「同じ時、相反して」
Divine Arf
− 神聖闘機 L−seed −
第十九話 「好敵手の日々」
二日前 EPM第20Arf部隊は『それ』に出会う。
L−seed Ver.Grand hazard
エルシード ヴァージョン グランド・ハザード
地獄の炎を思わせる程の紅き豪炎がレヴァンティーンから吹き出している。
いや、正確にはツルギが炎を纏っているのだ・・・・・・その持ち主と同じく。
ツルギが炎を発するのは、おそらくL−seedの高熱に反応しての仕様なのだろう。
このことは、L−seedを創った者達がこの状態を予測していたことを意味する。
もっともその名自体が、炎を纏う運命を持たされていたことを示唆しているが。
黒い身体に紅いひび割れ、
時節割れ目から吹き出す紅い霧は、
翼を失った変わりの浮力として使われている。
美しくも畏敬の念を感じさせる蒼と白のL−seedに比べて、
その姿は人にただ戦慄を与えるモノ。
大地震、大火災、大津波、大噴火・・・時折見せる自然の人間への警告。
それを受けた人間は、ただ絶対的な恐怖の前に竦み立ち止まるか、逃げ出すしかない。
それと同じ存在がそこに在る。
それが、漆黒のL−seed。
災害を意味するL−seed。
右手に剣、左手に棒。
紅い霧は、夜の闇にも鮮やかにその姿を輝かせる。
夜の闇の中、紅いひび割れが空中に浮かんでいるように見える。
そして、唯一左右対称な紅い光が爛々と彼らを見つめるのだ。
日常では、絶対に逢うことが出来ないそれ。
異質な世界に迷い込んだ哀れな人間にのみ姿を現すそれ。
戦闘は一瞬だった。
いや・・・・・・・虐殺か?
紅い霧が流れる。
兵士に戦慄を与える、いつものシオンの羽がふれ合い奏でる、美しい旋律は無い。
代わりに高熱が陽炎を作りだし、
L−seedが動く度に空気中の不純物がチリチリと焦げ消える音がする。
凄まじい高熱によって、各Arfの熱源モニターは既に破壊されていた。
もちろんLINKしているArf乗り達にもその熱は感じられていた。
闇に世界を歪ませる陽炎が動く。
紅い霧が背面から一気に吐き出され、L−seedの間合いと部隊の間合いが瞬時に詰まる。
一機目。
哀れな生け贄は、その真紅に輝く剣に真っ二つに切られる栄誉を得る。
いや、溶け落とされると言った方が正しいのかも知れない。
肩越しから斜めに下ろされたレヴァンティーンは、
金属が高熱に屈し、その堅さを失った瞬間、
その手応えを失う。
それはArfの胸の中程までに達した辺りで、
切り裂いた部位は、あまりの高熱にドロドロに溶け始めている、
それがArfの爆発を容易く招いてしまったからだ。
一機が破壊されれば、もうあとは同じ事。
物語は始まりがいつも難しい、
終わるのは、物語の必然に従って終わるのに。
どう守ればいいのか?
炎を纏った高熱のツルギを受け止めたビームサーベルは、
何の意味もなく、ただ折られるだけ。
差し出す盾は溶かされるだけ。
触れば正しいLINKシステムで、兵士に火傷の痛みを与えるだけ。
無造作に掴まれたArfの頭部、それを振りかぶり投げつけるL−seed。
だが、ぶつけられたArfには、にわか雨のようなツブテしか感じない。
何故だろう?
投げきった姿勢のまま、数刻止まるL−seed。
ゆっくりと立ち上がり、
ふと拳を開いて見つめる様子があまりにも日常的で、この場ではひどく滑稽に見える。
さりげなく後ろを振り返るL−seedの瞳には、
頭が無いArfが、ただ浮いていた。
剥き出しの首の根本が紅く光って消えていく、それは熱を失う所だと気付けたのか?
バシャーーーン
頭を失ったArfが、糸が切られたマリオネットのように急に脱力して海に落ちる。
それを見届けたL−seedは、満足気にゆっくりと向き直る。
そして、兵士は見た。
L−seedの表情が、そのL−seedの瞳が、怒りに燃えている事を。
けれども、それ以上に・・・・・・後ろに見えた白き女の瞳が忘れれない。
L−seedが後ろを振り返ったときに、翼がないために剥き出しのままの女。
遮る物が無いので寒そうに感じたのは、兵士の優しさなのだろうか?
漆黒の中の唯一の白。
兵士は忘れるわけがない。
あんなに優しい瞳を、忘れれる訳がない。
恐怖と哀しみがない交ぜになって、
兵士は溢れ出る涙を抑えることが出来ない。
忘れれない、優しい瞳、瞳、瞳、瞳・・・・・・・・・・・
L−seedが無造作にデッド・オア・アライヴを投げた、
何の予備動作もなく手首だけで、不意に。
月光を反射して、風のように吹き抜けたそれ。
自分の腹部に鈍い痛みを感じながら、兵士は呟く。
「ああ、神様・・・」
白く細い指がページをゆっくりとめくる。
書かれている言葉達をまるで慈しむかのように、少女は優しい瞳で見つめていた。
本の題名は、「俳優志望者へ」。
肌色の暖かい色の壁。
白いシーツと、白い布団・・・・・そして、白い本。
柔らかい色の部屋の中、
ベッドの横に一人の少女が座っている。
少女は時折本を閉じて、ベッドに眠る青年に目をやる。
それは本に向けられる瞳の、何倍も何千倍も優しい、愛しさの溢れる眼差し。
澄み切った黒い瞳、そして濡れるているように美しい黒髪。
Tシャツに短パンと年頃の女性にしては露出の多いが色気のない服装。
だが、そうであっても隠しきれない『美』がある。
安らぎにも似た『何か』を見る者に与える・・・・・清々しい美しさが。
「・・・マナブ・・・・」
桜色の唇から、ふと名前が漏れる。
最上級の慈しみと愛情を込めて、少女は、フィーアは静かに眠る男の名を呼ぶ。
あれから二日、マナブの瞳が一度も開くことはなかった。
ただ、その体調はかなり安定しており、いずれにせよ目を覚ますことは時間の問題である。
サライが笑顔でフィーアにそう言った。
そして、それをフィーアは信じる。
安らかに眠るマナブの表情に、苦しみは見られない。
良い夢も悪い夢も見ないほどに、疲れ切り深い眠りの世界に落ちているのだろう。
体中の細胞という細胞が動き、マナブに力を与えたのだ、
全身が恐ろしいほどの疲労に見回れて当然である。
フィーアは、あれから片時も離れずにマナブの側に居続けた。
フィーアが格納庫に入って暫くして入ってきたヨハネ達。
慌てたようにL−seedの右甲に大きなシオン板を打ち付け始める。
持っているシオン鋼製の金槌が蝋燭の光を反射して綺麗に見える。
ヨハネが入ってきてなお、フィーアはマナブをしっかりと抱きしめ続けていた。
その唇は離されていたが、決して誰にも渡さないように、
フィーアはマナブを掴むようにして抱きかかえ続ける。
サライと共にマナブを医務室に運び、
マナブへの治療の最中もフィーアはマナブの側を離れようとはしなかった。
「・・・う・・・・・」
マナブの口から、吐息が漏れる。
「マナブ?」
素早く、だけど静かにフィーアは名前を呼ぶが、
それ以上マナブは言葉を発せず、寝息が静かにフィーアの耳に届く。
今日も、これの繰り返しばかり。
不毛とも見える反復行動に、
フィーアは何の虚しさも感じさせないで、むしろ嬉々としてそれを行っている。
マナブは、確かに目覚めの階段を上っていると確信出来て、
フィーアは嬉しくて嬉しくて堪らないのだ。
そして、それ以上にマナブの側にこんなにも長く居られること、
それはフィーアにとって至上の喜び、
『このまま眠り続ければ、マナブはL−seedに乗らずに済む』
そんな不埒な考えさえ、頭を掠めてしまうくらい。
マナブの寝顔を見る度にフィーアは嬉しく想う、
マナブの寝息を聞く度にフィーアは愛しく想う、
こんなにも自分はマナブが好きなのだという事を、
それはフィーアの中で「誇り」にもなっている。
慈愛に満ちた優しい瞳でマナブの寝顔を見つめているフィーア。
いつまで見ていても決して飽きることのない・・・そう言い切れる、フィーアは。
『L−Virus』と言う何かを持つマナブ。
あのJusticeの者ですら恐れるそれを、フィーアは何にも恐れはしない。
そんなことフィーアの心を些かも揺るがすモノにはなり得ない。
かつては、それが近すぎる証ゆえに嫌った、
それを今のフィーアは「絆」と感じることが出来る。
例えマナブが、あの炎を纏う漆黒の魔王を駆る者であっても・・・・フィーアには関係ない。
ふとフィーアの視線の端に、ベッドの横の棚が入る。
その上に、注射器のセットが一式置かれていた。
数本は既に血で濡れている。
それを見て、ゆっくりとフィーアは左肘の裏側を撫でた。
「マナブ・・・・・薬の時間だね。」
フィーアはそう呟くと、注射器を手に取る。
その表情は、何故か少しだけ嬉しそうに見えた。
白い手首から、ゆっくりと銀色の針が抜かれる。
細心の注意を払っているようだが、人間の体の機能には逆らえず、
刺した部位からは少しずつ紅いモノがにじみ出てきた。
そんな様子を、何の感動も抱かずに無表情に少女は見ていた。
いや・・少年?
銀色に輝く瞳が神秘的な雰囲気をより増している。
「すみません。痛かったでしょうか?」
紅いモノを認め、慌てて白衣の女は目の前に座る中性的な印象の者に問う。
「いいえ。大丈夫です。」
透き通るような声で、首を横に振りながら返事をする彼女。
短く蒼い髪の毛が揺れて、まるで海の波をイメージさせる。
「そうですか?」
ガーゼを白いテープで腕に貼り付けて女医は再度尋ねた。
返事はなかったが、首を縦に振ったのは気配で理解できたので、
それ以上彼女は彼女に問うことはなかった。
「・・良かった・・」
女医の小声は、彼女に聞こえていたが、それは何の感情も生み出さない。
「・・・今日はこれで宜しいですよ。」
処置をし終えて、女医は目の前に座る男装の麗人に言う。
「ありがとうございました。」
彼女はゆっくりと丸イスから立ち上がり、深々と礼をすると、
その容姿にあう優雅さで振り返りドアに向かう。
その洗練された動きに、同性として少しばかりの嫉妬を含みながらも、
女医はその背中に声をかけた。
「ルイータ様。」
呼ばれた彼女の脚が止まる。
それにかまわずに、女医は言葉を続けた。
「私は、あなたが、本当のルイータ=カルで在ることを信じていますから。」
女医の言葉に、静かにルイータは振り返ると、再び深くお辞儀をした。
声は無くとも、態度だけで十分に伝わる。
蒼い髪が、太陽を反射して流れる川のように美しい。
女医は、その髪から別の誰かを思いだし、頬を染める。
そして、ドアが閉まる音で、ルイータが出ていった事に気付くまで、
女医は思考の淵から這い上がることが出来ない。
我に返った女医は、
机の上に置かれた管をゆっくりと手に取った。
その中には、蛍光灯で反射して妙に鮮やかな赤い液体が満たされている。
ふと女医の表情が歪んだ。
それは先ほどのルイータに向けていた、
医者としての任務を全うする正しい者の表情ではなく、
欲に包まれた一人の女の顔だった。
だが、その表情はすぐに消えて、先ほどと同じ優しげな女医の顔に戻っていた。
そして、綿がぎっしりと入っているケースに、
慎重にその管を入れると彼女は素早く部屋を抜け出して行った。
**********
ガーゼとテープが貼っているために違和感を腕に感じながら、
ルイータは玄関に向かっていた。
いつの間にか現れた、青の服とサングラスをした男達に守られルイータは、
昨日のリヴァイとの会話を思い出していた。
「DNA鑑定ですか?」
「はい。予想していたことではありますが、
月と各衛星都市より事の真偽を確かめたいと言ってきております。」
直立のリヴァイはイスに座るルイータを見つめて、何の感情も感じさせない声音で言う。
「私が・・・・ルイータであるかどうか?ですね。」
ルイータは、手を前に組んでテーブルの紅茶に目を落としたまま呟く。
「はい。
恐らくはEPMの圧力もあったのでしょう。
今は・・・EPMに逆らえるモノはいませんから・・・」
リヴァイは、最後の方は諭すようにルイータに言って聞かせた。
「私は、どうすればいいのですか?」
初めて視線を動かし、リヴァイを見上げるルイータ。
その瞳は、銀色に輝いて、リヴァイの瞳に突き刺さる。
「・・・・・・・」
「ベヘモットさん?」
不意に目を逸らしたリヴァイにルイータは疑問の声を上げる。
その声を聞いて、向き直るリヴァイの瞳には言いようのない哀しみが溢れていた。
「ベヘモ・・」
「リヴァイとお呼び下さいと言いましたが?」
再度、名を呼ぼうとしたとき、リヴァイの瞳からはまるで霧のようにその哀しみは消え失せてしまう。
「・・はい、リヴァイさん。」
勢いを失ったルイータは名前を小さく呼び直すだけ。
「何にも心配はいりません。普通に受けて於いて下さい。」
リヴァイは、その顔からは何も読みとれない表情の仮面を被り、
ルイータに告げる。
「でも、それでは・・・」
「私達にお任せ下さい。」
疑問の声を上げようとするルイータに、
もう一度、リヴァイは告げた。
だが、それは言葉は確かに『告げて』いたけれども、声は『命じて』いた。
それにルイータは沈黙するしかない、再び紅茶に目をやる以外になかった。
湯気がゆらゆらと、飲み頃を逃してしまうことを心配するようにルイータに近づく。
「明日には用意が整うと思いますので、心づもりだけはして於いて下さい。」
リヴァイはそう『告げる』と、部屋から出ていくそぶりを見せた。
だが、その蒼い髪が流れる背中に、言葉がかかる。
「あの!」
「なんでしょうか?」
静かに振り返ってリヴァイはルイータを見つめる。
リヴァイは珍しいことに、少しばかり苛立っているようだったが、
今のルイータには気付くことは出来なかった。
「やっぱり、私も知って於いた方が良いと思うんです!」
ルイータは立ち上がり、リヴァイに近づく。
立ち上がった拍子に、机が揺れて紅茶が零れる。
「!」
リヴァイがそれに一瞬気を取られ、次に視線を前に戻したときには、
随分と近くに銀色の瞳が待っていた。
「リヴァイさん、やっぱりそう言う作戦を知っていた方が良いと思うんです。」
ルイータはリヴァイを見つめながらにじり寄った。
彼女なりに、自分の存在意義を知るための努力をしているのだろう。
「知らない方が、いらぬ嘘を付かなくて済みます。」
リヴァイにしては、珍しくその視線を泳がせて、正確には銀の瞳から反らしていたのだが、
ルイータの勢いに後ずさりをする。
「私がエメラルドではなく、ルイータ=カルとして生きるなら、
この『モーント』のすること全てを知っておきたいのです!」
ルイータはなおも詰め寄る。
「教えることはできません。
あなたはその存在だけで充分我々の希望になり得るのですから。」
それはリヴァイにしては、失言だった。
頭の良いルイータには、
それが危険を伴う情報であり、自分の為に何かが起きるという意味と理解してしまう。
なおさら、彼女は下がるわけには行かなかった。
(私のために傷つくのは、もう一人もいらない)
マナブの顔が少し浮かんで消えた。
「お願いです!リヴァイさん!!」
コンタクトをはめた銀色の瞳が、偶然、リヴァイの視線と間近にぶつかり合う。
真剣な表情のルイータ、そしてリヴァイ。
沈黙が二人を支配する。
「・・・ルイータ・・・・」
リヴァイの口から、ルイータが聞いたこともないほど切ない声が漏れた。
殺していた想いが、心の隙間から一瞬逃げ出した時、
リヴァイの端正な顔が、何かを思いだして歪んだ。
「リヴァイ・・さん?」
ルイータの小さい声が、部屋に妙に響く。
それに我に返るリヴァイ。
ルイータの目の前で、リヴァイの顔がたちまち固化する、
そこに何の感情も読み取られないように。
「教えられないんだ!!」
その声の大きさにルイータはビクッと震えて、リヴァイから二三歩後ろに離れる。
「・・・・・すみません・・・ルイータ様。」
思わず荒げた声にリヴァイ自身も驚いたのだろう、
直ぐに謝罪の言葉を口にした。
そして、その顔を隠すように振り向き、ドアに向かって歩き出す。
「失礼します。」
「・・・・・あ・・」
ドアから出る寸前、出した声はもう何の感情も無い声だった。
ルイータの意味の分からない声を、何の意にも介さずに、鮮やかにリヴァイは出ていった。
残されたルイータに出来ることは、
零れた紅茶を拭き取ることと、
リヴァイの顔を思い返すことだけだった。
「・・・・・・哀しい顔・・・」
ルイータの部屋から、そんな声がしたのは、
それから間もなく。
「・・・・・速やかに入れ替えておきました。」
明かりも付けない窓のない部屋で女は目の前にいる男に報告する。
「わかりました。任務ご苦労様でした。」
感情の感じられない声で、男が女を労う。
冷たい感触の言葉だったが、女にしては至上の喜びなのだろう、
嬉しそうに微笑み、思わず饒舌になってしまう。
「これで間違いなくルイータ様はルイータ=カルとして、
私達の上に立つことが出来ます。」
興奮さめやらぬ感じで白衣を揺らして女は続ける。
「私達『モーント』が、バイン呪縛から逃れるときは近いのですね!!」
女が興奮のあまり、目の前の男の名前を呼ぶ。
その顔は、彼に対する憧れと尊敬に満ちている。
「ベヘモット様!」
蒼い髪が揺れて、男はゆっくりと頷いた。
「あまり大きな声を出さないように・・・」
静かにリヴァイは、女をたしなめると笑顔を作る。
リヴァイの笑顔は完璧・・・・この笑顔を持って彼は「モーント」をここまで大きくしてきたのだ。
無論、ロキの援助があってこそだが・・ロキ自身も彼のカリスマを利用している。
だから、「モーント」は、
一概にロキだけの組織とは言い切れないのだ。
モーントの仲間達の中でロキの存在を知る者など、ほんの一握り。
皆、迫害された怒りと悲しみ、そして憎しみを背に、
リヴァイ=ベヘモットと言う希望に集まった。
それが、本当に希望なのか?その真偽も確かめられないほどに、
ルナの人々はバインの抑圧に鬱積している。
だから、リヴァイ=ベヘモットと言う希望に集まった。
その笑顔に魅せられて・・・・・皆、彼を信じている、いや信じたいのかも知れない。
彼はこの笑顔で生きてきた、いや生きるために・・・・
誰にも見抜くことが出来ないほどに完璧に笑顔を作ったのだ。
もちろん白衣の女もそれを見抜くことが出来ずに、思わず見とれ頬を染める。
「す、すいません・・・つい、興奮してしまって・・・」
自分よりも年下であろうリヴァイに対して、必要ないほどに丁寧な言葉を返す女。
その視線は、リヴァイの顔を直視することも出来ずに宙を舞っている。
そんな女の様子を興味なさそうに見つめるリヴァイ。
だが、
「今度からは・・・気を付けて下さいね。」
声はとても柔らかく、女の頬をますます紅潮させる。
「わ、わかりました!」
お約束のようにどもりながら女医は、その年似合わないほどに慌てて、
馬鹿丁寧に深くお辞儀をする。
「もう行ってください・・・・怪しまれます。」
リヴァイは時計に目をやり、女に微笑みながら言う。
それを受けて、女医はいずまい正すと、リヴァイに挨拶をして部屋を出ていった。
「はい!では、ベヘモット様もお気をつけて。」
「どうもありがとう。」
ドアが閉まる寸前までリヴァイの顔から笑みが消えることはない。
如何なる状況に於いても、彼を救ってきた笑顔は、
その裏側の心を知られないための仮面なのだ。
リヴァイは、細心で・・・・・・頭が良い。
誰もいなくなった部屋でリヴァイの服が擦れる音がする。
ピ!
突然、闇が支配していた部屋に小さな灯り。
頼りなげな鈍い明かりは・・・・・
「私です・・・・
情報漏洩可能性人物の消去をお願いします。」
女の命の炎だったのかも知れない。
ピ!
明かりが消える。
電話を握りしめたまま、リヴァイは自分に言い聞かせるように呟いた。
「ルイータを守る・・・・・・・・・
それだけは絶対なんだ。」
それは呻きにも似た想いの声。
**********
高層ビルの最上階、
下に無数に蠢いている人間たちを見下ろして、イシスは電話をしていた。
宇宙における最大の企業「エターナル0」の総帥の部屋に相応しく、その部屋は豪奢である。
置かれている家具の一つにしても、千万単位の品物なのだ、
一般庶民が入れば、無知故にそこが自分の一生を三度繰り返して手に入る金よりも、
高い空間であることに気付くことは出来ないだろう。
それほど自然に家具は置かれ、
まるでカレンダーを付けているかのように、無造作に壁に掲げられている絵画たち、
そんな中に、一人、その極上の空間に相応しい、極上の女性が立っていた。
そして、今、その黄金の瞳は、恐ろしい冷たさを持っている。
それが電話の向こう側にいる者に対してなのか?
それとも彼女の足下を這いずっている無数の人どもに向けられているのか?
おそらく、両者にだろう。
美し過ぎるゆえに、
その冷たささえも、まるで香水のようにフレイヤを引き立てている。
「分かったわ・・・・直ぐに消去にかかることにしましょう。」
そう用件を切り上げるとフレイヤは、静かに電話を切る。
あまりに晴れ渡る空に幾ばくか目を奪われているフレイヤ。
その瞳は、まるで空を抜けて宇宙を見ているようだ。
いや、彼女には見えているのかも知れない、
その宇宙にきっと今もイスに座る一人の男を。
たっぷりと時間が過ぎ、ようやくフレイヤは瞳を空から離す。
そして、予定通りの行動をするために、電話を再びかける。
「WAの設計者、制作者達を集めたかしら?・・・・そう、良いわ。」
電話の向こうの人物は、正しく予定をこなしたらしい。
フレイヤは機嫌良さそうに、振り返り青空に背を向ける。
揺れるイヤリングは、やはり彼女のイメージカラーである紅いルビー。
「彼ら全員、『ホッドミミル』に移送するのよ。・・・・・その通り、全員をよ。」
それはエターナル0が所有する衛星都市の名前、
だが、それは近年老朽化が原因で廃棄され、
都市機能は完全に停止しており、中に居る人間もいない。
同時期に廃棄された衛星都市が、この近くにもう2つ存在している。
大抵の衛星都市が、太陽に破棄されるのに対して、
この3つだけは奇妙なことにエターナル0は廃棄しようとしなかった。
おそらく・・・・・この為に。
フレイヤの紅いルージュが引かれた美しい唇から、
残酷な指示がナイフのように飛び出てくる。
「そして、外部からの全ての接触を断ち、内部からのあらゆる発進を断つように。」
「ええ・・・・その通り・・・・・・・彼らはもうそこから出ることはないわ。
全ての出入り口を破壊しておきなさい。」
(食料はプラントを利用して手に入れることが出来るでしょう。)
柄にもない優しいことを思うフレイヤであったが、
それは彼らの利用価値が発生したときの事を考えてのことで、
決して優しさから来たモノではないことは、自分でも理解している。
もっとも彼女は、そんな自分が好き。
「・・・・・そうね、特にユノという女性は逃がしては行けません、分かりましたね?」
何を思ったのか?
そう言ってフレイヤは会話を終わらそうとした。
その真意は、容易に計ることができるだろう。
だが、受話器の向こうの者が余計な何事かをフレイヤに言う。
「監禁?不謹慎な言葉ね、慎みなさい。これは・・・・」
いかにも憮然とした口調であったが、その表情は相変わらず崩れはしない。
そして、最後のナイフが、飛び出す。
「処刑よ。」
「凄いな・・・・」
レイアルンはそう呟いたっきり、押し黙ってしまった。
彼の回りにいる女性陣も同様の感想を持っていたために、
誰も言葉を発することはしない。
正直を言えば、テレビに見とれていたと言った方が正しいのだが?
だが、ただ一人だけ、敢えてもう一度。
「凄い・・・」
そう言う声がした。
爆発音がとぎれて、丁度静かになった場面だった為にそれは妙に響いた。
皆一瞬ビクッと身体を震わせて、思わず振り返る。
ただ、フクウとカイは振り返りはしなかった。
四人の視線の先には、眼鏡をかけ直す仕草をしている赤毛の女性が居る。
「あ・・」
赤毛の女性アミは、
皆の視線が自分に集まってしまったことに気付くと、
意味のない声を上げる。
その視線に照れ、少し頬を染めて、
アミは手を前にやって、四人にテレビの続きを見ることを勧める。
「・・・なんでもないって・・・」
テレビに向き直っていくみんなの背に、アミの声がかけられる。
実際は、何でもあるのだが・・・・・
テレビに映し出されているのは、真紅の巨大なArf。
いや、Arf自体も十分に巨大なのだが、
その真紅のArfは他のWachstumたちが子供に見えるほど大きかった。
実際の大きさは、そうでもないのだろうが、
その豪快な戦い方が、真紅のArfを雄大に魅せている。
テレビを見ている月読のメンバー達がそう思うのだから、
画面の中で戦っていた兵士達の印象はさぞかし大きかったことと伺い知れる。
レイアルンは、真紅のArfの性能よりも、それの中のArf乗りの技術に注目をしていた。
この重機動型Arfをいとも容易く扱いきっている。
まるで乗り慣れた乗馬をするように、暴れ馬を乗りこなしているようなのだ。
もっともそれとは別な感想を、
アミとフクウ以外のメンバーは抱いていたが・・・
(((((・・・・こんなもったいない使い方するなんて・・・・・・)))))
画面で、紅いArfの右腕から発射された光が、
Wachstumたった一体を燃やして地平線の彼方に消えていった。
アミは魅入っていた紅いArfに。
それは同じ技術者が、自分の造ったモノよりも優れた物を見たときの羨望という感情。
幾分の嫉妬が混じったそれは、アミに過去に自分が抱いていた夢を思い出させる。
(あたいも・・・・あんなArfを造りたかったんだっけ・・・)
「Arf製作の『天才四姉妹』現る。」
「次期Arf開発競争は、彼女たち『四天王』の手に委ねられた。」
有名な新聞は、こんな記事を出したのは、A・C・C82年だった。
今も世界で最も技術者に注目され権威を持っている「世界Arfコンペ」で、
参加していた四人の女性が、審査員の票を全員同じに獲得してしまったのだ。
しかも、首位で。
審査員達は、彼女たちの才能を高く評価して、異例の処置を取った。
それは四つのトロフィー四つに分割すること。
四人の天才Arf制作者。
全て女性と言うことも話題となったが、
彼女たちの発表したArfのコンセプトがそれぞれ全く違うことは、世の技術者達を驚かせた。
当時、一種のArfの武装が完全に固定化され、
何処の会社もその固定観念から抜け出せずにいたのだ。
だが、彼女たちのArfは、その固定観念という壁に、まさに風穴を空けたのである。
四人の中で最年少であり、
そして四人の中で他の三人に、最も認められていた少女が居た。
四人は審査員の無能さを十分に理解していたし、
それは当然の事とも諦めにも似た感覚で認めていた。
彼らに自分たちの正しい順列を評価をすることは出来ないと。
だから、彼女たちだけの表彰式がある居酒屋で開かれた。
そして、そこにアミ=トロウンはいた。
彼女は当時12歳、四人の中で最も若い少女だった。
四人は、そこで友人となり、
互いのArf造りの事を語り合う日々が続いていた。
彼女たちは、最高の友人を得て、充実した日々を送っていた。
だが、それも長くは続かない。
コンペから一年後、
四天王、四姉妹と言われた彼女たちが次々に行方知れずになっていったのだ。
それはオーダーメイドのArfに対する各Arf製作会社の見解が、
後ろ向きであることが顕著になっていた時期でもあった。
コストと言うモノに縛られて、四人は自らの才能が埋もれていくことに絶望し始めていた。
次々に姿を消していく友人を見て、
アミはいずれ自分にもその時が訪れることを期待した。
そう、期待したのだ、自分が本当の意味で生きることが出来る世界の誘いを。
アミは信じて疑わなかった、
自分の姉たちが−当時アミは年上の友人達をこう呼んでいた−自分を必ず迎えに来てくれると。
だが、それは来ない。
来るはずもない。
ある強力なArf製作過程に於いての
不幸な事故によって、
その奇跡を生む左腕が切断された、
奇跡を起こせない女などには・・・・
来るはずもない。
「・・・・・でしょ?」
真紅のArfを見つめて、アミは何事かを呟いた。
呟きはあまりにも小さかったために、今度は誰も振り返りはしなかった。
ギュッと左手に力を入れるアミ。
微量の電気が流れ、それは正確に指を折り曲げていく。
機械化された無惨な左手。
右手はそれを抑えない、その仕草はもうしないことに決めたのだ、
この月読に入ってからは。
だが、その表情は懐かしさと嬉しさと・・・・・幾ばくかの嫉妬に、やはり彩られていた。
「・・・・造ったんだ・・・・最高のArfを。」
奇跡を生む手は失われたが、奇跡を見つける力は失われはいない。
Kaizerionのパーツ、稼働方法、エネルギー効率・・・・・
全ての情報から、天才の頭脳が答えをはじき出す。
「ユノお姉ちゃんでしょ?」
四人の中で、最もアミに近い年齢で、最もアミを可愛がってくれた女性。
金色の髪が印象的であったが、アミの記憶にはそれが油で汚れていないことは無い。
セピアに染まっている思い出に、アミは少しだけ微笑んだ。
**********
アミと同様に、皆の思いとは別な思いを抱いていた者がもう一人。
(これが・・・・L−seed。)
豪快な攻撃、そしてスピーディーな動きで、
いかにも視聴者受けしそうな派手な真紅のArf。
当然映している人間も、無意識にKaizerionの方に目がいってしまうのだろう。
テレビの多くの場面は、大写しになったKaizerionが生き生きと映し出されている。
もしかしたらテレビ局が敢えて、他の場面をカットしたのかも知れないぐらいに。
当然、軍人と言えども同じ敵を映し出しているのであれば、
強そうな方に注意を注ぐであろう。
派手な攻撃は、一見、その実際の攻撃力に比べて過大評価されがちである。
最もKaizerionの攻撃は、その攻撃力もかなりな物なのは確かなのだが・・・
月読のメンバーたちは、テレビの情報でしか二体のテロリストを見ることが出来ないでいた。
故に、残念ながら皆一様に、
テレビの編集の妙も災いしてか
真紅のArf、T−Kaizerionの方に重視を置いて、テレビを見てしまった。
意味合いは違うが、アミもKaizerionに注目し、もう一体のモノには注意を向けることはない。
だが・・・・
フクウ=ドミニオンだけは、炎と見まごう真紅の後ろに、ささやかに戦う蒼と白を認めていた。
編集のせいで、その動きの様子はあまり連続しては見ることが出来なかったが、
それでも十分にフクウの瞳はL−seedの強さを認識する。
(技術は無いわ・・・でも、力だけでもないわね・・・何なの?)
L−seedの戦いを、フクウはただ一人分析する。
敵の方に向かい、ただ蛮勇とも言える攻撃を繰り返すL−seed。
Kaizerionのように、凄まじい技術を持って、力の無駄遣いをしながらも、
確実に敵を葬り去っていく訳でもない。
綿密に計算された動きとは言い難いL−seedの攻撃、
それなのにフクウは真紅のArfよりも、ずっと気になってしまうのだ。
ふと我に返り、自分を見つめたとき、疑問が沸き上がる。
何故、技術も戦闘経験もおそらくL−seedよりも上な真紅のArfを自分は注目しないのか?
フクウは少しばかり考え込む。
視線の先で、真紅のArfの拳が一体のWachstumを葬る・・・
その画面の隅で、L−seedが敵をただ力任せに振り上げた剣で、Wachstumを叩き切っていた。
(そうなの・・・・・)
フクウはようやく、それに気付くことが出来た。
かつてSI2に所属していた当時、
その正体がばれてしまえば自決しなければならない現実。
しかし、正体がばれなくとも、心がすり減っていく毎日。
そんな日々を過ごしてきたフクウだから、感じられる。
圧倒的な力の匂い。
そう、L−seedは、常人では感じることが出来ないほどに、強いのだ。
おそらくそれを認識できるのは、
フクウのような死と隣り合わせで、なおかつそれに抗い続け生きてきた人間や、
L−seedを目の前にした哀れな人間のどちらか。
フクウは分かってしまった事実に、恐怖した。
(アイスレィディなんて呼ばれた・・・私が怖いと思うなんてね・・・)
自分にもそんな感覚がまだ残っていたことを自嘲気味に微笑む。
フクウとて女、
少しばかり自分の事を可愛く思ったことは、誰にも言えない事実。
目から鱗が落ちた感じで、
フクウはL−seedの戦いを非道く客観的に見られるようになっていた。
テレビでは、翼を羽ばたかせるかのように広げたL−seedが、
全ての攻撃を受け止めながら、邁進し、Wachstumを、兵士を滅ぼしていく。
(これは、強敵ね。)
今更のように、フクウは思う。
テレビ画面の端で、L−seed姿が隠れる。
背後からL−seedを襲おうと考えた兵士が、Wachstumで近づいて行く。
当然、振り向きざまに拳の一撃で、火を吹いて倒れる事を予想して、
フクウは少しばかりため息をつく。
ため息の拍子に、長い髪が前にかかり、フクウから視覚を奪った。
スッと手を額に持っていき髪を掻き上げる。
黒く美しい髪が、窓から差し込む太陽に照らされて輝く。
何気ない仕草だが、いや何気ない仕草だからこそ、その姿は微かな艶めかしさを出す。
紅い唇が、妙に印象的。
視覚を確保して、フクウはテレビを見ると、
案の定、Wachstumは火を吹いて倒れ込むところだった。
(・・・・・まだ、スタイルが人型なら、生き残る方法はあるわね。)
フクウは漠然と思う、人型である限り、
その基本動作、つまりは骨格の動きまでは変えることは出来ない。
スピードに着いて行ければ、次の動作を予想することも可能だろう。
そんな風にフクウは考える。
だが、次の瞬間、フクウの背に寒気が走る。
先ほどの比ではない恐怖がフクウに植え付けられる。
爆風が晴れたところに、L−seedが立っていた。
だが、その姿は先ほどと同じく後ろ姿。
フクウは初めて真正面から、それを見ることが出来た。
話には聞いていた事実。
L−seedの背中を守る女。
長い棒を両手でしっかりと持ち、静かに佇む。
自ら望んで生け贄になったような、安らかな顔をして埋め込まれている美女。
(・・・生き・・残れないわ・・・・)
テレビを通して、L−seedの背の女と、フクウの目が合う。
フクウの勘違いかも知れない、いや実際そうなのだろうが、
女はフクウに向かって優しく微笑んだ。
フクウは、唇を噛む。
それは、動揺を抑えるためにフクウがする方法。
美しい顔を密かに歪ませて、フクウは動揺に耐える。
月読のメンバー誰一人にも見せないように、フクウは一人で耐える。
フクウ=ドミニオン。
哀しくも、強い女であろうとしていた。
Kaizerionの戦いの映像は、世界に流れていた。
当然・・・・このような場末の酒場でもそれは垂れ流しにされていた。
酒で目と頭が曇ってしまった奴らにも、それは興味深い映像であったのだろう。
少し上に方に置かれたテレビ回りにはちょっとした、くろだかりが出来ている。
ただ、一人、その山に加わらずに、
カウンターの端でウィスキーを飲む男がいた。
蒼いマントを付け、鍔の広い帽子がテーブルの上に無造作に置かれている。
長い髪は後ろの方でボロ布に巻かれているが、それに巻かれきれない髪も多く垂れ下がる。
カツン!
マスターから、乱暴にウイスキーのお代わりが置かれる。
男はそれを手に取ると、ゆっくりとウイスキーを傾ける、
伸ばし放題に伸ばされた髪の毛の隙間から黒い瞳が見える。
鋭い視線が、一瞬だけテレビの方を向くが、
その流れるような動作は止まることなく、再びその瞳は銀色の髪の中に消える。
もう一度、深く傾ける。
琥珀色の液体が、一滴残らずその喉に吸い込まれていく。
ただの一度も喉を鳴らさずに、男は一気に飲み干した。
大きく傾けた為に、長い髪が後ろに全て流れ、その顔が明らかになる。
その顔を精悍と言うのは、あまりにも陳腐だ。
彼の顔は、まさに野生に生きて、野生にのみ糧を得ることしか出来ない。
自由と引き替えに、
生と死を等価としている生活を送る野獣だけが持つ美しさを持っていた。
決して顔が良いというわけではない、
だが、それはまさに漢の顔、
自らに自信と、自らを誇りに思う漢の顔だ。
それの象徴とも言えるモノが、彼の顔にはある。
右目にされた眼帯。
決して伊達や酔狂で付けているのでは無いことは、
彼自身の雰囲気で分かる。
二杯目を一気に飲み干し、彼は立ち上がる。
悠に195pはありそうな長身が明らかになり、
人々の視線がそちらに向く。
男はその視線を気にした風もなく、
くるりと振り返るとドアに向かって歩き出した。
「お客さん・・・お代。」
マスターが当然の要求を男の背中に突きつける。
男の歩みは止まらない。
酒場の用心棒らしきゴツイ男が彼に近づき、
その肩を掴み、血気盛んに拳を大きく振り上げた。
その瞬間、
キイン!
金属を弾いた音がする。
それはマントの男から発せられたモノであったが、
何をしたのか誰も理解できなかった。
だが、
カラン!
音がテーブルの上から聞こえる。
先ほど飲んでいたグラスに、コインが入っていた。
「おおおお!!」
歓声を上げる客達。
だが、マスターは声を失う。
何故ならば、グラスに入ったコインは5枚。
音はたった一度だけ。
マスターが慌てて、男の方を向くと、
そこには既に姿はなく。
彼が高額で雇っていた用心棒が、白目を剥いて倒れて行くところだった。
男は酒場を出て、月明かりに照らされた道を歩く。
髪の隙間から、
金属で出来た眼帯に月が反射して、まるで輝く瞳に見える。
男は月を仰ぎ見て呟いた。
「来たか・・プラス。」
口元に笑みを浮かばせながら。
「薬・・・完了だよ。」
そうフィーアは微笑んで言った。
コトリと注射器が、ステンレスの皿に転がる。
「起きたら、とびっきりのおはようを言ってあげるね。」
それはマナブの目覚めを期待しての言葉。
「ゆっくり眠るんだよ、マナブ。」
それはマナブの安らぎを祈っての言葉。
フィーアは、マナブの寝顔をしばらく眺めている。
その寝息に耳を傾けて、夢の中のマナブにさえもその安らぎを祈る。
暖かで柔らかい部屋に、
ページをめくる音だけが、優しく響く。
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次回予告
安らかな眠りからの覚醒。
それは思いがけない想いの目覚めの時。
こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。
人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。
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