「出会い始める運命に。」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第二十三話    「鬼をカる獣」

 

 

Dragonknightが現れたと同時刻・・・・・第11EPM軍付属 特別治安維持機関「φ」基地

この国の夏のある日。

 

「いたぞ!!そっちだ!!!」
基地の中で銃声と怒号が聞こえる。

「待て!第5格納庫に向かっているみたいだ!!」
廊下をバタバタと走る抜ける複数の兵士。
皆、銃を持ち、厳しい顔つき。

 

兵士達がいなくなった後、物陰からゆっくりと姿を現す者がいる、
首を左右にコキコキと鳴らしながら。

「参ったね・・・・」
真っ黒な服を着た者は、舌打ちをしながら走り抜ける。

何とか逃走経路の確保だけはしておいたので、
逃げ切れはするが、このままでは外での戦闘は避けられそうにない。

地球に来て初めて踏んだドジにしては、
少々きつめの事態になりそうだ。

ガーーンガーーン!!

無意味に聞こえるが、サーシャを追いつめるには効果的な銃声がそこかしこに響く。

 

「欲張って、あんなArfを調べようとするんじゃなかったよ。」
先ほど見てきた今までに見たこともないほど巨大なArfを思い出して、
サーシャはもう一度舌打ちした。

**********

「これは!?」
サーシャは倉庫の一番奥に格納されていた一体のArfを見て、感嘆の声を上げた。

通常のArfが20m+−2m強なのに対して、
そのArfは25m以上、いや30mに達しているかも知れないほどの大きさである。

軽くて丈夫が特徴とも言えるシオン鉱石で出来るArfにとって、
その大きさは異常なことでもあった。

正確さが要求されるArfには巨大なボディは必要ない、
それは搭乗者とのLINKに誤差を生じさせるだけではなく、
負担を倍増させるだけだと言うのが通説である。

何故か?

いくらArfと言えども人間の搭乗する機械である。

Arfが大きく動けば必然的に中の人間に揺れが来る。
それはArfが巨大であれば巨大であるほど、スピードがあればスピードがあるほど大きい。

もっともArf下腹部にある球体コクピットは、
特殊な液体で満たされた場所に収納されているために、
多少の揺れではパイロットにそれを感じさせることはない。

その限界が、約24m。
(例外として高シオン含有率のArfであれば、その衝撃は少なくなると言う事が報告されている。)

サーシャの目の前にいるArfは、
その常識を全く知らずに造ったとしか思えない狂った設計のArfだった。

「どう考えても、これ・・オーダーメイドだね。」
気配を消すのも忘れて、サーシャは呟く。

他に並んでいるWachstumを、Powersを圧倒する存在感を持つArf。

それはあまりに存在感が大きすぎて、これが本当に動くとはどうしても思えない。
山のように大きく動かないからこそ感じる、ある種堂々とした雰囲気がある。

サーシャにはそれが動くとは感じられない、何かの催し物のためのArfかと思えた。
無造作に数歩近づいて、上を見上げる。

「まるで鬼。」
ボソッとそのArfの姿を端的に言ったところで、彼女は見つかった。

「誰だ!!」

警備兵の声がして、サーシャに懐中電灯が当てられる。

丸い光に浮かび上がる黒いスーツ。

「チ!!」
サーシャは軽く舌打ちをすると、
銃を構えようとする兵士の腹に凄まじい早さでナイフを突き立てる。

「ガハッ!」
肺から息が漏れる音がして、兵士はその場に崩れ落ちる。
だが、既にトリガーに掛かっていた指は引かれ、格納庫に銃声が響いた。

ガーーーーーーーーーン!!キィン!

巨大なArfに弾丸が当たった良い音がし、
それは他の兵士を呼び寄せるサイレンの代わりをする。

「やばい。」

そう言ったサーシャは巨大なArfに一瞥をくれると、一気に駆けだした。

(「創魔」付け忘れちゃったな・・・・・・まあ、良いか。)

そんなことを軽く思いながら。

必要以上の焦りは禁物であることを彼女は経験から知っている。

**********

サーシャが逃げ惑っている頃、一機の飛行機が基地に着陸を果たす。

そこから降り立ったのは、一人の男。
φの腕章と襟には三佐のバッジが光る。

 

「どうした?騒がしいようだが?」
着いて直ぐに、辺りを武装して走り回る兵士達を目にして、男は迎える兵士に尋ねた。

「は!申し訳ありません。
不審者が基地に入り込んだことを確認し、現在追跡中です。」
丁寧すぎるほどの最敬礼を兵士はすると、大きな声で報告した。
その瞳にはまるで自分の憧れのスターを話をしているという喜びが溢れていた。

「そんなに緊張しなくても良い。司令室はこっちだな?」
レルネはメイン通路の向こうを指さして兵士に尋ねる。

「はい!!ご案内致します。」
兵士が先に立って歩きだそうとするのを制して、レルネは言う。

「いや、それには及ばない。君も不審者の追跡を開始してくれ。」
「ですが・・・・」

「一介の兵士と・・・軍の機密を持っている工作員・・・・どっちが大事だ?」
静かだが強い意志を感じさせる言葉に兵士は、彼が伝説の兵士であることを実感した。

「それはもちろん、ルインズ三佐に決まって・・・」
そこまで言って兵士は、レルネの瞳が険しい光を帯びたことに気付き、
慌てて訂正をする。

「・・申し訳ありません、直ぐに捜索を開始します。」
ピッと敬礼をすると駆け足で、探している者達の間に入っていった。

 

「それで良い。」
表情を変えずに、その瞳だけを元に戻して言うと、
レルネはツカツカと廊下を歩き、司令室に向かって行く。

ここに行くように指示された時に言われた、ルシターンの言葉を思い出しながら。


「オニですか?」

「そう、ONIだ。」

ルシターンは、キューを構えながら言う。
カンと良い音がして、ボールが走り始める。

「変わった名前ですね。」
傍らに立つ長身の男が言う。

「東洋に於いて、西洋の悪魔的な存在とも言える存在を指す。」

カコン!

小気味の良い音がして、ボールが穴に落ちていった。
台の下を通るボールの音が静かに部屋に響く。

「総帥・・・もしやそれは・・・」
東洋という言葉でまず最初に思い浮かぶArf製作会社の名前に、
レルネは若干動揺している。
それは彼がルシターンの素性を知る者であるからに起因する。

「そうだ、国創社だよ、レルネ三佐。」
事も無げにルシターンはレルネに告げる。

その事実の重さを知るレルネにはルシターンの明るさが強さに思えた。

「・・・・・」
レルネはそのまま黙り、ルシターンの次の言葉を待つ。
今はレルネとルシターンは親友同士ではない、上官と部下の関係なのだ。

「あの四姉妹(フォーシスターズ)の一人が設計し、途中まで製作したArfだよ。」
途中までと言う言葉に、レルネは敏感に反応した。

それは公には秘密にされていたが、
Arf界ではあまりに有名な出来事をレルネに思い出させたから。

「外部LINKシステムを有する無人用Arf製作中の事故、それにより片腕を失った少女。」
レルネは新聞の記事を読むようにして、言葉をつなげる。

「その通りだ。視力もかなり奪われた・・・・トロウンと言ったかな?
彼女をArf開発から引退させる原因になった事故。
それを起こしたArfが・・・・・・ONI。」

ルシターンはキューを持ちながら、レルネに向き直って話し始める。

「国創社はあまりに高い費用をそれにかけすぎていた。
つまり破棄するには惜しすぎたのだよ。

だから、彼女が計画から抜けた後も製作を続けた。
だが、所詮は凡人の集まりだったのだろう。
外部LINKシステムなど夢の話に終わった。

彼らはそこから一気に方針を転換した、普通の搭乗型Arfへね。
これがどういう意味か分からない君ではないだろう?」

最後の方はレルネに向けられた疑問になった。
レルネは突然の疑問には、何の動揺もみせずに答える。
彼にとっては、容易に当てがつく質問だったから。

「外部LINKと言うことは、そのArfはパイロットを必要としなかったはず。
きっと重機動・・・・それもとびきりの物だったのでしょう。」

ルシターンはその言葉に満足げに頷く。
レルネはそれ見て言葉を続けた。

「無理にコクピットを付けても、障害がでるだけ・・・・・例え付けられたとしても、
それはArf界の制限を外れた巨大なArfになっているはずです。
パイロットはただ歩くだけでも、その中に加わる衝撃に耐えるのは難しいでしょう。」

レルネが言葉を切ったとき、ルシターンの拍手が起こった。

「パーフェクトだ、レルネ三佐。」

レルネはそれを一礼で答える。

 

「それを理解している君にもう一つ質問したいのだが良いかな?」
ルシターンはキューの頭を磨きながら言う。
レルネはそれに了解の意を表し、頷いた。

「レルネ、君なら乗れるかい?そのONIに。」

「乗ってみなければ分からないと言う・・言い訳は好きですか?」
レルネはルシターンの自分を呼ぶ言葉が変わったことに直ぐに気付いていた。

 

今、彼らは親友だった。

 

無駄な言葉はいらない。
ルシターンにはレルネの気持ちが既に決まっていることを知っている。
だから、一言だけ。

「お願いするよ。」

「分かりました。ルシターン総帥。」
受けたレルネも一言だけ。

シャト総帥からルシターン総帥へ、
これがレルネのルシターンとの親友であるときの呼び名だった。

レルネは分かっていた。
何故、ONIをわざわざルシターンが持ってきたのか。

ルシターンは知っていた。

L−seedに勝てるには、高いシオン含有率のArfが必要不可欠だと。

そしてもう一つの別な理由をルシターンは知っていた。

レルネを信頼するからこそ、ルシターンには映像だけでもそれが理解できる。
他の凡人たちにはレルネの負ける姿にしか見えなくとも。

 

二人の間に太陽が射し込んで、部屋全体を明るく暖かくさせる。

二人の金色の髪が輝いて、秘めた闘志が燃え出ているようだ。

 

「じゃあ、1ゲームしていくか?レルネ。」
台の下からボールを取りながら、ルシターンは尋ねる。

「そうですね・・・久しぶりに。」

レルネはキューを棚から取り出すと、さわやかに微笑んだ。
これが自分にとって、最後のゲームになると仮に感じていても、彼は笑うだろう。


「あの時のゲームは・・・・」
そうレルネがルシターンとのゲームを思い返していると、
彼の目の前に黒づくめの人間が現れる。

「「!!!!」」

通気口を突き破り現れたその者は、
間違いなくこの基地に侵入している工作員であることは一目瞭然である。

暗視ゴーグルを付けているために、その顔は分からないが、
そのボディにぴったりとフィットしたスーツは、その者が女であることをレルネに気付かせる。

二人もあまりのことで固まっている。
それはレルネにしても、サーシャにしても珍しいことであった。

「君がそうか。」
レルネがそう言うのと同時に、二人は動く。
凄まじい早さで、レルネは銃を引き抜いた。

そして、もちろんサーシャも銃を構えている。

その差は無い。

 

茶色の髪を一瞬指で梳かして、サーシャは口を開いた。

「レルネ=ルインズか。」
目の前にいる男の顔から彼女の記憶は、φの超一流兵士の名前を導き出す。

彼女が空から来るときに目を通していた資料の中で、
彼の名は幾度と無く現れ、その戦果と実力を悠然と物語っていた。

φの王(キング)ルシターン、将軍(ジェネラル)のレルネとその資料には書いてあった。
彼らの二本の柱がφを統率している言っても良い。

その一人が今、サーシャの目の前に立っている。

自らが死んでも任務は遂行されなければならないのが工作員である。
WAたちもその例外ではない。

プラス、トルス、セインの三人であれば、
その任務の一つに上げられている「レルネ=ルインズ暗殺」を躊躇無く遂行するだろう。
例え相打ちとなり自らが死ぬことになっても、躊躇無く。
セインであれば、特にそうであっただろう。

だが、サーシャはそうしなかった。

怯えたのではない、死ぬことを恐れたわけではない。
まして殺すことを躊躇ったわけでもない。

彼女の現在の任務は、暗殺よりも工作優先であったのだ。
故に彼女は、レルネを殺すことを考えず、彼から逃れることを考えていた。

ダダダダダダダダダ・・・

足音が次第に二人が対峙した場所に近づいてくる。

「もう逃げられない、諦めて投降してはどうだ?」
レルネが静かに言った。

女だからと言って、手加減をする男ではレルネ決してない。
戦いに身を投じている以上、その志に男女の差は無いと彼は知っているし、
またその事で手元が狂う彼でもない。

レルネの言葉には、確かな凄みがある。

だがそれを受けても、
怯える所か、サーシャは唯一見える口をにニヤリと歪ませる。

「よしとくわ。」
一言そう言ったかと思うと、奥歯を思い切り噛みしめる。

その途端、暗視ゴーグルから凄まじい光が放出される。
それは一瞬の出来事だったが、レルネの目を眩ますには十分だった。

「クゥ!」

「フッフフフフフフ・・・」
怪しい笑いをしながら、サーシャは目を押さえるレルネの横を通り過ぎる。

(これはお釣り!)
すり抜けざまに、手刀でレルネの背中に一撃を加えようと動く。

 

ガーーーーン!!

一回だけ銃声が響き、短い茶色の髪が数本宙に舞う。



Dragonknightが現れたと同時刻・・・・・第33EPM陸軍基地

「退却・・・退却しろ!!!!」
後から後から出てくるへばりつくような汗を拭いながら、部隊長は叫ぶ。

「し、しかし・・・」
彼の横のWachstumに乗る兵士が、
部隊長に意義を唱えようとするがそれを制して彼は言葉を続けた。

 

「き、基地を捨てるぞ!退却だ!!」
焦りで頭の中が沸騰している部隊長は、どもりながら退却の命令を繰り返す。

「まだ、非戦闘員の避難が完了していません!!」
悲痛な叫びを上げて、司令室のオペレーターが報告する。

 

「じゃあ、どうすればいいのだ!!
あいつに、あいつに勝てるのか!!止めれるのか?!!」
部隊長のArfの手が伸びて、あるモノを指さした。

グガーーーーーーーーン!!!!

その指した指を押し潰して巨大な何かが、
そのままArfの右腕を持っていってしまう。

「くあ!!」
右腕を思わず抑える。
弱いLINKだったが、確実に苦痛はパイロットに届く。

ガラガラガラガラガラガラ・・・・・・・・・

何の色もない音が、基地に木霊する。

 

鎖が巻き取られて行くその先には、巨大な滑車が二つ。
そして、細い体を持った異質なArf。

 

海辺から、あらゆる索敵機器に反応を見せないで現れた一体のArf。

ブルーに輝くそれは太陽を一心に浴びて美しい海を思わせた。

だが、それは伝説の海魔を思わせる、凶暴な敵でもあった。

70−Coverである。

 

「撃て撃て撃て撃て!!!!」
部隊長の声が半狂乱の声が響き渡り、
残された数十体のWachstumは攻撃を再開する。

凄まじい数の光弾が襲いかかる。

だが、光弾がまさに70−Coverのボディに襲いかかろうとしたとき。

ガラガラ!!!

アンカーが真下に発射され、その反動で70−Coverは一気に垂直に脱出する。

「上だ!!」
誰かが叫んだときは既に遅い。

アンカーは素早く回収されて、既に発射準備は万全だ。

 

「僕は、自分が弱いのだと思っていたんだ。」
トルスは静かにコクピットの中で呟いた。

コクピットの中の静けさとは裏腹に、
70−Coverは両肩の鎖を掴むと一気にアンカーを前方に吐き出す。

二本の鎖は互いに真っ直ぐWachstumの集団の中に入り込み、
右に二体、左に一体のWachstumが突き刺さる。

そう易々と突き刺さる。

 

「でも違う・・・・分かったよ。」
Wachstumの吹き出す炎を見ながらトルスは呟いた。

「あれが強すぎるんだね。」
トルスはその黒い瞳に安堵を浮かべる。

脳裏に浮かぶのは、あの黒いL−seed。
全てを燃やし尽くすような豪炎を纏う剣と体に走る紅いひび割れ。

そして、乱れた呼吸のようにして時節吹き出る紅い高温の霧。
全てがトルスの常識を越えていた。

 

それはむしろ変形と言うよりも

変化

 

衛星都市を出るときに持っていた、

いや、幼い頃から持てと言われてきた、

「自分は弱くない」と言う自信。

それが崩れてしまいそうだった。

だから、トルスはこの命令が来たとき直ぐに実行した。

戦うのが嫌いな筈だった、

でも、
「自分が弱い」と知ることはもっと嫌いだ。

 

「第33EPM陸軍基地のArf部隊の壊滅。」

 

海で戦うことを基本としようと考えていたトルスは、
そして70−Coverは、
あっさりと初戦から表舞台に、地上に姿を現した。

もし、こうしなかったら、
70−Coverは海を支配する謎の海魔としてEPMを震えさせる事になったであろう。

もっとも正体を知られても、震え上がらせてはいるが・・・・

 

70−Coverは、クイッと両肩を回す。

それは正しく鎖からアンカーに伝わり、
Arfを突き刺したまま横に凪ぎ払われる。

まるで小うるさい虫を払うようにして、
幾体もWachstumがそれに巻き込まれて、機能を停止していく。

 

「君たちのおかげだね。」
トルスは散り散りになっていくWachstumを見ながら呟いた。
そこに感情は乏しい。

数体のWachstumが一片に爆発して、煌びやかな炎が上がる。

それを見たトルスの脳裏に一瞬だけ蘇る恐怖。

 

「・・・・・・・僕は弱くない!!!」

トルスは青い髪を激しく上下させるとコクピットで叫んだ。

 

ゆらっ

そんな擬音で70−Coverが光弾をかわしていく。
もちろん当たっているモノも多いが、
やはり普通のArfよりもシオン含有率が高いのだろう、致命弾になることはない。

トルスの中に落ち着きが戻っていく。

自分が不必要だと思われる不安からの解放。

 

トルスは、ゆっくりと自分を取り戻すと、
70−Coverを動かし始める。

任務は最後まできちんとこなさなければならない。

 

生きるためにも。

自分の価値を高めるためにも。

 

「僕は弱くない。」

そう自分が思える為にも。



「な、何とかなったかな?」
サーシャはコクピットの中で一息つく。

基地から奪って乗ってきた飛行機が、
T−Wolfの足下で翼をボロボロにして置いてある。

暗視ゴーグルを外しながらため息を付く。
脱ぐときに触った右の横髪が少し寂しい。

あの時、手刀を叩き込む寸前、レルネは肩越しに彼女を撃ったのだ。
レルネは気配を頼りに撃ったのだが、
サーシャの顔面を捉えることは出来なかった。

しかし、もしサーシャがそれを察知せずそのまま手刀を叩き込んでいれば、
間違いなく彼女の額には穴がぽっかりと空いたことだろう。。

サーシャがレルネの恐ろしさを肌で実感した瞬間だった。

思い返しても見ても、冷や汗が背中に染み出てくる。

ピーーーーー!!!

コクピットの計器の一つがアラームを鳴らして、敵の接近を告げて、
サーシャを我に返す。

今回はかなり無理な脱出を試みたために、T−Wolfに隠れたままやり過ごせそうには無かった。

「しっかたない!殺りますかね。」
サーシャは、ゆっくりと服を脱いだ。
黒いスーツが床に落ちて、白いシャツ一枚の装いになる。
汗で透き通ったシャツが、形の良い胸と胸の頂点を露わにするが、
そんなことを気にする女ではない。

コクピットに光が溢れる。
モニターに明かりがつき、各種の計器が息を吹き返したように光を帯びる。

モニターに浮かんだ一点から、数点の光が分裂して現れる。
それは戦闘機から降下したArfを意味していた。

**********

「おまえ達、今日は基地にルインズ三佐が来ていらっしゃる。
無様なところを見せるな!我々の力を見て貰うのだ!!」

いつにも増して部隊長の檄が激しく飛ぶ。

φの兵士であれば、知らぬ者はいないレルネ=ルインズ、
その前で戦うと言うことは、彼らに何よりも誇りと力と、若干のプレッシャーを与える。

「「「「「「「「「「了解!!!」」」」」」」」」」

十人の部下が一斉に返事をすると、次々にWachstumは降下を果たす。

 

降下していく兵士の一人が、森の中から立ち上がる一体の黒い塊を認める。

「隊長!!右前方に不審機発見!!」
意気も高々に兵士が報告をする。

レルネの前にいるという事が、兵士に高揚感をもたらしていた。

「他敵Arf発見できません!!敵は一機と思われます!!」
いつもよりも元気の良い声が各Wachstumのコクピットに響く。

それは兵士達の意気をますます盛んにさせる。

充分に予想が付いていたが・・・敵が一機という事実、
そしてそれに対して十一機と言う普通考えられない破格の出撃は、
彼らに安心感を与え、そして絶対の勝利を疑わせない。

 

「敵Arfの後方に五体、左右に二体ずつ、後は私に続け!」
部隊長の的確な指示が飛ぶ、
退路を断ち、あわよくば投降させる、捕縛する作戦である。

戦闘になれば、なっただけのこと、これだけのArfを前に普通のArf一機が勝てる筈がない。

 

そう普通のArfならば、だ。

 

彼らは知らない。
それがあのT−Kaizerion、Dragonknight、70−Coverに並ぶ、
WA(ダヴルエース)の眷属のであることを。

**********

「退路を断って、あたしを捕獲しようっての?馬鹿にしちゃったりしてくれるね〜。」
サーシャがモニターを見ながら、せせら笑う。
モニターのなかで、11個の光点が自分の回りを囲むように配置されていく。

サーシャは、それが配置を終えるまで動くことはなかった。

彼女にとっては地球での初めての戦闘だ、おろそかにはしたくない。
まるで何かの儀式に於いて、参加者の整列を待つようにして、静かに蹲っていた。

モニターの中で、光点の動きが止まる。

それは攻撃開始の合図を部隊長が口にするかしないかの、寸前のことだった。

一瞬の停止。

それをサーシャは待っていた。

 

サーシャは、T−Wolfはただ蹲っていたのではない、脚部にしっかり力を貯めていたのだ。
野生の肉食獣が、獲物を捕らえる前に体を低くして構えるのと同じように。

「行けぇえええ!!!!」
サーシャの怒号にも似た叫びが、コクピットの中に響く。
思い切り引いたレバーが、サーシャの心が正確にT−WolfにLINKして、
足に貯められていた凄まじいエネルギーを爆発させた。

バキバキバキィ!!!!

木々が一直線に部隊長機に向かって凪ぎ倒れていく。
森の緑の中を黒い疾風が駆け抜ける。

「ッ!!」
部隊長は言葉を発することは能わなかった。
部隊長機のPowersはその機能と命を既に失っていたから。

T−Wolfが右と左一回ずつ、Powersを殴ったように見えた。
だが、Powersは少しも後退を見せていない。

だから、打撃ではない。

部隊長機は両肩から始まり胸辺りで交差している傷と負っていた。

それはまるで猫科の動物にかっちゃかれたような四本の爪痕で、
体の縦幅の中心よりも深く食い込まれていた。
あと少し傷が深ければ、体そのものが切り裂かれていたことであろう。

何故、こんな傷がつくのか?

答えはT−Wolfの両手の甲を見れば分かる。

胸の前で手の甲を見せつけるようにクロスしたままの姿勢。
そこから伸びる半円形の青白い爪は、炎が形取られてモノ。

それも、シオン鋼を溶かす程の凄まじい高温によって出来たモノ。

「へぇ〜、アヌビス・ネイルって使えるんだ。」
サーシャが感嘆の声をあげる。
それと同時に、目の前のPowersが限界を来して爆発する。

クロスされた手の甲の八本の爪は音もなく、温度を下げて風の中に消えた。

カチャ・・
サーシャの耳に微かな金属の触れ合う音が届く。
無言でサーシャはレバーを引き起こす。

ガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!

T−Wolfは振り向きざまに、肩に備え付けられた銃から速射砲のようにして実弾を弾き出す。

右手はビームガンのトリガーを掛けたままで・・・・
一体のArfがそのシャワーを浴びて、その体を穴だらけにして倒れ込んだ。

いち早く部隊長機の死亡から立ち直った優秀な兵士であったが、
それは彼の死を早める事になってしまった。

 

「戦場では音を出しちゃ負けなんだよ。」
サーシャはそう言いながら、右肩の銃を外して手に持った。

それはビームガンと思われた肩の銃は、
すくなくとも右の物は実弾を出すマシンガンであった。

しかしこのサーシャという女のLINKの高さはどうだろう?
瞳だけでなく、Arfの耳さえも彼女はモノにしている。

LINK%は、触覚、視覚、聴覚、嗅覚、味覚の順に高い値が必要とされる。
味覚はさすがに実体験をした者はいないが・・・・

この雑音の渦巻く戦場で、
微かなトリガー音を聞き分けられるサーシャは確かに一流と言える。

 

二体のArfがいとも容易く破壊されて、ようやく他の兵士達の集中力が戻る。

「あんなヒビが入った犬に負けれるか!!!」
兵士の一人が、怒りを露わにして銃を乱射する。

ブィーーーーーン!!!!ブィーーーーーン!!!!ブィーーーーーン!!!!

だが、兵士にとってはまるで悪夢のようにT−Wolfは光弾を容易くかわしていく。

凄まじいまでの動体視力とArfのスピード。

一瞬の内にして間合いを詰め、Wachstumの下腹部から上に向けてアッパーを出す。
四本の爪痕がきっちりと刻み込まれて、Wachstumはあっさりと爆発していく。

他の兵士も攻撃を繰り出そうとするが、それを察知したサーシャは、
かがみ込んだままで、銃を持った腕を後ろに向けて撃つ。

それはDragonknightのようなライフルではなく、
まさにマシンガンとも言える連射能力を持った銃だった。

ガガガガガガガガガガガガガァアアアアア!!!!

がむしゃらに撃っているのではない、
一体に付き確実に数十発の実弾がヒットしている。

サーシャの感覚は戦場に居ればいるほど、研ぎ澄まされていく。

「良いよ、良いよ、この感じ。生きてるって感じが!!」
サーシャの歓喜の声がコクピットに木霊する。

それに呼応するように、T−Wolfの瞳に明らかな精気が宿る。
それは青白い炎のような闘気だ。

 

部隊長機が炎上してから、
約二十分後、十一機のWachstum部隊はたった二機を残すのみとなっていた。

「な、なんだ、このArfは・・・ま、まるであの『蒼と白の堕天使』じゃないか・・・」
震える声で兵士が呟いた。

「真紅のArf並の強さだぜ。」
もう一人の生き残った仲間が漏らす。

噂に聞き、テレビで見た蒼と白の堕天使、赤いArfの姿、
舞台で舞を踊るような鮮烈な死の攻撃は、
今でも瞳に焼き付いていて離れない。

二人とも、彼らに挑んでいったφの仲間の事を勇者だと賞賛し、
そして、自分であるならば逃げ出しているだろうと思っていた。

だが、そんな自分たちが相手にしてしまったモノ、

T−Wolfもまた、
T−Kaizerionと同じ系譜に属するWAの一体であることを彼らは知らない。

 

けれども、彼らを見たφの仲間たちは彼らを『勇者』と賞賛することだろう。

よくぞ逃げずに戦ったと・・・・・

T−Wolfが両手に何かを持って彼らに近づいてくる。

 

「うわあああ!!」「ヒィ!ヒィ!」

ドーーーーーーーーーン!!ドーーーーーーーーーン!!

 

逃げなかったのではない、
逃げられなかったのだとは知らずに。

彼らは『勇者』となった・・・

**********

「まだか!」
レルネがコクピットの中から、マイクを通じて外に呼びかける。
その声は彼にしては珍しく、焦りすら感じさせるモノだった。

「準備は整いました・・・ですが、ルインズ三佐、本当に出撃するのですか!!?」
外にいるメカニックのリーダーが、
多分に危機感を募らせた声で尋ねる。

それは非常にシンプルな理由、
レルネの乗っているArfは、あのONIであったから。

テストパイロットを12人を再起不能、そして1人を死に追いやった、
東洋産の悪魔のArf、ONI。

そんなことを聞けば、誰が乗ろうと回りの者が心配しないわけがない。
そう超一流の兵士、レルネ=ルインズが乗ったとしても。

メカニック達は、外で聞こえる爆発音に時節首を竦めながらも、
レルネを何とか止めようと意見を試みるが、それを彼が受け入れることはない。

Arfが他に無かったという事実も災いした。

部隊が出撃して直ぐに、格納庫に走ったレルネ。

格納庫のもっとも奥、そこにはまるでレルネをずっと待っていたかのように、
赤と灰色の巨大なArfが一体だけ残っていた。

 

「兵装が何もないんですよ!!全てが規格外のArfなんです!
通常の武器では使用できません!!!」

その指はトリガーにさえも掛からない。
全てが規格外・・・・それは異形の機体の証明。

「大丈夫だ。LINKすれば、ArfはArfだ。素手でも充分に戦える。」
レルネは静かにリーダーの問いに返事をする。

「しかし!」
メカニックだけによく分かる、Arfの基本設計を完全に逸脱したONIの姿。

リーダーはおおよそ見当が付く結末に、レルネを止めずにはいられなかった。
だが、それはレルネに届くことはない。

「規格外の機体なんだよ・・・・おそらくあれも・・・・あれもな。」

その表情はまるで旧友を思う者。
レルネは外の喧噪とは反対に静かに呟いた。

脳裏に浮かんだのは、今外にいるモノ・・そして・・・蒼と白のモノ。

 

(規格外でなくては、勝てない。)
それはレルネと、そしてルシターンの出した結論だった。

異形の機体と戦うためには、通常ではダメ、
同じ異形の機体であることが絶対条件であること。

それがL−seedと闘い、勝つための二つ目の理由。

 

「出撃する。発進口を開けてくれ。」
その言葉は少しも怒号を含んだ物ではなかったけれども、
メカニック達を黙らせる程に強い意志を含んだ物であった。

 

数分後、強固な床にくっきりと足跡を残して、ONIは戦場に飛び出る。

血と汗が飛び交う、彼の名に相応しい場所へ。

**********

「こんなもの?創魔なんかを付けるよりも、ずっとこっちの方が早いんじゃないの?」
サーシャが、燃え上がる11の火柱を見て、気の抜けた声を出す。

T−Wolfの損傷は、限りなく少ない。

ボディ全体にヒビが割れたようになっているのは、もちろん最初からであったし、
彼女の出したスピードにどの兵士もついてこられなかった。

「ま、T−Wolfが強すぎるってこと!」
サーシャがそう言ったとき、戦場の風が変わった。

 

スッと無駄のない動きで、T−Wolfは振り返る。
いつでも迎撃は可能なようにサーシャの神経は研ぎ澄まされ、
回りの風の変化を読み取る。

普通の人間であれば、一度気が抜けた状態から、
もう一度集中状態に持っていくのはある程度の時間を要するのだが、

そんな凡人達とは、サーシャは一線を余裕で画していた。

振り向いたT−Wolfの顔が、ゆっくりと上に向く。

 

 

「なるほど・・・・真打ちの登場ってわけ。」
サーシャがコクピットの中で震えた。

T−Wolfの前に立つ一機のArf。

「でも・・・鬼はないでしょ。」
新たな展開に歓喜するサーシャがいる。

 

鬼、オニ、、隠忍、ONI。

その中にレルネはいた。

名の由来が巨大であることが理由の一端であることに間違いないが、
その容姿もまた、大きく関係している。

いくら何でも天を突くような一本角と言うわけではないが、
頭の頂上と両脇から計三本の角が出ている。

真ん中の角は額前方までカタカナの「ク」の字にようにして曲げられて、
両脇のは逆に後方に、これまた「ク」の字に曲げて生えている。

腹部の中程から直垂(ひたたれ)が降りて、
全身がまるで戦国時代の甲冑のようなモノに覆われている。
刺々しい感じで肩から手の甲まで微細な赤い角が飛び出ており、
腰と脚はその巨大なボディを支えるためにかなり太くがっしりとなっている。

腕は剛腕と言うに相応しい剛健な造りであり、
まるでそれ自体が鉄の棍棒のような破壊力を持っていることは一目瞭然。

灰色のボディに所々赤が光り、それが飛び散った血に見える。
まさに全身凶器の装いである。

赤と灰色に覆われたボディは、相手に威圧感を与えるもののスタイルを見る限りは、
決して洗練されたモノではなく、やはり時代遅れのデザインと言える。

まあ、重機動型Arfと言う考え方自体が時代に合っていないのだが・・・・
もっとも、この意見は人が搭乗する形であった場合の話である。

これの制作者、つまりアミ=トロウンはONIに人を乗せるつもりはなかったのであるのだから。

 

その攻撃能力と防御能力は半端ではないはず。

そう中の人間を殺してしまうほどに半端ではないはず・・・・・

 

「操作系統をリニューアルしておかなければならないな。」
レルネはPowersはもちろん、
Wachstumよりも操作性の悪そうなコクピット内部を見て呟いた。

しかもレルネのLINK%が高いせいか?体がやけに重く感じられる。
ONI、それ自体の重さのせいであろう。

 

「重そう。」
サーシャは率直な意見を口にする。

T−WolfとONIは対極に位置するArfと思えた。

スピード重視とパワー重視。
それは簡単にどちらが有利とか不利とかを言うことは出来ないこと。

だが、この二機に関しては、それはナンセンスなモノだったのだ。

 

アヌビス・ネイルがその姿を剥き出しにしたのと同時に、再びサーシャは黒い疾風となる。

その瞳に数瞬前までの気の抜けた心は一片たりとも残ってはいない。

T−Wolfの姿が、一瞬だけ消える。

「横か!」
レルネが凄まじいスピードに乗せて、横移動したのを見抜き、
顔を横に向けるやいなや、T−Wolfは再び正面に戻ってきていた。

Arfの限界を超えるようなスピードにレルネもさすがに驚愕する。

ガガガガガガ!!

凄まじい火花が散って、ONIの胸に青白い爪が突き刺さり、突き抜け・・・無い。

 

「堅い?!」
今度はサーシャが驚愕する番だった。
目の前で火花を散らすだけで、一向に前に進むことが出来ない爪。

それはONIがWA並に高いシオン含有率のArfであり、
常軌を逸した巨大なボディを持っていた為に完成された、絶対的な防御力だった。

そこに初めてサーシャは隙を見せた。

それは先ほどの戦闘であまりに圧倒的な勝利を収めたが故に、
過信することになったアヌビス・ネイルが、あまりに無力であったからだ。

サーシャほどの女であれば、
先の戦闘が無ければすぐさま爪をしまい、間合いを切ったことだろう。

 

ゴーーーーーーーオオオオオオオ!!!

空気を何か太いモノで殴ったような凄まじい重低音が耳に聞こえたとき、
サーシャは自分の過ちに気付く、そしてそれが遅かったことにも。

ドゴーーーン!!!

森の木々が振動で震える。
T−Wolfが宙に舞った。

「クウウウ!!!」
コクピットの中でサーシャが呻いた。

殴り抜いた形のまま、止まるONI。

レルネもまた、コクピットの中で呻いていた。

「ツ・・・・・」
腕にまるで重いモノに引っ張られたような激痛が走る。
無理に鉄の塊を投げ回したような・・・と言う表現がぴったりだろう。

ONIの強さは諸刃の剣なのだ。

おそらくレルネだから、当てることが出来た一撃。
サーシャもレルネだから、当てられた一撃。

ONIは決して遅いArfではないではない。
パイロットが人間ゆえに、性能を発揮できないArfなのだ。

 

T−Wolfが大地に大の字になって倒れる。
その横腹には棘の痕がくっきりと付いて、火花が散っている。

普通のArf、いやWAでもあの勢いであれば、
殴り千切られてしまっても可笑しくない攻撃であったが、
そこはサーシャであった。

打撃を避けるほどの行動は出来なかったが、
当たる瞬間、辛うじて大地を蹴って体を宙に浮かし、ダメージを最小限に抑えたのだ。

T−Wolfだからこそ出来た回避行動であったとも言える。

通常のArfであれば、体が宙を浮いていようといまいと殴り潰されていたことだろう。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・ッツ・・」
コクピットの中でサーシャが息を吐き、時節歯を喰いしめる。
その右手は押さえると言うよりも掴むと言った感じに脇腹にあてられている。

息が荒いのは激しい運動をしたわけではない事は明白、
その身に走る激痛をなだめようとしている為。

片目でモニターを見ると、
赤と灰色のボディがゆっくりと手を戻して行くところだった。

「なるほど・・・やっぱ、ね。」
サーシャは意味不明な言葉を呟くと、片目をつぶりながらもニヤリとした。

 

先に言っておこう。

レルネ=ルインズが才能による天才であるならば、
サーシャ=シズキは経験で完成された秀才である。

 

T−Wolfの背面のブースターが熱くなる。

「行けぇ!!」
サーシャが片腹を痛めつつも、T−Wolfの稼働を再開する。

T−Wolf自身の脇腹も血の如き火花が散り続けている。
その量は動き始めてから、次第に多くなってきている。

 

先ほどと同じ直線的なハイスピード。

それがあのレルネに通じると思ったのだろうか?

T−Wolfの両手から爪が燃え上がるようにして現れる。

 

ONIの直前に、全く前と同じに右に移動する。
だが、脇腹のダメージが深刻に残っているせいか、その動きに精細は無い。

レルネであれば予測でき、なおかつ見ることが充分に出来るもの。

サーシャに何の勝算があるのだろう?

 

「腕は使えないんじゃないの!!」
右に逸れた瞬間、サーシャが気迫を声に出して、
そのまま右から突っ込んだ。

T−Wolfがもう数段階加速する。

それはレルネが捕らえられないスピードを持った意味。

 

サーシャは秀才。

あの腕を戻す動作で、
ONIの中に居るであろうレルネの腕にダメージがあることを見抜いたのである。
つまり動かせば動かす程、レルネはONIの中で自分勝手にダメージを受ける。

アヌビスの爪が、動かないONIの右手の表面を滑りながら削る。
突き刺すことは出来ないが削り取ることは可能であると、
判断したサーシャの攻撃である。
だが、それはあまりに焼け石に水。

それが予測できないサーシャではない、彼女にはもう一段階の攻撃があったのだ。

T−WolfはそのままONIの右腕の上で、
まるで鞍馬をするようにして手を着いて回転する。
爪で削られた痕が摩擦を起こして、T−Wolfの体を支える。

T−Wolfの天地が斜めになり、しなやかな脚がONIの後頭部を捕らえる。

相手の腕の上での回転という離れ業をしたサーシャはまさに秀才と言えよう、
戦場を分析して、相手の思わないような攻撃でダメージを与える。

まさにゲリラ戦術と言える。

 

「な、なんで?」
それは、サーシャ。

レルネは天才。

 

太い左腕ががっしりとT−Wolfの右足を掴んでいた。

「君の攻撃は私の予測の範囲を出ていない。」
ONIの中でレルネ=ルインズはT−Wolfに乗って居るであろう女に話しかける。

だが、言葉はそれと同時だった為にサーシャには聞こえない。

それ、とは・・・・

 

ONIは後ろ側に伸びる二つの角をT−Wolfの右足の下に寄せると、
左手を一気に下に引いた。

ガガギィイイ!!

鈍く軋んだ音が一瞬だけ響くと、
T−Wolfの右足はてこの原理に従って、通常あり得ない方向に曲がった。
曲がった部分からは血のような火花が散る。

 

「あああああああ!!!」
サーシャがコクピットの中で絶叫する。

数倍加速するために必要な高LINK%は、
サーシャにそれに見合うだけの苦痛を与える。

サーシャの服の中で右足が次第に黒ずんで来ていく。

 

ONIの性能のせいであるが、レルネにしてはパワフルでゴツイ感じがする闘い。

レルネはコクピットの中で再び左腕を抑えた。

仮に予測できたとしても、
ONIの左手を動かすことはレルネに負担を掛けることに間違いはない。

レルネの左腕にもまた激痛が走ったため、T−Wolfは地面に落下する。

 

「はあ・はあ・はあ・・・・」
サーシャの口が空気を求めて、開けられっぱなしになる。

実に効果的なダメージを喰らってしまったT−Wolfとサーシャ。
互いに最高の武器である脚を負傷した。

威圧感のあるONIが振り向き、倒れたT−Wolfを見下ろしている。

 

「危害は加えない。投降するならばコクピットから出てくることだ。」
レルネが音声のみの通信でサーシャに呼びかける。

だが、十二分に予測できたことだが・・・反応は無い。

「無理にコクピットから引きずり出されることを望むのか?」
レルネの顔には、サーシャからの反応が無いことに落胆の色は無かった。
こんな事で動揺するような男であるわけがない。

レルネはその重い腕を持ち上げて、T−Wolfのコクピットを狙う。

 

絶対的な危機であるにも関わらず、サーシャの口元に笑みが浮かんだ。
見つけたのだ、突破口を。

先ほど激痛の中、モニターで見たONIの背中に。

 

「?!」
レルネの体に戦場の雰囲気の変化が感じられる。
目の前の敵が何かを企んでいる、そう感じたとき、
それはレルネにしては、遅すぎる感覚だった。

「はあ!!」
サーシャはかけ声を掛けると、T−Wolfの両手を地面に突き刺して、
その反動で一気に横に滑った。

それはONIの股の間をまるでスライディングをするようにして通り抜ける。
素早く左足一本でかがみ込んだ体勢にまで持っていった。

 

「ク!!」
レルネがその伸ばした腕を重りにして、
体を反転させようとする。

だが、ONIの重さが全てに災いした。

一つは反転させることに思いの外、時間が掛かったこと。

そして、もう一つは、
その重さ故に背中に移動のためのブースターをつけていたこと。
これはアミが設計したパーツが作成される前に付けられた暫定的なブースターであったために、
背中に剥き出しに付けられていた。

 

「『死の翼』一枚解除。」
サーシャが言ったのと同時に、
T−Wolfの胸の一部分がパカッと外れて、カケラが落ちた。

それを地面に落とす前に、T−Wolfは受け取ると素早く、
ONIのブースターに貼り付けた。

灰色の背中に黒い板が小さくくっついている。

 

「何をつけた?」
レルネが背中に違和感を感じたとき、
T−Wolfは左足のみで地面を蹴ってその場を離れた。

背中のブースターを一気に蒸かして、
T−Wolfはそのまま空を舞う。

ドムン!!

瞬間、レルネの背中に衝撃が走る。

 

「さっきのモノか?!!」
モニターはONIのブースターが爆発によって破壊されたことを知らせる。

移動する事に支障は出ないモノの飛ぶことは不可能な損傷を受けていた。
バランスを崩してゆっくりと地面に倒れ込むONI。

背中に大地の感触が伝わると、
レルネはT−Wolfが遠く黒い点となるまで空を見つめ続けた。

逃げられた事に失望はない、ただ見ていただけだ。
その心は全く別な場所にあった。

 

一体のArfを破壊するほどの『死の翼』を受け取っても、
その身が壊れることが無い程に強靱なArfに。

そして、パイロットを死に至らしめるほどに負担を強いる凶暴なArfに。

レルネの心はあった。

 

不思議と笑みが零れる。

次なる闘いの為の準備が整い初めて来ていた。

 

「L−seed・・・・早く会いたいぞ。」

真っ青な空が炎で赤くなる日をレルネは感じる。

 

**********

基地の司令官が深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。ルインズ三佐。
あなたが居なければ、この基地は壊滅しているところでした。
本当に良かった、あなたが居て下さって。」

その言葉にレルネはただ頷くだけだった。

彼にしてみれば、ルシターンの基地を守ったと言うこと。
それは礼を言われるまでもなく、当然のことなのだからだ。

「良い機体だ、あのONIというArfは。今日、持って帰っても良いのかな?」
レルネが爽やかな声で司令官に尋ねる。

その身には、先ほどの戦闘での痛みがある。
だが、それはONIを駆ることが出来たという充実感を実感できる証拠となって、
レルネの体を駆けめぐっていた。

まるでスポーツで辛い試合を制した後のような清々しい痛みと気分だったのだ。

「しかしルインズ三佐、体の方を休めなければ。」
司令官の言葉にレルネは首を振る。
それ位の事は理由にもならないと言わんばかりに。

「しかし、修理の方は・・・・」
決して少なくない戦いの傷跡を思い返して司令官は言い募る。

「一刻も早く持って行きたいんだよ。」
レルネが子供のような理由で司令官に言う。

「そ、それでしたら、移動には問題なければ、宜しいですが?」
司令官はレルネのその言葉に変な顔をしながらも頷いた。

 

その頷きを確認するとレルネは、ドアを開けて出ていった。

 

ふとレルネは、廊下から窓の外を眺める。

 

そこには青空の下、疲れて大の字になって眠っているようなONIの姿、

森がまるで草原のように見えて、レルネは微かに笑うのだった。



「至急援軍を求む!至急援軍を求む!!
現在我が基地は攻撃を受けている!」

レルネがONIと共に第11φ基地を発って、8時間後。

緊急回線を使用した一本の要請が、
第11φ基地から100qばかり離れた別な基地に届いた。

 

そして、一分後。

「基地が壊滅する!!早く援軍を!!敵の数は一機・・・・・・・」

 

そして、二分三十一秒後。

「・・・・は壊滅・・・・・

・・来て・・行けない・。。・むい・・・

・・・繰り・・・かえ・・ここ・・・援軍・・・・ては行・・・ない・・

・・さむ・・・・い・・・むい・・・

・・敵・・・紫・・・・・・・・・アル・・・・フ・・・・・・」

 

十五分後、その国の軍隊が基地に到着・・・いや、基地があった場所に到着した。

誰もそこに生きているモノを見ることは出来なかった。

 

全ての命が舐め取られてしまったようなその場所で、
兵士の誰一人として口を開ける者はいなかった。

その悪夢のような惨状を前にしては、悪魔でさえも口を慎んでしまうだろう。

 

堕天使の王ルシファーの第二の住処ジュデッカの如き惨状に・・・

それは夏のある日の出来事だった・・・

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次回予告

マナブは死に等しきモノを駆る。

それは死と恋を予期させる。


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、このメールで、l-seed@mti.biglobe.ne.jp お願いします。

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