「想い出と意味の証」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第三十六話    「凝血」

 

 

 

「マナブ、とっても優しい人たちだったよね。」
バイクを降りて、笑顔でフィーアが語りかける。

だが、マナブの顔は少しだけ暗い。

フィーアだからこそ気付く、その雰囲気に笑顔が一転して心配顔になる。

「マナブ?」
その声にフィーアに気付かれたことを知り、マナブはわざと難しい顔を作っていった。

 

 

「サインを貰うの忘れてた。」

上手な嘘だった、マナブにしては。
フィーアは、その言葉を聞いて口に手をあてる。

 

「ふっふっふっふっふ・・・」
手から笑い声が漏れる。

「な、なんだよ。」
マナブは悪戯っぽい光をたたえたフィーアの瞳を見て、少しばかり引き気味に尋ねる。

「じゃあーん!!」
声と共にジャケットの背中から何かを取り出すと、マナブの前に差し出す。

その表情はしてやったりの顔。

 

そこにはいつ書いてもらったのだろうか?月読全員のサインが書かれた色紙だった。

レイアルンの名前まで入っているのは、フィーアらしい気遣い。

 

「おおお!」
マナブはそれを手に取ると思わずうなり声をあげる。

フィーアを心配させまいと、付いた嘘だったが、
サインが無いことを惜しい気がしていたのは紛れも無い事実。

基本的に軍隊である月読のサインは中々出回らない。

 

しかも、よく見れば、サインには「マナブ=カスガさん江」と書かれている。

 

嬉しさを隠して、わざと

「名前が入っていない方が価値があるのに、わざわざ書かなくても良かったのに・・・」
とひねくれたコメントを出す。

 

フィーアは、その言葉にちょっと頬を膨らませた。

 

「もう!もう!」

 

 

(牛か?おまえは。)
と微かに思いつつも、マナブはぼそりと呟く。

「でも、ありがとう。」

それはどこか罪悪感があって、下を向いたままの感謝。

 

 

だがサインを見ていて、マナブはふと気付き、フィーアの方を向く。

 

「フィーア、おまえの分は・・・んぐう!!」
フィーアの分が無いことを聞こうとした矢先、その口に何かが入れられる。

 

 

慣れた日常のいつもの感覚だ。

 

 

「薬完了!!っと。」
フィーアが、先ほどよりも増した悪戯な瞳を輝かせて、高らかに宣言する。

両手をパンと胸の前で鳴らすと嬉しそうに飛び跳ねる。

 

 

「こ、この!!おまえ!!」

 

 

 

「マナブ、薬は飲まないと駄目だって、言ったでしょ!」

「だからって、急に、やるなと言っているだろうが!!」
マナブの怒りの声から逃れるように、フィーアは既に走り逃げている。

 

互いが血を飲ませる行為であることを自覚したこの日常は、
これくらい明るい雰囲気で行われなければ、あまりに痛々しい。

 

それも互いに理解しあっているのだろう、
マナブとフィーアはわざとらしいほどに声を大きく出している。

 

「フィーア!!」

「じゃね!マナブ、今日は楽しかったね〜!!ありがとう!!
一際、大きい感謝の言葉が追いかけようとしていたマナブの足を止める。

 

 

「まったく・・・・」
呟いて手に持っているサインを見る。

多分、フィーアのことだ、サインはマナブの分だけなのだろう。

 

マナブのことを一番に考え続けているフィーアにとって、
それはとても自然のことであった。

それが分かるから、余計に、そう余計に、

 

 

マナブは

 

辛くなった。

 

「すまない、フィーア。

 

俺は、

知らなければならないんだ。答えを。」

 

 

 

緑色の髪の淑女の行方を。

 

 

 

銀色の瞳の麗人の正体を。

 

 

 

マナブの中で

答えは既に、出ているように思えたが。

 

 

**********

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

「・・・・・・・嘘つくの下手なんだから・・・・」

フィーアはマナブから見えないところで歩いていた。

 

(マナブ・・・・・)

 

悲しげに瞬かれる黒い瞳。

先ほどの楽しげな表情は微塵も無い。

 

ただこれだけは言える、

 

マナブが嘘をつくのが下手なのではない、と。

 

 

「・・・・マナブ・・・」

 

ポソリと呟かれた言葉。

 

それはフィーアのすべて、だから。

 


 

「ルイータ様。そろそろ、お時間ですので、よろしくお願いします。」
穏やかな笑みを浮かべて、青色の髪の青年は告げる。

声を掛けられた者は、
飲んでいた紅茶のカップを音をさせずに皿に戻すと振り返る。

 

「わかりました。すぐに行きましょう。」
同じ青い髪の少年のような美女は、すっくと立ち上がった。

そして青年の前に立つと、少しだけ逡巡してから口を開いた。

「リヴァイさん。今日の演説なのですが、
少し思い出話をしてもよろしいでしょうか?」

言葉が紡ぎ出された赤い唇を少しの間だけ見つめるとリヴァイは答えた。

「あなたの素性が分かってしまうような内容は控えていただきたいのですが。」

「今日は空(ソラ)から、地球への放送もします。
ですから、どうしても言っておきたいのです。」
ルイータは凛とした瞳でリヴァイを見つめた。
そこに哀れみを誘うものは見えなかったが、
どこか強い心と弱い心が混在する、そんな不思議な色に見えた。

リヴァイは銀の瞳から目を反らすと、顎に手を当てて少しだけ考える。

(DNA検査でEPMからのお墨付きも得ている・・・不安はあるが・・・)

「良いでしょう。但し、地名人名などの特定できる名前は使わないでください。
宜しいでしょうか?」

「ありがとうございます。」
ルイータは深々と礼をする。

「止してください。あなたはこの『モーント』の代表者です。私にそんなに頭を下げる必要は無い。」
リヴァイはルイータの顔を上げさせる。

青い髪と銀の瞳が揺れる。
その髪と瞳の色に、リヴァイの脳裏の中の思い出が重なる。

 

「にいさま。」

 

それは今のルイータより、ずっとずっと年下の少女であったが、
リヴァイの脳は錯誤を起こす。

思わずリヴァイは目の前の女性を抱きしめた。
虚を突かれたルイータは何の声も上げずに抱きとめられる。

「ルイータ」

 

リヴァイから囁かれた言葉は、果たして誰のことを呼んでいたのか?

 

「あ・・」
ルイータが何かを言おうと口を開きかけたとき、
リヴァイが現実に戻る。

リヴァイは、ゆっくりとルイータを離すと距離を取る。

「すみませんでした。」

リヴァイは頭を下げてそれだけを言うと、背中を見せた。

ルイータには、その姿に理由を尋ねることは出来ない。
背中から立ち上る彼に似つかわしくない動揺と後悔の雰囲気が、それを許さない。

 

だから。

「行きましょう。」

 

ルイータはそう言った。

微かだが、自分に向けるリヴァイの瞳の中の心が見えた気がしていた。

 

**********

 

部屋の中、マナブは一人、テレビを見ている。

いつも彼はテレビを見ているようだが、それは間違いである。
L−seedに乗る前は、よくテレビを見て笑っていたし、
ゲームで徹夜することだってあった。

フィーアと一緒に、その頃は本当に兄妹として、映画を借りて見たりもしていた。

だが、L−seedに初めて乗ってから、マナブはそれらを止めた。

テレビのニュース、速報などの中に自分の姿が写る様になってからは。

 

物を壊す内容のゲームは、マナブに現実を思い出させたし、
映画よりも衝撃的なことを彼は体験し続けている。

 

だから、むしろマナブはテレビが嫌いになっていたかもしれない。

だから、マナブは苦しそうな顔をしながら、テレビを見つめているのかもしれない。

 

いや、それは間違いか・・・。

 

テレビに映るのが、青い髪の麗人でなければ、そんな顔はしていないだろうから。

 

どこか国会議事堂を思わせる建物の中で、大きな演台の真ん中に立つルイータの姿。
回りの大人たちは恰幅が良い者たちが多いせいだろうか?

いや、それでなくとも、彼女はとても線が細く、小さい。

 

けれども。

 

「みなさん、こんにちは。モーントの代表ルイータ=カルです。」

その一言で、会場は彼女に飲み込まれた。
血の為せる技なのだろう、その吐く息が、見つめる視線が、体から出る香りが、
形が無いそれらが、聞く人の体に入り、彼女の一言一言に感銘を受けてしまう。

形が無い故に、テレビを通して見る人にもそれは起きる。

それは脅威の才能。

 

人は、彼女の話に耳を傾ける。

他人に話を聴かせるというのは、もはやその人間に対して半分以上心を開かせたということ。

「聞かせる」のではなく、「聴かせる」。
そこまでに持っていくのが、なんにせよ難しいのだから。

 

ルイータが血によって継承した王者の才能。

 

マナブはその才能に、聞き覚えがあった。

 

そして、それを意識したときから、マナブの顔はますます苦しそうに歪む。

 

きっとフィーアが傍にいたら、間違いなく悲しい表情を浮かべるだろう。

 

 

きっと、テレビに映る彼女もそうなる。

マナブのその表情を浮かべさせたのが、自分だと言うことを知らなくても。

 

二人とも、きっと、そうなる。

 

 

「・・・そこにいるのか・・・」

答えはもう出てしまっていた。

 

**********

 

「ありがとうございます。」

万来の拍手の中、ルイータは笑顔を浮かべる。

それはまた一つ大きな手ごたえを感じたことと、
これから話すことは、本当に彼女が話したいことだったから。

見れば多くのルナの民衆はもちろんのこと、
最前列に居並ぶお偉方たちも立ち上がって拍手をしている。

男装するルイータの姿も、当初は訝しげに見られていたが今では、
女性でありながらこの不安定な世界に飛び込んだ希望の騎士のような風に受け止められ、
主に同姓である女性からの人気を得ている。

それは「男装の麗人」と言う、
一つの記号化した「ルイータ=カル像」を作り出すことに成功した証であり、
リヴァイの思惑通りとも言えた。

まだ若いが賢いエメラルドはその事実に気付きつつも、
ただ自分の行っている先に自分の思う理想があることを信じて、
民衆に対してメッセージを送り続ける。

当初の一人称がいかにもな「僕」であったのが、
今では元の「私」に戻っているのも、多少なりとも自信の表れなのだろう。

「モーント」に対するルナたちの支持は、日を追うごとに多くなり、
ルイータは神格化されていた。

 

ルイータはすーっと息を吐く。

何かを自分の心の中で練る。

 

「みなさん、今日の最後に、私がここにいる理由とも言うべき出来事を話したいと思います。」
その言葉に聴衆はまた、静まり返った。

そして、ルイータはまるで、子供に昔話を聞かせるかのように話始める。

 

「まだ私が名を隠して、世界に潜んでいた頃の話です。」

それは嘘じゃない。

 

「ある朝の日でした。

多分、車に轢かれたのでしょう、一匹の猫の死体が道路にありました。
それは跳ね飛ばされた為でしょうか。
車道ではなく、歩道の真ん中にありました。

私は今でも、その猫の体半分が真っ赤な自分の血に染まっていたことを思い出せます。

朝でしたので、仕事や学校に行く人々は、それに目を背け、
また気付かずに足早に通り過ぎていきました。

そして、私も同様でした。

その通り過ぎた人たちと同じ、誰かが良いようにするだろう、そう思って。

いえ、思うようにして。

 

ですが、それが全くの嘘であることは、自分自身気付いていることでした。

その小さき死体は、きっとそのままでは鳥に啄ばまれ、風雨に晒されていたことでしょう。
それも、また自然の摂理と言えば、そうなのでしょうが、
私は少し歩いて、そして、振り返りました。

自分の中で、何か期待していたのか?それは今もって分かりません。

そして振り返った私の瞳の先に、その光景があったのです。」

 

**********

 

(エメラルドとルイータが友人同士で・・・・そんな都合の良いことが・・・・・)

 

(考えるな・・・・彼女は・・・俺の心に答えは・・・・)

 

「君だったのか。」
マナブは思う。

あの時を。

「エメラルド。」

 

**********

 

「一人の青年が、その猫を抱えて・・そうまるで神聖な物に触れるようにそーっと抱え込んで、
歩いていく姿が。

私は彼の後を追いかけました。

今思えば、何故なのか?分かりません。
振り返ったことも、追いかけたことも、未だ自分の中では答えを出せていないのです。

ただ、今は事実だけを皆様に語りたい。」

聴衆はずっと静かなままだった。
何万の聴衆が彼女の言葉を『聴いていた』。
泣くことを許された赤子でさえも。

「彼は近くにある公園の中に入り、ちょっとした茂みの向こうに行きました。
そして、辺りを見渡して、何かを探しているようでした。

彼は掘る物を探していたのです。

その猫を埋める為に。

彼は手近なところにあった木の枝を仕方なそうに取ると、
地面を掘り始めました。

ザクザクと不規則な音が聞こえ、とても掘りにくそうにしているのが分かりました。
私はそこでようやく、自分が出来ることを思いつき、下に落ちている木の枝を拾いました。

ぎゅっと握ったとき、手の中の固い感触が伝わり、ハッと彼の手に目をやると、
彼の手は既に擦り切れて血だらけになっていました。

 

私が思わず、声を掛けると、彼は一言、振り向かずに言ったのです。」

 

「来るな!血で汚れる!」

「彼自身、抱えたときに猫の血液が服に付いていたでしょう。

でも、彼は自分の手を裂いてでも、猫を埋葬しようとして、
そして、私を汚れるからと来るなと言いました。

彼が飼っていた猫とは、思えません。

それでも、彼は自分が汚れることを気にせずに、人としての慈しみを持っていました。

私をそれ以上、近づけさせなかった彼が、猫を土に埋めるとき、
確かに私が道路で見た時、

すべてを憎むように固まった瞳の猫が、不思議なことですけれども、安らかに目を閉じていました。」

物語を締めくくるように、間を置いてルイータは言った。

 

「そして、そこには一本の枝が立てられていました。
彼の血が付いた枝です。」

それはまるで「めでたしめでたし」のように聞こえて、世界をとても優しい気持ちにさせた。

真実は別にしても。

 

 

**********

 

テレビからの声に、マナブは思わず、手のひらを見た。

そこには傷など、残ってはいない。

 

**********

 

「私は地球に行こうと思います。」

 

それはあまりにも唐突過ぎた。

もっとも唐突でなくとも、止められる状況ではなかったが。

リヴァイもさすがにこの時ばかりは内心、驚いていた、
表情に出ることは無かったが。

リヴァイもルイータがそれほど、愚かではないことを知っていたから。

だが、それを知らない聴衆は、いっせいにどよめき始める。
昔話で寝かせるのに失敗した幼児のように。

幼児を静まらせるのには、母親の言葉しかない。

「私は、勇気を知りました。」

 

「その青年は私に勇気を教えてくれました!

自らが傷つくことを恐れず、他人が傷つくことを許さない、勇気を。」

 

**********

 

「違う、違うんだ。エメラルド。そうじゃない。」
手のひらを何度もエメラルドに見せるが、
彼女は画面の向こうよりも遠い所にいて、それを見られない。

 

**********

 

「私もその勇気を持って、地球に行きたいのです。

無論、これは私の一存で決められる問題ではありません。

ですが、地球の方が私を招いて下さるのでしたら、私は地球に行く用意があります!!

 

覚悟があります!!!」

 

ルイータの青い髪と銀の瞳は、会場の一番遠くからでも、その存在を知らしめる。

その言葉は力強く、何者にも負けない意志を、民衆に感じさせる。

ざわめきは、歓声となり、いつしか、ルイータの名になった。

 

「ルイータ!ルイータ=カル!!」

 

**********

 

「そうじゃないんだ!エメラルド!!!」
その名は、きっと偽りの名に掻き消される。

「エメラルド!俺の血は!!俺の血は!!!本当に汚れているんだ!!!」

汚れるのは猫の血ではなく、自分の血を指していた。

 

(エメラルドが、地球に来る。)

答え合わせは終わり、その答えから次の問題が出てきたことに、
ようやくマナブは気付いた。

 

ルイータをテレビで見て以来、どこか気持ちが入っていない瞳をしていたマナブ。
その瞳に意思が宿る。

 

明確な意志。

 

フィーアは、確かに心の中にいるが、
今、危機に瀕するであろうエメラルドを見捨てることなど、
到底マナブには出来ない相談なのだ。

心に言い訳をしていたとしても、マナブはそうしたいと強く思う。

だから、部屋から飛び出す。

 

マナブらしくも無い、真っ直ぐさで。

 

**********

 

ルイータは、満足そうに頷く。

そして、脳裏に思い出す。

 

猫を抱えて歩く青年の瞳を。

その瞳には、エメラルドの知る限り、
もっとも哀しそうで、優しい色があったことを、

 

 

エメラルドは、

今でも、鮮明に覚えている。

 

血と瞳。

それは、

マナブの両面。

 

**********

 

「ルイータ様。」
演説から戻ったルイータに、リヴァイはすっと近づく。

「怒っているでしょう。」
ルイータが聞くと、リヴァイは頭を振って言った。

「願っても無いことです。すべてが上手く行くでしょう。既に招待状が届いています。」

 

ルイータはリヴァイの銀の瞳を見つめる。

「怒らないの?」

 

リヴァイもルイータの銀の瞳を見つめる。

「私は怒れる立場にいません。でも、忠告は出来ます。」

「どんな?」

 

「時に勇気は、悲しみをもたらします。

お気をつけを。」

 

 

(知っているわ・・・今がそうですもの。)

エメラルドは銀ではない黒い瞳を思い出す。

 



 

フィルダウス修道院

 

「思い切ったことをしますね。ソラの王女も。」
演説がニュースキャスターの声に変わったの見計らって、ラジオを消す院長。

「はい。彼女にとって、地球に来ることは、
異教徒との戦場に布教に行くようなものですね。」
マリア=アシューは感心しながら言うと、静かに手を祈りの形にする。

それは、平和の為と信じて行おうとしているルイータの前途多難さを、
思いはかってのことなのだろう。

その優しい彼女の祈りを、院長は優しげな瞳で見つめ、
そしてマリアの祈りが終わったのを見計らって尋ねる。

「マリア、マリア。このラジオを聴いて、それだけですか?」

「え?ええ。彼女の勇気にとても感動しています。」
質問の意味がいまいち分からず、マリアは頷く。

いつもなら俗世の物としてラジオを聴くことなど、ほとんど無いのだが、
今日は院長に呼ばれ、ルイータ=カルの演説を聴かされた。

子供たちと遊んでいたマリアを敢えて呼んで、二人きりでだ。

そして、この質問。

マリアには皆目検討も付かない。

 

そして、そのマリアの訝しげな様子に、院長は何故か安心したような表情を浮かべる。

「マリア、この修道院の者以外に、その髪の色を知っている者は、いませんね?」
「はい。」

マリアは、いつも言われるこの質問にいつも通り答える。
そして、それに対しても院長は満足、いややはり安心したような表情をした。

 

「あ、あの・・・」

マリアが院長にその理由を尋ねようと口を開きかけたとき、
修道院らしからぬ全速力で廊下を走る音がドアの外から聞こえてきて、
ノックもそこそこに開かれる。

「マリア、大変よ!デイジーがあなたのことで喧嘩をしてる!!」
「え?!!」
少し太めの修道女が慌てた様子で入ってくるなり、マリアに言った。

修道女と院長の顔を交互に見るマリアに院長は少し厳しく言った。

「早く、行きなさい。」
「はい!」
そうするとマリアは礼もそこそこに走り出す。

「あ!マリア!!すみません、院長様。失礼します!!」
マリアの後を追って、修道女も走り去る。

「慌しいわねぇ。」
密やかな修道院にとっては、これぐらいの騒ぎでもちょっとした刺激になる。

浅黒い肌を持つ院長は、
その顔から白い歯を覗かせて、少女のように微笑んでいた。

 

**********

 

子供たちが、外に遊ぶ以外に多くの時間を過ごしているのが、教室と言われる場所。

そこには、そこにいる人間が幼いほど、むき出しの性格と表情が共存してぶつかり合っている。

 

親と過ごした期間がほぼ無い彼らは、
愛情と言うかけがえない物を無償で与えられる時期であったはずなのに、
与えられることが無い現状に苦しみ、その渇望は顕著に現れる。

そう、彼らは相手をしてくれる修道女たちの愛情を奪い合っている。

彼らに何の罪も無いはずなのに。

 

それを修道女たちは分かっている。

だから、彼らはなるべく平等に子供たちに接しようとしている。
けれども、それは人間対人間のこと、不平等が出るのは仕方ない。

ポットで複数のコップで水を注ぐとき、均等に注ぐのは難しい。
だが、少ない子供は多い子供のコップを見て言うのだ。

 

「僕もあの子と同じくらい愛して。」と。

ポットの中身がもう空っぽであっても。

 

デイジーに対してマリアは、幾ばくか、いやかなり水を注ぎすぎていた。

 

それ以上に大きな問題は、

マリアがデイジーに来るまでは、

とても人気があって、

そして、水を上手に注げていたこと。

 

 

 

「デイジー!!」
教室にマリアが入ったとき、その名の少女は無邪気な微笑を浮かべている。

「!!デイジー?これは??」
マリアが教室を見渡すと、そこには三人ほど子供が倒れている。

教室の隅では、他の子供たちが怯えた表情を浮かべて寄り固まっている。
彼らの視線の先にはデイジーがいる。

改めてデイジーの様子を見るマリア。

「!」

マリアは息を呑む。

いつもの着物姿をしてはいたが、その足はかっちゃき傷が無数にあり、
中には相当な力で掻かれたのだろうか?
深く四本の傷口からだらだらと血が流れ、滴り落ちている。

その整った顔も掴まれて掻きまわされた髪、擦れたような頬の傷、
また唇が切れているためか、血がツーっと口元から首にかけて流れている。

そして、マリアが息を呑んだ、その理由の左腕。

それは、一瞬では分からなかったが、よく見ればまるで逆の方向に曲がっている。

「す、すぐ、お医者様に!」
マリアが言った時、ようやく遅れて呼びに来た修道女が教室に入ってくる。

そして、開口一番に言った。

「大変!!救急車を呼ばなきゃ!!」

「いえ、抱きかかえて行った方が早いわ。」
マリアが言うと修道女は頭を振る。

「無理よ!!三人も!!」

「え?」

その時、マリアはようやく医者を呼ばなければいけない事態であることに気付いた。

倒れている三人には、
それぞれ墓標のように何かが手や足に刺さっている。

 

それは鉛筆であり、一人には三角定規であった。

どれほどの力を込めれば刺さるのだろう?
鉛筆は手の細い部分を貫通し、反対から鉛色を見せている。

定規はさすがにそこまでは行かないが、
7センチまで刺さっている。

足の脹脛から生えた定規の目盛りが、その深さを自分で示していたから。

 

「ひぃ!」
マリアはその異常な光景に先ほどよりも大きく息を吸い込む。

「大丈夫だよ、マリアお姉ちゃん。」
そんなマリアにデイジーは優しく言う。

その顔はいつもと変わらず可愛らしい。

 

床に倒れている三人は、痛みで気を失っていた。

デイジーにしても、骨折が確実なかなりの怪我である。

子供の喧嘩でこれほどまでになることは、想像に難しいが、
現実を認めるしかなく、
そうならば、デイジーがひどく普通な表情を浮かべている所から、
彼女はあまり痛がっていない、むしろ全く痛がってないと認めなければならない。

 

「早く!救急車を!!」
マリアが叫ぶのと、他の修道女が入ってくるのは同時。

「なんて事!」
口々にこの惨劇に対する率直な感想を述べる。
それと同時に子供たちの介抱を始める。

 

マリアは取りあえず目の前のデイジーの治療を優先させた。

顔や脚の傷は、既に血が止まっており、固まり始めている。
ただ、問題は腕の方にあった。

 

「デイジーちゃん。本当に痛くないの?」
その問いに頷く少女の左腕を恐る恐る取る。

明らかにおかしかった。

普通とは違う方向に曲がった腕は、既にかなりの熱を持ち腫れてきている。
炎症を起こしていることは服の上からでも分かる。

「折れているわ・・・」
信じられないように呟く。

それは折れていることではない、その事実に対して笑顔でいるデイジーに対してである。

 

「デイジー、あなたも病院に行くのよ。」
マリアが真剣な顔をして言うと、
デイジーは心配をかけないようにか、笑顔を浮かべる。

「大丈夫だよぉ。痛くないもん。」

「そうであっても、いいから、行きなさい。」
「・・・・・・痛くないのにぃ・・・・」
マリアの真剣な様子に、デイジーもさすがに大人しくする。

「はぁい。」
不承不承頷くと、ぽてぽてと裸足で歩いていく。

「良い子。」
マリアがそう言って、髪を撫でると、
猫のように気持ちよさそうに目を細める。

(我慢して・・・)
マリアはデイジーの健気さと子供らしい意地に、心の中で微笑む。

「行って来るね。」
デイジーはそう言うと、折れてる方の腕を無理に動かして手を振った。

ただ、教室を出る前に、くるりと向き直り、
まだ隅にいる子供たちを見て、デイジーは言った。

 

「みんな、お姉ちゃんはの悪口は駄目だよ。」

 

その言葉にビクッと体を震わす子供たち。

(デイジー?)
それを見て、マリアは先ほど呼びに来た修道女が言ったことを思い出した。

 

『マリア、大変よ!デイジーがあなたのことで喧嘩をしてる!!』

 

辺りを見回してみると、太った修道女は子供たちを医務室に運びいない。
そこで隅にいる子供たちに話しかける。

「ねえ、どうしたの??何があったか、教えてくれる??」
マリアの優しい声の問いに、
始めはショックで言葉を忘れている子供たちも、少しづつ話し始める。

 

「あの三人、マリアお姉ちゃんの悪口を言っていたの。」

「青い髪で変だーって。」

「目の色が銀色で怖いって。」

「でも、あの子達、マリアお姉ちゃんのこと、前は好きだって言ってたよぉ。」

「うん、お嫁さんにするって、三人で喧嘩してたもん。」

「デイジーちゃん、それで怒っちゃって・・・」

「三人に押さえつけられて、それでも無理やり振り払って・・そしたら・・そしたら・ボキって。」

「みんな凄く驚いてた!だって、音、したんだもん!!!」

「机の上に出してあったぼくのエンピツと三角定規をグサって。」

「逃げようとしてた子も後ろから、足を掴んで倒して・・・・」

 

マリアは子供たちの口から出る率直な事実に、
幾分顔を強張らせたがおおよその状況は掴めた。

子供たちは自分の中の記憶を吐き出すように、
話していたが、次第次第に落ち着いていき、

そして、みんな最後は泣き出し始めた。

 

あまりに、ショックが強かったのだろう。

泣き止むまで、マリアが飴を彼らの口に入れるまで、20分はかかった。

 

**********

教室の真ん中辺りで、床に蹲る人影。

 

きゅっきゅっと教室に音が静かに響く。

 

子供から流れ出た血が固まり、床にこびり付いてしまったのを、
それを水でうるかしながら、一心不乱に床を拭いている。

手伝うと言った仲間を自分の責任だと丁寧に断り、
ただ、ひたすら掃除をしている。

 

 

マリアは反省した。

これは自分が起こした事件だと思った。

「いつの間にか、私はデイジーにエコヒイキをしていたのね・・・。」

子供たちがいなくなった教室で、掃除をしながらマリアは繰り返し呟いていた。

 

ただ、それよりも、何よりも、気になったのは、

一番、引っ込み思案の女の子が言った言葉。

 

「さっき、さっきね・・・マリアお姉ちゃんが来たとき、私、すぐに走っていきたかった。

だって、怖かったから。

でも、でもね・・・・それよりね・・デイジーちゃんが、とっても怖かったの。

何でかな?

デイジーちゃん、笑っていたのにね。」

マリアはその質問の答えを持っていなかった。

 

暗い色の血は、明かりをつけない教室では、綺麗な床と区別が付かない。
全てを綺麗にしなければならないと思うマリアに、
苦難を与えるように汚れは床一面にあるように見えた。

その時、ふと明るくなる。

 

床が照らされたそこには、もう、血は無かった。

 

「マリア。」
いつの間に近くにいたのだろうか、
その声はすぐ後ろで聞こえた。

「院長様。」
マリアは振り返らずにぎゅっと雑巾を握り締める。

 

「三人、いえ四人とも大丈夫ですよ。
怪我の程度はありますが、命の危険や障害が残ることは無いそうです。」

その言葉に力を入れていた肩を下ろす。

「院長様、私は間違っていたのでしょうか?
私はデイジーの一番の友達になると言いました。

私はそうなれたと思っていました。

でも、それが他の子達の嫉妬を生み出し、
デイジーも含め傷つけあう結果を起こしてしまいました。」

院長はすべて分かったと頷く。

「そう、そう言う事だったの・・・・・・マリア。」
マリアは振り向く。
院長の黒い瞳がマリアの銀の瞳を受け止める。

 

「あなたはその誰もがあなたを好きになる、その優しさに悩み続けることになるでしょう。

でも、良い?

悩んで悩みぬいて一番正しい答えが出ることなんて、まず無いわ。

ならば、出した答えに対して誠実でありなさい。

そして、そこで最善を尽くしなさい。

きっと、それで充分。

間違っているかどうかなんて、他人には決められないのです。

それを決めるのは自分だけね。」

今ある問いに全く答えてはいなかった。
宗教的な救いある説教でもなかった。
けれども、院長の言葉はマリアの別な問いの答えになっていた。

思わず笑みを浮かべるマリア。
「院長様・・・今日は何だか、随分と・・・その。」

言い辛そうなマリアの後を院長が続ける。

「優しい?いや、違うね、俗っぽい?」
「え・・は、はい。」

院長はマリアが今まで見たことが無いほど、大きく笑顔を作る。
それはいつも厳格な院長には似合っていなかったが、何故かとても好きな笑顔だった。

 

「ありがとうございます。ヴィォンデッタ院長様。」

 


Justice 基地

出撃スケジュールが決まっていないためか、廊下に人通りは無い。

マナブはそこをただまっすぐに駆けていく。
作戦室、そこを通らなければ、ヴァスのいる司令室には入ることが出来ない。

マナブが入るとメインオペレータのメルとヨウが、
コーヒーを片手に談笑している。

「あら、マナブ様?どうしたんですか?」
マナブが入ってきたことに気付いたメルは、当然の質問をする。

メルやヨウがここにいる時、マナブが作戦室に来ることは余り無い。
彼らはどちらかと言えば、モニター越しに話すことの方がずっと多かった。

「こんにちは。あの、父さんは?」
メルとヨウに挨拶をするとマナブは彼らの上司の行方を尋ねる。

メルやヨウは自分の上司の息子と言う目でマナブを見ており、
事実「アル・イン・ハント」が開始されるまでは、年上の親戚みたいな感じであった。

回数は少ないがマナブやフィーアと食事をご馳走したりもしていた。

ただ「アル・イン・ハント」が開始され、誰に言われた訳でもないが、
メルやヨウが一応、「マナブ様」と呼ぶようになってからは、
食堂で一緒になる以外は共にすることは無くなっていた。

メルたちは、少なからずマナブに負い目を感じてはいたが、
それ以上に彼らが気を使っていたのは、
マナブに常に寄り添うフィーアにであった。

 

マナブによりも随分早くに、フィーアの気持ちに気付いていた彼らは、
Justiceではたった一人の最前線に立つマナブを思いやるフィーアの気持ちを痛いほど分かっている。

 

フィーアの献身は、女性オペレータの中では常に羨望と言うか、感動秘話として語られている。

 

二人の持つコーヒーにしても、淹れたのはフィーアである。
マナブと入れ違いになったのか、マナブが近づいていることを気付いて出たのかは分からないが、
先ほどまで作戦室におり、二人にコーヒーを淹れていた。

 

「マナブのこと、助けてね。」

その一言と共に。

それは今日に限ったことではない、
徹夜の作業の折も、フィーアは現れてコーヒーやタオルを持ってきてくれていた。

それこそ大半の血液を失った後、まだ安静にする必要があった時も、
作戦室に現れて、コーヒーを淹れようとしているのを、
女性オペレータが見つけて、慌てて部屋へ連れて行ったこともあった。

フィーアの淹れたコーヒーは、確かに美味しい。

それが誰に対する愛情なのか、分かりすぎるほど分かっているから、
みな、胸の奥が切なくなる。

 

「当主様?多分、にいると思うけど。」
上を指差しながらヨウが言うと、マナブは「ありがとう。」と言って歩き出す。

「お、おい。マナブ様。今、Dr.サライがいるぞ。」
ヨウの「様」が余分な言葉遣いにマナブは少し可笑しくなったが、笑わずに答える。

「ちょうど良いですよ。ちょっとソラから来る人の為に、L−seedを出さなくちゃならないから。」

そのマナブの口調こそ、まるで何か車か自転車を出すみたいに軽い口調だったが、
その内容はメルとヨウには、ちょっと刺激が強い。

「ソラから来る?!」
ヨウとメルは、同時に頭の中で青い髪の女性を浮かべる。

 

「マナブ」「マナブくん!」
二人が同時に昔の呼び方でマナブを呼んだ時、
既にマナブは司令室に通じるドアの向こうに消える所だった。

 

二人はただ、顔を見合わせた後、
思わずカップの中のコーヒーを見た。

 

 

**********

 

「父さん。話があるんだ。」
マナブはドアをノックした後、中の答えも聞かずに入り込む。

部屋は相変わらず本が大量に置かれている。

 

空気清浄機がフル活動しているおかげで、かび臭くは無いが、
日に焼けすぎた本も多く見える。

新しい本や古い本、ジャンルも全く違う図書館のようなところ。

そこは「司令室」などと言うプラスティックな感じでなく、むしろ「書斎」と言った方が良い。

 

「マナブ様、帰っていらしたのですか。楽しかったですか?」
ヴァスの前に立っていたサライが振り返って聞く。
突然入ってきたマナブを咎める様子は無い。

「まあ、楽しかったよ。」
マナブは妹とのデートの事を少し話しづらそうに言う。

「何か用なのか?」
サライの後ろから、声が掛かる。

何だか久しく聞いたことが無い声のように、マナブは思えた。

「ああ、ソラからルイータ=カルが来ることは知っているだろう?」
マナブは努めて親子の会話をしようとしていた。

その事を知ってか、ヴァスはいつもならたしなめる言葉遣いも直さずに聞いている。

「彼女が地球に来たら、きっとEPMが黙ってはいない。」

「だから?」

「L−seedで守ってあげる必要があると思うんだ。
俺たちが全兵器の撤廃を求めるには、彼女の存在はとても大切なものだろうから。」

サライとヴァスは否定も肯定もしない。

「彼女を守ることで、L−seed、Justiceの意志もきっとみんなが分かってくれることと思う。」
マナブは少しだけ二人から目を逸らす。

心にそれだけじゃない理由を隠していたから。

 

「それだけですか?」
優しく澄んだ声が目を逸らしたマナブに投げかけられる。

「あ、ああ、うん。」
改めて見たサライの目は、不思議と攻めているようには見えなかった。

 

「ルイータ=カルを守ると言うお前の意志は分かった。
そこにある理由も今、お前が言った理由で良いだろう。」

ヴァスは髪から片方だけ黒い瞳を出してマナブを見つめる。
責める訳でもなく、その言葉の中の意志を見て計る。

「何を隠しているかは、敢えて問わないが、
その時、おまえが後悔しない保障は無い。それでも良いか?」

それは威厳はあったが、いつものヴァスらしくない不思議な声。

「・・・大丈夫。」
ゆっくりと頷く。

その言葉を聞いてヴァスの瞳は髪の中に隠れた。
必要なこと全てを聞き終えたように。

「ルイータ=カルにはEPMのゴート=フィックから招待状が既に行っています。
あれだけ多くの民衆の前で約束したことを、彼女が翻すことは無いでしょうから。

近いうちにルイータ=カルは必ず地球に来ます。」
サライはマナブに告げる。

 

「その際、マナブ様には必ずそのルイータ=カルがいる場所に行っていただきます。
それで宜しいですね?」

最後の言葉はどちらに言った言葉なのだろうか?
ヴァスは微かに、マナブは大きく頷いた。

 

シュッとドアが開く音がして、ヨハネが入ってくる。

「おお!何じゃ?マナブが珍しいな。」
「ヨハネ。」

「マナブ様が珍しく、L−seedの今後についてを、お話に来てくれました。」

「??」
ヨハネがマナブの顔を見る。

「ま、まあ。」
少し気まずそうに言うマナブに、
ますますヨハネは不審そうではあったが、特に口は出さない。

「まあ良いわい。L−seedを駆っておれば大丈夫じゃからな。」
胸を反らして言うと、バサっと白衣を翻して背中を見せて、ドアの奥に消えた。

背中の「大天災」は、洗濯をされたせいか、幾分薄くなっているように見える。

 

「・・・ヨハネ、何しに来たんだろう?」
ドアの向こうに消えた祖父に一抹の疑問を覚える。

 

「マナブ様。先ほどの件よりも、前にしていただくことがあります。」
「分かっているよ。」
サライの声に振り返り、マナブは先ほどよりもぐっと引き締まった顔で答える。

ここでの自分の存在価値は、

「Justiceの次期当主」ともう一つ。

 

「L−seedを駆るパイロット」

しか、無いのだから。

 

「次のポイントはここです。
いつもよりも、手強いかもしれません。」
サライはポイントが書かれた紙を渡す。

「何故?何が違うんだ?」
マナブの紙には、単純な地図と侵攻方向だけが書かれている。

これはいつものことで、マナブにはほとんど情報は下りてこない。
最初は事細かく、敵の情報が書き込まれて、詳細な地図も添付されていたのだが、
一度の出撃で50枚から100枚の書類など読めた物ではない。

マナブも最初こそ、それを必死で読んではいたが、
作戦が連続するときなどとても無理であり、
オペレートする者たちもマナブが知っていると思って対応した結果、
思わぬ反撃を受けたケースがよくあった。

そうしてマナブ本人が聞かないこともあって、だんだんと単純化された地図になっていった。

その都度、不測の事態には対応すると言う、
オペレータの力量が重視される戦闘スタイルになっていた。

フィーアがオペレータたちによろしくと言うのも、この状況が背景になっている。

 

もっとも。

ヨハネに言わせれば、

 

「どんな状況でもL−seedは大丈夫じゃ!

何せ、

最高、最強、古今無双の機体!!

それがL−seedなんじゃからな!!ワッハッハッハッハ!!!

 

と言うだろうけれども。

 

「ええ、EPMの中でも、かなり選りすぐりのエリートが配置されている基地です。」

「・・・・わかった。」
サライの言葉に改めて頷く。

 

 

「一桁ナンバーの基地は、別名としてヒュドラと呼ばれてます。」

 

サライのその言葉を背に、マナブは司令室を出る。

ヴァスは何も言わなかった。
マナブがチラリと見た時、本を読み始めていた。

 

タイトルは、「ビルマの竪琴」。

 

**********

 

「おお、マナブ。」
下に下りるとヨハネが戻ってくる所。

「すっかり用事を忘れとった。ん?手に持っているのはいつものか?」

「ああ、出撃の場所だよ。」
「何処じゃ?」

マナブは以外そうに聞く。
「ヨハネ、知らないの?!」

「ああ、よく知らん。まあ、いつものことじゃがな。」
あっけらかんとして言うと、マナブは頭を抑える。

 

「いつも、俺が戦っている場所知らないのかよ?!」
「知らんぞ。全くな。」
とても血が繋がっているとは信じたくないマナブだった。

 

「で、何処なんじゃ?」
「聞いても、すぐ忘れるくせに。」
「良いから、早くせい!」

知りたいと思ったことは、絶対に譲らないのがヨハネである。
マナブは不承不承答える。

 

「第6EPM基地だよ。ヒュドラの。」

 

 

NEXT STORY COMING SOON


次回予告

平和を願う、祈らずに願う。

法皇ですら、そうなのだ。


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、このメールで、l-seed@mti.biglobe.ne.jp お願いします。

TOP NEXT Back Index