「この時だけは、せめて平和で」
Divine Arf
− 神聖闘機 L−seed −
第三十四話 「夕日の調べ」
とおりゃんせ とおりゃんせ ここはどこのほそみちじゃ
てんじんさまのほそみちじゃ
どうかとおしてくだしゃんせ
ごようのないものとおしゃせん
このこのななつのおいわいに おふだをおさめにまいります
いきはよいよい かえりはこわい
こわいながらもとおりゃんせ とおりゃんせ
夕日が射し込むフィルダウス修道院の庭先で、
孤児達の歌声が辺りに元気に響いている。
日本の童謡が、ヨーロッパの修道院で歌われているという、
ちょっと不思議な風景だったが、
夕日は何処でも分け隔て無く、優しく夜の訪れを知らせながら輝いている。
「さあ、皆さん、そろそろ、お家に入りましょう。」
少し年輩の修道女が子供達に話しかける。
「「「「「「「「「「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」」」」」」」」」
子供達の不満の声が上がる。
皆、着ている服は献品の古着で、その姿は決して綺麗ではなかったが、
その元気いっぱいの様子はマリアの目を細めさせた。
「ほらほら、もうすぐ夕食の時間ですよ。」
マリアがそう言うと、何人かの子供達は目を輝かせて、
先ほどの不平もどこへやら、玄関に向かって競争を始める。
「きちんと、手を洗うんですよーーーーー!!!!」
修道女達の声に、心ここにあらずの返事を返すと、
子供達は修道院に隣接された孤児院に飛び込んでいった。
転んでしまう子供もいるが、直ぐに立ち上がって友達を追いかける。
弾ける元気さに、寂しさは感じられない。
それを見届けながら、修道女達も歩き出す。
最後に歩いていたマリアがふと振り返ると、
そこには金髪の少女が夕日を見つめて立っていた。
夕日を金色の髪に反射させて美しい天使の輪を創り出している。
(何て・・綺麗な子なのかしら・・・)
マリアは、漠然とそう思う。
銀色の瞳を夕日に反射させる彼女もまた、
世の人々魅了する美貌の持ち主でありながら。
夕日の赤が広がる森、そしてそこに立つ幼い天使。
絵画のようなその風景をいつまでも見ていたいと思ったが、
夜を感じさせる風がそれを思いとどまらせる。
「デイジーちゃん。行きましょう。」
マリアはゆっくりと歩み寄りながら声を掛ける。
「もう少し、夕日。見ていちゃ、ダメ?」
デイジーはマリアの方を首だけを回して見ると、
大きな瞳の中に太陽を反射させながら尋ねる。
「・・もう寒くなりますよ?風邪を引いてしまいます。」
マリアはデイジーの横に立つと心配そうに言う。
しかし、デイジーが見ていた方向に目を向けて、
彼女もまたその光景に息を呑む。
「・・・本当、綺麗な夕日ですね・・・・」
ため息のような声でマリアは呟く。
「そうでしょう?」
デイジーも嬉しそうにマリアに笑顔を見せる。
夕日は、その四分の一を地平線に隠して、
その光を空を漂う少しの雲に当てながら、今正に暮れようとしていた。
雲は光が当たる部分から赤のグラデーションを浮かべて、
空を一つのキャンパスにしていた。
「ねぇ、マリアお姉ちゃん。あの空の上にいっぱい人が住んで居るんでしょう?」
修道院に戻る途中、デイジーが尋ねる。
「ええ、宇宙に浮かぶ街とお月様に住んでいるのよ。」
デイジーの小さな手を引きながらマリアは答える。
「お月様にウサギさんいるのかなぁ?」
デイジーの無邪気な問に、マリアは思わず笑みを零す。
「そうね〜、いると良いね。」
「絶対、いるよ〜!!」
デイジーが曖昧な答えに頬を膨らませる。
握った手にきゅっと力が入る。
「そうね。きっと、いるわね。」
マリアはその様子にますます微笑みを抑えることが出来ずに頷く。
手をきゅっと握り返すのを忘れない。
突然、突風が吹きすさぶ。
「「きゃ!」」
二人の短い悲鳴が起きる。
素早くマリアはデイジーを抱え込む。
風は10秒も吹くと直ぐに収まる。
「ふわ〜、凄い風だったね?」
マリアの胸の中でデイジーが驚きの声を上げる。
「そうね。ほら、急いで入りましょう。」
マリアがデイジーを離して立ち上がろうとするが、
袖を引っ張られて、押しとどめられる。
「?」
マリアが不思議そうに下を見ると、
デイジーが袖を掴んでマリアを見ていた。
「デイジーちゃん?」
マリアが不思議そうにデイジーを見る。
デイジーがマリアの顔ではなく、その上を見ている事に気付くのと、
デイジーが声を上げるのとは同時だった。
「お姉ちゃん、髪、きれい〜〜〜。」
デイジーの小さな手がマリアの髪の毛に入れられてとかされる。
その撫でられるような感覚にマリアは目を細める。
「・・・そうかしら?」
マリアが照れながら答えると、
デイジーは首をブンブン振りながら言う。
「うんうん!!すっっごくきれい!!!晴れた空みたい!!!」
デイジーの嬉しそうな声にマリアは微笑んだ。
「ありがとう、デイジーちゃん。」
それは、絵画のような場面。
夕日の中、小さな天使に洗礼を受ける聖女。
「ありがとう、お父様。」
私があの人をお父様と呼んだのはいつまでだっただろう?
私が産まれた瞬間から、私はお父様の物だった。
ガラス越しに見た最初の人物。
それが、私のお父様。
最初に声を掛けてくれた人物。
それが、私のお父様。
最初に触れられた人物。
それが、私のお父様。
最初に食事を食べさせてくれた人物。
それが、私のお父様。
最初に抱きしめてくれた人物。
それが、私のお父様。
最初に口付けを教えてくれた人物。
それが、私のお父様。
最初に私に愛情を教えてくれた人物。
それが、私のお父様。
最初に私が愛した人物。
それが、私のお父様。
私の最初は全てお父様の物。
私はお父様の物。
私の命はお父様に使われる。
私のお父様に出来ぬ事など無い。
出来ないことなどあってはいけない。
私はお父様を助ける。
それが私の全て。
私がお父様に愛される全て。
最後まで。
私はお父様なのだから。
少女は既に女性だった。
夕日のような真紅を好む少女。
心と体のアンバランスさは、類い希な才気に隠される。
エターナル0 EU本社
ハイヒールをカツカツと小気味よく響かせて、
真紅のスーツに包まれた女性が最上階を歩いている。
大きな部屋の前に付くと、
部屋の前にいた秘書が立ち上がって静かに礼をする。
「イシス、あの・・」
何事か秘書が言おうとするのを制して、
フレイヤは自らの部屋の前に歩き、
両手を扉の横にある照合器にかざす。
同時に目にも緑の光が当てられて、網膜照合が行われる。
音もなくドアの鍵が開くと、フレイヤは秘書に振り返る。
「私が呼ぶまで、誰も部屋に入れないこと、良いわね?」
フレイヤは、秘書にきつくそう言うと、部屋に入っていった。
壁一面がガラス張りの光が溢れる部屋。
壁に掲げられている高価な絵画が最初に目を引く。
ガラスの前に置いてある大きな机の前には、
高価なソファーと来客用だろうか?灰皿と葉巻が置かれている。
机の横の戸棚には、グラスと高価なお酒が並び、
この部屋の主のセンスの良さを示すように、
天使の置物・・・・・いや、槍と鎧に包まれている所から北欧神話のヴァルキリーの像だろうか?
ガラスで出来た素晴らしいモノが置かれている。
透き通る真紅の像は、まるで鮮血を固めて作ったかのように、鮮やかで美しい。
**********
エターナル0、空における最大の企業。
空における最大手Arf製作会社「サウザンドキングダム」を持ち、
各衛星都市絶大な権力を有する存在。
イシス。
エターナル0の代表者にして、
代表取締役、会長等のありきたりな役職を持つ者達を越える最大権力者。
イシスは。
代々オシリス家と呼ばれる一族が支配し、イシスを選出していたのだが
ある時、彼らは姿を消し親戚筋であったセト家がその実験を握ることになった。
同時に三大名家であったオシリス家の地位も受け継ぐこととなり、
現在セト家は、フィック家、ヴァイロー家と共にこの世界を支配していた。
現在のイシス、フレイヤもそのセト家から選ばれた人間である。
しかしながら、フレイヤ以外のセト家の一族を見た者は社内にはおらず、
旧支配者のオシリス家に至っては誰一人として姿を見せなかったのである。
かつてのイシスはオシリス家の息がかかった人間がつき、
その役目はオシリス家の意向を伝えるメッセンジャー的なものであったのだが、
新たなイシスであるフレイヤは、
それまでと違い多くの命令と方針打ち出していた。
それは方針転換と言う生やさしいものでは無かった。
それまでのエターナル0は、
衛星都市の人々の生活に足りないモノと欲しているモノを与えるだけの穏やかな企業であった。
確かにArfを製作し、多くの武器を作り出していたが、
それはあくまでも衛星都市が理不尽な弾圧に対する自衛のために使われるモノであり、
決して大量生産を行ってはいなかった。
しかし、イシスが変わると、
直ぐにそれまで小さな子会社であったはずの「サウザンドキングダム」は、
エターナル0の中核を為すと言われるほどに規模が拡大される。
その代わりに、生活物資等の会社は利益が上がらないと言う理由で次々に潰されていった。
エターナル0はもともと力のある企業。
その方針転換は、最初でこそ不利益、不平、不満を産み出していたが、
ここ数年の戦争とテロで、
それらの負の遺産を補ってあまりあるほどに財力と権力を手中に入れていた。
人々は神話を持ち出して、囁く。
「オシリスを殺した時の血の味を、セトは忘れられないんだ」と。
**********
コロコロ・・・・
カツン
フレイヤが下を見ると、綺麗な黄色が入ったビー玉が転がっている。
よく見ると、カーペットを引いていない床には、
まだ数個ビー玉が転がっている。
そして、フレイヤは彼女にしては珍しく、その表情を多少苛つかせて声を出す。
「デイジー。
変なモノを持ち込まないでくれない?」
その声に床にうずくまり、ビー玉を転がして遊んでいるデイジーが顔を上げる。
「これ良いでしょ?ね?」
向日葵のような笑顔でデイジーがフレイヤに手を広げて見せる。
小さな手の中で色とりどりのビー玉が揺れる。
「マリアお姉ちゃんから貰ったんだよ!!良いでしょ?」
何も言わないフレイヤに笑顔で畳みかけるデイジー。
「そうね。それで、アレは手に入れてくれたかしら?」
興味なさそうに、ビー玉を一瞥してデイジーに言葉を返すと、
フレイヤは直ぐに切り出した。
その様子に、少しだけデイジーは眉を寄せたが、
口答えをすることなく、着物の袖から何かを出す。
今日のデイジーは孤児院の古着ではなく、
いつも着ているちょっと下が短い着物である。
「はい。」
デイジーの手からフレイヤの手に渡されるそれは、
一見すると糸のように見える。
光の反射で青くキラキラと輝く。
「これが、あの修道女の髪の毛ね?」
フレイヤは光にかざしてデイジーに確認する。
「うん、マリアお姉ちゃんのだよ。」
首をコクンと縦に振ってデイジーは言う。
その姿は何故か不安げに見える。
「そう、よくやったわね、デイジー。」
心があまり籠もっていない礼を言うとフレイヤはきびすを返す。
その背中にデイジーの不安そうな声が掛けられる。
「ねえ、フレイヤ。それ何に使うの?」
デイジーの問にスッと振り向くフレイヤ。
その表情はいつになく冷たく、まるで人間味が感じられない。
その表情に余計に不安感を増すデイジーは、
ポテポテと裸足のままフレイヤに近づく。
「ねえ、マリアお姉ちゃんに変なことしないよね?フレイヤ。」
「フレイヤお姉様でしょう?」
冷たく言うとフレイヤは、デイジーに近寄る。
その様子にデイジーは怯えて、ただ頭を垂れて体を固くする。
「ごめんなさい、フレイヤお姉様。でも・・・」
なおもデイジーはマリアの事を尋ねようとする。
彼女にしてはとても勇気がいることなのだろう、
手がぎゅっと握りしめられている。
フレイヤのつま先が視界に入ったとき、
思わずデイジーは目を瞑った。
「ロキ様もきっとお喜びになると思うわ。」
不意に訪れた優しい言葉と声。
デイジーは思わず顔を上げると、そこには満面の笑顔のフレイヤ。
そこに一片の他意も無いように見える。
美しい笑顔。
「本当に?!パパが?!」
デイジーがはしゃいだ声を上げると、
フレイヤはしっかりと頷く。
「もちろんよ!デイジー、あなたはよくやっているわ。だから、これからもお願いね?」
かがみ込んでデイジーと目線を合わせるフレイヤは、
肩を優しく掴んで言う。
「うん!!うん!!!パパが言うなら、デイジー、頑張る!!」
デイジーは飛び上がるように、いや実際ぴょんぴょん飛び跳ねる。
クルクルのカールが掛かった髪が、まるでアコーデオンの用に上下する。
よほど、パパが好きなのだろう。
まるで犬ように全身で喜びを表現する。
「そうね。頑張りましょう。三人でロキ様のために。」
「うん!!サーシャおねえちゃんも一緒だね!」
フレイヤの言葉に強く頷くデイジー。
サーシャには「おねえちゃん」と付けるところに、
デイジーの無邪気さというか、計算の無い好意の違いが見て取れる。
しかし、そんなデイジーを睨むでも無く、
瞳の奥まで優しさに染まった表情でフレイヤはデイジーを見つめる。
「マリアさんはきっと大切な人よ。デイジー、絶対に護って上げるのよ?良い??」
「うん!!絶対、デイジーが護る!!」
両拳を握りしめて、デイジーがぶんぶんと頷く。
「もう戻りなさい。あまり遅いと怪しまれますよ。」
フレイヤはすくっと立ち上がると、デイジーにドアの方を指さす。
「うん、フレイヤ。行って来るね〜!!」
デイジーは両手を広げて、ドアに向かう。
着物の袖がまるで飛行機の翼のようになって、
笑顔の飛行機雲がそこに残る。
バターーン!!!
フレイヤの部屋のドアは普通の締め方でも音が鳴らないような高級なドア。
デイジーの小さな体の何処にそんな力があったのだろうか?
ヴァルキリーの像がカタカタ揺れている。
デイジーの方に向かって小さく振っていた手をフレイヤは下ろす。
誰もいなくなった部屋。
燃え立つようなスーツが落ち着いた色の部屋の中を明るく見せる。
部屋を明るくする程の美しさを持ったフレイヤ。
しかし、その表情は先ほどの笑顔の一片も残していない。
酷寒の微笑と絶対零度の声。
「お姉さまでしょう・・・・デイジー。」
フレイヤ。
その名は、奔放な美の女神。
目的のためなら自分の身体を差し出すことも厭わない。
目的のためなら戦火を生み出すことも厭わない。
イシス。
その名は、死者の守護女神。
冥界の支配者である兄オシリスの妻。
二つの女神を冠する女が見る夢に、
世界が凍える。
「コンコン!入るよー。」
声と同時にフィーアが部屋に入ってくる。
「おまえな、ノックは手でしろって言っただろう。」
マナブがもう何度目になるかわからないセリフを言う。
もはや諦めているのだろう、それを言うときだけフィーアの方を向き、
言った後は直ぐに持っていた本に目を戻す。
フィーアはその本のタイトルがあの「俳優志望者へ」であることに気付いて、
少しだけ顔を曇らせたが、直ぐに笑顔でマナブに歩み寄る。
「あの、マナブ。」
「なんだ?」
マナブは本から目を逸らさずに返事を返す。
「これ、行かない?」
マナブが舞台と言うか演劇を好きなことを、フィーアは知っている。
そして、その理由が、「Justice」と言う組織に組み込まれたマナブ=カスガではなく、
一人の自由な人間として生きてみたいという願望の表れであることも、当然知っている。
そう、せめて舞台という架空の世界の中でも、マナブは自由になりたかった。
フィーアは、マナブのその想いを痛いほど分かっている。
だが、だからこそ、直接的な演劇を見せることを躊躇する。
マナブに自分の立場をより知らしめることになるかもしれないから。
フィーアが差し出したのは、あるコンサートチケット。
舞台正面のプラチナチケットと言われるそれも、
Justiceの力であれば手に入れることは優しい。
もっともチケットを取るのを頼まれたメルが、
気を利かせて一番良い席を取ってあげたのだが・・・。
マナブがフィーアの手の中にあるチケットにかつて見たことがあるマークを見つける。
「!!」
上弦の月と片目を組み合わせたデザイン。
フィーアには何の悪気もない。
何故ならフィーアは知らなかったのだから。
エメラルドとマナブ二人の、思い出の1日。そのメインとなったスポット。
「つくよみ?って、言うんだって、この人たち。」
フィーアが無邪気に小首を傾げて言う。
もしマナブがもっと動揺した素振りを見せたなら、
直ぐにコンサートチケットを破り捨て、
まるで何事もなかったようにフィーアは振る舞っただろう。
いやもしかしたら、笑顔でこう言ったかも知れない。
「ゴメンね、マナブ。」
それが分かっているから、マナブは最小の動揺で抑える。
表情を固化させて、何とか表に出ないようにする。
マナブの顔が固まってしまったことに、フィーアはちょっと不思議そうな顔をする。
「どうしたの、マナブ?」
フィーアが覗き込んでくる。
バサっ
マナブの手から本が落ちる。
フィーアが本を拾って、マナブに差し出したときには既にマナブは、
いつものマナブだった。
「ああ、良いぞ。」
マナブは少しだけ無理して笑いながらフィーアに言った。
「本当に?!!」
フィーアはマナブに不自然さを感じながらも、
初めてのデートらしいデートに喜びが勝る。
フィーアとて、一人の女。
好きな者と共にいる時間が増えることに喜びを感じずにはいられない。
多少の不安がそこにあったとしても、
そして、何より、その相手がマナブなのだから。
「ああ、でも、サライか父さんに聞かないとダメだな。」
マナブのL−seedの出撃はある程度の日にちは決まっているのだが、
突発的な出撃も多い。
その全てはサライと父親であるヴァスが決めている。
L−seedが壊れているときは、ヨハネもその会議には参加するらしいが、
あまりマナブに関心は無かった。
「大丈夫!!」
フィーアがくるっと体を回しながら言う。
長い髪がふわっと浮かんで流れる。
マナブの鼻にフィーアの甘い匂い。
特別な物は付けていないフィーアのそれは、
石鹸と彼女自身の香りなのだろう。
「サライは、三日間くらいは無いって言ってたから!」
マナブが出撃しないこと自体喜ばしいフィーアの顔は、
心底嬉しそうで、そして明るい。
その姿を見て、心の中にあった「思い出」も隅に追いやられて、
マナブは本当の笑顔を見せる。
「結構走らなきゃならないぞ、少しは暖かい格好をした方が良い。」
マナブはフィーアにチケットを見ながら言うと、
フィーアは元気良く頷いた。
「うん!!」
月読 舞台前日
舞台の上では、明日の公演初日の最終チェックが行われている。
普段であれば基地の者達も気前よく手伝ってくれるモノだが、
昨今のArfテロの多発で、あまりこちらに手を貸せないのだろう。
当日の主役達が裏方も兼任している。
だが、こんな時だからこそ、兵士達の志気を高めるために、
各基地からの依頼は今までの2倍近くになり
「月読」たちは忙しい毎日を過ごしていた。
月読の歌姫達は、殺伐とした兵士達の毎日を癒す清涼剤。
それもまた、法皇ヨナ18世が望んだ役割なのだろう。
ただ、この所の忙しさで情報収集がままならないのは、
少しばかり頭が痛い話ではあるが・・・・
「えっと、右舞台袖から出て来るんだったよね?」
小さな歌姫が、明日の舞台の通しを行っている。
「違うわ、ホウショウ。左袖からよ。」
ステージの方で台本を見ながら優雅な歌姫が言う。
「あれ?あれ?そうだったけ?デュナ〜。」
トコトコと右から左へ歩いていくホウショウ。
「書いてあるでしょう?ホウショウはカイと私の間。カイは右から、私達は左からよ。」
本を見せてデュナミスは舞台を指さす。
「ホウショウはデュナと左ね?」
「ええ、そうよ。」
ホウショウは舞台袖からくぃっと顔を出してデュナミスを見る。
その様子が可笑しくて、デュナミスは少しだけ木漏れ日のような笑みを零した。
**********
「お〜い!カイ、そこのレンチ投げてくれ!」
長身の歌姫、プリンが数十メートル下の方にいるカイに向かって頼む。
男装の歌姫、カイは足下に落ちているレンチを見ると上を見上げる。
長身のプリンの姿は少しばかり小さく見える。
どう考えても投げて届く距離ではない。
普通の女性ならば、だが。
カイは取りあえず聞こえない振りをして、下の作業をする。
「おい!!カイ!!」
上の方で少しだけ下がって叫ぶプリン。
だが、カイは無視。
「お〜い!!カイ!!!」
また少し下がって叫ぶプリン。
だが、カイはまた無視。
「聞こえてるんだろ!!カ〜〜〜〜〜イ!!!!」
かなり下がったところで、怒声とも言える声で叫ぶプリン。
そこで、ようやくカイはため息混じりに立ち上がると上を向く。
「聞こえているわ、アシュクさん。」
先ほどよりは姿が大きくなったプリン、
もっとも元が大きいのだが・・・
「・・・・・行くわよ。」
カイはレンチを掴むと勢いよく上に投げる。
クルクルと回転しながらプリン目がけて飛んでいく。
パシ!!
手と金属が触れ合う音がして、プリンが受け止める。
かなり痛いような音であったが、
プリンはちょっと顔をしかめる程度。
「おう!ありがとな!!それと、今度からはもっと早くな!!!」
礼と怒りが混じった声が上から来るのをカイは、軽く受け流してまた作業に戻る。
そんなカイの様子を見て、ぶつくさ言いながら作業に戻るプリンだったが、
カイの見事なコントロールには感心していた。
自分だったら、最初の位置からでも届かせることが出来るけれども、
間違いなくその人間を撃ち落としてしまうだろうな・・・などと思いながら。
**********
月読に割り当てられた部屋の一室に、
残りの三名がいる。
「間違いないわ。アレはONI。あたいのONI。」
写真を右手で持ちながら、眼鏡の歌姫、アミは静かに言う。
だらんとイスの肘掛けからずり落ちた左手がゆっくりと握りしめられる。
義手の部分だけが無意識に反応している。
それを視線の端で見つけて、少しばかりレイアルンは先ほどの質問を後悔する。
「ONIはあのONIなのかな?」
パイプイスに座るレイアルンに対して、
長机を挟んでソファーに座る二人の美女。
机の上には、まだ出されたばかりなのであろう、湯気が出ているお茶が三つ。
「国創からφにね・・・・」
黒髪の歌姫、フクウはルシターンと母親の確執を思い出しながら呟く。
「・・・ONIは変わってないね・・・」
アミはポツリと呟く。
それはどこか無念な雰囲気。
「どういうことだい?」
レイアルンが不思議そうに尋ねる。
アミはクッと顔を上げて言う。
「何の改良も為されていないのよ、テストパイロットを再起不能に追い込んだ時と。
幾らルインズ三佐・・いえ、二佐でも・・・いずれは・・・」
そこから先はあなたたちも分かっているでしょう?と言う顔を見せる。
フクウとレイアルンは静かに頷く。
「ルインズ二佐はどうする気でしょうか?」
フクウがレイアルンに答えを求める。
士官学校時代から既に「天才」と「才能」を見せていたレルネ=ルインズ。
士官学校時代に流行った戦闘格闘技でも無敗を誇った。
いや、彼自身がそれを鼻に掛けたことは決してない、
ただ彼に挑んだ者が全て地に倒れるだけ。
だが、一つだけ、レルネの卒業式から表れた噂がある。
レイアルンがレルネ=ルインズと引き分けた。
最もその時の姿を誰も見てはいないし、レイアルン自身は肯定も否定もしていなかったのだけれども。
皆、今と変わらない飄々としたレイアルンしか知らなかったために、
その噂はいつしか消えていったのだが。
(噂の出所が、実はレルネ本人であった事は、もはや噂をする誰も知ってはいない。)
ただフクウだけは、噂を信じるわけでは無いが、
それがあっても別におかしくは無いほど、
当時の二人の実力は拮抗し始めていたと思う。
何より、自分は士官学校時代のレイアルンの最も近い位置に居たと自負できるのだから。
心はそうでは無かったが・・・・
フクウは、レイアルンならONIを手に入れたルインズの考えが理解できると考えていた。
現在の実力は恐らくレルネの方が上であろうが。
だが、答えは別な所から。
「多分、デッドウェイトを積んで、過剰な動きをセーヴするはず。」
アミがしっかりとした口調で言う。
その瞳は間違いなく、一人のArf設計者。
「デッドウェイト?敢えて?」
レイアルンが少し瞳を拡大させて尋ねると、アミは頷く。
「だって、それしかないもの。あのままだったら、中の人間は動きの衝撃に耐えられないし。
だから重りを付けて動きを抑えるしかない。
あたいならそうする。
もちろん、ONI本来の力は大幅に失われるけど、
既存のArfたちよりは抜きんでていることには変わりがないもの。」
アミが流れるように説明をする。
だが、フクウは当然の疑問を口にする。
「じゃあ、今までもそうすれば良かったのでは無い?」
アミは首を横に振ると言葉を続ける。
「それでも、既存のArfよりは衝撃、激しいよ、間違いなく。
何度も乗ることをあまりお勧めは出来ないよ。
あたいだったら、乗せないよ・・・・誰も。」
最後の方は、自分に言い聞かせるようにして言う。
その姿に、アミの優しさを感じつつ、レイアルンは自分の先輩を思い出す。
「ルインズ先輩なら・・・・きっと、乗りこなす・・・・・
どんな形の重りを付けるかは分からないけど・・・
きっと最高のやり方で。」
レイアルンの瞳には尊敬と憧れにも似た感情が浮かび、
ルインズを自分と同じくらい知って居るであろうフクウを見る。
フクウは、自分の知るルインズを思いだして、レイアルンに頷きを返す。
「そうね・・・」
「アミ、聞きたいことがあるの、良いかしら?」
しばらくの沈黙の後、フクウがアミに向いて口を開く。
「?、良いよ。」
アミが眼鏡をなおして頷く。
「黄金の翼・・・・あの私達が戦ったArfについて、あなた何かを知っているの?」
その声は詰問するのではない、優しく促すような声。
だが、その実は、SI2によって完成された、
相手の心から秘密を零れさせるための呼び水。
頑なに口を締めて秘密を守ろうとする子供たちも、
フクウのこの声に容易くその口を開いた。
わざとではない、体に刻み込まれた方法。
「あなた、確か戦闘中にあのArfの武器が分裂することを知っているようでは無かった?」
フクウの言葉にアミは少しばかり躊躇したが、
左手を右手できゅっと抑えると口を開く。
それでもなお開いた口から言葉が出るのに、幾ばくかの時間を要した。
その間、二人は何の催促の素振りも見せず静かに待った。
「・・・多分、お姉(ねぇ)が造ったんだと思う。」
アミの口からようやくそれらの言葉が零れ出る。
フクウはその言葉を予想していたようで、表情に変化は見られない。
一方(アミにお姉さんがいたのか?)と言う問いをレイアルンは寸での所で留まる。
それは脳裏に浮かんだアミの過去の為。
「あたいが『四姉妹』って、言われていたのは知っていたね?」
自分で自分の事をそう呼ぶの事を少しばかり言いにくそうにしながらも、
アミは目の前に二人に確認する。
数年前、「月読」が発足するよりも少し前、
確かにアミ=トロウンはその才能を讃えられ、他の三人の女性たちと共にそう呼ばれていた。
そう、アミが片腕を失う前までは。
二人が静かに頷くのを確認するとアミは続ける。
「あたいと、ユノお姉ちゃん、ロゼッタ姉(ねぇ)、そして、ナユタ姉様。」
「フルネームを確認させてくれるかな?」
レイアルンが記憶を掘り起こしながらアミに尋ねる。
確かに一世を風靡した「天才四姉妹」の名前。
レイアルンも耳には聞こえていた。
なにせ「フォーシスターズ」と言うユニット名で歌も出したほどであったのだから。
まあ、病んだテレビ業界らしい一発芸ではあったのだが・・・・・
「ユノ=ウェイ、ロゼッタ=グリフ、ナユタ=カールティル。」
アミの出す名前にいちいち、指を揺らして確認すると、
レイアルンは言葉を引き継いで締める。
「そして、アミ=トロウン。」
「思い出しました?隊長?」
フクウが些か呆れ顔で尋ねると、レイアルンは親指を立てる。
「なんとかね。」
「アミ、続けて。」
「凄くよく似ていたんだ。アレ。」
何かを懐かしむような顔でアミは話し始めた。
「何に?」
「ロゼッタ姉が昔、あたいに話してくれた夢のArfに。」
「夢?」
「そう、ケルト神話の英雄クー・フーリンをモチーフにしたArf。
魔槍「ゲイ・ボルグ」を持つ強力な戦士。」
「ゲイ・ボルグ?」
レイアルンが聞き慣れぬ単語に疑問符を飛ばす。
「投げると無数の鏃に変化して相手を貫く槍だって、お姉は言ってた。」
アミは懐かしい眼差しで二人よりも向こうを見て言う。
「無数に分裂する鏃・・・・確かにそっくりね。」
フクウがあの時の戦闘を思いだして言う。
「うん、でも、それだけじゃない。
あの一風変わった翼のシステムと取り付ける形のライフルは、
あたいの知る限りロゼッタ姉が考案したもののはずね。」
アミがフクウに真っ直ぐ向き直る。
(Arfの事を話す時と同じ・・・・真っ直ぐね。)
フクウは(今では幾分ましにはなっているが)、
アミの人と視線を合わさない癖が無いことに気付き、
アミの姉たちへの信頼を伺い知る。
「アレを造ったのがアミのお姉ちゃんだとして、目的は何だろう?」
レイアルンらしい答えが返ってこなさそうな問いを口にすると、
アミが少しばかり懐かしい顔をして口を開いた。
「あのArfを駆っているパイロットが何の目的かは分かりません。
ましてその上にいるであろう組織のも。
でも、『あたし』の知っているお姉ちゃんたちなら、
最高の道具と最大の自由が約束されていたら、きっと・・・・Arfを造っちゃうと思うな・・・・」
最後の方は、まるで「しょうがない人たちだね」と苦笑しながら言ったみたい。
そんな様子に二人は不思議そうな顔。
「珍しいね・・・・『あたし』を使ってる・・・」
小声でレイアルンがフクウに言うと、
フクウは微かに頷く。
「よっぽど・・・・・・好きな人たちなんだね。」
「・・・・」
フクウがレイアルンの表情を予想しながら覗き込むと、
まさに予想通りの優しい太陽の微笑みがある。
フクウは一瞬だけ、眩しそうに目瞬かせた。
「アミ、もう一体、あの紅い奴はどうなんだい?」
レイアルンが尋ねるとアミは再び考え込む。
そこにはもう「あたし」ではなく、「あたい」のアミが居た。
「あのL−seedといたArf、『真紅の風』は多分・・・・・・・・・・・・ユノお姉ちゃんだと思う。」
ゆっくりと心の中で丹念に吟味して出した言葉だった。
もしかしたら自分の言葉で愛すべき姉たちが迷惑がかかってしまうかも知れないと思うと、
アミは慎重にならざるを得ない、例えそれがレイアルンであっても。
既にロゼッタ姉の名を出しているだけに、余計慎重に。
「もちろん、パイロットじゃない。造ったのがね。」
もちろん、付け加えるのは忘れない。
フクウとレイアルンが、同時に頷く。
「どうしてそう思うの?」
フクウが当然の質問をぶつけてくる。
「装備が破天荒に見えて、それでいて『動く』ことに何らの支障も存在しない。
いえ、むしろ『動く』ことこそが最高の武器としているArf。
あの中にいるパイロットは確かに、ちょっと抜けている気がするけどね。
でも、あれで良いんだと思う。あのArfは。
本来武器に頼るArfじゃないんだよ、きっと、アレは。」
非道く分かりづらい言い方をしながらアミは一人納得している。
「つまり・・・・武器は最初から使わないか、使い切って捨ててしまうことが前提ってこと?」
フクウも考えながら言う。
レイアルンは敢えて黙っているのか?黙らざる得ないのか?とにかく静かである。
「そこまで言いきって良いかわからないけど、そんなところ。」
アミがフクウの言葉に答えると、
レイアルンがふと漏らす。
「Arfをパイロットにしつらえたのか?パイロットをArfが選んだのか?わからないけど、
最高にマッチしている。」
レイアルンの言葉に意を得たとばかりにアミは言う。
「そう言うこと。そして、このArf思想を強く持っていたのが・・・」
「ユノ=ウェイ?」
「ええ。でも根拠はそれだけではないよ。
あのArfの動きから推察できる設計バランスの絶妙さ、正確さ、そして微妙さ。
あたいの知る限り、姉さんしか出来る人はいないね。」
「そうか・・・」
「確かみんな同時期に居なくなっているのよね?」
レイアルンが頷くと同時にフクウが尋ねる。
「紫の悪夢、黒の爪、蒼の支配者・・・まだ、情報が少なすぎるから何とも言えない・・・・
でもこれだけは言えるね。
蒼と白の堕天使・・・L−seed・・・あれは誰の作品でも無いよ、絶対。
この事は絶対に分かる。
お姉ちゃんたちの子供じゃない。」
アミは強く頷きながら言った。
レイアルンとフクウがその理由は?と尋ねる前に言葉を続ける。
「遊びにしたって異常だから。
大体、Arf製作の基本概念を持っていたなら・・・・そう、造れない。
その概念に縛られてね。」
「基本概念・・・」
難しい言葉は苦いのか?レイアルンはしかめっ面をする。
その顔に厳しい顔だったアミは少し表情を緩める。
「その概念、『Arfは人型でなければならない』って言うモノは、
小学生だって大抵知っている。下手をすれば園児だって。
だから、アレは造れない、いや、創れない筈なのに・・・
それに人が乗るって事を考えたときに。」
アミの言葉はまるで重りを付けたみたいにゆっくりしていた。
「あの紫の悪夢のパイロットは、
常に体を二本の剣に刺された感覚をもってなきゃいけない。」
最後の言葉にフクウはようやくアミの言わんとしていることに気付く。
「L−seedは、まだまともな方ね。」
アミがそんな言葉で口を閉じると部屋は静かになった。
トルルルルルル!!
電話が鳴り、フクウが無言でボタンを押すと、
元気な言葉が飛び出てくる。
「フクウにアミ〜〜!!もう!一緒の練習始めるよ〜〜〜!!!!!」
あまりに元気な声に3人が同時にクスリと笑みを漏らす。
「聞いているの〜〜!!?たいちょーとお話ばっかりしてたら、ダメぇ〜〜〜!!」
「今、行かせるよ。ホウショウ。
・・・・・・・・話は取りあえずここまでだね。」
レイアルンが緊張の糸を断ち切ると、他の二人も体をほぐす。
「〜〜〜〜んっと!!」
「それでは、隊長。練習に行って来ます。」
フクウが完璧な礼をしている横で、アミが両手を組んで上に伸ばす。
「ああ、気を付けて。」
レイアルンの言葉を背中で聞いて二人は部屋を出ていった。
パタン
「・・・・・」
急に手持ちぶさたになったレイアルンは、
机の引き出しなど開けてみたが、何も興味を持てるものが入っていない・・・・
そうすると、少しだけ目を閉じた。
戦士の休息だろうか?
直ぐに乱れない静かな呼吸音が聞こえてくる。
その顔は、とても戦士には見えないほど、穏やかで。
「マナブ〜!!早くしないと始まっちゃうよ〜〜〜!!」
フィーアがバイクの後部シートに座って手を振る。
「分かってる。と言いつつ、おまえ、チケット忘れていないだろうな?」
マナブが黒いヘルメットを持ちながら歩いてくる。
マナブの服装はいつもと同じく、
ジーンズにちょっとしたジャケット、中には青のTシャツ。
対するフィーアは、へそだし白のタンクトップと黒のピチピチ皮パン。
とても初めてデートする二人には見えない。
「あ?!!」
マナブの言葉にフィーアが口を手に当てる。
「わざとらしいぞ・・・・」
マナブがジト目でフィーアを見て言う。
「ふふふ・・・・」
フィーアはマナブの口元にホンの少しの笑みを見つけて、
チケットを後ろのポケットから出してマナブに見せた。
**********
Justice基地外部連絡通路入り口
マナブとフィーアはそこにいた。
Justice基地はL−seedの三現魔方陣と同じシステムによって守られており、
日本の海域に存在する無数の島の一つにある。
肉眼で発見することすら難しく、
その島は未だ何者の侵入も許してはいない。
L−seedで出撃帰還するマナブは良いモノの、
他の人間達はどのように大陸を行き来するのかと言うと、
海底に掘られたトンネルである。
実際、休暇でもJustice基地にいる人間達が多いので、
マナブの通学に使われる事が多い。
**********
「サライには言ってあるんだよな?」
マナブがヘルメットを被りながらフィーアに尋ねると、
フィーアはVサインを作って頷く。
ちょっと、その様子を疑わしげに見るマナブだったが、
ゆっくりと開いていくゲートを見て、
多分、大丈夫なのだろうと思う。
「・・・上でしか動かせないもんな・・・」
独り言を呟くとマナブは、
バイクに付いていた同じく黒いヘルメットを取るとフィーアに被せる。
**********
「マナブ様とフィーアは行ったのかしら?」
サライが研究室でメルに聞く。
書類を書いていたサライには、後ろでメルがしていることが見えない。
「えっと・・・ああ、今行くところだと思いますよ。」
メルが腕時計を見て言う。
「うわ!!メル、危ないって!!」
試験管を持ちながらのメルの仕草に、慌ててヨウがそれを取り上げる。
「ああ!ごめんなさい!」
二人のやり取りを背中で聞き流しながら、
サライは近々あるであろう出撃の事を思った。
「・・・・・今日は、楽しんできなさい。二人とも・・・」
それは嫌味と取るにはあまりにも優しい言葉だった。
**********
「事故ったら、危ないからちゃんと掴まっておけよ。」
マナブはバイクに跨るとフィーアに言う。
その言葉にフィーアは嬉しそうに笑みを浮かべて、マナブをきゅっと抱きしめる。
(俺はL−Virusがあるから良いけどな。)
マナブは自嘲気味に口元に笑みを浮かべる。
敏感にそれを感じ取ったのか?フィーアは腰に回した手に力を込める。
それはまるでフィーアがマナブを護っているよう。
「しかし・・・フィーア・・その薄着は何とかならないのか?」
マナブが後ろに振り返りながら言うと、
間近でフィーアと目があった。
マナブはその瞳に言葉を飲み込む。
「・・・」
「・・・」
どちらから黙ったのかそれは分からない。
ただ、数秒間時が止まる。
カツン
ヘルメット同士が触れる音がして、
バイクに火が入る。
ドゥルン!!!
マナブのチョイスにしては珍しい赤に黒の線のバイクが走り出す。
ゲートの入り口に来ると、
そのバイクの車輪は固定される。
マナブのシールドに黒い壁がせり上がってくるのが映る。
それはバイクの前に存在し、バイク全体を飛行機の先端のように覆う。
マナブがアクセルを握ると、
完全に一体となったバイクと覆ったそれが走り出す。
いや、バイクのタイヤは回ってはいない。
車輪が固定された時点で、アクセル、ブレーキ、クラッチは全てつながれて、
全体を動かすシステムに移行している。
マナブとフィーアは飛行機並の速度で、信号もない海底トンネルを疾走する。
これはマナブのバイクだけでなく、自動車でも可能で、
Justice基地の人間はほとんど時間が掛からず日本国に着くことが可能となっている。
マナブがアクセルを緩める。
一体となったそれは、ゆっくりとスピードを落としながらバイクを覆ったモノを取り去っていく。
マナブの肌に風が頭の上から次第次第に感じられるようになっていく。
少しだけ後ろのフィーアが心配になったが、
きゅっとしがみついた体から体温が感じられ、それで安心する。
かなり速度を落とした時点で固定されていた車輪が外され、
マナブはタイヤの振動を感じるようになる。
ゲートの終点が見えると、
そこの上にあるブルーの点灯を確認すると飛び出す。
そこは立体駐車場の途中。
車が降りてこなければ決して見つかることが無い場所。
マナブはそのまま自然に降りて行き、街に走り出る。
「マナブ、風が気持ち良いね。」
フィーアがマナブに言った。
マナブは一言。
「ああ。」
既に夕日は紅くなり始めて、
月読の公演が近いことを知らせていた。
マナブはギュッとアクセルを握る。
月読控え室
月読メンバーが全員イスに座って、お茶を飲んでいる。
それぞれ舞台衣装も着終わり、メイクもし終わっている。
レイアルンも備え付けのモニターで外の様子に目を配りながら、
イスに腰掛けていた。
もちろん、彼は舞台衣装ではなく、警備員服である。
既に会場前では月読のファンと思われる者達が数十名並び始めている。
全席指定ではあるが、彼らは月読の公演会場でしか手に入らない、
レアグッズを目当てに並んでいる。
「開場まであと1時間半ね。」
フクウが壁の時計を見ながら言う。
「ここでは今日で最後だねー。」
ホウショウは緊張と楽しさで少々ハイになっている。
ホウショウらしく、その両手で持ったカップにはオレンジジュース。
ホウショウの隣で、
テーブルに置いてあったペットボトルをむんずと言った感じで掴むと、
そのまま口に付けて飲み始めたのはプリン。
500mlが直ぐに空っぽになる。
コトン!
放物線を描いてそれをゴミ箱にゴールすると、プリンは大仰に両手を上に伸ばす。
「しっかし、忙しいな〜、公演以外にすることが出来ないじゃねえか〜〜。」
「プリン、滅多事を言うモノではないわ。
兵士の方々を癒すのも私達の仕事なのだから。」
フクウが完璧なマナーでお茶を飲んでいる、その姿はとても1部隊の兵士とは思えない。
舞台衣装も相まって、その姿はパーティに現れた深窓の令嬢と言った風。
「でもさ、車で飛ばせば直ぐの所に、あの街があるんだ。」
プリンは悔しそうに手のひらを拳で叩く。
「デュナ〜、あの街って?」
ホウショウが逆隣の淑女を見上げる。
「ほら、ホウショウがエメラルドって言う女の人に会った所じゃない。」
「あ、そっかぁ!エメラルドお姉ちゃんの街だ。」
ホウショウがデュナミスの言葉にパッと顔を輝かせる。
「そうね。」
デュナミスが良くできましたと言う感じで頷く。
「それだけじゃないわ。マナブ=カスガ、あの男性がいる所でもあるのよ。」
カイが静かに付け加える。
舞台前の緊張をおくびにも感じさせていないつもりだが、
その組んだ足はゆらゆらと揺れて隠しきれないそれを見せていた。
気付いていたのはレイアルンとフクウだけではあったが・・・
「マナブ=カスガ・・・・あのエメラルドと一緒にいた男性でしょ?」
アミがカチャカチャとなにやらポケットサイズの機械をいじりながら言う。
「そうそう!」
ホウショウの軽快な合いの手に、そこにいた一同が微かに笑みを浮かべる。
「だからさ!明日にでも、みんなで行かないか?」
プリンが身を乗り出す。
「もう一度、話を聞いてみるって事?」
カイの問いにプリンが頷く。
「ホウショウも、マナブお兄ちゃんと、フィーアお姉ちゃんに会いたいな〜」
ホウショウがぱあっとした笑顔で言う。
「フィーアって?誰?」
聞き慣れない名前にアミが尋ねると、ホウショウがプリン以上に身を乗り出す。
「マナブお兄ちゃんの妹!!すっごい綺麗な緑色の宝石を額に付けてるの!」
ホウショウは翡翠色に輝くフィーアの額の「想い」を思い出す。
「あー、みんな、ごめん。それ、無理なんだ。」
その声に皆、レイアルンの方を向く。
十二の瞳に圧倒されたのか、幾分体を仰け反らして、レイアルンは眉を寄せていた。
「たいちょー、どうして〜〜!?」
ホウショウの不満の声が響く。
フクウを除くみんなが声には出さないが、不満顔。
「いや、さ。この後、直ぐに別な基地に行かなければならないんだ。」
みんなの不満は分かっているけど、
仕方がないと言った顔でレイアルンは頭を掻く。
「次の基地って何処ですか?」
カイの問いの答えは横から聞こえてくる。
「第6EPM軍付属φ基地よ。」
フクウの言葉にカイとプリンの驚きの声が出る。
「「ヒュドラ!!」かよ!!」
「そうなんだ。」
レイアルンは面倒くさそうな顔をしている。
ヒュドラとは、
EPMの中でも最高レヴェルの軍備を誇る基地の名称で、
第1から第7までの基地がそう呼ばれる。
当然の事ながら、Powersが標準配備であり、
その上、開発途中の新型Arfの試験機体もある。
通常の兵士がここに配属されることはなく、
エリートの中のエリートが配属される、EPM兵士達の憧れの場所でもある。
スーパーエリートだけの第1EPM基地には、かつてレルネ=ルインズもいた。
ヒュドラとはギリシャ神話に出てくる蛇である。
首の一つが切り落とされても、直ぐに復活するヒュドラのように、
この基地たちは何処かの基地が攻撃されても、直ぐに救援に迎える形が整えられており、
例え落とされたとしても、その数時間後には、部隊を移動させて、
直ちにそこの基地機能を回復させることが出来る連携を完成させている。
「そう、ヒュドラなんだ。しかも、法皇陛下のご命令。」
心底、面倒くさそうに言った。
「ヒュドラはEPMの中枢よ。その情報の価値もトップクラス。」
フクウはレイアルンを一度睨むと理由を話す。
「でも、よくあそこが私達を入れる事に同意しましたね?」
デュナミスが元記者の経験からか、
ヒュドラに入ることの難しさを知っているだけに驚きを隠せないでいた。
「いや、俺達だから、入れるらしい。」
レイアルンがフクウの視線に促されて話し始める。
その様子をちょっと面白く無さそうに見ているのはカイ。
「度重なるL−seed、WAの襲撃にかなり兵士達は疲弊しているらしい。
シャト総帥からたっての依頼だそうだ。」
「ふ〜ん。そーすいも疲れるんだね〜。」
ホウショウが哀しい顔をする。
「ま、そんな感じなんだ。兎に角、
あっちでは少し長く居なければならないみたいだし、
調査はそれが終わってからだね。残念だけど。」
レイアルンがプリンの方を見ると、
仕方ないという顔でプリンが両手の平を天へ向けるジェスチャーをする。
「さあ、舞台が始まるわ。頑張って行きましょう。」
フクウが静かに立ち上がると言った。
「もうこんな時間じゃない!」
アミの言葉に皆、慌てて衣装を直す。
そして、準備が整ったことを見て取ると、
レイアルンはみんなに声を掛けて受付へ向かう。
「みんな、頑張れよ!!」
「「「「「「はい!!」」」」」」
その言葉に月読全員が生きの良い返事を返した。
そして、舞台が上がる。
NEXT STORY
次回予告
麗人の言葉は青年に想い出を
懐かしき日々は現実を苦悩で満たす
こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。
人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。
ご意見、ご感想は掲示板か、このメールで、l-seed@mti.biglobe.ne.jp お願いします。