「死と等価の者」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第二十一話    「D−equal」

 

 

女神は眠っている。

 

ガックリと膝を堅い床に落としたまま、
背中の後ろの床に両手をついて、
天を呆然と見つめるように胸を反らし・・・・

いや、その顔だけは天から背けるように無気力に下げられ、
まるでこれから首を落とされるの待っているような姿。

反り返った胸には、二つの膨らみがまるで、
それだけが自分が女であると言う事を示しているように。

 

ダークピンクに彩られたその姿は、
まるで愛する者を失った乙女のように悲しげに俯いていた。

 

上半身は、重傷の火傷の患者のように純白の包帯にグルグル巻きにされている。
正確には、それは包帯とは言えない、それは金属を鞣して作り出した柔らかく強靱な板。

それが右腕を完全に巻きつき、
まるでハサミが無いために余った分で仕方なく帯が無くなるまで巻くように、
そのまま上半身を包み込んでしまっていた。

左腕こそ包帯に巻かれていないモノの、
目の部分のみが覗いているだけで、額の部分まで白く巻かれてしまっていた。

胸の部分に至っては包帯で引き締められた分、
その線がハッキリと見えて、ことさら強調されている。

女神は実に美しいプロポーションを持っていた。

例えるならば、「美というタイトルで創られた彫像」。
それは既存のどの機体よりも、人間に近く、
あの「紫の悪夢」よりも洗練されたボディを持っている。

但し、その右腕だけは見る人間に痛みすら感じさせそうな程に、
無惨に失われていた。

白い包帯がきつく巻かれているために見えてしまう傷跡は、
貪欲な狼に食いちぎられたように、ギザギザになっている。

床についた両手の長さが違うために、その身体は右側に傾いていた。
それがより一層の痛々しさを伴って、見る者の胸を締め付ける事だろう。

何が彼女を襲ったの?

それは今は分からない。

 

唯一、月桂樹を形取った頭部が美しい光を放っているのが、
女神に出来る精一杯の存在表現。

 

その瞳に光は宿っていなかった。

女神は死んでいた。

 

だが、それも当然なのだ。
何故なら、彼女の名は。

 

「 −equal(デス・イコール)

 

 

出番じゃぞ。」

 

死の女神は、高名な予言者の名を持った科学者に、再び召還される。



「どうしてかしら?」

サライは不思議そうな顔で尋ねる。

その美しい顔に、困惑の表情があまり見られないことは、
おそらく実際には彼女にとってこの対応は予想通りのことであったのだろう。

そんなサライの綺麗な顔に負けず共劣らない美しい顔が、
その表情によってそれを台無しにしてしまいかねないほどに、
怒りを宿しながら見つめている。

「サライだって、マナブの身体の事わかっているはずだよ!
マナブにそんなことをさせるなんて・・・」

いつもの頬を膨らませて怒る、
怒られている方が思わずクスリと笑ってしまうような愛くるしい怒りではない。

眉間を歪ませ、その黒い瞳を鋭くさせて、
まるで「我が子を守らんとする母猫」のような瞳でサライを睨む。

そう、「睨む」と言う表現が一番ぴったりだろう。

その烈火の炎すら見えそうな怒りの瞳のまま、

 

「絶対ダメ!」

フィーアは言い放った。

 

**********

 

白い部屋の中、マナブはドアの向こうの喧噪をボウッと聞いていた。

良く通るフィーアの声に、一瞬ビクッと身体を震わせる。

 

サライ達が、マナブの病室に尋ねてきて五分も経っていない。
だが、その五分は、フィーアの居ない時間であった。

マナブが目覚めてから、
フィーアはマナブが寝るまで、いや寝てからもおそらく離れずに付き添っていた。

 

あれから数日間、表面上何も変わらない二人を演じてきた。

朝、フィーアに起こされ、夜、フィーアに付き添われて眠る。

その時の二人に何の接触も無い。

 

マナブの身体は、大きな衝撃やLINKの影響で実体化した傷を受けたにも関わらず、
順調に回復し、その支障は最早無い。

だが、フィーアはマナブに外に出歩くことを頑なに拒んだ。

マナブにしてみれば、もう健康体であるから外に出たいと思うのは当然のことだが、
珍しくフィーアはマナブの願いを強く断った。

正確には断ったと言うよりも、涙さえ浮かべて懇願したのだが・・・

さすがのマナブもそんなフィーアを無下にする事は出来ず、
もう目覚めてから一週間この白いベッドの部屋で過ごしていた。

 

フィーアが居ない・・・・・初めての時間の訪れに、

マナブは、

L−seedと共に走り続けたこの数ヶ月間に、思いを馳せることが出来た。

 

エメラルドとの日々。

月読のメンバーとの会話。

レルネとの闘い。

エメラルドとの別離。

紅いArfとそれを駆る青年。

黄色いArf。

青いArf。

 

 

フィーアとの・・・・

 

そこまで至って、マナブの心は痛みと共に掻き乱れる。

 

妹と犯した禁忌

 

それにマナブは漠然とした恐怖を感じていた。

彼とて、世間の一般常識は理解しているし、
それから好んで逸脱しようとしているわけではない。
最もJusticeの行っていること、
彼が結局の所していることは反社会的と言わざる得ないことなのだが。

彼自身、ようやく「戦争」「戦闘」の恐怖を理解した所なのだ、
実際のマナブは一介の大学生に過ぎない。

 

故に、マナブは恐れるのだった。

フィーアとの口付けを。

 

**********

 

ドアの前で、フィーアに対したサライは出直す様子を見せない。

そこにはいつもの厳しいながらも優しいサライの姿はなく、
Justiceのドクターであり、Justiceの中枢を担う者の厳しい姿がある。

 

「それを言うなら、フィーア。あなたこそ分かっているでしょう?
マナブ様の身体がもう大丈夫だと言うことを。」

サライの言っていることは、事実である。
マナブが目を覚まして、既に一週間が経つ。

実際の所、マナブのVirus性の発作は無く。
身体は眠っている間に、ほぼ完治していたのだ。

先の戦闘に於いて、
L−seedの脇腹をアンカーが貫いたLINK性のショックは、
マナブの脇腹に黒い痣を作るだけに止まり、
その際に生じた身体性のショックは、さほどの傷をマナブの身体に残してはいなかった。

あの「L−Virus」の為だろうか?

マナブの回復力は通常の人間の数倍はある。

 

つまり身体的には、問題がない。今は、そう言えた。

 

**********

 

(俺は、何であんな事をしたんだ?)

声に出さない問いを、心の中で反芻し続けるマナブ。
見上げる天井が妙に白くて、目が痛くなる。

思わずつぶった目の裏側で、浮かび上がる。

フィーアの泣き顔と

フィーアの泣き声と

フィーアの言葉と

フィーアを抱きしめたときの柔らかさと

フィーアの匂いと

そして、

フィーアとの口付け。

 

マナブの心の奥底で加速し始めた「愛おしさ」と言う名の「錆びた車輪」。

 

それは遂に錆びさえも砕き、マナブの心を再び動かし始める。

あまりに巨大な『車輪』に、マナブは恐怖していた。

 

その『車輪』とは『想い』。

 

愛情は大きくなればなるほど、それに伴い例えようのない不安も大きくなっていく。
しかもその愛情は、自らの妹に対する禁じられたもの。

『想い』だけがただ肥大化して、不安のみがマナブを襲う。

 

『想い』を認めれば楽になるのに・・・・・・
今のマナブにはそれが出来ない。

 

禁忌を破るほどにマナブは、
まだ強くは無かった・・・・・いや弱くは無かったの間違いだろうか?

 

「何だよ・・・何なんだよぉ!」
自らの心の中の葛藤に、マナブはただ苛立ちを声に出す以外に術が無い。

心が軋んでいた。

「血の禁忌」 と 「想いの高まり」

相反するモノが、皮肉にもフィーアがいない時間にマナブを責め立てていた。

 

「俺は・・・・・フィーアを?」

そこまで言って、マナブはハッとして首を激しく振った。

自分の今言った言葉に驚きを隠せずに、
マナブの瞳は焦りと恐怖に歪んだ。

 

「何を言ったんだ?俺・・・」

喉に非道い乾きを覚えたマナブは、ゆっくりと立ち上がり洗面台に向かう。

その足取りは重く、その背に浮かぶ疲労は濃い。

 

鏡に映る自分の顔に、マナブはギョッとする。

その顔は、陽に当たっていない為に怖いほど青白かった。

体調は、自分でも実感できるほど良かった為に、
その青白い肌は余計にマナブを驚かせる。

身体も良くなっているとはいえ、一日の大半をベッドの上で過ごし、
フィーアに外出さえさせて貰えぬ状況では、必然的にその筋肉も落ちてきていた。

その事を今更ながらに実感して、マナブはそっとため息を付く。

ジャーーーー

水をコップに注ぎ、一気に煽る。
冷たい感触が喉を一気に通り、乾きをぬぐい去り、そのままに胃に落ちていった。

しかし、唐突に訪れた冷たさに喉は少しばかり抵抗を示す。

 

「ゴホ、ゴホ・・・・」
むせる音が洗面所に反響して、余計に大きく聞こえる。

ひとしきりして喉は抵抗をようやく納めて、マナブを苦しみから解放してくれた。

 

再び、マナブは鏡に映る自分を見つめる。

コップ以外何もない洗面台は妙に殺風景で、
マナブは鏡の中以外に興味を集中することが出来ない。

 

(俺は・・・フィーアと越えてはいけないものを越えてしまったのだろうか・・・・)
漠然とした不安にマナブの思考は、結局この事を考えてしまう。

(・・・・・・・・・・)
漠然とした不安は、姿のない恐怖を生み出す。

禁忌を犯した事に対する根元的な恐怖。
それは神社仏閣教会等の神聖視される場所を壊すなり汚すなりした時に、
心のどこかに現れるモノに酷似していた。

その禁忌というモノが、
ただ一般社会が作り出した理由のないモノであることにマナブは気付けないでいた。

彼自身、既に一般社会などから隔絶されたような組織に存在し、
道徳に反するような行為を行ってきているにも関わらず、

マナブは、何かを恐れていた。

 

「・・唇・・・・」
思わず出た言葉は、マナブにも理由が分からない。
ただ、自分の唇を見ていたら、ふと飛び出した言葉。

マナブの脳裏に浮ぶ。

泣いて上気した頬

涙に濡れて輝く瞳

暗闇でさえ紅い唇

 

そして、
身体の奥底から沸き上がる何か。

 

フィーアを求める
強い何か。

 

愛情が直ぐに性欲に結びつくとは言えない。

だが、決してそうでないとも言えない。

 

マナブは、

あの時、

確かに、

フィーアの中に

異性を、

 

女を見た。

 

 

「違う!!!」
マナブは、先ほどの咳よりも大きな声で叫んだ。
頭に浮かんだその感覚を言葉で否定し、抑え込む。

(フィーアは妹だ・・・・・あれは・・・・・)

マナブの瞼に浮かぶ、フィーアの顔。

 

(あれは・・・・・一時のことなんだ・・・・)

マナブの瞼に浮かぶ、フィーアの唇。

 

「何も・・・・抱いた訳じゃない。俺はあの時どうかしてたんだ。」

(眠りから覚めたばかりで考えがまとまらなくて・・・
フィーアが泣いているのをなだめようとしただけなんだ。)

 

マナブは、納得する。

あれは・・・・・・何も無い・・・・ただ偶然が産みだした、ただの出来事だったと。

 

心の奥底に「想い」を無理矢理寝かしつけ、
「想いの車輪」に板を噛ませて、

マナブはフィーアを心の中から追い出す、来るべきその日まで。

 

マナブは知らない、

その抑え込まれた時の分だけ、その想いが強くなることを。

 

マナブは何かを恐れている。

それが何なのか?マナブには分かっていない・・・・

 

**********

 

ドアの前、フィーアとサライの舌戦は終局を迎えようとしていた。

マナブの身体に残る疲労を理由としていたフィーアは、
サライの言葉にマナブを留める理由を見失い、押し黙ってしまう。

ただし、その身を決してドアから避けず、サライの侵入を頑なに拒む。

「フィーア・・・わか・・」
サライの手が俯くフィーアの肩に置かれ、
フィーアに最後通告をしようとサライが口を開いたとき。

「心の傷は?!サライ、前に言ったよ。
心の傷は身体の傷よりも治すのが難しいって!」

弾かれたようにフィーアが、真っ直ぐにサライを見つめて言う。

その黒い瞳には、
マナブを傷つけるような事を許してはならないと言う、強い意志が消えずに燃えていた。

だが、サライの黒い瞳は、暗く冷たく瞬く星。
フィーアの肩から手を離して、サライはゆっくりとフィーアの瞳を見つめ返した。

「マナブの心の傷は・・・・」
紅い唇から、言葉が紡ぎ出され始める。
氷よりも冷たい、刃よりも鋭い声音で、フィーアは体温が下がるような気がした。

 

「・・・あなたが治したでしょう?フィーア。」

 

それは事実だった・・・・・
魘されていた夜も、2日前から静かな安らぎに満ちた夜に移り変わっていた。

サライの言葉にフィーアの身体の力が一瞬弛緩する。

マナブを危険から守る理由が無い・・・・
そして、自分こそがその理由を失わせる役目を果たしていたことを、
フィーアが思いだしてしまったから。

それは愛しい者を想うなら当然の行為である、
だが、フィーアにはそれがマナブを戦地に赴かせることになってしまったのだと、気付いてしまう。

 

何度も言うが、恋人を想う人間なら、当然の事をしていただけなのに。

 

癒すこと、癒しを望むことが、マナブに辛さを与える可能性を秘めていること。
その矛盾にフィーアは悩む。

通常なら考えない些細な事実、だがフィーアにはマナブが全てであり、
それは悩まずにはいられない事実なのだ。

 

「フィーア・・・そこを避けてくれるわね?」
サライが静かにフィーアに語りかける。

フィーアは動かない。

代わりに、静かにドアが開いた。

 

 

背後に気配が現れたことに気付くと、フィーアは直ぐに振り返っていた。

「マナブ。」
フィーアの口からはそれ以上の言葉が出ない。

それと対照的にマナブは、にこやかに笑いながら声をドアの前に立つ二人に言葉をかける。

「おお?どうしたんだ、二人とも。」

「マナブ様、寝起きの所申し訳ないのですが、
御当主様から作戦室に来るようにとの事です。」
サライは、フィーアが何も言わないことに何の躊躇いもせずにつけ込んで、
マナブに用件を告げる。

サライの連絡をマナブは最後まで聞くと、グーッと両手を組んで上に伸ばした。

「わかったよ。起きたばかりなのに直ぐにこれなんだからなぁ。」
マナブにしても不自然な程に砕けた態度で、サライに了解を伝える。

マナブが了解したとき、フィーアがハッと顔を上げて、
縋るような瞳でマナブの顔を見ていたが、マナブはそれに敢えて気付かない振りをした。

それを感覚で察したフィーアは、また俯くしか無かった。

「一時間以内に来るようにとのことです。よろしくお願いします。」
そう言うと、サライは一礼をして歩き出した。

白衣の背が、廊下の向こうにゆっくりと消えていく。

 

 

「フィーア。」

唐突に訪れる呼び声に、フィーアは顔を上げる。
そこにはマナブの後ろ姿があった。

「マナブ。」
フィーアはマナブの呼び声に自分が応えていることを示すために名前を呼ぶと、
マナブはそのまま振り返らずに言った。

 

「看病・・・ありがとうな。」

この数日間、マナブはフィーアに改まってお礼を言うことは無かった。
それは、マナブが初めてフィーアに言うお礼の言葉だった。

 

「ううん!どういたしまして!」
フィーアは笑顔で、マナブに答えを返した。

フィーアは感じた。

これからのマナブとの日々を、きっと幸せな日々を、

感じずにはいられなかった。

 

この言葉を聞くまでは。

 

「フィーア。薬をくれ。」

「え?」

フィーアの笑顔が固化し、その手から力が抜ける。

「これからは自分で飲むから。」

「え?」

嫌な感覚が背骨を直接鷲掴みして、
フィーアの胸が激しく上気し始める。

 

マナブは振り返らずに、そのまま言葉を続ける。

「俺は兄さんなんだから・・・・妹に頼ってばかりじゃいけないよな。」

マナブの口から出た言葉は刃と化してフィーアの胸に突き刺さる、
血を流して心が死んでいく。

 

「え?ええ??マナ・・・ブ??え?」
フィーアの頭の中で、処理しきれない悲しい現実。

ただ、訳も分からずにマナブの名を呼んだフィーアは、
マナブが目覚めたときよりも心細くか弱い女に見えた。

だから、それを知っていたから、

マナブは決して振り返らない。

 

「俺、行って来るわ。薬、部屋に置いといてくれな。」
明るい声でマナブは、フィーアに後ろ手で手を振って廊下を歩き出す。

 

「マナブ!!」
その後ろ姿に、ただその歩みを止めなければ行けない、
と言う焦燥感から出したフィーアの叫びがぶつかる。

しかし、それはマナブの背にぶつかって、無機質な音を立てて廊下に転がった。

 

歩みの音は遠くなり、そこにはフィーアだけが残された。

 

まるで、世界中でひとりぼっちになったような顔で、
フィーアはそのまま崩れ落ちるようにして泣いた。

分かった。

知った。

でも、理解したくない。

 

すべてが初めに戻ったのではなく、ゼロになったことを。



「そうですか、ルイータ=カルが本物と認められたんですか。」
画面の中の短髪の男は、真面目な顔でささやかな驚きも見せずに言った。

「ああ、一応信用のおける組織が検査をしておるから大丈夫だろうな。」
白い服の上のロザリオが眩しい老人が似合わないコンピュータを前にして、
画面の中に映る青年に言う。

どこか農作業着の方が似合うような老人、ヨナ18世は理由のないため息をついて続ける。

「EPMのやつらも認めざる得ないようだ。
何せ自分たちの息のかかった組織の結果だからなぁ。

まあ、事実をねじ曲げずに報道しただけでも良しとするか。」

自らもEPMの一人であるにも関わらず、別の組織のような言い方をする法皇。
それは今に始まったことではない。

彼が無理にEPMの最高顧問として、
権力の無い「象徴」として扱われ初めてから、彼は表だって動くことが出来ないのだ。

実質の権力は、軍事顧問のゴート=フィックが握っている。

表に立って法皇に出来ることは、せめて外交顧問の者達を擁護する発言をするくらいである。

そう表立っては・・・・・。

 

「では、あれはエメラルド=キッスではないんですね?」
画面の中で青年が、いずまいを乱さずに法皇に尋ねる。

その青年の様子に多少うんざりしたような顔で、法皇は言う。
「まだ本当のところはわからんがな。

・・・ところで・・・・・おい、キッド。回りに誰もいないんだろう?

いい加減その似合わない丁寧な言葉は止めんか。
おまえに言われる背中が痒くて仕方ないわ!」

一気に砕けた言葉で、法皇はレイアルンを昔のニックネームで呼ぶ。

今は法皇とその娘だけが呼ぶ名前、
それは法皇と月読の隊長の関係から、優しいお爺さんとやんちゃな坊主への転換の合図。

 

「まったく、人に枢機卿なんて押しつけて置いて良く言うよ。」
画面の中で頭を掻きながら、レイアルンがため息混じりに言う。

「楽しんでいるようではないか?皆、生き生きと輝いておった。
2年前とは大違いだぞ。」
法皇は目を細めて、モニターの向こう側に見えた月読の娘達を思い浮かべる。

「みんな、成長したって事ですよ。
別に俺は何もしていませんから。」
レイアルンが謙遜ではない、本心からそう言った。

だが、法皇にはそれがレイアルンのおかげであると分かっていた。
けれども、それを敢えて言うほど、彼はお節介ではない。

月読を創ったのは法皇だが、
彼女たちを癒し続けているのは他でもないレイアルンなのだから。

それはあの娘達の舞台を見れば、法皇には分かり過ぎるほど分かっていた。

 

レイアルンは調子を乱されながらも、先ほどの事柄に話を戻す。
無理にでも戻しておかないと、
この老人のこと、話が脱線を続けて最後には時間切れになってしまいかねない。

「ホウショウは一目見たとき彼女をエメラルドと言っていました。
ホウショウのの直感は時に、コンピュータよりも高い確率で真実を言い当てます。」

これは事実であった。

彼女の持つ特殊な能力は、レイアルンも法皇も認めていたし、
それが不幸な環境に置かれた少女が悲しくも身につけてしまった能力であることも、
二人は知っている。

「そうか・・・・なにぶん、宇宙のことは私でも力が及ぶ所ではないのでな・・・」
法皇は顔をしかめて、レイアルンに力になれないことを話す。

「それならば・・・俺達が調べるだけですよ。」
それがどれだけ大変なことか分かっているのだろうか?
レイアルンは無邪気に法皇に笑いながら言う。

そんなレイアルンの様子を見て、法皇も釣られて微笑む。
本当に楽しそうにレイアルンは笑っていた。

 

「キッド、φの様子はどうだ?」
世間話でもするかのように、気楽に法皇はレイアルンに尋ねる。

「思わしくは無いですね。
EPM軍の増強及びArfの量産速度アップが実行されていますし、
なによりも・・・」

そこまでレイアルンが言って、その先を法皇が続ける。

「なによりも、φの拡大が進んでいる・・・違うか?」

必要以上の緊張感は無かったが、
レイアルンと法皇の間に、静かな張りつめたモノがある。

 

「その通りです。デュナミスが調べたところ、
どのφの部隊にもArfが追加配備されるそうです。」

「それはこちらでも掴んでおったよ。Arfパイロットの養成校も増設されるそうだ。」
法皇は、苦いモノを食べたように顔を渋くして言う。

「そうですか・・・・・」
レイアルンもそれらの情報に、自分たちの無力さを知らされる。

Arfの増加を止めるために、それらを破壊することはただのテロリストと変わらない。
自分たちの出来ることの限界を知る度にレイアルンは悩む。

 

「法皇、シャト総帥の母親は確か、ホムラの人間でしたよね?」
現在の三大名家の座を狙う日本のホムラ。

「ああ、確かそうだったな・・・再婚して今はケルベ家の人間だがな。」
額に手を当てて目をつぶり思い出す法皇。

そんな法皇にレイアルンは多少の笑みを浮かべながらも、話を続けた。

「国創から、一体、レルネ一佐の元にArfが輸送されたそうです。」

「国創から?!φの参入には失敗しているはずだぞ?」
Arf製作会社国創の名を聞いて驚く法皇。
国創は、先日アメリカのSuper Force社に競争で敗れたばかりなのだ。

「でも、確かな情報です。」
法皇の驚きを予測していたのか、非道く冷静にレイアルンは言う。

「信じられんなぁ・・・・確かシャトと母親の不仲は有名な話だぞ。」
未だ信じられないと言った顔の法皇。

レイアルンにしても、最初その報告を聞いたときは驚きを隠せなかったモノだ。
それほどにルシターン=シャトと母親リリィ=ケルベ(旧姓ホムラ)の不仲はメジャーな話なのである。

 

「送ったArfの名前は分かるのか?」
法皇が当然の質問をレイアルンにぶつけると、
レイアルンはすまなそうな顔で否定した。

「今、調べている最中です。
デュナミスが今日の舞踏会にでも分かるだろうと言っていました。」

デュナミスの実家ヴァイロー家は先ほどの三大名家の一つである、
彼女が招かれる舞踏会の数々は、
経済、政治そして戦争の情報が溢れかえっている格好の情報収集場所なのだ。

今ではSI2にいたフクウよりも情報収集の成果を上げているほどに。

 

「そうか・・・わかったら教えてくれ、こちらでも調べてみるからな。」

「わかりました・・・・あまり、目立っちゃだめですよ。」
最後は彼らしい言葉で法皇に注意を促す。

「わかっておる。これでも法皇ヨナ18世なんだぞ!!」
胸を反らして、威張っている様子を見せる法皇に、
ため息を盛大についてレイアルンが言うのだ。

「だから、気を付けて下さいって言っているんですよ・・・・・」

「キッド、なんかおまえ、フクウに似てきたなあ。」
その様子に法皇は月読で最も傷の多い女性の名を出した。

「お、俺が?!」
レイアルンが驚いて、自分を指さしたとき。

それは鳴る。

 

ビビビビビーーーーーーーーーーー!!!

けたたましい警報が、画面越しにも法皇に聞こえる。

「レイアルン!」
先ほどとは全く違う真剣な顔で、法皇はレイアルンを呼ぶ。

だが、それと同じくらい早く、レイアルンは言っていた。

 

「法皇陛下、月読隊長レイアルン=スプリード、戦闘準備に入ります!」
ピッと敬礼をして、レイアルンは画面を切った。

法皇と月読の隊長の関係、再びそれに戻ったのだ。

 

「子供達・・・・・死んではならんぞ。」

ブラックアウトした画面を見つめて、法皇は祈る。
自分の息子とも思える青年と自分の娘と思える子たちへの神の加護を。

 

床に膝を付き、神に祈りを捧げる法皇の背後に、静かに誰か立つ。
目を開いた法皇は、ゆっくりと後ろを振り返る。

そこには、清楚な装いの一人の女性が立っていた。
年齢は20代の半ばんに見える。

赤い髪が長く、腰まで垂れている。

決して露出の激しい服を着ているわけでもないのに、
その身体からは血の美しさか?
男性の保護欲、もしくは独占欲を刺激する雰囲気がある。

祈りを捧げ終わった法皇にゆっくりと笑いかけながら、
女は紅茶の乗ったトレイを差し出した。

「お父様、お茶の時間ですよ?」
その言葉はか細い小鳥を思わせて、今にも消えてしまいそう。

「ディアドラ・・・・」
法皇は自分の娘の名前を呼ぶと、
ゆっくりとテーブルに座る。

「早くテーブルに付いて下さいね。」
屈託のない微笑みが部屋の中に、蝋燭のように灯る。

ディアドラは、先ほどの法皇の祈りの理由を聞くこともせずに、
慣れた手つきで、お茶の準備をする娘を法皇は静かに、そして優しく見つめた。

 

用意が整い、親娘のティータイムが始まる。

一回口を付けた後、ディアドラは窓の外を見て言った。

 

「お父様、大丈夫ですよ。」
唐突な言葉に法皇は、しばしカップを持つ手を止める。

その事を知っているのか?知らないのか?ディアドラは静かに続けた。

 

何の根拠もない言葉だったが、
ディアドラの言葉には力があった。

強い思いは、それだで人に力を与える。
ディアドラの思いは、真っ直ぐに曇りが無い。

 

「あの子たちなら・・・きっと大丈夫。」

 

「そうだな・・・・大丈夫だ。」
法皇は娘の言葉を信じる。

そして、月読の子供達の無事な帰りを信じる。

 

窓から差し込む柔らかい陽に、
ディアドラの赤い髪が燃える。

そしてディアドラの瞳が陽光を反射する。

 

それは綺麗に、澄んで輝いていた、

左右別々に・・・・・


タッタッタッタッタ!!

廊下を全速力で走るレイアルンの背に、声がかかる。

 

「隊長!!」
そこには月読のメンバーたちが軍服に着替えて立っていた。

「みんな、揃っているな!」
レイアルンは、振り向いて直ぐに人数を確認する。

「ハイ!」
一歩前に出たカイが完璧な敬礼をして、レイアルンに答える。

**********

慰問部隊「月読」には、レイアルン=スプリードを隊長として、副隊長が二人いる。

フクウ=ドミニオンとカイ=アンクレットである。

フクウは、舞台装置のセッティング
そして経理、月読全員の体調管理等の生活に関わるあらゆる事を担当している。
いわばみんなの裏方に徹しているわけである。
彼女がいなくては、月読の公演運営はおろか、月読メンバーの生活も成り立たたない。

それに対して、カイ=アンクレットはこれと言ってすることはない。
一応、公演のシナリオ等の運営に関わっているとされているが、
実際はフクウがそれを行っており、彼女自身が動くことはあまり無い。

だが、カイの副隊長としての真価は有事の際に発揮されるのである。

指揮官であるレイアルンの完璧なサポートをする素晴らしい戦士として。

**********

「一体何が起きたんだ?」
レイアルンが、近くで爆発音が轟く建物の中で、冷静に尋ねる。
彼の様子に動揺や焦りの色は見られない。

彼はこの「月読」の隊長なのだ。

「テロリストのArfが基地に攻撃を加えています。」

「何体?」
淀みのない言葉で報告していたカイがそのレイアルンの問いに詰まる。

 

「どうした??」
不思議そうにレイアルンが再度聞き直す。
嫌な予感がレイアルンの心の温度を下げる。

 

数秒の沈黙の後、

「一体です。」

カイはレイアルンの瞳を見つめてハッキリと言った。
それは無謀なテロリストをせせら笑う姿ではない。

その姿にレイアルンは、ごくりと唾を飲み込んだ。
背筋に寒気が走る。

『一体』

そのカイの言葉は
今までのArfの力を過信して、一人突入してくる愚かな敵を示してはいまい。

それは間違いなく強大な敵の来訪を意味していた。

 

(蒼と白の堕天使・・・・・

紫の悪夢・・・・・・・・・・

真紅のArf・・・・・・・・・

どれだ?)

レイアルンの脳裏に浮かぶ、三体の異形の機体。

思うよりも早く、レイアルンの唇は言葉を、いや命令を紡ぎ出す。

 

「フクウ、アミ、デュナミス、プリンは、基地にいる非戦闘員の救出及び脱出を助けろ!

カイ、ホウショウはArfに搭乗し、俺に続くんだ!!」

 

「「「「「「了解!!!!」」」」」」
全員が揃って返事をすると、一気に二手に駆け出した。

慰問部隊とはいえ、彼らとて兵士なのだ・・・・・例え階級が無くとも人の命を救い、守ることは出来る。
それは歌で兵士達を癒すことと同じだと彼らは思う。

 

月読はそんな部隊なのだ。

**********

月読のArfは、レイアルンとカイ、フクウの三機を除き、
四機は公演をする舞台の柱代わりになっている。

これは月読の慰問部隊という性格上、
一般市街でなく、戦場に於いての公演も行われることから、
月読の護衛用Arf三体、
そして公演に必要な道具の運搬、会場の設営の為に四体のArfが月読にある。

彼らは常に七人で行動しており、
足りない要員は全て現地の協力を仰ぐ以外にない。

故に彼らのArfは常に各基地に到着しても、
格納庫に入れられることはなく、
Arf自身がカラフルなカラーリングをされて、兵士、そして一般市民を楽しませている。

護衛用以外の四体のArfは、通常のPowersにあるような兵装はされて居らず、
その能力も著しく抑えられている為に、
「Powers改」と呼ばれ、Powersでありながら、
Wachstum並もしくはそれ以下の能力という特異なArfとなっている。

**********

月読の公演会場の横に置かれていたArfに乗り込むレイアルンとカイ。
ホウショウはテント内に入っていく。

乗り込む際に、レイアルンはカイに尋ねた。

「カイ、敵は一体なんだな?」

「はい。情報が錯綜していてカラーリング、兵装等の詳細情報は分かりませんが。」
先ほどの戸惑いを感じさせずカイは、
レイアルンに自分の知っていることを正確に簡潔に伝える。

「分かった。」
レイアルンは厳しい顔で頷くと、

「気を付けるんだぞ、カイ。」
そう言って、コクピットに入っていった。

「はい・・・隊長も気を付けて。」
カイは心から不必要な緊張が抜けていくのを感じながら、
レイアルンに返事をした。

(この人がいれば、私は大丈夫・・・)
久しぶりだからか?カイにしては、珍しく戦闘以外の事を考えてコクピットに乗り込んだ。

 

 

「Susanowo起動!」

レイアルンの愛機「Susanowo」。
メタルグレーのカラーリングが為されたArf。

右肩の表面には、上弦の月と片目を組み合わせた「月読」のマークがされており、
胴体部分に金色の楕円が描かれている。

 

「Powers改」とは違い、月読の護衛用に使われるArfであり、
その兵装はPowersよりも若干オリジナリティがあり、
LINK−Sも搭乗者レイアルン=スプリード専用に調整をされている。

Powersの1.5倍程度大きいその体には、
背面部に盾の代わりに、長方形のケースが取り付けられている。
武器が入っているのか?
それともブースターの役目でも果たすのだろうか?その用途は一見しても分からない。

両肩と腰の両端、ちょうど人間で言えば腰骨が出ている辺りに、
それぞれ電気のソケットを入れるような穴が空いており、
頭部はPowersよりも鋭角的なデザインで、耳の辺りから二本のアンテナが立っている。

 

レイアルンはSusanowoとのCHANCE・LINKを何の問題もなく突破して、
爆音が轟く方向を向き、立ち上がった。

横を見れば、カイの駆る副隊長機「Kusinada」が立ち上がるところであった。
ホウショウの駆るPowers改は既に立ち上がり、
レイアルンよりも早く、目的地に向かっている。

「ホウショウ!!先行するな!!おまえは俺達をバックアップしてくれ。」
慌ててホウショウの茶色いArfを止める。

「え〜、いっつもホウショウ、後ろだよぉ!」
Arfの足を止めずに、
画面に出たホウショウは、不満げに頬を膨らませてレイアルンに言った。

「ホウショウ。今のおまえのPowers改では直接戦闘は危険すぎるんだ。」
「ホウショウ!戦闘中は上官の言うことは絶対よ!」

レイアルンの会話に割り込むようにして、
カイが画面に入ってきてホウショウをたしなめる。

「・・・・・はぁい。」
レイアルンとカイの言葉に渋々承諾すると、
軽くArfの足を遅め二人が駆け寄ってくるのを待って、その後に付く。

 

 

ドガーーーーン!!!

 

戦闘は幸いにも月読のテントとは正反対の場所で行われているらしい。

レイアルンの回線に、
兵士達の焦りと動揺の声が入る。

 

「な、なんだこいつは!!」

「データを照合中・・・・・・・データにありません!」

「馬鹿な!!たった一体にこのArf基地が破壊されるのか??」

 

(どうやら・・・・どれでも無いみたいだ・・・・)
レイアルンは頭の中に浮かんでいた三体のArfを予想から外す。

これらのArfは「Unknown Arf」として、
EPM及び各国軍隊にデータとして送られているはずである。

 

(そして・・・・・こいつは・・・)

「全Wachstumの2/5壊滅!!」

 

「マジに強い!!」
レイアルンはそう言いながら、戦場に躍り出た。

横とそして後ろにぴったり寄り添ってと信頼できる仲間を感じながら。

 

**********

 

敵の約半数を破壊した事を感覚で感じたとき。
彼の目に、建物の影から新たに出現したArfを認める。

 

今まで相手にしてきた、Wachstumとも、Powersとも少しばかり様子が違う。
カラーリングも白、ダークグレイ、茶と統一性が無い。

「Arf三体確認・・・・・・照合中。」

外部カメラで見た、彼らに統一して存在する肩のマークから、
コンピュータがその正体を突き止める。

青年の黒いサングラスの表面に光の文字の羅列が映し出される。

 

「EPM軍付属慰問部隊『月読』

護衛用Arf:Susanowo

護衛用Arf:Kusinada

非戦闘用Arf:Powers改」

「・・・・・・・」

サングラスの奥で、彼は何を思ったのだろうか?
胸のロザリオが銀色に輝いて、剣を見せる。

非戦闘用を出してまで、戦おうとする彼らに対して、
彼が取った行動はただ一つ。

「稼働可能なArfの破壊・・・・・・Dragonknight、作戦遂行する。」

セインの喉から、刃の如き言葉が飛び出し、
そのレバーを握る手にグッと力が入った。

 

それを正しくLINKして、彼の大きな人型は、持ったランスをギッと握りしめた。

龍の翼を持った騎士は、高々と槍を掲げて、
回りに群がってきた多くの生け贄に牙を剥く。

 



片腕の女神の前で、Justiceの中核を為す三人が佇んでいた。

 

まるで斬首を待つような女の姿を前にして、彼らは何を思い出すのだろう?

 

ヴァスは相変わらずその瞳を覗かせることもなく、
それを見つめ続けていた。

視線の先には、ただ無惨な痕を晒す右腕があった。

 

ヴァスの背後に立つ二人の内の一人が、
誰に言うでもなく言葉を漏らした。

「この実験・・・・おそらく失敗・・・するじゃろうな・・・」
「大天災」の文字が鮮やかな白衣を着た老人ヨハネ。
彼にしては珍しく『失敗』と言う単語を使った。

ヨハネは常日頃から、
「失敗などと言うことは無い、それは単にこれは違うと言う結果が出ただけだ。」
と言っているからである。

「・・・・失敗は無い。」
ヨハネの言葉を否定したのは、意外なことにヴァスであった。

ヨハネ達の方を振り返らずに、ただ機体の表面を優しく撫でている。
誰にもその表情は見えない。

いや、例え正面を向いていたとしても、彼の真意など分かり得ないだろう。
何故ならば、ヴァスはそう言う男だからだ。

 

その一言だけで止まってしまった会話の続きを、
サライが続け始めた。

それはそこにいる三人には分かりすぎていることであったが、
敢えて確認しておかなければならなかったのだ。

「例えどちらの結果になろうとも・・・・アル・イン・ハントは前進します。」

確固たる自信と共にサライが、
言いきった言葉の意味はJusticeの彼らには十分に理解し得るもの。

 

「D−equalが壊れても、
マナブ様のケガは直ぐに治るでしょう・・・・・L−seedの修復はそれよりも遅いわ。」
ヨハネから視線をずらし、サライはD−equalを見る。

それはJusticeが保有するもう一つの機体。

片腕の女神の名前は、「D−equal」。

デス・イコール・・・・・・・・・名前に込められた意味は「死に等しい」

Justiceらしいネーミングと言えば、そうだろう。
だが、誰にとって「死に等しい」存在なのだろうか??

 

何の感情も見せず、
ただ「綺麗」と言うモノだけをくりぬいたような姿でサライは静かに見つめ続けた。

そんなサライを見ることもなく、
ヨハネは「やれやれ」と言った顔を作り、大仰に肩を竦めた。

 

サライの言ったことは、正しいのだろうか?

実験が仮に成功すれば、確かに「アル・イン・ハント」は前進するのだろう。
L−seedのオブザーバーの機体が出来るわけだからだ。

だが、実験が失敗したとき、それは「アル・イン・ハント」の前進となり得るのだろうか?

マナブは確かに先の「L−Virus」を呼ばれるモノの力もあってか、
その回復力は高い・・・・・・だが、それはただ単にマナブの身体を削るだけの事ではないのか?

例えその間にL−seedの修復作業が終了したとしてもだ、
結局の所、前進ではなく後退にしかならないはずである。

 

あの聡明なサライが、この簡単な事実を理解できていないはずはない。
おそらく理由がきちんとあるのだろう。

 

静かに歩き、ヴァスの横に佇むサライにヨハネは言う。

 

「サライよ・・・・D−equalもワシの創った大切な機体なんじゃぞ。

おまえはまるで壊れることの方を望んでいるように聞こえるの。」

 

白い手がダークピンクの中でよく映える。

ヨハネの言葉に、サライは振り返らずに、
ヴァスの横で「D−equal」を撫でながら言う。

「そうですか?違いますよ・・・・・・・おそらく。」

先ほどとは打って変わった、サライの明るめの声に、
ヨハネはもう一度大きく肩を竦めた。

 

「・・・おそらくな・・・・」

そう呟くと二人を残して、ヨハネはそこから立ち去った。

 

「Dr.サライ。」
ヴァスは静かに名前を呼んだ。

いつの間にか撫でるのを止めて、D−equalを見上げている。

見上げた形の為に、髪の隙間から瞳が見えた。

D−equalの無機質な瞳を見つめるヴァスの黒い瞳。

サライもまた、D−equalを触るのを止めて、ヴァスの方に向き直る。

 

「何でしょうか?」

サライはヴァスの瞳ではなく、長い前髪の隙間から覗く何かを見つめていた。

 

それは、右目の横から上に向かって付いた傷跡、銃創。

 

それを見つめながら、静かにサライはヴァスの言葉を待った。

いつまでも、

いつまでも、

 

いつまでも。

 

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次回予告

権力の拡大は人の傲慢を増し。

戦力の拡大は人の祈りを減らす。


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。

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