「心を強くする」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第二十九話    「言葉」

 

 

戦いを好むなら狂戦士。

だが、

炎に照らし出されたその顔を見る限り、そこに影を見つけることができる。

彼は決して戦いを喜んではいない。

 

その姿はまるで中世の絵画にあるように、

美しく気高く怖い。

 

そう、彼は騎士。

 

Dragonknightの左手に最後のゲイ・ボルグを感じながら、

Dragonknightの右手にドラゴニックブレイズを感じながら、

セインの心は風のない日の湖のように静かだった。

 

そう、何かが起こりそうなほど静かすぎた。

 

**********

「無数の鏃のようなモノがL−seedのボディに傷を付けています。
現在までは戦闘に影響は出ていませんが、
同様の攻撃を数度受けた場合、マナブ様自身に影響が出ると思われます。」
メルの凛とした声が作戦室に響く、声と似てその言葉は多分に冷たさを感じさせる。

「三現魔方陣でも、ダメージを完全に無くすことは出来ないとはなぁ。」
メルの声を受けて、ヨハネが感嘆の声を上げながら頭を掻く。
そこには悔しさと言うよりも楽しさが滲み出ている。

「三現魔方陣は索敵・追尾攻撃機器、ビーム兵器に対する防御機構ですから。」

それを横で聞いていたヨハネは、別段表情を変えない。

「三現魔方陣は圧力・高温低温・振動に対する防御も完璧なんじゃぞ。

ただのぉ、『触れる』と言う攻撃は本当に厄介なモノなんじゃ。
『触れる』攻撃を防ぐのは本当に難しい。」

「そうですね、既に『触れ』ているんですから。
あのゲイ・ボルグは全くの適用外ですから。」
サライが誰に言うでもなく言った。

「げいぼるぐ?」
サライらの言葉に聞き耳を立てていたヨウが、
あまりに聞き慣れない単語に思わず呟いてしまう。

サライとヨハネはその言葉にメルの方を向く。

「す、すみません!!」
ヨウが慌てて謝罪すると、居ずまいを正す。

マナブが戦闘中にも関わらず緊張感のない行為と、
さすがに二人から叱責の言葉が来るであろう事を予測して、
ヨウは、おまけにメルまで首を竦めた。

しかし、その背中に届いたの声はいつもと変わらない静かな声。

「ゲイ・ボルグ・・・
ケルト神話の英雄クー・フーリンが影の国の王スカアサから貰った黒き槍。
その槍は敵に対するとき、無数の鏃に変化して相手を貫くとされているわ。」

(この敵のArfと同じ武器・・・)

メルの考えていることが手に取るように分かるのか?
サライはメルを見て頷く。

「けれどもその槍は魔の槍と言われ、持ち主であるクー・フーリンに悲劇をもたらすのよ。
息子コンラを知らずに殺し、親友ファーディアを撃ち抜くことになり、
最後には自らもこの槍で命を落とすことになったと言われているわ。」

「魔の槍・・・ゲイ・ボルグ。」

「・・さ、もう良いでしょう?メルさん、ヨウ君、戦闘をサポートしなさい。」
サライは変わらぬ顔でこちらを向いた二人を促す。

「「は、はい!!」」
直ぐに二人揃った返事が返ってきた。

昔話の時間は終わった時、スクリーンでは再び闘いの火花が散ろうとしていた。

 

**********

「一体何本あるんだ?」
マナブは上を見上げて少し焦りを見せながら呟く。

ゲイ・ボルグと言う武器だけでもマナブにとっては充分に脅威に思えるのに、
この黄と白のArfの中にいる人間もかなり能力が高い。
二度の戦闘でマナブはそれを確実に理解していた。

例え機体の性能が拮抗していたとしても・・・・

こう言うとヨハネは怒るだろう、L−seedは「最強の機体」なのだから・・・

現時点では自分自身には相手ほどの機体操縦能力、戦闘能力が無い。

 

L−seedの瞳を通して、空に悠然と佇むDragonknightが見える。
正に大空の支配者の装い。

「今は・・・」
言葉と共にマナブの顔が引き締まる。

そう「今は」敵わない。

けれども・・・・・

一秒後は分からない。

 

それがマナブ。

それがL−seed。

モニターでDragonknightがゆらりと揺れた。

右手に持った長い銃身を持つライフルが太陽に反射してメタリックに輝く。

 

マナブはDragonknightを注視しつつ、
後ろからデッドオアアライヴを受け取る。

同じ棒状の兵器なのに、何と自分の物は頼りないことか。

その棒があの龍の炎から守ってくれたことも忘れ、
マナブはヨハネに今度は槍を装備して貰おうと内心思った。

右の視線の端にレヴァンティーンが地面に落ちているのが分かる。
但し、それを拾いに行く時間は無さそうだ。

「・・・・飛び道具は無いんだよな・・・・」
分かり切っていることを呟くと、マナブは一気に大地を蹴った。

翼を思い切り横に開き、大地をまるではたくようにして、
白い巨大な翼は一度大きく羽ばたいた。

シオンで出来た翼同士が当たり、世にも綺麗な音色が戦場に響いた。

その瞬間、L−seedは一気に最高速度に近いスピードまで加速する。

 

そう、飛び道具がないのだから、マナブには間合いを詰めるしかない。

 

ゲイ・ボルグの洗礼を浴びるとも、方法はそれしかない。

正に一か八かの賭に出たと思えるマナブ・・・・いや、これが最良の方法なのだ。

そう、Justiceであるマナブには今出来る最良の方法を選択した。

 

「L−Virus」

 

だが、マナブの思惑と外れ、セインはゲイ・ボルグを投げずライフルを撃つ。
いくつもの光の軌跡が、正確にL−seedの翼に吸い込まれるが、
ほとんどが三現魔方陣に阻まれ、青い波紋を産み出すのみ。

ヨハネが言ったように、「触れる」攻撃で無ければ絶対の防御機構なのだ。

Dragonknightのコクピットでセインの体温が0.1上がる。
撃ち続けるライフルの先に手応えが感じない。

セインの心に久しく忘れていた感覚が、
まるで水の上にオイルを垂らされているように薄く薄く広がっていく。

心がそれに全て覆われていく感覚、

息継ぎのために上に出たはずなのに、でもそこはまだ水の中。

 

「!!!」
Dragonknightの感覚からセインにL−seedの接近が伝わってくる。

トリガーを引き続けながらもDragonknightを辛うじて反らして、L−seedをかわす。

 

キキィィイイイイイイ!!!!!

何かを切り裂くような音が空に響く、同様にしてセインの体の中にも響いた。
右に大きな痛みが伝わった。

「っ!!」
痛みを声に出さずセインは状況を確認した。
痛みにかまけている暇など無い。

たとえ右手の親指、人差し指がどす黒く変色していても。

 

**********

 

「入った!」
マナブの口に思わず会心の笑みが零れる。

ライフル、ゲイ・ボルグの攻撃を考慮せず、
ただ真っ直ぐにDragonknightに向かう特攻は思惑とは外れたモノの大きな戦果上げる。

L−seedの左手から伸びるデッドオアアライブは、
Dragonknightの銃の引き金の部分を完全に刈り取っていた。

デッドオアアライヴは右肩のパッドに突き刺さり止まっている。

セインはマナブを右側に交わした。
つまりマナブにとってはセインの右をすり抜けることになったのである。

マナブは敢えて、自分から近い左手を狙わず、
セインの右手を左手で持ったデッドオアアライヴで攻撃した。

単に左手が近すぎて、攻撃には難しい角度に存在していた為であったが、
セインにとっては完全に虚を突かれた格好になってしまっていた。

最もセインがこれを予測できなかったわけではない。

理由は二つ。
セインはマナブの能力を過大評価した割に、
最高速度のL−seed、傷ついていない状態のL−seedの最高速度を過小評価していた事。
そしてもう一つは、Dragonknightが完全に停止していた事。

速度ゼロからでもL−seedの直撃を免れたのは、セインとDragonknightの能力の高さ。

 

**********

「Dragonknight、右手第一指、第二指切断。」
セインの損害状況を確認する声がコクピットに響いた。

まるでそれを掛け声にしたように、
Dragonknightは左手のゲイ・ボルグをL−seedの頭部目がけて振り下ろす。

 

「しまった!」
マナブは上から振り下ろされるゲイ・ボルグに思わず声を出した。

「くぅ!」
マナブとほぼ同時にセインがコクピットで呻く。

 

Dragonknightの一撃は、帯状のモノに絡め取られていた。
黒い槍の黒い穂先はL−seedの額の1m程手前で完全に止められていた。
そこにはまるで震えが無く、Dragonknightの左手ごと凍らされてしまったよう。

 

帯状のモノを辿っていくと、それは後ろの女の髪であることが分かる。
女は自分の役目を確実にこなしていた。

 

L−seedを、

そして、

マナブを護るという。

その確固たる意志は、
左手から伝わる押さえつける力の強さで、セインに伝わっていた。

濃厚な死を感じさせて・・・

 

時が止まったような一瞬、
L−seedの淡い光を纏う右手が握られる。

「・・・」
セインは右手を思い切り握りしめた。

内出血を起こして変色している指もお構いなしに力強く握る。

 

ガキイイン!!!!

 

凄まじい音がしてL−seedが吹き飛んだ、
と同時にDragonknightの残った指も千切れ飛ぶ。

ぐにゃりと曲がった小指だけがプラプラと付け根で揺れていたが、
それも耐えきれずに落ちていった。

Dragonknightの右手は完全に沈黙する。
ジャンケンではグーしか出せないだろう、いやグーも無理かも知れない。

 

しかし渾身の力を込めた腹部への横殴りの一撃は、
予想以上にL−seedにダメージを与えてはいなかった。

確かにヨハネの言うとおり「触れ」てはいたのだが・・・・

 

翼を一度羽ばたかせると、L−seedは直ぐに体勢が整える。

所詮三本指の拳ではL−seedに甚大なダメージを与えることは無理、
それはセイン自身も気付いていたことではあった。

だが、命を失うよりは良い。

 

無理に引き離したために、右の肩パッドには非道い裂傷が出来ていた。
おまけに右腕の機能は著しく低下しており、槍を投げることも不自由しそうだ。

いや、戦闘中にはそんな甘いことを言ってはいられまい。

Dragonknightの右腕は死んでいた。同様にセインの右腕も。

 

(微かな油断と右腕一本が交換か・・・・)
激しい痛みの中、セインは思った。

L−seedはやはりただのArfではない。

セインの脳に確かにその事実が刻まれる。

今まで確認しかねていた事実が今現実となり、セインはようやく認識した。

L−seedを。

 

前回の遭遇から逆算していたL−seedの本来の強さは、
セインの予想を遙かに上回っていた。

 

(あれだけのダメージを与えた紅いArf・・・・・強い。)

L−seedとの最初の遭遇後、
セインは自分と遭う前にL−seedが如何なる状況であれだけの損傷を受けていたのかテレビで知った。

セインからすれば、明らかな弾の無駄遣いをする戦闘ではあったが、
その体術は自分には無い素晴らしいモノであることは確かに認識できた。

 

あの紅いArfのパイロットは「強い」。

そして、

「戦い」には慣れてはいないが、
「闘い」に慣れていた。

 

だから多数の敵と遭遇したときに弾丸を使い切ってしまったのだろう。
いや、むしろ弱い敵と戦う事をめんどくさいと思っている節すらあった。

セインはテレビの中の躍動する紅いArfを見て、
「勝てる」とは思ったが、「倒せる」とは思えなかった。

 

今、眼前に存在するL−seed。

このままでは、セインは「勝て」もせず、「倒す」事も出来ない。

 

両翼を拡げ、蒼と白の堕天使がそこにいた。

「・・・・・あれが堕天使・・・」
セインにも、ようやくその真の姿が見えた。

 

悪の象徴である竜、そして堕ちた天使の戦いが次のランクへ。

 

**********

「マナブ様。
敵の右腕は完全に沈黙、
先ほどの戦闘から左手に持つ槍は分裂しない物であることが確認されました。」
メルの報告にマナブが微笑みを浮かべた。

「それなら勝てるな。」

「マナブ様、油断は禁物です。
先の紅いArfの件もあります。慎重に。」
サライの気遣いの言葉もマナブにはあまり効果が無いようだ。

「分かってる!一気に叩き込む!!」

 

そう力強く自分に言い聞かせると、
マナブはチラリと左腕に巻かれた白い物を見る。

 

(フィーア、待ってろ。)

 

マナブが操作をしていないのに、L−seedの右拳が高々と上げられる。

**********

 

セインの背筋に流れるゾクリとする感覚。

久しく感じていなかった感覚。

それはかつて銃を持ってテロ活動をしていた頃に感じた感覚。

心臓を掴まれて揉まれているような、吐き気のする恐怖。

 

死という根元的な恐怖。

 

(嫌だ)

 

ロザリオを思わず掴む。
セインの中で何かが変わる。

 

**********

「ヨハネ、これで終わると思いますか?」
サライは羽ばたくL−seedが光の矢のようになっていく様子を見つめて言う。

「冷静に見るんなら・・・・終わりじゃろうな。」
髭を少しいじりながらヨハネが答える。
しかしその顔はいつも以上に渋めだ。

「私もそう思います。でも・・・・」

「何かありそうじゃろう?」
ヨハネがサライが言いよどむ言葉をつなげる。

「・・・・・・」
サライはそのヨハネの言葉に肯定も否定もせずただ黙っていた。

「そうじゃろぅ。」

ヨハネはサライの沈黙を肯定として受け取る。

そして、サライはそれにも沈黙で答えた。

 

**********

 

生き残るために押し殺してきた感情。

敢えて心を閉ざして、自分を殺人機械(キラー・マシン)としてた。

 

しかしそれは「恐怖」から逃れるためのある一つの姿に過ぎない。

それもまたセインではあるが、本来のセインではないのだ。

テロリストになる以前のセインでは決してない。

 

以前のままでは、彼の数年間は生き残れ無いほどに過酷。
それほどに過酷な戦いの中を彼は生きてきた。

敢えてそれを自分で選び取り。

 

故に身につけた技。

いや状態と呼ぶべきだろう。

セインは天才ではなかった、だが抜群の秀才ではあったのだ。

「Death・high(デス・ハイ)


マナブの感覚に何かが訴えてきた。

まるで回りの温度が急激に下がったような感覚。

自分の前に氷の塊が置かれた時、冷やされた空気に肌を撫でられた感覚。

 

それは際限なく下がり、ついには自分さえも凍り付かせる。
太陽は相変わらず照っているのに、何故かマナブは寒気を抑えることが出来ないでいた。

目の前に片腕を無くし立ちつくすArfから、異様な風が吹いてきていた。

「サライ・・・何か変だ。」
マナブは原因の分からぬ悪寒に思わず呟く。

「注意を・・・あのArf、あのパイロット。
レルネ=ルインズに匹敵する強さを持っているようです。」

マナブはその言葉に少し身体を固くする。

新型とはいえ量産型のArfであるはずのPowersで追いつめられた事を思い出す。

マナブはサライの言葉に頷くと、ゆっくりとL−seedの翼を拡げた。

**********

 

「・・・・・・」

コクピットの中でセインは静かだった。

しかし、それに反して心と体の中は嵐が来た騒々しさ。

普段からは考えられないほどに、心臓は動悸を繰り返す。

 

(死はただの終わり・・・・・)

 

**********

L−seedが一気に間合いを詰める。

Dragonknightはまるで風に揺れる柳の枝のように柔らかくかわした。

しかし、鋭いデッドオアアライヴの一撃は右肩を少し捉える。

デッドオアアライブの特殊な力、接したときに発生する緑の刃は常に正確。
決して曖昧な答えは返さない。

 

ガガン!!

破壊音が響き、右肩のパッドのヒビが非道くなる。
突き抜けなかったことは幸運だろうが、
あと一撃でパッドは真っ二つに裂けてしまうことだろう。

Dragonknightは体勢を崩したまま、地面に落下していく。

(気を失っているのか?)
マナブはその後を追いながら思う。
だが、直ぐに頭を振った。

「そんな甘い奴じゃない。」

マナブも今までの闘いで学習する。

 

闘いは決して易しいモノではない。

 

**********

(うっ・・・)

右肩の衝撃が非道く鈍く感じだ時、
セインは「死」がやってきていることを改めて感じた。

そして、それと同時に右肩の痛みが一瞬で消えていくことで、
自分の中の「生」への慟哭が強くなって生きていることを知った。

「来る・・・」

まるでこれから祈りを捧げるような静かな声で、
セインはロザリオを握りしめて目を瞑った。

 

落下していることで起きる浮遊感はコクピットでは感じないが、
Dragonknightの感覚で感じる。

それは自分を追い込む事に非常に役立つ。

地面に激突することで呆気なく訪れる死。

 

Dragonknightは無事だろうが、
自分は無事では済まないだろう。

何よりも自分の後ろからは堕天使が、
まるでもう一度天から堕ちているかのようなスピードで追ってきているではないか!

 


 

 

(死)

 

それは軽やかか?

 

(死)

 

それは安らぎか?

 

(死)

 

それは幸せか?

 

否!

それは自分の消失にしか過ぎない。

 

 

そうと知っている者に、

死は限りない恐怖を与える。

 

そうと知らない者でも、

死は恐怖を与えるのだから。

 

セインの心が、身体が・・・・・・死を拒絶する。

 


「もう少し!!」
L−seedとDragonknightの間が狭まっていく。
その様子にメルは思わず大きい声を出していた。

L−seedがある程度まで追いつけば、
Dragonknightが体勢を変えても確実に一撃を加えることが出来る。

しかもスピードが乗った状態の一撃である。
下手をすればそれで勝利が転がり込んでくるだろう。

 

力を完全に抜いているのか?
Dragonknightは動きもせず、ただ頭から落ちていく。
その手に握られたゲイ・ボルグだけが彼が闘いを諦めていない事を思わせた。

「敵Arfに動きは見られません!L−seed戦闘可能域到達まで5秒!」
ヨウの言葉にコクピットのマナブが微かに頷く。

 

**********

 

Dragonknightが天地が逆であっても、
セインのいるコクピットが逆になることはない。

まるで遊園地の遊具のように、
セインはイスに座ったまま、真っ直ぐに落下していった。

Dragonknightから来る感覚は、風と死を伝える。

そして、それがセインにはカウントダウンとなる。

 

死ではなく、闘いの再開の。

 

ビーーーーー!!

さすがのDragonknightも地面の接近をアラームで知らせる。
テロリストのセインが乗る予定のArfであるDragonknightの危険信号は、
通常よりもずっと鈍感になっている。

セインの耳にますます「死」が身近になってくる。

 

セインの瞳が見開かれる。

 

その時、世界から色が消える。

**********

「届く!」
マナブの瞳にしっかりとDragonknightの姿が映し出される。

完全に間合いを捉えた。

Dragonknightと地面の差はもはや絶望的に狭まっている、
マナブには自分の勝利を疑うことは出来ないでいた。

もっともL−seedを駆っている以上、
それは当然の事であり、別段喜ぶようなことでもない。

 

デッドオアアライヴが渾身の力を込められて突き出される。

 

ドーーーーーン!!!

鈍い音が響き、地面が揺れた。

 

**********

「な、何で?」
メルの疑問に満ちた言葉が漏れた。

それは作戦室に妙に響く。

**********

 

L−seedは肩から地面に落ちていた。

L−seedにしてはあまりにも無様な姿であった。

 

あの蒼と白の堕天使と呼ばれた壮麗な機体が、

地面に肩から落ち、地面に柄の方を突き刺している。

矛先と思われる方が天を向いていたが、
それはなお残る闘志と言うには、あまりにも情けない。

 

「・・・!!?」
コクピットは常に水平に保たれているために、
マナブ自身に衝撃は無かったが、L−seedは確実にダメージを受けていた。

それもただ地面に激突しただけでは有り得ないようなかなり深刻な損傷である。

痛みが左肩から電気のように走る。
あまりの痛みにマナブは何も言うことが出来ずにいた。

ただ、何故こうなったのか?分からない事が不思議に思えていた。

 

L−seedの半分土に埋まった顔が動き、上を見る。

片目だけ見た空は妙に近かったが、
空に悠然と舞う黄金のArfだけは遠い。

 

「ぐぅあ・・・」

ようやく痛みが声に出た。

**********

「なるほどのぉ・・・・」
ヨハネが片眼鏡を光らせて頷く。

「WA(ダヴルエース)ですか・・・」
サライは表情を変えずに呟いたが、
その瞳は若干の感嘆が現れていた。

 

スクリーンに映し出されたまるで武道の型のような動きに、
さすがの二人もこのArfの存在を特異にしなければならないようだ。

もっとも先ほどの戦闘を完全に見えていたのかどうかは疑問ではあるが・・・

**********

 

L−seedが渾身の一撃を繰り出したとき、
Dragonknightはまるで命を吹き込まれたゴーレムのように凄まじい反応を示したのだ。

それは雷獣を思わせる素晴らしいスピードだった。

デッドオアアライヴを必要最低限の動きでかわす。

それは最早デッドオアアライヴ自身、
かわされたことが分からなかったのではないだろうか?

 

必要最低限の回避は、時間を作り出す。
Dragonknightの特異な翼が全て地面に向け炎を出す。

かわされた事とDragonknightが減速したことで、
L−seedとDragonknightの距離はかなり近づいていた、
そうDragonknightの手がL−seedの肩を掴めるほどに。

セインは最後に残った武器ゲイ・ボルグを何の惜しげもなく離すと、
L−seedの肩を掴み一気に引いたのである。

引き込んだ勢いでDragonknightは左肩に足を掛けて蹴り上がった。

そしてそれはDragonknightの上昇に繋がり、
L−seedの落下時の衝撃を増すことになる。

それはL−seedの肩を保護する重なった貝殻のようなパッドを無惨に砕き、
繋がる左腕の動きにも影響がでるほどの深刻なダメージと言う形を取ることとなった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

セインはL−seedが地面に突き刺さっていることを認めると、
素早く地面に投げ捨てられているゲイ・ボルグを取りに向かう。

本来ならば、そのような行為は自分の死に直結するような馬鹿げた行為であるが、
L−seed相手に素手で闘うことは、まして片腕で闘うことはそれ以上に馬鹿な行為だ。

もっともどこかの熱血青年ならばやりかねないだろうが。

 

コクピットにいつもと変わらず静かに座るセインだったが、
その瞳孔は急速に窄まっていた。

そして、DragonknightのLINK−Sのモニターでは、

「γ」

が激しく明滅していた。

その点滅は脅威と賛美と危険を示す。

一時的にリミッターを解除した事が原因ではないことは、
終わらない点滅が教えてくれる。

「γ」

「γ」

「γ」

「γ」

「γ」

鳴り止まないアラーム。


セインは片手はレバーを握ったまま、
もう片方の手はロザリオを握ったまま、
ましてボタン等を押す素振りすら見せない状態で、

ゲイ・ボルグを拾う。

 

風が吹く。

 

ががが・・・・

地面に手をつけて、
勢いを殺しながらDragonknightの前にL−seedが現れる。
その左腕がぎこちなく握りしめられている。

セインと同様に拾ったのだろう、
右手にはレヴァンティーンがあった。

 

 

「なんだ・・・」
マナブが驚きの声を上げた。

間違いなくレヴァンティーンは、
無防備にゲイ・ボルグを拾ったままの後ろ姿を晒すDragonknightを凪いだはず。

しかし、現実は梳かされた形になった自分が、
慌てて手を着いてブレーキを掛ける事になってしまった。

「!!」

マナブは気を入れ直すと、
翼を羽ばたかせて一気に間合いを詰めた。

左肩は損傷しているモノの、
身体の防御機構はまだまだ健在であった。
Kaizerionの「ライトニング・カタストロフィ」の時よりも全然無事。

負けるはずがない・・・・マナブの心はそんな思いでいっぱいになっていた。

 

間合いが一気に詰まり、レヴァンティーンの突きが繰り出される。

しかし、それをかわしてDragonknightのゲイ・ボルグがL−seedの顔に向けられる。

「!!」

寸前で天鳳の頂が防御したモノの捕まえることは出来ない。

 

L−seedの剣が間を置かずに繰り出されるが、
その全てが考えれられないほど微かな距離でかわされる。

L−seedもかすりながら、当たりながらゲイ・ボルグの直撃を避け続ける。

 

まるで剣劇のような激しい闘いが繰り広げられる。

 

**********

「これは・・」
サライが十分も渡り合った頃呟いた。

その顔は珍しく非常に険しい。

 

だが、それに気付く者は誰一人いなかった。

**********

 

(何か変だ。)

 

マナブがそう思い始めたのは五分辺りだった。

 

最初一進一退の攻防が繰り広げられていたはずだった。

 

しかし、いつの間にか相手の攻撃が次第に激しさを増してきたのだ。

 

黄金のArfが力を入れ始めたのだろうかと思うだろうが、そうではない。

最初から相手は全開状態だった。
いや全開ではないかも知れないが、その力は変わってはいない。

だが、次第次第にL−seedの避けるタイミングが合わなくなってきていた。

最初はかする事が3で、かわすことが6、当たることが1のような比率であったのに、
数分後にはかすることが6を占めるような状態に変化していた。

しかも、L−seedが繰り出す攻撃は相変わらずDragonknightにギリギリの所でかわされていた。

 

それから数刻後、マナブはようやく気付く。

 

 

「このArf!!」

そう、Dragonknightは素晴らしい目と凄まじい回避能力を有しているのだ。

 

前回の闘いでも、いや先ほどの闘いでも見せなかった、
正に本当の力とでもいうべき、凄まじい能力をこの黄金のArfは見せていた。

Dragonknightは、いやセインは避けるのと受け止めるとの境目で、
最も受け止める方に近い避けるを選択出来る。

それは正に神域とも言える距離であった。

当たらなければダメージは0、
当たればダメージは0ではない。

 

それは次第に二機の間で蓄積され、
L−seedにはスピードの減退をもたらしたのだ。

回避に要する距離が小さければ小さいほど余分な時間が産まれる。

そして、それは無限に続くと仮定する闘いでは、
結果無限の時間を持つことになる。

つまりL−seedは、マナブは最終的にDragonknightと、セインに無限の時間攻撃される事になる。

 

「く!」

「・・・・・・・・・・・」

二つのコクピットは非常に対照的だった。

 

マナブは汗を流し、それを拭うことも出来ないラッシュを加えているのに対して、
セインは冷たく、その瞳は微かにも揺れずにただそこに居た。

 

 

「マナブ様、一旦攻撃を止めて下がって下さい。」

サライの声にマナブは自分が攻撃できなくなる寸前に脱出する事が出来た。

もしその声が一秒でも遅ければ、L−seedは退却する時間も貰えず、
攻撃を受け続ける羽目になったことであろう。

 

「どうすりゃ良い?!」
マナブが息も絶え絶えに聞いた。

かなり体力を消耗している。

操作で疲れたのではない、
(プラスと違ってマナブのLINK−Sも上にある)
戦場の緊張感が続き、息をすることも難しくなっていた。

「来ます!!」
マナブが望んだサライの適切な助言ではなく、
メルの危機を孕んだ声がコクピットに響いた。

 

「ち!!」

モニターとL−seedの瞳にDragonknightがゲイ・ボルグを持ち突き進んでくるのが見える。

 

(不味い!)

マナブはその時、かわすことを諦める。

しかし、護りに入ろうと視線を落とした先にあるあるモノに目を留めると、
思い切りL−seedをのけ反らした。

「諦めるわけにはどうやらいかないようだ。」

 

さすがのセインも寸前の心変わりに気配を読み違えたのだろう、
黒い槍はL−seedの顎をかすらせるのみに留まった。

「!!!」

マナブはその瞬間を逃さない。

そして、これを逃してはならなかった。

 

その体勢からL−seedは槍を掴むと一気に起きあがる、
ゲイ・ボルグは一度大きくしなったかと思うと、
一瞬弓のような弧を描くと真っ二つに砕ける。

 

だがその勢いすら力にして、
Dragonknightは後ろに飛び退いた。

「行けるか!!」
マナブの掛け声に連動したようにL−seedは、それを追いかける。

マナブの顔にはさきほど一瞬浮かんだ諦めなどは一片も見えなかった。

 

マナブに力を与えたモノ、
それは左腕に幾重にも巻かれていた。

 

**********

Dragonknightの異常とも言える攻撃展開。

もしセインがこれを全て自分の意志でやっているのであれば、
彼は真の意味で戦士だろう。

 

「・・・・・・・・」

 

Dragonknightのモニターに言葉が一行浮かんだ。

右肩に静かに納められていたモノ。

それの封が切られていた。

 

 

Lance of Longinus

 

 

 

そう、彼は戦士。

 

**********

速かった。

全てに於いて速かった。

 

L−seedがその翼を広げて全開で向かってくるのに対して、
Dragonknightがライフルを造り出す余裕など無い。

だが、Dragonknightは、いやセインはそれをした。

 

レヴァンティーンを足を滑らせてスウェイバックで微かにかわすと、
ライフルの銃身部分をきゅきゅっと締める。

そのまま、まるで上昇気流に乗ったかと思うほど、
予備動作無く上に飛ぶとゲージ一杯のビームを放つ。

 

「左か?!」
マナブは咄嗟に痛めている左肩を庇う。

レヴァンティーンを持ったままの右手が左肩を抑えると間一髪ビームの一撃。
錆び付いたシオン板に当たると胡散する。

弾いたことを確認したマナブは、
そのまま黄金のArfが待つ高見に飛び上がる。

その間の数発のビームは正確に左肩を狙うが、全て弾かれて光の塵に消える。

 

弾いたときの響くような感触を身に感じながらマナブは思う。

(ビームでは無理だ。)

 

**********

 

迫り来る勢いを肌に感じながらセインは静かだった。

まるで鋭い風のような死が下から迫ってくる。

 

ライフルのゲージが満たされていくのを確認して、セインはもう一段飛翔した。

Dragonknightがまるで呼吸でもしているように、
静かに揺れて瞳を閉じる。

コクピットの中でセインも瞳を閉じていた。

Right:1 Left:0

残った左手に最後の武器が握られる。

Right:0 Left:0

モニターは肩の物が全て消えたことを知らせるとその光を失った。

Right:0 Left:0

**********

「あれは?」
もう一段飛び上がった黄金のArfを追いながらマナブは言う。

巨大な右肩のパッドから取り出されたモノ。

 

それは長く、そして一方が鋭利であり、確かに槍に思えた。

 

しかし、それはこの黄金のArfから出てきた今までの槍とは違っていた。

まず何より色が違う。

 

ゲイ・ボルグが分裂するにせよしないにせよ、漆黒の槍であったにも関わらず、
この槍は真っ白、それも純白と言っても良いほどに白い。

その矛先は二つに分かれて、
まるでリンゴを食べるときに使う小さな二本先のフォークのよう。

そして、最も不思議なのはその全体の形。

シルエットだけ見ればまるで人間が真っ直ぐ上に手を伸ばしているような形。

 

ヒトが天に心からの祈りを捧げているような姿。

そう、それは形ではなく、姿であった。

 

素晴らしい彫刻が「形」とは呼ばれず、「姿」と呼ばれるように。

 

それは本当に武器であるのかどうか分からないほどに美しい槍。

 

**********

 

「ヨウ君、あの槍を解析して。」
サライの声に後押しされてヨウは指の動きを早める。

ディスプレイに映し出される文字の羅列が今までよりも数倍の早さで出来ていく。

 

「あれは人型か?」
ヨハネは片眼鏡を掛け直しながら、スクリーンを睨み付けるように見た。

「でしょう。間違いなく。」
サライはヨハネの疑問に即座に答える。
スクリーンに映し出されたそれは遠目から見ても美しい人体のラインを示していた。

 

**********

 

スピードを落とすこと無くマナブは黄金のArf、Dragonknightに接触した。

そして、正に火花散る攻撃を伴った。

L−seedの右手のレヴァンティーンが、
Dragonknightの握る白い槍とぶつかり合う。

通常、剣というモノは極力刃をあわさない事が常識。
幾度もの衝撃で剣は折れてしまう、戦場で武器を無くすことは即死に繋がる行為。

だが、マナブにはそのような事は考えてはいなかった。

 

何故なら、レヴァンティーンは強いから。

 

Dragonknight、T−Kaizerionクラスならまだしも、
量産型Arfに通常の兵士相手ではレヴァンティーンは鍔迫り合いで折れる前に、
その相手を破壊してしまう。

例え剣と剣がぶつかり合っても、勝つのは常にマナブの剣(ツルギ)であった。

世界を焼き尽くすと言われるレヴァンティーン。

 

L−seedにこれほど相応しい剣も無いだろう。

ヨハネ自慢の一品。

 

Dragonknightの白い槍はゲイ・ボルグよりも細い印象を受けるにも関わらず、
レヴァンティーンを真っ向から受け止めていた。

刃と柄の部分には何らの損傷も見えない。

正にL−seedとDragonknightの力と技力がぶつか合った結果。

 

「堅い。」
マナブが痺れた右手でレヴァーを握りなおしながら言う。

今までのどの武器とも違った感触。
あのKaizerionのガイア・グスタフとも違った感じ。

「サライ。これは何だ?!」
疑問をそのまま言葉にする。

 

**********

マナブの言葉とヨウの言葉はほとんど同時だった。

「解析完了しました!!」

「ヨウ君、そのままマナブ様に報告を。」
「了解。」

**********

「マナブ様、あの武器は総シオン鋼で出来ている槍です。
フィールドを発生するのを防ぐために人型を取っているようです。」

「シオン鋼で出来てる?どおりで堅いはずだ。」

「かなり高い濃度のシオン鋼を使っていると思われます。」

「わかった。」

 

マナブが了解の意を示した瞬間、Dragonknightが動く。

槍を思い切り振りかぶる。

 

「させない!」
マナブはその隙を突き、
レヴァンティーンをDragonknightのがら空きの胴に突き刺す。

力はない、スピードだけの突き。

この距離、このスピード。
いかなDragonknightでもこれをかわす術はないように思えた。

しかし。

 

ガキンガキン!!

何かが閉じる音がしたかと思うと、
マナブの意識にレヴァンティーンが流される感覚。

(え?!!)

マナブが気付いたときには、
Dragonknightの腹部中心に向いていたはずのレヴァンティーンの切っ先は逸れて、
脇腹の装甲を掠る程度に収まる。

 

そう、Dragonknightの翼が一瞬で閉じていた。

 

「うわああああ!!」
マナブが意識をDragonknight自身に戻したとき、初めて味わう激痛が走る。

翼を閉じたDragonknightがL−seedの左手にぶら下がっていた。
左手の甲にはあの白い槍が深々と突き刺さり、
それにDragonknightがぶら下がっていたのだ。

L−seedの手に空いた穴が重さでじわじわと広がりを見せる。

鈍痛、それも凄まじい痛みの鈍痛がマナブを襲う。

 

「うわああああ!!」
左手の甲を思わず抑えるが、感覚に訴えているダメージのために何の足しにもならない。

 

ガキンガキン!!

再び音がしたかと思うと翼は開き、
Dragonknightはその槍を持ったまま急降下し始めた。

無論、それに刺されたL−seedも、
まるで母親に手を引かれる子供のように付いて行くしかなかった。

**********

迫り来る地上。

高度の下落をマナブに教えるコクピットの機器たち。

アラームが鳴る中、マナブは一人苦しみに悶えていた。

左手を貫く激痛。

およそ経験したことのない苦痛にマナブは戦闘中であることも忘れていた。

 

ただ分かるのは痛みと迫ってくる地上という名の「死」。

しかもこの体勢からではL−seedは身体の正面から落ちることになってしまう、
先の後ろの女の繊細で完璧な護りを期待することは出来ない。
恐るべきはセインと言ったところだろう。

 

マナブの心を日常感じない、別の感覚が覆い始める。

 

突然、痛みが消える。

 

それは前触れ。

 

突然、感覚が鋭敏になる。

 

それは前兆。

 

すべての生物への「凶兆」。

 

マナブは自分の体の中が熱くなっていくのを知る。

「また始まった?・・・・」

 

L−Virus発症

 

だが、それは「死」への回り道に過ぎない。

目前の「死」を回避して、近しき「死」にするだけの・・・・

 

 

一瞬、マナブの脳裏に誰かが浮かんだ。

涙を流しながら、抱きついて来る映像。

「うわ!」

感覚の鋭敏さは記憶の鮮明さも高め、
まるで今ここでフィーアを抱きしめているような感覚にマナブは襲われる。

 

 

ふと見る、左の手の包帯。

 

 

そこにマナブは視線を止める。

 

その瞳は優しさと哀しみが交互に見える。

 

マナブの口から放たれた言葉。

 

 

「フィーア・・・ごめんな。」

 

それは祈りにも似て・・・・・

**********

 

地上に激突するL−seed。

大地の女神ガイアでさえも驚かせるような轟音。

 

音と共に立ち上った砂煙が風にさらわれて行く。

その中に佇む一機。

 

Dragonknightであった。

 

セインの心に濃厚に漂っていた「死」が薄れていく。

今まで微動だにしていなかったセインが瞳を数度瞬かせたかと思うと首を軽く捻った。

胸が大きく上下する。

まるで凍っていた時間が急に溶けだしたよう。

耳障りなリミッター解除のアラームをセインは少し眉を寄せて切る。
今までずっと鳴り響いていたはずなのに、今頃気付いたような雰囲気に見えた。

 

それと同時に、LINK−Sが「γ」から「β」へ変化・・・βの下の方のクラスまで下がっていた。

 

急激な変化に感覚が追いつかず、
少しおぼつかない動きでセインは白い槍を引き抜く。

槍を引き抜くとDragonknightは、L−seedから数歩離れた。

用心に用心を越したことはない、
ましてや蒼と白の堕天使なのだから。

しかし、その姿は今まで見たどのL−seedよりも、「無惨」「敗北」「死」を見せていた。

 

体全体で大地を受け止めたのだろう・・・・・
白い槍が刺さっていた左手だけを残して、身体の大半は大地に大穴を開けて沈んでいる。

「戦闘終了。L−seed破壊完了・・・・・」
セインがコクピットの中で報告をする。

 

しかし、その視界の中にあったモニターの一つに光点が現れる。

 

それは科学力の粋を集めて結集されたようなモノではなく、
普通のArfにも付いているようなレーダー。

光点はDragonknightから数歩離れた所での存在を示す。

 

「L−seed?!」
セインの口と瞳には驚きが溢れる。

視線の先には、その身に土を付けながらも悠然と佇む蒼と白の堕天使。

その姿はまるで天国から失墜した瞬間のルシファーを思わせる。

 

左肩をだらりと下げて、半死半生の装い。

だが、その翼は正しく折り畳まれ、

その瞳には強い輝き、

そして右の拳に宿る変わりない不可思議な光。

 

セインに一度感じたあの感覚が甦る。

初めてL−seedを見たときの、あの漆黒の姿の序曲。

 

ふとL−seedの身体が白っぽくなる。
まるで切れ始めた電灯のように。

先ほどL−seedを示したレーダーがそれに合わせて、光点を明滅させた。

 

そうセインの一撃は左手甲にあった三現魔方陣にかなりのダメージを与えたのだ。

今まで人の目に依ってしかその姿を認識することが出来なかったL−seedが、
何の魂もない機械にすら見えてしまっている。

(そうか・・・)

そのころになってようやくセインはL−seedが何故立ち上がれたのかを理解する。

大地に激突する寸前、
自由であった右手で大地に大穴を開けてダメージを抑えていた。

いくら死の印象が薄くなり始めていたとはいえ、
セインにそれを気付かせることが無かったことは驚嘆に値する。
恐らく本当に寸前で繰り出した一撃だったのだろう。

改めてセインはL−seedの脅威を認識する。

 

「なるのか?」
セインがL−seedを注視する。
しかし、前回のような黒く染まる様子はない。

時折白と青の濃さが変わるのみ・・・・
それが左手甲に刻まれた魔方陣らしきもののせいであることは、
セインにも大体予想が付いていた。

Dragonknightが万全であり、自分が再びあの状態に入れば、
漆黒のL−seedと対峙したとしても互角以上の闘いを出来ると思われたが、
如何せん今のセインもDragonknightも万全と言うより、満身創痍という言葉がよく似合う。

 

コクピットに緊張が走る。

相変わらずレーダーに反応するL−seedが妙に不気味に思えた。

 

**********

 

「帰ろう、サライ。三現魔方陣が壊れかけている。
どうやらφの増援も到着しそうだ。」

マナブは確固たる意志で撤退を示した。

その瞳は黒く輝き、左手を強く抑える姿は「L−Virus」の存在を少しも感じさせなかった。

 

(意識がL−Virusを拒絶して、恐怖を抑えたのね。)
サライはそんなマナブを見て思った。

もうこの戦闘ではマナブはL−Virusを発症することはないだろう。

それはある意味、強敵である黄金のArfに敗北することを示していた。
退却させることが出来ても、決して破壊することは出来ない。

それはあまり有意義な戦闘とは言えない。

 

それに現にφの増援が迫っていた。

 

「マナブ様。退却して下さい。」

サライはマナブに告げた。
別に彼女は悔しくもなかった。
ただ、マナブが死の恐怖を抑え込むほどに強い精神力をどこから持ってきたのか?が気になっていた。

ふと横を見るとヨハネがしょうがない奴だと言う顔で歩き始めるところだった。

「どこへ?Prof.ヨハネ。」

サライの方を振り返りもせずにヨハネが背中で言う。

 

「直してやらんといかんじゃろ・・・・三現魔方陣は面倒なんじゃよぉ。
今度はもちっと丈夫にしてやらんとな。」

ヨハネらしいぶっきらぼうな気遣いの仕方にサライはそっと微笑んだ。

 

**********

 

雄々しく翼を広げるL−seed。

シオンの羽根と羽根が触れ合って世にも綺麗な音楽が戦場に鳴り響いた。

まるで戦争の終わりを告げる鐘の音のように・・・・・

 

 

それを聞いてセインもまた翼を開いた。
引き際が分からない男ではない。

 


モニターから人影が消えて、
抑えていた左手をマナブは離す。

ほどけた包帯が垂れる。

 

「・・フィーア・・・」

 

 

大大大大大好きなマナブ むりしないでね ガンバってね 

なにがあってもフィーアがいるからね

 

 

「そんなこと言われたら・・・使えないだろ。」

優しく呟いた。

包帯の上で言葉が滲む。

 

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次回予告

誰にでもある最初。

経験はいつか技術へ変わる。


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、このメールで、l-seed@mti.biglobe.ne.jp お願いします。

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