「伝説に住まうモノの炎」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第二十八話    「双翼」

 

 

「おい。フィーア、何やっているんだ?そんな厄介な所に無いだろう?」
マナブは左腕をまくったままの状態で訝しげに思いながら声を掛けた。

「う〜ん、ちょっと待っててね。」
マナブに背を向けたままフィーアは答える。

薬箱の辺りでフィーアが何かごそごそやっているが、
マナブの目からは木の箱の角の部分しか見えない。

「何やってるんだ?」
マナブがフィーアの手元を覗くために動く気配がすると、
フィーアは慌てて振り返る。

「まだ、ダメ!!」
瞳をまるで母親が子供にするように「メッ!」とさせながらマナブを叱る。

フィーアの気合いに押されて・・正確にはフィーアの瞳に悪戯な光を見つけて、
敢えてそれに乗ってやろうとマナブは大人しく元の位置に戻る。
それを見届けたフィーアは、

「ちょっと、待っててね。」
軽く微笑むと再びマナブに背中を見せてごそごそとし始める。

今までのマナブならば、
無理矢理にでもフィーアの肩を引き寄せて何をしているのか見届けた物だが、
マナブはそれをしようとも思わない。

男なら誰しもそうだろう。

恋人が出来たばかりだから優しいものだ。

いや、出来たばかりの恋人には優しいが正しい。

まあ、それが全ての人間、そしてマナブに当てはまるとは思えないが、
前者であることは確かなようだ。

 

フィーアが手を動かすたびに、産まれたばかりの小鳥が羽ばたくみたいに黒い髪が揺れる。

(綺麗な黒だ・・・)
マナブがボーっとそんなことを思いながら待っていると、
くるりとフィーアが振り返った。

その瞳には多分の企みに彩られながら、微かな優しさの香りが見え隠れする。

 

「はい、マナブ。手を出して!」
ピッと開いた右手をマナブに伸ばす。
まるでお菓子を貰う子供のように無邪気な様子にマナブは思わず笑みを浮かべた。
あからさまに隠した左手はここでは気にしないようにしよう、マナブは頭の片隅でそう思った。

「ああ。」
マナブは笑みを押し殺してまくっていた左腕を出す。
そこには注意して見ないと分からないほどうっすらとした正にかすり傷がある。

前回のVer.Grand hazardの時に付いた傷である。

フィーアは軽くその傷に触れる。

当時は皮膚が裂けてかなりの重傷であったが、今はもう痛みも感じない。
だが、フィーアは哀しげな顔をして、肉体ではなく心の傷すらも癒すように慈しみ撫でる。

マナブは素直に安心する自分にささやかに満足したが、
口では全く逆の事を言っていた。

「おいおい、フィーア。そんな顔をして触られると痛くないのに痛く感じるぞ。」

「・・・ごめんね。」
マナブの言葉に謝ったのか?それとも別な想いがフィーアの中にあったのか?
静かだけれどもハッキリとフィーアは言う。

マナブはその声に一瞬心をドキリとさせるが、
敢えて笑みを浮かべ左腕を差し出す。

「なに謝ってんだよ。早く包帯巻いてくれ。」
マナブとフィーアの視線が交差する。

(な?)
マナブの瞳は優しい光を湛えてフィーアを促していた。

それは決して兄妹では有り得ない瞳。

 

「うん!!」
マナブから元気を貰ったフィーアは、
力強く頷くとサッと隠していた左手に持っていた包帯を出すと巻き始めた。

隠していたわりに何の変化も見られない包帯にマナブは訝しげに思ったが、

(まあ、良いか。)

そう片づけると巻いている部分を見ないように視線を部屋の中に向けた。

マナブは昔から包帯を巻かれるのはあまり好きではない。
正確にはその様子を見るのが嫌いであった。
注射をされる部分から目を逸らしてしまうのと同じようなもの。

大体にしてこの包帯を巻くのも、
フィーアが戦闘しに行くなら傷が開かないように巻いておくと強行に言い張った結果である。
どうやったって傷など開かないような気がするが、
嬉々として薬箱を漁るフィーアに掛ける言葉を遂に見つけられず、
冒頭の言葉に止まって今に至る。

 

「よいしょ、よいしょ。」
フィーアの声と共に腕に幾重にも布が巻かれていく感触がする。

安全ピンを射し込んで満足気に頷くフィーア。

「出来たよ!マナブ!!」
まるで何か偉業を達成した瞬間のようにはしゃぎながらマナブに声を掛ける。

「おお、サンキュ。」
フィーアに苦笑しながらもマナブは視線を左腕にやる。

 

「!!」

 

マナブの視線が固まる。

そこにはまるでKaizerionのガイア・グスタフのように膨らんだ左腕があった。
包帯にグルグル巻きにされた左腕は妙に防御力が高そうだ・・・敏捷性は低いが。

「お、おい、フィーア、こ、これは。」
額に汗を幾分浮かべながら右手でガイア・グスタフ・・・いや左腕を指さす。

そのマナブの汗にまるで気付かずに、フィーアは満開の笑顔を浮かべる。

 

「ふふ!これね、

お・ま・も・り!!」

 

意味不明の言葉とやけにハイテンションなフィーアに、
マナブはため息を盛大に付いた。

それはもう思いっきり。

 

「・・・・・・・フーーーーー・・・・・」

 


 

左腕の裾からチラリと見える白を視界の端に感じ、
スゥッと息を深く吸い込んでマナブは口を開いた。

「命ある武器、命無き武器そして、自らを武器とする人間に告げる・・・・・・・」

だが、唐突に言葉は途切れる。
L−seedの瞳が目的地の異常を発見したのだ、
マナブの脳裏に鮮やかに眼下で起こる出来事が浮かぶ。

そう、嘆きの戦場が・・・

**********

「目的基地に熱源反応多数!!」
メルの声が作戦室に響く。

「確認しました!現在Wachstum20体、Powers4体です!」

「…珍しいですね。」
「うむ。お出迎えがあるのは初めてじゃな。」
サライとヨハネの多少程度の意外だという声。

L−seedは左腕に三現魔方陣という完璧な索敵無効装置を装備している。
戦闘はL−seedの宣言から始まるのが常だった。

「いえ、これはL−seedに対する迎撃ではないようです。
基地内で戦闘が発生している模様です。」
ヨウが状況をいち早く報告する。

それを受けてリオ達サブオペレーターが、
様々な回線を通して基地内の機械をハッキングし情報を引き出す。

引き出された情報は全てメルとヨウの元に送り届けられる。

「基地内のカメラアイより、映像出ます!!」
メルのハッキリとした声と共に作戦室のスクリーンに映像が浮かび上がった。

 

「これは!」
ヨウがそれを認めると呟いて唇を噛んだ。

黄色と白のArf。

戦場の炎の中、槍を持ち佇む。

「アレか。」
ヨハネは呟く。
L−seedを窮地に追い込んだArfを見ても彼にはさしたる動揺は無い。

「マナブ様、見えていますか?」
動揺など微塵も感じさせぬ声でサライがマナブに話しかける。
スクリーンの横に映し出されたマナブの顔に特別な変化はない。
フィーアなら若干マナブの顔に気負いのようなモノを感じ取ることが出来ただろうが、
生憎サライにはそれを見抜くことは出来なかった。

「見えている。どうする?
このまま放って置いてもこの基地は壊滅するみたいだ。」
Ver.G−H(ヴァージョン・グランドハザード)の記憶は無いものの、
その最初のきっかけとなったArfの強さはマナブの無意識に怯えとして残っている。

サライはマナブの言葉に一瞬、作戦室の上を見上げる。

そこには既に当主ヴァスの姿は無かった。
例えいたとしてもヴァス自身が何かの命令を下すことは無いであろう。
サライは考える素振りも見せずにマナブに言った。

「・・・マナブ様、戦い下さい。

・・・全ての兵器と。」

 

スクリーンの中でまた一体Arfが爆発する。

その炎に照らされて、黄金がより煌びやかに輝いた。

 

**********

Right:4 Left:3

Dragonknightの翼はまるで己を抱きしめるようにして収納されている。
そのオーダーメイドのArfである故に採用されたスタイルは、
素晴らしくパイロットの戦闘能力を飛躍させる。

それはセインさえも実際に戦闘に出てみなければ気付かなかったこと。

自分の戦闘能力はこれで限界だと思っていたセインだったが、
このDragonknightは自分の能力を何%、いや何十%もアップしてくれている。
パイロットの元々の戦闘能力が高ければ高いほどこのArfは強くなるようだ。

そう言う意味で、セインがこのArfに巡り会えたことは幸運だった。
いやそれは恐らくは仕組まれた出会いであったのだろう。
セインとDragonknightはまるで旧知のように共に戦い勝利する。

セインはArfの可能性を感じずにはいられなかった。

 

「Dragonknightか…」
セインにしては珍しく戦闘中に余計な口を利く。

一瞬、本当に一瞬だけ、
セインの脳裏にDragonknightの瞳から見た映像ではない女の姿が映ったのだ。


 

「どうだ?」
男が緊張した面もちで囁き尋ねる。

振り返ると女は微かに首を振った。
真っ暗な狭い空間に数人が息を殺して潜んでいた。

「みんなは上手く逃げたでしょうか?」
落ち着いてはいたが、張りつめた緊張感を持った声で女は呟いた。
その瞳は黒く瞬き、不安の色が濃い。

「・・・大丈夫だ。整備工ってのは女男関係なく、鋼だからな。」
一番年上と思われる男が励ます。

その言葉に幾分の笑みを浮かべると女は呟いた。

「そうね。大丈夫よね。」

彼らはArf格納庫の仮眠兼さぼり用の部屋に潜んでいた。
これは後で彼らが作った物で、今外を探している連中の地図には無い。

だが、見つかるのは時間の問題であろう。

 

タッタッタッタッタッ!!

彼らの潜んでいるすぐ近くを誰かが走り抜ける。
その音に血まで凍らせたように女が固まる。
狭い部屋の中それが伝わって、皆が固化する。

通り過ぎていく足音に止めていた息を吐く。

 

みんな顔を見合わせて幾分微笑んだ。

部屋に一瞬弛緩した空気が広まった時、唐突にドアは開けられる。

 

白色の閃光に女は思わず目を覆った。

 

(セイン!!!)

 

思う言葉は声に出ず。

銃声が部屋を満たす。


 

ガガガガーーーーーーーーーーン!!

例え一瞬でも戦闘から意識を反らしたことを戦いの神が怒ったのか?

セインの背後、正確にはDragonknightの背後から爆発音が聞こえる。
それは実弾を発射するときに発する破裂音ではなく、間違いなく何かが爆発した音だった。
もちろんセインにはそれがArfであることは音だけでも分かっている。

それ故に普通の人よりも幾分驚いた。

Dragonknightのモニターには相変わらず愚かな雑魚しか映っていない、
にもかかわらずその爆発音は破壊音だった。

Dragonknightの強さに絶望して自爆したというならともかく、
そうでない限りこの場ではセインの手によってしか発生しないはずの音。

 

セインは自然に(だが戦闘中にはそうすることこそ難しい)首だけ捻って後ろを見る。

「・・・L−seedか。」

セインは蒼と白の機体と目が合うとそう呟いた。
胸のロザリオはまだ人類の罪を償う救世主の姿を見せている。

何故レーダーに反応しない破壊が起きた理由も分かって疑問もない。
そして、そのカラーが漆黒でないことに驚きはない。

あの夜はあまりに全てが幻想的すぎた。

月の女神がロマンティックに微笑むほどに。

そして、セインにとって重要なのは今であり、
そして目の前に現れたこの機体が敵であるかどうか?だ。

 

L−seedもまた、Dragonknightの方を首だけを捻って見つめていた。

奇妙な構図だった。

ちょっと後ろを見たら、相手も後ろを見るところで、ちょうど目が合ってしまった。
日常のちょっとしたエピソード・・・・・・日常ならば、だ。

まるでL−seedとT−Kaizerionの出会いのように、
左右対称に近距離でようやくお互いを確認する。

不思議と緊張だけが頂点に達したような雰囲気が漂った。
そこに殺意も好意も敵意もなかった。

 

白い大翼の下から長く伸びる「デッド・オア・アライヴ」。
L−seedは相変わらず左手の剣と右手の拳を武器にしている。
背の羽根の隙間から瞳が覗いていた。

セインを静かに見つめる色は真紅。

 

セインの今回の任務はこの基地の破壊。
そして、攻撃優先順位は前回の戦闘判断によりL−seedはbR。
あとの判断は全てセインに委ねられていた。

 

空から来たであろうL−seedが、まず自分ではなくφのWachstumを狙った。
その事実だけでセインには十分だった。

「・・・・・・」
笑うでもなく、Dragonknightはクイッと首を元に戻すと、槍をゆっくりと構えた。

静止していた時間は本当に僅かな時である。

だが、セインには確信があった。
その根拠が何かと聞かれると、さすがのセインも不思議そうな顔をすると思うが…

 

セインは背後に配っていた気を全部前に傾けた。

 

その理由は、蒼と白のL−seedには勝てないことはないから、
そしてそれ以上に今は後ろの心配をしなくても良いから。

 

後ろからいち早く爆発音が聞こえる…

何となくセインの唇が笑みを作り出したように見えた。

 

**********

 

(Kaizerion…って言っていたよな。)
マナブはDragonknightの様子を背後から伺っていたWachstumを、
レヴァンティーンで真っ二つにしながら思う。

後ろの気配が動く、ふと後ろを見ると目があった。

陽光を浴びて黄金に輝くArf、中世の騎士の兜を被ったような頭部から覗く二つの光。
それはパイロットが乗っていることを示す光以外には何も感じられなかった。

マナブは思いだしていた、このArfと全く対照的なArfの事を。

Kaizerionの時のような熱い想いはまるで無い…
その反対に風のない日の湖面の如く、戦場の全てを見通せる鏡のような冷静な瞳。

マナブはそんな瞳一生出来ないだろう。

 

そんな風に思えた。

 

黄色と白のArfが首を元に戻したのを見て、マナブも正面に向き直る。
その勢いのまま無造作にレヴァンティーンを振るった。
L−seedを狙ったWachstumがそれに引っかかり、偶然にしては盛大な爆発を起こした。

**********

 

「「黄金の翼」だけならまだしも!!くそぅ!「L−seed」だとぉ!!!!!」
この基地の防衛をするArf部隊の隊長ルビウスは苦虫をかみつぶした顔で毒づいた。

つい最近密かに出回っている「Unknown Arf」に関する報告書に、
書かれていた事項が早速役に立つことを彼は呪った。

知っているだけにその恐怖は倍加する。
俗に言う「知らない方がマシ」と言う状況に彼は震えた。

彼が見たという報告書はもちろんフクウが書いた「スプリード レポート」であり、
前線の兵士を憂いた法皇が名前等を伏せて極秘裏に流したモノである。

 

「た、隊長!!ダメです。歯が立ちません!!」

「現在出撃Arfの半数が破壊されました!!」

「う、うわああああああああ!!」

兵士の絶望と絶叫がルビウスのコクピットに充満する。
思わずスィッチを切りたくなる衝動を抑え苦肉の策とばかりに命じる。

「全員防御に徹しろ!チャンスを待つんだ!!」

それは自分自身を鼓舞する言葉でもあった。
非道く無責任で無意味な言葉であったが、
その場にいた兵士に一筋の道を示したのは事実だった。

俗に「藁にも縋る」と言う奴だ。

 

モニターの向こう側で黄金の閃きが上から降ってきて、
また一体真っ黒の槍に貫かれる。

いとも容易く貫かれたWachstumは、
Dragonknightがそれを引き抜くとようやく事実に気付いたのか?爆発し炎上する。

 

「何なんだ、何なんだ、何なんだ〜!!!」
ルビウスは意味のない叫びを上げる。
全く歯が立たない。

まるで賢い猛獣と愚かな人間が戦っているようだ。
唯一の取り柄である知恵を失った人間は、食物連鎖の先頭になる。

 

防御に回ろうが何をしようが無駄だった。

 

「何故、自分の心を鉄に変えるんだ!!」
L−seedの脚が地を蹴り、一気に間合いを詰めると右拳をWachstumの腹部に叩き込む。
正確にコクピットの上部を叩いた、その一瞬でコクピットにヒビが走りそのまま真っ二つに割る。

中から覗いた兵士の顔は恐怖に歪んでいたことだろう。
唯一の脱出ポッドが壊されたのだから。

ヒビをなぞるようにして炎が走る。

揺れる水面のような不思議な色の装甲をシオンの煌びやかな炎が照らし出した。

 

「・・・・・敵機、増援を確認。」
セインはモニターを瞳で見ながら、脳裏に浮かぶ目の前の敵に槍を突きつける。

同じ体型のDragonknightとWachstumにどうしてこれだけの差が出るのだろうか?
手を十字に組んで必死に防御するその上から、漆黒の槍は背中まで突き抜けた。

さすがは「魔槍」の名を持つモノ。

 

ガガン!!

コクピットの中に衝撃が走る。

モニターはDragonknightの左肩に被弾した事を知らせる。
セインは手首で槍をくるっと持ち直して投げる体勢を取るが、それが投げられることはなかった。

「・・・・」
セインは無言でその様子を見つめる。

恐らくDragonknightを撃ったであろうPowersは、
セインの目の前で唸るようにして倒れていった。

頭部をあらぬ方向に曲げたそのArfは真横からの頭部への負荷によって、
その胴体が半分ほどまで引きちぎられていた。
引き裂かれた部位はまるで猛獣の口のような傷跡を模していた。

セインがふと視線を上げると、
横を向き裏拳を放った状態で固まっているL−seed。

倒れたArfの傷口から火花が一度散ると、一気に炎上し始める。

 

美しい二機が照らし出され、そこは昼よりも明るい。

 

「助けてくれた。」とプラスなら考えただろう。
だが、生憎とセインはそこまで正体不明のモノを闇雲に信じることはない。

(・・・途中までは、同じ目的か・・・)

セインはサングラスを一瞬だけ掛け直す。

Dragonknightはすぐに戦闘を再開した。

後ろの憂いはどうやら無いらしい・・・今のところは。


WA「黄金の翼」の襲撃から一時間後。

防御というただ自らが削られる戦法を用いた部隊は、まさに壊滅の一歩手前であった。

基地の施設は戦闘の片手間に破壊され、ほとんど機能していない。
これを元通りにするには、それこそ目も眩むような金と時間が掛かることだろう。
いっそのこと、新しく作り直した方が早いかも知れないぐらいの。

ルビウスの背中がべっとりと汗で濡れていた。

彼の指揮する部隊のArfは自分の駆るPowersを入れて五機。

対するのはWAと呼ばれる「黄金の翼」、そしてレルネが倒す事が出来なかった「L−seed」。
これを強大な敵と言わずして、何を敵と言おうか?

彼らの後ろに辛うじて残っている司令部の中は、既に空っぽだろう。
救援を呼んだかどうかさえも疑わしい。
たった二機の敵を数十機のArf部隊が迎え撃つのだ。
これで救援を求める方が間違っている。

未だ「L−seed」「黄金の翼」等のUnknown Arfの力は軽視されがちだった。
当然、このルビウスもそう考えていた。

「何を馬鹿なことを・・・一機は一機だ。数には勝てん。」

そう言ったのはつい先日のこと、

レポートを読みながら呟いたその言葉が、
間違いであったと気付かされたのは、

つい四十分前。

それは戦場を走る者には致命的な判断の遅さ。

 

Dragonknightは手を休めることなく、基地の破壊に勤しみ、
L−seedはその手で兵器を散らしていく。

 

その姿を見ていた隊長の噛んだ唇からうなり声のような声が漏れる。
恐怖と屈辱が入り交じったその声が耳に届いて、ますますうなり声は大きくなる。

唐突に彼の脳裏にある文章が浮かんだ。

それは「黄金の翼」のリスト欄の最下段に書き込まれた文句。

 

「現時点に於いては、その効果的な対処方法は同能力のArfの開発である。」

 

「同能力のArf?!」
自分の閃きに喝采を上げながらルビウスは叫ぶ。

 

そう目の前にいるではないか!!

DragonknightそしてL−seedが!!

 

実はこのルビウスがここまで戦闘を続行しなければならないのは理由があった。

Dragonknightが現れたとき、司令部はルビウスに援軍の有無を尋ねたのだ。
そして、彼はそれをあっさりと断った。

それは彼の中で意地を形成する。

既に司令部のみを残し、基地は壊滅状態である。
充分に退却するための理由にはなる。
ただきっかけが無かった。

だが、彼は今きっかけをようやく見つけるに至った。

(我々が退却することによって、あの二体が戦い始めることは充分にあり得る。
同じ集団のテロリストならまだしも、どうやらそうではないらしい。)

DragonknightとL−seedが何らかの統一された指揮下に無いことは確かであった。

(真紅の風の例もある。)

これと同じような場面があったことを彼は覚えていた。
基地のArfをほぼ破壊したあと、「L−seed」が「真紅の風」に攻撃を開始した話。

(充分に口実になる・・・)
思わず零れるほくそ笑み。

「全員退却するぞ!!」
ルビウスは緊張感から解放された声で生き残った兵士に告げる。

「「「了解しました!!」」」
明らかな安堵に包まれて数名の声が聞こえてきた。
しかし、それも束の間一人の兵士がせっぱ詰まった声で叫ぶ。

「敵Arfが!!!」
その声にルビウスはモニターを慌てて見る。

そこには「黄金の翼」が大きく槍を振りかぶっている姿が映し出されていた。
それは真っ直ぐ司令部を狙っているようであり、そして彼はその直線上にいる。

 

「くそ!!分裂するぞ!!」
さすがは隊長をやっているだけあった、
彼は一瞬で判断し、毒づきながら横っ飛びをすることに成功する。
そしてそれと同時に槍が投擲された。

分裂する槍の話も報告書に載っていた、彼は自分の幸運に感謝する。

自分の足下を何かかが通り抜けたとき、
彼はきっと助かったと思ったことだろう。

だが、そう甘くはない。

 

セインはそれほど優しい男ではないのだ。

 

ルビウスの後ろにいたWachstumを突き刺したまま、司令部棟に突き刺さるゲイ・ボルグ。
彼の思惑は外れて、それは分裂するタイプの物ではなかった。
建物が一瞬静寂に包まれた後、炎が燃え上がる。

辛うじて槍を交わした兵士達は、素早く立ち上がろうとする。

 

「なんだ?」

ルビウスはモニターが何か多数のモノに反応していることに気付く。
それが何であるかはついに知ることは出来なかったが。

 

モニターの中で雨のように降る何か。

ガガガガガガガガガガガッ!!!!!

それは鋼鉄の雨。

死の色が濃い・・・・黒き雨。

 

ルビウスのPowersも例外ではなく黒く染まって行った。

もちろん、彼自身も・・・これも例外ではない。

ただ、ルビウスが望んだ形は訪れた。

 

彼らの全滅という状況で、マナブとセイン二人は戦うことになる。

 

Right:3 Left:2

**********

「早い・・」
マナブは後ろからDragonknightを見て呟く。
まるで戦場の炎に惹きつけられた火喰い鳥のような姿。

散った人間の命の炎、Arfの爆炎、戦火、全てがこの鳥を歓迎しているようだ。

 

槍を投げたDragonknightはその瞬間に一気に上昇、
そしてすぐさま肩から出したもう一本の槍を空から下に投げ込む。

それは空中で無数の鏃に変化して、鋼鉄の雨を倒れているArfに降り注ぐ。

投擲スタイルから二本目の槍を投げるまでの時間は一分に満たなかったのではないだろうか?
それはよく訓練された兵士でも無理なくらいに常識外れのスピードである。

(このパイロットは・・・並の秀才じゃないな。)
マナブは天才が努力したときに産まれる閃きのような存在を見て思う。
これは心からの感嘆だった。

マナブの目の前のモニターが次々に高温を感知して輝いた。
コクピットの中までも炎が照らしているようだ。

「オールクリアか・・・」

**********

「ほほう・・・なかなか豪毅なArfじゃなぁ。」
ヨハネがスクリーンの中で颯爽と飛び回るDragonknightを見て言う。
その瞳は興味津々と言った風だ。

ヨハネの声にちらりと後ろを見るメルの目に入ったのは、
腕を組みながら何の感情も見せないサライの姿だった。

天才彫刻家が作った彫像のように静かに美しくスクリーンを見ていた。

女性であるメルでさえも吐息を漏らしてしまうほどに美しい表情をサライはしていた。

メルにはその原因までは分からない。

サライの心から溢れ出す何かを抑えることに成功してしまった顔。
強すぎる精神はいつか破綻するのに・・・・。
その無表情の皮一枚下には何か別な感情が荒れ狂う海のように存在している。

 

メルの視線を気にも留めず、サライは静かに口を開く。

「マナブ様、敵は残り一機となりました。」

 

**********

Right:2 Left:2

「分かっている。」
プラスの時と違ってマナブは直ぐに了解の意を表す。

プラスのように始めから友好的に接してきたわけでもない。
まして記憶にはほとんど無いが、このArfには一度痛い目に合わされているのだ。

もっともマナブの心にほんの微かではあるが、躊躇も存在していたのは確かだが。

 

L−seedは上を見上げる。

青い空の中、一点の輝きがL−seedを見下ろしていた。

マナブは眩しそうに目を細める。
けれどもそんなコクピットの様子とは裏腹に、
L−seedの左手は剣を強く握り始める。

そして、時を同じくしてDragonknightもまた、
その槍を持つ指を一度開き、握り直した。

時が止まったと錯覚してしまう程、のどかな時。

Arfだったモノはその炎を弱め、動くモノは微か。
時折、名も知らぬ鳥が鳴きながら通り過ぎる。

抜けるような青空の下、奇妙なまでに戦争と平穏が隣り合わせに存在していた。

 

見上げる瞳と見下ろす瞳が一瞬交差した時、

バサササッ!!

一羽の鳥が大空に舞う。

そして、時が動き出す。

 

世にも美しい響きが戦場に一つだけ木霊した。

鳥はそれを聞いても羽ばたきを止めることはなかった。
まるでこの戦いの決着を知っているかのように・・・。

**********

「なるほどのぉ。WAとは良く言った物じゃ。」
ヨハネは最近EPMに出回っているファイルを思いだす。
髭を少し撫でてスクリーンに映し出された二つの翼を見つめる。

そこには宗教絵画の一枚のような、美しくも凄惨な戦いが描かれていた。

 

上昇したL−seedの掲げるレヴァンティーンは、
Dragonknightの両手で持ったゲイ・ボルグと相殺し合っている。

まるで何か不可思議な力で溶接したかのように、
それはある一点でぴったりとくっついている。
そこに微かの震えも見えないことは互いの力が完全に拮抗していることを意味している。

まるで映像を停止しているように互いは動かない。
それは単に休んでいるわけではない、互いに最大の力を放っている状態なのだ。

 

動くのは風と鳥だけと思えた氷の時間と空間。

 

レヴァンティーンを持つ右手の人差し指が、まるでDragonknightを指さすように立ち上がった。
そしてこのバランスを崩さないように一本一本指が開いていく。
それを知ってか知らずかDragonknightは動きを見せない。
それともレヴァンティーンの一撃を受け止めることがこのArfの限界だったのであろうか?

 

四本の指が立ち、残るのは剣が下がるのを抑えるだけの親指のみに。

その状態に至っても、レヴァンティーンとゲイ・ボルグの位置は数ミリもずれることが無い。

 

L−seedの右手が一瞬で抜ける。
そして握り拳が作られる。

その間はまさに「瞬き」の時。

 

Dragonknightの瞳が輝く。

 

L−seedが上に向けて拳を出そうとしたと同時に、
決して動かないはずの位置がずれる。

両手のゲイ・ボルグが片手のレヴァンティーンを押し込んだ。

さすがはL−seedであった、片手でゲイ・ボルグの一気の押し込みを防ぐ。

 

だが、攻撃を出そうとした瞬間の予期せぬ動きに右拳はいつもの威力を失っていた。
体勢が崩れている状態ではL−seedの右拳も本来の威力を発揮できるわけが無い。

L−seedの右拳はDragonknightの巨大な肩当てにぶつかり止まっていた。
「下から」と言う不利な状況であった為だろうか?
それは突き抜けもせず、ただ肩当てを凹ませるに至っていた。

いやここで驚嘆すべきなのは、Dragonknightいやセインの動きだろう。

いかな体勢が崩れていたとしてもL−seedの一撃は鋭い。
それをいち早く読み、肩を微かにずらして拳のボディへの攻撃を防いだ。

作用反作用の法則は正しくL−seedとDragonknightに働く。

拳の攻撃は突き抜けなかった故にL−seedを下へと押し戻す形になってしまう。
そしてそれにゲイ・ボルグの押し込みが追い打ちをかける。

L−seedの身体の動きが一瞬だけ弱まったことをセインは見逃さない、
と言うよりもそれがセインの作戦である。

 

「え?!」
マナブが唐突に今まで重かった左手が軽くなる感覚に声を上げる。
ゲイ・ボルグが離されたのだが、マナブにはそれを理解する間を与えられることはなかった。

ガガガン!!!

首の付け根の背骨に響く音と衝撃。

「ゥ!!」
マナブは衝撃に押し殺した呻きを上げる。
背中に鈍い衝撃が走った。

あのL−seedが大地に倒れ伏していた。

Dragonknightはゲイ・ボルグを離すと同時に蹴りを放っていたのだ。
それは無防備なL−seedの首にヒットした。
「天鳳の頂」や「後ろの女」を持ってしても追いつかない攻撃。

 

「速い・・」
首の痛みを堪えて片目で見たモニターには、
凄まじい早さで接近するDragonknightの光点が光る。
蹴りと同時にDragonknightのスタートは切られていたのだ。

「不味い!!」

Dragonknightは両手にしっかりと黒い槍を握り急降下してくる。

マナブは左手握ったが、そこに剣は無かった。
先ほどの蹴りの際、既に剣を落としていた。

その事実よりも剣が無いことに動揺するマナブ。
避けるという基本的な防御行動すら忘れてしまっていた。

 

槍の切っ先は正確にL−seedの心臓を狙い迫る。

ダン!!

乾いた音の後、突き刺さる魔の槍ゲイ・ボルグ

 

・・・・・大地に。

コクピットの中でセインの眉が幾分動き、唇が引き締まる。

 

**********

 

正確にはL−seedは大地に倒れてはいなかったのだ。

L−seedのボディと大地の間に、L−seedを護る女神が存在していた。

L−seedが大地に衝突しそうになったとき、
女神は腕立て伏せのような体勢でクッションの役目を果たし、
ギリギリの所でL−seedのダメージを防いだ。

しかしながら、やはり女神にもその荷は重かったのだろう。
腕の肘が地面に着くか着かないかの所まで曲げていた。
もし地面に着いてしまえば、クッションが弱くなってしまう事を分かっているのだろう。

決して大地にキスをすることは無い。

その腕には震えも無く、L−seedを護ると言う確固たる意志を感じさせる。

 

紅い瞳が心なしか満足げな笑みを含んでいるように見えた。

 

Dragonknightの槍が迫った事を肌で感じたのか、
女神は腕を伸ばしL−seedのボディを横へはねのける。

**********

L−seedは紙一重で横に転がり、槍の洗礼をかわしていた。
もし背中からの後押しが無ければ槍をまともに受けていたことだろう。

セインはその事実を真摯に受け止めると、
すぐさまその場所から飛び上がり、肩のパッドの中に手を突っ込む。

L−seedは槍をかわしたものの、起きあがる事に手間取っている。

Right:3 Left:1

「・・・L−seedと言う訳か。」
セインは後ろの女の事を改めて認識すると感情を見せぬまま呟く。

Dragonknightは上昇を続け、槍を振りかぶる。

ゲイ・ボルグそれ自体が発射装置を持っているわけではない、
つまり分裂したときの勢いは最初に投擲された勢いによる。
威力を増すためには、ある程度獲物と距離を取る必要があった。

もっともDragonknightそれ自体の腕力もかなりあるため、
通常のArfであれば近距離でも十二分に破壊可能である。

但し、今回はL−seedである。

距離を取ることは絶対条件であった。

 

セインはモニターでL−seedとの距離を正確に割り出す。
それは最もゲイ・ボルグが効果を発揮する値を導き出す。

近すぎても遠すぎてもダメだ。

ふとセインの視線が腰に備え付けられた銃身に注がれる。
しかし直ぐにそこから目を離す、ちょうどその時が投擲に最も適した距離となる。

 

「留め金が外れていない鎧を着た堕天使には龍の炎は効かない。」
セインはその呟きを掛け声にして腕から槍を吐き出す。

 

「来ている!!」
L−seedの背後から来る鋭い殺気にマナブは唇を噛む。
ふらつく身体を無理矢理振り返らせて、黒い死の雨の来る方向を見る。

L−seedが振り返ると同時に、ゲイ・ボルグは無数の鏃に分裂する。

体勢が整っていないマナブは飛んでかわす時間は無い。

「チィ!!」
舌打ちではない、むしろ呟きに近い音を口から出すと、
マナブはL−seedの両手を顔の前に持ってきて十字に組んだ。
せめて顔だけは守れるように。

直ぐに最初の鏃がL−seedの右肘に当たる。

ビシッ!

バイクに乗っているときに虫が当たったような音。
鏃が突き刺さらず弾かれて地に落ちた。

 

それを契機にL−seedに降り注ぐ雨、雨、雨。

バチバチバチ・・・・!!!

激しい音が辺りに響く。

マナブはL−seedをその流れに任せ、後ろにステップを踏んだ。
流れに沿うことによって、ダメージを軽減する。

「あいつは?!」
マナブは激しく降り注ぐ細やかな痛みに顔をしかめながらレーダーを探った。

しかし、そこに映るのはゲイ・ボルグの破片の様子のみ、
Dragonknightの姿は認めることが出来ない。
L−seedほどではないにせよ、
あのArfにもかなり高性能の索敵無効のシステムが施されている事をマナブは改めて実感する。

 

組んだ両手の隙間から肉眼で確認するが、小さい鏃はL−seedの瞳に容易く侵入する。

「痛!」
マナブは目の中にゴミが入った感覚に思わず目を押さえる。

幸運だったのはその鏃が最後の物であったことだろう。
降り止んだ雨に、片目を抑えてマナブは辺りを見る。

L−seedの所何処からは、煙が上がっている。
そして損傷が見られる一部では、あの青い膜が波紋を造りだしていた。

 

ガーーーン!!!

 

唐突にマナブの頭上で何か重いモノが弾かれる音がする。

見上げる視界の中に一本の長い棒がある。

 

そして、その先にはあの長いライフルを持った黄金のArfの姿。

「あんな所にいたのか。」

 

そう、Dragonknightはゲイ・ボルグを投げ放った後、
鏃の混乱に乗じて、L−seedの直上まで移動していた。

その時間は、若干だが戦場では充分に命取りになる銃の組立の時間を稼ぎ出す。

そして、撃ち放たれた「龍の炎」・・・「ドラゴニック・ブレイズ」。

セインのサングラスに反射するモニターの映像は、
L−seedの背後の首の根を正確に映し出していた。

いくらDragonknightと言えども、遙か下にいるL−seedの首の一部だけを狙う等は難しいはず。
例えゲイ・ボルグによって両手を組まざる得なくなり、
その際に頭部が前傾を取って首の部分が剥き出しになっていたとしてもだ。

 

だが、パイロットはセインである。

 

首が剥き出しになることを完全に予想、いやむしろそうさせる為にゲイ・ボルグを使った男なのだ。

銃の組立と首をさらけ出させ狙いやすくする。
たった一度の攻撃で確実に勝利の道筋を作り出す。

 

唯一の誤算と言えば、
勝利を喰らう筈の龍の炎がデッド・オア・アライヴによってはじき返されてしまったこと。

もし後ろの女がマナブの意志によって動くモノであったならば、
間違いなくL−seedの首は打たれ、もしくは打ち抜かれたマナブは、
気絶そして最悪、死を迎えていただろう。

直上からの頸部への一撃は確実にL−seedのボディに甚大な損傷を与える。
ましてDragonknightの「ドラゴニック・ブレイズ」ならなおさらである。

いずれにせよ、デッド・オア・アライヴが弾いた位置が首のちょうど真上であったことは、
セインの射撃能力の高さを物語り、L−seedそしてマナブが危機的な状況であったことは間違いない。

 

セインのサングラスに映るのは、女の紅い瞳。
L−seedの背中で上を見上げるその瞳は強い意志を感じさせる。

それが怒りではない事が奇妙ではあった。

 

「L−seedのパイロットの能力はかなり高い事を確認。
ゲイ・ボルグによる陽動も効果は無し、背後の人型のギミックによって光弾が弾かれた。」
セインが記録を取るために言う。
それは自分への確認でもあった。

もっともマナブの事は過大評価なのだが・・・・

 

眼下ではL−seedが後ろの女から棒状の武器を受け取っている。
セインはライフルを構えると同時に視線をコントロールパネルに滑らす。

視線の先にはモニターの端に点滅する数字。

 

Right:2 Left:1

「右に一つ・・・」
セインは肩のゲイ・ボルグの在処を確認する。

 

先ほどは剣と槍。

次は棒と槍。

 

セインのロザリオがようやくその「剣」を見せる。

Right:1 Left:1




「・・・そしてライフルの銃身二本・・・つまり合わせて十本ってわけ。」
三時間もの時間を費やしてロゼッタは自分が造ったArfの説明を終えた。
まだ言い足りないくらいだが、これ以上は彼にとっては蛇足だろう。

それにさすがに彼女も三時間の講義は疲れる物だった。

もっとも目の前の者は、一度もその姿勢を崩さないうえ疲れた様子など一片も見せてはいない。

 

サングラスを掛け瞳は見えない。

神父ような黒い服に身を包んだ青年。

 

仲間内では「完璧な戦士」と言われる彼には、実際説明など必要なかったのかも知れない。
そんなことをロゼッタが思った時、ふと頭の中で閃く。

「了解した。出撃前に変更が合ったときは報告を頼む。」
静かな声でロゼッタにそう告げるとセインは席を立った。
その姿に慌ててロゼッタが声を掛ける。

「ね、ねぇ。セイン。」

「・・・」
その声にセインは首だけを振り返る。
そこに何の感情も見えなかったが、ロゼッタは何となくイライラしているように感じられた。

それに後押しをされるようにして言葉を紡ぐ。

「あなたの駆るArfの名前を決めて貰えないかしら?」

「・・・既に『ヒエロ』と言う名前がある。」
セインは問いの意図が分からずに答える。
自分のこれから駆るArfは整備工達から「ヒエロ」と呼ばれていた。

「それはこのArfの本当の名前じゃないわ。『ヒエロ』と言うのは別に既にいるのよ。」
ロゼッタは昔を思い出すような瞳で言った。

その視線の先には三人の姉妹が微笑んでいた。

 

ロゼッタの様子を暫く見つめてセインは口を開く。

 

「・・・ドラゴンナイト・・・」

 

それを聞いたときのロゼッタの顔には、
セインに久しぶりに「しまった!」と思わせるのに充分な表情が浮かんでいた。

 

「・・キリスト教での悪の象徴だ。」

後付けされた理由もどこか空々しく聞こえ、
セインはロゼッタの言葉を待たずに立ち去った。

残されたロゼッタの笑い声が聞こえてきたのはそれから直ぐの事。

 

 

巨大な肩当てを持つ槍の巨人は、

その時から「ヒエロ」ではなく、

 

「Dragonknight」と呼ばれる。

 


「・・・フフフ・・・・・」

冷たい床に頬ずりをしたまま、ロゼッタは掠れた声で呟いた。

まるで誰かに耳元で囁くように。

 

瞼がやけに重い。

微睡みに任せて、ロゼッタはゆっくりと瞳を閉じた・・・・・

 

「・・・ネーミングセンスだけは・・最悪ね・・・」

そんな囁きと共に。

ロゼッタを中心にして、紅い水たまりが柔らかく広がっていく・・・・

 

「・・・セイン・・・」

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次回予告

愛の言葉は守護

聖なる書物は守護


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
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