「真実は隠されながら伝えられる」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第三十七話    「ヒドゥン・カーディナル」

 

 

 

「君がなんで、ここにいるんだ?」
モニターに映し出された一人の女。

コクピットの中で呟く言葉は、動揺を十二分に含んでいる。

グゥイーーン

そんな鈍い衝撃が背中に走る。
幾つも幾つも、受け止めていてもそれは震動として伝わってくる。

「いや・・・君たちか・・・ぐ!」

グゥイーーングゥイーーングゥイーーングゥイーーン

間断なく訪れるその衝撃は、次第に背中に痒みにも似た痛みをもたらし始める。
雨だれが石を穿つ、どこかで聞いたそんなことを思い出す。

「く!!」
歯の隙間から息が漏れた。
だが、動くことは出来ない。

呻きは痛みからではない、心の焦りから生まれていた。

 

『L−seed is Justice』

その真価は?



 

『地球平和維持機構(EPM)最高顧問会議が、本日午前10時より臨時に開かれます。
今回の参加者は軍事顧問ゴート=フィック、
EPM付属特別防衛機関「Φ」総帥ルシターン=シャト、
そして、今回臨時会議を開いた外交最高顧問法王ヨナ18世です。

会議の内容は不明ですが、地球上のテロの多発とそれに伴う軍事予算の増大、
力を力で抑え付けることに常々懸念を持っていた法王が、
何らかの軍事力縮小を議題に出すと言われております。

また、先日全世界に放送された月、衛星都市独立支援組織「モーント」の代表ルイータ=カルの演説についても、
対応を決めると思われます。
しかし、公式発表はされておりませんが、既に「モーント」側に地球への招待状が送られた模様です。
このことについても、正式に承認される運びになるとされております。』

テレビでは、にこやかな顔のヨナ18世が、
カメラに向けて手を振る様子が写されている。

その横には髭に軍服のゴートがいる。
ヨナとは対照的に、カメラの方をチラリとも見もせずに、
ただ腕を組み真っ直ぐ前を見つめている。

ゴートの視線の先にはルシターンが静かな顔で座っている。
ゴートと同じく軍人を思わせる服装ではあるが、
その姿からは王者の気品が漂い、カメラに向けた笑顔にも全く厭味が無い。

どこかリヴァイ=ベヘモットに似ている微笑。

 

**********

 

「さあ、もう良いだろう。ここからはオフレコだ。」
ガードマンがマスコミを荒っぽい口調で急かして外に出す。

最後のフラッシュの瞬間まで、ヨナは微笑んでいた。

重そうな扉が閉まると、一瞬場は静かになる。

ヨナ、ゴート 、ルシターンの他に、それぞれの補佐官や秘書がいるのだが、
彼らは三人の内誰が口火を切るのか、見守っている。

 

「さて、ソラのお嬢ちゃんから話さなければならんな。」
ヨナはゆったりとした動きで、両手を顔の前に組んだ。

「もう、招待状は出しておいたが?法王。」
ゴートが馬鹿にしたように言うと、彼の補佐官たちがクスクスと笑う。

ルシターンだけは、表情を変えず悠然と紅茶を口に運ぶ。

 

**********

 

EPMと言う組織は、名目上外交最高顧問である法王がトップである。
しかし、そうでは無いことは、EPMの中はもとより、世間一般に知られていることである。

ただ、マスコミや形式ばった書類の上でのみ、法王はその存在を示している。

EPMはこの地球の軍隊である。

また、そうならざる得ない時代に作られた機関でもある。

ルナとバインの対立。
月、衛星都市と地球の対立。

そして地球と言う様様な国の利害が蠢く中を、
潜り抜けて作られた機関。

その際にヴァチカンと言う、
地球最高の情報収集能力を持つ存在を味方に付けることは、
必要不可欠なことであった。

西暦からA・C・Cに切り替わった原因ともなった
「アムネジア・セヴンディズ(空白の七日間)」と言うコンピュータの誤作動により、
空前の大混乱に陥った世界を、
精神的に支え、その支柱足らんとしたヴァチカンの影響力を、
どうしても無視することは出来なかった。

たとえ一時の熱狂的な支持を得てはいなかったにせよ、
「地球の軍隊」と言う「EPM」の隠れ蓑としては充分な魅力的なものである。

 

外交最高顧問と言う肩書きは、その法王の存在ごと傀儡にしてしまうもの。

 

その事を一番理解していた、
時の法王はEPMの圧力には屈っしないことを明言していたが、
未だに世界中が不審な目を向ける「病死」によって志は潰えた。

 

「私が死すとも、ヴァチカンは軍隊の情報部になど成りはしない。

法王は常に自由の翼と祈りと言う無限の力、そして神のご加護と共にあれば良い。

それ以外の力は悪魔のものである。」

 

その言葉は世界には伝えられなかった。

本来であれば法王の逝去の際には、
カメルレンゴと言われる法王が指名する枢機卿が傍にいることになっているが、
法王は死の寸前までカメルレンゴの指名を行わなかった。

ゆえに、全く信じられないことであるが、法王の死を看取る者はいなかった。

 

そう言われている。

 

次の法王がEPMの圧力により外交最高顧問の肩書きを受け入れ、
法王庁がEPMの前身組織「Vertrauen(フェアトラオエン)」を吸収する形で「EPM」は産まれる。

その後すぐに再び法王は「病気」によって身罷る。

 

その時、世界は知ってしまった、ヴァチカンの無力さを。

もはや自分の王も守れないのだと。

 

全世界を財力で握る三つの家。

EPMを握る二つの家。

「三大名家」の一つフィック家と、
名家からは外れたものの未だ相当の力を有するシャト家。

 

 

EPMは世界に示したのだ、

その本当に力を持っているのが誰かを、

特にソラに向かって。

 

 

そして、前回よりもずっと静かに、世界が誰も気にしない中、

次の法王が現れた、
それは後に「名なしの漁師」とあだ名される者、

 

現法王ヨナ18世である。

 

**********

 

「そうか。さすがと言ったところのようだ、フィック殿。」
ヨナの言葉に満足気にするゴート。

「安心しておれ、ヨナ法王。
あの反乱者の女首領のことは、このワシに任せておけ。」
口元に笑みを浮かべながらゴートが言うと、ヨナもそれに笑顔を浮かべながら返す。

 

「ならば、私もあのお嬢さんにお会いしたいが、当然良いだろう?」

ゴートの笑みが、笑みの形を作りながら固まる。
目だけが少しばかり広がった。

「ん、なんと言った?」
その言葉に、ヨナはゴートの内心などお構いなしに、
いや内心を分かっているからこそはっきりとした口調で言う。

 

「私はあのルイータ=カルに会いたいと思っている。それだけだよ。」

ルイータが地球に来ることは、ゴートにとっては「火に入る虫」。
事故死に見せかけて殺すことは既に決定済みのことである。

ただ、その場に法王がいることは大変に不味い。

一見すれば、両者を一気に無き者にする絶好の機会ではあるが、
それはあまりにも図式が見えすぎる。

ルイータだけであれば、事故死だけでなくとも、ルナに犯意を持つ人間は地球には無数におり、
その組織もEPM寄りから、EPMに対しても敵対心を持つものもいる。
つまり、容疑者が多数い過ぎる。

だが、そこに法王の死まで加われば、全く別。

法王はEPMの中でも穏健派であり、表向きのトップでもある。

彼が死ぬことで最も得する人間は誰か?
それはあまりにも、愚かな民衆にとってでさえも、分かり易すぎる。

分かり易い故に、EPM本体だけでなく、フィック家にもその影響が強くでるだろう。
間接的にせよ、世界中から嫌われるのだから。

 

ゴートが渋る理由は別なところにある。

 

法王とルイータが一緒にいる時、そこにはEPMの精鋭が配備されることに他ならない。

EPMの精鋭とは、つまり「Φ」。
そこにはルシターンが存在することになる。

ルイータを暗殺するには、EPMの精鋭が必要だろう、
当然ルシターンの息がかかっていないEPM本体の精鋭が。

精鋭と精鋭が戦う。

 

優秀な者は他よりも少ない、当然互いが顔見知りである可能性が出てくる。
ルシターンの暗殺を計画している今、暗殺後「Φ」の中から反EPMの者になる動機を与えることになる。

それで無くとも、お互いが傷つけあうことは、結局EPMの力の減少に他ならない。
ただでさえ、L−seed、WAの攻撃でダメージを受けているところに、これでは辛い。

 

 

「むう。お考えは分かった。分かったが・・・」
頭の中で計算したゴートは、何とか翻意を促そうと口を開く。

「安心しなされ、私の警護はいつも通りで良い。
ルイータ嬢にのみ、警護の重点を置きなさい。」

「しかし!」

「もう良いよ、フィック殿。
私の希望は言った。外交部門の最高顧問は私だからな。」
それは有無言わせぬ圧力を持っていた。

それは、とても傀儡とされた法王の姿ではなかった。

少なくともあっさりと暗殺された前法王とは、全く違っていた。

 

**********

 

ヨナ18世の「名なし漁師」と言うあだ名の由来は、あまり知られていない。

いや、知られるにはあまりにもヴァチカンの暗部に抵触し過ぎる。
故に様様な風聞によって語られるその由来。

一般民衆は「漁師」については、
初代法王であるペテロが漁師であったと言う所まで思いつく。
ただ「名なし」については、多分EPMの傀儡だからだろうという程度。

 

ヴァチカンの暗部。

 

彼は法王になる前、法王候補である枢機卿の名簿の中にはいない。

けれども、枢機卿では当然あった。

 

ヴァチカンの暗部、それはヴァチカンが世界最高の情報部を有すること。

 

SI2

特殊諜報部第二課

通称、マドモアゼル・エスピオナージュ

 

あらゆる国に存在する教会と言うネットワークを持ち、
あらゆる市井の人々の悩み、不安を聞く立場となる者たちは、
それを一つに纏めるだけでどの国の諜報部をも凌ぐ絶大な情報が手に入る。

当然ヴァチカンにそのような諜報部があることを知らない者も多いが、
宗教と言う一つの考え方で纏められた彼らは、知らずに諜報員となっている。

後は集まった情報を選別して、処理するだけ。

その仕事は諜報部「神の耳」と呼ばれる彼らのもの。

 

では、特殊諜報部とは何か?

市井の人々の口に上らない、そして懺悔をしに来ることも無い者たちが持つ情報。
それらを手に入れるために、潜入工作を主とする部署。

聖職者とは完全に離れたような姿格好で、街を国を歩き、情報を手に入れる者たち。

彼らは必要とあらば、他の宗教の儀式に参加することも厭わない。

全ては神の為であるから。

 

「神の瞳」、特殊諜報部はこうあだ名された。

 

それは連綿とヴァチカンが存在してから、常に存在し、ヴァチカンを守り続けている。

 

 

しかし。

A・C・C 30年頃、既にソラへの大航海時代は到来し、
人間の生存域はかつてより倍増することとなっていた。

また、母なる大地を離れた人間たちは、
それに比例するかのように神の存在に対して興味を失いつつあった。

人を介した情報収集に限界が現れ、既に失明寸前の忙しさであった「神の瞳」。

そこに一人の枢機卿が現れた。

 

彼は特殊諜報部を二つに分ける。

一課を今まで通りの任務に付け、
新たに二課を新設、そこにはシスターを中心とした女性だけが選ばれていた。

 

昼は聖女として、人々の嘆きを聞き、

夜は娼婦として、人々の欲望を見つけ出す。

あらゆる「女」を武器として、情報を掻き集める。

 

SI2の完成である。

 

初代部長は、その忠誠の証に、任命されたとき自らの脇腹をナイフで抉ったと言われている。

自らが神の意思の中で動いていることを、忘れない為に。

 

そして、

SI2を統括する「見えない枢機卿(ヒドゥン・カーディナル)」、それが彼、

サイモン・テスタロッサ。

 

死の間際ただ一人法王の傍にいた男、法王の言葉をただ一人受け継いだ者。

 

 

 

「私自身、彼の名前をこの場で呼ぶことが出来ることを想像してはおりませんでした。

そして、私は彼を、サイモンをこの世に遣わせた神は、
不甲斐ない我々にイスラエルの民を荒野において40年間放浪させた時と同じ、
罰をお与えになるのだと感じている。」

法王の選挙「コンクラーベ」の結果を発表するとき。
その議長である枢機卿はこう言った。

 

全枢機卿が箱に入れた投票用紙は、全て白紙であった。

名前が書いてはいけない枢機卿は、ただ一人。

 

 

サイモン・テスタロッサ。

後のヨナ18世である。

 

**********

 

「ルイータ嬢をどのように迎え入れ、歓迎するか、その方法はあなたにお任せする。
早めに決めてくれると嬉しいのお。私もこう見えて忙しい身の上だからな。」

ヨナの言葉に怒髪天を突く勢いのゴートではあったが、
何とか自制すると、搾り出すようにして了解の旨を伝える。

「わかった。・・・わかった。」

「よろしく頼む。フィック殿。」

「・・・・法王、確認しておくが、歓迎方法はワシに任せてくれるのだな?」
ゴートが先ほどの怒りを消して尋ねる。

「おお、任せるとも。」
「わかった。任せておけ。」

そして、ゴートは口を閉じる。

その瞳は未だ怒りに燃えてはいたが、その雰囲気は何か凄惨なものが表れていた。

 

「さて、次の議題だ。シャト殿、良いかな?」
ヨナはゴートから目をルシターンに向ける。

先ほどから一言も言葉を発せず、悠然と構えるルシターン。

 

ヨナは自分の血液が、すっと冷たくなるような緊張感を持つ。

それは久しぶりに感じた、昔の感覚。

 

「Φを縮小しようと思うのだが?」

 


 

Justice基地 L−seedコクピット前

 

「フィーア。行ってくる。」

何処か後ろめたい気持ちで、言った言葉はやっぱり嘘っぽく。

それがフィーアに分からないはずは無いのに、
『いってらっしゃい。』を期待している自分が、とても格好が悪く思えた。

 

「うん。マナブ、気をつけてね。」
全てに気付いているだろうけど、それでもフィーアは笑顔を浮かべる。

 

その明るい笑顔を見て、軽く頷いたマナブはフィーアに背を向ける。

 

その背中を見つめて、フィーアは想う。

マナブを苦しめないために、自分がどうすれば良いだろうか?

 

かつてのように『妹』に戻ることは、

それだけは、

それだけはしたくなかった、出来なかった。

 

だから、

 

「マナブ!」

「ん?」

 

 

「んぐ!!」

 

 

 

触れ合った唇。

 

 

 

少しして、マナブの喉がゆっくりと動く。

 

 

マナブの両手ごと包むようにして、体に回していたフィーアの腕が解かれて、

長い睫毛の瞳がゆっくりと開いて、

二人の最後の接点が離れる。

 

 

開いた瞳には、

猫のような悪戯な光が。

 

 

 

「薬完了!!」

「お、おまえなあー。」

 

怒ったような、照れたような表情を浮かべるマナブに、

フィーアは満面の笑顔で、

フフフと笑う。

 

 

「いってらっしゃい!!」

そう言うと、フィーアはマナブをくるっと回して背中を押す。
本当ならば、戦いなど行って欲しくはない。

 

でも、フィーアは背中を押した。

マナブを少しでも楽にする為に。

 

マナブを失う恐怖と戦いながら、

自分が「妹」に戻らないことを確固として選択した。

 

 

コクピットの中に消えるマナブ。

L−seedの起動までの一時、マナブが再び自分を見るまでの少しの間だけ、

フィーアは泣き出しそうな顔をしながら、胸の前で手を組んだ。

 

**********

 

天空よりひっそりと、
いや本来はある程度の音が出てはいるのだが、
降り立つ姿はそう言わざる得ない雰囲気で、

「蒼と白の堕天使」は基地に降臨する。

 

その様を初めに発見した兵士は、
あまりにも静かで唐突であった為に、
しばしの間、呆然とそれを見ていた。

そして、ふと我に返り、
呆然としていた時間を取り戻すように慌てて、司令室にエマージェンシーコールを送る。

 

送った後、もう一度、堕天使を見ると、
それは何度も映像で見たテロリストであり、現実の敵であることを改めて理解する。

自分をなじる様にして、唾を吐きながら、

「ちぃ!」を舌打ちをした。

 

 

「正義だと?!!

頭のおかしいテロリストが!!」

 

目視で確認するしかない、L−seedを見て毒づく。

 

 

**********

 

「ここがヒュドラか・・・確かに、今までとは違う感じだな。」
マナブが呟くのと同時に、遅いサイレンが基地の中で響く。

戦闘はこなしているが、軍事的な知識が乏しいマナブには分からなかったが、
今までとは全く違う動きで、L−seedの周りが包囲されている。

EPMとて無駄に、Arfを潰させていた訳ではない。

L−seedの戦闘情報は蓄積され、様々な専門家たちに分析さていた。

それが勝利に届かなくとも、確実にそれに向けて一歩一歩階段を上っている。

 

ガガガガガ!!

 

いつもよりも、早い攻撃にマナブはそれを避けることが出来ない。

 

「ん!?早い?!!」

いつもよりも早く訪れた鈍い衝撃に驚きの声を上げる。

 

「気を付けて下さい。同じEPMの中でもヒュドラは精鋭揃いです。」
モニターの中からのサライの言葉に頷きながら、
教えられたことを復唱する。

「時間が経つと、他のヒュドラから大量にArfを投入されるんだろ。」

L−seedは軽く向き直ると、後ろに手を伸ばす。
一番持ちやすい位置に、剣の柄が触れる。

「そのとおりです。いち早い、完全破壊が必要です。」
変わらない静かな言葉に、マナブは少しだけしかめっ面をわざとする。

L−seedはレヴァンティーンをゆっくりと構える。

 

「ヒュドラ攻略は『アル・イン・ハント』に必要不可欠なものです。マナブ様。」
マナブはサライの真っ直ぐな黒い瞳を見て、表情を戻して頷く。

「分かっているよ。サライ。ありがとう。」
マナブの礼の言葉に、サライにしては珍しく不器用に微笑んだ。

「いいえ。」

 

**********

 

第6EPM基地 司令室

「所属不明Arf、基地に侵入!!」

「既に交戦開始しています!!」

「Wachstum一機撤退!!」

「慰問部隊の臨時会場に避難勧告!!」

「Wachstum二機破壊されました!!パイロット脱出確認!」

「非戦闘員の避難遅れています!!」

「敵、前進してきます!!」

 

最初のコールを皮切りに、
ヒステリーを起こしたように送られてくるコール。

 

一人の通信兵が一際大きい声で報告する。

 

「確認!所属不明Arf、『蒼と白の堕天使』です!!」

その声に、他の通信兵も一瞬ギクリと体を揺らす。

 

その後何事も無かったように報告を続けるが、
その場の雰囲気は、一変していた。

 

この部屋の扉を開けてすぐに、広大な黄泉が広がっているかのよう。

 

 

「ついに、ここに来たか!テロリストめ!!
よりによって、『蒼と白の堕天使』とはな。」
この基地の司令官である彼の脳裏に、データで送られて来た闘いが浮かぶ。

およそ兵士とは言い難い動き、
しかしその異形の機体にそれは似合っていた。

 

人の動きなど、L−seedはしてはならない。

計算など必要としない圧倒的な存在。

 

シオンの羽が音楽を奏でる白い翼。

螺旋状の二本の角。

白い水に蒼の絵の具を溶かして流したような体表面。

淡い光がこぼれる錆びたシオン鋼の板が打ち付けられた右手。

魔方陣が描かれた左手。

全身を抑えるようにしてある爪か牙のような装飾。

 

そして、

背面に微かに優しささえ感じさせる女。

 

そのどれもが、存在を強烈に感じさせる。

人ではない、存在を。

 

 

故に司令官の心に浮かんだ、

このヒュドラの一翼を担う第6EPM基地の司令官には、全く似合わない恐れが。

 

「交戦の映像出ます!」
誰かの声に皆、モニターを見つめる。
コールは未だ鳴り響いていたが、それに出る者はいない。

 

 

「「「おおお・・」」」

炎と煙が彩る風景の中に現れる堕天使。

映像が出たとき、誰彼とも無く声が漏れた。

皆、その認めたくない現実を認めざる得ない。

 

ふと、胸に光る何かに、モニターがそこを拡大する。

 

 

「L−seed is Justice」

 

「L−seed?」
誰かが呟いた。

「蒼と白の堕天使などと、大層な名前を呼ぶのに辟易していたところだ。」
司令官が忌々しげに言う。

「自分から名乗ったのだ。呼んでやろうでは無いか。」

 

「本日を持って通称『蒼と白の堕天使』を『L−seed』と改称。
全基地に映像データと報告を回せ!!」

 

部下に命ずると、司令官は改めてL−seedに向き呻くように言う。

 

「何が・・・・正義だ。」

 

 

Justiceの意味は、正義ではないのに。

 

 

 

**********

 

「兵器を捨ててくれ!!」
L−seedの向こうの世界にその言葉は届かない。

届いていても、アドレナリンが出過ぎている兵士には、死への誘い文句にしか聞こえない。

 

ビームは次第に数を増してくる。

それはL−seedが捉えるArfの数よりも早いスピードで。

「これでは、前に進めない!」
少し苛立ちながらレヴァンティーンを横に凪ぐ。

走る剣先は一機のWachstumを捉え、左腕を切り裂く。

 

いつもであれば、戦意を喪失する程の痛みを感じているはずだが、
いや事実感じているに違いない。

Φで無くとも、Arf乗りの精鋭が集められたヒュドラのEPM兵、

彼らがβ−LINK以下であることは、決して無い。

 

だが、彼らはそれでも戦い続ける。

いつもなら動揺が広がる状況だが、
その姿は仲間にも鼓舞となり、一層激しくL−seedに攻撃を浴びせる。

 

配備されているArfの機体の多さでは他の基地を引き離す。

 

そして、彼らが絶望せずに戦い続ける最大の理由。

 

「諦めるな!!!持ち応えられれば、他のヒュドラから必ず援軍が来る。」

 

通信を通して、彼らは祈りのようにこの言葉を掛け合う。

 

それは、祈りなんかより、

天上におわしますモノより、

ずっと早く、

そして、必ず訪れる、

救い。

 

 

 

痛みはほとんど無いが、前に進むことが出来ないことに呻く。

 

「ううう!減らない。どうしてだ?!」
L−seedの中でマナブは自分が弱くなったのだろうかと、自問自答を繰り返す。

だが、答えは出ない。

 

 

マナブの駆るL−seed。

弱くはなっていない。

ただ、戦い方が上手くは無いそれだけ。

 

今回は何故かJustice基地の中にいるサライやヨハネから助言は無い。

ここにあのシオンの檻「グレイプニル」でもあれば、
万分の一の確率で、L−seedを撃退することが出来たかもしれない。

だが、レルネが作らせたあれは、
あまりにもコストと危険性が高すぎるために予備用に作らせた一個しか残っていない。

まして、ここには無い。

 

 

羽根が鳴った。

L−seedの翼が勢いよく開いて、上空に舞う。

一体だけだが、翼を開閉してがら空きになった背後に、
上手く後ろに回りこんだWachstumもいたが、

それはいつも通り、
Wachstumが銃のトリガーを引く前に、
コクピットに差し込まれた巨大な熱の塊にパイロットは焼失した。

 

細い腕が持つ死の鎌は、

剣よりも確実に、
しかも上手に、

兵器の命を刈取った。

 

 

「ここから行くか。」
マナブが上空で体勢を戻すと、一気に降下する。

前線に突っ込むことも考えたが、それは余りにも荒っぽすぎる。

 

「!」

L−seedの後を追ってきたWachstumたちを、
レヴァンティーンで薙ぎ払いながら前線よりも離れた前方に向けて降下する。

 

地上では、後を追わなかったWachstumが、
L−seedの降下地点を予想して移動を開始している。

しかし、それを上回るスピードでL−seedは、
基地の中枢に近い位置に降り立つ。

それは最初に訪れたときよりも、ずっとずっと激しい降臨。

 

凄まじい音と煙。

辺りが何も見えなくなる。

 

そして、神殿に流れる讃美歌のような音がしたかと思うと、
白い翼が煙を一気に吹き飛ばし、天に向かって開く。

翼が起こした一陣の風が止む。

 

そして、そこにいる。

 

地面にそれを中心とした蜘蛛の巣状のひび割れ、

肩膝を突き、手に持ったレヴァンティーンの先を大地に突き刺す。

 

 

 

蒼と白の堕天使

刻まれた文字が瞬いた。

 

 

 

 


 

「その意見には賛成できかねますが、ヨナ法王のご意見を伺いましょう。」
ルシターンが多少の動揺も見せずに促す。

「現状において、EPMの軍事力は世界を制しておる。
いくら宇宙において、テロリストが騒いでおっても、その絶対は揺るぎが見えぬ。違うか?」

ヨナの言葉に頷くのは、何故かゴートだけ。

「今のΦのArf所有量を考えると、
これ以上、増やす意義はどこにも無い様に思えるのだが?」
現行の予算では、Φの軍備は増強する方向になっている。

もっとも、それはどこの国でも同じことではあるが。

 

ゴートは、EPM本体への軍縮に触れない法王を訝しげに思いつつも、

(法王め、一気にカードを切り出したな。
だが、Φが獅子身中の虫になりかけている今、この提案には賛成しておこう。

縮小してEPM本体に戻ることも良いからな。)

と、考え静観を決め込む。

 

「EPMの本来の存在意義は、世界の治安維持。
けれども警察官を増やしても、結局犯罪は無くならない。

ですが、EPMは警察ではありません。

軍隊です。

それも見える多くの敵を戦うのではありません。
既に戦いは見えない少ない敵を相手にしています。

そこから多くの民衆を守るためには、より多くの軍事力が必要なのです。」
口調も穏やかで力説をすると言う雰囲気ではないが、
ルシターンには確固たる意志が感じられる。

 

(シャト、本気で言っているのか?)

ルシターンの様子にヨナは少しばかり疑問を抱く。

(EPMに軍縮方向をつけさせるための、Φの縮小には賛成するとは思ったが・・・・)
ヨナはΦの縮小を機にEPM自体に軍縮の方向性を着けさせようとしていた。

 

「既に戦いはテロリストとEPMになっておる。そこに民衆が巻き込まれているだけでは無いか?」

「民衆を守るのが、EPMでありΦです。」
ヨナの言葉に静かだが真っ向から否定するルシターン。

あわよくば今回の臨時会議において、EPM最高顧問の名で強権を発動して、
議決をしてしまおうと考えていたヨナ。

本来であれば、そのようなことをしても多数決で否決されるが、
ルシターンが動けば、それは可決される。

例えこの会議で決まったことが反故にされたとしても、
一応世界にはこぞってマスコミが発表するだろう。
ゴートがそれを抑ようとしても、微かでも情報が漏れれば、マスコミが勝手に尾ひれを付けてくれる。

故にただでさえ注目が集まるEPM最高顧問会議を、臨時に開いて注目を増させた。

 

「まあ、臨時で開かれた会議だ。
テロリストのデータも揃っておらん状況ではこれ以上の話し合いは無理だろう。」
ゴートが締めくくりに掛かる。

「もっともΦの縮小はワシも考えておったところ。前向きに検討しようではないか。
のう、ヨナ法王?」
「ああ。そうしよう。」
先ほどとは違い柔和な対応を見せるゴートに、何か嫌なものを感じながらヨナは頷く。

 

(やれやれ、昔のようにはやれんな、私も。)

いつも持ち歩いている大き目の聖書を撫でながら、
ヨナがそんなことを思いつつ、会議は終わる。

 

**********

 

それぞれ授業が終わった生徒のように、
席を立ち話し相手を見つけて、部屋を出て行く。

ゴートも急ぐのか、ヨナに一瞥をくれただけで部屋から出て行く。

 

その様子を見て、法王はわざとゆっくりと立ち上がり、
それを待っていたようなルシターンと歩調を合わせて横に並ぶ。

 

「シャト、変わったのか?」
小声で呟くと、ルシターンは目を前に向けたまま、微かに口を動かす。

「お気をつけになることです。」

「?」

「そして、想いは変わりません。」

ルシターンの目の方向に修道女らしからぬ雰囲気の女性。

足元には黒い猫が顔を舐めながら座っている。

 

紅い髪が窓から差し込む陽光に照らされて美しい。

左右非対称の瞳の色は、清楚と妖艶の二色。

その両面で相手を引き付けて止まない。

ヨナの血を均等に受け継いだ女。

 

「ディアドラ!どうした?」
ヨナが声を掛けると、慌てた様子でディアドラが駆け寄ってくる。

ルシターンの心が、静かだが確かに鼓動した。

ヨナの横に立つルシターンに深々と礼をする。

「ルシターン様、お久しぶりです。お元気そうで。」
「こんにちは、ディアドラ。久しぶり、変わりないか?」
「はい。」

「元気そうだな、彼女も。」
ルシターンが足元の猫に目をやると、
ディアドラは微笑んで抱え上げる。

 

にゃあ。

 

二人はそれから、無言で見つめあう。

ルシターンの蒼の瞳とディアドラの蒼と灰の瞳。

 

二人に挟まれた猫は、かつての飼い主と今の飼い主を交互に見つめる。

 

 

「おいおい、私に用だったのだろう?」
ヨナは少々、野暮かとは思ったが声を掛ける。

父親の感情。

 

「お父様。それが・・・」
ヨナとルシターンの顔を交互に見る。

それを察したルシターンが一歩後ろに下がりかけると、
後ろから声が掛かった。

 

「ルシターン兄さん、久しぶりだね。」

振り返ると、
ルシターンと同じ上等の軍服を着ながらも、
何故こんなにも雰囲気が違うのだろう。

育ちに違いは無いだろうに、

異父弟バロン=ケルベの姿。

 

「バロン。久しぶりだな。」

「ああ、それとディアドラもね。」
ルシターンからの挨拶を軽く流すと、後ろに目をやり声を掛ける。

「お久しぶりです。ケルベ様。」
ルシターンに対するのと同じように深々と礼をするが、
その姿はどこか余所余所しい。

「相変わらず。綺麗だな、ディアドラ。」

「そんなことはありません。でも、ありがとうございます。」
どこかヨナの後ろから隠れるようにして、ディアドラは話す。

 

「お父様。」
ディアドラが促すように呼ぶと、ヨナは兄弟に声を掛ける。

「すまんな。二人とも、昔話はまた今度にしてくれんか。この後予定があってな。」

「そうでしたか。では、くれぐれも。」
ルシターンの物言いに、ヨナはやはり何か含みを感じながらも頷く。

「そうかい、そうかい。ま、気をつけな。
またな、ディアドラ。

今度を会いに行くぜ、食事でもしよう。」
バロンの言葉には、どこか悪意が感じられるのはいつものことだが、
その時の言葉には、何か違ったものがあるように思えた。

「すまんな。」
ヨナは短く言って歩を進めた。

「では、ルシターン様、ケルベ様。」
ディアドラは礼をして、
少しだけルシターンの方を見ると、ヨナの後に続く。

猫も少し名残惜しそうな顔で、振り返り振り返りして歩いている。

 

 

三人の姿が長い廊下の向こうに消えると、
ルシターンもまた歩き出す。

 

「兄さん。相変わらず、ディアドラは良い女だな。」
その背中に、先ほどよりも強い悪意と厭味が篭った声がぶつけられる。

「そうだな。」
軽く答えて振り返ると、
そこには声と同じような表情のバロンがいた。

「相変わらずだ!あの女は、おまえだけを、名前で呼ぶ!俺を歯牙にもかけずにな!」

「付き合いの長さだろう。お前を無視している訳ではない。」
バロンの悪意を受け止めもしないルシターン。

その様子にますます顔を歪ませるが、
ふと表情を緩め、涼しげなものになる。

そうしていると、若干ではあるがルシターンに似ていなでもない。
あくまでも顔だけ、だが。

 

「ルシターン兄さん。気をつけることだ。テロリストはどこにでも潜んでいるからな。」
「・・・」
バロンの言葉の意味に気付いているのか、いないのか?
ルシターンは無言で背を向けて歩き始めた。

 

「バロン。母君は元気か?」

「ママか?ああ、元気だぜ。」
ルシターンの言葉に珍しい母親の名前が出たことに驚く。

バロンの様子を気にもかけず続ける。
「お体を大事にと、言っておくことだ。
以前電話でお話をした時、声が幾分擦れていた。」

「ふん、おまえに心配なんかされてたら、ママはもっと具合が悪くなる。」

「そうか・・・では、心配していないと伝えてくれ。」
ルシターンが再び歩き出す。

「馬鹿じゃないのか?おまえ。」
吐き捨てるようにして言うバロンに、
ルシターンは言い返すことも無く立ち去った。

 

その姿に逆に敗北感を感じるバロンだったが、
すぐにその表情を喜色に一変させる。

 

 

 

「まあ、もうすぐだ。ルシターン。

もうすぐだぞ、ディアドラ。」

最もいやらしい笑みを浮かべてバロンは呟く。

 

**********

 

法王控え室

 

「ここなら、盗聴の心配は無い。どうした?」
ヨナが座りながら促す。

「SI2から報告がありました。お父様、レイアルン達がいるEPM基地にあの・・・」

「あの?誰だ?」
ヨナの脳裏にフクウからの報告書が浮かぶ。

色とりどりの強大なArfたち。

 

「『蒼と白の堕天使』です。」

 

悲痛なディアドラの声に、ヨナは一瞬声を失う。

 

「あれか・・・・あの、よりにもよって・・・・、あれか・・・・」

閉じた瞼に浮かぶ、あの異形の機体。
何処か宗教的なニュアンスを持ちながら、
その通称が見事と思えるほどに、圧倒的な存在感を持つあの機体。

 

「今は・・祈るしか無いのか?」

かつてよりも権力を持ちながら、何故あまりにも今は無力なのだろう。

ヨナの姿にディアドラは顔を伏せていたが、
顔を上げて告げる。

 

「お父様。

レイアルン、フクウ、アミ、デュナミス、カイ、プリン、ホウショウ、

みんな、みんな強い子たちです。」

 

「そうだ、そうだったな。・・・・・ディアドラ、聖書を取ってくれ。」
ディアドラはヨナの聖書を持ってくる。
それは会議に持っていった大きい豪華な聖書ではない。

ディアドラが鞄から出した聖書。

 

それはとても古ぼけた聖書、

長い年月を越えてきた、
長い戦いを越えてきた聖書。

「お父様。どうぞ。」

「ああ。ありがとう、ディアドラ。

私が祈りを捧げるのは、この聖書こそが相応しい。」

ヨナはそう言って、聖書の上で手を組む。

横でディアドラもまた、祈りを捧げている。

 

 

(・・・シオン・・・どこにいるの?レイアルンは戦っているのよ。)

 

それは無くした弟。

ディアドラの足元で、猫もまた目を閉じていた。

 

 


第6EPM基地内

 

EPMの軍服の女性が廊下を静かに歩いている。
何か書類のようなものを抱えて、胸の階級章が見えない。

彼女の横を慌しく人が掛けていく。

基地内にアラームが鳴り響いたのは、その後すぐだった。

 

手近にあったドアノブを回して入り込む。
電気をつけずに見回すと、誰もいない。

(何が起きているの?)
女は暗闇の中で思う。

 

カチ

電気をつけるとそこは資料室のようだ、
パソコンが一台と本棚が十個ほど並んでいる。

「この端末からでも侵入できそうね。」

基地内のパソコンは全て一つに繋がっている。
ただ、シークレットな情報を得るためには、
司令室にあるメインパソコンから離れれば離れるほどに、
解除していくロックの数が多くなる。

 

「ようやく、これが使えるわ。」
そう言うと女は、深々と被った帽子を脱ぐ。

帽子から金色の長い髪が滝のように肩を滑り落ちる。

一度、頭を横に振って、髪を手ですくと、よく手入れがされているのだろう、
すぐにボリュームを持った美しい髪型となる。

「ふー。」
帽子からメモリーチップを取り出すと、
それを端末に挿入する。

幾つも数字と文字の羅列が画面を飛び回って、
凄まじい勢いでロックを解除していく。

(さすがは、SI2の解読チップね。一回しか使えないのが勿体無いわ。)
蒼い瞳を輝かせて解除していく様を見つめる。

 

5分かからずに、モニターの中での動きが止まる。
その時、この資料室の端末は、司令室のパソコンと同じものになっていた。

(これだから、パソコンのセキュリティーは信じられないのよね。)
そう思いながら、モニターに近づいて、キーボードを操作し始める。

 

「まずは・・・本題よりも先に、何が起きているのか。調べないとね。」
先ほどのアラームの正体は判明させておかなければ心配でならない。
もしかしたら、自分が紛れ込んだことを知らせるものかも知れないのだから。

(そんなことは無いでしょうけど。)

 

画面に流れる文字を読む。

 

「なんですって?!みんな!」

 

 

所属不明Arf侵入

通称「蒼と白の堕天使」確認

 

「みんな、無事でいて。」

デュナミス=ヴァイローは、
部屋の天井を仰いで祈る。

そう、そこよりもずっと上、地上で自分の仲間に危機が迫っている。

 

 

基地中心部に侵入

慰問部隊の会場施設付近まで侵入

 

しばし呆然としつつも、
デュナミスは自分の使命を遂げるべく、端末に向かう。

SI2が開発した解読チップは一度しか使えない上に、
時間が経つと爆発する仕組みになっている。

そのままの爆発は、パソコンを完全に燃やす程度、
但し端末から抜けば、部屋ごと吹き飛ばす威力となる。

 

全ての証拠を消し去るために。

もしくは、他人に発見されたときに、デュナミスごと消し去るために。

 

 

SI2の解読チップ「ホムスビ」

 

「消されないようにしないと。」
何処から出したのか、
バイザーを目に当てて、凄まじい勢いでキーボードを叩き始める。

 

(みんな、無事でいなさい。ホウショウ・・・頑張って。)

 

**********

 

「ここからなら、すぐに中枢を狙える。」

マナブは眼前に広がる大きめの施設の向こう側にある部分を見た。

そこにはJusticeの情報にある基地の中枢があるはず。

 

後ろから多数のWachstumが近づいてくる。

くるりと振り返るL−seedに、
幾つモノ光線が降り注ぐのが見えた。

「早いな!」

翼を前面に持ってきて数個弾くと、
横に出来た空間にずれて、残りをかわす。

 

 

後ろで爆発が起きる。

 

 

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 

「そうそう、当たってられないからな。」
マナブは嬉しそうに言う。

その時、何か聞こえた気がして、マナブは後ろを振り返った。

 

「え?!」

 

それた光弾はL−seedの背後の施設に辺り、ぽっかりと穴を空けている。
炎が巻き起こり、黒い煙があちこちから昇っている。

明らかに兵士ではない姿の人々、
あるいは非番の兵士なのか?ラフな私服を着た人々が口を押さえて逃げ惑っている。

中には空いた穴から、間近にL−seedが見えたのか、
恐怖によって、蝋人形のように固まっている人もいる。

 

マナブの耳に空気を熱が焼く音。

 

「く!何だって?!」
振り向きざまに剣を一閃。

光弾を切り落とす。

だが、その剣を逃れた一弾が、まさに人々の姿が見えるその穴に突っ込む。

 

一瞬の光、炎上する人間。

まさに蝋人形であったかのように、人が溶ける。

 

「非武装の人間がいるのに!!」
マナブは怒りを露にする。

まして、攻撃しているのは、
その非武装の人間の仲間であり、もしくはそれを守る人間であるはず。

「それなのに!!!!」

マナブの怒りが行動を起こす前に、次々と包囲が完了したWachstumから攻撃が加えられる。

 

**********

一人のパイロットが、
着地してすぐに動き出すものと思っていたL−seedが、
急にその場に止まったことを不思議に思い、
L−seedの後ろにカメラをズームする。

カメラの先には明らかにL−seedの攻撃ではない攻撃で、
燃え盛る慰問部隊「月読」の臨時公演会場があった。

他の兵士もそれに気付いたのだろう、何人かのWachstumが銃を下げる。

 

「隊長!蒼と白の堕天使・・いえ、L−seedの背後には、
慰問部隊がまだ退避行動をしているようです!!」

「馬鹿者!
戦闘に参加も出来ないお遊戯部隊もここで死ねれば本望だろう!!攻撃しろ!!

今、あの堕天使を逃したら、基地は壊滅だぞ!!!」

隊長の怒鳴り声に、及び腰だった他の兵士も銃を構える。

 

 

「やれ!!」

その掛け声は、兵士から良心と人間を奪う。

 

**********

 

「またか!!気付いてもいても、やるのか?!」
マナブは収まり始めた攻撃から、一層激しさを増した攻撃に呻く。

ぎゃりっと、地面を研ぎながら足の平を摺らせて振り返る。

翼が大きく開かれて、会場に空いた穴を守る。

 

背面の女が、たった一人、纏う物も無く、棒を持って立ちふさがった。

 

「何とか助けなければ。」
マナブの前にいる人々は、マナブの敵ではなかった。

それは武器を持たない、ただの人間だから。

だが、
人によっては、L−seedが向かってくるのだと思ったのだろう、

銃を向けてくる者がいた。

 

「何故・・・」
マナブはその姿に寂しそうに呟くと、立ち去ろうと脚に力を込める。

だが、次の瞬間、その力は抜け、
銃で撃たれてもなお、崩れ落ちそうな天井を持ち上げ、逃げ道を作る。

 

「どういうことだ??ここに君が。」
L−seedを動かしながらも、
マナブの動揺を多分に含んだ声。

 

「君がなんで、ここにいるんだ?」
モニターに映し出された、知っている姿。

銃を構えて、逃げ惑う人々を守ろうとする者。

逃げずに立ち止まり、ただ、銃を撃ち続ける。

 

綺麗な人影。

 

月読副隊長 フクウ=ドミニオン

 

**********

 

天井が取り除かれ、空気が綺麗になったことを訝しげに思い、
銃を撃つ手を止める。

 

(どういうこと?)

 

先ほどよりも見やすくなった青い空。

フクウは不思議そうに空を見てから、L−seedを見る

 

てっきり、殺されると覚悟していた。

 

ここヒュドラのEPM基地に来るとき、
公演会場が既にあることと
月読としても正体が露見する可能性があることを考え、
自分たちのArf、Powers改は法王庁に置いてきていた。

最初から、EPMの秘蔵情報の収集が目的であったために、
大き目の武器も一切合切置いてきていた。

あくまでも慰問部隊として入り込んだのが仇となった。

 

当初、公演の最中に諜報活動を行うことで、
デュナミスへの疑いを無くそうとした作戦。

レイアルンの手引きで、デュナミスを基地に侵入させた後、
しばらくして満席の会場にアラームが鳴り響いたのだ。

今日は民間人にも開放された公演だった事も、あったのだろう。
これは月読が部外者の姿を基地内で見ても、
咎められないようにするためであったのだが・・・・。

最初、多くの観客が演出だと思い動かなかった。

非番の兵士もそこに多く留まった。
月読の人気の証でもある。

 

月読のメンバーも、もしかしてデュナミスが?と言う疑問から、
迂闊に動けないでいた。

全てががんじがらめで、後手に回った。

 

レイアルンが駆け込んできて、
民間人を避難させはじめて、まさにあと少しという所で、
外から光弾が投げ込まれた。

爆風でフクウの体もかなり傷つき、
特に脇腹からは血がゆっくりと染み出している。

だが、痛みは忘れている。

 

思いは仲間の安否と状況の確認のみ。

先頭で誘導するカイ、アミ、ホウショウは無事だろうが、
中ほどにいたプリンが心配であった。

レイアルンは、
フクウがデュナミスを迎えに行かせて、いなかった。

 

目の前で死んだ自分たちのファン。

 

フクウの中にこみ上げる何か。

そして炎に縁取られた穴から見えたソレ。

 

フクウは間違いない怒りを込めて、銃を撃て続けていた。

 

 

そして、間違いなく。

フクウは恐怖していた。

 

ソレに。

「死になさい!!」

 

蒼と白の堕天使に。

「死になさい!!!」

 

L−seedに。

「死になさい!!!!」

 

 

 

なのに、堕天使は驚いたように、困ったように佇み。

空を見せてくれた。

持っている銃の扱いをどうしようか迷っているフクウに、
怒鳴り声が掛けられる。

 

「馬鹿!!早く、退避するぞ!!」
プリンの声に、フクウは顔を確かめて安堵のため息をつく。

「無事だったようね。良かったわ。」
フクウが汗で張り付いた髪の毛を払って、微かに微笑む。

「何言ってんだよ!
蒼と白の堕天使相手に、
ハンドガンで戦いを挑むドンキホーテに言われたくないよ!!まったく!!!」

プリンはフクウの余裕に半ば呆れながら言葉を返す。

 

走り去るプリンの後を追って、
走りかけたフクウが、今一度自分が生き残った意味を知ろうと、
振り返るが、

 

既に、L−seedはいなかった。

 

 

ただ、焼け焦げた死体だけが、残されるばかり。

 

 

 

それに、フクウは確かな怒りを記憶に刻み込む。

 

 

 

L−seedの優しさなど、

記憶の何処かに仕舞い込まれて、

そして鍵を掛ける。

 

何重に。

 

**********

 

「良かった・・・逃げれたみたいだ。」
マナブは物陰に消えたフクウに見えない笑顔を見せると、
かなり増してきた背中の痛みに、怒りを感じる。

 

「フィーア・・・・今回は無事に帰れそうだ。」
通信のスィッチを切って、マナブは呟く。

 

翼が勢いよく閉じると、
それまで防戦一方だった背面の女を包み、
全ての光弾が弾き飛ばされる。

ゆっくりと、とてもゆっくりと振り返るL−seedの瞳が、
はっきりとした戦意を映す。

力を込めて握った右拳の甲が、幾分光を増したように見えた。

 


 

仲間の合流地点へ向けて走る男女二人。

一人は警備員の姿、もう一人は軍服に帽子。
帽子から金色の髪が見え隠れしている。

 

「隊長。すぐに法王庁に戻りましょう。」

「そうだな。みんな無事のようだから、帰って少し療養しよう。
今回は予想外なことが多すぎたしね。」

 

「いえ、すぐに任務があります。」

「・・・・・・・どういうことだい?」

 

「ルシターン=シャトの暗殺計画が進行中です。」

「そうか。」

 

無言で急ぐ二人。

ふと男がため息のようにして、

 

 

「・・・・全く・・・・・予想外なことばかりだな。」

 

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次回予告

世界を揺るがす計画

人はそれを知らずに動いてる


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、このメールで、l-seed@mti.biglobe.ne.jp お願いします。

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