「知る者達の言葉」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第二十六話    「前夜」

 

 

カタカタ・・カタカタカタ・・・・

リズミカルな音が部屋に響く。
蒼い光りが壁をぼんやりと照らし出している。


レポート制作者:レイアルン=スプリード 

「エメラルド=ダルクについての調査結果」

・・と言うような調査結果から、彼女の生い立ちが巧妙に隠蔽されていることは確かであり、
彼女の存在がどちらであった場合にせよ、それが正しいと思わざる得ない。

それ程に綿密にそれらの記録は消去されており、
仮に我々よりも以前に、彼女の正体を調べようと考えた者がいたとしても、
カナンの消滅、アルファリアの滅亡の際に発生した数百万と言われる難民によって混乱した
両国の戸籍を調べることはおそらく不可能であったはずである。

実際の所、月読の諜報能力を持ってしても彼女の正確な生い立ちを明らかにすることは出来なかった。

それが故に、逆に彼女の存在が通常である可能性が低いと思われる。

但し、我々が長年の調査から手に入れていた書類の一部が功を奏し、
彼女の正体を割り出せるであろう人物を発見することが出来た。
しかし、彼は我々と出会う数週間前に亡くなっている。
これは「紫の悪夢」の襲撃の数日前であった。

死因は自殺。しかし死亡診断書等から判断した我々の結論は巧妙に隠された他殺である。
その犯人を割り出すことは出来なかった。
我々の任務の特殊性から警察機構に働きかけることが出来ないために、
今後別な方向からの圧力を切に希望する。

この事件の犯人の発見がエメラルド=ダルクの正体を明らかにする糸口と言える。

但し、エメラルド=ダルクが生存していたとしても、
演説を行っていたルイータ=カルがエメラルド=ダルクであるかどうかは謎のままである。

ルイータ=カルの放送を見た我が部隊のアマツカ隊員の見解では、
彼女が間違いなくエメラルド=ダルクであるとの事。

一個人の意見ではあるが、
彼女の今までの直感の正解率を見るとおろそかには出来ないことを明記しておく。

ルイータ=カルのDNA検査が正確だとすると、
エメラルド=ダルクはルイータ=カルであったと言うことになる。

彼女がルイータ=カルであった場合、月読の設立以来の調査が大きく進展することになる。

現在は彼女がエメラルド=ダルクであったのかどうかを調査している。
報告を待っていただきたい。

いずれにせよ、
エメラルド=キッス、パッシュ=カル、ルイータ=カルの生死と所在の確認をするまで調査は続行する。

「マナブ=カスガについての調査結果」

エメラルド=ダルクと共に月読を訪れた青年である。
当時彼女と恋人の関係にあったと言うことであるが、
「紫の悪夢」の襲撃以降、彼女と会っていたのかどうかは不明。

現在は彼女に振られているそうだが、それがいつの頃の話なのか?は調査中である。

フィーアと名乗る妹がいる事を確認しているが、家族関係等は調査していない。

彼自身がエメラルド嬢について知っているような素振りはなく、それほど深い関係にあったとも思えない。
(これに関しては他の友人らからも調査済み。)
その為、エメラルド嬢が自分の素性について話したとは思えない。

彼女の生存について聞き出せれば、敢えて調査する人物ではないと思われる。

 

モニターの文字が眼鏡に映って、まるで瞳の中で言葉が踊っているよう。

タン!

唐突にリターンキーが勢い良く押されて音が止まる。
暗い部屋の中で一瞬の静寂、そしてゆっくりとため息が漏れる。

「フゥ〜〜。」

彼女にしては珍しく、パソコンの前で組んだ両手の平を上に向けて背伸びをする。
肩が凝ったところを見ると、今までの作業は仕事だったらしい。

もし彼女の親友へのメールを打っていたならば、
例え三時間でも疲れることなど無いはずだ。

カチャ

パソコンを使うとき、それも仕事の時にしか付けない丸い眼鏡をスキャナーの上に置くと、
彼女は天井を見るようにして、イスにもたれ掛かった。

床に着くギリギリの所まで、美しい髪がパサリと下がる。
背中を反らした体勢に否応なく、その形の良いふくよかな胸が強調される。
きちりとした印象を持つ彼女にしては珍しく、
両腕をだらりと下げて、全身の力を抜いている。

「……」

静かに空を彷徨う黒い瞳には何の色も見えない。

彼女の心は、今、記憶の海に沈み込んで行くところだった。

「優しさは二つ……」

その言葉を鍵にして、記憶の扉は開かれる。



エメラルドと名乗る女性の恋人だった男。

フィーアと名乗る女性の兄と言う男。

 

私の心の深淵を覗くかのような言葉を発した彼を、
私は未だ忘れることが出来ないでいた。

「全てを失える優しさ」

そう確かに彼は言った。
彼にとって、本当はあまり意味のない言葉だったのかも知れない。
ただ、その時の雰囲気はそれを「無意味」とは思わせない何かが・・・確かに存在していた。

それが私の中にあるモノなのか?
それとも目の前の男の中にあったモノなのかは未だ分からないが。

 

唐突に現れたマナブ。

一度目はただの優しげで、自分の恋人を誇りに思っている青年の印象。
もし「エメラルド」の名前を聞かなければ、私の記憶にも残らないであろう平凡な男。

過ごしてきた非日常的な日常とは、正反対の世界に住む青年。

 

だが、二度目はどうだ……
エメラルドを失ったショックもあるのだろう。

静かな微笑みを浮かべた青年マナブ。

私の問いに答えたときのマナブの瞳を私は忘れることが出来ない。

まるであらゆる哀しみを飲み込むような深い漆黒の瞳。
決して自暴自棄になっていたのでは無いと感じられる。

「喪失」その言葉だけが彼を最も良く表していた。

ただ、それだけではないモノを私は彼から感じ取っていた。

まるで安堵にも似た暖かさを。

 

それに伴って・・私の身体を貫いた理解不能な欲求。

 

私は彼の中に自分を惹きつけて止まない何かがあったような気がする。

それは私の理性だけを取り残して行く…。

私は、それがとても怖い。

 

**********

強すぎる「光」は時には毒になるように、全てを覆い尽くす「闇」も時には癒しになる。

心に深い傷を持ち、なおかつそれを表に出せない人々。

実際は脆いのに、回りに強いと誤解されている人々。

そんな人々には、全てを照らし出す光は時に毒となる。
隠しておきたい醜い部分がさらけ出されたとき、
それを受け止めてくれる人間がいたとしても、それは痛みを伴うことには違いない。

もしかしたら、それは死ぬよりも辛い痛みかもしれない。

自分の想い人には、絶対に知られたくない……記憶。

 

彼女には、フクウ=ドミニオンにはそれが有りすぎた。

 

彼女の想い人は、大きな光であったが、
フクウの全てをさらけ出させてはくれなかった。

いや、それはフクウ自身が無意識に拒否したのかも知れない。

さらけ出されたときの痛みに、自分は耐えきることが出来ないと本能で悟っていたのかも?

それとも…もう一つの大きな可能性。

フクウは頭が良い、そして勘も良く働く、
それはかつての所属していた所で培われた才能、習性。
それは彼女が忌むべき遺産。

月読の誰よりもレイアルンを知っているのに、
最も遠い位置に存在し、それも自らの意思でその距離を保つ。

何よりも、誰よりも見続けた男であるから、
その男の目が、心が誰に向けられているのか最も良く理解してしまっていた。

(いっそ、何にも気付かずに、何も知らずにレイアルンと話せたらどんなに良かっただろう。
頭の中身の大半を享楽にうつつの抜かす馬鹿な女として…。)

だが、それは今は叶わぬ望み。

Arf訓練校の首席卒業、
「ルインズの再来」とまで言わしめた才媛である彼女には。

そこで初めて出会った頃から、レイアルンの心の中には住んでいた。

 

「コネコ」と呼ばれる小さい女の子。

一度だけ、たった一度だけ、
レイアルンが語ってくれた過去。

「今度こそ…護ると約束しているんだ…
『コネコ』が例えどんな風になっていたとしても。

俺は護る。」

遠い目でそう締めくくるレイアルンの物語。

 

フクウはレイアルンへの思慕を表立って表すことは無かった。
だが、レイアルンは気付いていただろう。

何せ彼女と首席を競い合った男なのだから。
それでも彼はフクウに答えることは無い。

彼らは親友だった。

 

「コネコ」

その子は今、レイアルンの隣で微笑んでいる。

まだ、笑い方はぎこちないけれども…

 

どうだったのだろう?

時々フクウは考える。

「コネコ」がレイアルンに気付かないで居たとき、
図々しく二人の間に入り込み、
その自分の中で培われてきた深謀策略で二人を引き裂いていたら…

自分はレイアルンの腕の中にいただろうか?

 

そう考えては、彼女は自分の背筋が凍えるのを感じる。

「アイスレィディ」
他人がかつて自分を呼んでいた名前。

人が呼ぶよりも自分は冷たくはないと思ってはいる。
けれどもそんなことを考えてしまう自分は何なのか?

何と浅ましく嫌な女なのだろう。

雌の本能として優秀な雄を手に入れるための当然の欲求であったとしても、
そして、その為に手段を選ばないことは批判されることではあっても、
否定されることではないと知っていても、

フクウはそう思ってしまう。
自分は汚い女だと。

例え策謀が成功したとしても、
自分はレイアルンの腕の中で微笑むことは出来ないだろうと言うことは分かっている。

いっそのこと、そこまで「悪女」になれるのなら幸せだったのかも知れない。

でも、フクウはなれない。

SI2に所属していたとき、「悪女」になるチャンスは幾らでもあった。
いやむしろ「悪女」になることの方が、心の安定をずっと図れたのかも知れない。

だが、フクウをその一線で食い止めてくれたのは、「BC」の存在であった。

 

「ね!友達になろうよ。」

そんなメールから始まった全ては、今もフクウを支え続けている。

 

彼女が欲しいのは、強い光の太陽が支配する「昼」ではない。

全ての闇を包み込んでくれる優しい「夜」。

そこで星のように・・・微かに瞬く・・・・・それだけで良かった。

 



「・・・・・・・・・・・・・・」

随分と長い間、思いに耽っていたようだ。
フクウが時計を見ると一時間は優に過ぎていた。
マウスを取るとその振動でスクリーンセーバーが消えて文字の列が浮かぶ。

パソコンのモニターに浮かんだ文字の一番上

「Unknown Arfと最優先調査事項に関する報告書」

 

「ふぅ。」
ため息を少しつくとフクウは再びキーボードを打ち始める。

これは法皇に提出する極秘の報告書であり、
普通はレイアルンが書く物なのだが、彼は書いたためしが無い。

一度、見かねたフクウがレイアルンに強制的に書かせたが、
その小学生の夏休み絵日記とも思える内容に、
フクウが提出期限一時間前に書き直したという事件が起きて以来、
諦めとため息の中フクウが書くことにしている。

報告書を書くことに慣れている人間など月読にはフクウしかいないからである。
始末書を書き慣れた人間なら約一名いるが・・・・。

パソコンに並ぶ文字が新たな神話の登場人物を描き出していた。


Unknown Arf list

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名称:L−seed
俗称:蒼と白の堕天使

機体カラー:蒼及び白

高シオン製Arfを用いたテロリスト出現の元年とも言えるA・C・C87年。
その最初に登場したArf。

他の7体のUnknown Arfも同様ではあるが、
あらゆる索敵機器に反応を示さない完璧なステルス機能を有する。
胸に「L−seed」と刻まれている。
正確なことは不明であるが、「エルシード」とレルネ=ルインズ三佐は呼称している。
それに習いEPMでは「エルシード」と呼称している。

最大の特徴は巨大な白い翼と背面に女性型のギミックを持つ。
おそらく戦場で会った時最も見分けるのが容易いArf。

武装:素材不明の実剣・接触した面から鎌状のビーム刃が出てくる棒状の武器

攻撃傾向:
 武器の使用よりも拳の攻撃を多用する。
 攻撃防御共に訓練があまりされていないパイロットの印象があるが、
 絶対的なArf性能に頼った戦闘方法は逆に予想が付かない。

対処方法:
 凄まじい防御力と運動速度を持つため、遠近距離両方の攻撃がほぼ無効。
 遠距離型の武器を持たないために敢えて逃走するならば、最大速度の後退で可能だと思われる。
 (逃走するArfを追撃した記録がこのArfに関しては残っていない。)
 レルネ=ルインズ三佐が考案した「グレイプニル」を使う事はリスクが高く、
 それを使用してなお生き残る脅威のArfであるため、再度の使用は躊躇われる。

これは後に「スプリード レポート」と呼ばれ、
以降、このレポートの様式に則って、
出現するUnknown Arfたちは書き記されていく事になる。

だがこれを書いていたのが本当はフクウ=ドミニオンであったことを知る者は少ない。

(文字にするとこんなに簡素なのに・・・)
フクウは自分の表現不足の文章に苦笑した。

面倒ぐさがり屋のレイアルンに似ている法皇の為に・・・・・
(・・・・・・・・・いや彼が似ているのね。)

非常に簡潔に書かなければならない報告書であるにしても言葉が足りなさすぎると。

けれどもフクウはこうも思う。
見た者、対峙した者でなければ分からないだろう・・・
・・・あの畏敬の念を持たずには入られないArfの存在を。

カタカタ…

フクウは再びキーボードを打ち始める。


Unknown Arf list

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俗称:紫の悪夢・紫のArf

機体カラー:紫

エメラルド=ダルク邸を襲ったArf。
これ以後、第11EPM軍付属「φ」の基地を襲撃し、壊滅させたArfが、

このArfであった可能性はあるが詳細は調査中。

その残酷性と無差別な攻撃は、L−seedと一線を画す、真の意味でのテロリストタイプArf。
珍しい女性形であり、両肩から自分の胴体を斜めに突き刺す形で二振りの剣を所持している。
L−seedと同様に見分けるのが容易いとも言える。

武装:素材不明の実剣二振り・大口径で短身のビームガン・透明の鎧

攻撃傾向:
 透明の鎧内でビームを反射させて、あらゆる方向に攻撃することが可能と思われる。
 剣の攻撃能力は不明。L−seedと同様パイロットが素人のような印象を受ける。

対処方法:
 剣の能力は不明ではあるが、拡散するビームの攻撃力は強力。
 ビーム攻撃は反射される為にしてはならない。
 (戦車によるビーム砲の全てが反射された事実がある。)
 結果近距離からの攻撃が有効と思われる。
 透明の鎧を破壊することを第一に考えるべきである。

フクウの脳裏に公演の最中に響いた爆発音が浮かぶ。

その時はこのArfの目的がダルク邸を襲う事とは思えなかった。
実際はそうでなかったかも知れないが、結果は同じ事である。
それに状況的に見ても「紫の悪夢」の目的はダルク邸にあったと考えられる。

レイアルンは、観客の安全確保を第一に指示した。

結果エメラルドを見失うことになってしまったことを、彼は本当に悔やんでいるようだった。
あの時の判断が間違っていたとはフクウは思わない。

けれどもそんな理屈ではレイアルンは納得しない筈だ。

フクウは何も言わなかった。
レイアルンにそう言う役目は自分では無いと知っていたから。


Unknown Arf list

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俗称:真紅の風・赤いArf

機体カラー:赤

前記の二つのArfよりもシオン濃度は低いと思われるが、
それでもかなりの高濃度シオン鋼のArf。
L−seedと共に闘いながらも、最終的には戦闘を始めたところから推測するに、
全く別のテロリストであるか、先に戦闘を仕掛けたL−seedが裏切りを行った物と思われる。
ただし、L−seedのパイロットが出した声明「全兵器の破壊」を思うとき、
前者である可能性が高い。

前記の二機と違い、戦闘行動を行うと熱感知レーダーに映る事が確認されている。

武装:
 遠隔操作も可能な金槌型の武器・右腕全てを砲身にした巨大銃
 全身から出現する小さな大砲型の武装・ビームサーベル

攻撃傾向:
 右腕の銃身の攻撃能力は高いがパイロットの使用方法には無駄が多い。
 L−seedと同様に拳を多用する傾向にあり、近距離戦闘が得意と思われる。
 パイロットは武道の心得があるように思われ、その近距離戦闘能力は非常に高い。

対処方法:
 巨大銃に対する用心も怠れ無いが、このArfの真の恐ろしさは近距離戦闘に思われる。
 但し、ほとんど「回避」「防御」と言う行為を行わないL−seed、紫の悪夢に対して、
 このArfは「回避」をよく使用する。
 これは逆に考えると攻撃を命中させることで勝利することが可能である証と言える。
 故に狙撃手による長距離攻撃が有効と考えれる。

記録ビデオから見る限り、パイロットは高い戦闘能力を持つが、
その戦闘思考は単純明快、戦闘方法もかなり傾向に偏りが見られる。

フクウの中でも、強敵ではあるが勝てない相手ではないと言う認識が強い。

ただアミの様子がこの赤いArfを見てから、
目に見えておかしくなったのが気になる所だった。
直接アミに尋ねたわけではないが、
この紅いArfと自分たちが対峙した黄色と白のArfのことを何か知っている節がある。

フクウはアミの素性を知らないわけではない。
特異なArfを見てアミが興味をそそられると言う事自体は、
決して珍しいことではないし、そんなアミをフクウはよく見てきた。

ただ違うのは、今回に限って言えば、アミの様子が興味津々と言った風ではないこと。

むしろ「怯え」とも取れる様子なのだ。
まるで本当は知りたくない何かを知ろうとしているような・・・・・

(……気のせいだと良いのだけれども…)
そんな風に自分が思ったとき、大抵気のせいで終わらない事を知っているだけに、
フクウの美しい顔に影が射した。


Unknown Arf list

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俗称:黄金の翼・黄色と白のArf

機体カラー:黄と白

赤いArfと同濃度のシオン鋼で出来ていると思われるArf。
我々「月読」が唯一戦闘をしたArf。
まるで爪のような翼をようするArfであり、そのスピードは目を見張る物がある。
巨大な肩アーマーを装備しており、
場合によってはそれを盾の役割としても使えることを確認している。
肩アーマー内部は武器庫の役割も果たしているようで、その中から槍を出すところを確認している。
両足に備え付けられた銃は肩内部に置いてある銃身を合体させることによって、
巨大なライフルに変形する。

武装:槍(二種類:分裂するタイプとしないタイプがある)・銃身が通常よりも長いビームライフル

攻撃傾向:
 非常にクレヴァーな戦いをするパイロットであり、上記の三体のArfよりも計画的な攻撃を好む。
 鋭敏な移動能力を生かした戦いは、こちらが多数であっても決して勝利は簡単ではない。
 遠近距離両方の戦いを巧み使い分け、空中戦を得意としているようである。

対処方法:
 ビームライフルはおそらく既存のビームガンを遙かに上回る能力を有しているため、
 長距離からの攻撃は非常に難しく、近距離からの攻撃もまた、
 その正確な動きと的確な攻撃に阻まれてしまう。
 現時点に於いては、その効果的な対処方法は同能力のArfの開発である。

ここまで書いてフクウは自分の言葉に手を止めた。

「同能力のArfの開発」

(なんて単純で無責任なの・・・)
フクウは自嘲気味に心の中で呟く。
しかし、彼女の頭の中でそれ以上の方法を見つけることが出来なかった。

一度、このArfと戦った者なら分かるはずだ。

このArfの脅威と力を。

「確かこの時もアミは・・・」
そこまで言ってフクウは思い出す。

カイが黄色と白のArfが投げた槍を見て「散開」を促したとき、

アミは確かに叫んだ。

「動かすなああ!!!」

確かにそう叫んだ。
まるで槍が分裂することを初めから知っていたみたいに。


Unknown Arf list

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俗称:漆黒の魔王

機体カラー:漆黒

EPM第20Arf部隊を壊滅させたArf。
ボイスレコーダーの記録しか残っておらず詳細は全くの不明。
後述する「黒の爪」「狼のArf」と同じArfかどうかは調査中。

熱感知レーダーにはハッキリと映っていることから、
全く新しいArfの可能性も充分に考えられる。

武装:高熱を発する武器と思われる

攻撃傾向:溶かす、もしくは溶かし切るような跡が壊れたArfに残されている。

対処方法:詳細が分かり次第検討。

「漆黒の魔王」・・・・まるでゲームの世界にしか存在しないような言葉が、
戦闘というリアリティの極地の状態の時に使われたことは異様な事であり、
それと同時にこう言った兵士の遭遇した敵がいかに現実離れをしたArfであったかを物語る。

「ふぅ・・」
軽くため息をついて、フクウは首を振る。
長い髪が左右に揺れた。


Unknown Arf list

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俗称:蒼の支配者・蒼のArf

機体カラー:蒼

第33EPM陸軍基地を襲撃したArf。
両肩に巨大な滑車をつけ、そこから伸びる鎖の先には船で言う錨が付いている。
左に比べて右側の錨の方が大きいがその差の意味は不明。
やはり高シオン鋼で出来ていると思われる。

武装:現時点では両肩の錨を振り回す、突き刺す等の攻撃しか見られない。

攻撃傾向:戦い方自体は洗練されているのだが、時折見せる過剰な破壊活動には危険を感じる。

対処方法:
 両肩の装備に比べて、身体が非常にスマートであり、
 そのバランスがかなり微妙な成立をみせている。
 錨には限界がもちろんあるので、長距離から脚部を狙撃、バランスを崩した所に攻撃を集中させる。

「・・・」
フクウには語るべき言葉が見つからない。
どうしてこうも何体も何体も強力なArfが出現するのだろうか?


Unknown Arf list

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俗称:黒の爪・狼のArf

機体カラー:黒

第11EPM軍付属「φ」の基地が壊滅する前日に襲撃してきたArf。
翌日「紫の悪夢」らしきArfに基地が壊滅されたことを考えると、
この二体は仲間で在る可能性が高い。

このArf自体は、レルネ=ルインズ三佐のONIによって退却を余儀なくされている。

また、このArfが「漆黒の魔王」と呼称されたArfと同一の物で在る可能性も否定できない。

狼のような頭部を持っているが、それが生物の狼のように牙を有するか等は不明。
装甲表面に碁盤の目のようなラインが引かれている。

武装:両手甲から伸びる高熱の爪・装甲に取り付けられた小型の爆弾

攻撃傾向:
 俊敏な動きを武器に、遠間から一気に詰め寄って攻撃する。
 但し、装甲の防御力はそれほど無い。
 「黄金の翼」が空中戦ならば、このArfは地上戦、それも奇襲が得意と思われる。

対処方法:
 俊敏な動きを如何なる方法で止めるかが課題。
 動きを封じること、もしくは動きに着いていくことが出来ればさほど怖いArfとは思えない。

フクウは顔色を変えずにパソコンを打ち続ける。


Unknown Arf list

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俗称:紫のモノ

機体カラー:紫?

第11EPM軍付属「φ」の基地を壊滅させたArf。
ダルク邸を襲撃したArfと同一のモノかどうかは不明。可能性は否定できない。

武装:冷凍兵器と熱兵器両方を有すると思われる。

攻撃傾向:全くの不明。但しその破壊の爪痕はパイロットの残虐性を如実に表している思われる。

対処方法:詳細が分かり次第検討。

ここまで書いたところでフクウは注釈を付ける。
全てUnknown Arfと言う枠付けでは非常に対処が煩雑になり、
なおかつ情報の伝達が正確では無くなると考えたのだ。

Unknown Arfの内、パイロットの能力が著しく高いと思われるモノがいる。
「真紅の風」「黄金の翼」「蒼の支配者」「黒の爪」の四体である。
これを簡易的な呼び方ではあるが、「WA(ダヴルエース)」と呼称することにする。
由来は「Arfとパイロット、両方ともエースクラスという意味」である。

「L−seed」「紫の悪夢」に関しては、Arfの性能が非常に高いだけで、
パイロット本来の力はそれ程高いとは思えない事と両機の姿が非常に特徴的であることから、
この俗称をそのまま使用する方が混乱は無いと思われる。

「漆黒の魔王」「紫のモノ」に至っては、その実体が記録として残っていないの為に、
正に「Unknown Arf」が相応しいと思われる。

「WAか…」
フクウは少し微笑んだ。
自分でもなかなか良いネーミングだと思っている。

ただ、その直ぐ後で自分が付けた名前の意味が非常に敵を賛美している事に気づくと、
その微笑みは苦笑に変わった。

トゥルルルルルルル!

フクウの部屋の電話が鳴る。

「はい、ドミニオンです。・・・・・・デュナミス?」

「・・・まさか・・・」

「・・・・分かったわ、帰ってきたら直ぐに教えて上げて。
ごめんなさいね、本来なら隊長か私の仕事なのに・・・」

 

「ええ・・・そう。気を付けて帰って来るのよ。」

カチャン

静かに受話器を置くと、フクウはイスの背もたれに再び思い切り体重を乗せた。

そのまま、数分くらい、いや数十分位していただろうか?
気を取り直して、最後のArfに付いて書き始める。

但し、これは「Unknown Arf」の範疇ではなく、
良く知っているパイロットと少しばかり知っているArfについてである。

カタカタ・・・・

つい先ほど知ったそのArfの名前を打ちながら、
フクウは無意識に無表情を造っていた。

それは彼女が嫌う自分の習性。

硬質化した表情は、瞳だけが光を映して輝き、完成された人形のように美しかった。

 

カタカタ・・・・

**********

 

「アミ、ちょっと良いかしら?」

廊下を歩いているときアミは呼び止められた。

振り返るアミの目に飛び込んできたのは、
夜目にも煌びやかなドレスを着ているデュナミス=ヴァイロー。
彼女は舞踏会と言う名前の情報収集を終えてきた所らしかった。

デュナミスは美しい。

美人揃いの月読の中でも特に美しい。

デュナミスには豪華なドレスがよく似合う。

(さすがはヴァイロー家の一人娘…)
アミはそんな風に漠然と思った。

**********

EPM軍発行の宣伝誌「FORCE Heart」、
その月読コーナー「美魅!(びみ)」で行われたファン投票。

月読 恋人にしたいと思う人は?
第一位 フクウ=ドミニオン
第二位 デュナミス=ヴァイロー
第三位 ホウショウ=アマツカ
第四位 プリン=アシュク
第五位 カイ=アンクレット
第六位 アミ=トロウン

アミはちょっとだけ、本当にちょっとだけ傷ついた。

興味深いところで、こんな投票もある。

月読 恋人にしたいと思う人は?(女性)
第一位 カイ=アンクレット
第二位 プリン=アシュク
第三位 デュナミス=ヴァイロー
第四位 フクウ=ドミニオン
第五位 ホウショウ=アマツカ
第六位 アミ=トロウン

カイはちょっとだけ、本当にちょっとだけ焦った。

まあ、いつの世もいろいろな趣向、嗜好の人はいるもの。
月読の人気は、EPMのバックアップもあってか、
そこら辺のタレントなどよりは数倍の人気を持っている。

軍の関係者で構成されているためにTV、雑誌等の取材が抑制されていることも、
逆に神秘的な印象を与えて、人気に拍車を掛けていた。

このEPM軍発行「FORCE Heart」には、
さまざまなEPMの情報が載っているのだが、
そのほとんどはつまらない文章とあからさまな宣伝文句たちである。

そうであるにも関わらず、
この「美魅!」と言うコーナーを目当てにした人々が発売日に長蛇の列を作るのだ。

最近ではレルネ=ルインズやルシターン=シャトの人気も出てきているらしい。

 

**********

「デュナミス、お疲れさま。どうしたぁ?」
アミは作業着の自分が妙に恥ずかしい気がして、
何とはなしに身体を竦めながら聞いた。

デュナミスはそんな様子のアミを見て、しょうがないわねと言う顔をした。

自分のドレスも、アミの作業着も共に、月読の仕事着なのだ。
何ら恥じることはない、そうデュナミスは思った。
ただ、自分が言うと嫌味に聞こえてしまうだろうから言わなかったが。

 

「ねぇ、アミ。レルネ三佐がUnknown Arfと戦闘をしたって話聞いたわよね?」
デュナミスがアミにとっては愚問を尋ねてきた。

T−Kaizerionの戦闘ビデオを見て以来、
アミのUnknown Arfに対する興味は一種異常なモノがあったから。

「『黒い爪』の事、何か分かった??!」
アミはデュナミスに詰め寄る。

彼女の頭のコンピュータでは、
レルネ三佐が対峙したという黒いArfの情報が次々と呼び出されていた。

「Unknown Arfについては残念ながらね…」
デュナミスはアミの勢いに抑えて少しだけ背中を反らしながら言う。

「そう…」
あからさまにガッカリするアミ。

「ごめんなさいね。Unknown Arfについてはほとんど情報が入ってこないのよ。
Arf製作会社のお偉方も、疑心暗鬼気味になっているみたいでね。
ほとんど舞踏会の話題に上らないのよ。」

デュナミスは先ほど行ってきた舞踏会のギスギスした雰囲気を思い出して顔をしかめる。

「デュナミス?じゃ、何があったの?」
ちょっとボーっとしていたようだデュナミスはアミの声で現実に引き戻される。

「え?ええ・・・・」
デュナミスはボーっとしていたことを誤魔化すように曖昧な返事をする。

アミにはその様子が言いにくいことを言おうとしているように映ったのか?促してきた。

Super Forceの試作機?噂のPowersの後継機とか?」

その事はデュナミスの耳にも届いていた。
アミが言っているのはPowersの後継機CODE−name「First」の事である。
Super Force社の技術力の粋を集めて造ろうとしているArfらしい。

三大名家に輝いたヴァイロー家が、
ホムラ家を筆頭にして追いすがる後続の家に一気に差を付けようと開発を急いでいると言うことだが、
詳しいことは未だデュナミスの耳には届いてはいない。

但し、呼び止めたのはその話ではない。

「それはまだ分からないのよ。」
デュナミスは静かに否定した。

アミはますます分からないと言った顔で尋ねる。
「Unknownでも無い、新型でもない…Arf関連の話で他に何かある?」

その問いにデュナミスは今度は本当に言いにくいことを言うような雰囲気を持つ。

「・・・・・アミ。良く聞いてね。」
デュナミスの静かだが真剣な声と顔にアミはごくりと唾を飲み込んだ。

「『黒い爪』と戦ったルインズ三佐のArfについてよ。」

アミはそこに来て初めて、
レルネが「黒い爪」を撃退したときに駆っていたArfの事を知らないことに気付いた。

よくよく考えてみれば「黒い爪」とは、
あのEPM第20Arf部隊を壊滅させた「漆黒の魔王」とも思われているArfである。

いくらレルネが優秀でも、一対一で勝負し勝ったとなるとPowersとは思えない。
Arfに関しては病的な興味を示す、アミらしくない見逃しと言えた。

まあ、それ程に「黒い爪」や他のUnknown Arf達が気になっている証拠であろう。

「ルインズ三佐のArfって・・・・何かの試作機?」
アミが身を乗り出して聞く。
デュナミスがもったい付けているのだと思い、アミの顔は喜色に満ちていた。

対照的にデュナミスの顔は陰りを負っていた。
デュナミスはアミの瞳を意を決してしっかりと見つめると、こう切り出した。

「いいえ、

レルネ三佐が駆っていたArfは国創社製のモノだったそうよ。」

「!!」
アミの顔色が一気に変わる。
それはまるでいきなり暗い穴に引きずり込まれたように・・・恐怖にも似ていた。

アミはギュッと左腕を右手で掴んだ。
そして直ぐに目を伏せる。
耳こそ塞いではいなかったが、それ以上聞きたくないと全身で言っていた。

その様子にデュナミスは言葉を続けるしかなかった。
それ以外の言葉が浮かばなかったのである。

デュナミスは思う。
彼女を慰めることは出来るだろう。
けれどもまだその時ではない。

今は全てを、自分の知っている全てを話す。

それがアミの為なのだ。

「そのArfのコード名は…」
デュナミスはもう分かっているでしょう?と言う顔でアミに話す。
それは憐れみではない。

デュナミスは他人の痛みを自分のモノとして感じることが出来る人間。

アミの痛みを分からないわけではない。

ゆっくりとアミに近寄るとデュナミスはアミの両手に手を掛ける。

左腕に触れられたときアミはビクッとしたが、
そのデュナミスの手はとても優しく、アミにそれ以上の刺激を与えなかった。

アミはデュナミスの暖かさが腕から伝わってくる気がした。

体温の暖かさは左腕には決して届かないはずなのに、
その時だけは、左腕の方が暖かく感じていた。

ゆっくりと伏せていた瞳をデュナミスに向ける。

そこには空のように澄んだ蒼が待っていた。
穏やかにアミを待っていた。

いつも油で汚れている髪と宝石が散りばめられた髪の差は大きかったが、
アミの瞳の中で尊敬する姉の姿とデュナミスとだぶる。

(…ユノお姉ちゃん…)

そう、ユノは美しい瞳を持っていた。

真っ直ぐで力強い瞳を。

アミは思い出す。

自分もその瞳を持ちたいと願っていたことを、
そしてそうユノに言ったとき、彼女は「そう?」と言いながらも照れ笑いを浮かべていたことを。

決して奢らず凹まず偉ぶらず…ただ手は早かったが…。

 

「デュナミス、教えて。」

アミの瞳に理性と力が灯った事をデュナミスは見つけると、
静かだが、良く通る声ではっきりと言う。

「…O・N・I……ONIよ。」

「ONI」その言葉を他人の口から聞くのは何年ぶりのことだろうか?

アミは瞳に赤と灰色のArfが一瞬、白昼夢のように浮かんだ。
まるで本当に目の前にいるのかのように、細部までハッキリとして。

今でもアミには思い出せる、ONIの操縦パネルの配線の一つ一つまで。

もしかしたら、もう一度造れと言われても何も見ずとも造れるほどその記憶は確かだ。
それは既に想いのレヴェルに達していた。

でも・・・・・最後の部分だけぼやけている。
いつまでもぼやけている。
昔夢で見たときはハッキリとしていたのに、

今は夢でも見ることが出来ない。

ONIがたった一人で戦場を駆ける姿を。

 

あの事故から、アミはその姿を夢でも見られない。



A・C・C83年 日本 「国創第5Arf製作工場 第一格納庫」

「嬢ちゃん、準備が完了したぜ!」
まだ十代も前半の少女に老練の雰囲気を持つ老整備工が告げる。
その様子はとても滑稽に見えたが似合っても居た。

そんな雰囲気が少女にはあったから。

「ありがとうございます。それでは起動実験を始めましょう。」
ニコッと明るい笑顔で少女は言う。

彼女の目の前には巨大な鬼がいた。

それを見上げる白衣の少女の姿。

鬼を見上げる少女。
その整備工は、まるでお伽話みたいだと思った。

ONIを造り出す天才Arf制作者。

13歳、その時のアミ。

「ONI。見せてね、あなたの動く姿を。
あたし、何度も夢に見ているんだから。」
独り言、いやONIに言葉を掛けてアミはコントロール装置の方に歩いていった。

ONIはアミを見下ろすような視線のまま、当然の如く何も反応しない。
古の武者がつけていたような仮面の隙間から暗い瞳が覗いていた。
人の乗らないArfに相応しい無機質な瞳だった。

戦場から人がいなくなり、パイロットが死ぬことももう無くなる。
アミの願いは「平和」である。

アミは一台だけ目を保護するためのガラスが付けられているパソコンに座る。
目を大事にしている彼女にだけの特注品である。

「良いモノを創るためには良い目がいる。」

アミは姉の言葉を守っている。

(これが成功したら姉さん達・・・迎えに来てくれるよね?)

次々に失踪した三人の姉を思い、アミは実験を急ぐ。
それは早く三人に会いたいと言う一念からだった。
実験日時は当初よりも三ヶ月は早い。

 

「皆さん、起動実験を始めるから!!」
アミの良く通る声が格納庫に響いた。

「No−LINK−S作動。試作タイプArf『ONI』起動させます!」
アミの隣で研究員が開始を告げる。
それにアミはまるで楽しみにしていた映画が始まる瞬間のようにわくわくした。

 

その映画は、

tragedy

 

「コ、コントロールが効きません!!!ONI、自動起動!!!!!!」
誰かの悲鳴にも似た叫びが格納庫に響く。

赤と灰色に染まった巨体がゆっくりと腕を振り上げているところだった。

「実験中断!!ONIの主電源オフにして!!!」
アミの金切り声が後を追う。

ONIの瞳に光が宿っている、そこに意思を感じることが出来ない。
無機質なモノに操られたいる苦しみによる狂気。

 

後にこの実験の事を聞いてのProf.ヨハネの言葉。

「創って何になるんじゃ?

Arfは肉体、人間は心。

心が機械のArfなど。

プログラムされた事しか出来ないArfなど、まるでロボットじゃろうが。」

 

グワォオオオオオオオオオオ!!!!!!!

グワォオオオオオオオオオオ!!!!!!!

グワォオオオオオオオオオオ!!!!!!!

凄まじい咆哮を上げているかのように両手を高々と上げると、ONIはそれを一気に振り下ろした。

自分の幼い育ての親の元へ。

それは狂気。
自分に心を与えてくれなかった者への怒り。

いや、それはもっと高位のモノからのアミに対する罰だったのかも知れない。

俗に言う、それは神罰。

 

「!!!」
本当に恐怖したとき、声などでない。

恐怖が身体の全てを麻痺させて、声帯さえも押しつぶしているからである。
吐き出した息が、たまたま押しつぶされた声帯から出る。

それを悲鳴と呼ぶ。

「キャアアアアアアアア!!!!」
少女特有の高い声が撒き散らされる。

 

アミの眼前に迫るのは赤い巨大な拳。
それは母親に救いを求めるようにして差し出された、
苦しんだ赤子のか弱い手だったのかも知れない。

 

ドガーーーーン!!!!!

凄まじい音が格納庫に響き。
パソコンが置いてあった場所を砕き、壁に拳が突き刺さる。

格納庫はさながら戦場と化した。
ONIもいずれは戦場に出る、それがちょっと早まっただけだ。

 

「ううう・・・」
間一髪、横からの衝撃に吹き飛ばされたアミ。
その後の事はよく分からない。

あれから一体どれくらいの時間が経っているかも。

時間は2分、たった2分だった。

 

頭の衝撃の為か、視界がかなり歪んで見える。
まるで曇りガラス越しに見ているように。

朧気な景色の中、赤い巨大なモノが刺さっているのが見える。
そこにアミはゆっくりと近づいていった。

カツン!

「きゃ!!」
何かに躓いてアミは転ぶ。
そして、そこには何かの液体がばらまかれていた。

バチャン!!

良い音がしてアミの身体が何かの水たまりに落ちる。

視力はまだ戻らない、辛うじて色だけの判別がつく。
目の前が赤に染まった。

それと同時にアミの鼻の中に濡ら付くような臭い。

兵士ならそれが何の臭いか直ぐに分かっただろう、
だがアミには今しばらくの時間が必要だった。

但し、時間が掛かった分、そのショックは兵士よりも大きかった。

「血?」
アミは濡れた右手をよく見えるように顔の前に持ってこようとする。

だが・・・・

パシャン!
手を着いて立てない。

右手を顔の前に持ってこようとすると、アミは起きあがれなかった。

「え?」
訳も分からずアミは声を上げる。
何故起きあがれないのかがさっぱり分からなかった。

仕方なく水たまりの、正確には血溜まりの中でアミは身体を仰向けにする。
そして、天にかざすようにして左手を自分の目の前に持ってきた。

 

そこには、何も無かった。

そうぽっかりと何もない。

視界を覆うはずの左手が・・・・・何処にもない。

視界の端に、ただ白衣の裾から覗く、真っ赤な肉とその真ん中の白い骨。

その白はまるで砂糖のように綺麗。

 

アミの瞳が急速にしぼまる。

瞳孔が歪んでしまった焦点を一瞬だけ戻す。

 

そして、アミは見た。

自分の回りに広がる赤、赤、紅!!!!

それは自分の紅だったのだ。
自分の左腕から脈々と湧き出る血液。

 

全てを悟った瞬間、アミに身体が激痛を要求した。

脳が激痛によじり、アミの意識を奪う。

**********

二週間の昏睡状態から目覚めたアミが聞いた話、
自分を寸前で助けてくれた老整備員の話。

彼はアミがONIの拳に潰される寸前に体当たりをして横に避けさせたのだ。
そうでなければアミは左腕どころか体全体を潰されていたことだろう。

彼はアミの代わりに潰された。

遺体を収容することが出来ないほど、彼はぐちゃぐちゃに潰れていた。

 

「お嬢ちゃんを見ていると、孫を思い出すなぁ。」

「『あたい』なんて自分のことを呼ぶんだ。全く誰に似たんだか・・・」

そう言って笑っていた老整備工を思いだしてアミは泣いた。
彼の孫娘は戦争で亡くなっていた。

 

さらにショックな話をアミに医師は告げる。
彼女の視力は衝撃によって急激に低下しており、眼鏡の使用が不可欠だと言う。

 

これだけで終わらない。

神を冒涜した者には、限りのない罰が与えられるのだ。

アミは実験を三ヶ月早めたことを理由に「国創社」を解雇される。
だが、現実はアミがArf制作者として使えなくなったからである。

全てを失った彼女の前に姉たちが現れることはなかった。
それがアミを更に絶望させる、自分が無価値のような気持ち。

その頃から、アミは一人称を「あたし」から「あたい」に変える。
まるで自分の全てを覆い隠すために・・・・・・

 

自殺未遂を繰り返すアミ。

13歳、その時のアミ。

 

枢機卿を名乗る一人の青年が現れるまでそれは続く。



「アミ?アミ?大丈夫?」
デュナミスの心配そうな声でアミはようやく自分と取り戻す。

「あ、うん。大丈夫。」
左腕をぎっちりと掴んだままアミは頷く。

アミの右腕はあまりに強く掴み続けていたために血の気を失い真っ白になっていた。

でも、左腕にその跡が付くことは無い。



Arf list

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

名称:ONI

機体カラー:赤及びグレー

レルネ=ルインズ三佐がルシターン=シャト総帥から特別に贈られたArf。
第11EPM軍付属「φ」の基地を襲撃した「黒い爪」の出現の際に初出撃。
武装が全く無かったにも関わらず、それを退却させる。

レルネ=ルインズ三佐のArf操作に関する優秀さは今更言うことではないが、
この度の戦闘成果は三佐の天才的なArf操作技術を、
世界に知らしめることになったことだけは確かである。

かつてパイロットがいないArf「Outer−LINK−S」を目指したArfであるため、
コクピットの防御は完璧では無いと思われ、それと同時にパイロットの安全性は低いと思われる。
敵からの攻撃の衝撃はもちろんのこと、
ONI自体の動きによってのパイロットへのダメージも大きいはずである。

現にこのArfのテストによって、パイロット12人が再起不能、1人が死亡している。
(国創社が巧妙に隠蔽しており、表だって問題にはなってはいないが、Arf業界では有名な話である。)

武装:現時点では規格にあう武器が存在しない

攻撃傾向:不明

対処方法:不明

本隊のトロウン隊員がかつて開発に携わっていたArfである。
彼女への配慮を考慮して、このArfへの対応を考えていきたい。


出来上がった報告書を読み直して、フクウは意味不明の笑みを浮かべた。
多分、自分でもその理由を分かることはないだろう。

かつて月読は、幾つもの試練に遭遇し、そのたびにそれを乗り越えてきた。
レイアルンを太陽として、その回りを回る惑星のような六人を擁して彼らは戦った。

その中で友情が産まれ、自信が産まれる。
フクウはその時思った。

(私達は、世界を変えられるのかも知れない。)

非常に傲慢不遜な事とフクウ自身も思ったが、その時確かにそう思えた。

(レイアルンさえいれば、世界を平和に導ける。)

月読を設立した法皇でさえ、そんなことが出来るとは思っていない。

大局を動かす力が無くとも、
国の為なのではない、人々の為の「無償の正義」があっても良いのではないか?
そんな想いから「月読」は産まれた。

そんな経緯を分かっていながらも、レイアルン、そして六人の姫君たちは思えたのだ、その時は。

(私達は平和を手に入れることが出来る)

 

しかし、この報告書に浮かび上がったArf達の性能、戦い方はどうだ?

これらどの一体とも満足に戦闘を演じることが出来ない月読に、
平和を手に入れることなど出来るのだろうか?

そう思ったとき、訳の分からない笑みをフクウは浮かべざるを得なかった。

虚無感と無力感・・・・・それが笑顔の正体

(今日は何だか…)

フクウはパソコンをつけっぱなしのまま、ベッドにトサッと横になる。
天井を見る瞳は、美しい黒だ、まるで何モノも吸い込んでしまいそうな。

 

ピピッ!

パソコンから音がする。

フクウはベッドから勢い良く起きあがるとパソコンに駆け寄った。
そこにはフクウを癒す言葉達が並んでいる。

そして今日のタイミングは最高だった。

 

「こんにちは!!うぃっちちゃん元気だった?BCです!!!!

えへへへへぇ・・・・今日はBCすっごくすっごくすっごくすっごくすっごくすっごく機嫌が良いです!

うぃっちちゃんのご機嫌はどうなのかなぁ??
うぃっちちゃんも笑顔で、そして元気だと嬉しいな。

 

こんな出だしから始まるメールにフクウは思わず笑みを浮かべる。
人によっては何を言っているんだ?と思われる人もいるだろう。

だが、メールに込められた一つ一つの文字が彼女の素直さを表している。
それが分かっているフクウには、笑みを浮かべざる得ないのだ。
本当に「すっごくすっごくすっごくすっごくすっごくすっごく」機嫌が良いことが起きたのだろう。

 

えっと、何があったかと言うと!?
うぃっちちゃんならきっともう分かっていると思うけど・・

 

よほど嬉しいことがあったのだろう、もったいつけている。
もちろんフクウにはその内容がおおよそ予想がついていたが・・・素直にもったいつけられていた。

頭でわざと予想しないように、知らない振りをして。

頭の中で一人でそんなことしているフクウがいることを他の人間が知ったら、
思わず自分が病院に行ってしまうだろう。

 

ついにBCは!!あの人と結ばれました〜〜〜〜〜〜〜!!!!

 

大きい文字で書かれたその文章は書いた者の心理状態を良く表していた。

えっと、色々あったんだ。

今は大丈夫なんだけど、BCも怪我をしてしまって入院をしていたの。
本当に今は全然大丈夫だからね!

うぃっちちゃん心配性だから、心配だなぁ。

「ふふ、どっちが心配性なの?」
フクウがコロコロと少女のような笑みで呟く。

「入院した」とあるが、BCがこう言っているのだから、
心配しないようにしなければならない、だからフクウは心配しないことにした。

 

あの人が今度は代わりにBCの看病してくれて・・・・

良くなったBCが部屋に行って・・・・

そこで・・・・

って言うことです!!

何だか呼んでいる方が恥ずかしくなってしまう文面に、
さすがのフクウもポーカーフェイスは作れない。

少しばかり頬が赤かった。

BCの方が早かったかなぁ?

もしかしてメールしない間にうぃっちちゃんも恋人同士になっていたりして!!

そうだったら、絶対に良いね。
うん、絶対に良いよ!!!
そうなっているって、BCは願ってます。

ううん、例えそうじゃなくてもBCはずっと願ってます!

うぃっちちゃん、恋ってきっと運命だよ。
だから必ず現れるの運命の人が。

BC、今はそう想うんだ。

うぃっちちゃんにもきっっっっっっっっっっっっっと!!!!

凄い良い人が出来るから!!!

 

もし気を悪くしたらゴメンね。

BC・・・うぃっちちゃんと話せて嬉しいよ。

こんな話をできるなんてうぃっちちゃんだけなんだ・・・・

 

これからもお話しようね!!

頑張ろう!!うぃっちちゃん!!!

二人で一緒に結婚式しようね!!!!!

 

(相変わらず、素直な子ね。)
柔らかな笑みを浮かべたまま、フクウはメールを何度も読み直す。
気を悪くすることなど無い、「こんな話をできる」それはフクウも同じ事。

 

たっぷり四度読み直すと、ようやくフクウはメールを惜しげに閉じた。
返事を書く楽しみはもう少し後に取っておこう、
そんな風に思ってフクウはパソコンの電気を落とした。

 

幾分暗くなったら部屋で、フクウはメールの言葉を思い出しながら呟いた。

「そうね…私も頑張らないと。」

そう言いながらも、その表情は喜びとも哀しみともつかない不思議なモノだった。

 

数年越しの想いを諦めるには良い機会なのかも知れない。
BCは自分の恋の成就がそんな機会になることは望まないだろうが。

そう思ったとき、フクウの脳裏に浮かんだのは、

あの哀しい瞳を持った青年。

その哀しみに酔うことは無く、ただ純粋に哀しみを受け入れる青年の顔。

フクウは小声で呟く。

「優しさは二つ……」

 

 

不幸は…

いや幸福は……

その類い希な人の本質を見極める瞳を
持っていたこと、
身につけてしまったこと。

誰も見抜けないはずの本質。

憎しみはない、怒りもない、純粋な哀しみ。

 

それを見た者に待っているモノは・・・・・

・・・・・限りのない「癒し」と

・・・・・・限りのない「幸せ」しかない。

 

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心と体が健やかなる日々

振り下ろす剣と突き抜ける拳は軽やかに


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