「生きる事は死なない事」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第三十話    「渇望」

 

 

「また救われたか・・・」




A・C・C83年

独立支援組織「ノア」に続き、リヴァイ=ベヘモット率いる「モーント」が成立した年。

地球における反EPMテロ活動はますます活発になっていた。

 

そして、それを抑えるEPM所属特別防衛機関「φ」の存在もますますクローズアップされてきていた。

まだ、世にL−seedも、Dragonknightも、ましてPowersも無かった時代。

 

Wachstumを有するφの攻勢は凄まじく、
次々に小さなテロ組織は潰されていった。

この年だけで消えていった組織は大小合わせて50を越す。

しかしながらそれら組織の残党の多くは、
「ノア」に吸収されて行ったことを付け加えておかなければならない。

まるでテロ組織の結束を強くしていく。

まるで、数多の水滴が寄り集まって大きな水たまりになるように。

 

A・C・C83年

この年はテロ組織にとって受難の年でもあった。

 

中南米

「ビッグクロウ」

大きな鴉を象ったマークを持った反EPM反φを掲げる組織。
テロ組織の中では大きい方で、中南米の活動範囲は広範囲に渡った。

反φを掲げている以上、Wachstumも1体所有しており、
これはかなりの力を有している証でもあった。

しかし、今その組織は灰燼の時を迎えていた。

 

何処かよりか現れたφのArfが8体。

まさに絶妙の奇襲だった。

見張りが最も手薄になる時間、そして人間の反応が最も鈍くなる時間。
全てが計算されて行われていた。

テロリスト達は頼みの綱のWachstumにも乗れず、
ただ自分の持つ銃一つで応戦を余儀なくされる。

 

だが、何が出来るだろう?

18mの鉄・・・・いや鉄よりも固いシオンの巨人に。

 

彼らの銃弾一発は容易く彼ら数人の命を奪う。
アジトの爆発物に引火するおまけ付きで。

φの兵士には壊滅の命令が出ているようだった。

白旗を揚げて、両手を上げて出てくるテロリストも容赦なくその拳、足で潰していった。

まるで蟻を足で潰すように。

 

彼らは知ることはなかったが、ある兵士と隊長の中でこんなやり取りが行われていた。

 

**********

両手を上げて歩いてくるテロリストを発見して兵士は報告する。

「ケルベ隊長!投降する者が出てきました。捕虜とします。」

「あ?!なに言ってんだ、おまえ?殺せよ。」
演技でも何でもなく、馬鹿にしているのか?と言う雰囲気の声が返ってきた。

 

兵士は自分の耳を疑った。
思わず軍隊では決してしてはならない疑問を上官にぶつけてしまう。

「え?!しかし、武装解除しており・・・・」

「良いから、殺せって言ってんだろうが!!こんな面白いゲームはねぇんだぞ。」

口答えされたことが痛く気に入らなかったのだろう。
粗暴な声がますます怒気を含み始める。

 

「し、しかし・・・抵抗しないと思われますが・・・」
再度、兵士は聞き返す。
彼はまだφに入り日が浅かった。
Wachstumに乗れるほど優秀な兵士ではあったが、
上司にゴマをするという点では人生経験が不足していた。

「どうせ捕まえたって、何にもならねぇ奴らだ。それより俺達は役得と行こうぜ。」
喜色を含んだ声が兵士のコクピットにいやらしく響く。

 

「ですが・・」
その声を聞いた瞬間、ケルベの短い忍耐力が限界を迎えた。

「うるさいなあ、おまえ!!帰ったら軍を出る準備をしとけよ!!!」

「・・・そんな・・・・」

 

「嫌だったら、最低でも15人は足で潰せよ。
良いか?足だぞ。銃でやった分、手でやった分は数えねえからな。」

その口調から言葉が何かの冗談や嘘でないことは充分に通じる。
ただ新米の兵士は絶句するのみだった。

 

「返事は?どうした。」

「りょ、了解しました。」

 

「どもったから、5人追加な。」

ケルベはそう言うと通信を切りながら、無造作にトリガーを引く。
目の前の何人かが紅い霧を吹いて倒れた。

それを見て満足気に口元を歪めた。

 

「クズめ・・・」

**********

 

アジトの最深部の最後の砦の扉に転がり込んで入ってくる人間。
暗い部屋で目を凝らすと一人の青年が立っていた。

「誰かいるのか?」

その細身の青年の顔を見て男は言った。

「・・・・・おまえか?」

 

銃を持つ姿もどこか頼りない青年は答えた。

「はい、ジャンさん・・・みんなは?」

 

「ダメだ。エミーもランもみんなやられちまった。」

「僕も見ました。ギルンさんに、ジットさん。
ジットさんなんかは両手を上げていたのに・・・・」
先ほどの惨劇を思いだしてセインは唇を噛んだ。

 

「お構いなしさ。やつら楽しんでやがる。くぅ!」
うめき声にようやく青年は彼が傷ついていることに気付く。

「大丈夫ですか?直ぐに治療を!!」
行こうとする青年の手を太い腕が掴む。

「いい・・もう俺はもたねぇ・・・見ろ。」
そう言い示された部分を見ると、右足が半分から下がない。
そう言えば先ほどよりも顔が青白く見える。
足に白いバンダナを巻いているが、それも血を多量に含み所々から漏れだしている。

 

「おまえ・・・ついてなかったなぁ・・・まだ、ここに来て半年だろう?」

「そんなことより早く止血を!」
手を振りほどき青年は後ろの箱を漁り始める。

男の手が力無くだらりと垂れてプラプラと揺れた。

 

「全くφのやつらめ・・・皆殺しかよ。
くそ!ルシターンとか言う奴、人徳者の振りしてやることはえげつないぜ。」

「全くです!」
探しながらも怒りに震わせて青年は頷く。

 

「俺らも相当な事をやってきたが、あいつらには負ける。」
男の悪態を聞きながら箱の中からようやく止血剤を見つける。

「あ、ありましたよ!止血剤!!」

 

・・・・けれども・・・返事はなかった。

 

 

男の右足を中心にして紅い水たまりが出来ていた。

まるでそれだけは生きているようにして、徐々に広がっていく。

 

「ジャンさん?ジャンさん!!ジャンさん!!!起きて下さいよ!!」
垂れ下がった手が力無くプラプラと揺れた。

目を見開いたまま、ジャンは既にこと切れていた

 

「うわぁ!!」
おもわずジャンを突き放した。

自分の知っている人間の死体に触ったのは初めてだった。

 

バアアアアアアアアーーーーーーーン!!!

それと同時に爆風が彼を襲った。

 

「うわああああああああああ!!!」
砦の所までφがやってきたようだ。

誰かが応戦しているのだろうか?銃声もちらほらと聞こえる。

だが、銃声が聞こえた後、決まってArfの機関銃の音がして、
次にはもう銃声は聞こえないのだった。

「ああ、ああ、ああ!!」
意味のない言葉を叫んで彼は巨大な恐怖に駆られる。

死がそこまで迫って来た。

 

ジャンの死体が無造作に転がって、自分の血とそれに付いた泥にまみれていた。

**********

 

恐怖、

それは誰もが持っているモノ。

 

もちろん、この若き男にもあった。

この後幾多の戦場を渡り歩き、
数多の経験を積んで、
超一流の戦士と呼ばれるようになるのであっても、
それは変わらずに存在した。

今と違い、寡黙な青年となり、
冷静にそしてとても強い意志を持った人間として成長しても、
それは変わらずに存在した。

 

ただ、それさえも力にすることが出来るのは、
彼ぐらいなものであるのだろうが・・・・

 

恐怖を力にすること。

それは恐らく彼の友人にも出来ない、彼の才能。

恐怖を克服するのではない、
恐怖を力に変えてしまう事。

それは・・・・・・

「L−Virus」

・・・・・・とも似ている。

**********

 

彼はジャンの死体の先に格納庫の扉を見つける。

巧妙にカモフラージュされて、一見するとただの土の壁ではあるが、
その裏は掘り抜かれてその中に「ビッグクロウ」の懐刀が存在するのである。

 

「安かったのよぉ、これ!もっとも左腕が無いんだけどね。」
「ビッグクロウ」のリーダーレンファが得意げに彼にそれを見せてくれたことを思い出す。

一瞬、レンファの事が脳裏を掠めた。

(無事だろうか・・・)

中国系の彼女は三十前半のまだ若いリーダーであったが、皆の信頼は厚かった。
街の酒場で殴られていた彼を連れてきてくれたのも彼女だった。

 

青年は走った。

足には自信があった。
今までに彼が負けたのは彼の親友ぐらいなモノだった。

足が速かったこともあるが、
幸いにも格納庫に入るところまで銃撃を受けることはなかった。

 

格納庫の中は薄暗く、左腕がもげたWachstumがどっかりと腰を落としていた。
その姿はどこか戦争をくぐり抜けてきた老兵を思わせる。

そっとそのボディに触れると、不思議と冷たさは感じなかった。
気のせいだったのかも知れないが・・・・

ピーーピーーーピーー!!!

突然の音に青年はビクッと身体を震わせて銃口をその方に向けた。

だが、そこには誰もいない。

通信機が置かれているだけだった。

それを確認すると同時に、そこから声が聞こえてきた。

 

「ジャン!まだなのジャン!!」

聞き慣れた声に青年は通信機に飛びついた。

「レンファさん!!」

 

「誰?!も、もしかして?!」

「セインです!」

 

通信機にセインが出ることに驚きながらもレンファは、
その鼻に掛かった艶っぽい声で尋ねる。

「セイン。今、格納庫にいるんでしょう?」

「はい!・・・・すいません。外にφが来て、ここに逃げ込みました。」
自分の持ち場を離れたことを素直にレンファに謝る。

 

「フフ・・良いわ。こんな状況になるとは私も予想出来なかったモノ。」
声と共に破裂音、銃声が聞こえてくる。
どうやらレンファ達は戦闘中らしい。

「セイン、ジャンはそこにいないの?Wachstumを出しに行かせたんだけど。」
その言葉にセインは言葉を詰まらせた。

「ねぇ、セイン?」
再度の応答にセインはゆっくりとマイクのスィッチを入れた。
まるで喉だけ凍らされたように、言葉が上手く出てこない。

 

「ジャ、ジャンさんは・・・・

・・・・・その・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・死に・・ました。」

 

 

「そう。」

 

 

ジャンはレンファの恋人。

その心を重い測り、クッとセインはマイクを握る。

 

哀しみが電波を通して伝わってくるよう。

だが、次に通信機から出てきた言葉は、哀しみでも怒りでもどれでもなかった。

 

「それじゃ、セイン。あなたがArfを動かして。」

 

あまりに意外な言葉にセインは狼狽する。

「む、無理ですよ!」

「大丈夫よ。何でもArfはLINK−Sと言うモノで動くらしいの。
つまりLINKが高ければ操作は思いのまま。」

「LINKすればって・・・」

 

「セイン、あなたしかいないわ。私達がそこに行くことは出来ない。
そして、私達が助かるにはArfが必要なの。」

「・・・・・」

セインに選択の余地は無かった。

無線機の背後からは爆発音が時節聞こえ、
悠長な事を言っている時ではないことを如実に伝えていた。

「今、Arfが来るから持ちこたえなさい!!」

レンファが後ろの仲間に叫ぶ声がマイクに入る。

自分だけが逃げるにしても、他に方法が見あたらなかった。
もっともそこまでセインは擦れてはいなかったが・・・

 

 

「お願いよ。セイン。」

 




 

風に流されるようにDragonknightは空を飛んでいた。
右手が無くバランスが悪いが、その飛び方は決して醜い姿ではない。

傷つきながらも天へと戻らんと力強く舞い上がる竜。

L−seedとの激闘の後、セインは誰かに感謝の念を持って呟いた。

コクピットの中での呟きは、自分を懐かしい自分と引き合わせることになる。

 

「また救われたか・・・」

 




 

数分後、セインはコクピットの中にいた。

「何とか動かし方だけは・・・・」
ゆっくりと前足を動かす。
まるで赤ん坊の最初の一歩のように。

LINKは当然の如く「α」の最下・・・もっともこれでもかなりの才能があると言えるのだが、
そんなことは意味がなかった、セインに今要求されているのは、実戦なのだから。

 

「!!!!」

気を引き締めるとセインはレバーを一気に前に倒す。

 

**********

「あと一人か。」
ケルベが薄ら笑いを浮かべて呟いた。
ここのボスは女、それも美人と聞いていた。

(くくく・・・・・)

 

彼が邪な企みを考えていた時、部下のせっぱ詰まった報告が飛び込む。

「隊長!!Arfが現れました!!」

「何だと?テロリストにしてはリッチだな。」
自分の妄想を邪魔された事が痛く不満なのだろう。
かなり不機嫌そうにレーダーを見る、確かに反応がある。
だが、真っ直ぐ進まず壁にぶつかりながら左右に揺れて歩いている。

「な、なんだぁ?この素人臭い動きは。」

壁にぶつかっている音が次第次第に近づいてくる。

一際大きい音がして、その姿が現れた。

 

「く・・・はははーーーーー!!」
ケルベは堪えきれずに笑い始めた。

彼の目の前に現れたそのArfは、
土にまみれて、最初から無かったのか?
ぶつかりすぎて外れたのか?左腕が付け根から無い。

みすぼらしいと言えば、あまりにみすぼらしいArf。

年式もかなり古そう。

 

「隊長、如何致しますか?降伏勧告でも・・・」

「馬鹿言うな。」

既に戦闘不能のようなArfに兵士に一人が進言するが、
ケルベは取り合わない。
まるで捕まえた虫を前にしたような顔で言う。

「遊んでやれ。殺してかまわん。せいぜい苦しませろ。」

 

**********

 

ガガガガガガガ!!

 

弾けるような音が山の間を通り抜けていく。

セインの駆るArfに容赦のない攻撃が加えられているところだ。

 

素人のセイン、ボロボロのArf。

ケルベが如何に下劣でもφの兵士。
回りを囲んで弾などで削らずとも、格闘で眠らすことなど造作もないことであろう。

しかし、彼はしない。

その一発一発の弾でどれだけの難民が助かろうとも関係の無いことだ。
自分に割り当てられた弾とArf、そして部下はきっちり使い切る。

それが彼の信条だった。

「ようぅううく、狙えよ!!簡単に急所に当てるんじゃねぇぞ!!!!」
部下達に嫌悪を与える言葉でケルベが命ずる。

 

「このままじゃやられる!!!」
激しい振動の中、セインがコクピットで呻く。

LINKのダメージは無いモノのArf自体の損傷による振動は、
セインに例えられない恐怖を与えていた。

コクピットのスクリーンでは次々にArfの関節部分が壊れていく様子が示される。
しかし満足に歩けもしない、セインにはかわすことはおろか防御することも出来ない。

しかし、辛うじてレンファの助けにはなっているようだ。

突然現れたセインのArfに驚いた他の兵士は、
レンファ達への攻撃を止めてセインに集中していた。
セインはレンファ達の場所に見当が付いていた。
何人が生き残っているか分からないが・・・・・

「どうする?逃げるにしても・・・飛び方、分からないし!!どうすればいんだよ!!」
LINKの低いセインでは、飛ぶことは出来ない。
実際、セインはArfを動かして歩いていたわけではない。

LINKしていたから、辛うじて歩いたのである。
セインの必死な「歩く」と言う意識が雑音混じりながらもArfに伝わり、
酔っぱらいの如き足取りながら「歩く」事を成功させていた。

しかし、「飛ぶ」ともなると意識が非常に難しい。
α−LINK−Sのセインにはマニュアル操作が不可欠だった。
しかし、そんな事を今のセインが出来るわけがない。

だから、「飛べ」ないなら、思い切り「跳ぶ」しかない。

「うわ!!」
一際強い振動が襲う。
スクリーンを見れば、腰の部分にかなり被弾していたらしく、
Arf自体のバランスが崩れ始めていた。

 

セインは心を決する。
作戦は一つ。
レンファの所まで「跳び」その後、逃げる。

「行けえええええええええええ!!」
掛け声を掛けて、セインは跳ぶ。

 

素人丸出しの予備動作は、
容易にφの兵士達にセインの使用としていることを知らせる。

「隊長、動く気です!」

「ばぁか!逃がすかぁ!!」
遊びに退屈していたケルベはビームガンを撃ち放つ。

 

既に伸ばしきっていた左足に直撃を受ける。

「うわああああああ!!!」

 

バランスを崩したが勢いはそのままに、
セインは真っ直ぐケルベに向かっていく、
正確にはケルベの後ろにいる仲間達の元に。

ビームが左足にぶつかった為に、セインは大きく身体を捻ることになっている。

そして、思わず出した両手。

 

ガガガガガーーーーーン!!!!!

 

残念ながらこのArfには右腕しかない。
五本の指を力一杯に伸ばした平手は見事にケルベの腹部にヒットする。
跳んだ状態からだったので、Arfの全体重がその片手にのしかかることになる。

正に渾身の掌手。

 

ケルベのガンにエネルギーが残っていなかったのも幸いした。
セインのArfを余裕で壊すことが出来るタイミングであったが、
まともに喰らうことになってしまった。

「ううう・・・・・」
セインが薄目を開けると、目の前に微かに動く人影。

「レンファさん!」
セインは突き刺さった右手を抜くと素早く、彼女を捕まえる。

 

その瞬間、背中に激痛が走る。

ガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!

兵士たちの銃弾の嵐、そして先ほどの大金星の際の衝撃だった。

セインは自分の後ろからなま暖かいものが伝うのを感じる。
コクピットの急に充満する血液の臭い。

先ほどの戦闘で換気の部分が壊れてしまったのだろう。
コクピットの中の温度が少し上がった気がする。

 

 

「ううう・・どけ!!」
ケルベは呻いて自分の上にのっかているモノをはね除けた。

先ほども言ったとおり、彼も一応φの兵士。
なかなかのLINKである。

セインの一撃は予想以上に堪えていた。

腹から言いようのない鈍痛が沸き上がっていく。

「う・・・うげえええええーーー。」
何かが逆流してケルベの口から噴出される。

胃液がコクピットを黄色に染めた。

 

**********

「このままじゃ・・・・!!」

セインは背中の激痛に耐えながら自分の手のひらの女性を見つめる。
先ほどの爆風で気を失ってしまっているのだろう。
まるで死んだように眠っている。

長い亜麻色の髪がセインの手のひらで広がっている。

「良かった・・・無事だ・・・・・え?」
無意識だろう擦り付けていた背中を庇うようにしてレンファが寝返りをうつ。

そこには赤い防弾チョッキの上に広がる、それよりも黒ずんだ赤。
爆風は間違いなく彼女の生命を削り取ろうとしていた。

「レンファさん!!」

ガガガガガガガーーーーン!!!

先ほどよりも激しい銃弾。

 

焼けるような熱さと衝撃にコクピットが震える。
セインの感覚にも如実に死の気配が訴えてくる。

そして、目の前には死に行かんとする者。

 

セインの感覚器全てが死を感じる。

そして、セインの口から出る言葉は、

ただ一つ『生』への固執。

 

「死にたくない!!」

 

誰にも恥じることはない。

『生』への渇望。

 

「死にたくない!!」

 

人である限り逃れられない。

『生』への執着

 

「死にたくない!!」

 

人が生きるための、正に根本となるモノ。

「生」を謳歌する事。

 

セインの中で、

セインの細胞一つ一つ、

脳の感覚、

臓器、

神経、

筋肉、

血液全てが、

 

ある一つのベクトルを持つ。

 

死の拒絶

 


 

柳が揺れるような姿でセインのArfは立ち上がった。

背中は銃撃で穴だらけ、その左腕だけではなく、
全てがもはや修理よりも廃棄を目標とした方が良いような状態。

 

ただ、その雰囲気は異様だった。

 

もし、「気」と呼ばれるモノが存在するならば、
そのArfが身に纏っていた「気」は最も死に近い「気」だろう。

だが、最も死に近いと言うことは、最も生へ渇望が湧いていると言うこと。

 

無限大に死が近づいたとき、
セインの中でパチンとスィッチが入る。

 

**********

何故だろうか?

先ほどまでの半死半生いや、瀕死と言っても可笑しくはない状態のArfだった。

いや、実際見た目だけでも、それは充分に分かる。

隻腕、身体には古いモノ、新しいモノ入り交じって多くの銃創。

 

だが、何か違った。

つい数分前、年老いたWachstumが・・・・・・

 

 

言い知れぬ恐怖を感じ、兵士が銃を放つ。

それで全てが分かった。

 

よろけ、倒れ、傾く・・・・・・・・・・違う。

かわす。

微かに状態を斜めにする老Wachstum、
銃の軌跡はその肩を掠めながらも直撃せずに遠方に消え去る。

「何をしている!!良いから、止めを刺せ!!」
上官であるバロンの焦りを含んだ言葉が耳に煩い。

おそらく、バロンも撃った兵士と同様な感覚を感じていたのだろう。

異質な何か。

戦場の風の色が変わったことを。

 

「手を止めるんじゃネェ!!撃てぇ!!!」

**********

今まで全て光の筋だった。

銃口から一瞬光が放たれて、
それは真っ直ぐに途切れない光の筋となって自分にぶつかって来ていた。

 

でも、今は違う。

 

自分の身体に何が起きたのかはセインは理解できなかったが、
急速に世界から色が失われていった。

そうまるで一昔前のテレビのようにモノクロの世界が自分の眼前に広がっていた。

そして、それに伴うように光の筋は光の弾となり、
その軌跡をセインに教えてくれた。

 

まるで「ここですよ。」と、
言っているみたいに。

 

光の声に耳を傾けながら、セインは鈍いWachstumを動かしてかわす。
セインにとってはWachstumの動きは鈍かった。

先ほどまで、あんなにがちゃがちゃとレヴァーを動かさなければ、半歩でさえも歩けなかったのに。

 

セインは知らなかっただろうが、
彼のLINK−Sは、この時「α」から「β」を飛び越えて「γ」に移行していた。

「死」を拒絶する肉体が、その全能力を賭けて「死」からの脱出を試みている結果であった。

それは装甲が脆いこのWachstumとしては、
セインの死にも直結してしまう危険な状況でもあったが、
現時点では、それは確実に死よりも生への確率が高い。

セインの潜在能力の高さの証明。

 

**********

突発的な事故に遭遇した人に起こるある不思議な現象。

迫りくるアスファルトがゆっくりと感じる。

先ほどまで煩いほどに響いていた破壊音が、
まるで聞こえなくなってしまう、もしくは本当に小さくなってしまう。

瞳に写る景色から色が失われ、
まるで旧式のテレビのようにモノクロとなる。

病院で目覚めたときは、その状態はまるで無くなっている。

 

これは、全て幻ではない。

多くの人間が体験していることである。

医学的な見地から言えば、身体が生命維持のために、
使わない感覚器をあえて麻痺させ、生命維持に必要な感覚器、器官に全てを注ぎ込んだ状態。

**********

 

人は一生に何度全能力を使うことが出来るだろうか?

心にせよ、体にせよ。

いや、この言葉自体間違いなのだろう。

強い心は体さえも動かす。
健やかな体は心を強くする。

まさに表裏一体のそれは、
日常互いに互いを護るべく力をセーヴしている。

平和ボケの現代に於いて、
「死」から逃れるために「生」へ向けて全力でジャンプすることはあまりに少ないから。

 

だが、現代でさえ時として、いや当然のことなのだが「死」は顔を覗かせる。

 

そんなとき、人間はようやく全能力を使う。

けれどもそれはあまりにも使われていなかったために、
錆付き、軋む・・・・時にはそれが逆に死を近づけることにもなる。

だが、その時こそが心と体全ての生命の能力が見られるとき。
一人一人の人間の能力がまさに、その時見えてしまう。

この絶対的な死の戦場、
その生命の能力さえも鈍ってしまっている普通の人間にはあっさりと死を選び取るだろう。
いや、戦士であってもだ。

 

セインは今そこにあった。

 

 

そして、
セインは・・・・

 

門を開けたのだ、

 

セインは。

 

 

一流のArf乗りとして、一流の戦士として…死を巡る勝負の門を。

 

神となり闘うことが出来る存在へと。

 

「レンファさん…俺も死にたくない。」

遠くの自分の声。

スクリーンに映った自分の瞳。

白に黒。

 

別々な輝きを持つはずのその瞳も、

今は相応しいように白に黒…

 

**********

 

八体のArfが、セインのWachstumを囲みつつあった。

背後は切り立った崖、邪魔がなければ登れるだろうが、
彼らがそれまで待っていていてくれるはずもない。

そして何より、右手に握られたレンファがいる。

 

レンファの口元が微かに動いた。

でも、セインには聞こえない。

 

「捨てて行きなさい。」
そう言っているのを。

 

地面を凄まじい火力が舐める。

全てのブースターを全開にして、セインは真っ直ぐ彼らに向き直った。

力を溜めるためにかわすことはしない。
右手だけを柔らかく握り、体の中心に抱えた。

幾つもの光弾が貫く。

 

見えているだけに、それは苦痛だった。

かわせるのにかわせない事。

 

だが、不思議とセインは痛みを感じていなかった。

Wachstumと同じように、体に火傷が生じても。

 

人間は良くできている。

人間がある特異な状況、得てして生死の狭間に於かれたときに起きる現象。

痛みによる精神的ショック症状を和らげるために、
脳内からそこら辺の麻薬なんかよりも、強力な麻薬β−エンドルフィンが分泌される。

それによって痛覚が完全に麻痺してしまうのだ。

通常、約10分間でその効果は切れると言われている。

 

けれども、今のセインにはその「通常」は当てはまらないようだ。

 

奇妙に自分の体が焼けていく感覚を痛み無く感じながら、
セインは地面を燃やすかのような勢いでブースターを吹かした。

 

モノクロの世界で八つの黒の隙間が白く輝く。

 

「!!」
声にならない雄叫びを上げて、実際声が出なかったのだが・・・セインは飛び出す。

老Wachstumでは有り得ないスピードで。

脚部には信じられないほどの負担が掛かり、
バチバチと火花が散った。

 

左肩で先頭の一体に激突する。

セインはWachstumの左肩がぐちゃりと潰れたのと、
自分の体の中でゴリゴリと肩が鳴く感触を感じた。

唐突に自分の左腕が操作盤の上に投げ出された。

全く力が入らないが、痛みは相変わらず無い。

脳内麻薬のせいか、その異常な状態に不安や恐怖は無かった。

 

それに何だか、考えるだけでWachstumは動いていたし。

 

 

「グアっ!!」
ケルベは顔を醜く歪めて叫む。

予想外のスピードに完全に防御するのが遅れていた。

首の部分を捉えた一撃は、β−LINK−Sのケルベにしても呼吸困難を起こすに充分なモノ。

 

再び胃の内容物をコクピットに吐きながらケルベは気絶した。

ゆっくりと倒れるWachstum。

 

 

セインは反発で得た力で、二体目に右肩でショルダーチャージ。

相手が少しばかり身構えるのが見えたが、
完全な防御にはほど遠かった。

素早く肩をぶつけるが、
それは次の動作のためのものであり、先ほどよりも威力は弱かった。

レンファを掴んだ右手を庇ったのもあるが、
完全なる脱出劇の見事な一幕であった。

 

ブースターをもう一度吹かすと、
Wachstumの上を一気に飛び越えた。

相手のWachstumを土台にし、
限界までの火力でのジャンプは速度高さどちらをとっても、
ここにいるφの兵士では捉えることが出来るモノではない。

 

着地と同時に振り返ることなく、セインは走る抜ける。

後ろでようやく我に返った兵士達の光線が来るが、
まるで背中に目が付いているのではないかと思わせるほど、
セインは軽快にそれを避けて走り抜けた。

 

しかし、セインのWachstumにも確実に限界はやってくる。

脚部の火花が、火の道となって全身に回り始める。

 

下は川という崖に至り、セインはレンファを下ろす。

セイン自身はWachstumを崖から落とすと同時に脱出を計った。
球形のコクピットがポンと外れて空に舞った。

地面に落下すると、直ぐにセインは這いずり出てレンファの元に向かう。
微かに息をしている彼女に一度安堵すると、抱えて走り出した。

最初両腕で抱えようとしたがどうしても出来なかったので、
おぶさって行くことにする。

どうしても左腕に力が入らなかった。

 

あとで分かったことだが、
この時のセインの左腕は脱臼と骨折が入り交じった重傷であった。

しかし痛みはまだ遠かった。

 

微かにジンとしてきた体中にセインは笑みを浮かべる。

 

「生きているよ、俺達。」

 

世界から次第に色が戻って来ていた。

 




眼下にArfが一体ギリギリ乗る位の船があった。

「・・・Dragonknight・・・着艦・・・」

セインは先ほど連絡して於いたとおりの場所と時間に船が居ることを確認して、
ゆっくりとその羽根を閉じていく。

今回の補給は時間が掛かりそうだと、
普段のセインではらしくない雑念を浮かべて降りていった。

思い出のせいだろうか?

 


「良い傾向だ。」

センスの悪い豪華な部屋の中で誰かが呟いた。
口髭を楽しげに揺らして、
EPMの支配者ゴート=フィックはテレビに映る映像に笑顔を隠すことが出来ない。

モニターには黄金のArfと蒼と白のArfの戦闘が映し出されていた。

再び自分の基地が完全に破壊されてしまった口惜しさもあるが、
その代わりに二機の強敵もまた反目し合っている事を知る喜びの方が大きかった。

 

テロリストどもがまるで試合のように舞い闘う姿はゴートにとって、
これ以上無いと言うくらい楽しい見せ物である。

「しかし、様々な武器を持っているなぁ。」
Dragonknightが白い槍を持ってL−seedの手を串刺しにした場面で呟く。
そのまま地面に叩きつけられるL−seedの姿にはさすがのゴートも少々顔をしかめたが、
その笑みは唇に貼り付いたまま。

 

「新型Arfの製作はどうなっている?」
テレビから目を離さず後ろ側に静かに立つ男に尋ねる。

「現在、どのArf会社も製作に全力を注いでいます。
しかしながら、Powersの完成で現段階での最高基準の設定が為されていたと思っていた各社にとって、
L−seedとWAの出現はあまりにショッキングだったようです。」

「WA」という単語にゴートは露骨に嫌な顔で呟く。
「忌々しい名を付けおって・・・・法皇め。」

「どの製作スタッフもPowersの後継機の製作は一からのやり直しを余儀なくされているようです。」

ゴートの呟きに同様を見せず静かな声で的確な説明、
相手に情報を伝えるのが「言葉」の役割であるならば、
これ以上のモノは無かった。

「なんじゃ。今暫くか?」
テレビから目を離してゴートは後ろの男に振り返った。
曲がりなりにも現EPMの実権を持つ者、ゴート=フィックの存在感は大きかった。

「はい。」
そんなゴートの眼差しを微かな同様も見せずに受け止める男。

男の存在感は決して大きくはない、いや大きく見せない。
この権力の権化の前でそれを見せることは自分にいらぬ嫌疑を招かせることと知っていたから。

ルシターン=シャトにとって、
そんな洞察は何の造作もないこと。

 

「おそらく後継機もSuper Force社になるとかと思われます。」

「Super Force社?国創社では無くか?」
ゴートはルシターンの口から出た言葉に意外そうに返す。

「CODE−name「First」・・・Powersの能力を完全に昇華させた高機動型Arf。」
ルシターンは淀みなく現在知る情報の全てをゴートに教えた。

ONIの事はゴートの耳にも届いていた。
そして、もちろんルシターンの実母との軋轢の事も知っていた。

そこから導き出された結論は、
ルシターンがリリィといやホムラと取引をしたのであろうと言うこと。

だがゴートには実際の所、その事を攻めるつもりはサラサラ無い。
彼の腹心の部下であるバロン=ケルベもまたリリィの子であるからだ。

だから余計に、ルシターンの言葉を意外に感じていた。

「国創社はその重火器装備の方向を止めない限り、
φの正式Arfとしての採用は無いでしょう。」
ルシターンは自身の感情など微塵も感じさせぬ姿でゴートに言う。
ゴートもまたそこにルシターンの情に流された言葉を感じることは出来なかった。

「そうか。φのおまえが言うならそうなのだろうな。

まあ、良い。

『黒の爪』とやらもレルネのONIには逃げ出したそうだしな・・・・
あとはあのL−seedとか言う者が他のやつらと同士討ちを始めてくれれば良い。

まあ、そう上手くいくとは思えんが面白い見せ物にはなりそうだ。」
ほくそ笑むゴートの瞳に宿る野望にルシターンは顔色を変えずに笑う。

「そろそろ・・・レルネ=ルインズの昇進も考えて方が良いかもな。どう思う?」

「意向に添う形で行いましょう。」
ルシターンはゴートに礼をしながら言う。

その様子に満足げに頷く。

「ルシターン、もう良い。下がれ。」

金色の髪が光を纏い、
ルシターンは静かに部屋から出ていった。

 

 

ゴートはその様子を見ることなく、
静かに窓辺に寄ると空を見上げた。

鋭い瞳は空よりも高い部分の何かに目を凝らしているよう。

「バベルの建造はどうなっておる?」

 

誰に言ったのだろうか?

 

ゴートの机の上に、小さなモニターが浮かび上がってくる。

「全力で物資の輸送を行っていますが、まだまだかかりそうです。」

モニターの中で軽薄な茶髪が答えた。
上司にするには相応しい姿勢ではなかったが・・・・

 

足を机の上に投げ出して、煙草を吸いながらバロン=ケルベそこにいた。

 

「早く完成させることだ。アレがなければ私の計画は一歩も前に進まん。」

「分かっている。この状況は物資を運んでも建造は難しいな。
あのルナどもめ。」

本性が口惜しげにさらけ出された言葉に現れる。

「怒るなバロン。完成させれば何とでもなる。押し通せ、場合によっては暗殺も構わん。」
自分の部下の下品な言葉に注意する素振りも見せない。
ゴートとバロンの中は回りが思っているよりも親密であった。

バロンは決して金の力だけでのし上がってきたのではない。
彼自身もテロリストの掃討に力を示し、多くの戦果を挙げてきていた。

そのほとんどが捕虜としてではなく、死体だというのも特徴と言えるのだが。

彼は相手を壊滅させる行為が好きであった、
その姿勢は彼に勝利を呼び込む原動力となった。

容赦のない攻撃と抹殺・・・・・それは彼の命を脅かす者全てに向けられていた。

バロンは常に生き残った。

 

そんな彼にゴートは「黒い」仕事を任せる。

自分の都合が悪い者、物、モノ全てを破壊するために。
そして、EPMの中でもこの任務に最も相応しい男は彼以外にいなかったのである。

彼らは互いに秘密と力を共有する間柄。

 

「分かってる。けど、EPMの中にも問題は多い。特に・・・」

 

「法皇派か?」

モニターの中でバロンが頷く。
それを見ずにゴートは静かに言った、極めて静かに。

「見たか?あの報告書。誰が書いたのかは巧妙に隠されているが一目瞭然だな。
テロリストをWA(ダヴルエース)だとよ、はぁ!?」

 

「言ったはずだぞ・・・・構わぬと。」

 

その言葉にモニターの中でバロンの顔が一瞬固化する、
が、次の瞬間破顔。

そして、いやらしい笑みを浮かべると、
モニターの中で慇懃に礼をした。

「了解しました。」

いつもなら使わない言葉が、
ゴートの耳を心地よくくすぐったのか?

ゴートの口元にバロンと似た笑みが浮かんだ。

 

モニターが消えたと思ったら、直ぐにつく。

 

「ああ、忘れていた。あまりルシターンに力をやらない方が良いぜ。
あいつはあんたが考えているほど従順じゃない。
うちのおふくろもさっきの話を聞いたら激怒するだろうさ。」

 

「母君は元気か?」
ゴートの問いは旧知の間柄を感じさせる。

「ああ、相変わらず金遣いは荒いがな。
全く何であんな女から俺が産まれたのか、不思議だぜ。」

「父に似たのではないか?」
言葉の中にからかう調子が含まれていたことにバロンは気付かなかった。
いや、気付いていたがそれの意味することを取り違えていた。

「アレにかぁ?馬鹿にするなよ。
気が小さいあいつから俺が産まれたこと自体奇跡だぜ。
全く頭は良いけど、アレじゃあなぁ。エコノミックアニマルとは言ったもんだ。」

両手の親指と人差し指で円を作るとそれを目に付けて眼鏡を掛けている真似をした。

 

「まあ、そうだろうな。遺伝とは不思議なモノだ。」
ゴートはまるで全くの他人事のように言った。

 

「は!まあ、良いさ。俺は俺だからな。
兎に角ルシターンとレルネには気を付けた方が良い。
あいつら二人にはφの兵士どもがごっそり付いている。」

「だから、おまえをφに入れたのではなかったか?
何をしていた?」

その言葉にバロンは言葉を詰まらせた。

「・・・くそ!その内、奪ってやるさ!!あいつから全部!!全部だ!!」
劣等感と嫉妬からくる恨みが言葉を付いてストレートに出る。

 

(・・・・楽しい男よ・・・)

ゴートは心中を察し出来ないように表情を作ると言った。

「分かった、分かった。それにはまずおまえ自身がある程度の成果を上げなければ、
私にはどうすることもできん。」

「待ってろ、直ぐだ。」
そう声を荒げるとようやくバロンはモニターから消えた。

 

本当に誰もいなくなった部屋で、
ゴートは先ほどから浮かびっぱなしの笑みのまま呟く。

「・・遺伝とは不思議なモノだ・・・」

 


 

「そちらは?」
球のないビリヤード台でキューを持って構えを取りながら尋ねる。

「快適です。」
レルネはモニターの中で簡潔に答える。

「そうか・・・何か問題は?ONIの調子はどうだ?」
「残念ながら、用意していただいた武装のほとんどは使えない事が分かりました。」

まるでそのこと自体が楽しいような感じで。

「規格は合わせたつもりだったんだが?」
ルシターンはその構えを崩さずに尋ねる。

「手に持てたとしても、それに伴う弾丸やエネルギーが既存のモノでは使えません。
全くと言うわけではありませんが、
武器の大きさに比べてその威力は既存と同じか・・・むしろそれ以下。」

やんちゃな子供を褒める感じで、淡々と状況を説明する声。

 

「かさばると言うことか。持たない方が楽・・・・」

「はい。」
ルシターンには即答する言葉が妙に心地良いのが不思議だった。

 

「あのArf自体はどうだ?」

「素晴らしいです。」
その言葉に初めてルシターンはその姿勢を直し、モニターに向いた。

「それは良かった。」
その表情が少し和らいでいる。

 

「全てが規格外とは言ったとおりですが、
その能力は目を見張るものがあります。
リンクに対する反応などは、今までのどのArfよりも素晴らしいモノでした。」

 

「搭乗の際にかなりの衝撃があったようだが?」

「はい。腕を動かすだけでもかなりの重労働です。
今も腕が痛みます。」

レルネは一瞬肩を抑える仕草をする。

「それでも『黒の爪』と互角以上の闘いをしていた・・・じゃないか?レルネ三佐。」

「黒の爪?」
レルネは聞き慣れぬ単語に聞き返す。

「知らないか?後で送るよ。彼らの名称が決まった。暗黙の了解でな。」
ルシターンはレルネに『WA』と言う小気味の良い名称と彼自身のことを話そうと口を開きかけたが、
それはレルネの悔恨の言葉に遮られた。

「私は・・・結局守れませんでした。総帥の基地を。」

 

「君がいなくなった後に、現れたそうだ。」
ルシターンはいらぬ慰めはせずに事実だけを、
自分が知る情報だけをレルネに言う。

もしそれが違っているならば、レルネから異論があるだろうと。

例えそれがレルネにとっていくら不利になるようなことでも、
レルネはそれを報告するだろう。

「聞きました。戻るにはあまりに距離が離れた場所で。」
レルネは唇を軽く噛んだ。

キューをビリヤード台に置くと、
ルシターンはモニターに改めて向き直った。

「私も現場を見た、恐ろしいほどの破壊だ。
並のArfでは出来ることではない。

彼らにしか出来ないだろう。」

「彼ら」が誰を指すのかはレルネも充分に理解していた。

 

「空の人々の想いの力か?そう信じたいが、今は分からない。
全く別の意志によるモノかも知れない。」

「EPMの中では動きは見られませんが?やはり空の力?」

「レルネ三佐・・・・どうやら、世界は私や君が思っているほど単純ではないらしい。」
今まで無意識に分かっていたことを、意識として認識するためにルシターンは言葉を口にした。

「・・・そうですね。」
モニターの中でもその姿勢は崩さず、ルシターンに直立のままレルネは答える。

 

彼の脳裏に浮かんだのは・・・・蒼と白の堕天使、

いやL−seed・・・・・

・・・・いや、その後ろの女。

 

 

「ただ、これがφの力の増大に繋がることは確かだ。」
そう語るルシターンの顔は厳しく決して喜色に富んだモノではない。

「各国のEPMへの依存、Arfへの依存は加速すると思われます。
法皇派の者達の動きも最近鈍くなりつつあります。」

「そうだな・・・・月読だけではどうなるわけでもない。
枢機卿の彼の力もEPMに対しては小さい。」

ルシターンの言葉にレルネの脳裏に一人の男が浮かんだ。

(・・・・スプリード・・・・)

士官学校の後輩で、レルネが知る中で自分を越える力を持つ人間。
まあ、それは過大評価な部分があることを否めないが・・・

 

**********

「ルインズ先輩、最後に!!」

**********

 

「これに乗じて法皇自身を亡き者にする動きだけは止めなければならない。」

「幾ら何でも、法皇自身を狙うのは考えすぎでは?」

さすがのレルネもルシターンのその言葉には異論を挟む。
現在、EPMの建前としてのトップは何を隠そう法皇ヨナ18世である。

それ以上に法皇は、今では平和を願う人々の精神的支柱である。
それはルナの人間達がカル家の兄妹が生きていることを信じていることに似ていた。

「そうありたいが・・」
ルシターンは拭い切れぬ微かな不安が心のどこかにあることを感じていた。
最近のEPMの動きは暴走を始める予備行動のような雰囲気が漂っている。

 

「バベルの建造が早まっている。
何としてもそれまでに決着を付けなくてはいけない。

レルネ・・・出来ることならL−seedのパイロットと話してみてくれ。」

その呼び名から階級が消えたとき、
ルシターンとレルネは「親友」となっている。

「出来ることならば、私も話してみたい。
彼は、いや彼女かも知れないが・・・・久しぶりに・・・」
まるで遠くを見るような瞳でレルネはルシターンを見た。

「闘いを思い出させてくれたか?」

「・・・」
レルネはその言葉に静かに頷いた。

 

「私はL−seedは恐らく空の人間ではないと考えている。」
ルシターンもまたこの世界の秘密の一端を知ることが出来る数少ない人間の一人。

『Justice』の名に秘められた意味を微かではあったが理解していた。

 

「彼らの力を手に入れたり、利用したりすることは出来ないだろう。
彼らから私達に協力してくれない限り。
レルネ、私は人類の歴史を敵に回すことになるかも知れない。」

『Justice』を敵に回すことはルシターンの言葉では足りない。
しかし、その姿勢は彼の命を幾分長引かせることは出来るだろう。

 

「それでも、親友と呼んでくれるか?」
ルシターンは何の期待も願いも試しも無い問いをレルネにする。

それに何と答えようとルシターンの心は変わることは無い。

 

「命はその為にあります。」

 

レルネは確かにそう答える。

 

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白衣の汚れを大切にする老人


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