「主、既に無き所、誰が護る」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第四十話    「法王庁防衛戦」

 

 

 

「マジィな。」
言ってから、改めて現実感が増したのだろうか?
プリンの背中に悪寒が走る。
戦闘前の高揚を誘うとは言えないほどの。

「黒い・・・狼のArf?」
アミが呟いた。
アミの脳裏に自分が創ったONIと対峙するArfが直ぐに浮かぶ。

「装甲プレートには、爆薬が入っている。
みんな、気をつけて。
・・・・体中に爆薬を巻きつけて戦うなんて、正気の沙汰では無いよ、全く。」
アミは自分が創ったONIの危険性も忘れて愚痴る。

ただ反面、パイロットを分かりやすい形で危険に晒す所は、
上の三人の姉たちの誰にも当てはまらないことに安心していた。

このArfを見ても、他のWAと同様の「懐かしさ」は感じない。
それが場違いではあったけれども、アミには嬉しかった。

だから、天照でもっとも早く指示を出すことが出来た。

 

「随分、念入りね。まあ、当然と言えば当然ですけど・・・でも、合同戦線にしては・・・」
「ええ、遅い登場ね。もう場面転換よ。」
デュナミスの言葉をフクウが繋ぐ。

(単純に仲間とは見れない。)
カイも新たな敵の出現に思考を幾分回復させていた。

強敵の存在は、カイの心から細波のような嫉妬を消していく。

 

「全員、距離を取って。はぐれた狼ほど、厄介な獣はいないわ。」

 

**********

 

サーシャは既にTシャツも脱ぎ捨てており、
左腕のバンダナ一枚が彼女のドレス。

 

「何か、取り合えず、戦闘が終わった風みたいだったけどねー。」
サーシャは、ニコニコと普段からは想像できないほど上機嫌な顔。

そして、チラッと、下で動かなくなっているケルヴを見て、その頭をゆっくりと確かめるようにして踏み潰す。

ガガリガガリがががが!!

爆発をして煌びやかに燃え盛るのとは違い、
機械的な破壊音をさせて頭部がスクラップになった。

前方に視線を戻して、
カラフルな一団をねめまわすと、
サーシャは再びにっこりと微笑んだ。

それはサーシャのある種男性的な風貌の中で、
鮮烈な妖艶ともいえる女性らしさを感じさせる。

そう、あのイシス フレイヤにそっくりな。

 

「あ・・・ダメ。すぐヤっちゃいそう。」

 

 

 

コクピットの中で、サーシャが自分を掻き抱く。

露出した胸の豊かな膨らみが形を歪める。

 

ゆっくりと楽しみたいのに、
自分の中に高まる破壊欲求が抑えきれない。

 

「はぁ・・・」

サーシャはとても扇情的なため息をつくと、
その口元から舌を突き出して、唇を舐めた。

 

**********

 

「何だ?」
プリンが自分で自分を抱きしめたまま動かなくなったT−Wolfに不思議そうな声を出した時、
ホウショウの声が天照全員にサイレンのように響く。

「来るよ、来るよ!来るよーー!!」

もし、ホウショウがほんの数秒でも遅く声を発していたら、
いや、ホウショウのような特殊能力を持っている者が仲間にいなかったら。

 

ここに唐突に、「神撃部隊 天照」は、物語の舞台から降りていただろう。

 

 

もしかしたら、その方が、世界にとって良かったのかもしれない。

 

だが、彼女たちは舞台から降りなかった。

 

後に「イレギュラー」と誰かに言われるモノによって。

 

 

 

胸の前で交差した両腕。

その手の甲から、青白い光が一瞬漏れたかと思うと、
既にその姿はそこには無い。

青い光が稲妻のように、二本伸び、真っ直ぐに二機のArfを貫く。

 

上半身を歪な形に刈り取られた二機。

振り向きざまに、T−Wolfは袈裟切りにもう一度、爪を立てる。

 

背中から腹まで貫通するの爪は、
あのL−seedのデッド・オア・アライヴに匹敵する高温を有する。

醜い十字架を背負わされた天使の名を冠したArfは、
自分が生まれたときと同じ炎の中に沈んでいった。

 

「上手く、やったわね。」
サーシャが口元を綻ばせる。

T−Wolfが、切り刻んだArfは、先ほどの戦闘で倒れていたケルヴ。

 

「中にいたパイロットには悪いことしたかな?」
プリンが頭を掻きながら言うと、
デュナミスが何を今更という顔で答えた。

「既に空っぽでしたわ。あの二体。」

「そりゃ、良かった。」
「知っていたくせに〜。」
アミがからかう様な言うと、
プリンは片目を瞑って、視線を逸らした。

 

「同じ手は出来ない。攻撃!!」
カイの号令で、天照が一気に展開をしようとするが、
それを押しとめる言葉が、全員のArfに届く。

 

「みんな、遅れてすまない。法王とディアドラは確保した。直ぐに退却してくれ。」

 

「!!」
カイは言葉も出さずにた、気配だけでそちらを向く。

 

そこには銀に映えるArf、Susanowoが立っていた。

銃を持っていない片手を軽く挙げて振っているのが、彼の証拠。
戦闘中にそんなことをするのは、彼しかいない。

 

「レイ・・・」
名前を呼びかけようとしたカイに、
かぶさる声。

「カイ!!!!」

およそ考え付かないスピードで、
その青白い炎は迫ってきていた。

カイが一瞬視線をずらしたのを、
サーシャは見逃さない。

それは、カメラではなく、
Arf自体の頭部が動いた為に、知られてしまった油断。

リンク%が高い彼女たちならではの隙。

 

カイの比較的近くにいたフクウとアミが、
T−Wolfの姿に銃弾を浴びせるが、
片手で打ち落とされてしまう。

だが、もう片方の爪は、確実にKusinadaの心臓を狙っている。

コクピットは最も純度の高い強固なシオン鋼で護られている。

だが、Arfの心臓、胸の中心は、
人間であれば本当に心臓があるのだが、
機械的な意味ではArfのその部分は、さして重要な部分ではない。

だが、高いLINK%を持つ者にとっては、
そこは「死」に直結しかねない、危険な部位となってしまう。

 

LINK、それは人間とArfをより強く結びつける。

生と死を共にするほどに。

 

 

「あ!!!」
引き金を引けない。

アミとフクウが攻撃してくれた方の腕は、
攻撃をすることは諦めていたが、
そのカイの銃身を掴んであらぬ方向へずらしていた。

通常の兵士であれば、
その逸らされた方向にあるのが、味方だと気づかずに、
慌てて引き金を引いてしまい、
自分の命も護れず、そして仲間の命も奪っていたことだろう。

 

カイが、銃の先に茶色のPowers改を認めて引き金を引かなかったのは、
さすがと言えよう。

 

けれども、状況は彼女の命が危ないことに関しては、
なんら好転してはいなくて。

 

「まず、一人。」

爪がシオン鋼を解け貫く感触に、
サーシャは喜びの声にならない声を上げる。

 

「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

 

咆哮と唸りのどちらとも取れる獣の声。

 

 



 

 

「法王庁と連絡が取れない?」

報告を受けたルシターンは、
直ぐにΦの三部隊を送るように命じるが、
既にこの報告がレルネにもされていることと、

そして、偶然にもレルネが法王庁の近くを哨戒任務中であったことを知る。

その事を聞いて、
ルシターンは安堵と同時にさすがと言った感心の微笑を浮かべる。

 

ヴァチカンの法王庁ではない、
ヨナ18世が住む法王庁は、その存在すら秘密裏にされている。

その近くを偶然通りかかるなど、まずあり得ない。

 

「ONIを出したか。仰々しいな。」

その言葉とは裏腹に、
ルシターンは、レルネの先見の明と行動に感謝していた。

彼が、哨戒任務にあたることなど、戦時中ならいざ知らず、
この一応の平和な地球では珍しいこと。

 

(どこのテロリストかは知らないが、
最悪のタイミングで開始したか・・・・。

レルネに、

そしてそこにはスプリードがいる。)

 

レルネの認める後輩、

その名はルシターンも覚えている。

 

まして、ディアドラを守る人間であれば尚更に。

 

 

「しかし・・・報告が遅すぎだな。困ったものだ。」
困っているとはとても思えない顔と雰囲気でルシターンは外を見た。

 

(意図的に情報外にされたか・・・・・そうか・・・・)

ルシターンはその意味するところを思い、
今度は本当に憂いを含んだ表情を浮かべた。

 

 

「獅子身中の虫か・・・・」

「はい?」
ドアに立つ部下が聞き返すが、
ルシターンはそれに答えることは無く。

 

「法王庁に向けて出す援軍のことは、
EPM本部にも報告すること、必ず。」

「はい!了解いたしました。」

 

「法王庁に緊急事態の可能性あり。
EPM所属特別防衛機関Φ特務事項4条に於いて、ランクSSの出撃を許可。」

その言葉に部下の顔も引き締まる。

ランクSSはΦの中でも最高の兵士たちを指す。

通常は、ルシターンの警護やゴートの警護及び激戦区に配置されている。

ここでルシターンが言った言葉は、
「自分の護衛をランクSS未満の者で行い、ランクSSを出撃させる。」という意味。

 

「はい!了解いたしました!!EPM本部に報告、レルネ=ルインズニ佐の増援に向かいます。」

「・・・」
ルシターンは静かに頷く。

 

(本部は断ることは出来ないだろう・・・だが、間に合うか?)

 

ルシターンの脳裏に、親友の姿が浮かび、次に愛すべき存在が浮かんだ。

 

(レルネ・・・・ディアドラ・・・・)

 



 

「間に合ったか・・・」

その言葉に閉じていた目を開く。

 

Kusinadaを無理やり退かす様に、捻り滑り込んだ自分の体、Susanowo。

見事に右胸が貫かれている。

 

システムが正しく痛みを伝えていれば、
激痛がレイアルンの右胸にも走っている筈。

それは、高いLINKであれば、
死に限りなく近い痛覚反応を示すことだろう。

 

だが、悲鳴も上げれずにいたカイの目に飛び込んできたのは、
モニター越しに飄々としたレイアルンの顔。

痛みなど感じさせない、いやむしろ驚いているカイの顔を見て、
悪戯っぽい光を瞳に宿すいつもの彼だ。

 

「無事か?カイ。」
「・・・はい。」
「?」

多少、間があったカイの返答に、
何かを感じて、レイアルンは顔を覗き込むが、
それに気づくとプイっとカイは顔を逸らして、モニターを切ってしまう。

「えっと・・・何かしたかな・・・」
レイアルンの質問にカイが答える時間は無かったし、
答えることもなかっただろう。

子供っぽい嫉妬。

 

**********

 

「このぉお!!!!!」
サーシャが自由になっている方の腕を振りかぶり、
Susanowoを殴りつける。

さすがのレイアルンにもそれを避ける術は無い。
カイもろとも吹き飛ぶ。

いや、むしろその反動を利用して間合いを取ったのかも知れない。

Susanowoに刺さっていた腕が、ズルリと抜ける。

 

殴りつけたSusanowoの頭部は、爪で半分削り取られて無残な姿を晒していたが、
それではサーシャが満足することはできない。

 

「許さない!!!!」

 

理不尽な怒り。

 


 

堕天使の胎内でマナブは、
月読こと天照の戦闘を見続け、その力が彼女たちの駆るArf同様に優秀であることを知った。

俯くようにしてモニターを眺めるマナブの姿には、
ここを訪れる前にあった疑念は既に無い。

いや、いろいろなモノが無くなっていた。

空虚が、彼の体を占めていた。

 

(結局、彼らも・・・・・・・俺の護るべき存在では無いのか。)

 

眺めるモニターの中で、カラフルに舞うその姿をマナブは、何の感慨も無く見つめていた。

そうしている内に、全てのテロリストの駆るArfを何なく「月読」いや、「天照」が倒した後、
マナブにも予想しない登場人物が現れる。

 

狼のArf「T−Wolf」の登場。

 

Justiceに於いても、その所属は分からなかった。

いや、分かっているにかも知れないが、
マナブにはヨハネやサライからは何の説明も無かった。

もっとも直接出会っていないマナブには、
その存在も大学のある街を破壊した紫のArf同様に、
いるらしいと言った程度に言われていたに過ぎない。

 

 

「あれが、『黒の爪』か・・・・驚いたな。」

マナブの言葉は存在を確かめて出たものではない。

L−seedのレーダーに一切映らないことに出たもの。

 

「申し訳ありません。マナブ様。
こちらでもL−seedが目視するまで、発見することが出来ませんでした。」
サライの言葉にマナブはあまり動揺は見せない。

「いや、あのKaizerionや黄金のArfもそうだったから、そんなArfがいることには驚いてないよ。」

(あれ・・・もう一機くらい、いた気がしたけど・・・・)
L−Virusが発症した時のことゆえに、マナブの記憶はかなり曖昧となっているが、
70−Coverもレーダーには映っていない。

だからこそ、L−seedは70−Coverのルサールカに貫かれた。

 

「あの姿にはちょっと驚くけど。」
サライに言葉で動揺していないことを伝えると、
狼の姿のArfをモニターで見て、率直な感想を漏らした。

 

「速いな。」

間近に見れば、考えられないような速さで動いているであろう狼のArffも、
遥か上空からの視点からでは、その動きがよく見れる。

 

「危ない!!」
マナブが小さく叫ぶ。

天照が狼のArfの攻撃をテロリストが乗っていたArfを盾にして受け止めるのが見える。

 

(容赦無いな。)

上空から見ていたマナブには、
その中にいたパイロットが既に脱出していたことなど分かるはずも無い。

まして、パイロットが脱出したことを確認した上で、
デュナミスとプリンが盾に使ったことを知ることはない。

 

狼のArfの体術はマナブが見る限り、
しなやかで強靭なバネを有しており、
その瞬発力はあのマナブを苦しめたDragonknightに匹敵するかそれ以上に思える。

 

「・・・・」
マナブの視線は予想外に現れた敵となりうる存在を捕らえて離さない。

そして、その瞳の前でより次元の違う事態が起きる。

狼のArfの攻撃が、
動きの止まった一機のArfに定まる。

 

マナブにしても、完全に決まったと思えた攻撃だったが、
その間を割るようにして乱入してきたArfの動きは、
この上空からの視点でも、捉えることが出来なかった。

 

そう、レイアルン=スプリードが駆るSusanowoの動きは。

 

 


 

 

「天照、全機、退却!!」
吹き飛ばされながら、レイアルンが叫ぶ。

 

SusanowoがKusinadaをそっと庇いながら、
地面に激突しようかという瞬間、
その二機の前に緑と赤が走る。

 

「ふぅ!」
「よっし!!」

デュナミスとプリンが、
レイアルンとカイをしっかりと受け止める。

「隊長!お怪我は?・・・・ありそうですわね。」
レイアルンを受け止めたデュナミスは、
Susanowoの半分に削り取られた頭とぽっかりと空いた右胸を見て言う。

 

(高いLINKでこれだけのダメージを受けたら、普通死んでるわ。)
デュナミスはモニターの中で、親指を立てて無事をアピールするレイアルンを見てため息をつく。

「隊長の緊張感の無さには、神話になりますわ。」

そう言った後、無慈悲にレイアルンの映るモニターのチャンネルを変える。

「ホウショウ、ありがとう。」
LINKを寸前でカットしたのであろうホウショウに向かって、
レイアルンの代わりに礼を言った。

「んん????なあに????」
デュナミスの代わりにホウショウが不思議そうな顔をする。

「なあにって・・」
訝しげに思ったデュナミスが口を開きかけるが、
その先の言葉はプリンのわざとらしい程大きな声に遮られる。

 

「カイ!重くないか?おまえ。」

「筋肉で出来たあなたと一緒にしないで欲しいわ。」

「何だと?!!」

未だArf同士は抱きしめあったままに、
二人の炎と氷の怒声が響く。

 

「ほれほれ!!退却だよ!!Arfの重さなんて、みんな大体一緒でしょうが!!」
アミがホウショウと手を繋いで一目散に逃げ出す。

レイアルンの登場で、天照に弛緩した雰囲気が流れてしまう。
かつての敵の前では通用したそれも、
今の敵の前では危険すぎる。

 

レイアルンはそうは思っていなかった。

大丈夫だと、自分がいるから。

 

けれども、そうは思えない真面目な人間がいる。

 

「行きなさい!!」
それと同時にフクウの鋭い一言が皆を動かす。

 

蒼いKusinadaが弾幕を張って殿を務める。

 

「フクウ!!よせ!!退却だ!!」
デュナミスに抱えられたままのレイアルンが命ずるが、
フクウはその手を止めない。

カイほどの腕が無くとも、
その射撃の技術にはそれなりの自信がある。

 

だが、夜が昼に這い出てきたような漆黒の狼にはそれは無謀。

当たっているのも当然あるが、それは致命傷になどなりはしない掠り傷。

通常では考えられないスピードで動く「狼」は、
アヌビスのように確実に死者を裁く為に近づく。

 

「フクウ!!フクウ!!!」
自分の名前を呼ぶ、レイアルンの声が耳に微かに届く。

 

月の美貌が歪む。

名前を呼ばれた嬉しさ?

カイに対する優越感?

 

月は太陽と一緒には輝けない。

 

 

 

 

無謀でも今、自分が弾幕を張らなければ、
天照の誰かが死んでしまうだろう。

ならば。

 

 

(別に、それが私でも良いわ。)

 

狼の鉤爪は蒼い赤頭巾の攻撃など物ともしない。

 

「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

 

再びあのどうしようもない攻撃欲を含んだ声がT−Wolfのコクピットに響く。

 

フクウはその動きを決して瞳を閉じずに見つめていた。

 

例えその鉤爪が自分の眼球を貫いたとしても。

 

 

**********

 

「間に合ったか・・・」

 

**********

 

「・・・・・全く・・・・・あいつらしい、か。」

 

**********

 

フクウは決して瞳を閉じなかった。

ゆえに、その視線の先を真紅のモノがふさいだ時も、
驚きはしたが動揺を見せることは無かった。

ただ、起きた事態を理解した心には、ただ一つの言葉だけ。

 

(なぜ?)

 

一瞬、レイアルンが再び戻ってきたのかと思いもしたが、
確認するまでも無く、自らそれは否定する。

悲しいことだけれども。

 

 

改めて、自分のArfよりも一回り大きい背中を見つめ、
その上の方に視線をずらすと、そこには。

 

「大丈夫か?」

と言わんばかりの雰囲気を湛えた、
真紅の背中。

フクウ自らが「真紅の風」と名づけたそれが、そこにはいた。

それを確かめて、改めてフクウは思う。

 

(なぜ?)

 

 


 

 

全てを上空で見ていたマナブは、
知らずに安堵していた。

 

天照の誰が駆っているかまでは分からないが、
間違いなく知っている人間が死に瀕していた。

そのことに、マナブは動揺していた。

 

他の人間がその事を知ったら、きっと罵るだろう。

(今まで、おまえはなにをしてきたのか!)

と。

 

だが、一度「兵器」として見た人間は「人間」では無く、
「兵器」であるとしてきたマナブ。

「自分にとって親しい人間が兵器」と言う事は、未だ経験をしていなかった。

Justiceのサライやヨハネも、その点は一応気をつけてはいたのだが、
積極的にそれを排除しようとはしていなかった。

つまり、いつか訪れることが、単に今ここで起きただけ。

 

マナブはそれを理解し、解答を用意していたつもりだった。

だが、現実を目の前にして、
その解答は合っているのかもしれないが、
納得するには辛過ぎる。

 

蒼いArfの前に、Kaizerionが立ちふさがったとき、
マナブはその事に安堵する。

「・・・・・全く・・・・・あいつらしい、か。」

マナブの呟きに、
サライはその表情を変えることは無かったが、
かわりにメルが少しだけ俯く。

 


 

「何やってんの、あんた!!」
サーシャがコクピットでワナワナと震えながら吼える。

 

アヌビス・ネイルと言う炎の鉤爪は、
確実に蒼いArfの頭部をくり貫き、引きちぎり、
正しいLINKでコクピットの中で惨劇を引き起こしていたはず。

 

それが、またも同じように胸で受け止める形で防がれる。
今度は貫くことも出来ず、
炎は激しく燃え上がり、シオンが燃える煌びやかな輝きの火柱を立てる。

L−seedの「デッド・オア・アライヴ」ですら、貫くことが出来なかった装甲。

 

「くぅ!!」
サーシャが自分の手に熱さを感じて、爪を仕舞う。
急激な温度上昇は右手のアヌビス・ネイルを一時不能にしてしまっていた。

チラリと右手に目をやると、
若干赤みがかって、徐々に痛みを感じるようになる。

「チ!」
舌打ちするとサーシャは、改めて自分の目の前に立つ者に向き直る。

 

真紅に夕闇の最後の光が輝く。

 

夕方を迎える前に始まったこの法王庁での舞台も、
登場人物の交代と共に、照明も換わろうとしていた。

 

**********

 

「フクウ!フクウ〜〜〜!!」
呼ばれて初めて、現実感が戻ってくる。

「ホウショウ。分かっているわ。」
放心から直ぐに復帰して、
フクウは答える。

背後を見せないように後ずさりしながら、
蒼いKusinadaと茶色のPowers改が距離を取る。

 

離れていけばいくほど、その巨大さと真紅の色が際立つ。

威風堂々としたArfの姿。

 

「これは・・・・・・」
フクウが知らずに口を開く。
その圧倒的存在感は、影を這いずり回るテロリストのArfで在りながら、
あまりにも陽光が似合う。

「ふわぁ。大きいねぇ。」
ホウショウの素直な言葉に、
フクウは頷く。

 

「風は、風でも・・・・大気そのもの・・・」
フクウの賛辞は中にいるプラスには届かなかったが、
後ろをチラリと振り返ったKaizerionの唯一とも言える黒い瞳が、
何故か嬉しそうな光に見えた。

 

 

 

「離脱距離確保。ホウショウ、行くわよ。」
「うん!!たいちょーがね。じじいとディアドラねーさんはだいじょーぶ、だって。」
モニターの向こうでホウショウが無邪気に言う。

「コラ!ホウショウ!!法王様とディアドラ様に向かってなんて言い方を!!」
フクウが叱ると、
ホウショウが一瞬でシュンとなる。

「ごめんなさい・・」

「いいわ。どうせ、隊長がそう呼んだんでしょう?」
「・・・・うん。」

 

「また、あの人は!!」
フクウが瞳を厳しくすると、
ホウショウは心の中で、レイアルンに謝った。

 

謝っても、許されないのは常にレイアルンだ。

 

 

**********

 

 

「ああ!逃げちゃう!!!」
サーシャが心底叫ぶ。

あと、ちょっとで、内臓をぶちまけるようにして解体できた筈の蒼いArfが遠ざかっていく。

 

目の前にあるKaizerionが行く手を阻む。

T−Wolfのスピードで抜こうとしたが、
その巨大さに似合わない速度で追いすがり、決して抜かせない。

「なにやってんの!!敵を庇うなんて!!」
サーシャが毒づく。

サーシャには他のWAの情報は伝えられていた。
黄金のDragonknightに、蒼の70−Cover、そして真紅の。

「Kaizerion!!何やっているの!!!!」

 

もう既に、獲物はKaizerionの遥か後方に移動し、
その距離は開く一方、T−Wolfでも捕らえるに一苦労、いや不可能に近い。

 

「ああああああああ!!!!もう!」
サーシャが拳を握り締めて辺りを殴る。

火傷して敏感になっていた拳に、鋭い痛みが走っても、
サーシャは殴るのを止めない。

 

欲求不満は収まらない。

 

 

**********

 

 

「何だ?何だって、こいつ、法王側のArfを倒そうとしているんだ?」
プラスは訝しげ思いながらも、
目の前にいるT−Wolfの行く手を阻んでいた。

 

プラスはかなり混乱していた。

 

 


 

EPM第9基地、通称「ヒュドラ」における戦場後。

 

L−seedと70−Coverとの僥倖と別れの後。

 

プラスはまた補給基地へと戻っていた。

T−Kaizerionの右腕に付いている「ガイア・グスタフ」の弾数は3発、
連続戦闘には向かない。

ましてや、L−seedとの豪快な戦闘を演じては、
機体に受けた損傷も激しい。

最もT−Kaizerionだから、修理出来る。

そこら辺のArfは、皆予備部品をつけることも出来ないほどに、
破壊されつくして、戦場で回収されてリサイクルに回されるのを待つのみ、なのだから。

 

 

補給地にKaizerionを格納して、そうそうにプラスは、空へ連絡する。

 

「あら・・・生きてましたの?良かったわ。」

全くそうは思っていない言葉で、プラスを歓迎したのはフレイヤ。
Kaizerionよりも派手な赤い装いで、絶対的な優位の立場を楽しんでいる。

 

「行ってきた。EPMの基地は壊滅させてきた。」
プラスの端的な報告に、フレイヤは満足げに頷くと、一言。

 

「ご苦労様。では。」

あっさり通信を切ろうとするフレイヤに慌てて、
プラスが呼び止める。

 

「おい!!待てよ!!」

「何かしら?今、とっても忙しいのよ。色々と。」

不機嫌そうに言うフレイヤに構わず、
プラスがユノの安否を尋ねる。

「ユノは無事なんだろうな?」

「無事・・・・・無事、ね・・・・・・・・・・」
フレイヤが少しだけ遠くを見つめる。

プラスを不安にさせる為にわざとしている仕草なのだが、
横目でプラスを見ると、
不安と言うよりも期待感が見えて、あまりフレイヤが望んだ形ではなかった。

「まあ、無事よ。」
フレイヤが言うと、単純にプラスは笑顔を浮かべる。

「そうか、ま、良かったぜ。」
そう言うと、今度はプラスがあっさりと通信を切ろうとする。
逆にフレイヤが慌てて、それを押しとどめる。

 

「ちょ、ちょっと。待ちなさい!!
あなた、声を聞かせてくださいとか、一目会いたいとか、無いわけ?」

フレイヤの言葉に、きょとんとするプラス。
その表情には、全くそんなことを期待していた素振りは無い。

(本当に・・・この男は、馬鹿なの?)
フレイヤらしからぬ、ありありと感情が分かる表情を浮かべる。

「何だ?会えるのか?」
期待を含んだプラスの言葉に、
フレイヤは、これまた彼女らしくない大きな声で答える。

「会えないわよ!!」

 

その言葉に一瞬期待した顔を曇らせるプラス。
その表情を見て、ようやくフレイヤは少しだけ満足し、自分を取り戻す。

 

「まあ。そのうち、愛しい恋人に会わせてあげても良いわ。」

プラスはその顔をフレイヤの服に負けないくらいに赤くすると、
食って掛かった。

「バ、バカヤロウ!!俺とユノはそんなんじゃねぇ!!
大体、俺はあいつの心配なんかしていねぇ!!
何せ、あの女なら、スパナで俺の頭を躊躇無く叩くわ、バカと言ってくるわ、最悪だ!!」

フレイヤは、ユノの言った言葉には、全面的に賛成だと思う。

 

「ユノはな、もし殺されそうになっても、
相手を殺し返すどころか、

Arfに塗りこめて一部にしちまうぐらいなことは平気でする女なんだ!!」

プラスの言葉に一瞬、フレイヤは驚いた表情を浮かべる。
それは動揺と言っても良いくらいに。

 

「ん?どうした?ユノの、恐ろしさに驚いたのか?」
プラスがあまりにフレイヤの雰囲気が変わったので、
不思議そうな顔をする。

「なんでもないわ。忙しいので、もう、失礼するわ。」

フレイヤはそうそうに会話を打ち切ると、今度は本当に通信を切ってしまった、
プラスが止める暇も与えずに。

 

「しっかり、働きなさい。」

素っ気の無い一言は忘れなかったが。

 

「なんだよ。変な奴だな。誤解するなよな。」
プラスはまだ、言い訳を並べ足りないようだ。

 

**********

 

「補給終わったぜ、あんちゃん!!」

「おう、ありがとう!!」

中年の整備士に向かって、ガッツポーズを取るプラス。

「そうだ、何かコクピットが鳴っていたぞ。」

「ん?そうなの?」

 

プラスがコクピットに潜り込むと、
そこには。

 

「法王庁が襲撃される可能性あり。至急、法王側に立って援護すること。」

 

月、衛星都市にとって、
穏健派の象徴であり、EPMの善意と言われる法王への期待は大きい。

それは当然、単純なプラスも同様だということ。

 

先ほどフレイヤからは何も言われなかったことを訝しげ気に思いながらも、
プラスはこの如何にも「護れ!」と言う正義の味方的なフレーズに痺れる。

おかしいと思う心は、一瞬のうちに消えて、
コクピットで気合を入れる。

「よおし!!!了解!!」

 

 

しかし、Kaizerionを駆り、法王庁に向かう最中、
コクピットに突然、指示の変更が届く。

 

 

「法王庁が襲撃される情報は誤報。直ぐに潜伏せよ。」

 

「潜伏」とは、再び指示があるまで隠れていろという意味。

 

フレイヤはプラスに会いたくなかったのだろうか?
それとも傍受を恐れてのことなのだろうか?

顔を見せることは無かった。

もし、見せていれば、
さすがのプラスも法王庁に行くことを諦めただろう。

 

「護れ」と言う言葉を一度、受けたプラスは例え誤報であったとしても、
その場に行き、それを確かめずにはいられなかった。

 

「俺たちの味方の法王さんを間近で見られるかも知れないしな。」
そんなとってつけたような理由で、
コクピットで言い訳しながら法王庁に向かう。

 

そこで、プラスは彼が望む場面に出会う。

 

 

「護れって言ったり、間違いって言ったり。

まったく気になるから来てみれば!!こんな状況かよ!!」

 

 

そう叫びながら、蒼と黒に割って入ったプラスの顔は、
本当に誇らしげに見える。

 


 

「このArfは、仲間じゃないのか?」
プラスは目の前のKaizerionや70−Cover、Dragonknightに通じる異形な形のArfの判断に困る。

スタイルは間違いなく味方のように思えるが、
今漂っている雰囲気は明らかに敵意だった。

「どうする・・・」

彼が護った法王側のArfたちは、
既に戦場の外へ消えている。

「おい!おまえはどっちなんだ?法王の命を狙っているのか?」
プラスらしいストレートな物言いで、目の前のT−Wolfに話しかける。

数秒間の静けさ。

「返事無しか。」
プラスの操作レバーを持つ手がギュッと握り締められる。

 

その言葉が聞こえたのだろうか?
T−Wolfが動き出す、明確な殺意を抱いて。

 

**********

 

「何をいまさら!当たり前じゃないの!!」
サーシャがプラスの言葉に毒づく。

「何やっていんのよ!!お姉ちゃん!!!」
コクピットの天井を仰ぎ見て、
サーシャはもう一人に毒づいた。

「なにやってんのよ!」
赤くなった右拳をペロリと舌で舐めると、
一瞬だけ回線を開いて、Kaizerionに言葉を叩きつける。

 

「これから、悪夢しか見ないわ。」

激昂は何処へ、静かな声がサーシャから漏れた。

 

**********

 

コクピットの中に、
雪のような冷たさと雨雲のような艶やかに濡れた声が響く。

声紋矯正がかかっているのだろう、
本来の声ではない幾分機械がかった声だが、
その声の主の感情を正しく表して、
強烈な悪意と敵意がプラスの耳に残る。

まさに「悪夢」を見せられたように、べっとりと。

 

(何だ?女?)

「くう!!!!」
プラスは声の後、直ぐに来た強烈な衝撃に呻く。

 

T−Wolfの動きは俊敏。

 

しなやかさを含んだ両脚が、
地面を蹴った時、既にそれはT−Wolfの攻撃の間合い。

プラスにも目には捉えることが出来たが、
Kaizerionに正しくそれを伝えることが出来ない。

MT-SとLINK-Sの絶対的な時間の差。

 

プラスの技巧を持ってすれば、
些細な差に思えるが、同じWAであるならば、
その差は全くの防御行動を取れない程、決定的な差になる。

地面を蹴った瞬間、
T−WolfはKaizerionの目の前に、
前のめりに飛び込むと両手をついて、
鞍馬の要領で両脚を揃えて、回転する力のまま、
Kaizerionの片足に体全体を使った回し蹴りを食らわせる。

 

スピードと回転力と全体重が乗った蹴りは、
いかに両機に体格差があろうとも、
Kaizerionを揺るがすのに十分。

何せ、この攻撃方法はかつてレルネの駆っていたONIにすら有効な一撃を生み出したのだから。

Kaizerionが勢いよく横転する姿を横目に見ながら、
体操選手のように綺麗に両脚から着地するT−Wolf。

 

「あ〜〜あ!!やなこと思い出しちゃったじゃない!!!」
コクピットでサーシャは思わず裸の右足を掴む。

かつて、この攻撃をした後、ONIによってT−Wolfの右足が圧し折られ、
サーシャ自身も、正しくLINKの負の恩恵により、激痛にさらされた。

 

「・・・・」
もう無い筈の痛みを思い出して、サーシャが唇を噛む。

コクピットのサーシャが右足をギュッと掴んだままでも、
外のT−Wolfは全く別の行動を取る。

おもむろに瘡蓋を剥がす様にして、
何枚かの「死の翼」を手に取ると、
無造作に後ろに放り投げる。

 

「食らうかよ!!」
プラスは仰向けに倒れたままで、
Kaizerionの体につけられている無数の砲台で、それを打ち落とす。

ゆっくりと振り返るとサーシャは冷めた瞳で真紅の巨像を見やる。

 

「撃ったら、飛び散るのよ。」
さらに何枚か、Kaizerionに向かって「死の翼」を投げつける。

投げつけるといっても、それは子供ボール遊びのように、山なりに放物線を大きく描いている。
当然そのいずれも、Kaizerionに届く前に打ち落とされる。

砕けた「死の翼」から熱ではない、何かが空中にまかれる。
それはどろりとした液体。

べちゃべちゃとKaizerionの体にそれはスコールのように降り注ぐ。

 

「何だ??」
プラスが訝しげに思いながら、
立ち上がると、そこには既に黒い狼の姿は無い。

爆風に紛れて退却したのだろう。

 

プラスが辺りを見回すと、
累々とした法王庁護衛のArfの残骸しか見当たらない。

 

「なんだってんだよ・・・」
プラスにしては力なく呟く。

先ほどのサーシャの言葉は、
ザラザラとした感覚をプラスの心に残していった。

心、そのものがヤスリで削られるような。

 

ビュ!!!

ポタポタとKaizerionの体から滴る液体を、
左手を振って飛ばす。

ベチャっと、転がっていたケルヴに掛かると湯気を立ち上らせた。

 

「ん?!」
プラスがモニターを見ると、
無数の光点が近づいてくる。

Powers十機と種類不明のArf一機。

 

来る方向にゆっくりとKaizerionが向く。
ギギギと音を立てながらゆっくりとしっかりと。

 

 

**********

 

法王庁近くの空。

 

「ああ!!もう!!!!!」
サーシャがコクピットの中で、また叫んだ。

結局、一機のArfも撃墜することが出来なかった。
フラストレーションで、彼女の体は爆発しそうになっている。

「あいつが来なきゃ!!Kaizerionを大義名分揃えて破壊できたのにぃ!!!!」

 

「死の翼」を投げつけて、
最早、サーシャの中で勝負は決していた。

だが、その一歩を踏み出そうとした瞬間、
モニターに現れた無数の光点。

「あれ?まだいたの?」
よく見れば、そこに示された文字は、「Φ」を示すもの。

一瞬、新たな獲物に出会えると言う、
歓喜の声を上げようとしたが、それは口から出ることは無かった。

「!!」
視線の端に認めた一つの光点。

最近追加された情報によって、
その光点は無数のArfから、特定する一つのArfとして示されていた。

 

隠忍

ONI

 

 

「ONI・・・・なに来てるんのよ!!!」
サーシャはもう一度、右手でコクピットの壁を殴る。

先ほどまで感じなかった痛みが感じれるようになり、
それがより一層彼女をイラつかせる。

だが、そこで暴走することが無いのは、
サーシャの見える粗暴さの裏にある知性を感じさせる。

前に出そうとした一歩を
後ろにやって、くるりと振り返ると、
都合の良い弾幕の中でT−Wolfは消えていった。

 

 

「Kaizerion、早く逃げないと動けなくなるよ。」
無造作にスィッチを入れて、忠告してやる。

 

その忠告で、「悪夢」がより深くなるように。

 

 



 

斥候との連絡を取りながら、
レルネは真っ直ぐ法王庁に向かっていた。

確信は無かったが、
何故かEPMがざわめいていた気がした。

ざわめきの元はルシターンの弟、
ケルベの動きがここ数日見られなかった。

内密に調べてみると、
数人の部下と共に何処かへ姿を消している。

折りしも、ルイータ=カルが地球に来訪する意志を表明し、
地球も月も衛星都市も様々な憶測と噂が飛び交っている。

この真実の情報が殆ど無い世界に、
もし間違って強い要素が入ってしまったならば、
その時点で一気に情勢がそちらに影響され流されてしまうだろう。

現実が真実を凌駕し、
戻ることの出来ない状況までになってしまう。

その強い要素を起こそうとする輩は、
どこにでもいる。

それこそ、地球にも、月にも、衛星都市にも。

 

レルネは、自分に出来る範囲に於いて、
その万が一の要素を取り除こうと動いていた。

彼が出来る範囲で護るべき二人。
ルシターン総帥と法王。

ルシターンに対しては、
現在Φの本部におり、そこに彼に心酔し忠誠を持った兵士たちがいる。

だが、法王の下には、自分の後輩であるレイアルン=スプリードはいるが、
彼らは恐らく表立って戦うことは難しい。
レルネには彼らの内実は伝わっており、
影ながらの協力は惜しんではいなかった。

 

それに、法王の下には、
公的な立場で最優先されない、しかし重要な人物がいた。

 

ディアドラ。

親友の想い人。

 

 

**********

 

「法王庁との連絡、回復しません!」

「やはり、何かあるな。」

「法王庁に於いて、戦闘が行われいる反応があります!!!」

「肉眼で確認できる距離まで、あと3000。」

 

そして、数秒がとても長く感じられる。

 

 

「ルインズニ佐、コードネーム『真紅の風』の存在を確認しました。」
掠れた声で部下が報告する。

「分かった。スピードを上げる。」
レルネは体に掛かる重みを強く感じながら、唇を引き締める。

 

「一機です。一機に法王庁のケルヴが全滅しています。」
肉眼で確認できる距離までレルネも近づく。

モニターには決して映らない、その存在。

ONIの瞳から見る光景は、Arfが燃えた煙の中で、
揺らめきながらも仁王立ちする真紅の存在。

 

(彼らは空からの者では無いのか?)

レルネの脳裏に掠める疑問。

空に対する穏健派である法王の存在は、
利用することはあっても、排除の対象にはならない。

 

「結局テロリストなのか・・・・」
全てを戦乱の渦に巻き込みたい者たちはどこにでもいる。

大体にして、Φの産みの親であるEPM自身がそうなのだから。

 

レルネが脳裏から、
微かな迷いを拭い去ると、直ぐに指示をする。

 

「全機、戦闘態勢。敵は『真紅の風』。」
レルネはLINKに集中し、外の風すら皮膚に感じる。

コンディションは最高。

迷いは無い。

 

「行くぞ。お前たちは援護と法王の捜索保護、そして法王庁の人間の救出。」

「「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」」

「間違えるな。法王と法王庁の人間が最優先だ。」
目の前に迫る「真紅の風」を見ての命令に、
部下たちから若干の動揺を感じ取る。

「忘れるな。捜索、保護、救出。」
再度、レルネは命令を出す。

その言葉には何の、動揺も見られない。
部下たちの動揺も、直ぐに収まった。

レルネの持つ人徳と強さ。

 

それは、かつてL−seedすら、傷つけたのだから。

 

 

「ONI、戦闘準備。十拳剣ロック解除。」
ONIの内臓火器発射口に差し込まれたビームサーベルの柄が競り上がってくる。

ONIが持つのに相応しく、普通のArfが持つそれよりも一回り大きく、
それはまるで金棒のように見える。

三十本ある内の二本、
両肩の柄を両腕をクロスさせて引き抜く。

微かだが、
体にあった重さが軽くなるのを感じる。

 

「行くぞ。」
レルネの声に凄みが篭る。

 


 

「十一機か。何とかなるか。」
プラスがレバーを動かして、Kaizerionを敵が来る方向に向けようとする。

「ん?」
違和感にようやく気づく。

Kaizerionの動きが若干遅い。
普通の人間ならば、気にも留めないほどのことではあったが、
プラスの感覚が違和感を捕らえる。

 

「いつの間にか、ダメージを負っていたのか?」
プラスが直ぐに確認をする。
LINKに頼らないプラスにとって、
ダメージの完全な把握はコンピュータに頼らなければならない。

 

「何も無い・・・おかしいな。」
コンピュータが目立ったダメージは無いと知らせてくる。

モニターには光点がKaizerionの射程に入ったことを知らせている。

 

「何か、やばい感じがするな。」
プラスはコンピュータの結果に安心することは無かった。
格闘家でもある彼は、機械よりも自分の感覚を信じる。

 

「早めに行くぜ!!!ガイア・グスタフゥ!!!!」

右腕に付けられた長大な砲身が真っ直ぐに敵に向けられる。

ズギュゥーーーーーーーーーーン!

轟音を立てて、砲身から放たれた光弾が地面を削りながら進む。

 

「ガイア・グスタフ」の射程距離は、
あのレルネをもってしても、予測の範囲を超えている。

その威力はレルネの駆るONI以外では生き残ることは不可能。
ONIにしても致命傷に近いダメージを負うことになるだろう。

 

当たれば。

 

光弾はレルネたちの足元を削り取って、
その爆風によって何機かのPowersを吹き飛ばしはしたものの、
一機にも直撃することは無かった。

 

「あれ?」
プラスは減らない光点に疑問の声を出す。

 

悪夢の始まり。

 

**********

 

自分たちの後方で、盛大な爆発が起きているのを背中に感じる。

ビリビリと大気が震えている。

 

「危なかった・・・みんな、無事か?」
「ぜ、全員、無事です。吹き飛ばされた者も、戦闘継続に問題ない程度の損傷で。」
「分かった。あのビームガンの射程距離を甘く見ていた・・・すまない。」
「とんでもありません。ルインズ二佐の指示が無ければ、何機かは直撃していました。」
「私の事は、ルインズで良い。」

最後のレルネの言葉に部下は何事かを言っていたが、
彼の耳には聞こえてはいなかった。

 

(凄まじい射程距離と威力。
命令を出していても、もしもう少し上方に撃ち込まれていれば・・・・かわすことは出来なかった・・・)

 

「楽な戦いになるとは思ってはいなかったが・・・・」
脳裏を掠める死の危険の濃厚さ。

戦場を渡り歩くレルネだから、
感じる生と死が混在する気配。

 

 

「L−seed・・・・おまえとこのONIで闘えるか、試させてもらう。」
それはレルネには珍しいギャンブル。

自分の命を賭けるギャンブル。

 


 

 

サーシャは法王庁から離れながら、
コクピットで自分のタイミングの悪さを呪う。

「結局、任務失敗じゃない!!あのバカのせいだ!!!」
サーシャの脳裏に、Kaizerionが現れ、次にONIが現れる。

どちらも、サーシャを不機嫌にさせる特徴しか持ち合わせていない。

 

「どうして、ああ言うパワータイプが近づいてくるのよ?!」
T−Wolfはスピードに特化したArfに見えるが、
実際はそうではない。

サーシャの技術によって、
その軽い機体がしなやかに、そして非力さを補う全身を使う攻撃によってそう見えるだけで、
本来のT−Wolfは奇襲攻撃、一撃離脱型のArfであり、
決して戦場の先頭に立つようなArfでは無い。

T−Wolfの装備を見ても分かるように、
入念に練った作戦によって、敵を一網打尽にすることは可能でも、
ある一定のレベルのArf乗りを相手に乱戦に飛び込むことに向いてはいない。

サーシャも実際はそのことは分かっている。

だが、分かっているからこそ、
自らの戦闘意欲を直接的な戦闘で晴らすことが出来ないことにより強い不満を感じる。

 

そして、最も彼女を不愉快にさせるのが、
このT−Wolfと言うArfが、とても彼女にとって扱いやすく、
そして自分もそれを気に入っていると言うことである。

 

実際、「死の翼」は使い勝手が良い。
先ほど、Kaizerionに向けて使ったことを、
改めて思い出して、そこでようやく、サーシャが口元に笑みを浮かべた。

 

「特製強酸の『死の翼』はどうだったかな。ん〜〜。」
最後は鼻唄のような意味の無い喜び。

「あたしの邪魔するからよ。」

 

「んあ?!」
サーシャが喜びとは違う声を上げる。

 

モニターには映らない、
ArfがT−Wolfの目の前に現れている。

LINKの瞳で確認するサーシャ。

 

 

「・・・・・・・あんたもかい。全く・・・・」
サーシャの顔に、先ほどまでの笑顔は無い。

パワータイプは苦手だが、
彼女が本当に苦手とするのは、実はスピードタイプ。

 

非力なT−Wolfをサーシャが補っていた速度と言う武器が、
全く通用しない相手だから。

 

 

T−Wolfの眼前に、細長い槍を持ち、バランスの取れた美しい姿で佇むArf。

既に夜の闇に入り込んだ世界に於いても、
微かな明かりにさえ、賛辞することを強いる。
その装甲色。

 

サーシャは黒いT−Wolfを駆っている自分を、
ほんの一瞬だけ恥ずかしいと感じてしまう。

 

一瞬の後、
その羞恥はサーシャに黒い怒りをもたらした。

 

おもむろに通信のスィッチを入れるサーシャ。

妖艶な魅力を含む声。

 

「あんたにも見せてあげる。」

 

「悪夢を。」

 

 

 

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次回予告

真紅の皇帝と鬼の戦い

傷ついた皇帝の切り札もまた真紅の印


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
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