「友は敵なり」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第三十八話    「二度目の再会」

 

 

 

「シオン。」「キッド。」

歴史の息吹が感じられる広い廊下の真ん中で、二人は対峙する。

一人は両手を力なく下ろして。

一人は正確に身体の中心に銃口を向けて。

 

「・・・・」「・・・・」
二人の胸に去来するものが何なのか?

短い沈黙。

 

「キッド。」「シオン。」
今度も同時に名前を呼ぶ。

短い沈黙。

 

銃口は下がらない。

 

トリガーに掛けられた指が、ゆっくりとそれを引く。

ゆっくりと引いても、命を奪う速さは変わらないのに。

 

そして、

 

銃声が一つ。

瞬く仄かな光。

 



 

A・C・C 82年

暑い夏の年

 

A・C・C77年 衛星都市国家カナンが消失、
A・C・C78年 アルファリア王国が滅亡、
A・C・C80年 量産型Arf「Wachstum」が完成、
A・C・C81年 EPM所属特別防衛機関「Φ」設立

と、教師が歴史を教える上で必ず逃せない事柄ばかりの時代。

この時代を激動の時だと、当時の批評家は語った事と、
本当に激動の時は、まさにこれ以後から現在までであることを、
教師たちは生徒たちに教えなければならない。

 

特に日差しが強かった日。

熱さが夜になっても残り、鳴く虫達の演奏会も少し鬱陶しいように思える、そんな日。

 

シオンは家を出た。

 

言葉だけでは決して平和が得られないことが分からない父親に彼は見切りを付けた。

 

黒いナップザックと変装用の神父服に身を包んで、
家から出ると一目散に走り始めた。

その顔は今とは違い幼さを残して、
全ての束縛から逃れることが出来た晴れ晴れとした笑顔で。

「ハッハッハッハッハッぁ〜〜〜」
全速力で走ったために息がまるで追いつかない。
チラリと後ろ目で追っ手が来ないことを確認すると、
森の中でドッカリと腰を下ろした。

ナップザックを無造作に放り投げる。

 

森の中は涼しく、直ぐに火照った身体を冷やしてくれた。
夜の虫達も不意の闖入者に驚いていたが、しばらくすると演奏会を再開させる。

 

リリリ・・・・

リリリ・・・・・・

 

虫達の音楽にしばし耳を傾けていたが、その内ゆっくりとシオンは立ち上がった。

付いた泥を払いながら、これからの行き先を思う。

「地球で最も力がある組織・・・・・・ノアか・・・」
目星をつけてきた幾つかの平和組織のうち、自分が入ろうと考えている組織の名を口にする。

考え事をするセインの後ろにいつの間にか立つ男がいた。

いや、考え事をしてなくとも気付くことはなかっただろう。

あの敏感な虫達でさえ、彼の存在を認識せずに演奏会を開いたままなのだから。

 

「ノアは止めといたほうが良いよ。」

 

静かな男の声に、ビクッとしたシオンは一気に走り出す。
後ろは見なかった、誰であろうと自分を止める者は障害でしかなかったから。

 

「待てよ!シオン!!」

 

その言葉にシオンはますます速度を上げる。
自分の名前を知っているならなおさら連れ戻される確率はアップする。

森の中の道は悪く、足を取られそうになったが気合いで走り抜ける。

 

「待ってってぇ!!」

「シオン!!」

「シオンって!!」

 

しかし、不思議なことに声はつかず離れずシオンの後ろでする。
シオン自身は息をすることすら厳しくなってきたのにも関わらず、
後ろの声は相変わらず間延びしたような、のほほんとしたようすに変わりはない。

 

「ああ、そうか・・・・」

そんな呟きがしたと思うと、シオンの後ろで始めて気配が現れた。

今まで相手の走る音は全く聞こえずに、
声だけがシオンの後ろに現れているようだったが、急に気配が現れる走る音もし始める。

まるで敢えて気配を見せるみたいに。

 

「シオンじゃなくって・・・・

 

ええと・・・なんだっけ・・・

 

そうだ!!

 

・・・   !!!!」

 

その名を呼ばれて始めてシオンは後ろにいるのが誰なのか分かる。

止まろうとするが、足はそう簡単には言うことを効かない。
大体にしてすでに疲労の極地なのだ、
足は止まると言うよりも縺れて絡まり、シオンは身体を転がしながら止まる。

 

転がった無惨な体勢のまま、呻くようにしてシオンは言った。

 

「キッド!!君なら君って言え!!!」

息をゼイゼイ言わせながら、
身体を仰向けにひっくり返すとシオンは目の前の男に言った。

年の割にはあどけない顔の青年が立っている。

「大体・・・ハァハァ・・・・いきなり声かけんなよ!ハァハァハアハアーーーーー。」
最後は一気に息を吐き出して思い切り吸い込んだ。

「名前を呼んだだけじゃないか?なのに偽名にしか反応しないし。全く。」

「ゲホゴホ・・あ、当たり前だろ・・ゴホゴホ・・・連れ戻されるのが分かっているのに止まるか!!ゲハゴホ!!!」
シオンの肺が悲鳴を上げて咳を誘発する。

「お〜い・・・大丈夫かい?」
キッドと呼ばれた青年は全く息も切らさずにシオンの背中をさすってやる。

肩に掛けていたナップザックから水筒を出してシオンの口に運ぶ。
これは最初にシオンが持っていた物でそれを背負いながらキッドは走っていたらしい。

「ハァハァ・・サンキュ・・。」

礼を言うとシオンは差し出された水筒を一気に傾けた。

「あ!そんなに勢い良くやると・・」
キッドの声が聞こえたがシオンはお構いなく喉に注ぎ込む。

 

「ゲハ!ガハ!ゲホ・・・・」
キッドの懸念通りシオンの喉は拒否反応を起こす。

「大丈夫かい?」
キッドが背中を再びさすってやりながら尋ねる。

「・・あ・・・ああ・・・」
暫くしてようやく返事をする。

 

**********

 

30分後

二人は森をずっと歩いていた。

男と女であればロマンティックな夜であろうが、如何せん二人とも男だ。

 

「本当に行くのか?」
キッドが尋ねる。

「ああ、行くよ。」

 

「じっちゃんやおネェちゃんが心配するぞ。」

「・・・・・親父のやり方ではこの世界は変わらない。

Φの設立を知っているだろう?」

「ああ・・・Arfのみの最強の軍隊・・・EPMの新たな刃。」
まるでどこかの宣伝文句のような事を言う。

「・・・新聞にそうやって載っていたのか?」
しばらくキッドの顔を見ていたシオンだったが、合点が言ったように聞く。

キッドはちょっと考えて呟く。
「・・・・週刊誌の表紙。」

 

 

「まあ、そんなとこ。もうこの世界は交渉何かじゃ変わらない。
EPMはいつか暴走する。それは今止めなくちゃいけないことだ。
暴走してからでは誰も止められない。」

「どうして?」

「EPM以上の組織がいないからさ!」

「だからシオ・・・君は行くのかい?」

 

「ああ、今ならまだEPMに対抗できる組織がある。
例えそれが人の血を流すことを厭わないテロリストであろうともな。」

「良いの?」

 

「キッド、君が教えてくれたんだ。
話し合いだけで収まると思っている親父に迎合するしかなかった無知な僕に、
君はあの家では知ることが出来なかった世界を教えてくれた。

僕の知る以上に哀しい世界と話し合い以外の手段を。」

 

「力なき正義は、『正義』だとさえ言えない。」

 

その言葉にキッドは悲しい顔をする。
日溜まりのような優しい暖かさを感じさせる顔から温度が消える。

そう結論付ける原因となったのは、間違いなく自分であるから。

 

「そんな顔をするなよ。選んだのは僕だ。君が悲しむことはない。」
キッドの表情に、あっけらかんとしたシオンの言葉がかかる。

 

それから二人は一時間も無言で歩く。
虫達も眠ったのか?不思議と何の音も無かった。

月がだけが二人を照らす。

全く別な道を行くであろう二人の行く末を、別々にでも同じように優しく照らしている。

 

「もうここで良い。」
森の出口でシオンは言った。

「もう少し送るよ。」
キッドは顔を引き締めて言う。

 

「もう僕がいないことはばれているはずだ。
まあ、それで君が追いかけてきたんだろう?」

「知っていたの?」

「ああ、何となくな。姉ちゃんに頼まれたんだろ?」

 

シオンはキッドの答えを聞かず歩き始めた。
キッドは答えられずその背を目で追うばかり。

ふと、シオンが立ち止まる。

 

振り返りとキッドのもとに戻ってくる。

 

「シオン。」
考え直してくれたのかとキッドの顔に喜色が浮かぶが。

「その名はもう止めろよ。その名は捨てるんだから。」
キッドの顔を見ないようにしてシオンはそう言うとキッドが持っていたナップザックを取る。

そして、再び背を向けて歩き始める。

 

キッドはその背中を少し見つめ、意を決して口を開く。

「中南米に『ビッグクロウ』って言う組織があるんだけど、
そこは大きくて、リーダーも尊敬できる人みたいだよ。」

 

言葉を掛けられてから、
10mも行ったところでシオンは再び振り返えって言った。

 

「キッド。君は僕の友達だよ。

 

親父と姉ちゃんを頼む。

 

・・・・・じゃ!!!!」

 

親であることを認める事と子供である自覚を捨てる為に、彼は17歳の夏、家を出た。

その背中を彼の親友であるキッドは見送った。

 

シオンとキッド。

 

本名とあだ名。

 

交錯した二人の名前は、

 

あだ名と本名となり、

 

 

 

 

二人が再び出会うのは22歳・・・・・・・炎と硝煙の臭いがする戦場だった。

 

 



 

「間違いないありません。
暗殺計画の準備は既に整い、開始の合図を待つばかりな模様です。
紅い美麗身がクリップボード片手に報告すると、
窓から差す蒼い光の中で、椅子に座る男が頷く。

「・・・・急な展開だが・・・・・・・・・・・・・悪くはない。」

カツカツとハイヒールを鳴らしながら近づく真紅の装いの女、
フレイヤはロキのもとへ。

ロキの瞳をじっと見つめるが、
そこに自分が写っていないことに落胆しつつも、
跪きゆっくりとロキの脚にしなだれかかった。

顔を脚の上に乗せる姿は、まるで懐いた犬のようで、
およそ普段のフレイヤからは想像が出来ない姿ではあったが、

それはとても淫靡な雰囲気を持っている。

揃えて床に置かれた脚は、その付け根を覆う布さえ露で、
フレイヤの絶対服従が分かる。

 

「如何いたしますか?」
見上げるようにロキの顔を見る。

しかし、ロキはフレイヤの方を見てはいない。

ただ、この部屋を青く染めるモノ、
地球を眺めているだけだった。

 

「如何いたしますか?」
地球に嫉妬したのか?フレイヤにしては珍しく感情を見せて再び尋ねると、
ロキは手でフレイヤの髪を撫でながら言う。

 

「全てのWAに暗殺計画の支援を。」

そう言いながらロキの中で、何かあったのだろうか?
すぐに言い直す。

 

「T−WolfとDragonknightに。」

一瞬、フレイヤは不思議そうな顔をしたが、
すぐに合点がいったのか、了承の返事をした。

 

「・・・分かりました。サーシャに指令を出しておきます。
久しぶりの戦闘に、あの子も喜ぶでしょう。」

フレイヤが微かに笑うと、
ロキもまた唇を微かに歪ませる。

「そうだな。」

 

子供にオモチャを買ってあげた親の微笑。

オモチャは誰?

 



 

「あのやり方がEPMなのか?!」
今更ながらに敵を知ったマナブが、L−seedを降りて最初の言葉。

 

それは、間違いない憤りの感情。

自分たちの仲間であるはずの「月読」に危険が及ぶのを知っていて、
激しい攻撃してきたEPMのやり方。

知っている人間が、目の前で危険に晒される。

マナブは自分がしていることを、全く思考の向こうに追いやって、
多少偽善っぽいが物凄く怒っていた。

マナブに駆け寄ってくるフィーアのことさえも気付かずに。

 

偽善もその行為自体が善であるならば、それは批判されるものではない。

 

 

「マナブ。何かあったの?」
その様子に心配そうに尋ねる。

そこで初めてフィーアに気付いたのか、とても驚いた様子を見せるマナブ。

「フィーア!・・・・・いや・・・あれだ・・・」
フクウが安全だと言う確信はあるが、
他のメンバーの安否を分からないマナブは少し口ごもる。

(絶対、心配するからな・・)

フィーアのことを思い、マナブは攻撃場所に月読がいたことを言わなかった。

 

もう一度尋ねようと口を開きかけたフィーアの機先を制して、
マナブは言葉を続ける。

 

「ちょっと、父さんの所に行って来る。」
マナブの言葉にフィーアも一緒に行こうとする。

「フィーアも行くよ。」

「いや、俺だけで行く。ちょっと、めんどくさい話だからな。」
正確には、フィーアが一緒に行くと面倒くさくなる話だが。

「でも・・・」
「いいから。」

マナブに強く出られると、フィーアにはそれを押し切ってでも行くことは出来ない。
まして、マナブの命に関わることでも無さそうなのだから。

「・・・・・わかった。部屋で待ってるね。」
「ああ、そうしてくれ。」

扉から出るとき、くるりと振返って、
フィーアはつまらなそうな顔をわざとしてから、

ニコッと笑ってマナブに手を振った。

その表情はとても可愛らしく、
妹である前に恋人として、それがとても嬉しい。

ふと緩む頬を見せないように顔を横に背ける。

その仕草に気付いたのか、気付いていないのか、
フィーアは笑顔のまま、手を振りながら、扉を後ろ手に開ける。

 

「後で行くから。」
そう言って、手を振り返すマナブ。
マナブにしては、随分とフィーアにサービス過剰だ。

フィーアは扉が閉まるまで手を振っていた。

 

扉が音も無くゆっくりと閉まると、
それと同時にマナブの頬はしっかりと元に戻る。

 

(父さんなら、月読がどうなったか分かる筈だ。)

多分それは、サライやメルやヨウに聞いても分かるだろう疑問。
だが、マナブはヴァスに聞くことを選ぶ。

 

それはわざと自分に「月読」を攻撃させたのではないかと言う、
疑念があったから。

エメラルドと「月読」公演に行った事を知られているとは思えないが、
フィーアと行っている事は隠してもいなかったので、当然知っているはず。

 

「気が重いな。」
マナブはL−seedを見上げて呟く。

Justice当主とL−seedパイロットもしくは次期当主ではなく、
父と子で会話したのはいつだっただろう?

 

「気が重いな。」
繰り返し呟いた。

 



 

「そうか・・・・L−seedと言うテロリストArfは月読を、な。」
ゴートはカーテンを閉め切った部屋で、
苦々しくけれどもどこか楽しそうに言う。

 

部屋の壁に映し出されたのは、つい先ほど届いたばかりの報告の映像。

ゴートの前の机には数枚の紙と小さなパソコンチップ。

 

ゴートはレポートに目を落とすと、
そこには第6EPM基地が救援間に合わず壊滅したことを伝えていた。

第6EPM基地の取り敢えずの代替として、
現在ヒュドラではない第8EPM基地が機能している。

ヒュドラはEPMの要である故、その復旧は急ピッチで進み、
三ヵ月後には基地としての機能を取り戻すとあるが、
それには甚大な金がかかる。

(ヒュドラシステムが間に合わんとはな・・・・・・・・哨戒システムを見直さなければならん。)

今までの報告にあったレーダーに全く反応しない装置をつけたArfが存在することを、
ゴートはようやく現実として認めていた。

(目視を使った原始的な監視システムの構築しかない。)

「金がまたかかる、全く!!」
思いが強かったのか?最後の部分は心から口へ感情が飛び出す。

 

「バベルの建造も、また延びてしまうな。忌々しいことだ!」

いらつきを抑えずに吐き出したため、多少なり溜飲が下がったのか、
少し落ち着いて改めて映像に目をやる。

そこには人ではない美しい女が映し出されている。

 

L−seedの背面の映像。

幾度か目にしてはいたが、何度見ても醜悪と美が混ざり合った畏敬を持たされる。

ゴートは捉えて離さないその背面から無理やり引き剥がすように、
後ろ側に視線を送る。
そこには映像処理をされて鮮明になった映像が拡大されて映し出されている。

熱で溶けた人間を驚きと怒りで見つめる者。

 

ゴートは手元の資料に目を落とす。
そこには怒りの瞳を持つ者の資料がある。

トップシークレットの文字だけが鮮やかに赤い。

 

映像人物に関する報告書

EPM軍情報部映像解析課 

 人物:フクウ=ドミニオン 性別:女              

 階級所属:法王庁秘書課主任補佐書記官(休職中)及びEPM軍法王庁付特別慰問部隊「月読」副隊長         

 生年月日:A・C・C 65年 3月27日 年齢:22歳

 現住所:法王庁内宿舎

 国籍:ロシア系スペイン人の母親、ドイツ系日本人の父親を持ち、
    :成人前ロシア、日本の国籍を有し、後に日本を選択。

 最終学歴:第1Arf士官学校「ピエタ」卒業 最終成績2番

 資格:Arf操縦資格Bライセンス Arf整備資格Aライセンス 情報処理資格Sライセンス
    :ドイツ語、日本語、ロシア語、英語、スペイン語、中国語、アラビア語に精通、
    :他の言語も日常生活に支障が無いレベルまで会話できる。

 容姿:端麗

 性格:冷静にして沈着

 性癖・嗜好:不明

 経歴:卒業後、EPMに入るも、一ヵ月後休職。この間の行動はどれも確たる証拠無し。
    :二年後アメリカ駐留EPM軍第77部隊配属。
    :半年後法王庁秘書課書記官転属。
    :三ヵ月後、前職休職後、同日付でEPM軍法王庁付部隊「月読」副隊長就任、現在に至る。

 

そこまで読んでゴートは唸る。

映像からもわかるとおり、燃える炎に映し出されたその姿は怒りの表情もあって、
どこか異国の憤怒の女神を思わせる美しいものであったが、
その内に秘められた才能も素晴らしい。

「ううむ・・・・こんな逸材が『月読』なんぞにいたのか・・・・惜しい。」

第1Arf士官学校「ピエタ」と言えば、
あのレルネ=ルインズも卒業したことで知られるEPMきっての名門学校であり、
その卒業者のほとんどがEPMもしくはΦの幹部となっている。

ローマに鎮座するその学校の姿は、
世界中に存在するEPMに入ることを希望する者たちの羨望と嫉妬を一心に集める。

Arf操縦方法から、社交ダンスまで、
ありとあらゆる一流を詰め込まれる最高の学校。
そこを卒業するだけでも、今後の人生は約束されるほどの名門。

 

「『ピエタ』を2番の成績で出て、何故?慰問部隊なんぞに・・・・馬鹿げている。」
ゴートは眉を顰めた。

Arf士官学校に入ると言うことは、EPMに入ることを前提としている。
当然、そこからEPM内での昇進競争の最先端を走ることを皆、理解し事実そうなる。

本当に稀に、卒業後、EPMに入らない者もいるが、
数年後、夢を追うことに絶望した頃に戻ってくるのがほとんど。

もっとも彼らは運良く卒業できただけで、成績は底辺にいた者たち。

 

成績が上位のフクウには全く当てはまらない。

慰問部隊と言えば、EPMではあるものの扱いと言うか、
そこにいたと言うだけで幹部昇進はおよそ不可能となり、
ただの容姿だけが端麗な女性兵士と臆病者の男性兵士がいるところ。

口の悪い兵士たちの中には、「売春部隊」と平気で口にする者もいる。

事実はそうでなくとも、そう揶揄する者たちがほとんど。

 

「おかしい・・・おかしすぎるぞ。」
成績上位者での経歴はおよそ無い。

「ううむ・・・・・法王庁か・・・・」
(どうやら、やはりそういうことか・・・・)

 

ゴートは、最初に思い当たった考えに間違いが無さそうに思える。

 

L−seedが、

月読を庇っているという

 

 

「このフクウと言う女・・・・SI2か。それも恐らく士官学校時代からの。」
ゴートは自分の考えに満足げに頷く。

(これだけ優秀で容姿端麗な者をあの諜報機関が逃す筈が無い。
すでに学校にいたときから接触をしていたに違いない。

いわゆる、青田刈りだろうな。

その上で、目立たぬように成績を二番手に甘んじさせた。

卒業後、まったく裏づけが取れないのは、SI2の情報かく乱にあったからだ。)

湧き出るような推理に酔いながら、ゴートは物語を作っていく。

 

事実、そう言う風にフクウは命令を受けていたけれども、
首席であるレイアルンに本気で勝てなかったとは、分かるはずもない話。

(EPMに入っていない二年間の経歴・・・・・
洗っても何も出て込んだろうな・・・・全く、SI2は健在か。)

「しかし・・・もったいない容姿だな。」

ゴートは顎鬚を擦りながら、
報告書に添付された写真、士官学校の制服を着たフクウを眺め、
その上を指でなぞる。

 

しばらくの後、その様子を誰に見られたわけでもないのに、
言い訳がましい感じで口を開く。

 

「月読の副隊長、フクウ=ドミニオンか。法王も恐ろしい女を飼っているな。
まあ、いい。だが、これでL−seedと月読のつながりが見えた。

法王の「月読」とL−seedには、間違いなく協力関係がある。」

 

言い訳めいてはいたが、
そこに込められた意味はとても重要。

 

 

 

(たとえそうでなくとも、理由にはなる。)

 

 

ゴートは先ほどとは違った満足気な笑みを浮かべる。

 



 

「ルシターン=シャトの暗殺?・・・・・暴挙を。」

「はい、恐らくですけど。
デュナミスがヒュドラから手に入れた情報です。信憑性はかなり高いですね。」
法王の前だと言うのに、わざとらしく畏まりもせずに、レイアルンは報告する。

その服装もついてすぐに来たのか、
ジーパン、ジャケットと言ったいつもの警備員の服でさえないラフな格好で、
法王庁の中では幾分いただけない。

 

だが、それは彼が謁見する者にも言えることなのだが。

 

レイアルンの言葉にヨナは麦藁帽子を取って、胸の前で潰す。

いつものように法王庁の中庭にある畑にいたのだろう、
手ぬぐいを首に巻き、土で汚れたズボンを履いたままの姿。

とてもこの世界の精神的支柱である法王とは見えないだろう。

しかし、いつものことなので、
ヨナの前にいるレイアルンは特に咎めるような顔もせずに話を続ける。

そのヨナの後ろに控えるディアドラも同様で
咎めると言うか、もはや諦めの境地に達しているのか、
胸に抱えた猫をため息混じりに撫でている。

 

どちらかと言うと、女性である点を除けば、
ディアドラの方が法王に見えなくも無い。

清楚だが、
赤い長い髪が床に届こうかと言う姿は、
どこか艶っぽい印象であったが。

 

「データには詳しい日付は載っていませんでしたが、
計画だけは確実に用意されているようです。」

その言葉に、蒼くなったのはヨナだけではない、
後ろのディアドラも同じ。

思わず声が漏れる。

「なぜ・・・なぜなのです?」

レイアルンはディアドラとルシターンのことを知る故に、
きちんとディアドラの方を向いて答える。

「EPMの中でΦが大きくなりすぎたことが理由だと思う。
その上、シャト総帥のカリスマ性はフィック顧問の比じゃない。」

「フィックが不安になるに充分な魅力の持ち主だからな。
誰もが惚れる良い男だからの。」
後ろにいる娘に意味有り気に目をやると、
ディアドラは素直に頬を薔薇色に染めて俯いた。

頬と同じ色の唇が微かに動く。

「・・・ええ・・・そうですね。それはわかっています・・・・」

 

その言葉にヨナは、少しだけ敗北感を味わいながら、
レイアルンに向き直る。

「すぐに情報収集を。しばらくはルシターンの近くに駐留することも考えねばならぬな。」

「はい。シャト総帥の近辺にはルインズ先輩がいるから、
滅多なことにはならないとは思いますが、急ぎます。」

「レルネ=ルインズか・・・・・まあ、あやつなら安心は出来るがな。」

ヨナは少しだけ遠くを見るような目をして言う。

「キッド。

人は一人では抗えぬ時もある。
だがその時本当に些細な言葉だけでもあれば、抗えることが出来ることもある。

忘れないでいてれく。」

 

ヨナの中で何か大切な思い出が渦巻いているのだろう。
レイアルンを「キッド」と呼ぶのはヨナがかつて彼の父親代わりを務めていたから。

 

 

「わかったよ。じいちゃん。」
レイアルンは、少年のような晴れやかな笑顔でヨナに頷いた。

そして、後ろで心配そうな表情を見せているディアドラに向かい言う。

「あと、安心してくれ。姉ちゃん。
何とかする、何とかならなくても、何とかするから。」
そう言われて、ディアドラは顔を上げて微笑みを浮かべた。

 

「キッド、ありがとう。」

どこか照れたように見えるのは、薔薇色のままの頬のせいだろうか。

蒼と灰の色の違う瞳から、同じ優しい光が漏れた。

 



 

「ロキ様。」
フレイヤにしては珍しく慌しい口調で名前を呼ぶ。

イスに深く腰を掛けたロキは、そのままの体勢でフレイヤを見る。
そこにフレイヤの口調からの動揺は見て取れない。

だから、フレイヤは少しだけ安心した。

(さすがは、お父様。)
心の中で普段は呼ばない呼び方で賛辞を思う。

ロキの足元に膝をついて畏まると報告を始める。
紅いスカートの裾が持ち上がり、フレイヤのストッキングに包まれた脚が露になる。

ロキはそれに対しても、いささかの動揺も見せず、
フレイヤの蒼い瞳を見つめる。

茶色の瞳は、フレイヤの姿を映し出してはいたが、
その奥にある心を決して見せてはいなかった。
フレイヤは瞳の中にフレイヤ自身を見る以外に無かった。

「リヴァイ=ベヘモットが別ルートの情報源から暗殺計画を知り、
既にArc・Arfに計画の阻止を命令してしまいました。

命令の発令を阻止することは叶いませんでした。申し訳ありません。

恐らく私が出した命令は上書きされてしまった模様です。」
フレイヤが深々と頭を下げると、ロキはほんの少しだけ頷く。

「そうか。リヴァイが阻止を命じたか。」

「はい。リヴァイの目指すところから考えれば、
法王の死はEPM内部の抑止力が無くなるだけで、決して良い状況では無いのでしょう。
報告を受けた後すぐに、直接命令を下せないT−Wolfと70−Cover以外に送りました。」

 

「T−Kaizerion。」
ロキが呟く。

「T−Kaizerionのパイロットは月、衛星都市を擁護する者に対して、
単純に好意を持つ性格が理由だと思います。ですが・・・・」
もう一機のArfに対して、フレイヤは幾分困惑した表情を浮かべる。

その表情を見て、ロキが口を開く。

「Dragonknightにもか?」
ロキが聞くとフレイヤはその質問の意を知って深く頷く。

「はい。リヴァイはパイロットの経歴は深くは知りません。
いえ、知っていたとしても、恐らくこうしたでしょう。」

「そうだな。人選は間違っていない。
セインならば、普段以上の力で守ることが出来るだろう。」

「そうでしょうか・・・」
フレイヤはロキの言葉を強くは否定しないように、緩やかに尋ねる。

「セインにあるモノは、『憎悪』ではない、『否定』だ。
ここで彼を守ることはセインにとって、否定してきた『事実』の肯定になる。」

 

「憎しみではない・・・・」
フレイヤは納得し頷くと、ロキはイスを反転させて、
窓から地球を見る。

 

「フレイヤ。70−Coverにも計画の援護を命令する。」

「はい。位置が最も離れていますので急がせます。
ただ、Dragonknightは、どの時点で作戦行動を取ったのか、分かりません。
既に連絡は取れない状況です」

 

「リヴァイが命じた二機には撤退命令を・・・・一応な。」
「素直にあの二人が応じるかどうか・・・・」
ロキは特に命令に従わないことがあっても構わないような表情をしていた。

だから、フレイヤの言葉に一言、

「分かっている。」
だけで終わる。

「はい。では、そのようにします。
ロキ様。リヴァイの情報源は如何いたしましょうか?」

 

「任せよう。」
「はい。」

イスの背中に向かってフレイヤは深く頭を垂れると、
それに対してロキから何の言葉も無い事に、
軽く失望すると静かに立ち上がる。

 

「フレイヤ。」
「はい!」

立ち去りかけたフレイヤの背中に、ロキの声が掛かると、
フレイヤは喜色を浮かべて振り返る。

だが、そこにはやはりイスの背中だけ。
落胆するフレイヤの心を知らずか、
ロキは一言だけ言って沈黙した。

 

 

「ニュクス・システムを使うことは許さない。」
「・・・・・・ですが、ニュクス・システムを使えば、確実に事はなる筈です。」

ロキはフレイヤが自分の為に言っているのだと言うことは分かっていた。
ただ、分かっているからこそ、止める必要があった。

「フレイヤ。
妹を大切にしろ、私がお前を大切に思うのと同じくらいに、な。」

「ロキ様・・・・」
その言葉に思わず駆け寄るフレイヤの顔は、
まるで子供のように無邪気に嬉そう。

 

イスが回転して、駆け寄るフレイヤをしっかりと抱きとめる。

フレイヤはロキの胸の中で顔を上げる。

「お父様。」

 

ロキの瞳の中は、後ろの地球の蒼い光が強すぎて、

やはり何も見えなかった。

 



 

暗く狭いコクピットではない。

大きな窓から太陽の光が差し込む幅の広い廊下、
神父服を着た青年が一人、靴の音をさせずに歩いている。

かけたサングラスだけが普通の神父とは違ったが、
首にかけたロザリオはイエスの磔の姿。

 

ふと廊下の真ん中で立ち止まりサングラスを外す。

互いに違う色を持つ金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の瞳が感情を悟らせない。

そこにあるのは哀しみなのか懐かしさなのか。

 

 

「・・・・・」

セインはゆっくりと目を閉じる。

 

 

「・・・シオン・・・・」

我知らず、思わず口に出た言葉に、一番驚いたのはセイン自身だろう。

 

 

 

 

 

ただ、自分の名前を言っただけなのに。


 

暗く狭いコクピットの中。

双頭の狼の名を冠するArf、WAのT−Wolfの中。

 

「さ、早く準備しなくちゃね〜。」
サーシャはいつに無く機嫌が良い。

 

つい5分前までは、眉間のしわが顔に張り付き取れなくなっていたのに。

今や、それは消え、喜色満面な笑顔を浮かべている。

ただ、笑えば美人に見えるサーシャのその顔は、
どこか肉食獣の食事前を思わせる。

蒼い目が今だけは、炎と見紛う光が爛々と宿る。

 

思い切り良く、履いていた濃い紫のジーンズを脱ぐと、
しなやかな筋肉がついた白い脚が暗いコクピットの中で色を放つ。

 

上はTシャツ一枚、下は何も付けない格好になり、
イスにドンッと座ると、
両手を添えて右足を確かめるようにしてクルクル回す。

「さ、右足の調子も良いしー!」
サーシャは痛みが全くないことに満足して、
両手両足をグーッと伸ばす。

付けているものが二枚しかない無防備な身体でのその仕草は、
清潔な色気が漂う。

上半身Tシャツ姿に唯一のアクセサリーとして、左腕の黒いバンダナが白い肌に映える。

 

サーシャの基本任務は「創魔」と言う装置をArfに付ける潜入工作、
故に今まで黒いピッタリとしたスーツを着用していた。

けれども、今回、彼女はそれを着ようとはしない。

 

それが意味するものは、「Arfによる戦闘任務」である。

 

 

Arfの中で全裸になる。

それは異質な変態行為では無い。

LINKを確かな物にするために、もしくは%を上げるためには、
「全裸」に近い方が良いという法則がれっきとして存在するためである。

ただ、それを実践するものは、社会通念上あまりいない。

 

葉や枝よりも実を取る。

サーシャのプロ意識の高さを伺わせる。

 

「さて、あんま時間無いのよね。パーティが始まっちゃう。」
その口調はウキウキと嬉しそう。

いそいそとコクピットの中で、データを取り揃える。

 

「ドレスには着替えたし、後はパーティ会場の下見だけね。」
いつものがさつさは何処へ消えたのか?
舞踏会に向かう淑女のよう。

髪も改めて脱色したのだろう、綺麗な茶色に統一されている。

 

女性らしい細い指でキーボードを弾くと、
一つのモニターに画像が出る。

それは何処かの屋敷の見取り図。

 

画面の端にその場所の名称が表示されている。

 

「法王庁」

 

 


 

整った部屋。

そこに住んでいる者が何週間も帰ってこなかったのに、
全くそれを感じさせない。

きちんとメイクされたベッド、よれていないいないカーテン、塵一つ無い机、
そのどれもがそこに住む者の性格を表していた。

 

カチャ

静かにドアが開かれて部屋に差し込む人影。

コツコツとヒールの音を響かせて、荷物をドア近くに置くと、
着替えもせずにパソコンのスィッチを入れる。

それから起動するまでの間に、ゆっくりと服を着替える。

着替え終わった頃には、心待ちにしている手紙が読める。

 

 

「えっと、メールでえっとっておかしいけど、BCです!
うぃっちちゃん、元気かな??

何回もメールしてごめんね。

最近、メールが来ないので、少し心配だな。
元気?体は大丈夫?

うぃっちちゃんが元気でありますように!

 

えっと、

また、えっとだね。

 

今日のメールはちょっと、心配事を言います。

BCは、実はちょっと調子が悪いです。

(うぃっちちゃんの体を心配しているのは、これのせいなんだ。)

 

ネツとかセキとかは出ないのに、何故か体がだるいの。

おかしいよね?

でもね、何か食欲も無いし、無理に食べると出ちゃうこともあるんだ。

今度、お医者さんに言って、診てもらうことにしようと思うんだけど?

うぃっちちゃんはどう思う?

 

って、聞いても、お医者さんに行きなさいって言うよね。

 

でも、でもね。

体はそんな感じだけど、心は凄く幸せなんだ〜〜!!

ちょっと心配事もあるけど、きっと大丈夫。
BCはそう確信してます。

 

だって、前よりも今は何万歩も前進しているんだから、
今、一歩下がった位で、BCは負けないから!!

 

うぃっちちゃん。

うぃっちちゃんが好きな人とはどうなった?

前にも言った通り、BCは絶対絶対うぃっちちゃんを応援しているから!!
うぃっちちゃん、前にメールで書いたとおり、一緒に結婚式しようね。

 

 

 

あ、メール書いてて思ったんだけど、もしかしたら、この体の感じって・・・

 

うぃっちちゃん、

もしかしたら、今度良いニュースがあるかも!!??

 

乞うご期待!!」

 

 

「相変わらず元気ね。」
優しくリラックスした雰囲気で微笑むと、
フクウはメールを三度見直してから、呟いた。

「体、大丈夫かしら。」
自分もL−seed襲撃の際に付いた脇腹の傷が癒えてないというのに。

 

BCからのメールは10通以上来ていた。
そのメールの内容は、どれも似ていて、

とにかく幸せであることと、「うぃっち」を心配していると言うことに終始していた。

所々に結婚式は一緒にとのお誘いに、
フクウは複雑な心境ながらも、嬉しそうな微笑を浮かべる。

 

全てのメールを三度読み返して、
体の調子が悪いのは最新のメールのみに書かれており、

最近であることが知れると、「うぃっち」こと「フクウ」はすぐに返信を書こうとする。

 

(私の意見を待っているなんてことはしないで欲しいけど・・・)

出来ることならば、自分のメールが届くよりも早くに病院に行ってもらいたかった。

 

返事が遅れて申し訳なかったこと、体は大丈夫であること、早く病院に行くことを書き、
送信をしようと思った矢先。

 

 

瞬間。

 

パソコンの電源が落ちる。

「停電?法王庁で??」
フクウは光を失ったディスプレイを見つめて動かない。

ただ、全神経を聴覚に集める。

(何も聞こえないわね。)

 

きっかり30秒後、フクウは鞄から拳銃を取り出す。

 

(法王庁で停電が30秒以上続くと言うことは、有り得ないわ。)

 

慎重に扉を開けて、外を伺うフクウの顔に、
先ほどの少女のような優しい笑顔は浮かんでいなかった。

 

**********

 

フクウが部屋を出た頃、
他の月読メンバーもそれぞれ警戒をしながら向かっていた。

何処に?

彼女たち専用のArfが置いてある地下格納庫へ。

 



 

「L−seedか・・・・最悪の邪魔者には違いないが、
ワシにプレゼントをくれるとは、良い所もあるではないか。」
ゴートは手の中でそれを遊ばせながら、とても楽しそうに笑う。

ゴートはそれを目の前にかざして見る。

 

それはデュナミスが持っていた解読チップ「ホムスビ」だった。

 

「時間が経てば爆発、パソコンから抜いても爆発と最悪のモノだが、
ククク、L−seedよ。

おまえが部屋ごと壊してくれたお陰で、こうして無傷で手に入った、感謝するぞ。」

SI2の「ホムスビ」は、ゴートも噂には聞いていたが本物は見たことが無かった。
この東洋の「火の神」の名前を付けられたチップは、
常に使われてしまったという内容の報告書でしかお目にかかれない物だったからである。

 

デュナミスがそれを使い、情報を引き出した後、
その部屋はL−seedの、
正確にはL−seedを狙ったEPMの攻撃によって破壊されてしまっていた。

それにはさしもの「ホムスビ」も誤作動をせざる得ない。

千万分の一、億分の一の確率でしか誤作動を起こさない「ホムスビ」も、
L−seedの持つ「三現魔方陣」の影響は免れることは出来なかったらしい。

また、チップの消滅を見届ける必要があったデュナミスも、
危険な状況が起きたゆえに、迎えに来てくれたレイアルンと共に脱出を図ってしまっていた。

そこに残っていたら、
デュナミスはL−seedの左手に潰されてしまっていただろう。

そしてレイアルンの誘いを、
デュナミスは断れなかったことを誰も攻められないだろう。

 

 

基地の残骸から発見された「ホムスビ」を見て、
ゴートは計画を前後させる決定を下した。

 

(おそらくルシターンに対する計画が漏れているからな。)
先ほどとは打って変わり、厳しい顔でチップを握る。

 

カーテンを開いて窓から外を眺める。
その視線の方向は違ってはいたが、
意識は遥か遠く「法王庁」を見ている。

 

(法王よ。残念だったな、ルナの娘に会えなくて。)
クククと声を抑えて笑うゴート。

しかし、それも長くは続かず、口を大きく開いて笑い始めた。

「ワッハッハッハッハッハ・・・・・!!」

 

既に法王暗殺計画「SIKE」は発動している。

 



 

法王との謁見を終えて、
レイアルンは自分の部屋に向かって歩いていた。

カツカツ・・・

自分の足音しか聞こえない静かな空間。
既にレイアルンは事の異常さに気付いていた。

 

(静か過ぎる。)

 

確かに法王庁は静かな場所である。
太陽が降り注ぐ庭が窓から見える穏やかな光景。

だが、そこに鳥の一羽も見当たらない。

いや、法王庁の中に既に神聖な気配とは対極に位置する気配が充満していた。

 

鳥でも分かることを、
かつてレジスタンスにおいて「ホークアイ(鷹の目)」と呼ばれた彼に分からないはずも無い。

だが、ここで踵を返して、法王とディアドラの護衛に向かうことは出来ない。
何故ならば、つい先ほどから、自分の足音以外の足音が微かだが聞こえていた。

もしそれが殺気を孕んだ者の音であるならば、
レイアルンはいち早く先ほどの謁見の間まで全速力で戻ったことだろう。

だが、その足音はとても静かで、
そして、殺気など微塵も感じさせない、
いやむしろレイアルンを何故か懐かしい気持ちにさせる。

 

どちらが角を曲がったのだろうか?

 

レイアルンは長い廊下の先、こちらに向かって来る神父を認める。
近づくにつれ、レイアルンの中にある不思議な感覚は膨れ上がっていく。

そして、神父の姿も鮮明になっていく、

サングラス、
ロザリオ、

そして拳銃。

 

カツカツカツ・・・

 

気配ではなくはっきりとした音がレイアルンの耳に聞こえてくる。

 

(まさか・・・)

 

近づく二人。

 

(まさか・・・・)

 

交錯する二人。

 

(・・・・・・・・)

 

 

擦れ違い丁度レイアルンが10歩で止まる。
そして、1歩も1秒のズレも違いも無く、神父の足も止まった。

 

 

**********

 

「・・・・・」
フクウは視界の隅に走る人影に気付き身を隠した。

しなやかな動きで無駄が無い。
まるで用意されていたかのようにスッポリと、
大理石で出来た柱と壁の間に身を潜める。

微かに目を外に向けると、
そこには法王庁を守る警備Arfの姿がある。

そして、そこに乗り込む人間の姿。

(おかしいわね?あの男の顔には見覚えが無いわ。)

フクウの頭には、法王庁に勤める全職員の職歴と顔と名前が入っている。
それは法王庁を掃除する清掃員ですら、インプットされている。

 

(・・・あの動き、とても法王庁の護衛なんて閑職に回される兵士では無いわね。)

法王庁は一応EPMの最高顧問法王が住まう所ではあるが、
その扱いは当然低い。

故にその護衛に回される兵士も、
どちらかと言えば、実力は伴わない者であり、
ただ名誉と金、そして何より安全であると言うことで、
臆病な兵士には大人気の職である。

そして、そこに配属される兵士を決めるのはゴートの息が掛かったものであるので、
その実力は階級よりも下の兵士が優先されていた。

もっとも「月読」が作られた理由の一つがこれであるので、
フクウもあまり真正面から批判は出来ないでいた。

 

だが、今、フクウの目の前でArfに乗り込もうとする者は、
警備の服装はしていたものの、無駄の無い動きでコクピットを開き、
辺りを確認している。

(いくら閑職でもArfは一人一機・・・・あのArfはあの人間のものではないわ。)

Arfには癖が付く。
それは長い間、駆っていれば駆っているほどその人間の癖が付く。

LINK%が上がりやすくなるメリットと、
その者以外の者が乗ってもなかなかCHANCE・LINKを突破出来ないデメリット。

それ故、EPMの中では新人以外は、
決められたArfが割り当てられていたし、
まして実質閑職とは言えども、法王庁の護衛を任される兵士には当然、決まったArfがある。

 

フクウはそれも完全に覚えている。

故に結論付けた。

今乗り込もうとしている者は、法王庁以外の者である。
そして、警備兵の服を着て、Arfに乗り込もうとしている。

 

(早く、地下に行かなくては。)
フクウは静かに身をかがめて移動し始めた。

(・・・テロリスト・・・・)

脳裏に浮かぶ言葉。

ほとんど痛みは無かったはずの脇腹が、ズキリと痛みを発する。

 

 

(・・・L−seed・・・)

 

フクウは堕天使と目が合ったような気がしていた。

 

(誰なのかしら・・・・)

堕天使の瞳の向こう側にいた人間を思う。
その姿はどこかで見たようなシルエットになった。

 

ズキリ

 

また、脇腹が痛んだ。

その痛みにフクウは先ほど読んだメールを思い出す。

 

「大丈夫よ、BC。

私は、大丈夫。」

おまじないのように唱えた言葉に、
脇腹の痛みは消えて、

手に持っている鉄の重さと冷たさだけが、
研ぎ澄まされた感覚の中で鮮やかだった。

 

**********

 

黒い服の裾を翻して、
サングラスの神父は振り返った。

それと同時にレイアルンも振り向く。

 

片手で照準をつける神父に対して、
レイアルンもまたいつの間にか持っている銃口を向けている。

 

神父は既に拳銃を握ったままだったが、
レイアルンの手にあるのはどこにあったのだろうか?

それも二丁。

 

神父には既に気付いていた、
いや正確には知っていたのだが。

ジーパンの後ろに銃口の先をクロスするようにして、
挟められた拳銃。

振り向きざまに抜き放った動作はセインにも捉えることは出来なかった。
もし知っていなければ、動揺したかもしれない。

 

「・・・・・」
レイアルンにはサングラスの奥で神父が微かに笑ったように見えた。

 

視線を胸に落とせば、
いつの間にかイエスの磔の柄が反転して、

十字架の剣に。

 

それは確かに、あの男のモノ。

 

「シオンいやセイン。」

レイアルンは探りを入れるつもりも無く、
はっきりと神父の名前を呼ぶ。

「何だ?レイアルン。」
名前を直したレイアルンに従い、セインもまた「今」の名前を呼ぶ。

「銃を下ろさないか?」
レイアルンが頼むと、セインは首を横に振る。

「君からならば。」
セインの言葉にレイアルンはニコッと少年のような笑みを浮かべると、
スッと両手を下ろす。

無防備すぎるその姿に、
セインは下ろすつもりが無かった銃を下げてしまった。

(変わらないな。)
言葉に出さず、心で思うだけ。
その表情には、再会を喜ぶ片鱗さえも見えない。

 

「えっと、セイン。帰ってきたのかい?」
レイアルンの問いに、ゆっくりと首を振る。
今度はそれから続く言葉は無い。

「なら、どうして?」

「任務だ。」

「何の?」
少年のような問いに対して、セインは大人の邪悪さを含んだ答えを返す。

「SI2の情報収集能力も落ちたな。」
それは嘲笑ではなく、憐れみを含んだ口調。

 

「法王ヨナ18世の暗殺の援護。」

 

「!!」

レイアルンの驚きはどれほどだったのだろう。
ゆっくりと、上がっていくセインの右腕にただ視線を追ってしまう、

銃口がはっきりとレイアルンの眉間を捉えるまで。

 

レイアルンの腕がピクッと動くと、
セインは一言だけ。

「動くな。」

それは旧知の友に掛けるにはあまりにも残酷な言葉。

 

銃口をレイアルンに向け、一瞬の気の緩みも見せないセイン。

そこにはかつてのお坊ちゃん的な雰囲気は無く、
ただ抜かれていない日本刀のような静止した凄みがある。

それだけにレイアルンは、
シオンいやセインから、自分と別れてからの彼の辿ってきた道の過酷さを感じる。

 

 

「シオン!!」

 

 

銃声が一つ。

 

 

動けなかったのか?動かなかったのか?

 

弾丸はピクリともしないレイアルンの横を通って、
壁に掲げられた宗教画に穴を空ける。

紅い塗料が粉上になって噴き出す。

聖者の眉間に刺さったソレは、
血こそ流れてはいなかったが、
殉教の絵の雰囲気をより強めていた。

 

 

「セインだ。」

 

 

それは銃弾でありながら、
かつてじゃれあって出したパンチのような暖かさを持っていたのは、
レイアルンの思い過ごしなのだろうか?

部屋に向かうセインは立ち止まりもせずに、
後ろで立ち上がろうとするレイアルンに向かって言葉をかけた。

 

「命令が変わった。
法王を護衛する。」

「セイン?!」
レイアルンはセインの左手が持つ端末に何か文字が出ているのを認める。

とても、先ほどと言っていることが正反対な事を信じられるものではないが、
レイアルンはそれを信じた。

他ならぬシオン・・・セイン、だから。

「せめて、じいちゃんに会っていきなよ。姉ちゃんもいる。」
レイアルンの言葉に、セインは何の反応も見せずに歩き続ける。

 

(・・・姉さん・・・・)
セインの脳裏に浮かぶ二つの瞳の色を持つ女、
唯一過去を思い出させる存在。

 

俯くレイアルンに、唐突に言葉が与えられる。

 

 

「キッド。

コネコは見つけたか?」

 

その言葉にレイアルンは、立ち上がろうとしたことも忘れて座り込む。

その様子を見ることなく、セインは歩き続けている。

 

レイアルンの顔に、
さざなみのように徐々に広がっていく微笑。

 

セインの背中は既に遠いところにあったが、
レイアルンは座り込んだまま、
その背中に思いっきり、言葉をぶつける。

 

 

「ああ!!見つけたさ!!」

レイアルンからは何も見えない。

 

 

だが、レイアルンは知っていた、

 

セインが、
いやシオンが確かに微笑を浮かべたことを。

 

左手に持った端末の光は、
弾丸が発射された瞬間に点いたのだから。

 

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次回予告

理由が先か?心が先か?

団欒には、もう時は流れ過ぎていた


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
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人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。

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