「交錯する光、心にも似て」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第三十九話    「天照」

 

 

 

「マナブ様?!どうかしましたか?」
「司令室」に入るとすぐに、黒髪の中で銀が揺れて現れる。

振り返ったサライの奥に、相変わらず机の向こうで本を読むヴァスの姿。
マナブが訪れてもなお、その視線は本から離れない。

「聞きたいことがあるんだ。」
話しかけてきたサライを見ずに、ヴァスを見つめて言う。

「どうした。」
それは疑問形でもなく、本を読んでいるかのような声。
ひるみそうになる自分を叱咤して、口を開く。

「第6EPM基地の襲撃の最中に、『月読』と言う部隊の人間に会ったんだ。
彼らが無事なのか知りたい。」

マナブの問い掛けに、ヴァスは何の素振りも見せない。
そこには「予想していた問い」だとか、「動揺を隠す」などの感情の揺れは一切感じられない。

マナブの言葉は壁にまっすぐぶつかって、跳ねることなく落ちた。

自分に敢えて「月読」のいる基地を襲撃させたのか??違うのか??

必ずある筈の気持ちを見通すことが出来ない自分に、
苛立ったマナブが再び口を開きかけたとき。

「法王庁に入る『月読』が確認されています。」
相変わらず静かにサライは言う。
感情の揺れを全く感じさせずに。

マナブはその言葉を聞いたとき、
自分の予想以上に自分が驚き、動揺していることに気づいた。

「全員、無事なのか?」

その安否が確かめれらたことは彼の望みで、
全員の生存が分かったことは望み以上のことではあった。

「はい。隊長レイアルン=スプリードを始め、全員の生存は確認できています。」
サライは不思議とマナブの望んでいたはずの答えを言っているのにも関わらず、

それは、続けて「無事」とセットで贈られた言葉は、
無慈悲なまでに「死」を感じさせるもの。

 

「ただ、今から数時間後に法王庁が襲撃されます。」
「何だって?!」

「現法王ヨナ18世の暗殺が目的です。」
相変わらずマナブの予想の範疇外のことを、事も無げに語るサライ。

 

「彼らが基地に入る前より、作戦は決定していた。当然、彼らが基地に入ったことも確認していた。

だが、それは作戦を先延ばしにする理由にはならない。」
本から目を離さずマナブの方を見ることも無い。

「どうして!!どうしてそうなるんだよ!!彼女たちは、『月読』は、兵器じゃない!!
兵器じゃない人は巻き込まないはずだろ!!」
彼らJusticeの行為が「戦闘」に頼るものである限り、
それは詭弁とも夢想とも取れる言葉だが、
Justiceは戦闘において、非武装の人間が巻き込まれるのを極力避けてきていた。

だからこそ、マナブも父親の命に一応従って、ここまで戦ってきた。

その先に、「戦い」の無い世界がある筈だと、本当にそれを創れるのだと。

 

 

そして、それがある。

 

Justiceには、

それが「夢」だと笑われることが無いだけの、

「意志」と、そして「知恵」と「力」が。

 

「兵器ではない?『月読』がですか?」
サライが少し驚きの声を上げる、
その表情はさほど揺れてはいないが。

マナブはその言葉を訝しげに思い口を開くが、
それが音を発するより先にヴァスの言葉が場を支配する。

 

「行って見ることだ。」

「行って」が「言って」なのか、マナブは少しだけ悩んだが、
例えそうだとしても、それ以上悩む暇は無かった。

「分かったよ、行って見る。良いんだね。」
最後は疑問ではなく、答えは必要としていない。
だから、マナブは踵を返して走り出した。

その姿を見ようともせず、ヴァスは本から目を離すことはとうとう無かった。

 

「・・・・」

サライはマナブが去って行った方を見たまま、部屋の中の美しい彫像が如く、静かに佇む。
彼女はマナブが来る前よりも、ずっと部屋が静かなのに気づいていた。

そう、

ヴァスのページを捲る音が無かった。

 

ページが捲る音がするまで、サライは動こうとしなかった。

 

ページを捲り始めたら、マナブが来る前にしていた報告を続けよう。

 

サライは、そう思う。

 

(マナブ様も、まだ知らないようね。)

サライはマナブが消えたドアを見つめたまま、
少しだけ寂しそうに笑っている自分に気づいた。

 

 

**********

 

廊下を走るマナブ。
まっすぐ格納庫に向かって行く。

 

「マナブ!!」

その声に悪いことを見つかったように、ぎくりと背中を強張らせる。

振り返るとそこには部屋にいる筈のフィーアが立っていた。

 

「フィーア・・・・」
マナブは恐る恐る名前を呼ぶ。

それは、いつものフィーアらしくない声で呼び止められたから。

心配そうなのはもちろんなのだが、
何故か縋る様な傷ついた感じに聞こえた。

「すまない。ちょっと、行かなきゃならなくなった。」
嘘は言っていないと思ったけれども、
罪悪感が何故かあった。

 

「帰ってきたばかりなのに?もう行くの?」
とても寂しい声で尋ねる。

 

「・・・・・・・」
フィーアの声に押されたのか、マナブは何も言えないでいる。

 

「ねえ、マナブ。今日は戦わないよね?帰ってくるよね?」
フィーアらしい言葉だが、それはフィーアらしくなかった。

フィーアは決してマナブを困らせるようなことは言わない。

なのに、明らかに格納庫に向かい、L−seedで出撃するマナブに「戦わないよね?」と尋ねた。
出撃したL−seedが戦わないなど、およそ考えられないのに。

 

疑問形ではあったが、それはフィーアがマナブに無理にでも「戦う」ことを拒否させようとしていたことに他ならない。

 

「どうかしたのか?フィーア。」
マナブはいつもと様子が違うフィーアに気づく。

 

だが、それよりも先に自分がしていたことがマナブを苦しめてしまうことにフィーアは、
ハッとして慌てて笑顔を見せる。

 

「あ、ごめんなさい。マナブ。」
そして、取って付けたように。

「ううん、いってらっしゃい、マナブ。」
そう言った。

 

「フィーア??」
ますます疑わしそうなマナブに、
フィーアらしくない、ぎこちない笑顔を見せ続けるが、
マナブの目をしばらく見つめてから、
諦めたのだろう、はーっと息を吐いた。

 

「フィーアね・・・・あの・・・あのね・・・・マナブに話があったんだ。」
少しだけ視線を下にしながら、フィーアは言う。

「ん?何だ?」
マナブの軽い感じの促しに、ちょっとだけ口を尖らせるフィーア。

 

「そんな・・・そんな軽く言われても・・・・もっと・・・ちゃんとしたところで、さあ。」
フィーアが何故か頬を薔薇色に染めながら呟く。

(ちゃんとしたところって?何処だよ。)
そうは思いながらも、マナブはフィーアに折衷案を出す。

何せ、マナブにも時間はあまり無い。

こうしている間にも、世界に大変なことが起こりつつある。

 

「わかった、フィーア。今から行くところでは戦わない。今日は確かめてくるだけだ。」

今度はマナブの言葉にフィーアがきょとんとするが、
折角マナブから、一応、自分の望みに叶う提案がされたのだから、
それ以上深く聞くことはしない。

「本当?!」
フィーアは先ほどとは違った、本当に明るい笑顔を浮かべる。

その笑顔を浮かべさせたことにマナブは満足感を感じながら、重ねて言った。

 

「ああ、今日は戦わない。」

そう言うマナブは、

もっと満足することになる。

 

 

 

「ありがとう、マナブ。

帰ったら、お話ししようね。」

 

フィーアの笑顔は、とても優しい。


 

法王庁 裏手門

 

太陽が高く空にあるのに、そこだけがポッカリと光が射さない。

影よりも濃い、闇の装いの者たち。

肌の露出は、ほとんどなく、一見しただけでは性別すらも分からない姿。

顔にはガスマスクがつけられており、
その瞳に伺えるものは何も無い。

「電源切断確認。復旧には30分必要です。」
「警備Arfの制圧確認。既に半数がCHANCE・LINK突破してます。」

部下の言葉に、隊長と思しき者が頷くと、
視線を門の奥を伺っていた別の部下に向ける。

「動きはあるか?」
声は男の物。

「人は確認できません。」
神の城を攻めようとする彼らに畏れは無いのか?
その言葉に震えも、緊張すら感じられない。

法王の祈りを永遠に止めようとする彼らに、
それを求める方が無理だろう。

 

「表向きの法王庁と違って、こちらには神父もほとんどいないからな。」
部下の言葉に満足すると男は言葉を漏らした。

 

ここは対外的なヴァチカンの法王庁で無く、
その存在すら隠されている、法王が住む法王庁である。

キリスト教総本山という信仰の中心的な立場だけではなく、
EPMの外交顧問と言う政治的立場を有する法王には、
彼がいくら望もうと、信者と、その姿を装ったテロリストとごちゃ混ぜに存在する場所に住むことは出来なかった。

法王が住むこの「真の法王庁」を知る者は、
枢機卿であっても少数であり、公にされぬよう隠されてきた。

だが、それはあくまでもEPMに対する敵意からの予防である。

 

その味方である筈の法王を守るべき者たちが、
その刃を守るべきもに向けようとしたとき、

それは回りに知られぬ故に、最悪の状況を生み出す。

 

そう、

あのゴート=フィックにとって、

とても好都合なことに。

 

「中には『月読』とか言う、法王の娼婦どもがいるが、見つけ次第殺せ・・・・」
そこまで言って、男は考えて言い直す。

「いや、抵抗できない状態にして、俺のところに連れて来い。
折角だ天国に行く前に、地獄を見せてやろう。」
ガスマスクの中で誰にも見られずに唇をいやらしく歪ませた。

だが、周りの部下はその悪魔の微笑が言葉だけで見えていた。

 

ひとしきり堪え切れない笑い声をあげると、
隊長の男はガスマスクの中に、何かを入れると、
部下たちを見回して命じる。

 

 

「スタートだ。20分で作戦を終了させる。ディアドラは確保、
爺さんは速やかに殺せ。」

太陽から隠れるように、闇が門の奥へ移動していく、とても静かに。

 


 

(シャトが先の会議の後に言っておったのはこの事か・・・・まったく、周りくどい言い方をしおって。)
そうは思っていても、ヨナにはあれがルシターンが出来る最大の忠告であったことは分かる。
如何なる方法で手に入れたかは分からないが、
ルシターンにしても日付の特定ややり方までは分からず、恐らくは噂程度にしか掴んではいなかったのだろう。

もしも確実な情報を掴んでいたならば、
あのルシターンの事、ヨナには知らせず、この暗殺作戦自体を消し去っていただろう。

 

娘の心を知るヨナには、多少苦々しい思いはあるが、
ルシターンの能力は高く評価出来る。

 

「ルシターンの前に私だったか・・・・・全く耄碌したの。いや、これも神の思し召しか。」
自嘲気味に言うヨナの顔は、言葉とは裏腹に何処か楽しそうにも見える。

だが、幾分青ざめた表情を浮かべながらも、
気丈に部屋の外を伺うディアドラを見て、口元を強く引き締める。

「ディアドラ。招かれざる来訪者のようだ。」
ヨナの言葉にディアドラは振り返り軽く頷く。

未だ復旧しない電気と通信がその証拠。

 

ヨナは部屋の中央に掲げられた絵画を指差す。

「奴らの第一目標は私だろう。お前はそこの通路から脱出を試みなさい。」

「お父様!!」
なんてことを言うのかと、ディアドラは声を上げる。
それはあなたの方だろうと。

だが、それを制してヨナは命じる。

「よいか、ディアドラ。

私は主の思し召しで法王となった。

おまえも少しは知っているだろうが、
おまえが知る以上に私の両手は、いや全身は血と憎悪と涙で汚れている。」

ヨナの言葉にディアドラは色の違う瞳をまっすぐ向ける。

 

「だが、そんな汚れた者を主は未だ生かしている。我がために働けと言ってくださっている。
これは私が生きていることが、主の御心に叶っているからだ。

私はずっとそう信じている。

全能の神である主が、間違いなど起こす筈も無い。
私がすることを止めるのも、止めないのも、総て主のお考えなのだ。

今からこの部屋のドアを開ける者たちが、
私の体に銃弾を撃ち込んでも、また私が彼らの体に銃弾を撃ち込んでも、

すべてな。」

それは礼拝で行われる説教のように優しい、
なのに熱い思いが感じられる言葉だった。

「お父様・・・」

「ディアドラ。おまえはまだここまでの信仰は持ってはいまい。
だから、生きる努力をしなさい。」
何処か詭弁な論法だったが、
それはディアドラを動かすためのヨナの思い。

それを感じたからこそ、ディアドラはヨナの傍に寄り、片足をついて祈る。
それはかつて行われた洗礼式のよう。

ディアドラの頭にヨナの大きな手が置かれた。

 

短い祈りが終わると、ディアドラはヨナの瞳を見つめて言った。

「主のご加護を。」

 

ディアドラの瞳の色に、ヨナは息子を思い出す。

ヨナはディアドラの言葉に小さく頷くと、
持っていた古ぼけた聖書を開く。

そこには一丁の拳銃。

豪奢な装飾が施された法王の銃ではない、
戦場を硝煙と炎で渡り歩いてきた黒一色の鉄。

 

ヨナの耳には既に足音が聞こえていた。

 

「急げ、ディアドラ。」
予想よりもかなり早い展開に、ヨナはディアドラを促す。

 

だが、

足音はまだ遠くのはずなのに、扉が開いた。

ディアドラが絵画に辿り着く前に。

 

 

銃口を人影に向けるヨナ。
だが、その指は何かを感じて引き金を引けない。

 

「祈りでは救われない。」

 

神父らしからぬ言葉が、
ヨナの手を下げさせた。

ディアドラの振り返った顔が、
恐怖にではなく、驚きに包まれている。

 


 

「潜入部隊が入ったか・・・・・しかし、EPMの外交顧問の屋敷がここまで無防備とはね。」
慣れないArfの中で女兵士は呟く。

既に味方が何の抵抗もなく、法王庁の護衛Arfを乗っ取っている。
そこら辺の草むらには、急所にナイフが刺さった本来のArfの持ち主たちがごろごろと転がっている。

彼らのようなEPMにおける暗殺を任務とする部隊にとっては、
閑職に追いやられ、怠惰な生活を送る兵士など敵として認識すらしていない。

「番犬の方が幾分マシだわ。」
CHANCE・LINKを突破した状態で待機したままで思う。

このArfにしろ、本来の持ち主には過ぎた物だったのだろう、
クセも何も無く、卸したてのArfのようにLINKすることが出来た。

 

 

かつて「アムネジア・セヴン・ディズ(空白の七日間)」後、
急速にテロ国家と化したアメリカがカナダに侵攻した際、
アメリカを現在の国土、
つまりメキシコと同じぐらいの面積にまで減少させるほどの大勝利をカナダにもたらした部隊があった。

 

「ニブルヘル」
北欧神話の死の国の女王が住まう国の名。

それがその部隊の名前。

 

 

現在も存在する「ニブルヘル」において、
訓練を積んだEPM兵士たちで構成された暗殺部隊。

生存率78%の過酷な訓練を積んだ兵士で構成された部隊を、

「ニブルヘイム」と呼んだ。

北欧神話における霧の国の名を冠するEPMの暗殺部隊。

 

「!?」
突如胸に湧き上がる違和感。
かつての過酷な訓練の時に教えられた言葉に従って、彼女は周辺を探る。

 

『自分の感覚、五感を超えた部分で感じて、それを信じて従いなさい。』

 

 

護衛のArfは全て制圧し、中の人間が救助を求める素振りも無かった。

だが、

そこにそれらは現れた。

 

まるで花道のようにして大きく開かれた地下の扉から、

とてもカラフルな五色のArfが。

レーダーにも浮かび上がる五つの光点。

盛大な煙幕と共に、それは現れた。

 

「馬鹿にしているの!!」
ビームガンを構えた彼女は、「違和感」の正体を知ったのに、
なお無くならない「違和感」を不思議に思ったが、
目の前の現実がそれを忘れさせた。

確かにベースは新機体「Powers」のように見えるが、
模擬戦用Arfよりも劣る兵装と、とても狙いがつけ易い色。

それは月読のArf「Powers改」に違いなかった。

「泣く泣く出てきたのね・・・可哀想に、踊り子さんたち。」
コクピットでせせら笑う女兵士。

 

そんな彼女を笑いもせず、見下ろしている者がいることなど気づかずに。

 

 


 

幻を掴もうとするかのように、恐る恐る出した手の先で、
男の首元にかかる物が幽かに光ったような気がしする。

 

「シオン?シオンなの?!」

ディアドラがロザリオを見つめながら、
ほぼ確信を込めて尋ねるが、
それに答えることも無く、

神父の男、セインは銃口で絵画を指し示した。

 

「そこから逃げろ。法王、あなたもだ。」
いつもよりも感情が感じられない口調だったが、
それは逆に感情を抑えすぎているからでは無いだろうか?

 

セインの明確な答えは無かったが、
ディアドラは確信できた。

 

何故なら、ディアドラが逃げようとしていた絵画の裏の通路は、
三人しか知らないから。

あのレイアルン=スプリードすら、知らない場所。

 

法王ヨナ18世とその娘ディアドラ、そして・・・・・

「私の弟・・・・帰ってきてくれたのね。」

 

「・・・・・人違いだろう。」
セインは今から長い祈りを捧げようとする姉に向かって言い放った。

「シオン。」

「シオンよ。」
ディアドラの声を制して、ヨナは自分の息子の名を呼んだ。
そこで、あまりに久しぶりに彼の名を呼んだことに、改めて気づく。
それと同時に、どれだけ時間が経ってしまったのかも。

 

「何年になる?」
ヨナの言葉は、セインに届く前に、激しい銃声で遮られた。

 

「・・・・・逃げろ。すぐに来る。」
セインの言葉にヨナとディアドラは瞳に悲しみを浮かべる。

開いたままのドアから、一人男が入ってくる。

チャッ

銃口を向ける手が止まる。

 

「レイアルン。」
ヨナがセインの代わりに呼ぶ。

「急いで!!結構大勢さんだ!!」
どこかその物言いが可笑しくて、
ヨナとディアドラは逆に安心する。

 

「早く!」
レイアルンの声に、二人はようやく絵画の方へ歩き出す。

ヨナにしても、ここで残ることをセインとレイアルンが許すことも無いだろうと悟り、
大人しくディアドラの手を取って歩いていく。

 

「シオン!」
ディアドラが振り返って呼んだ。

セインはドアの方を向いて銃を構えたまま動かない。
そこにいるのは弟を思うあまりに見せた、幻想かと思わせるほどに。

 

そして、ヨナもまた振り返り口を開く。

「シオン。ありがとう。死ぬんじゃないぞ。」

そこで初めて、セインに心が戻ってきたようだった。
くるりと振り返ると、サングラスを外す。

そこに現れたのは、ディアドラと同じ瞳。

「祈りに何の意味があるんだ?」

 

セインの中にある物が、一瞬だけ氷の刃となってヨナに突き刺さる。

「シオ・・」
何事か言おうと口を開くが、その後に続く言葉が無い。
レイアルンもまた、予想する以上に冷たいセインの態度に、
言葉を失っている。

だが、ただ一人だけ、
なおもセインの心に触れようとする者がいる。

「シオン。

祈りは心の言葉。

人はそれを自ら聞くことで改めて自分を知るのよ。」

 

「・・・・」
セインとディアドラの瞳が真っ直ぐ色違いに交わった。

真っ直ぐな姉の言葉に、セインは少しだけ口元に微笑を浮かべる。

それはディアドラにも微笑を浮かばせることになる。

 

ただ、姉弟の時間を取り戻すには、
この場所はあまりに慌ただしく、それに騒々しかった。

 

「客が来るよ。シオン。」
かつての名前を呼ぶレイアルン。

「セインだ。」
一言、レイアルンを見もせずに言うと、改めて逃げるべき二人に口を開く。

「早く逃げることだ。」
セインの言葉にヨナとディアドラは深く頷くと絵画の奥へと消えた。

絵画に隠された回廊を進むとき、
二人は固く口を閉ざして何も言わない。

 

再会した弟、息子は、あまりにも変わっていて、
彼らの中の思い出が偽物なのでは無いかと思ってしまうほど。

そして、今の再会が、おそらく別れの時であったことを二人は気づいていた。

 

**********

 

「さて、どうしようかな?」
答えが帰ってくるとは思えなかったが、レイアルンはセインに尋ねる。

空気が震えて、一般人には分からない戦場の雰囲気が濃くなっていく。

答えは無く、ただ銃声が響く。
セインが廊下の向こう側に弾丸を放っていた。

それは正確に防弾スーツの継ぎ目を狙い、撃たれた者を絶命させる。
高性能のスーツを着ている過信があったのだろうか?

あまりにも呆気なく先頭の兵士は倒れた。

 

「セイン。君の消息はどんなに探しても見つからなかった。ビッグクロウを最後に。」
二丁の拳銃を手に取りながら、レイアルンは言う。
セインは「ビッグクロウ」の名に、微かに瞳を揺らす。

「反EPM反Φのビッグクロウにいた君だ。今もそれ系の所にいるんだろう?」

話しながら、手だけを扉から出して弾丸を放つ。
それはセイン同様、確実に相手を倒していく。
その後、相手から帰ってくる弾丸の波を意にも介さずに話を続ける。

「組織が強硬派であれば、法王もろともEPM、Φを破壊しようとする。
穏健派であれば、法王は対象にはならない。

最初の代表が『ノア』、後が今話題の『モーント』だ。」

二人のあまりに確実な狙撃に「ニブルヘイム」の者たちは驚いたのか、銃撃が止む。

 

少しの間の静寂に、セインもレイアルンも扉から部屋の奥へ飛びのく。
瞬間、光が溢れて扉を粉々に吹き飛ばす。

彼らの余裕は何なのだろうか?

セインは飛びながらも、サングラスを掛けなおし、
レイアルンは転がりながら、まだセインに話しかけている。

 

 

「さっき命令が変わったって言ったね?

セイン。君のいる場所は、何処なんだ?」

 

その言葉に思わず口を開きかけたセイン。

 

だが、その開いた口から言葉は漏れない。

 

少なくとも答えは出ない。

 

 

「尋問ならもっと上手くやることだ。」
セインがレイアルンに聞こえるギリギリの声で言った、いや呟いた。

扉だった穴から次々現れる黒い影に、
銃弾を叩き込みながら、二人は互いに回廊がある絵画の下へと近寄っていく。

何処に仕舞っているだろう、セインは神父服のあらゆる場所からマガジンを取り出して、補充していく。
対して、レイアルンは拳銃を二丁持ちながらも、その弾丸はなくなりつつあった。

 

二人は気づいていた。

相手がただの暗殺者では無いことを。

 

「ニブルヘイム」の者たちは、確実に一撃で倒されているのだが、
しばらく経つと、眠りからさめたように立ち上がる。

 

「そうか・・・これが「ニブルヘイム」か。さすが・・・EPMの暗殺部隊だ。」
レイアルンもようやく敵の正体に気づく。
もっとも、法王庁の電源を落とせるほどの組織は、EPMと言う身内ぐらいしかいないのだが。

「法王を護れ。これがEPMならばおまえが顔を見られるのも不味い。」
セインの口調はあくまでも冷たかった。

「シオン。」

「セインだ。勘違うな、俺に出された命令は法王を護ることだ。
それに、ここが俺一人で十分な理由がある。」

レイアルンの顔を見ることなく、セインはマガジンを引き抜いて補充する。
マガジンの中に見える弾丸は先ほどまでの黄土色に鈍く光る物ではなく、銀色に輝いてレイアルンの目を瞬かせる。

(さっきと違う?)

ここを制する力がセインにはあると言っているのだ。

 

セインの言葉に、レイアルンはそれ以上何かを問うことを止める。
ただ、一言、この場を任せるお礼代わりなのだったのかも知れない。

レイアルンはセインに対して、別れの言葉でもお礼でも無く。

 

「次はルシターンだ。」

そう言った。

セインは回廊に入り込もうとするレイアルンを振り返りもせずに、ただ言った。

 

「次、護る命令は決して出ない。」

 

レイアルンは、聞きたくなかったが、聞こえてしまった。

セインが、聞こえるように言ったのだから。

 

 


 

法王庁の外、ちょうどヨナとディアドラがセインとレイアルンに促されて回廊に入った頃。

 

 

慰問部隊「月読」のArf。

目の前にあるカラフルなPowers改。

どこか気取った法王庁の護衛Arfとは違い、どこかチープなイメージでより弱さを感じさせる。
なのに、

「なかなか粘るわね。」
コクピットの中で意外そうに女性兵士は呟く。

 

 

あまり荒っぽい行為は目立ちすぎるゆえに、
速攻で片付けようと、周りの仲間と同時に攻撃を開始した。

護衛のArfを乗っ取った兵士は皆、「ニブルヘル」からの生還者たちである。
普段踊りと歌しかしない、お遊戯の部隊相手には過ぎた相手のはずだった。

 

だが、煙幕が晴れるか晴れないかのギリギリで、
一斉に放ったビームは、練れた兵士のように散開したPowers改の前に盛大な煙を巻き上げただけ。

「ん?」
その動きを意外には思ったが、
正しい実力と判断できなかったのは、
ひとえに彼らのArfの装備が見た限り、兵装が何も無いただの人形だったから。

 

色にしても、迷彩でもなんでもなく原色を剥き出しにした目を惹かせるためのもの。

 

「それじゃあ、怖くて五分も戦場にいられないわね。」
「ニブルヘイム」の兵士が呟いた言葉通り。

それなのに、それなのに彼らは倒れない。

 

 

彼らが放つビームガンを素早く避け、拳による反撃を試みてくる。

しかしながら、明らかな性能の差だろう、
良いタイミングで繰り出されたパンチも、そのArfが持つ能力に制限され届く前に避けるのは楽なものだ。

(Arfが良ければね。残念ね。)

「本物の銃と水鉄砲では勝負にならないわね。」

 

そうは言いつつも、「ニブルヘイム」の面々は一向に一機も倒すことが出来ないことに不思議に思い始めていた。

明らかな差があるのは、接近戦の時の様子で分かる。
だが、こと銃撃戦になると何故か、月読のPowers改が避けれるはずの無いタイミングで撃っているのに、
それは微妙な弧を描いて外れてしまう、
彼らが避けられてしまう。

 

まるで悪戯者の妖精が銃口を曲げたみたいに。

 

(何かおかしい・・・)

 

 

 

彼ら「ニブルヘイム」の人間に分かるはずも無い。

 

本当に妖精がいるなどと言うことは。

 

 

**********

 

盛大に空振りをする赤いPowers改。
その豪快さは、Arfの機体の大きさの差はあれ、
Kaizerionを思わせるほどに、力強い。

「ちっくしょう!!ラチあかないよ!!当たりやしない!!!」
決して舞台では言わないような、いや言っているときもあるが、荒々しい声でプリンは怒鳴る。

そうするとすぐに、とても同じArfに乗っているもの同士とは思えない華やかな服装が、
モニターの中に現れる。

「法王様の安全確認が第一ですよ。」
いかにも仕方ないわねと言う表情のデュナミスの言葉に、プリンは不満そうに唸る。

 

「そんなこと言ってる場合か?何とかしてるって、あの爺さんなら。
早いところ、『兵装解除』しよう!!な、カイ!!」
聞いているであろう副隊長に話しかける。

 

「絶対的な危機状態でなければ、私が独自で解除コードを打つ権限は無いわ。」

この一方的に攻撃される今の状態も、彼女、カイにとっては絶対的な危機状態ではないらしい。
モニターに顔も出さず、声だけでプリンに答える。

そのことが、若干プリンの頭に血を上らせるが、
デュナミスとモニターを二分割して現れた少女の顔を見て、口を開くのを止める。

 

「プリン、大丈夫だよ〜。ホウショウが護っているから。」

無邪気な笑顔と言葉はプリンにバツの悪い笑顔を浮かべさせる。

 

「はは、いや、そうじゃないんだよ。ホウショウ、いや、ほらたまには力一杯運動したい時ってあるだろう?」
プリンの言葉にホウショウが首をかしげる。

「ん〜、ホウショウ、踊り上手じゃないからな〜〜。」
運動といえば、ホウショウにとっては舞台の踊りの練習ぐらいしか思いつかない。

Arfの中でも、MT−Sが主なプリンに対して、
ホウショウはレバーに触れることも無いくらいLINK−寄りであり、
コクピットの中で汗をかくなどということは決して無い。

 

「いやいや、ホウショウ。プリンはただ、思いっきり暴れたいだけなの。
ほら、クマも時々人里に下りてくるでしょ?アレと一緒。」
アミの説明に納得したのか、深く頷くホウショウだったが。

「うん、それなら分かるよ。アミ。」

「コラ!!アミ、おまえ、それは違うだろ!!それじゃ、ただの乱暴者だろうが!!」

モニターを壊しかねない勢いで近づいて吼えるプリン。
アミはその勢いに眼鏡をずらす。

「クマ!!!」

 

「違いますよ。クマじゃなく、ト・ラ。」
眼鏡を直しているアミに代わって答えたのはデュナミス。

「どう考えても、違うだろ!!」

 

「戦闘中!!静かに!!」
カイの言葉も言い合いを始めた二人には届かない。

 

こんな話をしながらも、
ホウショウの力によって、銃口を自分でずらしていうr「ニブルヘイム」のArfたちの攻撃は続いている。

だが、理由は理解していないが、
『当たらない』ことを理解した彼らは、肉弾戦に切り替えて来た。

ホウショウの力も、
銃撃までならば、全員を護ることは出来ても、
接近戦では自分を護ることしか出来ない。

そうなってくると、
やはりArfの性能の差が顕著に見えてくる。

 

 

「法王庁護衛Arf。相手に畏敬の念を与えるための宗教色が強い豪奢な装飾が施されており、
その性能は常にEPMの最高性能を更新して配備されている。
現在のArfの名前は、実戦配備が未だ為されていないCODE-name『first』を改称し『ケルヴ』。SUPER FORCE社製。基本兵装は・・・」

「・・・・・アミ、十分だよ。覚えきれないぞ。」
プリンがまた始まったかという顔で言う。

アミのArfマニアは今に始まったことではない。
過剰な情報を整理しきれないプリンにはアレかもしれないが、
彼女の知識は今まで多くの場面で役に立っていた。

ただ、役に立たない場所でも話し始めるのは悪い癖。

 

「アミ、物知り〜〜!」
ホウショウのはしゃいだ声にカイの声が重なる。

「いい加減にしなさい!!」

カイの注意が反れた瞬間、
白いKusinadaに衝撃が走る。

「くう!!」
カイの食いしばった赤い唇から呼吸が漏れる。

一機のケルヴがカイに拳で一撃を与えた。

片足をついて堪えるが、
体勢を崩したカイには次々攻撃が加えられる。

(兵装解除するしかない?)
カイが心の中でそう思ったとき、
間断無く加えられていた攻撃が止む。

 

 

「それくらいになさい。」

 

 

どちらに言った言葉だろう?

 

だが、とにかく、その言葉はよく透った。

 

蒼いKusinadaの中で、フクウ=ドミニオンは言った。

 

 

 

 

「フクウ!遅いだろって!!おまえ、もう『兵装解除』してる?!」

 

「あなたたちこそ、なぜ『兵装解除』していないの?
まったくプリンらしくも無い。」

フクウのさも意外と言った感じの物言いに、プリンは勢いを増す。

「だろだろ?ほら、カイ〜。」
先ほど自分が言った意見の正当性を主張するように言う。

「フクウこそ、隊長に無断で『兵装解除』をするなんて。」

「カイ。絶対的に危機的な状況でなければ私たちに、解除コードを発令する権限は無いわ。
でも、この状況ならば、例え法王様の無事の確認がまだであっても、
戦闘に巻き込まれる可能性があっても、
いえ、むしろ巻き込まれたとしても、助けることが出来るようにしておくために、
『兵装解除』をするべきなのよ。」

「リスクが大きすぎます!」

「カイ・・・あなた、らしくも無い。」
フクウが珍しくカイに対して失望したような声を出す。

それがカイには気に食わなかった。
特に、それがフクウだったから。

 

「何ですって!!」

「隊長なら、『兵装解除』したと思わない?」

 

カイの怒りを受け流すように、
静かなフクウの問いかけ。

 

カイは怒りの炎に冷たい水をかけられたように、
全身が冷たくなった感覚。

 

 

 

「隊長が解除コードを出す状況で、そこに隊長がいなかったら、
私たちが解除コードを打つべきなのよ。」

蒼いKusinadaは正確に一機敵を撃墜していた。

 

 

(私よりも隊長の行動を知っている。)

フクウはレイアルンと同じ仕官学校を出ている。

それも首位と二位という好成績で。

 

(私よりもずっと長い時間を過ごしてきた。)

そのことに間違いは無かったが、
レイアルンの中にあった存在は、カイの方がずっと長いのだが、
今のカイにはそう思うことは出来なかった。

浮かぶ感情はただ一つ、

嫉妬。

 

「みんな、解除コードを打つわ。『兵装解除』を!」

フクウの言葉をどこか遠くで聞きながら、
カイは無意識に解除コードを打ち込んだ。

 

フクウはカイが黙って解除コードを打ち込んだことで、
理解してくれたと思い、それ以上何かを言うことを止める。

 

 

(レイ。)

そう呼ぶのは、フクウだけ。

仕官学校時代のニックネーム。
キッドよりは新しい。

 

レイアルンの行動を理解できているからこそ、
士官学校時代から、彼の心の中で自分が絶対に届かないところに、
居座る存在に気づいていた。

 

月読が創られたとき、全てを知ることになった。

 

かつて「コネコ」とレイアルンが呼んだ少女が、彼の中にいることを。

そして、それが。

 

(カイ=アンクレット。

これ位の意地悪は良いわよね?

 

私は『コネコ』にはなれないのだから。)

 

レイアルンを知っているからこそ、

彼が苦しむことは出来ない。

 

彼は心を二つに裂けないから。

 

いや、二つにした所で、

それは同じ場所を目指すだろうから。

 

 

「ぜんいん、へいそーかいじょ、かんりょ〜!!」
ホウショウの明るい声が聞こえると、
フクウは頭から「感情」を無くして、高らかに告げる。

 

「神撃部隊(しんげきぶたい) 天照(あまてらす)!!!」

 

 

月読は夜の神。

天照は昼の神。

 

死を意味する月読。

命を意味する天照。

 

 

相反する意味と行為は、彼女たち自身を示す。

 

 

**********

 

空。

 

あのニブルヘイムの女兵士が感じた「違和感」の正体があった。

蒼と白の堕天使、L−seed。

 

L−seedの中で、マナブは静かに地表を見つめていた瞳を強張らせた。

 

色とりどりのArfが、
蒼いArfが現れてから、その姿を変化し始める。

 

それまで、
武器も無く、ただの広告でしかなかったそれが、
みるみる武器そのものに変化していく。

 

どういう仕組みになっているのだろう。

 

Arf内部からそれぞれ違った兵装が現れてくる。

 

(L−seedでも無いのに・・・・・)

 

不思議に見ていたマナブだったが、
戦闘を眺めて、その仕組みに気づく。

それはあのプラスが乗るKaizerionを思わせる目を惹く紅いArfの動きで。

 

その変化が背後のブースターだけで、それ以外は変化をしなかった事。

そして、その紅いArfが、
すぐさま、まるで餌に食らいつく獣のように、
法王庁のArfに襲いかかった時、拳と脚という肉弾戦をしていること。

 

他の月読のArfは、長大なライフルや幾本もの短剣などの武器を出しているにも関わらず、だ。

 

「あの紅いArfのパイロットは、プラスと同じだ。」

つまりMT−S(マニュアルシステム)でしか操れない。

そこから導き出された答え。

 

月読のArfは、
限りなくLINK−Sで動かしており、
本来どのような人物が駆るか分からないArfにあるはずの、
MT−Sの為の電気系統や作動ギミックが一切排除されており、
そのオーダーメイドの強みから生まれたスペースに武器を内蔵している。

 

唯一MT−S重視で動く紅いArfは内臓火器を隠せない。

 

「あのKaizerionは、もう外に出しまくっているから、問題ないからな。」
あの如何にも武器を満載している雰囲気のKaizerionを思い出す。
だが、それと同時にそれらの武器を本来の用途としてではなく使う肉弾戦は、
改めて思い出してもマナブは畏怖を覚える。

 

遥か下で、所謂パワーアップした月読が、テロリストのArfであるケルヴを圧倒し始める。

その様子はマナブにとって、喜ぶべきことなのに・・・・。

 

その瞳には浮かぶのは、
裏切られた想いと冷たい意思。

 

基本ベースはPowersなのだが、次世代機である『ケルヴ』に決して引けを取らぬ戦闘能力。

 

 

「全ての武器と武器となる人間・・・・・君たちもそうなのか。」

 

洗練された動きと他を統率する雰囲気。

 

蒼いkusinadaは、

マナブに自分に銃口を向けた女を思わせた。

 

 

***********

 

(俺のいる場所か・・・・)
セインはそれを知らない。

レイアルンの先ほどの問いかけが、戦場にいるにも関わらずセインの頭に浮かぶ。

手と目だけは正確に、
相手の弱い部分を見つけ、そして引き金を引く。

弾丸が敵に当たると、
一瞬動きを止めて、その後天を仰ぎ見て、二三度痙攣をすると、
その場に倒れ、先ほどとは違いそのまま動かなくなった。

 

ビッグクロウが崩壊した後、
ひたすらに戦場を渡り歩いた、

Arfの乗り方を学ぶために。

自分のいた組織を一昼夜で壊滅させた存在に、
セインは嫌悪を持たなかった。
それはより強い力を見つけただけ、
自分の為すべきことを、いやしたいことを実現するための道標を。

 

いくつもの戦場の中で、
始めてArfに乗ったときに生まれた感覚をセインは身近に感じるようになってきていた。

 

そう、「死」を。

 

それを知れば知るほど、セインの能力は上がっていき、
ある時、今の組織に拾われた。

思想が反EPM反Φであれば、どこでも良かった。

そして、Arfに乗ることが出来れば。

 

セインは組織から名を隠すように言われ、
戦場に立つようになった。

そして、その技術は飛躍的に進化していった。

 

その結果。

彼はWAに選ばれた。

 

 

 

「どういうことだ?!オイ!!」
ニブルヘイムの隊長である男が焦りの言葉を思わず出す。

時間を見れば、
もう法王庁を出て、腕にはディアドラの豊満な肉体を抱えいる筈だった。

最初の抵抗はお約束どおりではあったが、
優秀な部下たちは、数発ぐらいの弾丸は痛みすら感じていない。

 

撃たれても直ぐに立ち上がってきていた。

 

部屋の中には二名いた。

それが、直ぐに爺さんと娘で無いことは分かった。

だが、その顔は巧妙に見せない相手に、
苛立ちが募ったころ、

ふと、味方の銃弾の数が減っていることに気づく。

 

そう、先ほどまではゾンビよろしく、
撃たれても立ち上がっていた部下が、
まるで塩の弾丸でも食らったかのように、痙攣をして倒れ付し立ち上がらない。

 

「どういうことだ!!」
部下を怒鳴りつける男。

「ケルベ隊長!!相手は特殊な弾丸を使用しているようううううううううううううううああああ。」
報告しようと意識を逸らしたのをセインが逃すはずも無い。

「バカヤロウ!!ミッション中はコードで呼べ!!!素人が!!!」

実は今回のミッション。
全てが「ニブルヘイム」のメンバーではない。

月読の正体を知らないバロンは、
警護のArfを制圧すれば、中はたやすく占拠できると考え、
Arf占拠に「ニブルヘイム」の正規兵を、
潜入をそれなりの場数を踏んでいる傭兵を使っていた。

それは、例え「ニブルヘイム」であっても、
EPMの外交顧問法王を暗殺すると言う極秘の任務の漏洩を防ぐためであった。

(チ!!所詮傭兵か!!高い薬を使ってやってもこの様だ。)
バロンは正規兵を使わなかったことを、今更ながらに後悔する。

タイマーを見れば、もう直ぐ通信が回復することが分かる。

 

「仕方ねえ。退却だ!!!」
バロンは踵を返すと走り始める。

後ろでまた、数人の部下が撃たれて倒れた。

(最初から始末するつもりだったから良いが・・・・いったい、何でだ?)

 

彼らが法王庁に入る前に、摂取した薬は「ネペンテスフォー」と呼ばれる高純度の麻薬である。

かつて麻薬合法の国であった「アルファリア」において、
最大の売れ筋商品である。

ただし、彼らが摂取した物は低容量に抑えており、
痛覚の麻痺をさせる程度の物。

 

(そうか!!)

その時、バロンは気づく。

あの撃たれて倒れた部下の様子は、
尋問の際に全ての情報を提供してくれた人間に対して与えてやるご褒美、

(提供しなかった人間は拷問の末に殺されるのだが)

高濃度の「ネペンテスフォー」を打った時の姿にそっくりだった。

 

「堕天使の聖水か・・・・・」

銀の弾丸に彫られた日本語。
一撃で精神と肉体を絶えさせる銀の弾丸。

当然ながら、本来であれば弾丸自体に殺傷能力があるのだから無用なもの。

ましてや、高濃度のネペンテスフォーを変質させずに弾丸に入れるなど、
手間もかかるし、大体「ネペンテスフォー」自体の価格も半端な高さではない。

 

だが、
セインが渡り歩いてきた戦場は、
この「堕天使の聖水」を使わないことの方が珍しかった。

 

 

動く物が無くなった部屋でセインは、
ふと穴だらけになった絵画の方を見た。

 

その瞳に何の感情も見せずに、
セインは歩き出す。

父と姉と反対の方向へ。

 

(・・・・・・ここは俺のいる場所じゃない。)

 

そこに一片の悲壮も無い。

 


 

「今だ!ヴァイローやれ!!」
崩した体勢のままで放った上段蹴りが、
破壊させずともケルヴを吹き飛ばす。

 

デュナミスがいつも持っている扇子のように広げた短剣が、
飛び込んできたケルヴに幾つも突き刺さる。

直ぐに高い純度のシオン鋼を示す煌びやかな炎を上げて、
ケルヴが小爆発を何度も起こす。

 

「綺麗ね。」
デュナミスはコクピットの中で言った。
その表情は言葉ほど、晴れたものではなかったが。

「何とかなった?」
アミが当たりに動くArfがいないことを確認しながら聞く。

「今ので最後みたいだな。」
プリンが言うと、フクウがモニターの中で頷く。

 

「カイ。」
フクウが話しかけると、
カイは全くの無表情で現れる。

「何ですか?」
あまりにも他人行儀な物言いにフクウは思わず笑ってしまう。

もう長いこと、カイと一緒に生活し戦ってきたが、
彼女の分かりやすい行動と表情は、いつ見ても「可愛らしい」。

「何ですか?!」
モニターの中で笑い始めるフクウにカイは無表情を無理にでも崩さずに問いかける。
だが、その声は先ほどよりもやや大きい。

 

「いえ、あなたが・・・」
続けようとした言葉は、意外な人物に遮られた。

 

 

「来るよ!!来る!!!!」
ホウショウらしからぬ真剣な声は、
その詳細を聞かずとも、
全員に緊張をもたらす。

 

 

 

 

 

枯れた花びらも落ちないほど静かに、

それは彼女たちの目の前に立つ。

 

 

赤ずきんにしては多い。

七匹の子ヤギにしては少ない。

 

彼女たちの前に、

現れた。

 

 

黒い。

 

真っ黒い。

 

 

「さ!!パーティだ!!」

 

 

 

飢えた狼が。

 

 

「マジィな。」
プリンの率直な呟きは、天照全員の心を表す。

 

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狼と鬼、どんなに強くとも。


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