「あたたかな冬の空」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第三十一話    「或るJusticeの日」

 

 

 

寒い日々が続いている冬。

ある晴れた日、

部屋の中がストーブやコタツで暖められて外の寒さなど全く感じられなくなった時、

外の白の景色を見たとき、

それが持つ刃(やいば)のような寒さ、冷たさを忘れ、

余分な意識を全て剥いでその壮麗さに見入ってしまったことはないだろうか?

 

そして、ただ硝子を通して注ぐ太陽の暖かさを感じたことは無いだろうか?

それは冬だというのに、肌に熱く熱く感じるのだ。

 

たった硝子一枚で、

人はそれを「嫌悪」で見つめたり、「綺麗」と見つめたり。

 

たった硝子一枚で、

人はそれを「寒く」感じたり、「熱く」感じたり。

 


薄暗い格納庫の中、
蝋燭の灯りだけがぼうっと辺りを照らして、全てのモノを仄かにしている。

格納庫の中心に静かに立つモノ。

世界から「蒼と白の堕天使」と呼ばれるモノ、

Justiceから産まれ、

哀しみを行使するモノ、

「L−seed」

 

さすがにここには冬の寒さも日差しの暖かさも届かないが、
イスに座るご老人には関係ないように見える。

時折、首を前後に揺らすのは眠気のせいではないと言う事にはならないだろう。
事実、彼は眠っていたから。

老人、Prof.ヨハネは再び三番格納庫にいた。

 

Dragonknightの交戦によるL−seedの損壊は思いの外大きかった。

三現魔方陣の損壊というのが主な症状ではあるが、
それは以前ヨハネが言っていたとおり、厄介な部分であった。

最も修理できる分、『禍印』よりは幾分マシだが。

 

シオンのフィールドが発生する危険性がある時の為に、この三番格納庫はある。
電灯が外されていたことも、修理機材が無いこともそれが理由。

蝋燭の灯りの中でする作業は、
シオン鋼を扱うエンジニアでさえも大変な作業なのだが、
ヨハネはここでたった一人でL−seedの修復作業を行っていた。

実際、Justiceの中で彼以外の誰が手伝っても、それはマイナスにしかならない。

 

ヨハネに言わせてみれば、造った自分でさえもよく分からない機体であるのに、
他の人間がどうこう出来るモノではないとのこと。

かつて巨大なシオン鉱石が置かれた倉庫に、
左手にシオンのノミと腰にシオンの槌、
そして、右手に六角形の水晶のようなモノを持って入り、

六日六晩の後、

七日目の朝にヨハネが出てきたときには既にL−seedは完成していた。

 

 

後にヨハネはヴァスらに言う。

 

「アレはわしのじゃない・・・わしを使って誰かが造らせたんじゃ。

『造る』と言うより、『創る』と言った方が正しいじゃろうな。」

 

三現魔方陣、デッドオアアライヴ、レヴァンティーン等の武器装備こそ、
後でヨハネが造り、もしくは取り付けたモノであったが、
大まかなL−seedの本体はこの時既に完成していた。

そして、この事をヴァスもサライも敢えて調べることはなかった。

いや、調べる必要性を感じていなかったという方が正しいのかも知れない。

 

まるでそれこそが当然であるかのように、

L−seedは「アル・イン・ハント」の中核とされた。

**********

 

ヨハネの側に一人の女性が立った。
珍しいことにメインオペレーター メル=エラトである。

ヨハネが寝ていることに気付くと、
そっと机の上に投げ出されている白衣を取る。

あの「大天才(災)」と描かれた白衣。

 

メルは音を立てないようにそっと広げてみると、
あちらこちらに何で付いたのか分からない黒や赤の汚れが見て取れる。

多分、赤はトマトケチャップだろう。

メルは顔をしかめながらも、その白衣のポケットの中にそっと手を入れた。

 

**********

 

「う・・」

微かなうなり声と共にヨハネが目を覚ましたのは直ぐのこと。

L−seedの修理の合間にウトウトと眠り込んでしまったらしい。

 

寝ぼけながらも作業を続けようと、
机の上に投げ出して置いた白衣を手で探す。

「んう?!」

 

バタバタと手で数回机の上を叩くが、そこに布の感覚はない。
代わりに愛用の片眼鏡を見つけだすと、慌ててヨハネはそれをする。

 

ハッキリとする視界に白衣は存在しない。

しかし、白衣の中に入っていたメモ用紙やら入れっぱなしのハンカチやらが置かれている。

大体、眼鏡だって白衣の胸ポケットに入っていたのだ。

 

「無いぃ?」
さすがのヨハネも起き抜けには頭が働かないのだろうか、
一瞬ボーっとしていたが、はたと気付くと慌てて格納庫を飛び出した。

それはもう、L−seedの発進よりも早かったかも知れない。

 

走りながら、ヨハネが目指していたのは、

 

洗濯室。

 

**********

ダダダダダダ!!!

廊下を凄い勢いで走っていく足音にサライは少し眉を顰めた。
形の良い眉を少しばかり寄せて、音が過ぎ去るのを待つ。

次第次第に消えていく音と共に寄っていた眉が離れていく。

銀色の前髪を軽く掻き上げると、手にしていた物に目をやった。

 

いつもの白衣、と言ってもヨハネのように着古した物ではない。
それを着たサライはイスにゆったりと腰掛けてくつろいでいた。

いつの世も人は休息が必要である。

神でさえも七日目に休息を取った位なのだから。

そして、今日はJusticeにとって休息の日、
皆、それぞれがそれぞれにする事をして、心休まる日を過ごしている。
最も少なくとも一人は違うようだったが・・・

 

サライがJusticeに存在してから、唯の一度も外に住居を持ったことはなかった。
故に彼女はこの研究室が休日には私室に代わる。

なにせこの部屋には、
ありとあらゆるマナブのL−Virusに関する資料、
フィーアの体調管理に必要な器具、
そしてマナブの命の薬の製造に必要な器具だけでなく、
シャワーやキッチンまである。

サライの部屋ほど、生活と仕事が密着した部屋もないだろう。

 

いつもは書類に目を通す机で、サライは生活を営んでいた。

サライの手に持った物、写真立て、写真に映る人々。

 

何処の場所で撮ったモノだろうか?

背景は青い空と青々とした草原、
それはどこまでも空と大地の境界まで続いているようだった。

 

そこに映る人間はみんな笑顔だった。

 

大自然に囲まれた食卓の風景。

まだ幼さを顔に残しながらも、男として体が徐々に成長しているマナブ。

ケーキのクリームを頬に付けながら、髪を結んだ二つの小さな羽根をすでに持っているフィーア。

相変わらず前髪を伸ばし、髪で瞳が見えないヴァス。

お猪口を持って乾杯をするように上げているヨハネ。

フォークとナイフをマナー通りに持って、白衣を着たまま静かに微笑むサライ。

 

ただ写真の中のある部分だけ違和感がある。

テーブルの中でぽっかりと空いた席。

手を付けられていないナイフとフォーク。

出されたままの綺麗な皿。

折り畳まれ皿の上に置かれたナプキン。

 

そのパーティに欠席者がいたのだろうか?

 

それは・・・・事実から言えば居なかった。

正確には決して来ることが出来ない人間のためにマナブが用意した席だったから。

 

 

或る特別な日を撮った一枚のスナップショット。

 

 

A・C・C78年12月19日

マナブ=カスガ

12才の誕生日。

 

笑顔が溢れた写真を見つめて、

サライは思う。

 

この日の六日後、D−equalの実験が行われた事を。

 

優しさに何か別なモノが混じった瞳で、サライはいつまでもその写真を見つめていた。

その写真の裏に何かあるのではないかと思うほど、ずっとずっと・・・・・

 

写真を見つめ続ける美しい彫像がそこに出来る。

 

**********

 

地図にも載っていないJusticeの島、
そしてJusticeの基地には多くの人間がいる。

彼らは近くの国々にそれなりの居を構えているのだが、
その多くは帰ることが出来ない。

宿泊施設も充実している基地内でもう二年も帰っていないと言う人間はざらにいる。

故に彼らのために生活施設として洗濯室と言うモノも存在していた。

 

それぞれの部屋に洗濯機が無いこともないのだが、
貯まった洗濯物を処理するには数回に分けなければならないために、
洗濯室にある大きな洗濯機と乾燥機を利用する人間も少なくない。

 

「待つんじゃーー!!」

ヨハネは自らの限界に挑戦するように走り抜ける。

 

白衣を持っていった人間が誰なのか、ヨハネには既に検討が付いていた。

 

Justice一と名高い洗濯好きのメル。

 

彼女は数日前からヨハネに白衣を出すように言っていた。

放っておけば決して洗濯などしないヨハネに、
メルは我慢ならず一度で良いからその白衣を洗わせてくれと頼んでいた。

ヨハネは白衣に消臭スプレーをかけたりして、
メルの追求から逃れようとしていたがそんなことでは誤魔化されるはずもない。

あのサライもさすがにヨハネの白衣については胸に一物があったのか?
メルに洗濯しても良しの命を下していた。

 

洗濯室に飛び込むようにして入ったヨハネは、
辺りを気にする暇もなく、一番近くで動いている洗濯機を空けた。

今時の全自動洗濯機らしく、蓋を開けたら止まったのが幸いと言えば幸い、
ヨハネは躊躇せずに洗濯機の中に手を入れてモノを引きずり出す。

水をばしゃばしゃと滴らせながら色とりどりの女性物の下着と、
何故か漢字の入った男物のトランクスが絡まり合って現れる。

 

そこに自らの白衣を見つけることが出来ずにヨハネは落胆する。

「無い・・・」
「何するの!!!」
ヨハネの呟きと同時に洗濯室悲鳴にも似た声が響く。

ヨハネがその声に後ろを見ると、
洗濯かごを抱えているフィーアの姿。

いつも以上にラフな雰囲気に見えるのは、
白のタンクトップの袖の辺りに見え隠れする膨らみのせいだけではない。

 

「おお、フィーアか?!メルを見なかったか?」
相手の心境を思い計ることのないヨハネの問いにフィーアが答えることはない。

 

少しばかりの時間が流れ、洗濯かごがフィーアの手から滑り落ちる。

 

カラン!

 

転がって中が空っぽなことを知らせる音がする。

「ううう!何でマナブとフィーアの洗濯物だしちゃうの!!」
ヨハネに詰め寄るフィーア。

両目が赤く輝き、
垂れ下がった二つの髪の束が、まるで蛇のような鎌首をもたげる。

そんな風にヨハネには見えただろう。

 

「す、すまん・・・」
さすがにその勢いに飲み込まれたのか、ヨハネは怯えながら謝る。

「また、洗濯しなくちゃダメになったでしょ!!」
D−equalにマナブを乗せようとしたサライに対する怒りには行かないが、
それでもかなり怒っているフィーア。

まあ、当然だろう。

 

「いや、これには理由という物がじゃな・・・」

「そんな言い訳聞きたくない!!どうしてくれるの?!!!!これ!」
ビシッと指を床に落ちている洗濯物たちに向ける。

腰に手をやって、かなり怒っていることをアピールするフィーア。

マナブなら笑みを浮かべるところだろうが、
ヨハネにその余裕は無い。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
そう言うと、フィーアの洗濯物が入っていた洗濯機の横の洗濯機に飛びつく。

 

蓋を開け一気に洗濯物を引きずり出す。

「あーーーーー!!メルちゃんの!!」
ヨハネの後ろでフィーアの叫び声が聞こえるが気にしない。

 

フィーアのよりも白、ベージュの淡色系が多い下着たちと共に大きい白の塊が現れた。

 

「あった!!」
ヨハネは慌てて白衣を広げる。

絡まっていたブラジャーがボタボタと水しぶきを上げて落ちる。

 

「おおおおお!!消えてない!!」

ヨハネの白衣である証拠、大天才(災)の文字が洗剤の攻撃にも耐え存在している。

また「才」に×がついて「災」になっているのも見事に健在であった。
明らかにペンか何かで書かれた物であるにもかかわらず残っている所を見ると、
油性マジックか何かで強力に書かれた物なのだろう。

色落ちすらしていないように見える。

 

「おおお、見ろ。フィーア。大天災が残っておる。」

白衣の背中の文字を指さして喜びの声をあげるヨハネ。

 

が、それに答える声は些か違っていた。

 

「な〜〜〜に〜〜〜が!!大天才ですか!!!」

ヨハネがその声に後ろを振り返ると、
そこには腰に手をあてている二人の女性。

フィーアとメル、まるで歳の近い姉妹に見える。

 

「そうだよ!何処が大天才??!!マナブの洗濯物だめにして!!」

 

「いや、じゃから・・・大天災が消えなくて良かったと・・・」
慌てて事の次第を説明をしようとするが、日本語の難しさを体感することになる。

「も〜〜〜〜う知りません!!これからは自分で洗濯して下さいね!!」
プイと横を見てしまうメル。
まとめた髪の束が向いた方向の逆に流れた。

「フィーアも手伝わないからね!!サライにも言っておこうっと!!」
ぷうっと微かに頬を膨らませる仕草をするフィーア。

洗濯など自分でしないヨハネは困りそうな物だが、
洗濯をしないので実際困ることはなかったが、
一応、二人の怒れる美女に殊勝な顔をして見せていた。

 

「す・・まん。」

「私がここ掃除するから、それ着て行って下さい!!」
メルが濡れてしたたる白衣を指さして言い放つ。
自分の上司に向かって何という物言いだと思う方も居られるだろうが、
メルの直接の上司はDr.サライである。

大人しくびしょぬれの白衣を着るとヨハネはすごすごとドアに向かう。
これ以上の言い訳は自分にとって決して有益にならないことが分かっている。

「掃除・・フィーアも手伝うからね。」
ドアが閉まるときにフィーアがメルに言うのが聞こえた時、
ヨハネは少しばかり、ホンの少しばかり後悔した。

 

**********

ぽたぽたと床に水を零しながら歩く姿は、
とてもあの「蒼と白の堕天使」と世界中に言われるL−seedを造った、

いや創らされたProf.ヨハネとは思えない。

洗濯室のドアが音もなくしまり、二人の視界から自分が消えたことを確かめると、
口元にニヤリと言う笑みが浮かんだ。

 

「甘いのぅ。」

びしょぬれの白衣を着て何故か勝ち誇るヨハネ。
先ほどの後悔は何処へ行ったのか?

「甘」かったのは?どっちだったのだろうか?

さすがはマッドサイエンティストと言ったところか?
全てをプラスに考える思考が彼の中では完成しているらしい。

 

「はっくしゅん!!」
盛大なくしゃみをしながらも、
彼の口元に浮かんだ笑みは消えていない。

世界を滅ぼす秘密基地に似合わない明るい感じの廊下を、
「大天才(災)」がよれよれになりながら遠ざかっていった。

 

「う〜。まあ、消えなくて良かったわい。」

 

そんな呟きと一緒に。

 


「くしゅ!!!」

部屋に寂しくくしゃみが響いた。

 

「う〜、フィーアめ・・・・まだなのか?」
マナブは呻きながら毛布を抱き寄せた。

ベッドの上で毛布と布団を自らの体にくるませながらマナブはテレビを見ていた。

部屋の中は暖かく保たれているが、
何故かマナブは体の一部分も出さないように丸くなっている。

 

実はマナブも予想通り洗濯が嫌い。

まあ、今までフィーアがマナブの分もしていたと言う理由もあるが、
ヨハネ同様マナブもしたくないからしないだけだろう。

 

「何か・・・・裸だとちょっと心細いよな。」
マナブは独り言を言いながら、フィーアの帰りを待っていた。

最近マナブ、フィーアの身辺では様々な事が起きていたために、
昨日遂に洗濯物が飽和状態に達してしまったのだ。

フィーアは今朝方マナブの着ているスェットを脱がして、
汚れ物を全て洗濯するために持っていってしまった。

つまりマナブの手元には着る物が一着も無い状態なのだ。

いや、スーツとかはある。
大学の入学式の時に着た奴ならば。

だが、如何せん下着が全て無くなっていた為に、それは断念せざる得なかった。

 

下着無しでスーツを着るぐらいならば、マナブは「布団お化け」になる方を選ぶ。

 

と言うことで、マナブの今で着ることは、
布団にくるまりながら、テレビを見ることだけであった。

(テレビ見るの久しぶりだな。)

入院をしている間は、本や治療に勤しんでいたし、
或る程度回復したら、フィーアと一緒に何かしていることが多かった。

出撃の日が近ければ、それの前後の日はテレビなんかを見る気はしなかったし、
久しぶりに見るテレビにマナブは自分がすっかり世情に疎くなっていることに気付いた。

 

「へぇ・・・この人、結婚していたんだ。」

「あれ?こんな事件あったのか?」

「マジに?」

「おおお!!宇宙マン The movie?!!行かないと!!」

 

すっかりワイドショーに夢中になっているマナブ。

見始めたのがL−seedとDragonknightのニュース後だったのも幸いだった、
マナブは他人事を冷やかすようにしながらそれを見ていた。

 

そして、ある映像がマナブの瞳に飛び込んできた。

それはマナブの記憶を激しく刺激する。

 

「本日、月面都市「レフィクル」と各衛星都市の代表者は、
月、衛星都市独立支援組織「モーント」を正式に認めました。

支援組織としての認めたのはこれが初めてであり、
今後、「モーント」の力を借りて独自性を強めていく都市が現れる事が予想されています。

しかしながら、一貫して「モーント」を支援組織として、
正式に認めることに反対していたEPMの対応が注目されます。

「モーント」が支援組織を名乗る組織体の中でも比較的新しいモノであるにも関わらず、
最初の公的な立場と慣れた理由の一つに、

今は無きカナンの指導者カル家の長女ルイータ=カルの存在が上げられます。」

そこで映し出される男装の麗人。

 

青い短い髪に銀色の瞳、濡れた唇は美しく紅い。

世の全ての性別を虜にする美しい指導者の姿がそこにあった。

 

マナブは布団を投げ出して、テレビに詰め寄った。

寒さなど何にも気にはならない。

ただ、記憶の中に閃いた何かがマナブにそれを注目させていた。

 

テレビの中で彼女は声を出さずただ、
偉そうな男から−実際偉いのだろう−何か賞状のようなモノを受け取っていた。

何を言われたのか?微かに微笑んだ顔が美しい。
まるで場にいきなり花が咲いたようだ。

ルイータから賞状を受け取る青い髪の男性。

画面の端であったが、その瞳の鋭さはマナブに幾ばくかの印象を与える。

しかしすぐに視線を戻して、本当に美少年と間違いそうなルイータに目をやる。

 

あれだけ世界が騒いでいた事だが、この時までマナブの目と耳に入るような状況ではなかった。

見ていたとしても、聞こえていたとしても、
それとエメラルド=キッスを結びつける余裕はマナブにはなかった。

そう、今の今まで・・・

 

「・・・なのか?」
その名前を出せずにマナブが呟いたとき、テレビの声は運命の残酷さを言葉にする。
この時、自分が認識するほどハッキリと呟いていたならば、
運命は大きく変わったかも知れない。

世界の、人類の運命が・・・

 

「先日行われましたDNA検査によって、

ルイータ=カル代表がカル家の長女であることは証明されています・・・」

 

機械仕掛けの箱からマナブの一瞬熱くなった心を冷やす一言が、
氷の矢になって飛び出てくる。

 

(違う・・・・彼女じゃない・・・)

(彼女は・・・・戦いを望んでいない。)

(彼女は地球生まれ・・・だったはず・・・)

 

それは自分に言い聞かせていた言葉。

既に自分の心を捕らえて離さぬモノがありながら、
過去を見ようとする自分を諫める気持ち。

言ってみればフィーアに対する罪悪感があった。

そして、その心はマナブの瞳を曇らせる。

 

エメラルドと出会った頃、そして別れたすぐであれば、
マナブは一瞬で彼女を彼女だと認識できただろう、

たとえ髪を切っていようと、

たとえ髪が青くなっていようと、

たとえ銀の瞳となっていようと、

たとえ宇宙の指導者となっていようと・・・・・

 

今のマナブにはそれが出来ない。
そして心も望んでいない。

これ以上、マナブの無意識は心の波乱を望んでいなかった。

千切れ飛んでいた心の切れ端が、
フィーアへの想いでようやく一つになったのだから。

 

怖い、怖かった。

 

エメラルドに会ったとき、
自分が・・・・・

再び翻した心でフィーアを傷つけるのではないか?

再び沈黙を守る唇でエメラルドを傷つけるのではないか?

 

優しさは二つある。

 

自分を封じれば良い。

失ったモノを求めてはいけない。

想いを飲み込む。

失うことを畏れてはならない。

哀しみを全て受け入れる。

 

それがJustice。

それがマナブ=カスガ。

 

人の為に、

憎しみの大地 に飲み込まれても。

 

人の為に、

怒りの風 に巻き込まれても。

 

人の為に、

哀しみの翼 で飛翔する。

 

テレビに手をやって、画面に映るルイータをなぞる。

無意識にしている行為、マナブにもそれをしている自分が分からない。

ただ、胸の奥で何かが蠢いていた。

 

キリッとした表情のルイータ=カルが一際大きく映し出される。

 

マナブにはきっと見えていた、心のどこかでは必ず見えていた、

春の若草の淡い緑の髪と南の海の澄んだ蒼い瞳を。

 

(エメラルドなのか?)

思考の迷路から一瞬だけ出た答え。
しかしそれは再び迷路の中に沈んでいった。

 

 

「コンコン!!マナブ入るよ〜〜。」

 

「あ!ちょっと待て!!」
テレビからベッドまで3メートル。
ノックをされてからでも充分にベッドに駆け寄り毛布を掴むことは出来る。

もっとも、それはノックが外でされていたならばだ・・・

 

「・・・マナブ・・・何やってるの?」

 

後にマナブはこの時ほど、
声でノックすることを止めさせようと思ったことは無いと語る。

マナブの体は特に鍛えた訳でもないが、
戦闘によって自然についた筋肉で決して醜いモノではなかった。

しかし、この時の体勢はお世辞にも美しいと言うものから離れていた。

 

四つん這いの状態でベッドの方に手をやるかたち。

 

斜め前方から見るフィーアにはマナブのある意味全てが見えてしまう。

 

この時、フィーアの頭の中で何が行われていたか知る由もない。

恐らく一番マナブを傷つけないような言葉を選んでいたに違いない。
マナブが何をしていたか?フィーアの中で別な答えが出ていたとしてもだ。

 

「・・・寒くないの?」

 

それは効果的にマナブを惨めにさせる。

 

 

「・・そうでもない・・・」
そう言って、マナブは毛布をたぐり寄せた。


「そうでもない。」

肌色の帽子の男はそう言ってスパナを指で回して手に取った。

 

「だけど退屈だろう、整備なんて。」
まだ若い整備工が男に言う。

「いや、そうでもないよ。
あっと!その部分は触れない方が良いぞ、電気が走っている。」

「何?!おっとぉ!」
整備工は慌ててその部分から手を離す。

「・・・知らないのか?」
「勝手が違うんでな。」
整備工の答えに帽子の男は少し首を傾げたが、すぐに作業に戻る。

 

「・・・整備は好きなんだ。」
スパナでナットを軽く回しながら口笛でも吹きそうな顔で言う帽子の男。

「こいつの整備だからだろう?」
整備工はちらっと上の方を目で指した。

そこにはあの紅い巨人の勇姿。

 

フクウに「真紅の風」と呼ばれるArf、

高シオン製Arf「T−Kaizerion」

 

「まあね。」
にやっと笑って帽子をクッと上げる。

そこにはあの迷いのない笑みのプラスがいた。

「まあ、おまえや俺のような奴はこれぐらい出来ないと生きていけないからな。」

「あんたもArf乗りなんだ。」
二人の手は休まることなく動く。

 

「ああ、まあな。昔の組織にいた頃はな。」
「へぇ・・・どこにいたんだ?」
手元を見ながらプラスは軽い口調で尋ねる。

 

「過去のことは聞かない方が良い・・・」

先ほどとは打って変わった冷たい声。
その声にプラスは手を止めて整備工の方を見る。

「俺達みたいな真っ当なArfの整備をしていない奴はな・・・」

整備工の瞳はプラスを見ていなかったが、辛そうに歪ませて、そう言葉を続けた。

「・・悪かった。」
プラスは一言だけ言うと作業に戻った。

 

会話は途切れて、辺りにはキィキィと言った風で格納庫が軋む音だけが残る。

 

 

「しかしアキアースの出撃はなかなか来ないな?」
自分から作った沈黙に耐えられなくなったのか、整備工は特に意味もなく言う。

しかし、それにピクッと体を動かすプラス。

 

今度はプラスの声が冷たくなる番だった。

 

「治ってるんだぞ!!ちっくしょう!!!」

 

いや、プラスの言葉は熱かった。

 

Kaizerionの状態はほぼ完璧、いや完璧だった。
ガイア・グスタフのエネルギーも満タン、装甲も完全に回復している。

ライトニング・カタストロフィの弾数もフルに入っており、
プラスであれば、あと10回以上の戦闘でも大丈夫だろう。

実際、こんな武器を使わずとも、
プラスの体術であれば充分にPowersなど破壊することが出来るのだから。

L−seedに会うことが無ければ、だが。

 

しかし、一向に出撃の許可は下りなかった。

一度出撃をしてしまえば、
彼らの性質上、弾、装甲が次なるミッションに対応できないほどの状態が発生しない限り、
各所に点在している基地に戻る必要はない、いやむしろ戻ってきてはいけない。

しかしながら、一度基地に戻ってしまうと、
そこからの出撃には許可が必要となる。

基地発覚の恐れと整備の完璧を期するためである。

 

格納庫に居るために無理に出撃をすることもできない。

もっともいずれこの状態が続けば、
プラスならば格納庫を破壊してでも出撃をすることだろうが・・・。

 

「あの赤い女め!!」
プラスは赤しか印象にない女を思いだして怒鳴る。

最初の戦闘でL−seedに出会うことが無ければ、
プラスはもう既に10箇所以上の基地を破壊している予定だった。

EPM、φにとってはそれは非常に幸運なことではあったが。

 

一応、プラスのいる組織の頂点であるらしい女、フレイヤが、
最初に出会ったときのことを根に持って一向にプラスの出撃の許可を出さないのだ。

 

と、プラスは思っていた。

 

許可を出していないのはフレイヤであったのだが、
別にプラスに意地悪をしていたわけではない。

Kaizerionの制作者ユノ=ウェイの「ホッドミミル」への移送が完了するまでは、
プラスに外部と連絡を取れないようにしていたかったから。

もしもプラスがユノの処遇に気付けば、
そのKaizerionの力を使ってユノの救出に向かうこと、
フレイヤに牙を剥くことは容易に考えることができる。

 

フレイヤにとってプラスとユノが普通の仲間以上の関係にあることは想像に容易い。

実際の関係はそうでなくとも、その感情を二人が持っていることは見抜いていた。

そして、プラスが他の仲間を大切に思う男であることも。

 

だから、例えユノらへの処遇に気付かれても彼女を人質として、
プラスを操れる状態にしておきたかった。
ユノらの居場所が完全に隠蔽されるまでの時間をフレイヤはさりげなく作っていた。

**********

「L−seedのおかげね。」
フレイヤは「ホッドミミル」への移送が完了したとの報告を聞いたとき、
妖艶な笑みを浮かべて呟いた。

そして、言った。

「Kaizerionを「アーク」に復帰させなさい。」

**********

 

「ま、まあ、落ち着け。」
整備工はプラスの怒りにちょっと引きながらなだめる。

「これが落ち着いてられるか?!
Kaizerionと俺は空のみんなを救うためにやってきたんだ!!」
スパナをKaizerionに指して、プラスは曇り無い心で言う。

「分かってるって、おまえの志はみんなの志だ。」

「俺は・・・俺は!!カムイと約束したんだ。

 

『全ての弱きモノの力に』なるんだって。」

 

プラスは真っ直ぐな瞳でKaizerionを見て言う。

整備工はその真っ直ぐさを眩しく感じながら言う。
カムイという者が誰だか知りはしないが良い奴なのだろう。

「Kaizerionが基地から船に移動したことは、きっと次の作戦の為だ。
もうすぐだろう。出撃は。そしたら、そのカムイさんとの約束も果たせるってもんじゃねぇか?」

「きっとな。」
プラスは整備工の言葉を自分の言葉で強めた。

 

ビー!!

格納庫の電話がなる。

「はい、格納庫。」
整備工が慌てて電話機に飛びつく。

プラスはスパナを放り出すと、拳を握りしめ突きを繰り出した。

リズミカルに二度突きをして、右脚を振り上げて回し蹴りを決める。

受話器を持ちながらそれを見た整備工は、
まるでプラスの前に透明な誰かが居るのではないかと思えた。

右脚をつっと前に置くと、すぐさまその脚で前蹴りをする。

相手にガードされたと仮定したのか、
その脚が地面に付いたと同時に、左腰に付けていた拳を一気に前に出した。
腰が右回転して力を左拳にのせる。

スン!!

空気が鳴る。

 

プラスの前に居た透明な者はそのまま倒れていった。

 

 

「何だって?」
プラスにそう聞かれるまで、整備工は受話器を持ったまま微動だにしなかった。

 

「この船にもう一体Arfが降りてくるそうだ。」
目が覚めていないのか?整備工は機械のような抑揚のない声で言った。

「この船?格納庫一個だけしかないぞ?」
そのプラスの問いに、ようやく自分を取り戻した整備工は笑顔で言う。

 

「ああ、だから、Kaizerionは出撃だ。」

そう言ってから、整備工は親指を立てて見せた。

 

**********

「おい、あれって、俺と同じ事をしていた黄色いArfじゃねぇか?」
格納庫に収まっていくDragonknightを見て、
プラスは先日テレビで見たL−seedと闘った黄金のArfを思い出す。

「そうみたいだな。」
乗組員の一人が曖昧な返事をする。

「って、おい。おまえ達、知らなかったのか?」
プラスは当然の疑問をぶつける。

「当たり前だろう。俺達は命令されてそのArfを直す、弾を補充するだけだ。
ただの現地調達、雇われ整備員だからな。」
答えながらも画面を見ながら辺りに敵の存在が無いことを確認している。

「じゃあ、俺のKaizerionの事も知らなかったのか?」
プラスが再度尋ねると、
煩いという感じで画面から目を離して答える。

「ああ、俺達は他にどんなArfがいるのかも、何にも知らないよ。」
正に任務を果たすだけだと言う顔でプラスを見る。

 

「どおりで・・・・何か危なっかしい整備をすると思ったぜ・・・」
小声でプラスは呟いた。

KaizerionはオーダーメイドArf。
エネルギーを入れる場所も、弾丸の装填されている部分も既存のArfとは全く違う。
プラスが感じた整備工の慣れていない雰囲気はそれだったのかと思い当たる。

 

「それであれ名前、何て言うんだ?」
プラスは黄金のArfを指さす。

「ええっと、Dragonknight・・・・・ってあるな。」
画面の端に表示されたモノを棒読みする。

「ドラゴンナイト?」
プラスの顔が驚きに包まれる。

「・・・知っているのか?」

男はその様子に思わず尋ねる。

 

 

「いや、知らねぇ・・・・ただ・・・」

「ただ?」

 

 

「かなり・・・・・微妙な名前だな・・・・」

 

プラスにしては・・・気を使っていた。

 

幾ばくかの沈黙の後、
黄色のArfは既にKaizerionの横に鎮座する。

「おい、あんた、そろそろあの赤い奴を出してくれないか?」

「待ってたぜ!!その言葉!!」
プラスは男の言葉を聞くと一気に走り出した。

**********

 

「ドラゴニック・ブレイズの銃身、ゲイ・ボルグの補給、装甲の交換。」
サングラスをしたまま、セインは初めて見る整備工たちに告げる。

「コクピットの中は触るな。」

右手が無いArfから黒い神父の服に胸元には銀のロザリオと似つかわしくない男が現れた事に、
驚きを隠せずにざわめく整備工達に静かだが強い意志を感じさせて言う。

 

γ−LINK−Sまで達した後遺症はどこにも見られない。

最も整備工達にはそんなこと知る由もなかったから、
ただ良いArfを無駄に傷つけたようにも見えていたが・・・・

 

扉に向かったセイン、ドアノブを引こうとした時、
その扉から赤いジャケットの男が飛び出てきた。

 

それを見ていた幾人かは「危ない!」と叫ぶ。

タイミングと体勢それらが完璧に激突を予測させる。

しかし・・・

 

キュ!!キュ!!

靴が同時に鳴る。

 

ドアから右1mほどにセインはいた。

そして、赤いジャケットの男、プラスもまたセインのすぐ目の前にいた。
相手の息が掛かるほど寸前で、二人は向かい合っていた。

 

何が起きたのか理解できる人間はその場にたった二人。

 

セインとプラス。

 

「へえ・・・やるもんだね、あんた。」
プラスはそこから動かずに感嘆の声を上げる。
そこに悪意は微塵もない。

「・・・・・・・」
サングラスの中の瞳は怒りでもない、ただ冷静にプラスのことを計っているようだ。

ドアが開いた瞬間、
二人はほぼ同時に右横−プラスには左横−にスライドした。

前に向かって走っていたプラスの動きはもちろん驚嘆すべきモノだが、
歩いていたとしもてセインの動きは大したモノである。

 

「君があれか?」
セインもその場を動かずに顔を少し横にやった。
その先にはKaizerionがある。

「ああ・・・Kaizerionのプラス=アキアースだ。よろしく。」
プラスはすっと手を差し出す。
この距離では小さい前習えに見えるが・・・

「・・・・・セイン。」
そう言うとセインはその差し出された手を気にすることもなくドアに向かう。

 

手を差し出したまま、プラスは言う。

「セイン・・・利き手を預けないのはプロの常識なんだって?

その前に、早く右手を治した方が良いぞ。」

 

その言葉にもセインは振り返ることは無かった。
ただ、確かにセインの脳の中に彼の存在がインプットされたことだけは確かだ。

 

(・・・Kaizerion・・・プラス=アキアース・・・・)

 

ドアが閉じて、ようやくプラスは手を下ろした。

「なかなかの奴が仲間なんだな。」
強い奴を見た嬉しさ、武道家らしい喜びにプラスは思わず笑みを浮かべた。

「さあって!!みんな!!出撃するから扉を開けてくれ!!」
プラスは船内中に響くかと思われるほど大声で叫んだ。

**********

プラスは不機嫌だった。

 

「イヤっはぁあああ!!」
カウボーイのような雄叫びを上げて飛び上がったプラスだったが、
それと同時に開いたモニターはやる気を削ぐ者が映っていた。

 

「久しぶりね、アキアース。」

モニターからもその妖艶な香りがするような美女フレイヤ。
相変わらずその服は赤に染められて情熱の薔薇のよう。

 

「げ!」
そんなフレイヤに対して嫌悪をあからさまに示したプラスの一言に、
フレイヤは眉をピクリとも動かさずに話を続ける。

どこか心に余裕が見えた。

それがプラスには少し不気味に感じられる。

 

「第9EPM基地よ。ここには新型Arf、Powersが標準配備されているわ。」

プラスの不気味に感じた心を読み取ったのか?フレイヤは笑みを唇に浮かべる。

「俺は負けネェよ。」
モニターを直視せずに横を向いたままのプラス。

 

「ここはEPMと言っても『φ』の基地よ。用心をする事ね。
T−Kaizerionは一機しかないのだから。」

まるでプラスの代わりは幾らでもいると言ったフレイヤにプラスの眉は寄る。

 

ゆっくりとフレイヤの映るモニターに向くと、プラスは低い声で尋ねる。

「おまえ、ユノやみんなをどうした?」
あれから幾度も連絡を付けようとしても回線は全く通じない。
呼び出しもしていないようなのだ。

それはKaizerionが造られた場所が無いことを意味する。

「元気よ。今はね。フフフ・・・」

 

「どういうことだ?!」
声を荒げてプラスは噛みつく。

「言葉通りよ・・・・あら・・よく見ると、あなた、可愛いわね。」
プラスの神経を逆なでするようにフレイヤの瞳は輝いている。

「おまえ!!」

「早く戦場に行く事ね。今は貴方達が会える状況ではないわ。
貴方同様、Kaizerionを造った人間も敵に狙われているのよ。」

「あんた?何考えている?」
フレイヤの言葉にプラスは疑問の声をあげる。

「今はあなたが会わないことが彼女を守ることなのよ。」

フレイヤは真剣な顔でプラスを見つめる。
先ほどの嘲笑とも取れた笑い顔は姿を消して、
その顔は彼を、彼らを案じている一人の女性。

良くも悪くもプラスは単純である。
そこが彼の魅力でもあるのだが、如何せん今回は相手が悪すぎた。

「分かった!」
プラスは強く頷くと、フレイヤに笑顔を見せた。

「頼むみますね。」
そう言うとフレイヤは通信を切った。

 

「よし!!行くぜぇ!!Kaizerion!!」
その瞳に惑いは無い。

弱きを助けることが自分の大切な人間の幸福に繋がっていると信じているのだから。

**********

机の上のモニターからプラスが消えた事を確認すると、
フレイヤはその美しい胸を腕で抱くようにしながら、深くイスに腰掛けた。

胸が幾分窮屈に見えるのは錯覚ではないだろう。

 

しばらくその体勢のままだったが、その内その体が小刻みに揺れ始める。

 

「・・・・・ホント、貴方達は可愛いわ・・・・」
遂にフレイヤは抑えきれない嘲笑に満ちた声をあげた。


 

「そうですか・・・完了したのですね。」
サライはモニターに映るヨハネに確認する。

 

「あ〜、完全に大丈夫じゃよ。
はっくしゅん!!ワシの方は完全に風邪のようじゃがな。」
鼻をかみながらヨハネは答えた。

「そうですか・・・お大事にして下さいね。」
サライはお見舞いの言葉を掛ける。

「あ〜大事にしとくよ。それじゃな。」
ヨハネがモニターから消える。

 

サライは持っていた写真をテーブルの上に置く。
そのまま立てようかと迷ったが、結局伏せて置いた。

 

**********

 

「マナブぅ、おこんないでよ〜。」
フィーアがマナブの毛布を引っ張って言う。

マナブはフィーアに背を向けたまま、ベッドで横になって反応を見せない。

「フィーアが悪かったから・・・・ね。」
まるで子供をあやすみたいに、フィーアはマナブに言い聞かせる。

 

「うるさい!!一人にしてくれ。」
マナブは別に怒っていたわけではない、
ただ死ぬほど恥ずかしかっただけだ。

別に体を見られたことがではない。
言っては悪いがそんな初な関係ではないし・・・・

ただ、見られた体勢が問題だっただけ。

増して好きな女に、ともなればマナブでなくとも一人にして欲しいところだろう。

 

 

「ふぅ・・・・・」
フィーアは軽くため息を付く。

乾いた服を持ってきたのだが、それも床に置かれている。

布団の中ではマナブはまだ裸のままだ。

 

実のところ、このままフィーアが部屋から出れば、万事解決なのだが。

 

風邪を引くかも知れないマナブを放っておけるフィーアではない。

何としてでも服を着せたいでなければ、
風邪を引かないようにしてあげたい。

 

「・・・・・もう、仕方ないな。」
フィーアはマナブに聞こえるか聞こえないかのギリギリの声で呟く。
ほんのりとその口元に笑みが浮かんでいたのは見間違いでは無さそうだ。

 

ゴソゴソ・・・布団がざわつき、マナブの背中に外の空気が一瞬触れる。

しかし、それも次に来た暖かさで掻き消えてしまった。

 

「・・・ん?」

布団ではない、別の暖かさがマナブの背中を覆う。
それは暖かい人肌の感覚、滑らかな素肌の感覚。

 

「おい。」と言う前に、

「・・・マナブ・・・」

囁くようにした暖かい言葉がマナブの耳に間近で聞こえた。

 

「・・・・なんだよ・・・」
マナブも何だか囁いてしまう。
それがちょっと可笑しくて、二人はクスクスと少しだけ笑う。

 

フィーアは自分の背中をマナブの背中に付けていた。

裸のマナブを抱きしめられるほどフィーアは擦れてはいなかったし、
もちろんマナブが望むのであればそうしただろうが、今はそうではなかった。

だから、背中をマナブの背中につける。

 

言葉はいらなかった、フィーアのぬくもりとマナブのぬくもりがただ一つになるだけで。

 

マナブの鼻にフッと甘い匂いがする。

フィーアの臭いだと分かるのにそう時間は掛からなかった。
花と言うよりも砂糖を入れたホットミルクの匂い。

 

心と体を温められて、マナブはいつしかうとうとと瞼を閉じる。

フィーアもまた同じようにして、安らかな眠りに落ちていく。

 

 

きっと、二人とも良い夢を見ることだろう。

双子の胎児のように、丸くなって背中を合わせたまま。

背中合わせのまま、互いの想いと暖かさを感じたまま。

 

**********

 

Justice基地の中でも入ることが最も困難な場所にサライは入る。

 

「そうか・・・出撃出来るか。」
前髪の中から静かな色を湛えている瞳が見える。

「はい、問題なく。L−seedは稼働できます。」
サライは机の前で直立のまま、ヴァスを見ていた。

 

イスをくるりと回して、本棚から一冊の本を抜き取る。

「サライ・・・・」
その声はまるで名前の中にその感情の全てを詰め込んだような・・・・

「なんでしょう?」
サライの声は全く変わらない。
しかし、それは変わらない事を維持しようと、全ての事を固化させてしまっていた。
美しい彫像と思えるサライの姿。

 

 

 

「マナブは、フィーアを求めたのか?」

 

 

サライは、ただ答えた。

 

 

「おそらく・・・・・きっと・・・・」

 

 

サライの言葉にヴァスは微塵の反応も見せない。

「『アル・イン・ハント』か・・・」
ヴァスは頭に入らないまま、文章を目でなぞる。

 

充分に二人の間に時間が流れた後、

「再開しよう。サライ、頼む。」

 

ヴァスはそう言うと、
前髪を掻き上げた。

一瞬だけ、目元の深い傷が露わになった。

 

ヴァスは背を向けている、サライには見えない。

 

 

でも、

 

 

サライは思わず自分の目元に手をやった。

 

 

『痛み』を感じる。

 

**********

「メルさん、ヨウ君、聞こえている?」
部屋に戻ってサライが呼びかけると、モニターにメルが現れた。

「はい!」

メルの後ろでは洗濯物が折り畳まれてきちんと重ねられていた。
どうやら乾いた洗濯物をタンスの中に閉まっていたようだ。

画面が二つに分割されて、制服ではないラフな格好のヨウの姿が遅れて現れる。

「はい!」

ヨウの後ろでは軽快な音楽流れている。
テレビが付いていないところを見るとMDか何かだろう。
音楽でサライの声が聞き取りづらかったようだ。

「休暇はどう?」
サライは微笑みながら二人に尋ねる。

「はい!楽しんでます。」「良い感じですね〜。」
それぞれ久しぶりの休暇をエンジョイしていると言う言葉。

 

「そう・・・」
その言葉にこれから言う内容に罪悪感を感じながら、サライは口を開いた。

 

「明日、と言っても、もう後僅かだけれども・・・L−seed出撃よ。」

「「はい!了解しました!!」」
二人はサライが予想しないほどはっきりと返事をした。

「よろしくね。後少しの間眠っておくと良いわ。
今回の出撃も何が起きるか分からないから。」
サライは先の戦いを思い返して言う。

「分かりました。」
メルが返事をして、モニターを切る。

「さて、最後まで休暇を楽しみますかね。」
ヨウもそんな言葉と共にモニターから姿を消す。

二人らしい言葉に少しサライは微笑むと自分もベッドに近づいて横になった。

 

洗い立てのシーツは爽やかな香りがする。

白衣を着たまま眠るサライは、まるで白いドレスを着ているみたい。

 

 

どのような夢を見るのか?

誰もわかりはしないだろう。



 

「L−seed、パイロット完全にリンクしました。」

「レヴァンティーン、デッド・オア・アライヴ装備完了。」

メルとヨウのやり取りがいつも通り行われていく。
ただ一つ違うのは、ヨハネがティッシュを片手にしていること。

 

「御当主様、L−seedの出撃、宜しいでしょうか?」
サライがいつものように尋ねると、ヴァスはいつものように静かに頷く。

相変わらず二人の中に交差する瞳には、幾万の言葉よりも多いモノが含まれている。

 

「マナブ様、出撃して下さい。」
サライはモニターに向き直ると促す。

「分かった。」
モニターの中でマナブは頷く。
その顔はすっきりと疲れなど何処にも見えない。

マナブの瞳がちらっと斜め下に向く。
そこにはいつものようにフィーアがいた。

「行って来る。」
マナブは声に出してフィーアに言うと、意識を自分の背中に生えている翼にやる。

翼の羽根一枚一枚に自分の神経を通していく集中、それはもう慣れていた。
体の全てを伸ばして、思い切り伸びをする感じ。
二翼はシオン鋼がぶつかり合う美しい音楽を奏でながら力一杯に開く。

一瞬大きく羽ばたかせると、L−seedの瞳は輝き、一気に羽ばたいた。
天空を舞う姿はフィーアの目から見ても、雄々しく美しい天使。

フィーアの愛しいモノを守る輝く鎧、L−seed。

 

「マナブを必ず守ってね。」
フィーアはマナブへの安全を想い、祈らずにはいられない。

自分の存在を神が認めていないとしても。

手を堅く結んで、フィーアは膝をつく。

 

それをヴァスは静かに見ていた。

優しさと哀しみと怒りと喜びと全ての感情が入り交じった瞳で。


 

「「目標は第9EPM基地。」」

 

マナブの瞳に迷いはない。

プラスの瞳に迷いはない。

 

二人に迷いは、決して無い。

 

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次回予告

紅きモノと青白きモノが再びまみえる。

本当の出会いは何をもたらすだろうか?


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、このメールで、l-seed@mti.biglobe.ne.jp お願いします。

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