「ささやかな幸せを願って。」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第二十話    「デート」

 

 

 

 

「お姉ちゃん、元気?

 

こっちはもう肌寒くなってきているんだ。
もしかしたら、もう雪が降るかも知れない。
お姉ちゃん、雪好きだったもんね。

お姉ちゃんがいなくて、お店は大変だけど、
私は頑張ってるから!安心して!!
街の人はみんな相変わらず。

時々、お姉ちゃんはどうしている?って聞かれる。
そうしたら私、元気ですよ!って答えるんだ。

飾り気のない部屋。

手紙を持つ手に、少し力が入る。

心の底からこみ上げてくる何かを抑えるために、
その細く白い指はあらん限りの力を込められている。

身に余るほどの想いが溢れかけて、
ただ手紙を掴み続ける以外にすることがなかった。

お姉ちゃんが、EPMに入ってもう、半年以上が経つよね?
未だに私、お姉ちゃんの考えがわかりません。

だから、やっぱり怒っています。
でも、この頃はお姉ちゃんなりに、
色々考えてるんだって納得できるようになろうとしてる。

人が住んでいると言う、生活感がまるで感じられない部屋。

手紙にポトリと何かが落ちる。
時間が経って、古くなった紙にそれは染み込んで行き透明にしていく。

慌てて紙を抑えて、慎重に水分を取る。

その瞳は既に文字を読めているのだろうか?

もうすぐクリスマス、
クリスマスには帰って来るんだよね?
その時にきっと仲直りしようね!

追伸:返事をちょうだい、もう、七通目なんだよ!」

手紙の日付は、A・C・C83年 11月2日。

差出人は、

ミカド=アンクレット

 

最後の一文を読み終えたとき。

カイ=アンクレットは、思わず口に手を当てた。
決して嗚咽を漏らさぬように。

涙が、座り込んでいる床に幾つも落ちては、吸い込まれて消えていく。

(・・・・私なんて、こんな風に消えてしまえば良いのに・・・)

 

手紙を持った手が、ブルブルと震えて手紙を痛めつけてしまう。
それに気付くと、カイは涙を拭いもせずに、手紙を綺麗にし始めた。

でも、新たな涙が手紙に当たり、その作業は遅々として進まない。

 

コンコン

 

唐突なノックに、カイは返事を返せずに慌てて涙を拭った。
だが、それぐらいで拭えきれる悲しみでもない。

 

**********

 

ちょっとした偶然だった。

良い日和だから、とカイの意中の人に誘われた午後。

出かけるために数少ない外出着から、
−カイにしては慌てて−服を選んでいたとき、
不意に目に付いた洋服ダンスの棚に置かれている手紙の束が二つ。

 

目に留まったそれの一つを、思わずカイは手に取ってしまう。

カイの一番大事なモノでありながら、カイに最も辛い思いをさせるモノ。

それがこの手紙たちだった。

 

手に取らなかった方の手紙の束には、
その手に取った方の手紙の差出人の名前が正面に書いてある。

カイは、ほんの少しそちらの束の方にも目をやるが、それ以上の事はしない。

出せなかった手紙には用はない。

 

いつもなら躊躇いがちに手を伸ばし、結局は止めてしまうモノであったが・・・
何故だろうか?今日は何の抵抗も無く手に取ることが出来た。

それが間違い。

ただ、気分がハイになっていたから、悲しみやその他のモノが鈍感になっていた。

 

**********

 

コンコン

「カイ。いないの?」
語尾のきちんとした声。

歌う人間ではないにも関わらず、活舌がしっかりした声は耳にも聞こえが良い。
カイにとっては、その声は違う意味も含めて心地良い響きを持っている。

 

「レイ・・レイアルン隊長、今行きます。」
涙で声が震えてしまわないよう、喉を締めて押し殺すような声でカイは返事をする。
きちんと役職名を付けることも忘れないのは、カイの日頃の精神鍛錬の賜だろう。

ミカドの手紙を慎重に元の場所に戻すと、
カイは慌てて服を着替える。

さすがに外を出歩くには、軍服では厳めしすぎる。
いくら自分に一番似合っていると言えども。

軍服を脱ぎ、美しいスレンダーな肢体が露わになる。
日頃の訓練にも関わらず、筋肉質ではない、しなやかなバネを持った柔らかい肉体。

ただ、幼児体型では決してないのだが、
その胸だけは発育をどこかで忘れたかのように小さい。
何の模様もない真っ白な下着が、部屋の中で輝いて見えていた。

イソイソと先ほどまで選んでいた服を着ようと手に取る。

 

ガチャ!

「カイ、入るよ。」

「?!」

 

カイの声はあまりに押し殺していたために、ドアの向こうのレイアルンには届いていなかった。

これはカイの落ち度。

でも、ドアを開けてから、「入る」と言ったのは、レイアルンの落ち度。

 

そして、得をしたのは・・・・・・・・・レイアルン。

 

ドアを開けて固まる二人。

辛うじてカイは、ちょうど服を胸で掴んでいて、
その全てがさらけ出されることは無かったが・・・
腰、胸の横辺りからは、その白い肌に、よく似合う白い下着の一部分が見え隠れしていた。

レイアルンも、当然の事ながら男。

そこに目が行くのは仕方のないこと・・・・・だが、そう弁護してくれる人間はあまり、いない。

 

当然、この時にも。

「レイ!!!!!!!!!!!!!!!!」
思わず二人だけの時にしか使わない名前でレイアルンを呼ぶカイ。

その顔は珍しく、いやさすがに女性である以上当然の反応なのだろうが、
羞恥で真っ赤に染まっている。

叫び声を上げないのは、カイの気性のせいと思われるかもしれないが、
実際は相手がレイアルンだから、と言う単純な理由である。

最も予想しない展開での出来事なので、
カイがその名を呼んでから、二人は固まってしまった。

 

得てしてこう言うときに限って、何故か見られてはいけない人間に見られてしまうモノ。

 

「あああああああああ!!!!!たいちょーがカイの着替え覗いてる〜〜〜〜!!!」
カイの代わりに、建物中に聞こえよと言わんばかりの叫び声を上げるホウショウ。

その声にようやく我に返る二人であったが、時既に遅し。

「ほ、ホウショウ!違うんだ!これは・・・」
「ほ、ホウショウ!違うのよ!これは・・・」

二人の止める言葉を言い終わらぬ内に、いつの間にか揃う月読のメンバー。
まあ、それぞれの部屋は隣同士なので、そこに来るのは容易いだろう・・・・

だが、この時はそれを考えても早かった。

「隊長がカイの着替えを覗いたって!!?」
「隊長さんが覗いているですって?!」
「隊長が、覗き!?」

プリン、デュナミス、アミが、同時に部屋から飛び出てくる。

いつの間にか、取り囲まれているレイアルン。
その間にカイは素早く着替えを済ませていく。

レイアルンによって、慌てて閉められたドアの向こうで、
その閉めた本人が、みんなに締められている。

ドアの向こうの喧噪が激しくなるにつれ、カイの服を着る手も早くなる。

 

だが、不意にその喧噪が止む。

一つの声で。

 

「何をしているの、貴方達は。」
静かだが良く通る美しい声。

ドア越しにさえも良く聞こえる。
カイの服を持つ手も止まっていた。

 

 

 

「フクウ〜〜〜たいちょーがカイの着替えを覗いていたんだよぉ。」

ホウショウらしい、子供特有の得意げな顔。

それを見て、『仕方ないわね。』そんな顔をするフクウ。

彼女には、それがレイアルン、カイどちらかの、もしくはどちら共の不注意によるものだ、
と言うことはおおよそ検討が付いていた。

そして、アミ達がそれを知っていてわざと、レイアルンをからかっていると言うことも。
三人の瞳の輝きは、まさにイタズラ猫の物だったから。

フクウがチラリと見ると、三人が三人とも計ったようにして、あらぬ方向を向く。
プリンに至っては、口笛のおまけ付きだ。

 

「仕方ないわね。」
結局、声に出してしまった思いに、改めてフクウは大きくため息を付く。

 

「隊長、そんなに小さくなっていないで、きちんとして下さい。」
四人に囲まれているレイアルンに向かい、フクウはその眉間に皺をよせて言う。

「あ、ああ、分かっているんだけどね・・・」
情けない声でレイアルンはフクウの瞳を見つめた。

その黒い瞳は決して卑屈ではないが、彼らしい優しさから来る弱気が見える。

(はあ・・・)

心の中で深くため息をつくフクウ。

そして、同様にしてアミ、プリン、デュナミスも心の中でため息をついていた。

 

思いは一緒。

(何でこの人を好きなんだろう?)

 

普段のホヨホヨしているレイアルンを見るにつけ、皆は思うのだ。

最もその反動で、キリリとしたレイアルンを見ると、
皆高まる胸の鼓動を抑えられなくなるのであるが・・・

しかも計算されていないからますます厄介である。

フクウにも見抜けぬ程に天然なレイアルンの行動と言葉は、
月読の女性陣のいろんな意味での悩みの種になっている。

 

「ゴメン、俺が間違ってノックしないでドアを開けちゃったんだ。」
皆が黙ってしまったのを見て、レイアルンが事情を説明し始める。

ホウショウを除いた四人には、その事情はおおよそ察しがついていたために、
敢えて何も言うことはない。

フクウに至っては、予想通りに展開に心の中でため息がでるばかり。

 

「たいちょー。ノックしなきゃダメだよぉ!」
ただ一人、ホウショウが頬を膨らませて、レイアルンを怒ってあげる。

 

「全く、たいちょーは子供なんだから・・・・」

それは見事にカイの物真似・・・・・
片手を腰に当てて、やれやれと言った感じに頭を微かに振る。
ホウショウがやると違和感きわまりなく、
頭を振った際に左右に揺れるポニーテールが可愛らしい。

それを見て、他の女性陣は優しい笑みを浮かべずには居られない。

 

「ゴメンなぁ、ホウショウ。」
レイアルンが頭を掻きながらホウショウに謝る。
その顔は優しく、微笑んでいた。

「謝るのは、カイにでしょ!」
頬をますますプーッと膨らませて、レイアルンに私は怒っているんですよ!をアピールする。

「そうかぁ、そうだよなぁ。ありがとう、ホウショウ。」
レイアルンは口元に笑みを浮かべつつ、困ったような瞳をして、
ホウショウの頭を撫でた。

 

「コラ!誤魔化さないの!」
ホウショウはレイアルンの手を頭を振って追いやり、
レイアルンに怒る。

それもまた、カイのホウショウを怒るときの口癖だ。

 

「フフフ・・・ホウショウ、それ位で許して上げたら?」
フクウが微笑んでレイアルンに助け船を出す。

「そうですわよ、ホウショウ。隊長が泣いてしまうかも知れませんよ?」
デュナミスがフクウに続いて、レイアルンを弁護をしてやる。

 

「たいちょー、反省している?」
二人の言葉にホウショウは頬から空気を抜いて、
小首を傾げてレイアルンを見つめる。

「はい、反省してます!」
レイアルンはわざとらしく、背筋をピッと伸ばして敬礼をして言う。

アミとプリンは堪らず、笑い声を漏らし始める。

 

「そう?もうしてはダメよ。たいちょー。」
最後もカイの口癖で締めると、ホウショウはレイアルンに笑いかける。
それは本当に無邪気な笑顔で、そこにいる全員に微笑みを浮かべさせる。

「分かりました!アマツカ隊長!」
レイアルンが再び丁寧すぎるほどの敬礼をして、了解の意を表した。

 

(この二人の笑顔に幾度助けられたかしら?)
そんな風にデュナミスは思う。

「月読」のもう一つの役目を思い、プリンは奇しくもデュナミスと同じ事を思っていた。

ふと目が合う二人だったが、慌てて目を逸らし合う。
一瞬だが互いの思っていることが同じであることに気付いてしまったから。

デュナミスとプリン・・・・相変わらずの二人である。

 

 

ガチャ

 

「楽しそうね。」
ドアが開いて、そんな言葉と共にカイが現れる。

一同の視線が一斉にカイに注がれる。
その瞳は一様に驚きに見開かれていた。

あのフクウさえも、あからさまな驚きを見せてはいないが、
確かにその瞳孔は開き、カイに視線を注ぐ。

 

ホウショウの第一声。

「綺麗〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

カイの姿は、いつもの軍服ではもちろん無く、
青を基調としたさわやかな服装。

晴れた空色のスカートと白いトレーナー。

服装だけでなく、短い髪をアップ気味に後ろでまとめうなじをすっきりと見せて、
その顔にはカイらしく軽めの化粧がされていた。

そして、何よりも珍しいのは、その唇に口紅がさされていることである。

 

水泳選手のような鍛えられてスレンダーなスタイルによく似合うその姿は、
さわやかにカイの美しさを強調している。

 

「おお?!カイ、どうしたんだ〜〜〜??似合うじゃないか!」
プリンが珍しく素直にカイを褒める。

 

「あ、ありがとう。」
少し照れながらカイはホウショウとプリンに礼を言う。

ふとデュナミスがカイの履いているスカートを見つめる。

(あら?あれって・・・)

デュナミスはそのスカートに見覚えがあるのに気付く。
視線をずらして、みんなより一歩下がったところで微笑んでいるフクウを見る。

すると、その視線に気付いたのか、
フクウは小さく頷いて、微笑みを返した。

(そう、やっぱりね・・・・・)

 

空色のスカート、それはかつてフクウがカイに贈ったものだ。
あの時、カイがこんな物は着ないと突っぱねたが・・・・・今、こうして着ている。

フクウの喜びが推し量られて、デュナミスは少し大仰に微笑んだ。

 

 

「隊長。」
フクウが囁くようにしてレイアルンに促す。

「・・・・あ、ああ・・・・・・」
カイの姿に見とれていたレイアルンは、フクウの言葉に生返事を返す。

その視線はカイにロックオンされたまま動かない。

 

ドス!

なにやら鈍い音がして、レイアルンの脇に衝撃が走る。

「ぐあ!」
唐突な痛みにレイアルンは目を白黒させながら、その原因を確かめるべく、
カイから視線を引き剥がす。

そして、その視線が向いた先には、相変わらずの涼しい顔で澄ますフクウの横顔。

おそらくいつもの肘鉄であろう事は、レイアルンにも予想できた。
レイアルンが恨みがましい目でフクウを見るが、
フクウは目線をカイに注いだままレイアルンを見ない。

「隊長。」
そのままもう一度、フクウはレイアルンを呼ぶ、と言うよりも促す。

レイアルンは、カイを含むみんなの視線が自分に集中していることに気付き、
そこでようやく、レイアルンはフクウの言わんとしていることを理解する。

 

レイアルンはカイに向き直ると、少し照れながら言った。

 

「よく似合っているよ、カイ。」

 

まるで広野に花が咲き乱れるように、カイの頬が紅く染まる。
レイアルンの瞳は、凄く優しくて嬉しそうに輝いた。

 

「・・・・・ありがとうございます・・・・レイアルン・・・隊長・・・・」
喉を締めて押し殺すような声でカイが礼を言った。

それは着替える前の声と似ていた。

でも、その理由は全然違う。

 

確かにカイは泣きそうなほどに、瞳を潤ませていたが・・・・・・・・

 

いつの間にか、フクウ達はいなくなり。
その場には、レイアルンとカイの二人だけ。

レイアルンの照れ笑いする顔と優しい瞳を見つめて、不意にカイは思う。

 

今の私なら戻れるかも知れない・・・・

・・・ミカドの所へ・・

 

それは願いにも似た想い。

レイアルンは、カイの想いを知っているように、
あの春の太陽のような日溜まりの笑顔で。

 

「行こう、カイ。」

「はい。」

 


 

ドアから出ていく二人。

手を繋いだり、腕を組んだりはもちろんしていないが、
彼らから発する雰囲気と、その寄り添う位に近い二人の間の距離は、
容易くフクウに、想いの行方を知らせる。

 

「さ、私達も休日を大切にしましょうか?」
デュナミスが、二人がドアの向こう側に消えたのと同時に皆に言う。

優しいけれども・・・・ほんの少し、寂しい笑顔で。

 

みんな、デュナミスも、ホウショウも、アミも、プリンも・・・・・そして、フクウも、
レイアルンに少なくない好意を寄せている。

 

そして、みんな、レイアルンの想いの行方を知っている。

だからこそ、だからこそ、みんなそれを表に出すことをしない。

いや、出来ない。

 

優しいレイアルン。

誰よりも優しい彼は、きっと自分たちがその想いをぶつけたとき、悩む。
とてつもなく悩む、
きっと自分たちが息が詰まりそうな程辛そうになるまで悩む。

 

レイアルンはそう言う男だ。

でも、それでも、彼は自分たちを選ぶことは無い。
レイアルンは自分の想いに嘘を付くことは出来ないから。

レイアルンは、カイ=アンクレットを選ぶ。

 

彼らの歴史は・・・・・・・自分たちの歴史よりも遙かに長い。

 

月読のメンバー達は、自分たちの想いを諦めようとはしない、
けれどもそれ以上にレイアルンの幸せを願わずにはいられない。

故に、優しくも寂しい笑顔で二人を見送るのだった。

それはフクウ=ドミニオンも同様にして。

 

 

「アミぃ、今日は?」
ホウショウがアミにまとわりつくようにして尋ねる。

「うん?私?そうだね〜〜、一緒にカードゲームでもするか?」
少し考えて、Arfいじり以外の事をしてみたい気分だと気付くアミ。

「あら、私もご一緒しても宜しいかしら?」
そんな二人の楽しそうな様子にデュナミスも釣られて声をかけてきた。

 

「おい、フクウ。久しぶりに試合でもしない・・・・って、あら?」
プリンが、振り向きざまに言った言葉は、その対象を失って急速にしぼむ。

プリンの視線は、既に角を曲がってしまっているフクウの背を見つけると、
肩を竦めてホウショウ達に向き直る。

「おい、あたしも仲間に入れてくんない?」
金髪を掻き上げた姿勢のまま、プリンはわいのわいの騒ぐ三人に声をかけた。

 

何だかみんな、今日だけは一人でいたくなかった。

そう、みんな。

 

**********

 

カチャ

静かにドアノブが回って、部屋の主が入る。

黒く長い髪をなびかせて、部屋を横断して窓を開けた。

 

空は抜けるような青空で、きっとレイアルン達に優しく気持ちを与えてくれていることだろう。

「嫌になるほど良い天気ね。」

お門違いな嫉妬を空にして、
フクウは努めて自分の中の黒い感情を抑え込むために呟いた。

「楽しんできなさい、二人とも。」
黒い瞳には、一片の影も見えない、ただ安らかな澄んだモノ。

それこそが、フクウ=ドミニオンの本当の姿・・・・・・・
全ての闇を心の扉の奥底に閉じこめる、閉じこめられてしまう女。

 

ゆっくりとイスに座ると、パソコンの電源を入れた。
画面に光が灯り、そのシステムを働かせるまでの間、
フクウは紅茶を入れるためにお湯を沸かし始める。

 

ピ!

 

自動的に繋がれる回線、そして送られてきたメールの数々、
何通目かを受信しているときに、その音は鳴る。

その音に、フクウは慌ててパソコンの前に座った。

 

その音は、彼女の親友の言葉が到着した時にしか鳴らないものだった。

 

**********

「こんにちは、うぃっちちゃん、BCです!

うぃっちちゃんは、身体元気ですか?
病気とかケガには気を付けないとダメだよぉ!

BCは、全然元気です!
うぃっちちゃんも元気だと良いな。

 

実は、遂に!!
フライング気味のキスをしてしまいました!!
もちろん、BCの想っている人とです。

でもね〜〜〜人工呼吸みたいなモノだったので、
彼は気付いていないんだよね〜(涙)

だから、あんまり喜べません。
ちょっと、気分も低めです。

彼は、その時にケガをしてしまって、
今、BCはつきっきりで看病をしています。

でも・・・・何も出来ない自分が凄く悔しい・・・・・

 

うぃっちちゃんも自分の好きな人を、
絶対絶対絶対絶対絶対絶対ぜったいに危険な目に合わせちゃダメだよ!!

BCみたいな辛い想いをうぃっちちゃんにはして欲しくない。
これ正直な気持ちだよ。

キスが出来て喜んでいるのも、本当だけど・・・・
彼が苦しんでいた姿を思うとBCはこの気持ちを無くしたい・・・

BCは今は彼が早く元気になるように神様に祈る毎日です。

良くなるのは絶対に分かっているんだ!!

でも・・・
BCからのお願いです。
うぃっちちゃんも祈ってくれないかな?

きっと一人より二人で祈った方が、二倍早く良くなるよね?

BCは、これからまた彼の所に行きます。
うぃっちちゃん、うぃっちちゃんの想っている人を大切にしてあげて下さい。

あ、こんなことBCが言うまでもないね。

ちょっと、元気ないBCでごめんね。
でも、うぃっちちゃんと話したかったの。

次のメールでは、きっと元気なBCを見せられると思うから!!

それじゃあね!」

 

**********

 

ヤカンが沸騰して、水の大半を蒸発させてしまった頃、
フクウはパソコンの前から立ち上がる。

流れ出した言葉とその想いをたっぷり七度読み返して、
フクウは深いため息をつきつつ、
シューシュー音をさせて催促するヤカンに向う。

 

カチッ

火を止め、ヤカンを持ち上げようと掴む。

フクウにしてはあまりにも不用意な行動だった。
ヤカンの持ち手はかなりの熱を持って、白い手に襲いかかる。

「ッ!」

声にならない叫びを上げて、フクウは慌てて手を引く。
カシャンと音を立てて、ヤカンが床に落ちる。

幸いなことに、お湯はほとんど無く、彼女の身体に掛かることはなかったが、
その白い指は次第に赤く変色してくる。

ボウーッとその変色していくさまを見つめる漆黒の瞳は、
何か精気が抜けているかのように透明になっていた。

ジンジンと次第に現れてくる鈍痛にようやくフクウは行動を起こす。

 

赤くなった指先を、口元に持っていき舌で一舐め。
真っ赤な舌がチロッと、唇から現れて白い指を優しく撫でる。

そして指を口に含み、その熱を皮膚から吸い出す。

彼女の仕草さは自然だったが、その雰囲気は本当に艶めかしい。

 

「似ているわね、私たち・・・・・」
指を口から抜き、独り言。

蛇口を捻り水を勢い良く出して、指をそれにつけた。
熱と痛みが、一気に冷やされて癒されていく感じ。

 

「・・・・ついてないなぁ。」

 

激しい水音で隠された言葉は、彼女の心を映し出す。

いつしか指は冷えすぎて、癒しではなく痛み始める・・・・・
まるで、彼女の心と同じみたいに。

熱い心を無理に冷やし、凍って壊れていく・・・・・・今に、始まったことではないのだけれど。

 

床に転がったヤカンに、雫が当たる・・・音もなく蒸発するソレ。

 



マナブの部屋で一人、マナブの事を思っているワタシ。

また、行ってしまった闘いに、ワタシの心は不安で押しつぶされそうです。

そして、突然背筋が凍えるような悪寒が走ったとき、
ワタシは思わず叫んでいました。

 

*****

「マナブ!!!」

埋めていた枕から、
ふいに顔を上げると、名前を大声で呼ぶワタシ

いや、叫ぶワタシ

 

そして、その勢いのまま立ち上がると、
その流れるように美しい黒髪を揺らして、ワタシは部屋を飛び出す。

 

ワタシは何も見てないし、聞こえてないのに。

*****

ワタシには分かったのです。

マナブに何か起きたことを。

*****

かつてマナブが戦闘中一度も入ったことが無い部屋に向かって、
ワタシは全速力で走り出す。

息さえも止まるほどの勢いで。

*****

作戦室の前に立ったワタシには、
既に抑えきれないほどの恐怖で包まれていました。

ワタシの命よりも大切なマナブの命が危険に晒されていると言うこと。

そして、あのVirusが目覚めようとしていることを、
ワタシは感じ取っていました。

ワタシは部屋に入った瞬間、叫ばずには居られなかったのです。

 

*****

「マナブぅ!!!!!!!!」

 

ワタシの声が

初めて作戦室に響く。

*****

ワタシがモニターで見たとき、
あのL−seedの姿はワタシが思っている以上に辛いモノでした。

その中にいるマナブの安否など容易に分かってしまうほどに、
ひどい姿でした。

巨大な錨みたいなモノに貫かれたL−seedは、
ワタシにも同じような痛みを感じさせてくれました。

ワタシの脇腹が急激に締め付けられるように痛み出しました。

 

でも、それ以上に痛かったのは・・・・・

マナブの姿です。

外側と内側、両方からの痛みに身悶えする姿。

焼け付き焦げ落ちていく服。

そして、

紅く変色していく瞳。

 

どうして?マナブはあんなに苦しまなきゃいけないの?

こんなにもワタシが愛している人がどうして苦しまなきゃいけないの?

ワタシは何故?何も出来ないの?

 

*****

「ダメ!!・・・・マナブぅ、ダメだよぉ!!」

ワタシの泣き声にも似た叫び。

だが、それを聞き留めるモノはいない。

L−seedの成長?進化?それは止まることはない。

すでに始まってしまった事を止めることは、
ワタシでも出来ないのだ。

 

そして、ワタシに出来ないことは、
他の誰も出来ない。

 

ワタシには、何がマナブに起きているのか分かっているのだ。

そして、それはワタシの哀しみを増すだけでしかないことも。

 

*****

ワタシは、でもマナブに語りかけたかった・・・・
・・・・まだ、想いの半分も打ち明けていないのに。

*****

「フィーア!マナブがいなくなっちゃヤだぁ!!!!!!!」

*****

違う・・・

ワタシの名前はフィーアじゃない・・・・

 

違う・・・

ワタシはフィーアじゃない・・・・

 

ワタシは・・・

ワタシは・・・・

ワタシは・・・・・

ワタシは・・・・・・・

ワタシの名前は・・・・

 



太陽ではない光の灯る場所にそれはあった。

Arfのコクピットの7倍はあるだろうか?
巨大な透明の球体。

上から何かで吊されているのだろうか?
その下には何もなく、一見すると空中に浮いた金魚鉢のように見える。

もっとも上に入り口らしき物は見えないが。

代わりに多数の蛇腹の管が上や横から入っており、
時折、微かであるが水音をさせていた。

 

薄暗いその部屋に、二人の男女がいた。

一人はスーツを着た長身の男、
もう一人は白衣を着た美しい女。

 

男はその前髪で瞳を隠し、独り言のように呟いた。

「少し・・・辛い記憶かもな。」

その表情を伺い知ることは出来ないが、
その声は努めて無感動にしようとしているが、
抑えきれない痛みのようなモノを感じさせた。

おそらく、隣に佇む女もそれに分かっていただろう。
だが、敢えてその事に気付くそぶりは見せない。

 

「辛いかどうかは、受け止め方によると思いますよ。」
静かに同じく長い前髪を揺らして女は言う。

薄暗い部屋での微かな光を反射して、
銀色の髪が幻想的な雰囲気をより強くする。

 

「サライ・・・・目覚め・・・」

「前に話したとおりです・・・・・奇跡と同じくらいの確率です。」

サライは男の言おうとする質問を最後まで言わせずに、その答えを言う。
そして、間髪入れずに彼の名を呼んだ。

「ヴァス様・・・・・・その質問はもうお止め下さい。」

サライは、微笑みこそ浮かべてはいないが、
その黒く澄んだ瞳を、ヴァスの見えない瞳に合わせて、静かに柔らかく告げる。

「そう・・・だったな。」
ヴァスもまた、サライの瞳を見つめて呟いた。

 

もう何度も、ここの来る度に繰り返されるやり取りだった。

 

ヴァスは再び、球体に目を移す、
伸びる透明な管の中心に何かが浮いていた。

光が少ないために、ぼんやりとしたシルエットしか見えないが、
それはまるで胎児のように身体を丸まらせて、ゆっくりとそして静かに眠り続けていた。

それが何であるのか?
ヴァスとサライには痛いほど分かっていた。

でも、それを敢えて口に出すほど、心の痛みは失われていない。

 

故にサライが、部屋の隅にある唯一の計器に目をやって、
異常がないことが確かめられると、

二人は静かに出ていった。

 

 

出る瞬間、ヴァスが振り返り、
揺れる前髪の隙間からもう一度だけ、球体の中に在る何かに目をやる。

その瞳は、微かだが優しさに彩られていた気がした。

本当に微かだけれども。

 

二人がいなくなると、部屋の明かりは落ちて、夕闇よりも暗くなる。

 

球体の中で・・・・・何かが母親のお腹を蹴る胎児のように動く。

 


 

ぼんやりとした天井。

まるで雲の上にいるかのように、真っ白な天井は目に容易く錯覚を起こす。

自分が空にいるような・・・・

 

「お、俺は・・・・・・」

マナブの第一声は何の芸も無く、何の感激も生まない平凡なモノ。

だが、傍らにいる女にとっては、何よりも嬉しい言葉。

 

「マナブ!!」

「!!!」

急に胸に現れた衝撃で、驚きの声を上げるマナブ。
まだ、目が霞んでおりよく見えない。

霞が支配した視界を下に向けると、黒く流れるモノが見える。

白いシーツの上を流れる二本の黒い川。

 

夜明けのように、目が次第に慣れてくると、それが漆黒に光る髪だと理解できた。
そして、自分の胸に縋り付き、泣いている人物の正体も。

顔はマナブの胸の上に押しつけられ、
時折しゃくりあげる喉と服を通してきた熱いモノだけがマナブに与えられたヒント。

 

「フィーア・・・・」
マナブは正しくその名を呼んだ。

だが、フィーアはその顔を上げることなく、ただマナブの胸に熱いモノを滴らせるだけ。

「フィーア・・・・」
マナブは名前をもう一度呼んだ・・・・いや、ただ言っただけ。

マナブはただ名前を言いたかった、
それは自分が生きていることを認識できる言葉のような感じがした。

 

「・・・マナ・・・ブ・・・」

押しつけた体勢のままフィーアの声が、熱い吐息と共にマナブの身体に響く。

「良かった・・・」
フィーアはしゃくり上げる喉を必死に抑えて、微かに言った。

「フィーア。」
今度ははっきりとマナブはフィーアの名前を呼ぶ。

もう瞳は霞んでいない、窓からはいる日の暖かさすら感じられる。

 

マナブに呼ばれた、フィーアは一瞬ビクッと身体を震わせると、
一層強くマナブに身体をすり寄せる。

「・・・・・・ごめんな。」
マナブが謝罪と共に、その両手をフィーアの黒髪の向こうに回した。

そして、ギュッと力を込めた。

 

フィーアの全身に流れ込むマナブの力の強さ。

痺れるような何かがフィーアの細胞一つ一つをマナブに反応させる。

マナブの言葉と身体と心に、
フィーアの心と想いと安堵が爆発する。

 

 

「・・・良かった・・・・・・・・良かったよぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

号泣するフィーア。

マナブの胸に幾つも幾つも熱いモノが流れる。

「やっぱり、眠ったままなんて嫌だよ!嫌だよ!フィーア、嫌だよ!」
一度出てしまった感情はもう抑える術が無い。

そしてフィーアも、もうそれを抑える事なんて出来なかった、したくなかった。

 

 

「フィーア、マナブだけだもん!

マナブの声聞いてなきゃ、フィーア、フィーア、いなくなっちゃうよ!!」

 

「こんなに、こんなに好きなんだから!愛してるんだから!

マナブは死んじゃダメ!!ダメだからぁあ!」

 

それは初めてマナブの意志を本当に無視して、フィーアだけの理由でマナブに発した言葉。

それは紛れもないフィーアの想いの爆発。

 

献身こそがフィーア自身の存在意義であった・・・・・
・・・・・そして、それは『愛』と言う感情無しでは存在出来ない。

 

もはや言葉にならない何かを叫んで、フィーアはマナブの胸の上で泣き続けた。

 

「フィーア・・・・」

マナブの中で何かが弾けた。

自分をこんなにも慕う者が、そこにいたことにマナブはようやく気づけた。

 

エメラルドを失い、

戦場の恐怖を体験し、

死に招かけられた為に起きた、

 

マナブの中の空白の心に。

 

フィーアの想いは真っ直ぐに飛び込んで、
瞬く間に染め上げた。

 

純白は容易く、他の色に染まる。

もっとも・・・・漆黒がフィーアの純白に染められたと言うのが正しい見方かも知れない・・・

 

抑えられない何かに突き動かされたマナブは、
フィーアの横顔を両手で包み、自分の顔に向けさせる。

少しの抵抗も見せずにフィーアはマナブにされるままになる。
きっと泣いている顔を見られるのは嫌であっただろう、

だが、フィーアにとってマナブはやはり唯一の存在なのだ。

 

「フィーア・・・・・」
もう一度、マナブはその黒い瞳を真っ直ぐフィーアに向けて名前を呼んだ。

フィーアは黒い瞳から、幾つもの幾つも涙を流し、濡れた瞳は堪えられない程に美しい。
そして、上気し火照った頬は、フィーアの顔全体をますます綺麗に見せた。

ゾクリとする程の何かがマナブの背中に駆け抜ける。

フィーアのあまりの美しさ、可愛さ、そしてそれを見て想う、愛おしさに、
マナブは吸い寄せられるように、フィーアに顔を近づけた。

 

マナブの瞳とフィーアの瞳が交差する。

ただの妹でしかなかったフィーア。

だが、その時マナブは確かな、

血を乗り越えた、

いや同じ血を持つ者同士だから感じる深淵の愛情を持つ。

 

涙で濡れた唇は、紅く。

フィーアの瞳が、マナブの間近で閉じられる。

閉じた瞳から、溢れ出た涙が、美しく綺麗に輝く。

 

その時。

もう、二人には兄妹と言う足枷が失われていた。

それは禁忌の身を浸す瞬間。

フィーアには既にマナブを兄として見ることは出来ず。

そして、

マナブもまた、

最早フィーアを妹として見続ける事は出来なかった。

 

マナブは、そのまま貪るようにして口づけをする。

そして、フィーアはそれに答えることでマナブを受け入れる。

 

フィーアの額で、翡翠色の宝石が日差しに反射して、一瞬だけ輝いた。

 

『これはね、想いなの。』

 

合わせた唇から、血が流れることは無い。

**********

 

球体のシルエット

誰もいない暗い部屋の中、

部屋の隅の計器の上で、

唯一の光が漏れている。

・・・・・・翡翠色の光が漏れている。

 

優しく。

儚く。

美しく。

 

 

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次回予告

その名は姿に相応しく、「死に等しい」、

その方が安らぎを得られると。


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。

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