「L−seed is Justice」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第三十三話    「らくがき」

 

 

「おい!顔ぐらい見せろよ!!」

この声にトルスは最初躊躇した。

一応、このArf乗りは自分と同じ組織に属する者だとは思われる。
だが、その者が何故、自分のルサールカに掴まっているのかが分からない。

(確かPowersを追いかけた筈・・・だったよね。)

 

ルサールカがゆっくりと肩に戻る。
Kaizerionはその前に手を離して、今は70−Coverの前にいる。

アンカーを刺している70−Coverと違って、
Kaizerionは常にブースターを吹かして、自分の体勢と場所を維持している。

足下、背中からボコボコと水泡が出ている。

 

「俺はプラス=アキアース、このKaizerionを駆っている。」

プラスと言うこの男は、一方的に自分の映像を送ってくる。

(この人・・・・本当にテロリストか?)

そう思いながらも、十中八九の確率で同じ、アーク用Arfの者だと気付いている。

 

そうトルスと同じ。

そう70−Coverと同じ。

モニターの中で肌色の帽子を被ったプラスと言う男。
歳は自分と同じくらいだろう、
けれどもその顔は色白の自分とは違い日に焼けて、野性味を持ったもの。

そして、その表情もその顔つきに相応しく、白い歯を見せながら真っ直ぐな瞳が輝く。

ただ、帽子からはみ出ているくせっ毛は、
どうやったらそうなるのか知りたいくらいに炎のように燃え上がっている。

 

「援護をしようとしてくれてたみたいだが、心配無用だぜ!
あんなやつら俺に任せておけって!!」

(別に心配から援護をしていたわけではないのだけど・・・)
トルスはあまりの勢いに飲み込まれていた。

今までにトルスが会ったことが無いタイプであることは間違いない。

 

 

アーク用Arfだけの特殊な周波数を使用しての回線公開だから大丈夫だろうと踏んだトルスは、
取りあえずモニターの横のレーダーから分かる情報だけは伝えておこうと、
モニターを開く。

 

「あの・・・φのArf、逃走したんだけど・・・」

 

**********

海上では、L−seedが一人ぽつんと佇んでいた。

L−seedに似つかわしくなく、まるで一人取り残されたみたいに寂しそうに見える。

 

「マナブ様、敵は退却したようです。どうぞお帰り下さい。」
サライがマナブに退却を促す。

海の中にいるであろう70−Coverとの戦いを命じなかったのは、
サライの気まぐれと言うよりも、
Kaizerionと70−Coverの二体を相手するのは今は予定外なのだろう。

そう、今は。

「ああ・・・分かった。」
マナブはサライに返事をしたが、海の中の事が幾分気になっている素振り。

 

「マナブ様、あのプラスと言う青年になら、また会えますよ。」
サライは静かに、静かすぎるほど静かに言う。

「・・・・・」
マナブはサライの言葉の真意を測ろうと、モニター越しにサライの瞳を見つめる。

しかし、

サライの黒い瞳を相変わらず、
澄み切っていて、いつも見たくどこか悲しげな色を湛えているのみ。

マナブはその中に、何の真実も見つけだすことは出来なかった。

いや、サライの中に真実があるのかどうかすらも、マナブには分からない。

 

「そうだな。また、会えるか・・・・・」
そこまで言ってマナブは少し息を吐くと言葉を続ける。

 

 

「敵としてね。」

 

**********

「な、なにぃ!!」
プラスは慌ててレーダーを見る。
レーダーを拡大していくと、最大の所でようやく隅の方に現れたそれは、
プラスが見ている前で次々消えて行く。

「あ!ああ!!消えるな!!消えるんじゃねぇ!!!」
レーダーに向かって悲痛な叫びを上げる。

「あああああ!!!」
最後の一体が消えたとき、一際大きな声を出した。

 

(・・・・)
トルスはその様子を見ながら、
何か自分が駆っているアーク用Arfの存在意義に疑問を感じ始めていた。

頭を軽く横に振ると、静かにモニターを消す。

 

70−CoverがゆっくりとKaizerionの側から離れていく。
海の青の中で蒼は溶けるようにして、急速に霞んで行く。

 

「ちょ、ちょっと待てよ!!」

ようやく気付いたのかプラスはトルスを呼び止める。

 

「何ですか?」
トルスは一言、顔も見せず音声だけで答える。

 

「おまえ、L−seedと闘ったんだって?」

「ええ、戦いましたよ。」

 

「あいつは、敵じゃねぇよ。」

「・・・?」

 

「いや、細かく言えば、敵かも知れネェが、

・・・・・

大まかに言えば、同じ目的の仲間だ。

一緒に世界を平和にする、な!」

モニターの中で笑顔のプラスの言葉。

 

トルスの表情から、感情が消える。

それは静かな怒り。

 

トルスはモニターを強めにスィッチを入れる。

まるで、指を鳴らしたような音が鳴る。

そして、開口一番にこう言った。

 

「細かくも、大まかも無いよ。

あるのは、敵・・・

自分の命を奪う者か、そうじゃないかだけだよ。」

 

青い長い髪を持った細身の青年がKaizerionのモニターに映し出される。

絶対零度の冷たさを含んだ針のような鋭い声。

トルスはそう言うと直ぐにモニターを切る。

さすがのプラスも圧倒されたのか言い返せずにいた。

 

70−Coverはトルスの静かな激昂を感じさせない静かな動きで、
Kaizerionから距離を取っていく。

 

「お、おい!!だから、L−seedは!!おい!おい!!」
プラスの言葉がコクピットに満ちる。

「・・・・」
もう何も言わずトルスは回線を閉じた。

 

最後に、

「じゃあ、証明してやるから、待ってろ!!」

と言う言葉が聞こえたが、
トルスは何の罪悪感もなくそれを無視した。

 

 

(戦いに味方なんかいない・・・最後は一人だ・・・・)

トルスは先ほどのプラスとの邂逅を後悔し始めていた。

 

自分が生き延びる為に教えられた事を、危うく忘れそうになったからだ。

 

**********

 

「待ってろよ!!」
プラスはそう言いながら、海上に飛び出す。

「L−seed、いや、マナブ!」
直ぐに回線を開くと呼びかける。

しかし、当然の事ながら応答はない。

 

「おい、マナブ?!」
プラスがマナブがいるはずの基地の方に目をやったが、
そこには先ほどL−seedとKaizerionの成果が煙と炎を立ち上らせているだけだった。

 

暫く辺りを見渡して、そこに自分が一人であることを認識すると、
プラスは腕を突きだしながら、

 

「おまえもかああああああああ!!!!」

 

叫ぶ。

 

珍しくKaizerionの腕が、

ピクリと動いた。



「プラス=アキアース・・・・アキアース・・・・・・アキアース・・・・・あの子。」

白衣を纏った黒髪の美女は呟く。
彼女の手には、写真立てがある。

「・・・」

グッと背を仰け反らして、天井を見上げる。
イスの背もたれがぐぐぐと仰け反るが、軋む音は聞こえなかった。
見た目以上に彼女の体重は無いのだろう。

黒いストッキングに包まれた美しい脚が、
地面から離れるか離れないかのギリギリの所まで、
背を仰け反らしたまま、両手で写真を持ち上げて見る。

長い黒髪が垂れ下がる。
黒の中に銀の川が流れている。

空の天の川よりも美しく。

 

「・・・テイカ・・・・」

サライはじっとその無理な体勢のまま、写真を見ていた。
ストレッチにしては、あまりにもバランスが悪い体勢のまま、
サライの黒い瞳は写真を見つめている。

まるで、写真の奥に何か隠されているように、
じっと目を凝らしていた。

 

「・・・キミカ・・・・」

マナブの誕生日を映した写真の中で、
ぽっかり空いたその席に、よく見ると猫がちょこんと座っている。

産まれてまだ数ヶ月だろうか?

みんながカメラを見る中、
一人ちっちゃな頭を物珍しそうにテーブルの上に載せて、ごちそうを見ている。

愛くるしい丸い顔で、キラキラ光るその瞳で、
その席に居ることが当然のような顔をして。

黒や茶、白が混じったヨモ色の猫。

 

サライの瞳に少しだけ、先ほどとは違う感情が入ったが、
それは直ぐに消えた。

 

部屋にメルの声が響く。

「Dr.サライ。マナブ様が帰還為されました。」

 

声と同時に白衣がふわさっと浮き上がる。

クッとイスの背もたれが元の位置に戻ると、
既にサライは立ち上がっていた。

ゆっくりとした仕草で、写真立てを机の上に戻すと言った。

 

「もう少しで行くわ。」

前髪の銀が蛍光灯の光を浴びて、白く光る。

言いながら写真から目を離さずにサライは、ただじっと立っていた。

 

「もう少し」としては、それは長い。

 


 

「プラス=アキアースか・・・・」
マナブはJustice基地の中にL−seedを入れると呟く。
格納は基地の人間がしてくれる、気を抜く瞬間だ。

あの後、レーダーには何の反応も見られなかったところを見ると、
海中にいたであろうArfとは交戦はしなかったのだろう。

「・・・」

ホッとしたような、何だか寂しいような不思議な感覚にマナブは少し戸惑っていた。

プラスとの邂逅は、戦闘を生きている今思えば、ハイテンションで楽しかった。
だから、現実に引き戻された時、その反動がマナブの心に現れた。

Justiceの中でL−seedを駆るマナブ。

その現実に。

 

今一度、マナブに現実を直視させる機会を産み出す。

 

自分を仲間、ライバルと信じて疑わない青年。
マナブが攻撃をしかけているにも関わらず、
あのプラスという青年は、「仲間」と呼ぶ。

 

だが、マナブいや、

L−seedいや、

Justiceいや、

 

アル・イン・ハントは

「全ての武器と自らを武器としている者達の破壊」

がその全てなのだから。

 

マナブにも分かっている、狂信者ではないのだから。
これが多くの哀しみを産み出すことであることを。

多くの血が流れ、

多くの物が壊されることを。

 

あのプラスも自らの信念で平和をもたらそうと考えている。
きっと多くの人が自身の信念で戦っている。

多くの信念のぶつかり合い。

 

マナブは、みんなの信念を全て壊して、自分の「正義」を貫く。

そう、「正義」と言う世界で最も汚い言葉を掲げて、
その事を充分に理解していながら・・・・

 

その罪は、自らが全てを負えばいい。

自分はもう天国には行けない。
いや、天国など無いのだろうけれども、

自分は誰かに許される存在じゃない。

 

マナブは全てを受け入れなければならないと思っていた。

母から貰った命を自分の手で亡くしてしまった罪を負った者として。

今でも足に残る感触。

 

全て受け入れる。

 

人を殺すこと、

建物を破壊すること、

知る人を亡くすこと、

無くすこと、

 

 

そして、

なのに自分は生きること。

 

 

「哀しみ」を全て受け入れる。

訳の分からない絶望感と寂しさに、
思わずマナブは両手で顔を押さえた。

瞼の裏側に、

淡い緑色の髪の笑顔がフッと浮かんで消えた。

 

それは一番最初の「無くし物」。

**********

 

「マナブ!!!」

 

マナブの無事な帰還に喜び勇んで、
フィーアは格納庫に入り、
L−seedのコクピットに駆け寄る。

紅いコクピットはフィーアの目の前で回転して、入り口が現れる。

何の機械音も無く、ゆっくりと開いていくコクピットをフィーアは嬉しそうに見つめた。

つま先を、その中を覗こうと一生懸命に立てる。
頭の羽根も何だかピョコピョコと上下に揺れて、ワクワクしているよう。

 

だが、その瞳は直ぐに曇ることとなる。

 

「・・マナブ?!」

名前を呼んでフィーアは駆け寄るが、
両手で顔を覆ったマナブから返事はない。

 

「・・・マナブ・・・・」

桜色の唇から吐息のような言葉が漏れ、黒い瞳が揺らめく。

マナブの体に外傷は無いように見えた。
だからこそ両手をきつく顔に当てるマナブの姿は、
余計に痛々しく、フィーアの心をえぐる。

ただ、じっとフィーアはマナブの側に立つ。
マナブから何かの返事が来るまで。

コクピットが完全に開いた状態になっても、
マナブは暫く動かなかった。

 

 

 

 

「・・ああ・・・開いたのか?」
マナブはようやく顔を上げて、
コクピットのドアが完全に開いていることを知る。

そして、目の前に立つフィーアの姿を見つける。

 

フィーアは首を思いっきり縦に振ってから、こう言った。

「うん、開いているよ!!」

 

そこにはマナブが顔を上げるまで、悲し気に揺れている瞳を持ったウサギはいない。

とびっきりの笑顔と声でただマナブに返事をする天使がいるだけ。

 

フィーアは決してマナブを不安にさせる、
マナブに悪気を起こさせる事をしない。

 

計算ではない、

ただ、

ただ、

好きだから。

 

「ああ、今降りるよ。」

そんなことを知らないマナブは、
あまり元気のない笑みを浮かべるとただ言った。

その瞳からは涙は見えなかったが、
よくよくその黒い奥を見れば、
未だ不安と疑問に揺れる彼の心が映し出されている。

恐らくフィーアしか気づけないほどに微かに。

 

**********

コツコツ・・・

タッタッタ・・・

重い音、軽い音、二つの足音がJusticeの基地内に響く。

 

L−seedの帰還により、
オペレーター達はデータ解析、
メカニック達はL−seedの修理にと、
主だった人員は全てやるべき仕事をしていた。

ただ二人だけが、
一応の休息を取るために部屋に向かうところだ。

もっとも軽い足音を立てる者には、する事があるのだが・・・

 

 

ギィ。

パタン。

 

 

フィーアはマナブが開けたドアを丁寧に閉めると、
マナブの方を見る。

マナブは部屋の端にあるベッドに向かって歩いている。
その足取りは心なしかうつろな感じを受ける。

少し悲しく、寂しい表情を浮かべるフィーアだったが、
直ぐにその表情を取り去り、マナブに素早く近づいて呼んだ。

 

「マナブ!!」

 

ピタッと歩みを止めて、
マナブが緩慢な動きで振り向いた。

「なん・・・んぐぅ!!」
振り向いた瞬間、口の中に何かを入れられる。
突然だったが、それは懐かしい感触でもあった。

 

「薬完了!!」
満面の笑みを浮かべたフィーアが声を上げる。

喉を通っていく感触で、マナブはそれがいつものカプセルだと分かる。

「お、おまえ・・なぁ・・・」
慣れなのか?あまり咳き込まずにマナブは声を出す。
視線の先ではフィーアが少し心配そうに見ているが、
マナブがこちらを見ていることに気付くと、

フィーアはまじめな顔で人差し指を立てて、マナブに言う。

 

「マナブ、薬は飲まなきゃだめ。L−Virusの発作を抑える効果があるんだから。」

 

その様子は、まるで子供を叱る保母のように見えて、

それがあまりにも、フィーアに似合っていて、

マナブは思わず笑みを浮かべる。

 

思わず笑みを浮かべて、

フィーアに縋り付いた。

 

「マナブ?」
力強く引かれ、抱きしめられる感触にフィーアは名前を呼ぶ。
その感触は乱暴だったが、嫌ではなかった。

フィーアの体に回された腕は、
あの寒くて嬉しい夜に感じたと同じ力強さだったが、
その雰囲気はあの時はとは全然違っていた。

 

マナブの胸に顔を埋めさせられながら、
フィーアはマナブの顔を見たくないと思ってから、

見たいと思った。

 

そこにはきっと、フィーアを哀しくさせる表情があるだろうから・・・・

けれども、だからこそフィーアはマナブの顔を見たい。

 

 

そっと胸の中でフィーアは上を見上げようとする。
しかし、その感触にマナブは腕の力を強めてそれを阻んだ。

 

「・・・・マナブ・・・顔見せて・・・・」
マナブの心臓に語りかけるようにして、フィーアが囁く。

だが、マナブはそれに答えずに、ただ呟いた。

 

「俺は、正しいのかな?」

 

それはフィーアに言ったとも思えないほどに、
霞んだ、寂しげな声。

 

その声に、フィーアは体を強ばらす。

そして、次にはもぞもぞと体を動かして、顔を上げる。

 

胸の中から見上げると、直ぐそこに黒い瞳があった。

間近で互いを映し出す瞳。

 

お互いの不安を映し出し、それが合わせ鏡のように延々と存在していった。

 

マナブの口が、再び何かを言おうと唇を開く。
フィーアはその様子を間近で見ながら、クッと踵を上げる。

唐突な感触にマナブの体から力が抜ける。

 

 

それは時間にすれば一瞬。

 

踵を戻して、フィーアはゆっくりとマナブの胸に顔を埋める。

幾分、俯きがちにするフィーア。

マナブの腰にフィーアの手が回されていく。
それはまるで大事な壊れやすいモノを扱うように、おずおずと、とても優しく。

 

マナブの背中で右手と左手が出会ったとき、
フィーアはマナブに言った。

それは「言う」というよりも、
まるで心の中の想いを受ける器が堪えきれずに微かに零れ出したように、
静かに小さく囁かれる。

 

 

「フィーアね・・・分からないけど、

マナブの事が好き。

 

分からないけど、

フィーアの好きなマナブは、

 

きっと・・・

 

きっと・・・

 

きっと。

 

優しいマナブなんだよ。」

 

答えではなかった。

だが、マナブにはそれで十分だった。

「正しい」と言う事を肯定されても、
マナブの心は癒されないだろう。

それは無機質な計画というモノの肯定にしかならない。

 

フィーアは言う。

 

マナブのその姿は、「優しさ」なんだと。

 

世界中の哀しみを背負うこと。

マナブの知っている多くのモノを無くすこと、失わせること。

そして、それを知った上でフィーアは、
ただ、マナブの存在を愛しているのだと。

 

「フィーアね・・・分からないけど、

マナブの事が好き。」

理由などそこには無いのかも知れない。

 

「優しさ」等という単語で現せれない、

もっと純粋な何かがあるのかも知れない。

 

「ありがとう・・・フィーア。」

マナブの目の横に涙が盛り上がる。

とさっ

不意にフィーアがマナブの体に体重を掛ける、
マナブとフィーアの体がベッドの上に投げ出される。

フィーアはマナブの胸の上で笑顔を見せて呟いた。

 

「男の人は泣いちゃだめだよぉ。」

 



EPM軍シオン兵器研究所

 

EPMの最先端の技術者がある実験に取りかかっていた。

遮光硝子越しに見える物体。
それはビームサーベルの柄。

グィィィィィィィィ・・・・・

低い音をさせながら光の塊は柄からその姿を現す。

 

ビームサーベル。

最もArf戦において多用される武器の一つ。

ビームガンと並んでArf基本装備中の基本装備。

通常は夕焼けのような朱色であるが、
このビームサーベルは真紅に見える。

 

「完全に安定しております。」
研究者の一人が報告する。

「そうか。」
その報告に満足げに答える男。

襟章に「φ」の「二佐」を現し、
アイロンが効いた軍服に身を包んだ彼は、
そこにいる人間全てを圧倒する雰囲気を持っていた。

 

金色の髪と蒼い瞳の最強の兵士、

レルネ=ルインズである。

白衣に身を包んだ一人が、レルネに向かって口を開く。
「ルインズ三佐・・・いえ、すみません。ルインズ二佐。」

「ルインズで良い。」
レルネはゆっくりと彼の方を向くと静かに言った。

「は、しかし・・・・」
レルネの言葉に、
「とてもそんな事は出来ない」と言うニュアンスを含んだ苦笑いを浮かべる研究者。

「シャト総帥の下では、位は無い。全員、同じだ。」
口ごもる研究者にレルネは叱るでもなく、諭すように言った。

「・・・・では・・・・・・・・ルインズ・・・様。」

考えて出した言葉に、今度は苦笑を浮かべるのはレルネの方だったが、
もう敢えて言うことはなかった。

「何だ?」

「確かにこの高出力で安定はしましたが、
その分、柄が通常のビームサーベルの1.8倍の重量になってしまいました。」

「1.8倍か・・・」
その数値に一瞬考え込むレルネ。

「約ではありますが・・・」
一応フォローとして研究者は言ったが、
Arfにおいて1.8倍と言う重量は破格、と言うよりも所持が不可能と言うレヴェルであった。

 

実際の所、柄が1.8倍と言う数値は大したことの無いように思えるが、
通常のArf、仮にWachstumがそれをビームを出した状態で振り回せば、
直ぐに腕の付け根の部分から火花が散って、動けなくなるだろう。
もしLINKが高ければ、中のパイロットも同様に。

「如何致しますか?もう少しお時間を頂ければ軽量化に勤めますが。」

「いや、良いだろう。あまりあのArfを遊ばせておく時間はないんだ。」
慎重なレルネにしては、少しばかり焦りを感じる言葉に、
意外そうに研究者達は顔を見合わせた。

「しかし・・・いくらONIと言えども・・・」
レルネの言葉にさすがに不安を隠しきれずに異議を唱える。

「ビームサーベルは予備も入れて30本は欲しい。」
さらりとレルネは言う。

「さ、30本ですか?!!!!」
その数にその場の職員達はざわつく。

 

「ああ、ONIの内蔵火器の発射口の事は聞いているな?」
確認するようにその場を見渡してレルネは尋ねる。

すでにそれは目の前の職員だけではなく、この場の全員への問であった。

何人かがそれに頷き、一人が答える。

「確か、既存の弾丸ではどれも規格が合わない大きさだとか?」
ONIの内蔵火器の発射口の大きさを思いだしながら言う。

「そうだ、腕に付いているガトリング砲以外はその規格に合う物が現在無い。」

その腕のガトリング砲にしても、ガトリング砲用の弾丸ではなく、
特殊な状況で使われるスナイパーライフルの甲弾である。
威力はWachstumのビームガン以上の物。

「・・・・まさか、そこに?」
勘が鋭い一人の研究者がある考えに至り、
そして、その考えに驚きを感じながら言いかける。

「そうだ、そこにこの高出力のビームサーベルを入れる。
発射口は計12本、そして、本来の腰部に備え付ける為に2本。」

研究者達は一様に押し黙る。
あまりに突飛な考えであった。

もしこれを言い出したのが、
伝説の兵士と呼ばれるレルネ=ルインズでなければ、
嘲笑も起きただろう。

「高出力ビームサーベルは、その持続力も短い。予備も欲しい。」
レルネはその理由を簡潔に述べると全員の反応を見つめる。

その瞳は、怖いくらい冷静で、
はっきりとした未来起こるであろうONIの戦闘を見ていた。

 

 

 

実験結果をデータにまとめ始める研究者達。
その顔には既に迷い無く、ただ一刻も早くデータを工場に流し、
レルネの元に剣を渡す事だけに心血を注いでいる。

レルネは無言のまま、その様子を眺めている。

不意に一人の研究者から声を掛けられる。

「ルインズ様、このビームサーベル。
既存のサーベルとデータ上で区別を付けるために名前が欲しいのですが、
どのような名前にしましょうか?」

レルネは少しばかり考え込むと答える。

 

「十拳剣・・・で良いんじゃないか?。」

「トツカノツルギ?ですか・・・?・・・」

聞き慣れる名前にその研究者は首を少しばかり傾げる。

 

その予想通りの態度にレルネは、少し表情を和らげると言った。

 

「日本の神話に出てくる剣でな、十の拳の剣と書く。
拳10個分の長さを持つ剣らしい。」

レルネの言葉に当然の疑問をぶつける研究者。

「それが何故?このビームサーベルに??」

このビームサーベルは拳10個分では無い。
神話の剣なら「エクスカリバー」があるだろうに、
率直にヨーロッパ出身の研究者は思う。

 

「この十拳剣には、いくつかの伝説があってな。
その内の二つの話で砕かれている。
それ以外にもヤマタノオロチと言う大蛇を倒すために使われたり、
自分の妻を焼死させる原因となった自分の子である、
火の神の首を切り落としたりと、たくさんある。

多分、多くの十拳剣があったんだろうな。

だから、このビームサーベルもそうだろう?」

最後は問いかけた本人に促す。

 

「はあ。凄いですね。神話にお詳しいとは、とても驚きました。」
感嘆の声を上げて率直に感想を言う研究者。

暗に自分には似合わないと言われたことに、
苦笑を浮かべるとレルネは目を別な方に向けて言った。

 

「昔、神話に詳しい人がいてな・・・・・・」

 

「恋人ですか?」
その言葉を研究者は寸前で飲み込む。

レルネのその瞳があまりにも、
それが懐かしい、大切な思い出であることを知らせていたから。

下世話な言葉はとても言うことは出来ない。

 

「十拳剣として登録しておきます。」
研究者はレルネにそう言うと下がった。

「頼む。」
レルネは一言だけそう言った。

瞳は十拳剣のプロトタイプを見据えていながら、
その心は遠く遠くにある。

 

その先に、安息と戦火のいずれかが渦巻いている。


 

かさかさ・・・・

 

真っ暗な部屋での衣擦れの音。

そして、静かな寝息。

月明かりが、カーテンの隙間から入り込んで、
部屋に一筋の銀の流れを作り出す。

 

慎重に服を着るとその者は、部屋を横切ってドアへ向かう。
足音も立てないようにすり足の状態で、ゆっくりとゆっくりとまるで空気を漕ぐみたいに。

決して安らかに眠っている者を起こさないように。

 

銀の流れを横切った一瞬、額の翠が反射する。

 

ドアをゆっくりと回して開くと、素早く外に出る。
後ろ手にこれまた音が出ないように慎重に、
それでいて光を部屋の中に入れないように素早く後ろ手に閉める。

 

かちり・・

 

ドアノブが静かな音を立てて閉まると、
その者はようやくゆっくりと息を吐いた。

 

「ふ〜〜〜〜〜。」

 

キュキュ・・・

スニーカーのゴム底が床と触れて音が鳴る。
次第次第にその音は部屋から離れていった。

 

**********

 

Justiceの基地に原則鍵は無い。

個人個人の部屋にはさすがに付いているが、
L−seed格納庫、作戦室等の部署には緊急を想定して鍵は付けられていない。

ヨハネの研究室に鍵はついていたが、
ヨハネは鍵を無くすことが日常茶飯事である上、
その部屋のセキュリティーがあまりに厳重なので、
その都度部屋の扉を壊さなければならず、

12回ほど壊した時点で、
研究室の部屋の鍵は作戦室の扉に横に紐で吊される事となった。

もっともその研究のほとんどは彼の頭の中にあり、
研究室で手に入れられる資料など、到底役に立つ物ではなかった。

 

唯一の例外は、司令室である。
これは作戦室の上にある部屋で、ヴァスの部屋へと続くところでもある。
ここはさすがにほとんど鍵が締められており、
ほとんどの人間が通ることを許されては居なかった。

Justice基地にスパイが忍び込む可能性は、ほぼ0ではあるが、
そうと言っても、このセキュリティーの無さは、
度を超しており、むしろ不気味である。

 

 

そんな基地であるから、
少女がL−seedの外部及び内部機器の検査修復を司る部屋に忍び込むのは造作もないことだった。

作戦室では、交代でオペレーターが勤務しているが、
それ以外の部屋では残業が無い限り、部屋に詰める必要はない。

少女の予想通り、その部屋には誰もいない。

 

「ふふふふ・・・」

思わず笑みを零して少女は部屋の中に入る。
長い髪が笑いに合わせて上下にピョコピョコ揺れた。

 

モニターの電源を入れると、
少女は机の中からキーボードを出して、その上に指を置いた。

白い指がまるでピアノを弾いているかのように踊り出す。

 

モニターに徐々に現れてくるのは、当然L−seed。
目に生気は無いが、その威風堂々たる姿は変わらない。
モニターの中で、L−seedは回転を始め、
その後ろで眠る女も映し出される。

翼の中で、暖かそうに目を瞑り、本当に眠っているかのよう。

 

少しの間、少女はその姿を見つめ続ける。

その少女と後ろの女はよく似ていた。

 

髪の長さ、そして、

護るべきモノを護ると言う確固たる意志、

それが。

 

少女は暗い部屋の中で、
モニターの明かりだけを頼りに、ペンを探す。

少し手間取ったがなんとかペンを見つけると、

「行くよ!」
小声気合いを入れると、
少女は慎重な手つきで何事か書き始める。

 

モニターの中で、L−seedの上に文字が浮かび上がっていった。


 

夜、破壊し尽くされたφの基地を見下ろす頂に、その男はいた。

 

月の明かりの中に蒼いマントが翻る。

月の光を浴びすぎてしまったような、
銀色の髪の毛がマントと同じ方向に風に流されている。

鍔の広い帽子が、夜に映し出された影の顔をも隠している。

 

伸ばし放題伸ばされた髪の毛でありながら、
その口元、顎には髭は見えない。
生えない体質でないなら、実際の彼はきちんとした性格なのかも知れない。

実際、彼の姿は、浮浪者と言うよりも、
放浪者と言った感じで、あまり不潔感は無い。

引き締まった体つきは、人々にしなやかな野獣を連想させることだろう。

 

珍しい帽子とマント、そして幻想的な銀の髪は、
彼をこの世のモノではない存在に見せる。

月の中、それは一層色濃かった。

 

断崖絶壁に腰掛ける男。

足下には当然のように空間が広がり、
数十メートル下で森の木々達が煩かった昼間の戦闘を噂している。

 

月明かりを遮っていた帽子を取ると、
彼は顔を空に見上げる。

目を閉じたその姿は、
まるで空の誰かに懺悔を捧げているようだ。

手も組んでいない、祈りの言葉もない、なのに何故かそう感じられる。

 

「テイカ義姉さん、キミカ兄さん。・・・・・・もうすぐだ。」

囁くよりは大きい声で男は言葉を紡ぎ出す。

 

風の音と森の音だけの静かな夜。

基地の調査がなされているのだろう、
基地の跡地で光がいくつかあるが、
この月夜では風情を壊すモノではなかった。

だが、夜の空では、ますます月の輝きは増して、
狂ったような微笑みを浮かべている。

 

断崖の中辺りで、石ころが少しだけ崩れ落ちる。

偶然だが、そこには昼間の戦闘でL−seedに当て損なったビームガンが命中していた。
ある程度の距離であったために、すぐの崩壊は免れていたのだが、
そのダメージは見えないところでじわじわと浸食していた。

そう、もうすぐ、それは起こる。

 

男は、その音が聞こえているのか聞こえていないのか?
言葉を発したっきり、ぼうっと基地の残骸達を見つめている。

その瞳は、どこか哀しげで楽しげ。

 

ゴゴ・・・

 

素晴らしい重低音が辺りに響く。
森達の囁きも消し去るそれは、間違いなく男の下で起きていた。

男が立ち上がる、素振りを見せる前にそれは起きてしまう。

ヒビが一気に地を駆けて、男の脱出を防ぐ。

大地のバランスが崩れて、男のいた部分が真下に落下する。

 

男は凄まじい土煙の中に消えていった。

 

 

「もうすぐ」とは、この事だったのか?

自らの死期を予知してのことだったのか?

 

 

いや、違う。

一つはあっているのかも知れないが、
彼は、ここで死ぬ男ではない。

 

崖が崩れ落ちて、大地がまるで槌のように木々を砕き折り、そこに鎮座する。

 

土煙の中、最後の落とし物、
鍔の広い帽子だけが、ゆらゆらと左右に揺れながら空中を舞っている。

そして、帽子が付く。

 

銀色の大地。

 

いや、銀色の髪の上に。

 

マントを先ほどと同じようにしてはためかせて、男はいた。

帽子を捕まえるのでもなく、
帽子自らが静かに歩いているこの男の頭に降りたように、

非道く自然に、

そして、それがあまりに異常で不自然に。

 

一度だけマントをばさっと翻す。

付いていた土の埃が一瞬の内に、空中に投げ出される。

 

マントは先ほどと同じく洗い立てのように美しい青色を見せている。

 

銀色の髪の間から、黒い瞳を一瞬空に向けると、
今度は月から隠れるように森の中に入っていった。

 

「プラス、もうすぐだ。」

純粋な戦意。

それが月光で凝縮された声。



 

「マナブ、起きてよ〜!」

朝早くから元気な声が耳元でする。

それは不快ではないが、今のマナブにとっては煩い。

 

「もう少し、寝かせてくれー。」
枕に顔を埋めながら言うマナブに、
よくも朝からこんな良い声をと思う可愛らしい声が耳元にかけられる。

「フィーアの作った朝御飯だよ?」

 

マナブは随分前から大学に行かなくなっていた。
彼が大学を退学させられることになるのも時間の問題だろう。

大学自体、
計画の遂行までの暇つぶしに過ぎないモノと認識をしていた、
ヴァスたちにはもちろん文句の言われようもなく。

L−seedに乗り、マナブ自身の入院、フィーアの入院、
そして、諸々の事情がマナブの行く気を失わせていた。

世の多くの大学生が、
その本分をわきまえずに試験期間だけ姿を見せるよりは、
まだ潔くて良いだろう。

但し、ただ一人、フィーアだけは違った・・・・

 

フィーアは、マナブが唯一計画から離れる場所として大学を認識している。
故に少しでも生存の確率を増やすために、フィーアはマナブに大学へ行くことを進める。

最もマナブと心が通じ、
一緒にいることがフィーアにとって最高の幸せと感じるこの状況に至っては、
あまりマナブに大学へ行くことを勧めなくなっていた。

ただ、前ほどではないけれども、折りを見てはマナブに勧めてはいる。
その時は自分も一緒についていくつもり満々だったが・・・・

 

マナブにとっても、朝早く起こされるのは久しぶりのこと。

訝しげに重い瞼を開くと、朝の光をいっぱいに浴びたフィーアの笑顔が目に入る。

マナブのTシャツと短パンを履いたフィーアは、
妙にニコリとしてマナブに声をかける。

 

「マナブ。朝御飯食べよ?」

 

マナブは負けを認めて、照れ隠しに呻くような声で答える。

「・・・・分かった・・・」

枕の隙間から出された声にフィーアはニコッと首を振る。

 

**********

 

「どう?」

「・・・なかなか、美味いな。」

マナブの素直な反応に、フィーアは微笑みを浮かべる。

 

二人は基地の食堂にいた。
マナブの部屋で食べても良かったのだが、
ここまでフィーアに料理を運ばせるのも、
悪い気がしてマナブは素早く着替えてここに来ていた。

マナブはJusticeの当主の息子ではあったが、
Justiceの人間の中でその事で特別扱いする者はいないし、
マナブも自分が特別だとはあまり感じていない。

幼少の頃から、そう言う生活を送っていた為であろう。

もっとも、マナブの身の回りの世話はフィーアが行っており、
そう言う点で甘やかされていると言えなくもない。

 

目玉焼きを口にほうばりながら、
マナブは食堂を見渡す。

中央辺りでメル達オペレーター女性陣がかしましく、朝のお茶会を開いている。

26歳一番年長がメル=エラト、彼女はメインオペレーター、
そして、23歳の二人、リオ=コレー、ミュー=テルペーはサブオペレーターである。

何がおかしいのだろうか?楽しそうに雑誌を見ながらおしゃべりをしている。

昨日の戦闘データの解析も終わっているのだろう、
三人達のおしゃべりはまだまだ続きそうだ。

 

マナブが視線を前に戻すと、フィーアが茶碗にご飯を盛るところ。

「おい、おい、もう良いよ。お腹一杯だ。」
マナブがフィーアに止める。

「え〜、まだ二杯しか食べてないよ〜?」
フィーアが心配そうな顔で言う。

「大丈夫だって。美味しかった。」
マナブが珍しくお礼を言うと、フィーアの顔がパッと輝く。

あまりにも心からの微笑だったので、
マナブも釣られて笑顔を浮かべてしまう。

フィーアの前では、マナブの悩みなど溶けしまうことだろう。

 

(・・・・・・・・・)

よく分からない幸福感にマナブは、少しだけ思考も中断し浸る。

 

「マナブ?ねぇ、マナブ?」
フィーアの何度目かの呼びかけに、我を取り戻す。

「あ、ああ?何だ?」
マナブが慌てて聞き返すと、フィーアは手を前に出す。

 

「はい、薬。」
手の上には一粒の蒼いカプセル。

 

その蒼に、マナブはあからさまに顔をしかめる。

その表情を予想していたのか?
フィーアは直ぐに口を開く。

「マナブ。この薬は・・・」

「いや、そうじゃない・・・そうじゃないんだ・・・・・」
マナブはフィーアの言葉を制して、
素早く薬を手に取ると喉に放り込んで、水で流し込む。

ごくごくと揺れる喉をフィーアは驚いた瞳で見つめる。

日に焼けていない白い喉が、何となくフィーアに新鮮さを覚えさせる。

 

コップが空になると、少し乱暴にマナブはテーブルに置く。

心配そうに見るフィーアに気付くと、
マナブは作り笑いを浮かべる。

「いや、何でもないんだ。」

「そう?」
フィーアの言葉にもう一度頷くと、マナブは立ち上がった。

 

背を向けられたフィーアには分からない。

フィーアの血で造られた薬。

それはフィーアの命そのものではないか?

マナブはフィーアの命を削りながら生きている。

 

その事が、とてもマナブには辛かったのだ。
だが、それを言えば、きっとフィーアも辛く思うだろう。

好きな、大好きなフィーアにだから、
マナブはそう思わせたくなかった。

 

フィーアはマナブの心を誰よりも理解しているだろう。

だが、それは自分に向けられるマナブの心には、あまりにも鈍感だった。
フィーアにとって、マナブに心配される等と言うことが今まで有り得ない事だったのだから。

故にフィーアは昨日の戦闘後の会話が原因ではないかと考える。

 

険しい顔で歩くマナブをフィーアが追いかける。
フィーアがマナブを追い越して、くるりと振り返ってマナブの顔を見る。

そこにある表情にフィーアは少しだけ顔を曇らせるが、
直ぐに笑顔を取り戻して小首を傾げて誘う。

 

「ね?ちょっと見に行こう?」

 

**********

 

「何だ?ここL−seedが入っている格納庫じゃないか?」
マナブが不思議がりながらフィーアに尋ねる。

「うん!!」
何故か元気いっぱいで返事をするフィーア。

「・・・・?」
マナブはその様子にも訝しがりながら、ドアを開ける。

 

 

中にはライトアップされたL−seedの姿。
後ろ側は影になって見えない。

レヴァンティーンとデッドオアアライヴは横の壁に掛けられており、
既に使わなくなったビームライフルも上の方に置かれている。

三現魔方陣が起動していないせいだろう、
L−seedの表面を覆っている膜は無い。
それ故に装甲の色も流動しておらず、蒼と白の境界をやけにくっきりと見せていた。

しかし、その右拳だけは、いつものように煌々と淡い光を漏らしており、
そこだけはやはり人の意志の外側の雰囲気を持っていた。

翼は閉じられており、音も無く、格納庫自体は静寂に包まれている。

 

「静かだな。」
いつも出撃するときにしかここに来ないために、
人がいない時はこんなにもこの部屋は静かなのだと驚く。

佇むL−seedは、
呼吸音が聞こえないことが不思議なほど、人間が眠っていると言った風だ。

蒼と白の堕天使も、眠っているときは美しい彫像。

 

マナブは、暫くL−seedを見つめていたが、ふと気付く。

L−seedの左胸の辺りにライトが当たっている、
それはこの部屋の明かりにしては不自然で、意図的にそこを照らしているように見える。

首を傾げて足を前に一歩出す、
それと同時にここに連れてきた張本人の事を思い出す。

「・・・フィ・・・」
「マナブ!あれ!!!」

声の方を見ると、L−seedの足下でフィーアが真上を指さしている。
思わず視線を上の方にやる。

歩みを止めずに近づいていくと、
次第に何かが見えてくる。

 

L−seed

 

 

それはL−seedが完成したときに、マナブが刻んだ文字。

『自分を殺すモノの名も知らずに死ぬ人間はあまりにも不憫じゃろう?』

ヨハネの言葉がフッと頭に浮かんで消える。
まるでつい最近の事のようだ。

 

「?!」

マナブの歩みが止まる。

 

視線を下ろして、にっこりと微笑むフィーアに目が止まる。

「お、おい、アレ!」
マナブが間違いなく原因を知っているだろう人物に問う。

実際は原因そのものなのだが・・・・

 

「マナブ・・・・・フィーアがいるからね!」

フィーアが笑顔を浮かべようとしながら言う。

 

L−seedに続く文字。

それは明らかに前のと字体が違う、手書きの文字。

優しい曲線、不確かな直線、いろいろな想いが籠もった文字。

 

 

 

is Justice

 

 

 

L−seed is Justice

 

 

 

世界組織 Justice、

それは「正義」の意味の「Justice」の語源となった組織。

古の意は「優しさ」

 

「優しさは二つあるんですよね?」

マナブの言葉。

 

「すべてを受け入れる優しさと・・・・・・・

すべてを失える優しさと。」

 

 

泣きそうな笑顔でフィーアはマナブを抱きしめる。

 

どちらのでも良い。

マナブは優しいんだと伝えたい。

 

この世界中に。

 

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次回予告

数本の髪の毛

月光を反射して蒼く輝く


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、このメールで、l-seed@mti.biglobe.ne.jp お願いします。

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