「心から出て、心に届く」

 

 

 

Divine     Arf    

 神聖闘機 seed 

 

 

 

 

 

 

 

第三十五話    「謝罪」

 

 

 

 

 

 

 

「現在、Arfテロが三ヶ所で発生した模様。」

 

どこかのレストランのテレビの中のテロップ。

 

それが既に日常茶飯事となりつつある世界で、
もう誰もそれに気を止める者はいない。

 

いや、いたとしてもどちらかと言えば、
そのテロップの下でビーチボールをする水着の女性たちに対する関心に勝ることは無い。

 

だが、
水着の美女達に代わりに、唐突に姿を見せた背広姿のキャスターは、
レストラン内の一部分の落胆を気にも留めずに、最新のニュースを語り出す。

 

 

 

「テロリストArfの詳細は不明ですが、
一部の情報機関によりますと、

 

第9EPM基地を襲撃したArf二体の内の一体、通称「真紅の風」、
第33EPM陸軍基地のArf部隊を壊滅させた、通称「蒼の支配者」、
そして、第46EPM空軍基地を襲撃した、通称「黄金の翼」と発表しております。」

 

 

 

画面に映し出される三体のテロリストの勇姿。

 

T−Kaizerion。70−Cover。Dragonknight。

 

 

 

「なんで!あたしだけ!!省かれてるのさ!」

 

どちらかと言えば静かだったレストランに響く声。

 

皆、何事かと声のする方を見る。
その数は明らかにテロップへの関心よりも多い。

 

 

 

テレビの方を見て、ギュッと握りしめる両手。

 

手の中のフォークとナイフは、
まるでこれから独りでに動き出すのではないかと思うほどに震えている。

 

彼女に近い数人は少しばかり身を引いた。

 

 

 

脱色した茶色い髪を乱暴に結った女。

 

色を抜いてしばらく経つのだろう、
髪の生え際は随分と金色になってきている。

 

いつもの黒のフィットしたスーツと暗視ゴーグルではなく、
へそが覗く短めの白いTシャツ、ぴったりと太股から脚を包む濃い紫のズボン、
服の下のスタイルが容易に想像できる姿だが、
十分それも鑑賞に堪えられるであろうしなやかで引き締まった姿。

 

おきまりの左の腕に巻かれた黒のバンダナ。

 

少し短くなった右横の髪、痛々しい筈の右頬の傷も、
彼女のアクセサリーとなり、その野性的な魅力を増していた。

 

蒼い目の黒豹、サーシャ=シズキ。

 

透き通る筈の蒼い目が今は、怒りに歪んでいる。

 

 

 

着古して所々に穴の開いたデニムのジャケットを羽織ると、
まだほとんど手の付いていない大きなステーキをナイフで素早く4分の1カットする、
それを一枚につき18秒弱で平らげると、
伝票も持たずにレストラン出ていく。

 

 

 

あまりに手早いその動きに、
サーシャがお金を払っていないことに気付いていたのは店の中にいた鸚鵡だけだった。

 

「アリガトウゴザイマシタ。」

 

 

 

**********

 

 

 

「どういうこと?!あたしだけ、戦闘するなって!」
抑えきれない文句が辺り構わず吐き出されて、
コクピットの壁にぶつかっては響く。

 

 

 

「ONIにやられたのは痛かったけどさ!!」
『死の翼』でレルネのONIのブースターを破壊して逃げたことを思いだして、
サーシャは少しトーンダウンする。

 

ONIにやられたダメージも自分で物資を調達して、ようやく一昨日修理が出来たばかり。

 

右脚の関節部は完全にイかれており、
一度は補給の基地にまで戻らないといけないと考えたほどだ。
LINKダメージで自分の右脚も幾分、まだ痛む。
こちらはパーツ交換とは簡単にいかない。

 

「今度会ったら、殺ってやるから。」
サーシャらしい物騒なことを呟くと、
キーボードを叩き、自分の組織に連絡を取る。

 

 

 

しかし、パネルに現れる文字は、機械らしい無情の言葉。

 

 

 

「現時刻に於いて、計画に何らの支障もなかった場合、
サーシャ=シズキの作戦達成率は9.81%である。」

 

「もし、計画に何らかの支障が発生した場合、
早急に連絡を送ること。
連絡方法はエターナル0の回線を使用せよ。」

 

「だから、送っている。連絡を取ってるんじゃない?!」
キーボードをガンガン叩くサーシャ。

 

「但し、君が発信器等の索敵機構に捕捉されている場合。
それを消失させてから行うこと。」

 

「宇宙戦用WA完成までに、
全てのArfに『創魔』を取り付けること。」

 

「分かってるから、つなぎなさい!!」
今一度連絡を取ると、
今度は一文だけ現れる。

 

「全てのArfに『創魔』を取り付けること。」

 

 

 

きっとTーWolfの所在など完璧に掴んでいるのだろう。
サーシャからの文句を聞かずとも、作戦上必要なときに連絡を取ることは出来る。

 

その事に改めて気付くと、
サーシャはコクピットの壁をガンっと叩くと、
そのままイスに思いっきり身を預ける。

 

頑強なコクピットのイスは何の軋みも見せずに、
サーシャの体を受け止める。

 

その事が余計にサーシャを苛つかせたが、
暫くして、目を閉じた。

 

 

 

『どうやら、あたしにはこの作業しか与えられていないみたいだね・・・』
心の中で舌打ちしながら思う。

 

『そう言えば・・・・他のArfも、あたしが創魔を付けたとこには攻撃してないね・・・・』
それを思い、自分のしていることに幾ばくかの意義を見いだすが、
唯一の例外を思い出す。

 

『L−seed、あれは違うけど。』
折角付けた基地のArfを無惨に破壊するL−seedの姿を思いだして、
サーシャは不機嫌そうに眉を顰める。

 

 

 

「ま、無意味じゃないみたい、だから・・・・少し我慢するか。」
自分を納得させるように呟くと、サーシャは改めて体の力を抜いた。

 

サーシャは今日は創魔付けを休む事にした。

 

こんな気持ちの時は休むのが一番なのだ。

 

前回、L−seedの破壊を見てから、行った基地への潜入はろくな事しか起きなかった。

 

 

 

レルネールインズとONIが重なり合うように、瞼の中に現れる。

 

 

 

怒りにまかせて上がった体温が静まっていくのを感じながら、

 

ふと、何かを思いだしてサーシャは呟く。

 

「でも、あの後の記憶、曖昧なんだよね・・・・・」
誰かに求めた問いも、返事する者は無く、
先ほどの文句と同様にコクピットの壁にぶつかって響くのみ。

 

 


 

 

開演からわずか10分後にそれは起きる。

 

 

 

一曲目の開始を告げるピアノの激しい伴奏が鳴り響き、
右からフクウ、デュナミス、アミ、ホウショウ、カイ、プリン。

 

一番背の低いホウショウを中心に据えて、6人は一斉に歌い出す。

 

 

 

**********

 

マナブとエメラルドが見たときの舞台構成は違い、
最初から華やかなドレス姿で月読は現れた。

 

おかげでマナブはいらぬ過去の風景を思い出さずに済み、
フィーアの目を気にすることもなく、しっかりと舞台を見つめる事が出来た。

 

だから、フィーアがマナブの顔を幸せそうな顔で見つめていたことに、
彼は気付くことはなかった。

 

 

 

**********

 

一曲目は、それぞれのパートを順々に歌っていくものらしく、
美しいダンスを織り交ぜながら、ライトと歓声の波の中で、彼女たちは晴れやかな笑顔で歌う。

 

だが、曲も終わりに近づいたとき、
その中心であるホウショウに異変が生じる。

 

それぞれのパート時には、中心に躍り出てくるのだが、
ホウショウはそれが終わってもそこを動かずにいる。
マイクは辛うじて口元に持ってあるが、その口は半開きでとても歌っているとは思えない。

 

ファンからは「妖精の歌声」とも賞されるその声は、ほとんど、いや全く聞こえない。

 

次に前に出てくるはずのカイはその様子に訝しがりながらも、
フォローする為に派手な動きでホウショウの右隣に入り歌う。

 

それでも動かないホウショウに合わせて、
プリンを除く三人は踊りを変更して、ホウショウのバックへと入る。

 

単独パート最後のプリンはホウショウの左隣に滑り込むと、
素晴らしいビブラートを効かせた声を発して観客の視線をこちらへと釘付けにする。

 

観客たちも、他のメンバーの澱みの無い動きに気をとられており、
さしたる動揺の波も広がらずに、皆ショーを楽しんでいた。

 

 

最後のパートは全員である。
フクウはホウショウの瞳がある一点を凝視していることに気付いていたが、
その先に何があるか?までは位置的に見ることが出来ない。

 

全員がホウショウを中心として、曲の最後を歌いきる。

 

 

 

曲が後奏に入ると、ホウショウ以外の全員はホッと安堵のため息をつきながら、
ホウショウをどう叱ってやろうと思いを巡らしていると、
あろう事か、ホウショウはある一点を指さして、口を開けて何かを言おうとしているではないか。

 

その言葉がなんであろうと、決して好ましいモノではないと、全員が全員ともそう分かっていた。
しかも、プロ根性なのだろうか?マイクを口元から離していない。

 

 

 

プリンがズサッとホウショウを抱えると、
後奏が終わる前に、ワルツを踊りながら舞台袖にはける。

 

それに気付いたフクウとカイはバランスを取るために、
すぐさまワルツを踊って逆の舞台袖にはける。

 

バランスを良くするために、残されたアミとデュナミスはそれぞれ、
一人で舞いながら、ゆっくりと後奏が終わるタイミングを計りながらはけていく。

 

そこに何かイレギュラーがあったと感じた人間はほとんどいない。

 

むしろはける瞬間にデュナミスがしたデュナミスらしい演出、
ドレスの裾を摘んでの会釈に観客はこれから始まる舞台の期待感を高めていた。

 

そこに何かイレギュラーがあったと感じた人間はほとんどいない。

 

そう、ほとんどいない。

 

 

 

**********

 

 

 

「マナブ。ホウショウちゃん・・・ちょっと変だったね?」
フィーアの問いかけにマナブは答えずに微かに頷く。

 

だが、マナブはホウショウが、
自分と目があった瞬間に固まってしまったと思えた。

 

しかし、月読のArfを柱にしたテントのような開場とはいえ、
観客数は四千はくだらない。

 

 

 

(まさかな・・・)

 

思ってはいても、どうにも信じ切れない。

 

 

 

**********

 

 

 

「いたよ!!いたよ!!いたよ!!」

 

ホウショウはプリンに抱えられながらそう連呼した。

 

ステージでホウショウの横にいたプリンはそれが分かっていたのだろう。

 

ホウショウにはっきりと頷く。

 

 

 

 

 

「おい、見たか?」

 

舞台裏でホウショウに詰め寄らんと、
駆け寄ってくる四人に気勢を制するようにプリンはそう切り出した。

 

だが、鷹か梟でもあるまい、
ライトアップされたステージに対して暗い観客席のたった二人、
・・・プリンにとっては一人だが・・彼らを見つけられた者はいない。

 

人間離れした感性のホウショウと人間離れした動体視力のプリンだから見つけられた。

 

 

 

「なにがさ!!!全く本番中!!」
珍しくアミが口火を切る。
デュナミスほど踊りに自信が無い彼女にとって、
突然の一人舞踊はきつかったのだろう。

 

「待てって!!良いから、アミ!」
ホウショウを庇うようにして前に立つプリン。
その顔は真剣そのもの、舞台用の化粧が映えてまるで劇の一場面のよう。

 

「どういうこと?」
カイが努めて冷静に尋ねる。

 

「見たんだよ!!あいつ!!エメラルドと一緒にいた男。」
「マナブお兄ちゃんだよ!!フィーアお姉ちゃんもいた!!」
プリンの言葉に被せるように、ホウショウがプリンの背中から顔を出して言う。

 

 

 

「なんですって?」
いつもの冷静な声でフクウが尋ねる。
こんな時でも冷静沈着なのは彼女らしい。

 

「フクウ!フィーアお姉ちゃんもいたんだよ!!」
唯一フィーアを知っているフクウにホウショウは喜びの声を上げる。
実はマナブよりも先にフィーアを見つけていた。

 

ホウショウの感性にフィーアの雰囲気と言うか、存在は非常に色濃く残っており、
多分、この会場の中の人数が二倍ほどであっても見つけられただろう。

 

 

 

「間違いないのね?」
フクウが目線をホウショウを同じにして尋ねる。

 

「うん!!」

 

ホウショウの力強い頷きにその体勢のままフクウはプリンを見上げる。

 

「ああ・・間違いないね。」
「そう。」

 

フクウはゆっくりと立ち上がる。

 

そこにようやく舞台上の以上に気付いたレイアルンが駆け込んでくる。

 

「どうしたんだ?!」

 

いつもなら舞台上の事は彼女の領域として、敢えて立ち入ることはしない彼であったが、
稀にあるセリフ忘れ、段取り忘れではない雰囲気にすぐに気付いたのだろう。

 

 

 

「隊長。」
カイがハッキリとレイアルンをそう呼んだ。

 

彼がそう呼ばれるのは、部隊としての「月読」の時だけ、
レイアルンは直ぐに表情を引き締める。
その姿は警備員服で、軍服よりもいささか迫力は欠けていたが・・・

 

「どうしたんだい?」
全員の顔を見回してから、レイアルンが再び尋ねる。

 

 

 

「マナブ=カスガが会場にいます。フィーアと言う妹も一緒だと思われます。」
カイが現状を報告する。

 

「そうか。君たちは舞台を続けてくれ。俺が何とか会ってみる。」
カイの言葉だけで委細を承知したレイアルンは答えた。

 

「お願いします。私達は舞台を無事に終えるよう勤めます。」
会場のざわめきが緞帳を通しても聞こえ始めていた。

 

「ああ、最高の舞台にしてくれよ。二人が席を立たないようにね。」
嫌味ではない心からの笑顔で、レイアルンらしいと言えばらしいジョーク。

 

 

 

「任せて下さい。私が二人と言わず観客全員を虜にして見せますから。」
デュナミスが舞台衣装の裾を持って恭しく礼をした。

 

「ホウショウも頑張って『トリコ』にするよ!!」

 

その二人の言葉にその場の全員が和む。
些かの緊張と再び上がり始めるテンション。

 

デュナミスとホウショウ二人の息は相変わらずぴったりと揃っていた、
月読のムードメーカーとして。

 

 

 

「ああ、それならゆっくり探すよ。」
レイアルンは笑みを浮かべて、舞台袖に向かう。

 

その背中にプリンが、

 

「隊長、東側から二列目上から52番めだ、多分。」

 

このスポットライトの中で見る観客はそれこそ影にしか見えないだろう。
だが、プリンは違うらしい。

 

ちょっとレイアルンは振り返る。

 

「さすが、プリンだね。ありがとう。」

 

「まあね。」
ちょっと胸を反らす。
豊かな胸が少しだけ揺れた。

 

 

 

それを見て、ちょっとカイは胸を押さえた。

 

そのカイを見て、アミはちょっと首を振った。

 

いつものことなのだ。

 

 


盛大な拍手が会場を包む。

 

再三行われたアンコールも、
三度目のカイとプリンのミュージカル風の剣劇を最後に終わり、
観客達は名残惜しげに席を立ち始める。

 

そして、この二人も頃合いを見計らって立ち上がる。

 

「フィーア、そろそろ行こうか?」

 

「・・・・」

 

マナブの声に頷くだけのフィーア。

 

「どうした?」
フィーアらしからぬ反応に、マナブはその顔を覗き込もうとする。

 

「ん・・・あのね、とっても感動しちゃって・・・」

 

マナブがフィーアの顔を見る前に、フィーアは顔を上げる。

 

 

 

「あれ?・・・涙でてる。」

 

今気づいたのだろう、瞳からあふれた涙をついっと拭った。

 

 

 

 

 

「・・・ああ。」
マナブはフィーアにそれだけしか言えなかったが、
それ以上の言葉は互いに必要だとは思えない。

 

「ほら、行くぞ。」

 

マナブが自然に出した手に、一瞬驚くが直ぐに、
フィーアは満面の笑みを浮かべてしっかりと掴む。

 

立ち上がってその手を離してからも、
マナブの手のぬくもりを確かめるようにその手をもう一方の手で包んだ。

 

 

 

 

 

「マナブ=カスガさんですね?」
唐突に掛けられる聞き慣れぬ声。
フィーアはその身を竦める。

 

マナブが視線をやると、帰る観客の向こうに警備員服の男が立っていた。

 

その制服に少し身を固くすると、マナブはよくその男の顔を見る。

 

 

 

「以前、お会いしましたよね?」
その言葉と表情に敵意は感じられない。

 

「以前?」

 

「はい、以前、月読の公演の時に。」
その言葉で思い出されるのは、マナブにとってはあまり好ましい事ではない。

 

「・・・・」
記憶を探っても、その時の事はエメラルドの瞳と姿しか浮かばない。

 

 

 

「ホウショウの自転車を届けてくれた。」
その言葉にようやくマナブは思い当たる。

 

「えっと・・・警備員さん、前の時の?」

 

ふと胸元を見ると「レイアルン=スプリード」とある。

 

「はい。」
レイアルンはマナブにゆっくり頷く。

 

「マナブ、この人知っているの?」
不安そうな声でフィーアは尋ねる。無意識にマナブの服を掴んでいた。

 

「ああ、前に自転車を届けたときに会ったんだ。」
心配するなと言う笑顔でフィーアの顔を見て、掴んでいる手をトンと叩く。
それはいつもの引き剥がすことを要求するような強いものではなく、優しく撫でるような感じ。

 

フィーアはそれだけで、心の中が180度回転して、幸せな気持ちになる。

 

「オレはスプリード、この月読の一応、隊長をやってます。」

自分で言っていながら、何処と無く自信無さ気に言う表情は、レイアルンらしい。

 

「うわぁ、スプリードさんって、ここの隊長なんだ。」
レイアルンに対するマナブの態度に敵意を感じなかったフィーアは、すぐに笑顔を見せるようになる。

 

「そうですか〜隊長ですか・・・って、隊長?!」
マナブにしては珍しくコメディアンのような声を出す。

 

「ええ、よくそう言われます。」
年齢はマナブと同じかそれに近いくらいのレイアルンは、爽やかな笑顔を見せる。
マナブもつられたように、笑顔を見せる。

 

「それで?俺たちに何か用ですか?」
慰問部隊とは言え、EPMの傘下の組織の隊長であるマナブは探るような目で尋ねる。

レイアルンは、そんな目で見られることは分かっていたのだろう。


「ええ、実はここにあなたたちが来ていることを知ったホウショウとフクウが、

ぜひあなたたちに会いたいと言っているんですよ。」

 

「どうやって見つけたの?」
フィーアが疑問を口にする、マナブやフィーアの名前は表に出さないようにチケットは取っている。
もちろん素性がなるべくデータに残らないようにするためにだ。

 

「目が良いんですよ。」

レイアルンは素直に理由を言う。

その言葉にマナブとフィーアは顔を見合わせた、

 

そして、笑った。

 

「やはりね、見えていたんだ。」

マナブは先ほどの舞台で起きたアクシデントを思い出して、頷く。

フィーアも横で笑っていた。

「ホウショウちゃん、おかしかったものね。」

 

 

「気づかれてた?」
レイアルンもマナブの言葉に悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

 

 

「どうかな?無理強いはしないけど、ぜひ、来てもらえないかな?」

先ほどの丁寧な言葉遣いは、少し砕けて、本来のレイアルンの言葉遣いになる。

 

「フィーア、どうする?」

マナブは一応、尋ねる。

一瞬、キョトンとした表情を浮かべるフィーアだったが、すぐに満面の笑顔で言った。

 

 

 

「良いよ!」

笑顔の秘密は、

 

いつもならフィーアの意見も聞かないマナブが気遣ってくれたこと。

 

 

 

**********

 

 

 

月読楽屋

 

 

 

すでに撤去が始まっている舞台袖を歩いていく三人。

マナブとフィーアは興味深そうにあたりを見渡していた。

 

「珍しい?」

レイアルンは二人の様子に尋ねる。

 

「ええ、とっても。」

マナブは率直に答える。

その瞳は、フィーアのような好奇心からではなく、見学しているような真剣さが感じられる。

 

「Arfを柱に使った移動式の舞台テントはめったに無いからね。」

「めったにって・・・月読さんしか無いでしょ?」

フィーアが言うと、レイアルンは頷く。

 

「いいえ。」

「いいや。」

 

三人の視線が前方に集中する。

 

シルエットからも分かる美しい人影。

 

「フクウ。」

レイアルンの言葉に答えずフクウは、マナブとフィーアを見て会釈をする。

 

「こんにちは。お久しぶりですね。マナブさん、フィーアさん。」

舞台用のある種過剰なメイクはすでに落とされ、完璧な対人用のメイクをしている。

スカートに少し厚手の白いセーターと言ったセンスの良さが分かる私服姿。

 

「こんにちは。」

「こんにちは!フクウちゃん!」

フクウの顔を眩しそうに見るマナブとパッと花開いたような笑顔のフィーア。

フクウもまた笑顔を浮かべていたが、くるっとレイアルンの方に向き直ると、

少し困った顔で言った。

 

「隊長。少し勉強していただかないと・・・Arf式の移動舞台テントは宇宙ではメジャーなのですよ。

ねえ、マナブさんも知っていらしたようですけど?」

 

「ええ、『ブルー・トランプ』みたいな大きい劇団だけですけど、Arfを使って舞台を移動させているのはあります。

宇宙ではその方がずっと楽ですから、

でも月読さんみたく、四体を柱として使う劇団の方はいないけどね。」

マナブはテントの大天井を支える四体の色違いのArfを見上げる。

 

 

ちなみに「ブルー・トランプ」は、

その歴史をA・C・C77年に消失した衛星都市「カナン」が誕生した年まで遡ることが出来ると言う、

伝統のある劇団である。

 

 

 

「カスガさんは、詳しいな。何で知ってるんだい?」

レイアルンが不思議そうに尋ねる。

まあ、レイアルンが知らないことの方が不思議なことなのだが、実際は。

 

「ああ、昔、母が演劇を見せてくれて、それ以来演劇が好きなんだ。」

「俳優になりたいんだものね?マナブ。」

フィーアが口を挟むと、マナブはちょっと睨んでから首を振った。

 

「さすがにそれは無理だろうけど。」

マナブはプロを目の前にして、自嘲気味呟く。

 

その言葉にフィーアは「ごめんなさい。」とマナブより小さい声で謝った。

 

 

 

「あら、マナブさん、諦めることは無いですよ。

私たちも、もともとはEPMに所属していたただの軍人だったのですから。」

フクウがとりなすように言うと、マナブはフィーアの頭を撫でながら笑顔を見せる。

 

「夢だから、良いんですよ。夢だから。」

特に無理しているわけではないマナブだったが、
決してそれが実現しないことを確信しているのだと、フクウには感じられた。

 

レイアルンは、おそらくフクウよりもそれを感じたのだろう。

「オレも、もう少し優しい女の子に囲まれ・・・・ぐは!」

フクウがくるりと振り向くと同時に、ヒールのつま先がレイアルンの脛に直撃した。

 

 

「あら、ごめんなさい。

 

 

お二人ともこちらです。ホウショウが待ちくたびれてますよ、きっと。」

 

蹲るレイアルンを肩越しに一瞥すると、フクウはマナブとフィーアを極上の笑顔で促した。

 

 

「あの・・・」

口を開きかけたマナブに対して。

 

「お構いなく、いつもですから。」

フクウの声はとても優しく普通だったので、それ以上は何も言えなかった。

 

 

実際、『いつも』なのだろうことは、容易に二人には想像できたからだ。

 

 

 

 

 

「隊長って、大変だな。」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・うん。」

 

 

 

 

 

前を歩く美女に見えないように、マナブは囁くと、

後ろにも目がありそうだったので、フィーアは珍しくかすかに頷いた。

 

 

**********

 

「こんにちは。」

「こんにちは、ホウショウちゃん!」

「ああ!!フィーアお姉ちゃんに、マナブお兄ちゃん! !」

 

舞台衣装もそのままにして、ホウショウはイスから飛び降りて駆け寄ってくる。

フィーアが差し出した両手を、両手で握り締めるホウショウ。

 

二人の姿はとても似合っていたが、まるで小学生低学年のような行動だった。

ホウショウは容姿のこともあるので仕方ないとは言えるが、

19歳のフィーアはどうかと思えるが、

 

不思議とそれが似合うのだから、美少女たちは得だ。

 

 

「こんにちは。舞台に来ていただいてありがとうございます。」

静かな声がマナブにかけられる。

 

 

その声にマナブは少しだけ身を硬くすると、その方向に向き直る。

 

舞台衣装は既に脱いでおり、とても華やかな舞台に先ほどまで立っていたとは思えない、

ラフでジーンズ姿の美少年、いやこれまた美少女・・・美女が立っていた。

 

「先日は失礼しました。カイ=アンクレットです。マナブ=カスガさん。」

前会ったときよりは柔らかい雰囲気ではあったが、その表情はまだ硬い。

 

「こんにちは、アンクレットさん。」

「こんにちは。」

 

 

どこが気に障ったのだろうか?

「カスガさん。苗字ではなく、下の名前で呼んで下さって、結構ですから。」

言葉の内容の親しさとは対照的に、カイは幾分怒ったような声だった。

 

 

「すいません。カイさん。」

マナブは何故か誤りながら言い直す。

同じ年どころか、実際は一つ年下なのに、どうもこの手の女性は苦手としているマナブ。

 

 

 

 

「おいおい、カイ。わざわざ呼んで来て貰ったのに、その態度は無いだろ?」

 

 

 

楽屋の奥から長身の女性が出てくる。

綺麗に染め上げた金髪は、楽屋の明るい照明に照らされて、ますます輝いている。

「よお!前のときは悪かったな。こいつ、誰彼かまわずこんな感じだからね。悪く思わないでくれよ。」

プリンは片手を顔の前で立てて、ウインクをして謝る。

 

マナブはその仕草に困ったように頷く。

 

「プリン、あなただけ、には言われたくないわ!」

すぐに噛み付くカイに対して、プリンが口を開きかけると、またも後ろから声が掛かる。

 

 

 

「お二人ともいい加減にお止めなさい。全くお客様の前で恥ずかしいと思わないの?」

 

 

 

「げ、ヴァイロー。」

プリンが振り返らずに、苦手意識を全開にした表情を見せる。

 

大きなプリンの後ろに隠れてしまっていたデュナミス=ヴァイローは、

プリンとカイの間を割るようにして、マナブたちの前に出てくると優雅に一礼する。

その礼は、フクウと同じく完璧なマナーに沿っていた、少し過剰な優雅さはあったが。

 

 

「初めてお目にかかりますね?

カスガ=マナブさん。カスガ=フィーアさん。

デュナミス=ヴァイローです。」

 

舞台の上でもデュナミスの衣装は一番派手なのだが、

普段着と思われるそれも趣味の悪さにギリギリまで近づきながらも、

相手には美しいと言う印象しか与えない派手さ、豪華さ。

それ全く持ってデュナミスの端麗な容姿のお陰であるが、舞台の上から想像できる彼女らしい私服。

 

プリンとは違った生まれついての金髪は、よく手入れがされており黄金のよう。

 

フクウとデュナミスを見ると、「月読」が特別な美女が集まっている部隊だと改めてわかる。

マナブは、レイアルンをかなり羨ましく思ったが、

先ほどの蹲った姿を思い出して呟く。

「まあ、そうでもないか。」

 

 

「うわぁ!」

マナブとは対照的に、率直な感想を言葉に出すフィーア。

 

「ホウショウの自転車を運んでくれて、本当にありがとうございました。」
デュナミスは笑顔と共に感謝の言葉を言うと、マナブも慌てて礼をする。

 

「いえ、そんな・・・」

 

「デュナー、言ったとおり、格好良いお兄ちゃんでしょ?」

「ええ、そうね。」

 

デュナミスはホウショウの嬉しそうな顔を見て、自分も嬉しくなる。

一応、任務ありきでマナブ=カスガに接触しているのだが、

ホウショウはそのこととは別に単純にこの二人に会えた事を喜んでいる。

 

 

人一倍、ホウショウに目をかけているデュナミスはそれが嬉しかった。

 

 

「ちょ、ちょっと・・・ホウショウちゃん。」

困るマナブに対して、フィーアはそんなこと知っていたもんと言った表情を浮かべる。

ホウショウは少し頬を膨らませているフィーアに、舌をちょっと出して声を出さずに謝る。

 

「ふふ・・・」

フクウが微かに笑う。

「はは。」

レイアルンもその笑みにつられて、笑う。

 

「あれ?デュナー。アミちゃんは?」

「ああ、アミ?ツナギに着替えていたから、また整備に行ってしまうかもしれないわね。」

どこから出したのか?羽扇でパタパタと扇ぎながら言う。

 

「まったくぅ!!前、会えなかったことをあんなに怒っていたのに!

ホウショウ、呼んでくる!」

 

ポニーテールを揺らしてプリプリと怒ると、

ホウショウはフィーアの手を掴んで歩き出す。

 

「ホウショウちゃん?」

「フィーアお姉ちゃんも行こ!

ホウショウたちのテントの外、案内してあげる!」

何の屈託も無い笑顔で言うホウショウ。

 

「え?でも、ここ軍でしょ?」

フィーアも少し戸惑ってしまう。

慰問部隊とは言え、ここは基地の中にあるテントである。

あまり一般市民が歩き回って良い所ではない、

まして今日は月読の公演だけであり、基地の一般開放の日では無いのだから。

 

 

「ああ・・・・・・行ってきたら良いわ。」

いつもだったら、真っ先に反対するカイが、

珍しくホウショウの意見に賛同する。

 

「え?良いの?カイ?」

ホウショウ自身もきょとんとした顔をする。

 

「隊長も良いでしょう?特に機密扱いの場所に行かなければね?」

カイの考えていることは、ホウショウ以外の月読全員に分かっていたのだろう、

レイアルンは頷きながら、「行っておいでよ。」と許可を出す。

 

 

「行って来いよ。めったに見られないんだから。」

マナブもフィーアに促すと、二人は嬉しそうに頷く。

 

「「じゃあ、ちょっと行ってきます!」」

結構長く帰ってこなさそうな雰囲気で、二人は手をつないで走っていった。

楽屋を抜けると、もう基地の外なのだろう、二人の声はすぐに聞こえなくなった。

 

 

 

華やかなしっぽと羽の髪を持った二人がいなくなると、

 

少しだけ照明が暗くなったような気がする。

 

ホウショウは気づいていないし、気づかないだろう。

まったく意識していずに、

マナブ一人だけの時に、エメラルドのことを聞ける状況を作ろうとしていることに。

 

 

 

「マナブさん・・」

口を開いたフクウを制して、

マナブははっきりと周りの美女を見回して言う。

 

美男子もいた、か。

 

 

 

「それで?

 

 

 

 

 

きっと

 

 

 

 

エメラルド=ダルク

 

 

 

のことですよね?」

 

 

さすがはフクウ、その美しい顔に動揺の影は一片も見えない、

 

だが、

横のレイアルンが

 

「ごめん。」

と謝ったので、

 

 

 

 

台無しだった。

 

 

 

 


 

 

大きな机が中央に置かれた豪華な部屋。

部屋の隅に置かれた西洋の甲冑も、センスの悪さを隠してはくれない。

 

机にどっかりとつかりながら、数枚のレポートを読みふけるゴート。

 

EPMの実質の支配者は、少し悩んでいた。

血と権力に彩られた彼の脳の中では、どのような傲慢なことが考えられているのだろうか?

 

「ふむ・・・。」

顎鬚を撫でながら、眉間に深い皺を寄せて唸る。

 

レポートには、「EPMにおけるφの軍事力の割合と重要性」とある。

 

そのレポートはゴートの信頼する部下によって報告されたものであり、

非常に信憑性があった。

 

 

 

 

「EPM軍付属特別防衛機関『φ』の軍事力は、現在『EPM』内の軍事力の30.1%を占めるようになり、

このままArfの量産が進み、『φ』の配備が増えることになれば、

必然的に親以上の力を子が持つことになる。

 

Arf以外の既存の軍事力は、

攻撃力や機動性等の問題から、それらの現実的な場面での活躍は疑問があり、

Arfの機体数の比較から、

それを踏まえると『φ』は『EPM』の軍事力の42.7%を超えている。

 

 

仮定1

 

『φ』が単独で反乱を起こした場合

 

現状のほぼ独立した指揮系統のままの『φ』は、

たやすく決起することが可能であり、

その際、『EPM』が受ける被害は甚大なものとなり、

組織壊滅も有り得る。

 

 

仮定2

 

『φ』が『モーント』と結託して反乱を起こした場合

 

仮定1から述べた状況に加え、

ルイータ=カルのいる『モーント』の影響力によって、

たやすく宇宙圏の支配を『φ』もしくは『モーント』に奪取される。

その際、地球と宇宙の両面からの攻撃を受けた『EPM』は確実に壊滅する。

 

 

仮定3

 

『φ』が『モーント』以外の月、衛星都市組織と結託して反乱を起こした場合

 

『モーント』以外の月、衛星都市組織であれば、

宇宙圏の支配を完全に奪取されることは無いが、

EPM宇宙軍は地球側に降下することは不可能となり、

仮定1以上の被害を『EPM』に与える上、戦争は長期化する。

 

 

仮定4

 

『φ』が地球上のテロ組織と結託した場合

 

『φ』自体が各テロ組織から恨みを持たれているために、

以上に述べた仮定1〜3よりも実現の可能性は低い上、

仮定1と被害は大差ない。

 

なぜなら、地球上には『φ』を抜いた『EPM』の軍事力でも、

それに匹敵する組織は存在しないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『φ』か・・・どうも、力をつけすぎたか。」

ゴートは仮定4の最後の言葉に満足しながらも、EPMの中にある危険を再認識する。

 

「バロンに言われて、たまたま調べさせたが・・・・ここまでになっていたか。まったく!」

組織が肥大化して、指揮系統に乱れが出ることを恐れ、

『φ』という迅速な行動を取れる組織を作り出したのだが、それがいまや「獅子身中の虫」になろうとしている。

 

(空でバベルを建造していなければ、肝を冷やしているところだ。)

ゴートは窓から見える空を仰いで、ため息をつく。

 

ただ、よくよく考えてみれば、『φ』の設立を提案したのは、現在の総帥ルシターン=シャトである。

ゴートは決して楽観視できない現状を十分に理解していた。

 

今は翻意など微塵も見せない男だが、いつ牙を剥くかはわからない。

 

ゴートにとって、疑念を持たれた者は、

 

早急に取り除かなければならない者。

 

そうやって、彼は生き抜いて、登り詰めたのだから。

 

 

机の上のボタンを押すと秘書を呼び出す。

 

「バロン=ケルベを呼べ。すぐだ。」

 

 

**********

 

 

「どうした?」

とても上司に対する返答は思えない言葉が聞こえたのは、それから15分後のこと。

 

 

「バロンか?周りには誰もいないな?守秘回線に切り替えているだろうな?」

ゴートの真剣な表情とは裏腹にバロンの顔には、いつもの軽薄な笑みが貼り付いていた。

「ああ、大丈夫だ。」

 

 

「仕事だ。」

そう一言、バロンが発した瞬間、バロンの笑みが消える。

母親譲りの黒い瞳が見開く。

 

バロンが彼に「仕事」と言う時は、決して表には出せないダーティな仕事。

つまり「暗殺・誘拐・破壊」いずれか。

 

「ああ、良いぜぇ。誰かな?楽しい相手だと良いが。」

狂犬が牙を剥き出しにしたような、えげつない笑顔で答える。

その表情にゴートは満足気に頷くと、幾分声を低くして告げる。

 

 

 

 

「おまえの兄だ。

 

 

 

 

 

楽しいだろう??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、嬉しいなぁ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっそ、前に言ってたやつも一緒に、やっちまおうか?」

 

 

 

 

「誰だ?」

 

 

 

 

 

 

「ほら、言っただろうよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「法皇をさぁ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

レイアルンの言葉で、一瞬緊張した部屋が一気に弛緩する。

 

 

 

 

マナブも先ほどと同じような笑顔を見せる。

彼らが軍人なのは分かっていたが、

マナブには自分がJusticeの人間だと知られていない自信がある。

 

そうでなければ、これだけ永きに渡って、Justiceが存在し続けることは出来ないから。

 

で、あれば、マナブに軍が興味を持つのは、「エメラルド=ダルク」しかいない。

 

 

「まあ、良いですよ。それで、何をお話すれば良いですか?」

 

 

 

「ま!イスに座って話さないか?」

プリンが楽屋のイスに座って言う。

テーブルに置かれている、差し入れのクッキーを一枚頬張る。

 

その様子を見ていたみんなは、自然とイスに座りだした。

 

「ちょうど良いわ。私が紅茶を淹れましょう。」

デュナミスがパシッと扇をたたむと紅茶の缶を取り出す。

 

何故か

 

 

「プリンとレイアルンは使用禁止」

 

と書かれてある。

 

よく見ると、レイアルンの名前は二重線で消されているが。

 

 

 

「ちょうど良い。フィーアには、あまり聞かせたくない話だから。」

マナブは自分に言うように呟いてから、話し始めた。

 

自分の中に、一瞬走った疑問が分かるかもしれないと。

 

 

 

ルイータ=カル。

 

は、

 

エメラルド=ダルク

 

なのか?

 

 

 

**********

 

 

「そうですか。エメラルドさんは生きていらっしゃったのですか。」

フクウは深くため息をつく。

 

「はい。フクウさんに聞かれたときは、ちょっと・・・・すいません。」

失恋して情緒が不安定になっていたとは、大勢の前は言いにくい。

 

「いいえ、私が早合点してしまったために・・・・・本当にごめんなさい。マナブさん。みんな。」

フクウは自分の判断が誤っていたために、状況を混乱させたこと、

そして一般人であるマナブに調査が気づかれてしまったことを恥じる。

 

珍しいフクウの失敗に驚くことはあっても、月読のメンバーで責める者はいない。

あのカイであっても、昔ならいざ知らず、

今は誰にでもミスはあることを知っているのだから。

 

それでなければ、ある種、レイアルンを隊長として尊敬することなど出来ない。

 

 

「良いですよ。そんな大げさにしないで。

ほら、二人、いや三人。

帰ってきましたよ。」

 

マナブは話し声が聞こえてきた方を見た。

 

アミを連れてきたのだろう。

三人で何事かを笑いながら話している。

 

 

楽屋に入ると、開口一番。

 

「あ!!お菓子食べてる!!」

「マナブ、待たせて、ごめんなさい!」

「だから、ホウショウ、引っ張らないでって!」

 

 

騒がしさが、風と共に入り込んできた。

寒い季節なのに、ちょうど良いくらい、暖かく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次、どこに行くの?」

と言うフィーアの疑問に答えようとしたホウショウは、カイに怒られた。

 

「ごめんなさい。次はちょっと守秘義務がある所なので。」

少しばかり打ち解けたカイは、フィーアに事情を話していた。

 

「少しぐらい言っても良いんじゃ?」

と言うアミも、カイに怒られた。

 

 

 

大きな胸を反らして、マナブの肩を叩くプリン。

「じゃあな!失恋したって、次がある!次がある!」

 

デュナミスがお土産のお菓子を渡しながら言う。

「すみません。がさつで、また公演を観に来てくださいね。」

「ヴァイロー!がさつとは何だ!がさつとは!!」

 

レイアルンらしい暖かい別れの言葉。

「カスガさん、また来てください。警備員をやってますから。」

 

三者三様な言葉にマナブは微笑む。

 

 

 

 

バイク乗り場まで、着いてきたフクウとホウショウ。

 

世界中を回る月読の公演は、もうしばらくこの国に来ることは無いだろう。

だから、多分、マナブとフィーアに会うのはこれが最後になる、

そう月読のメンバーは思っていた。

 

 

 

今度こそ、マナブは調査対象から外され、ただの一ファンになるのだから。

楽屋で親しく、お茶を飲みながら話すことは絶対にありえない。

 

マナブにもそれは分かっていた。

 

 

ただ、別な意味で再会する可能性があることを、

マナブは分かっていたが、そうならないことを願っていた。

 

 

だから、ふと聞きたくなった。

 

ホウショウとフィーアは別れが惜しいのか?

バイクに触れながら何かを話している。

 

 

 

 

 

「彼女は、彼女なんでしょうか?」

 

 

 

 

 

なぞ掛けのような言葉。

 

 

 

うそをつくことは容易いが、

フクウはそうはしなかった。

 

 

 

 

 

「私にも、わからないんです。」

 

 

 

 

マナブはまっすぐ、フクウの黒い瞳を見つめると、

 

 

微かに「そうですか。」と言った。

 

 

 

 

「マナブ、そろそろ行こうよ!別れが辛くなっちゃうよ。」

フィーアが少しだけ涙目で言う。

 

「フィーアお姉ちゃん、元気でね!」

ホウショウの瞳にも大粒の涙が。

 

マナブとフクウは、なぜ二回しか会っていないのに、

こんなに仲良くなれるのかと、かなり疑問に思うところだが、二人らしくて良いと思った。

 

 

「それでは!」

マナブがそう言ってバイクのところに行こうとしたとき。

 

「あ!あの、マナブさん。」

「はい?」

 

「私、本当はマナブさんの大学の先輩じゃないんです。ごめんなさい。」

 

フクウがそう言うと、マナブは笑った。

 

 

「だと思ってましたよ。こんな凄い美人がいたなんて、聞いたこと無かったもの。」

「え?!」

 

照れたのか?それ以上は何も言わずにマナブは走り出す。

 

 

 

「またね、ホウショウちゃん!」

「うん!!」

 

 

マナブは別れ難い二人の下へ、

 

 

走る姿にフクウは、ほんの少しだけ、小さく微笑む。

 

 

 

 

 

それは、とても可愛らしく、

 

 

 

 

とても自然で。

 

 

 

 

 

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次回予告

 

猫の想い出、懐かしき恋。

 

猫の想い出、忘れかけていた愛。

 


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集
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人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
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