ?!」
「いや・・・」

(決まって無いでしょう。そんなこと・・・)
トルスは出かかった言葉を飲み込む。

 

「ま、血は繋がっていないけどね。まあ、血よりも濃いモノはあるわよね。オイルとか?」

「オイルは無いでしょう・・・」

「そうね。Arfにオイルはあまり使わないしね。」

「Arf、関係ないでしょう。」

トルスの言葉に意外そうな顔をするナユタ。

「あら、大ありよ。私たちの絆はArfですもの。」

「・・・・・・?ナユタ=カールティル。四姉妹・・・・・」
そう言えば、どこかで聞いたことのある名前と言葉。

「ふふーん!もっともっとヒント欲しい?」
自慢げでいたずらっぽい瞳でトルスを挑発する。
腰に当てた手が小憎らしいほど似合っている。

それは29歳にしてはあり得ない似合い方だが。

「ナユタ=カールティル。ロゼッタ=グリフ。ユノ=ウェイ。・・・・アミ=トロウン。」
最後の名前を言うときだけ、なぜか少しだけ声が小さかった、
その表情には何も浮かんではいないが。

 

(もっと早く気づいても良かった。)
トルスは心の中の答え対して思う。

 

Arf天才四姉妹。

 

なぜかその答えを言うのは癪に感じられたので、
しばらく黙っていた。

ただ、それも分からないと思っているナユタの小憎らしい微笑を見るまでだったが。

 

この時のトルスでは、ナユタが来たばかりの彼の緊張を解いてあげようとしていたことなど気づくこともなかった。

結果としては緊張どころか真剣さも解かれてしまったが。

 

 



 

(確かナユタさんが言っていた。グリフ、トロウン、そしてウェイ。)

「そうか、それも四姉妹が作っているんだ。」
トルスはプラスの駆るArfを見つめて言う。

「四姉妹って何だ?あいつに姉妹なんていたのか?だいたい、おまえなんで知っているんだ?!」
「違うよ。Arf造りの天才四人のことをこう呼んでいるんだ。いや、呼んでいたかな。」

いきり立つプラスに対して冷静に答える。

「僕のArfも、その四姉妹の一人が作った。それだけ。」
通信を切ろうとするトルスを慌ててプラスが止める。

「おい、待てって!!おまえのArfを作った奴はどこにいる?」
「知らない。『空』から降りて来てからは連絡も取っていないよ。」

「何だよ・・・・」
あからさまに落胆するプラスを見て、少しだけトルスは同情する。

「その人とはいつから連絡が取れない?」

「んあ?しばらく前からだ。あの女が邪魔してから。」
「あの女って?」

「んーーー。なんて名前だったかな・・・・・・・・・・・・・・忘れた。」
「探す気あるの?」
トルスが疑わしい目でプラスを見る。

「ああ、紅い服着てたな・・・イシだか、イスだか言っていたけどな。」
「それでは、分からないよ。」

分からないと結論を出した事にトルスは時間を掛けない。

 

「じゃあ、僕はこれで。」

「おい!!待てよ!!名前くらい教えていけよ。」

「70−Cover(セヴンティ・カヴァー)。」

「それはArfの名前だろ!」

プラスの様子にトルスは何故かナユタの事を思い出した。
そして、それに逆らえなかったことも。

 

 

「・・・・トルス。」

そう一言言って、「じゃあ。」とも言わず通信切った。

 

「トルス!またな!!」
その言葉が最後に聞こえた。

 

どことなく疲れた顔をしてトルスは、海中に移動する。

ただ、その疲れた顔に浮かんだ表情はなぜか懐かしそう。

 

**********

 

「ああ!法王を助けに行かないと!!」

プラスはやっとのことで海中から出てくると叫ぶ。
すっかり法王の事を忘れていた。

 

「もう、法王はいない。脱出した。」
「!!!誰だ?!」

レーダーに反応は無い。
Kaizerionに通信を入れることのできる人間は数人しかいない。

「マナブか?どこにいる?」
「今日は戦えない。約束したから。だから言う気はない。
・・・・兎に角、法王は既に脱出している。」

「本当か?!あの状況で、脱出できたのか?」

「ああ、法王を守る部隊がいた。」
「ふーん。形だけの護衛じゃなかったんだな。」
いつも法王に付き従う仰々しいArfと兵士を思い出してプラスは感心する。

「いや、普段は見えない部隊だ。偽装部隊だ。」

「偽装?」

「隠密と言った方が良いのかな?まあ、そんなところ。」

 

少しの間、マナブの謎かけのような答えにプラスは考えを巡らす。
答えは出なかった。

 

 

「・・・・・・まあ、良かった。」
プラスの顔に安堵が広がる。

「ありがとな、マナブ。」

掛けた声が届いたのかどうか?それは分からなかった。

 


 

 

「どうしたの?殺しちゃうよ!」
口元にぺったりと張り付いた笑みを浮かべてサーシャが叫ぶ。

躊躇いの全くない爪が空気を焼きながら振り下ろされる。

Dragonknightはその全てを紙一重でかわす。

 

「闘う気は無い。聞きたいことがあるだけだ。」
皮膚にLINKから伝わる爪の熱がチリチリと感じられる。
だがセインの顔には何の変化も見られない。

再びT−Wolfに真正面に向きなおりセインは言う。

 

「だ〜か〜ら!!勝手に聞きなさいよ!」
大きめの胸を揺らしながら怒鳴り散らす。

大雑把な印象を持たせるサーシャの言動に対して、
T−Wolfは正確無比にギリギリのラインで攻撃を繰り返す。

セインも回避行動に集中しそれらを避けようとするが、
長い爪が確実にDragonknightのボディを削り取っていく。

 

薄らと体に感じられる痒みのような痛み。

 

先ほど見たサーシャの笑顔。

それはとても残忍な心から来たモノの筈なのに、
何故かセインの中で可愛らしい印象で残っている。

よく分からないが、自分が動揺していることだけは分かる。

 

セインはとにかく質問だけをぶつけた。

そして、何らかの答えを見出して、この不毛な戦いから逃げ出そうとする。

 

「スピードアップ!!!」
サーシャが楽しげに叫び、狼の爪は今までよりも早い速度で繰り出される。

「!!!」
Dragonknightの手首が動く、その手には何もない。

 

世にも綺麗な音がする。

 

高純度のシオン鋼同士が衝突するときにのみ奏でられる響き。

 

「あれ?」
サーシャが先程とは違ったトーンの声を出す。

 

速度を増したはずのアヌビス・ネイルは容易くDragonknightを切り裂くはずだった。

だが、それ以上にセインの動きは速かった。

 

両側から抱きしめるように繰り出されたT−Wolfの動きに対して、
Dragonknightは両肩から飛び出した漆黒の槍、ゲイ・ボルグを空中で手に収めるとそのまま、
抱きしめかけたT−Wolfの両手を万歳をさせるかのようにして跳ね上げて止める。

奇しくも両手を上げた姿勢のまま、二機の瞳は間近で見つめあう。

 

黄金の瞳と漆黒の瞳。

セインとサーシャ。

灰と蒼と蒼。

 

ずきん

サーシャの奥底で何かが痛んだ。

 

「法王の命を奪う命令と守る命令が交互に来た。君もそうか?」

セインはサーシャの痛みに気付く様子もなく尋ねる。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・命は奪うモノ・・・・・・・・・・」

 

サーシャは無意識に答える。

 

それには、痛みを全く感じない。

 

「そうか。」
セインはサーシャの答えに微かに頷く。

決してサーシャがセインの問いに対して答えたわけでは無かったのだが。

結果的には答えは間違っていない。

 

ゲイ・ボルグでT−Wolfを弾くと一気に間合いを取る。

 

「くう!!」
サーシャの悔しそうな呻き。
両手に鈍い感触が残る。

LINKでは痺れてはいないが、T-Wolfの手首には多少の損傷を負っている。

 

「全く、女相手に武器まで使って!!卑怯者!!!」
サーシャの言葉は黄金の機体の表面にぶつかって地面に落ちていく。

「Arc・Arf(アーク・アルフ)と君も呼ばれているのか?」
セインが再び発した問い。

「ふふ、どうかしら?あたしは、その問いを聞かなかったことにした方が、あなたと戦えるんだけどね。」
サーシャは馬鹿ではない。

現状、手首を痛めた状態で命のやり取りで遊ぶ気はなかった。

暗に自らもArc・Arfであることを示す。

 

『仲間である』と。

 

 

「・・・・・」
セインはサングラスの奥から、サーシャの顔を見つめる。

「セインだ。」
セインは名乗った。
サーシャが自分の事を知っていることは分かっていたが、
敢えて自分から名乗った。

いつものセインであれば、決してしないだろう。

 

きょとんとセインの顔を見つめたサーシャではあったが、
すぐにその瞳を悪戯っぽく輝かせると、口を開いた。

 

 

「知ってるわ。」

 

 

数刻の後

 

 

「サーシャ。サーシャ=シズキよ。」

 

黄金の龍と黒き獣はゆっくりと離れていく。

それは互いに警戒しながらの撤退に見えたが、

なぜか名残惜しそうにも見えた。

 

 


全ての顛末を見届けて、マナブはL−seedを駆る。

 

「全ての武器と武器となる人間。」

 

口の中で呪文のように唱えると、

溜息のような声を洩らす。

 

「ああ・・・・。」

 

脳裏には、

狼のArf。

T−Kaizerion。

蒼のArf。

黄金のArf。

ONI。

 

そして、

色とりどりのArfたち。

 

全てのArfは踊り、舞う。

戦場という名の舞台の中で。

 

 

(どうして・・・・どうして・・・・・どうして・・・・・どうして)

心で思っている筈なのに、

その口から洩れる言葉は、

 

それこそ

どうして違うんだろう。

 

 

「全てを破壊する。」

 

 

L−seedの後ろで翼に包まれて眠っているように眼を瞑る女。

マナブの言葉が聞こえたのか、幽かに瞳を開ける。

 

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次回予告

豊かな彩りが戦場から消えたあと

その戦場の意味は捻じ曲げられる


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、このメールで、l-seed@mti.biglobe.ne.jp お願いします。

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