「喜びも哀しみも」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第四十二話    「アシタへと続く」

 

 

 

 

「言った通りよ。」
刺激をなるべく与えないように、しかし端的に言ったつもり。

けれども目の前に座る彼女にとっては、
如何なる言葉も衝撃を和らげるモノにはならない。

 

「・・・・・」

言われた言葉を頭の中で理解はしていた。

けれども、そこに感情が追いついていかない。

大体にして、自分でも気づいていた筈なのだ。

だから、こうして検査を受けたのではないか。

 

でも心が動かない。
いや動くことが出来ない。

全身が機械になってしまったように、不器用な動きで頷く。

 

「どうするかは、二人で決めなさい。私は二人が結論を出すまでこの事は黙っているわ。」
選択を話し合うという行為自体が悲しい。

頭の中の事実に対して、心が決定を拒絶していた。

嬉しいのか?悲しいのか?

 

その時、フィーアは心の無い人形になった。

 



 

A・C・Cよりも以前の時代にあって、
「アムネジアセヴンディズ(空白の七日間)」による価値観の変化にも、
ただでさえ移ろい易いそれを一向に失わなかった物語がある。

 

「宇宙マン(うちゅうまん)」

 

悠に100年を超える昔に書かれた原作、
それ以降のメディア展開による作品の寿命は未だ尽きる素振りさえ見せてはいない。

物語の原作は、青年、もしくは少年が、
宇宙マンと言う姿に変身し悪を滅ぼすという明確にして単純なものであり、
所謂勧善懲悪モノと言って良い。

では、なぜその単純な「宇宙マン」がこれだけの長きに渡って人気を維持し続けることが出来たのか?

旬な俳優、イラストレーターを配置したドラマ、アニメーションの視覚を圧倒するビジュアル、
単純な原作だからこそ、イマジネーションによって膨らますことのできたシナリオの良さ、
宇宙マン自身も年齢を重ね、そして劇的な交代劇、
飽きさせない複数のシナリオライターで書かれたシナリオを、外部の複数の人間により改めて精査する、
資金潤沢なスポンサーによる大々的な広報活動と利益を追求していないかのようなサービス。

などなど、挙げれば切りがない中、確実にその人気の一員を担っていると断言できるのが、
「宇宙マン」における最高のライバル「黒山羊帝王」である。

その仮面はその名の通りの黒山羊を模したモノであり、
宇宙マンの原作中期から登場している。

原作の後期には「ニセ宇宙マン」としての、活躍はファンの中でも取り分け人気が高い。

現在、そのあまりの人気ぶりに、
宇宙マンのリーダーである「宇宙マンT」と「黒山羊帝王」を演じる役者はファンからの選挙で行われているほど。

どんなキャリアがあろうとなかろうと、演技と容姿が両立された者しかすることを許されない役。

某国では、その国のトップを決める選挙と日程が重なり、
投票率が圧倒的に「宇宙マン」の方が高かったという逸話もあるほど。

とにかく、その人気ぶりたるや、未だこの世界中いや月、衛星都市においても圧倒的であった。

 

だから、その放送が中断されるなど、あり得ないことであった。

 

**********

 

月面都市 レフィクル

 

テレビの前に座るその姿は優雅そのものであり、
神秘的な容姿に心を奪われる者は多いだろう。

だが、その優雅に座る者も、あるモノに心奪われていた。

 

(始まる。)
チラリと時計を見て、その長針と短針が重なるのを確認すると
心の中でそう呟く。

しかし、一瞬だけ見えたタイトルはすぐにかき消える。

 

 

「ここで突然ですが、番組を中断してニュースをお伝えします。」
明らかに緊張した面持ちのアナウンサーがテレビに映りこむ。
それは事件の重要性を物語るものであると同時に、
テレビの向こうで怒り狂う視聴者たちを簡単に想像できるからに違いない。

かつて、番組を何らかの事情で中断した際に現れたアナウンサーが、
何者かに襲われるという事件もあったくらいなのだから。

 

「あん、もう!!」
彼女らしくない子供のような苛立ちが、見ていて可愛らしい。

短い蒼い髪を右左に揺らすその姿は実年齢よりもずっと幼い。

 

このルイータでさえも、宇宙マンの魅力の虜なのだから、その人気おして図るべし。

ただ、子供じみたその表情は一瞬で消え、
その銀の瞳に映るテロップに釘付けになる。

 

「法王庁、襲撃される!!法王陛下の安否不明!!!」

 

 

「EPM外交最高顧問法王ヨナ18世陛下のおられます法王庁が、
何者かに襲撃されたとEPM報道部が発表致しました。
現在、すでに戦闘は終結していますが、法王陛下の安全は未だ確認されていないようです。

報道部の発表では、Arfによる戦闘も行われた模様です。

また、報道部は明言は避けましたが、
EPM内では今回の襲撃に月、衛星都市に存在する複数の反EPM、反地球のテロリスト組織の関与を疑っているようです。」

一字一句間違えないように、
慎重に読む姿勢はその内容よりも明確にニュースの重要性を視聴者に感じさせる。

 

モニターから視線を外して振り返る。

短くなった髪、蒼い髪が微かにゆれる。

だが、それは先程の幼さとは程遠かった。

 

「EPMの発表では、法王庁内には護衛Arfとの交戦跡およびそれの残骸が発見されているとの事です。
また、複数の証言からそこにEPMではないArfが数機いたことが確認されています。
その中には近年、各地にテロ活動を行っている紅いArf、黒いArfがいたという事です。

この事実からEPMのある幹部は、
明言は避けながらも月及び衛星都市の武力独立を目的とする組織の犯行という見解を述べています。」

 

 

警護のためなのか、ルイータ自身が起こす不測の事態に備えてなのか、
部屋のドア付近に立つ同じく蒼い髪の者、リヴァイ=ベヘモット。

その柔和な笑顔は幾分影を潜めてはいたが、
その表情は微かな緊張も見えない。

(この人の驚くところを見てみたいわ。)
頭の片隅にそんなことを思いながら口を開く。

 

「どういうことです?!」
静かだが強い口調でルイータは尋ねる。

目の前には冷静さと冷たさを感じさせる蒼い髪の男。

「分かりません。目下情報を収集しているところで。」
一片の動揺も無いその姿は嘘を感じさせることは無い。

しかし、その嘘を感じさせないその姿を、
そのまま信じることができるほどルイータは純真無垢ではなかった。

いや、エメラルドは、だ。

「そうですか。
では、必ず情報を収集し、法王庁を襲撃したものの正体を突き止めて下さい。」

ルイータは静かだけれども強く、リヴァイに言いながらその瞳を視線で貫く。

剣よりもまっすぐな銀色の瞳を逸らすことなく受け止めて、
何の動揺も見せずにリヴァイは頷く。

 

ルイータでさえ純真無垢では無いのだから、このリヴァイにしてもそうであるのだろう。

「心得ております。ルイータ様。収集を急がせるように命じます。」
「お願いします。あと、出発の準備は整っていますか?」

リヴァイの遠回しな回答を予測していたルイータは間髪入れずに別な話題を差し込む。

 

数秒の沈黙

 

「・・・・なんと仰られましたか?」

その時に浮かべたリヴァイの表情はあまりにもいつもと違い人間的で、
正にキョトンとした感じだった。

警戒する人間にさえ安心を持たせる微笑、その持ち主を知る人間には、
それはとても滑稽で面白い。

「ぷ!」
思わず口から空気が漏れる。
いまや空の女王ともてはやされるルイータにしてはもちろんのこと、
エメラルドとしても珍しい上品では無い笑い方。

リヴァイの浮かべる表情をもう一度見て、また笑いだす。

それはかつてマナブの前で浮かべていた笑顔でもあった。

 

失礼と言えば、失礼な態度にさすがのリヴァイも表情を硬くする。

 

「申し訳ありませんが、ルイータ様。
主語を抜いたお言葉で人を驚かされるのはあまり礼儀に適ったことではありませんが?」
疑問形ではあるが、その意図する所は十分に分かる。

 

「くすくす・・・・すみません。・・・・久しぶりに笑いました。」
いつもの凛と緊張した表情しか見せないルイータに浮かぶ無邪気な笑顔。

こちらは逆にいつもの笑顔ではなくいささか憮然とした表情のリヴァイ。

笑いの発作がようやく大人しくなるとルイータは、
その表情をいつもよりも硬く戻してリヴァイに向きなおる。

「招待状は来ているのでしょう?日時の指定はこちらの要望を聞くと言われていましたね?」

「はい、その通りです。行かれるのですか?」
リヴァイは敢えて尋ねた。

「はい、今がその時でしょう。もう、遅いくらいです。」
ルイータは立ち上がって窓の外を見た。

 

蒼い蒼い地球が見える。

遠くからだからこそ、その美しさが分かる。

 

地球の中では、どれだけの血と埃が舞っていようとも、
遠くからならば、それは見えない。

 

(だから、ソラの人たちは、地球に住む人々を許せないのかもしれないわね。)

 

 

綺麗だと知っているから、それを汚すことを許さない。

住んでいる人間にとっては、言いがかりかもしれない。
元からそこに住んでいるのだから、勝手だろうと、大きなお世話だろうと。

だが、それを許せないのが人間。

 

そして、実は自分も地球から空を見上げた時に見える月、星たちの中に住んでいることに気付かない。

それがとても綺麗であることに。

 

 

「リヴァイさん、返事を出して下さい。
早急に参りましょうと、ソラの人間が決して争いを望んでなどいないと言う証として。」

「分かりました。すぐに連絡をとり、日程を調整いたします。」

「お願いします。」

 

一礼をするリヴァイ。

一瞬、ルイータの顔を見て動きを止めるが、
それ以上何も言う事もなく、扉から出て行った。

 

テレビからはあまりにも大量のクレームが届いたのだろう。

「宇宙マン」のタイトルコールが映し出されていた。

 

 


 

「以上が現段階のウェイヴ・スウィーパーの建造の進捗状況です。」
「・・・・来たか。」

報告書をちょうど読み終えたタイミングだった。

 

暗い部屋の中、窓から蒼い光が煌々と差し込んでいる。

深海のようなその部屋に幾分大きな声が響く。

 

「何故、法王庁を襲撃したんだ?」

 

ツカツカと歩み寄る男。

 

そしてイスに座る男とその前に立つ男の構図。

 

「そうしたと思うのかね?」

「そうですね。その可能性はかなり高い。」

 

ここでは笑顔を作らなくてもいい。

久方ぶりに自分の本当の表情を取り戻したような気になる。
数時間前に一度だけ、本当に久しぶりに素の自分を出してしまいはしたが・・・。

リヴァイの脳裏に無邪気に笑う偽りの王女が浮かんで消えた。

 

「Dragonknight、T−Kaizerion。
この二機には私の方から暗殺計画の妨害を指示しました。
私が知った時点で。」

「・・・」
ロキの瞳には何も映っていない、

同意も動揺も。

「しかし、私が知った時点では、Dragonknightは既に動いていました。
法王庁に向けて、いや法王庁に到着していました。
偽の法王庁ではなく、本当の法王庁に。

まさか、巡礼に行ったわけではないでしょう?」

「君はDragonknightのパイロットを知っていたかね?」
ロキの後ろには継ぎ目のない巨大な一枚ガラスがはめ込まれている。

そこから見えるの宇宙そして地球。

背中に地球を背負ったように見えるロキの姿。

 

「噂は一通り。セイン、最高のテロリスト・・・・いえ如何なる思想にも感化されていない傭兵。
ここに来る前はどこかの小都市を守っていたとか。」

「ああ・・・そう言う意味では無い。」
声の調子は幾分困った様子を見せてはいたが、
その本心はよく見えない。

そのことが若干リヴァイをイラつかせたが、
次の展開はもっと彼をイラつかせることになる。

「宜しいですか?ロキ様。」
控えていた紅い麗人、フレイヤが口を挟む。

 

「リヴァイ、あなたが言っているのは表層だけ、事実の上っ面なの。
セイン、彼の本名はシオン=テスタロッサ。聞き覚えある?」

「シオン・・テスタロッサ?」

「・・・サイモン=テスタロッサの名は?」
ロキが呟く。

その言葉、名前を、リヴァイは知識の中から見つけ出す。

「法王!?現法王!??」
かつてコンクラーベを行ったとき、世界中にその名前が伝わった。
枢機卿の名簿に載っていない枢機卿。

 

「正解。彼は法王の息子よ。」
フレイヤが鷹揚に頷く。
その顔は分かったかしら?という言葉が滲み出ている。

リヴァイはその表情で続く言葉が分かったが、
ここは大人しくすることに決めた。

「彼が私たちが暗殺計画を確認して、
その実行を止める為の命令を出す前に、独自でその情報を掴んでいたとしたらどうかしら?

自分の意思でそれを止めに行くとは思わなくて?」

詭弁だとリヴァイは思う。

会ったことは無いがセインと言う男。
仮に法王の息子であったとしても、
無思想と言ってもテロリストに加担するような思考を持っている者が、
今更家族を守る為と言って、自分の家に戻るだろうか?

また、仮にそうだとしても、
それ以前に、この暗殺計画を知りえただろうか?

腕利きと言っても、協力者はこのロキ=ミッドガルとフレイヤのエターナル0だけだろう。

単身で暗殺計画を知りえるようなまでの状況にはおかれていないと見た方が良い。

 

知りえたとしたら、それはこの自分のいる組織からに違いなかった。

そこで出された命令がどちらだったのか?

計画を止める?止めない?

 

リヴァイは覗き込むように、フレイヤの向こう側にいる男の顔を見た。
だが、いつものようにその瞳は底なしで、欲しい真実の光は全く見えない。

 

「では、T−Wolfが遅れてきたのは、あなたたちが援軍にと?」
敢えてどちらへの援軍かは聞かない。

「ええ、法王を助ける為のね。」

「何故、法王の護衛のArfを攻撃していたんだ?」

「簡単なことでしょう?本来の護衛のArfは何者かに取って代わられていた、
ゆえにあの法王子飼いの月読が動いた。

でも、T−Wolfのパイロットは護衛のArfを攻撃したArfを敵だと認識したのよ。」
残念そうな顔をしているのに、どこか微笑を浮かべているような表情。

リヴァイは美しいフレイヤの容姿だからこそ、余計に嫌悪感を感じた。

 

「残念ね。恐らくはEPMの自作自演でしょうけれども。私たちに罪を着せるなんて。」
フレイヤは今度こそ本当にほほ笑んだ。

 

「分かりました。」
リヴァイは静かに頷く。
それを満足気に見て頷くフレイヤ。

「エメラルドが地球に行くことを決めました。今、地球のEPMと調整中です。」
フレイヤの目が釣り上がる。
その表情は幾分リヴァイの溜飲を下げる。

「なんですって?!」
「分かった。」

「ロキ様?!!」
ロキが軽く見るとフレイヤはすぐに口をつぐみ一歩下がる。

あの女王を思わせるフレイヤからは考えられないような従順な姿はリヴァイに、
久しぶりの緊張感を感じさせる。

ロキと初めて会った時のような。

 

彼はあの時から印象は全く変わっていない。

人外の者。

 

今でこそ、ある程度の話をするようになってようやく、同じ人間なのだという認識を持ったが、
当時はリヴァイにとって天使か悪魔かと思わせるほど、
畏敬と畏怖を感じさせる存在だった。

「エメラルド本人の意思であるならば。」
リヴァイが誘導した結果でないならばという意味だったのだろう。

彼女の名誉の為に憤慨し、リヴァイは深く頷いて答えた。

 

「彼女の、エメラルドいえルイータの意思です。」

「ならば、行きたまえ。地球にいるWA全機を護衛に回そう。」

「御冗談を。それこそ彼女がクィーンオブテロリストと言われるようになります。」

「今やソラの声、ソラのシンボル、穏健派『モーント』のルイータを守る為に現れるArfならば、
有象無象の組織が勝手に現れるその内の一派だと思われることだろう。」

「あくまでも『モーント』は関係ない。勝手に来たのだ、とでも?」

「・・・・」
静かに頷くロキ。

いつになく強い感じの姿に違和感を覚えながらもリヴァイは了解の意を示すために頷く。

 

「分かりました。あくまでも無関係を装うのでご容赦を。Arf戦におけるガードの方はお任せします。」

「任せなさい。」
ロキに変わってフレイヤが答える。

 

「では、失礼します。日程が決まり次第、ご連絡を差し上げます。」

「それには及ばないわ。分かるもの。」

「・・・・そうでしたね。では。」

 

リヴァイの立ち去った後、フレイヤはロキに向き直り尋ねる。

「良いのですか?」

「・・・・・」

「ようやく見つけた人形を失うかもしれませんよ。」
珍しくフレイヤが食い下がる。

ロキの瞳に自分が映っていないことに気付きながら。
フレイヤの絶望が静かに心臓まで達しそうになった時、ロキが口を開いた。

「分析は終わっている。」
分析の結果はロキにはまだ言っていない。
だが、彼は何かを確信している。

そして、事実そうなのだ。

「はい。デイジーが持ってきた物は間違いないようです。」

「・・・・」
ロキはゆっくりとイスを後ろに向ける。
地球が彼の顔を蒼く照らしていた。

地球にいては決して浴びることの出来ない光。

地球に住む人間よりも地球を愛せるのは、
外からその美しさを見ることが出来る人間だけだ。

 

 

「・・・・本物には適いませんね。」
フレイヤはようやくロキの考えに至る。

 

もう、どちらでも良かったのだ。

マリオネットが壊れようが。動こうが。

彼女の存在意義は既に無いのだから。

 

「WA全機に通達しておきます。万全の戦闘の準備を。」

 



 

「貴様は何をやっていたのだ、一体?
子飼いの部下を随分失ったらしいが、法王庁まで行って集団自殺か?
神がいる所に一番近そうだからな、あそこは。全く、わざわざ命根性の汚い奴だ。」

巨大な机の向こうから光を反射している訳でもないのに、キラキラと嫌味に光る勲章がゆれる。

机の前にある応接用のイスには、
いつものようにテーブルの上に脚を投げ出してだらしなく座る男。

但し、その顔はいつもの汚れたような笑みを浮かべてはおらず、
唇を噛み不機嫌な表情をとっている。

「バロン!聞いているのか!!」
EPM軍事最高顧問ゴート=フィックが叫ぶ。

一介の兵士に過ぎないバロンにとっては、
その恫喝は本来であれば空恐ろしいものである筈だ。

けれども、彼はそれを受け流して、
ただ思い返しては怒りを自分の中にため込んでいく作業に没頭している。

「バロン!!」
「なん・で・す・か!!」
いく度目かになる呼び声にようやく答える。

単に怒りが貯めていくことが出来ずに、
溢れてきていただけなのかもしれないが。

 

 

「・・・まあ、いい。」
バロンが返事したことで満足したのか、ゴートはそう言うとイスに深く腰をかける。

「取りあえず、良かっただろ。ぜ〜んぶ、ソラの方でひっかぶってくれそうだし。
護衛のArfを奪うのは名案だっただろ?

発見者になる筈のやつらが海で藻屑になったのは驚きだったが。

勝手に黒やら赤やらの奴らが出てきてくれて良かったぜ。」

レルネの後に来た部隊の事を言っているのだろう。

レルネが早すぎると感じたのは当たっていた。
彼らは「用意された第一発見者」になる筈だった。

完璧にテロリストの仕業に見せる細工をする為の道具を持参して。

「あの紅いArfのようなテロリストは、やっぱりソラの一派みたいだな。」
「そう考えるのが間違いないだろ。
メディアは『モーント』『ノア』の名前を随分露出しているが、あんたの仕業か?」

ゴートはそれには答えなかった。

 

(地球の中を共通の敵を作って一つにしようとしてるんだろ・・・・全く、食えない爺だ。)

「今回の計画・・・・情報が漏れていたよな。
こりゃあ、どっちかって言うと俺のせいじゃないぜ。」
横目でゴートを見ると既にイスを回して背を向けていた。

聞こえないような舌打ちをすると、
バロンは立ち上がった。

「どこへ行く?」

「ソラから嬢チャンが来るらしいんだろ?お出迎えの準備をしないとな・・・入念に。」

「・・・・日程は未定だが、歓迎の舞踏会が開かれる。」
「それが?って、決まったのかよ。あの女来るって?!馬鹿か?」
先程の自分の言った言葉が図らずもこの部屋から出ていく言い訳であったことを自白してしまう。

「先程、ソラから返事が来た。来るそうだ・・・ルイータ=カル、本人がな。」

バロンの気配が動かなくなったことを感じると、ゴートはイスを回して彼の顔を見る。

「おまえも出席をしろ。」
「・・・・は?!何が楽しくって、ダンスなんぞに出なければならない?
嬢チャンのストリップなら見る価値もあるけどな。」

「EPM挙げての歓迎会の形を取る。当然、法王も来る。」

「そこでやれと?」

「そして、Φの総帥も当然出席だ。」

「・・・・・・・・なるほど、な。」

「大きな舞踏会だ。大勢来るだろう、大勢な。当然、私も行く。」
大勢という言葉に強い意味を込めてゴートは言う。

「分かったよ。失点は倍にして返すことにする。」

「上手くやることだ。ルイータには手を出すことは許さんぞ。」
「分かってる。全面戦争は不味いからな。」

良く似た笑みを浮かべ会う二人。

 

「ああ、そうだ。忘れていたが、あの法王庁にいる女どものArf、あれ相当な強さだぞ。」

「月読か?そうか・・・やはりな・・・あやつが伊達や酔狂であんな部隊を作るとは思わんかったよ。
昔から抜け目の無い男であったようだからな。」
設立した当時はヨナのあまりの昼行燈ぶりにすっかり騙されていたのだが、
ここに至って、あのヨナのすることほとんど全てに気を配っていなくてはならない。

 

「いずれ解体の命令を出すことにしよう。あやつがいなくなった後にな。」
「そうなったら、何人かで良いから、俺の秘書にしてくれ。」
下世話だが、心底楽しそうに笑うバロン。

「全てが成功してからだ、バロン、気を抜くな。」
「分かっているさ。今度は大丈夫だ。」

「準備を進めておけ。日程はいずれ連絡をする。」

ゴートの言葉に返事もせず、ただ手を振って部屋を出ていく。

 

その姿にゴートをはぐったりとした様子でイスに座りなおす。

 

「まったく、あの女にそっくりな奴だ。」

 

昔感じた苛立ちを懐かしむことなどあるのだろうか?

ゴートの表情はそんな風に見える。

気のせいかもしれないが・・・。

 



 

Justice

 

L-seedがゆっくりと帰還すると、
メルは後ろを振り返り、サライに報告する。

 

「マナブ様が帰還なされました。」
「そう、お疲れ様。今日は私がやっておくわ。みんな帰って休みなさい。」

サライが微かに笑みを浮かべて労うとメルは慌てたように手をパタパタと振る。

「え?!良いですよ!!Dr.も休んでいないんですから、私もやります!」

「え?マジで。」
聞こえるギリギリの小ささでぼやくヨウの声を無視して、
メルはヨウの肩をポンポン叩いている。

「ヨウも、残るって言っていますし。」
「言ってないって。」
今度は聞こえないように言わざる得なかった。

 

「そう?でも、ちょっとマナブ様にお話があるのよ。
じゃあ、Prof.ヨハネの方を手伝ってもらって良いかしら?」

「え!!」
メルにとって、それは予想外の言葉だったのだろう。
サライとの残業は望むところではあるが、ヨハネとなるとその士気も一気に急降下した。

「は、はい・・・」

「D-equalの調整をしている筈、行ってみてちょうだい。お願いね。」
最後のお願いという言葉に救われたのか、
メルは形だけ元気に返事をして部屋から出て行った。

当然、ヨウも連行されて行く。

自分がヨハネの所へ行って、ヨウがサライの所に残るなどという選択肢は絶対に無かった。

 

 

「マナブ様、こちらへ来ていただけますか?」
L-seedの内部に声をかけると、微かにL-seedが頷く。

 

**********

 

誰もいない指令室でマナブとサライは向き合っている。

並んでみると、やはりマナブの方が背は大きい。

その姿は最初にL-seedを駆って出撃したときより、雰囲気がずっと精悍になっている。
それは戦闘の訓練で鍛えているからだけではない。
戦闘を潜り抜けてきた緊張とストレスが良い方向に動き、彼の精神を研ぎ澄ましているせいだろう。

 

エメラルドの心変わりを嘆いていた大学生はもういないように見えた。
あくまでも見えただけなのだが・・・。

 

「サライ、言いたいことは分かっているよ。月読の事だろう?」

「それもありますが・・・」

「確かに彼らも兵器の一つだったよ。しかも、普通よりも強力な。」
「法王陛下の直轄の部隊ですからね。
EPM内部にも秘密裏に組織された本当の秘密部隊です。」

「そうなんだ・・・・その割には随分目立つ行動を取っているように見えるけど・・・」
「目立つことが逆に秘密を隠す手助けになっているのでしょう。
小さな嘘よりも大きい嘘の方がバレないものですから。」

マナブは少しサライの顔を見つめる。

大体にして、この目の前にいる女性でさえ、
マナブに真実を語っているのか分からないことに改めて気付いた。

「月読は俺の護るべき存在ではなかった。いや彼ら自身が十分に彼らを護ることが出来るんだ。」

「そうですね。彼らも兵器として人を殺すのでしょう。いや、殺して来たのでしょう。」
サライは特に考えを誘導するわけでもなく、
事実と思われることを淡々と言う。

それはマナブの中で既に結論が出ていたことではあったが、
やはり他人から言われると強く心に響いた。

「彼らはエメラルドを探していたけれども、やはりソラにいる彼女がそうなのか?」
マナブは自分に驚いていた今まで、見ないようにしていた事実を口に出来ていることに。

自分の中で認めてしまったのだからだろうか?

 

「実はそこは正確には分かっていません。
ただ、分かっているのは、

今ルイータと呼ばれている女性は、

エメラルド=ダルクであった女性であるという事です。

マナブ様に申し訳ありませんが、黙っていました。」

「そうか・・・」
それ以上の事実は、マナブには必要なかった。
おそらくサライはマナブの為と言うよりも、フィーアの為に隠していたのだろう。

 

「まあ、良いさ。」
本当は良くないのにそう言ってみた。
サライも気づいていただろうが、その事に敢えて触れることは無い。
良くない事だが、フィーアの事を思うとマナブは良い事のようにも思えた。

 

「マナブ様、宜しいでしょうか?」
サライが改まって尋ねた。

月読やエメラルドの一件以上の事があるとは思えない。

サライのいつもと違った様子に対して、マナブの姿勢は無防備だった。

「それで?」

 

サライは、髪の毛をグッとかき上げる。

銀と黒が混ざりあうが、その色がぶれることは無い。

 

「ミドリの事です。」

 

 

**********

 

テレビはついていない。

ラジオもついていない。

外界の音は全く聞こえてこない部屋。

 

本を手にとって見たけれども、その文字がただの記号に見える。

意味のあるモノとは全く思えない。

 

部屋の隅のベッドの上で、布団に身体を包ませて、
フィーアは窓の外を見ていた。

けれども、その瞳に映るモノもすべて、世界を表すただの記号に見えて、
彼女の心を微かに動かすことも出来ないでいた。

 

「マナブ、帰ってこないな・・・」

 

布団の中は暖かい。

自分の温もりで暖めたのに、まるでマナブに包まれているように感じるのは、
見知った彼の香りであり、彼がいる部屋の雰囲気だからだろう。

 

 

「マナブ、遅いな・・・・」

 

 

もう何度目の呟きだろう。

感覚で既にJusticeの中にいることは分かっていた。

何故か、分かっていた。

 

今までも、マナブの事は大抵の事ならわかってしまっていた。
それは過ごしてきた時間に裏打ちされた予測の域を超えてはいなかったが、

今は違っていた。

マナブの事に関してなら、全ての事が手に取るように分かる。
事実、分かるのだ。

 

自分を抱きしめるように、きゅっと布団の裾をもう一度手繰り寄せた。

出ていた頭も全て布団の中に入れて、
思いっきり息を吸うと、とても切ない気持になった。

「分かる」ことは、「怖い」ことでもあった。

自分に対する感情も、誰かに対する感情も全て知ってしまう事は、
マナブを想うフィーアには一片の希望も持つことは出来ない。

自分を想ってくれていない思いをマナブが持っていたとしたら。

 

「・・・・・」
小さく「こわい」と呟く。

それだけでもっと怖くなった。

 

 

「早く来て。」
声に出すともっと寂しくなった。

 

 

**********

 

自分の部屋なのに、何故こんなに慎重にドアを開けるのだろう。

まるで、開けた際に送る風でさえ壊れてしまいそうな何かがその部屋にあるみたいに。

 

「フィーア?」

 

「ノックは?」

 

「コンコン。」

「ノックは部屋の外から手でするんだよ。」

 

 

「・・・ここは俺の部屋だぞ?だいたい、おまえが言うか?それを。」

 

「言うよ。」

いつものフィーアと違う、何処かツンっと角のある雰囲気。
表情もいつもの笑顔ではなく、心持ち頬を膨らませているように見える。

マナブは長く一緒に過ごしているが、こんな表情を浮かべるフィーアを初めて見た。

「どうした?何か、怒っている?」
マナブにしては珍しくご機嫌を伺う様な言葉をかける。

きっと普通だったら、フィーアにとってはこれ以上ないくらいに嬉しい言葉だっただろう。

だが、今回だけは、何故かその気遣いが癇に障る。

 

「何も怒ってないよ!」

「・・・・」
マナブはフィーアの言葉に眼を大きく開く。
明らかに怒っている口調だった事もあるが、何よりその表情も随分とご無沙汰だったような気がする。

特に二人の関係が兄妹を超えてからは。

 

「・・・・」
黙ってしまったフィーア。
布団にくるまったその姿は、どこか巣を作る動物のように見える。

「どうしたんだ?」
ゆっくりと、フィーアの横に腰を下ろす。

しばらく無言で窓の外を眺めていた。
マナブはこの窓からの景色を久しぶりに見た気がした。

いつの間にか冬が終わっていたことも、改めて気付いて驚いていた。

 

ぽんぽん

 

マナブの肩を優しく二度ほど叩く。

見ると白い手が布団の中から伸びていた。

 

「どうした?」
ふっと気が抜けたような顔で尋ねる。

それは先程よりもずっと自然であったので、フィーアの気には障らずに済む。

 

 

「がんばるんだよ。」

 

「?」
マナブの顔に張り付いた疑問符。

何を頑張れば良いのか?
最近の日常を振り返っても心当たりがない。

いや、本当の意味では心当たりはあるのだが。

 

フィーアの事、間違っても戦闘を頑張れなどと言う筈もない。

 

「何がさ?」

ただ、何となく勘ではあったが、恐る恐る尋ねる。
恐る恐る尋ねるべき場面だと感じた。

それくらい、フィーアの顔は先程と違って笑顔なのに、
瞳は怖いくらい真面目に見える。

 

 

「お世話。」

 

「・・・・え?・・・・」

 

 

「だから・・・・赤ちゃんのお世話。」

「・・・・あ、ああ・・・・」

 

 

気の抜けた返事を返した後に、気がついたのか、
マナブは笑顔を浮かべて、眼を見開いた。

 

「そうか!そうなの?!」

「そうだよ。」
マナブの反応があまりにも予想通りで、
落胆よりも何故か安心した。

典型的な男の反応。

 

笑顔は驚きを隠すためのモノであることはフィーアには容易に分かる。

確かに動揺もある、それも分かる。

 

けれども、落胆はしていなかった。

 

 

それは、とても嬉しかった。

 

 

「マナブの子供だよ。」
からかう様にフィーアは悪戯っぽい瞳で布団を開いて、
いつものようにヘソを出しているお腹を見せる。

その姿はフィーアにしては、珍しくとても扇情的で魅力的だった。

そのお腹には何の兆候も無いのに。

 

「・・・・お、おまえな。お腹を隠す服を着ろよ。」
思わず飲み込んだ唾を隠すようにして、
マナブはフィーアを注意する。

そこにはまだヘソしか見えないのに、
何故かその中にもう一人いる事が分かる。

男の感覚なのだろうか?それとも単なる錯覚なのだろうか?

マナブには分からないし、
フィーアが思っているよりもずっと、冷静であったし、

嬉しくもあった。

 

「えへへ、ごめんね。」
何の事を謝ったのだろうか?

少なくとも服装の事だけでは無かったような気がする。
だが、マナブは敢えてそれを深く考えないようにする。

 

「サライには調べて貰ったのか?」
決して疑っている訳ではないという雰囲気で慎重に尋ねる。

「うん!間違いないよって言っていたもの。」

「そうか・・・・」
先程会ったときに、そんなこと億尾にも出さないサライを呪う。

フィーアは少し考え込んだマナブに不安な表情を浮かべる。

「ああ、違う違う!!サライにさっき会ったからさ。」

「サライにはフィーアから言うよって、言っておいたの。」
自分から言いたかったというのは本当だろうが、
もしマナブが最悪の反応を示しても、きちんと自分で決断できるようにしたかったのだろう。

マナブが望まなければ、マナブの望んだとおりにする。

それが例え母になろうとしていても、フィーアという存在だから。

 

「そうか・・・」
マナブはもう一度呟いた。

男である故、その実感は正直無かった。
自分の一部がフィーアの中で育っていることを理解は出来るが、
あまりに現実感が伴わない。

ただ、フィーアを気遣う様に不安にするような雰囲気は作らないようにする。

けれどもフィーアから見れば、それはあまりにもぎこちなく、逆に不安を増してしまうのだが。

 

「マナブ・・・困っている?」
フィーアにしてはずるい質問だった。

今までマナブを困らせないように最大の注意を払っていたのがフィーアだった。

 

「困ってなんかいない。ただ・・・驚いただけだ。」
それが今の正直な感情。

フィーアがじっとマナブを見つめる。
その瞳は深い深い黒。
その漆黒に自分自身を飲み込んでしまいそうな、不安な瞳。

 

その漆黒の瞳を見つめるマナブは、
ふつふつと心の奥底から何かが湧きあがってくるのを感じた。

それは残念ながら喜びではなかったが、かと言って失望でも無い。

 

湧きあがる感情は、ただ一つの明確な形を取ってマナブの中に存在していた。

 

 

 

「大事にする。」
「え?」

「フィーア、俺、大事に・・・大切にするからな。フィーアのこと。」

「マナブ?」

あまりにも意外で、意外すぎて、嬉しくて。

 

「まったく、もう。」

拗ねたような、照れたような、そんな不思議で可愛い表情でフィーアは呟く。

 

「・・・・らしくないよ・・・・」

 

「・・・ありがと。

大切にしてもらっても・・いいかなぁ。」

 

ゆっくりと頭をマナブの胸に寄せる。

額の翡翠の宝石にマナブの心がしっかりと届くように。

 

そして、言った通り、マナブはとても優しく、その頭を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

「フィーア、結婚しよう。」

 

 

 

 

 

**********

 

 

巨大水槽の部屋

水が光を反射して、部屋全体が水の中にあるみたい。

二人の男女がそこにはいた。

 

「ヴァス様。フィーアがマナブ様に言ったようです。」

「・・・・なんと答えただろう。」

ヴァスは静かに幾つも上がる気泡の向こうを見ている。

 

「なんと言ったかまではわかりませんが、彼女にとって嬉しい言葉です。」
サライの言葉があまりに断定的で、その言葉に揺らぎが感じられない。

ヴァスは視線を銀の髪に移す。

珍しいことだが、前髪の中から覗く瞳には幾ばくかの疑問符が読み取れる。

 

スッと白い指がヴァスに指された。
ヴァスは思わず目元を手で触る。

その行為を見て、サライの表情が一瞬硬くなった。

すぐに手を下したヴァスに、サライはその指を下げずに言う。

 

「あれを。」

振り返るヴァス。

気泡の向こうには、美しい白い裸身。

産まれてから一度も切った事が無い黒い髪がユラユラと水の中に広がっている。

黒髪が蜘蛛の糸に錯覚されて、中心にいる少女が捕らわれたモノのよう。

ヴァスは一瞬の幻想を頭から拭い去る。

 

胎児のように身体を丸めた姿。

いつもであれば、その両手は口元に固く結ばれた形であるはず。
幸せが逃げないように。

 

その手が、下腹部を覆っていた。
優しく、手のひらで透き通る様に白いお腹を撫でている。

 

胎児であったはずなのに、それは母親の姿。

口元には微かに笑みが浮かんでいる。

「まさか・・・」
ヴァスの口から、とても人間らしい動揺を含んだ言葉が漏れる。

「いえ、目覚めてはいません。目覚めることは無いでしょう。」

「記憶は『深層』にしているのだろう?」
ヴァスの声が幾分すがる様に聞こえたのは気のせいだろうか?

「はい、『深層』でも特に深く。」
サライは指を下して事実だけを述べる。

彼女はずっと事実しか言っていない。

「記憶の移動自体は、今回の件もあります。
しばらくは『深層』の状態にしたいと思うのですが、如何でしょうか?」
サライの言葉にヴァスは少しだけ逡巡してから頷く。

サライもそれを受け、微かに頷いた。

 

 

 

「・・・・・ミドリ。」

それは、ヴァスの声か、サライの声か。

 

幸せな微笑を浮かべる少女、いや女。

 

だが、その優しく触っている場所には、決して命の輝きが無い。

 

 

 

「ミドリ。」

確かにサライだった。

水槽に手を押しつけて、ゆっくりと上下させた。

 

撫でるように。

 

その細く白い手にそっと触れる手。

重ね合わさった手で、幾度も上下が繰り返される。

 

 

慈しむように。

 

 

 



 

「おじちゃん、入念に頼むわ。」

プラスがT−Kaizerionに登る整備工に声をかける。

「おう!任せとけ!!何だ、もう出撃か?」
上の方から聞こえる声に片手を挙げて答える。

今まで見ていた情報端末をオフにしてから、
ゆっくりと上を向く。

 

「ああ!今まで一番だ!!!」

 

「そうかいそうかい。それじゃ、丁寧にやっとくか!」

「急がなくて良い、頼むぜ!」
そう言いながら、工具箱のスパナを取りだすと、
プラスもまたT−Kaizerionに近づいて行く。

その口は軽かったが、表情はいつになく硬い。

 

(ユノ・・・いよいよ、大勝負だ。)

 

**********

 

「あは!やった!!やった!!」
サーシャは手を叩いて喜ぶ。

服は着ていたが、左腕に巻いたバンダナが危うそうに揺れている。

 

「ああ!!やっちゃうよ〜!!」

 

 

**********

 

「了解した。作戦遂行時間まで待機する。」

セインはテキストに書いてあったように、見本通りの答えを返すと、
ゆっくりとサングラスを外す。

 

ディアドラと同じ、両方の瞳から違う色が漏れて直ぐに消えた。

 

規則正しい呼吸音が、Dragonknightの心臓の音になる。

 

 

**********

 

パチパチパチ・・・

小気味の良い音がコクピットに響く。

 

「・・・・・」

 

暗い蒼の中でボーっと出てくる文字を見つめている。
その意味する所は簡単な筈なのに、何故か遠い目で見ている。

ただ指を鳴らす右手だけが、生命を感じさせる。

その瞳に急に生気が宿ると、
左手が持ち上がり、右手を激しく叩く。

 

「ぐう!」
叩いた左手が直ぐに弾かれた右手を抑える。
労わる様に擦る。

「まだ、直らないのか!この右手は!!!」
トルスは呻くようにして、痛みに唇を噛む。

 

その端正な顔に身体の痛みとは違った苦悶。

抜いてしまいたい血の呪縛。

 

(あなたよりも、この地球に復讐出来る僕を見ていろ!!)

 

瞳に映る命令文。

 

 

ルイータ=カルの歓迎会に襲撃、以下の優先順位を守りつつ任務を遂行せよ。

 

1・ルシターン=シャト暗殺

2・ゴート=フィック暗殺

3・ルイータ=カルのEPM側からの攻撃による死

 

上記三項目が失敗した時のみ、歓迎会への出席者に対する無差別攻撃を許可する。

 

 

 

 



 

 

法王とディアドラ、レイアルン及び月読全員が、
信用たる組織が用意した場所に落ち着いた事を確認すると、
カイは一人、法王庁に戻ってきていた。

この法王庁に戻ることはしばらく無理であろうことは分かっていた。

だからこそ、全員の私物関係を取りに来るために、
彼女だけが戻ってきた。

当初はフクウが取りに来ると言ったのだが、、
どちらかの副隊長が残らなければならない事情と、
カイが強硬にこちらに来る事を主張した為に彼女が来る事になった。

あの時のフクウのレイアルンの性格や行動を知りつくしているような言葉は、
カイの心に強い衝撃を与えていた。

なるべく、今はフクウ、そしてそれ以上にレイアルンと離れていたかった。

いつもであれば、これ以上ないくらいに触れ合い続けていたかったのに。

 

「隊長なら、『兵装解除』したと思わない?か・・・」
フクウに言われた言葉を口に出して言うと、より一層不快な気分になった。

 

様子のおかしいカイに、デュナミスやプリンが一緒に行くことを申し出たのだが、
そんな彼らを無理やり振り切って、Arfに乗り込んだ。

その際、チラリと見たレイアルンの様子は、
いつになく疲れた感じでそしてとても寂しそうに見えていた。

心がゾワゾワして、直ぐにでも傍に寄り添ってあげたい気持ちになったことを否定できない。

けれども、否定するのではなく、気持ちを無視する形でカイは、とにかく乗り込んだ。

 

何が入っているか見当もつかない巨大なアミの工具箱。

触れることが躊躇われる程に薄汚れたプリンのナップザック。

およそカイには理解できない刺繍やら宝石が装飾されているデュナミスの服一色。

あのマナブとの出会いの原因になったホウショウの自転車。

超レア物と名高いレイアルンのゲームソフト一本。

それらを着々と積み込んで、自分の部屋に来る。

 

彼女が手に取ったのは、妹からの手紙の束。

 

「フゥ・・・」
手紙の束を改めて見つめて、その量の多さにカイは何処か痛い顔をした。

それは一度たりとも返事をしていない後ろめたさからだろう。

 

自分の部屋から出ると、
カイは少しだけ立ち止まる。

意識的に避けて、残していた部屋、フクウの部屋に視線をやる。

 

数回、頭を振って自分の中の何か悪い物を出してから部屋に入る。

 

 



 

「・・・・・・かなぁ?」
フィーアが甘えた声で尋ねる。

若干、朦朧とした意識でマナブはそれを聞いている。

今日は戦闘こそ無かったものの、かなり早い時間から出撃をしていたし、
月読の正体を知ったり、フィーアから告白されたりと、精神的にも体力的にも疲労していた。

自分の胸の中で甘えるフィーアの暖かさは、とても心地良い。

きちんとフィーアの話を聞こうとはするが、
その疲労した精神と肉体に、その心地良さは麻薬のように染み透る。

彼女の優しさを音にしたような言葉もそれを誘う。

 

「明日・・・明日はどうかな・・・」
なるべく傷つけないように、マナブは言葉を濁しながら優しく言う。

 

「アシタ?アシタかぁ。」

 

その口調が、怒っている感じでなかったことに安堵して、
マナブの意識は眠りの淵へ落ちて行く。

心の隅のどこかに、フィーアの口調に違和感を感じてはいたが、
今のマナブには些細なことだった。

 

 

 

 

「・・・・・・」
スーッと規則正しい寝息を立てるマナブの顔を、少しだけ身体を起こしてフィーアは見つめる。

二人の間にはかすかな隙間さえ無い。

 

肉体的にも、そして精神的にも。

それがフィーアには確かに感じられていた。

 

すりすりと、

額をマナブの胸に擦る。

立ち上がった二房の髪がマナブの顔に掛からないように注意しながら。

額の宝石が当たらないように注意しながら。

 

 

 

「・・・アシタ・・・・」

 

マナブの胸の上で、フィーアは優しい微笑を浮かべている。

そして、彼女の意識もまた、彼が先に行った所へ。

 

 

二人の体温が同じになっていく。

 

その心地良さに、

 

マナブも、

 

フィーアも、

 

ミドリも

 

深く深く

 

 

意識を眠らせていく。

 

 

 

 

 

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次回予告

白き衣は純潔を示す

幸せは分かち合いたいモノ


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
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