「命と想い・伝えるとき」
Divine Arf
− 神聖闘機 L−seed −
第十八話 「ブラッディ・キッス」
「この辺だな・・・・・明らかなエネルギー反応があったのは。」
「はい。このエネルギーのレヴェルは自然現象ではあり得ないモノです。」
「おそらくは・・・・・・Arfだろうな。」
「はい・・・博物館にあるような200メートル級の戦艦でも無い限り。」
「あの骨董品が現代にか?それこそお笑いぐさだな。」
「隊長!!凄まじい高熱の物体がこちらに向かってきます!!」
「なんだ?!」
「黒い物体?・・炎を上げて・・・・!・・・・・!・・・・く・・・・・」
ブツッ
「く・・黒い化けも・・・あ・あ・熱い熱いぃぃいいいいいいい!!」
ブツッ
「うわああああああああああああああああ!!」
ブツッ
「・・・・魔王だ・・・・炎を纏った魔王だ・・・」
ブツッ
「ああ、神様・・・」
ブツッ
「イヤだ!!こんな奴とたた・・・」
ブツッ
「・・何処・・・迷い込ん・・・・俺達・・・地獄なん・・に・・・」
ブツッ
「消息を絶ったEPM第20Arf部隊の回収されたレコーダーからの音声はこれで終了です。」
書類を持ちながら、報告を終える軍服を着た一人。
書類から目を離し、議場に居座る自分の上官、上司の顔を見た。
皆一応に厳つい顔を崩さずに、腕を組み、手でペンを弄び、またあらぬ方向を見ていた。
一際、厳しい顔をしていたのは、
このEPMの中でも、実質のトップであるゴート=フィックであった。
報告をしていた彼は、皆から特異な反応が無いことを確認すると報告を続ける。
「黒い物体と言っていることから、
最近出現している『蒼と白の堕天使』・・・・失礼しました、『L−seed』では無いと思われます。」
蒼と白の堕天使・・・・L−seedの胸部を拡大した画像がでる。
そこにはクッキリと『L−seed』と刻まれていた。
「では?テロリストの新型か?」
座る一人が当然の疑問をぶつける。
「現状では、そうとしか考えることが出来ません。
同日に発生したテロに於いて現れた紅いArfとの因果関係は不明です。」
そう言いながら、彼はモニターを切り替える。
そこには真紅のボディを持った勇壮なArfが現れる。
その視線の先には、おそらく蒼と白のArfがいるのだろう。
真紅のArfの回りには、全壊したArf達がごろごろと転がっている、
煙を噴きだして燃えている物もいる。
「ああ、何と言うことだ・・・・・EPMのArf精鋭部隊が、たった二機に壊滅されるなんて・・・・」
絶望のため息と共に、誰かが大仰に呟いた。
その場の誰もがその意見に同調し、反論することが出来ないでいた。
別な話題を振ることも出来ず、ただ難しい顔をすることだけが彼らの今の仕事だった。
あのゴートでさえ、その口髭をピクリともさせずに、
何を見るでもなく手を口元で組み何も言わない。
今回の両部隊の壊滅は、「φ」ではなくEPM軍のArf部隊だった。
子飼いのEPMArf部隊の失態であるためにゴート自身からは、
何も言うことが出来ないでいたのだ、
但し、ゴートから発せられる雰囲気はまさに怒り。
それが議場を包み込んで、
誰一人として刺激をすることを恐れて何も言葉を発しさせなかった。
場が静寂の極地に入り、
ただ一人立っている悲しき報告者がそのプレッシャーに負けようとしていたとき。
「現在の我々の分散された戦力では、彼らには勝てません。」
静かに議場に声が響いた。
皆一斉にその声のした方に向く、
そこには相変わらずの涼しげな笑みを浮かべる金髪の男がいる。
この議場で唯一、その表情を変えない男、それがルシターン=シャト。
最も効果的に、場を緊張させる。
彼の思うままに、全員が全員ともルシターンの意見を聞きたがった。
「では、どうすれば良いというのかね?シャト君。」
一人の男が尋ねた。
「現在のEPM軍の戦力は、
未だArfの普及率は他の戦闘機、戦車に比べて低いと言わざるを得ません。
これは「φ」を入れたとしてもです。」
ルシターンは、蒼い目で相手の心を捕らえ込むようにして見つめながら続ける。
「Arf以外の兵器の力は、
最近のオーダーメイドタイプのArfのテロに対しての戦果から見て分かるとおり、
それの無力さは証明されてしまっています。
それに・・・・今回の犠牲者が言っていたではありませんか・・・・骨董品だと。」
Arf出撃の前哨戦として、
出撃した戦車、戦闘機はL−seedに一瞬の内に破壊されてしまっていた。
それは説明の必要がないほどの圧差である。
「・・・・・・・・」
Arf以外の兵器の指揮官達は、ルシターンの言葉に不快感を露わにしながらも、
それが事実であるために何も言えないでいた。
ルシターンは、内心彼らの思うと冷笑を浮かべずには居られなかったが、
その表情は変わることなく語り続ける。
「私は、Arf生産ラインの強化と、次期主力Arfの開発こそが、
彼らテロリスト達を葬る事への最前であり、最速の方法だと考えます。」
ルシターンには分かっていたのだろう、
この彼が語った言葉によって、Arfが完全に兵器界から他の兵器を駆逐してしまうことになってしまう事を。
きっと、ルシターンは知っていたのだろう。
「だが、おまえ達φでさえ、あの蒼と白のArfに破れたではないか!」
「そうだ!聞けばあのレルネ=ルインズでさえ、
完敗を喫し、這々の体で脱出したと言うではないか!」
二人の軍人が、声を荒げて言う。
彼らはArfを認めない頭の古い人間たちだった。
自分の地位がArfによって脅かされているという現実がある立場の人間であるから、
まあ無理からぬ事なのかも知れないが・・・
「相手の戦闘データも取れない戦闘をするよりはましかと思いますが?」
丁寧な口調の中に、
ルシターンにしては珍しく毒を拭くんだ言葉で相手を黙らせる。
それ以上に、輝く蒼い鋭い瞳に射すくめられたと言っても良いだろう。
「完全オーダーメイドのArfの強さは皆様も知っていることでしょう。
長く乗れば乗るほどにArfはそのパイロットに馴染んでいきます。
まして単体任務を目的としたオーダーメイドのパイロットとArfです・・・・・・・・
Powersで対峙したルインズ三佐は善戦したと言っても良いでしょう。」
ルシターンは巧みにレルネの擁護を織り交ぜながら、Arfの必要性を説いていく。
(不純な兵器たちはいらない、純粋なる兵器だけで良い)
ルシターンのArf生産ラインの強化と
Wachstum、Powersに次ぐ次期主力Arfの開発の提唱は、
的を得ているだけに、誰もそれに異論を挟むことは出来なかった。
緊張した場で固まった思考に刷り込まれていくように、
議場の軍人達はルシターンの出す意見を正しいと感じた。
事実、それは正しかったし、あのゴートもルシターンの意見に聞き入っていた。
ルシターンの甘美な言葉に、議場の誰もが酔いしれる。
故に最後に放たれたルシターンの本意とも言える言葉を理解していながら、
理解できていなかった。
「我々『φ』のArfパイロット養成校の拡大と増加をすればパイロット不足も解決されます。
『φ』の増強こそ、
EPMを、Arfを保有する如何なる国、組織に対しても常に有利に事を運ぶことが出来るのです。
フィック様を頂点とした最高の支配者として・・・・君臨することが出来るのです。」
一瞬の静寂の後、
ルシターンに贈られた賛辞は、
多くの拍手であった。
愚民どもの賛辞の中、ルシターンの瞳は憐れみに瞬いた。
**********
「あとは・・・ルナの者達をどうするか?ですな。」
ゴートの横に座る厳つい男が言う。
平然とこのような会議の場で「ルナ」と言うことから、彼が差別主義者であることが容易に知れる。
もっとも・・・・・・ここにいるほとんどがそうであったのだが・・・・
「ルイータの出現・・・・・
あの『モーント』と言う組織のリヴァイという男、やはりただ者ではないようですな。」
モニターに映る青く長い髪の男を見て、その場の全員がそう思っていた。
「ルイータの真偽を確かめる事も大事ですが・・・・
それはむしろどちらでも良いと思われます。」
リヴァイの隣で、全ての人々に語りかけるまだ十代の少女、ルイータ。
対照的に短い青い髪が、彼女の意志の強さを感じさせる。
「うむ、ルナの動向自体が気になる。」
ゴートは渋い顔を崩さずに言うと、視線をある男にやる。
「バベルの建造にはまだ時間がかかります。
現在は新しい衛星都市の体裁を取っておりますが、
いずれにせよ、いつかは嗅ぎつけることでしょう。・・・・・・・・」
博士のような姿の男が、視線を受けつつ話し始めた。
その言葉を聞きながら、
(要塞型戦闘衛星「バベル」・・・・・・か・・・・・・・・・・・)
にわかに血生臭い話題で盛り上がり始める議場で、ルシターンは一人覚めた頭で思う。
(空の人々・・・・・・もう少し時間を与えてくれませんか?私に。)
その問いを聞く者はいない、
ただ叶える者達は、地球に既に降り立っている。
『何ですってぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!』
決して静かではない場所ではあったが、
その叫びにも似た、と言うよりも嘆きの声は、辺りにいた全ての人間の注意を惹きつけた。
「うわ!うるせぇって!」
慌てて通信のスィッチを切るプラス。
モニター中では、音声が切られたことも気付かずに、
怒りと嘆きをミックスした表情で睨み、話し続けるユノの姿があった。
プラスがKaizerionを修理中だと言った矢先の事である。
「だから・・・あのL−seedって奴と戦ったんだって。」
少しばかり落ち着いたユノと通信を回復させてプラスは言う。
「ふうん、L−seedねぇ。
ま、あんたが大変だったんだって言うなら、大変だったんでしょうね。」
負けず嫌いのプラスを知っているユノは頷きながら言う。
同じようにプラスも頷いている。
晴れ晴れとした顔からは、強敵と対戦した充実感が見られる。
その様子に、仕方ないわね、と言った感じにユノは納得すると、怒りを少し引っ込める。
「で?」
そんなプラスにユノは何かを促す。
主語も何もないこれだけでは、
さすがにプラスでなくとも、ユノが何をいわんとしているのか?分からないだろう。
「なにが?」
当然の如く、聞き返す。
その顔には、ユノの怒りが収まったことに対する安堵がありありと出ている。
「Kaizerion!私のKaizerionは、ど・こ・な・の・か!!聞いているの!」
何で分からない訳?と言う顔で、ユノがプラスをせきたてる。
「え?!」
プラスの顔にクッキリと狼狽が浮かび上がる。
「早く!!」
先ほどの金切り声に匹敵はしないものの大きい声で再び促す。
「・・・・・・・これ・・・・・」
ユノのモニターに映し出されていたプラスが横に避ける。
そして、再び倉庫内に嘆きにしてもあまりに大きい声が響いた。
「あああああああああああああああ!!!私の私の私の私の私のカイゼリオンがぁ!!!」
思わずプラスは被っている帽子で顔を隠す。
ユノの瞳に・・・・・・・・無惨に右腕が取り外されたKaizerionが・・・・・・・・あった。
**********
「あんた、何やってたのよ!!大事にしなさいって言ったじゃない!!」
ユノの説教と嘆きの言葉は、既に30分以上続いていた。
プラスはそれを子供のように、しょんぼりと聞いているだけだった。
「聞いているの?分かっている??どうやったら、私のKaizerionがこうなるのよ!!」
「いや、だから、戦って・・・・」
「うるさい!!どうせ、三発しかないガイアを使い切ったんでしょう?!違う??!!」
ユノの問答無用の説教は、このまま朝まで続いていくのかと思えた。
プラスにとっては、既に6時間ぐらいこの通信のイスに座っているような気さえしている。
だが、何事にも終わりがある、
プラスにとって、新たな試練の始まりであったとしても・・・・・終わりはある。
「随分と騒がしいですわね。
もう少し静かに出来ないのですか?T−Kaizerionパイロット。」
言葉の端はしに色気を持った声が、多分な毒を含んでプラスの耳に入り込む。
後ろからした声に、プラスが振り向く前に、
モニターの中のユノが何かを言おうとした口のまま、呆然と見ている。
「イシス・・・・・」
ユノから漏れた言葉は、
残念ながらニュースも何も見ない男、プラスには分からなかったが・・・・
振り向いたプラスの前には、
まるでKaizerionのように、
紅い服と紅い靴そして紅いルージュをした女が悠然と立っていた。
イシス・フレイヤである。
普通の男性であれば、
よからぬ妄想を抱かせるに十分な程胸の空いた服と、
そして雰囲気をいつものように漂わせている。
もちろんフレイヤはその事を十分に理解し武器として、
自らの身体を使っているのだから当然なのだろうが・・・
大抵の男は思わず目を伏せるか、
食い入るように自分の身体を睨め付けてくるかのどちらかであるのだが、
中にはその反応とは全く違う男もいる、
そしてその中でもプラスはかなり特異な反応を示した一人であった。
彼がフレイヤを見て、最初に言った言葉、それは。
「燃えてる?」
彼なりのフレイヤに対する印象を端的に伝える言い方だったのかも知れない。
但し、様々な状況を考えなくても、その使い方は合ってはいなかった・・・・・
この時、プラスの後ろのモニターに居るユノが、漫画のように画面から飛びだす事が出来たなら、
彼女は間違いなくそうしていたであろう、
そしていつものようにスパナで彼を気絶させることを何の躊躇もなくしただろう。
ただ、悲しいかな・・・・・それは出来ない。
故に彼女は、先ほどよりも大きい声でプラスを怒鳴りつけること以外にすることが出来なかった。
「ば、馬鹿ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
フレイヤの美しい顔に、少しばかりの曇りが出来たことは、
自分の精神コントロールに卓越している彼女でさえも、ショッキングな出来事であったことを示していた。
「フフフ・・・・・なるほどね、予想通りの方ですね。」
フレイヤがどう予想していたのかは知ることは出来ないが、
決して悪い印象が良くなったことで無いことだけは確かだった。
もっともその逆でも無いのだが・・・・・・
「何だ?ユノの知り合いか?」
モニターに向き直るプラス。
「知り合いじゃないけど・・・・・あんたの居る修理工場が何の会社の物だか知っているでしょう?!」
「ああ、えっと・・・・えたぁなる・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
フレイヤは、プラスの言葉に耳を澄ましている。
それが感じられるユノは、祈るような気持ちでプラスの答えを待つ。
「・・・・えたぁなる・・・まる?」
何故、『ゼロ』と呼べないのか?
それでなくとも『れい』であればまだ救いがあったような気がする。
ユノはガックリと肩を落とした。
もはや怒鳴る気にもなれないのだろう。
「エターナル・ゼロよ。」
怒りを押し殺した声で、フレイヤがプラスに模範解答を示す。
「ああ!!あれ?『まる』じゃねぇんだ?!」
せめて『冗談』だと、誤魔化せるぐらいの知力を与えておくべきだったと思ったのは、
ユノの優しさなのだろう。
ユノが金色の美しい髪に手を入れて抱え込む、不思議な映像を一瞥して、
フレイヤはプラスに向き直る。
「L−seedに関しての事を聞きたいわ。モニターを切って下さる?」
丁寧な言葉とは裏腹に、その口調は幾分の暖かさも無い。
「まだ、話の途中なんだ、後にしてくれよ。」
果たして会話と言えた物であったか?疑問は残るところだが、
叱られていたプラスが言うのならばそうなのだろう。
こう言ったとき、ユノならば『こら!プラス。』と言って叱ったことだろう。
だが、もう二人の距離はかつてとは違い大きく開いてしまった。
ユノにしても、まだプラスと話をしたい気持ちがあった。
プラスと今度話せるのは、おそらくは・・・・・・次にKaizerionが故障したときだろう。
そんな時が来ないことを願うユノには、プラスと会話をする時間は、本当に貴重。
そして、それはプラスにしても同じ。
「あなたは、エターナル0から援助を受けている組織の方なのですよね?」
フレイヤは悠然と微笑んで、プラスに確認する。
その微笑みは絶対的な優位にいる者が浮かべる笑み。
「ああ・・・・名前は教えて貰っていないけどな。」
「私はイシス。エターナル0の総帥です。
私の言葉はエターナル0に於いて絶対と受け取って下さい。
宜しいですね?プラス=アキアース。」
そう言うとフレイヤはプラスの顔を覗き込む。
そして、プラスの目に幾ばくかの戸惑いを感じると、言葉を続けた。
「モニターを切って下さいと言ったんです。プラス=アキアース。」
「あんたなぁ!」
ようやくフレイヤの言わんとしている事を理解し、それが為に怒りを露わにする。
「プラス!」
プラスの言葉は、後ろから聞こえたユノに声に遮られる。
振り返るプラスの目には、
一片の寂しさも感じさせない微笑みを浮かべるユノの姿があった。
「ガンバんなさいよ!!じゃね!」
「お、おい!ユノ!!」
プラスの言葉に返事もせずに、軽く手を挙げてユノは鮮やかにモニターから消えた。
**********
「まったく・・・・・・心配かけさせるんじゃない!・・・・・・」
通信を切った後直ぐに、ユノは呟いた。
その言葉は、プラスのフレイヤに対する無礼な態度に言ったのか?
L−seedとの戦闘に対して言ったのか?
「Kaizerion・・・・・頑張ったね。」
ユノは、少しゆっくり目の言葉で、また呟いた、
もう何も映っていない真っ黒なモニターに向かって。
彼女の目には、あの紅いArfの姿がくっきりと浮かんでいたことだろう。
そして、その戦闘での姿さえも、鮮明に思い描けたに違いない。
幾ばくかの沈黙の後、
徐々にユノの顔からは、先ほど浮かべられていた満面の微笑みは消え失せ、
どこか寂しげな微笑が浮かべられていた。
「ありがとう。」
その言葉は、Kaizerionに?
そう呟いて、ユノは通信室から離れた。
また、Kaizerionとプラスが無事に、自分と話せるときが来ることを祈りながら。
**********
「おい!あんたな、あんな言い方ねぇだろう!」
プラスは、怒りを露わにしてフレイヤに食ってかかった。
だが、当のフレイヤはプラスの方を向きもせずに電話をし始める。
「私よ・・・・・・居所はわかりましたか?」
「おい!あんた、聞いているのか?!」
プラスは、フレイヤの態度に怒りを新たにする。
だが、彼女を守り、黒服の男が三人ほど前に進み出て、プラスを遮る。
「何だよ。おまえらが、俺に勝てるわけないぜ。」
空威張りでない、何か裏付けされた自信がプラスに言葉を言わせていた。
相手が何もしてこない以上、プラスもいきなり腕力に訴える気はないのだが・・・
男達の隙間越しに見えるフレイヤの顔を睨み付けて言う。
「おい!!人の話を聞けよ!!」
「そう・・・・何処に行ったのかしら?」
プラスがいきり立っていることを知っていて、敢えて無視するフレイヤ。
その口元には笑みが浮かんでいる。
電話の内容は落胆すべき事なのに・・・・
「まあ、良いでしょう。デイジーの事・・・・・・間違いはないわ。」
そう会話を締めくくると、フレイヤはようやく電話を止める。
「おい!!イシス!!」
先ほどの自己紹介の名を思い出したのか?プラスは初めて名前で呼ぶ。
だが、フレイヤはゆっくりとプラスの方に瞳を向けると、
意外そうな顔を作って言うのだった。
「あら?まだいましたの?」
「!!」
怒りに声も出せずにプラスは動く。
当然、黒服達もそれに反応・・・・・・・・出来なかった。
音はたった一つ。
「破!」
正確には声。
次の瞬間、黒服達は、フレイヤの目の前で崩れ落ちる。
口元からだらしなく胃液を吹き出して、男達は痙攣を起こしながら這い蹲っていた。
「さすがは・・・・闘神の教え子ね。」
自分に敵対しているというのに、何の怯えも感じていない、
フレイヤは、少しばかりの感嘆を交えて言う。
「女は殴らない・・・・とでも思っているのか?」
フレイヤの前に立つ、プラスは静かに言った。
その瞳は、帽子に隠れて見えないが、その言葉は確かな凄みがあった。
「どうでしょう?
正拳三撃、それも・・・・・・音が追いつかない程の早さ・・・・・
私でも死ぬかも知れませんね?」
フレイヤは腕を組み、面白そうにコロコロ笑う。
組まれた腕に挟まれて、窮屈そうな胸が服の胸元から出てきそう。
「L−seedの事・・・聞きたいんじゃねぇのか?」
「フフフフフ、別にどうでも良いのよ。T−Kaizerionのデータを見れば済むこと。」
フレイヤは嘲笑の言葉で、プラスを打ちのめす。
「!」
一瞬、プラスの身体から、炎が出たような気配がする。
それは殺気、
それとも怒りの沸点とも言うべきか?
「フフフ、良いわ。強い事はとても良いわ。」
なおもフレイヤは、プラスを刺激する。
拳がその殺意を乗せて、フレイヤに襲いかかる為に握られたとき、
フレイヤは、プラスに絶大な効果のある攻撃を放つ。
「Kaizerionを降りたいのかしら?」
冷めた空気が辺りの温度を奪い取る、プラスの炎さえも・・・
唐突に、
握りしめた拳に・・・・・・・空気が入った。
頭に浮かんだ金髪の女が、それをさせたのだろう。
**********
それから数時間後、紅いArfの目の前に立つ一人の青年。
いつもの肌色の帽子を手に持ち、彼は名を呼ぶ。
「Kaizerion・・・・・・・・・」
物言わぬArf「T−Kaizerion」は、彼をただ見つめ返すだけ。
だが、それだけで、満足出来る。
Kaizerionは、大切なモノなのだ。
思いを込められ、
想う人と造った、
大切なモノなのだ。
ふと青年は、
誰もいない格納庫で、
今日も天に輝いているだろう月を見つめるように、
灰色の天井を見上げて呟いた。
「・・・・帰れたかな?あいつ。」
天に月が狂ったように輝いていたあの夜。
その日、Justiceは、いつにない緊張に包まれていた。
L−seedの異常な『変形』、
いやそれはもはや『変化』の範疇であるそれが、今戻ってくるのだ。
道に立ちふさがった、Arfを全て無惨に蹴散らすと言うおまけ付きで。
Justice基地にたどり着く前に、その高熱反応が消えてしまっていることから、
その変化は収束していると思われたが、緊張の糸が切れることは無い。
そしてマナブに何が起こったのか?メルもヨウも知識としては知っていたが、
それが如何なる危険な状態であるかを完全には理解していなかった。
マナブにとっても、ましてや自分にとっても。
ただ、Prof.ヨハネから、いつもの余裕というか、
全てが遊びのような雰囲気が全く消えてしまっていることは、
彼らにも尋常な事態ではないことを肌で感じさせた。
但し、恐怖や焦りは無かった。
何故なら、彼らのもう一人の上司は、いつもと変わりなく美しく、冷静であったからである。
「あと、何分ぐらいで帰還するのかしら?」
いつもと変わりない声で、サライはヨウに聞いた。
「あと6分53秒・・・52秒・・・51秒・・・」
声に出して、L−seedの到着をカウントするヨウ。
焦りの雰囲気が支配する部屋の中で、
サライは禍印の数値が−(マイナス)であることを横目で確認していた。
焦る必要はまだ無い。
そして、恐れる必要も・・・・・今は無い。
「マナブは!マナブは大丈夫なの!!ねぇ!無事だよね!!」
フィーアは、四人に片っ端から聞いて回る。
目には既に大粒の涙が浮かび、
大きい瞳を一層大きくしてマナブの無事を確認しようと必死だった。
熱反応が消えて、光点が無くなったときなど、
喉がつぶれ、狂わんばかりに『マナブ!!』と連呼していた。
そのフィーアの懸命で必死の姿に、
ヨウもメルも、逆に無責任に『無事だから大丈夫。』等の慰めの言葉をかけられない。
コンソールでは実際、マナブの無事を確認出来ていない。
だから・・・・フィーアの声を無視し続ける以外出来ない。
だが、ただ一人、喧噪渦巻くその中に、フィーアを救う声がある。
「フィーア。」
喧噪の中、その声は静かなもの・・・・・でも、それはフィーアを振り返らせる。
声とは別の何かの『繋がり』によって呼ばれたように。
泣きそうな、いや既に泣いているフィーアの黒く澄んだ瞳。
いつも元気な羽のような髪も俯いているように感じる。
出てきそうな涙を拭おうともせずに、フィーアは自分を呼んだ者の名を呼ぶ。
それは不安が心を全て覆い尽くしてしまっている縋り付くような声。
「サライぃ。」
サライは、フィーアに近寄り、ゆっくりと肩に手を置く。
そして、その綺麗な瞳で、フィーアの瞳を見つめる。
美しい黒と黒が交差する。
フィーアは、不思議とサライの瞳を見ていると、
嵐のような心が少しずつ収まっていく気がした。
ただ、瞳に貯まっていた涙は、とうとう堪えきれずにフィーアの頬を伝って行く。
形の良い顎から、一滴、落ちたとき、サライはフィーアに言った。
「マナブ様は無事よ。だから、泣かないの。」
それはまるで、母が娘に言い聞かせるように、優しい声。
フィーアを安心させる声。
マナブの声の、次に心安らぐ声。
「・・・・うん。」
小さく頷くフィーア、その瞳から新たな涙が出ることは無かった。
サライは、さらに声をかけようと、口を開くが、
それはヨウのカウントダウンに遮られる。
「L−seed帰還まで、後四分三十秒!!」
L−seedの存在を基地からのカメラで確認する映像がでる。
その姿は、Kaizerionと対峙したときよりも、煤けた姿。
ひしゃげた顎と穴の空いた脇腹が、直ぐに目を惹きつける、
だがその時ヨハネとサライの目は、全く違う一点を見つめていた。
「L−seed、帰還します!!
右甲部のシオン板が、数枚剥離しています!どうしますか?!」
相変わらずの不可思議な光を伴い、L−seedの右手は軽く握られている。
確かにシオン板が剥離して薄くなっているようだ、
漏れ出る光の量が多いように感じるのは気のせいではない。。
そしてメルの質問に、ヨハネは彼女の予想しない答えを出す。
「三番格納庫を使うんじゃ!!」
その言葉にメルは思わず振り返って、ヨハネを見つめる。
「で、でも、あそこには修理機材が何もありませんが?!」
それは正しい。
三番格納庫には、何も入るべきモノが無い。
故に修理機材等の一切の物が置かれていなかった。
良く思い返せば、電灯すらも取り外されていたことも思い出せる。
だが、ヨハネはモニターから漏れる右甲部の光を、
その片眼鏡に反射しながら、口答えをもどかしく感じて声を荒げる。
「良いから、そこに誘導せい!!
まだ死にたくないじゃろう!!?
少なくともわしは死にたくないぞ!!」
「は、はい!!」
メルはヨハネの剣幕に、慌ててJustice基地の扉を開く、
そしてルートを三番に指定し、L−seedの到着を待つのだった。
「L−seed、二分後に到着します!!」
ヨウがL−seedのカウントダウンを続ける中、
一応の人心地を付いたメルは後ろを振り返った。
そして、そこにいるはずの二人がいないことに気付く。
「ドクターと・・・フィーアちゃんは??」
誰もその問いに答えない。
メルはただ扉に向かって走っていくヨハネと、
白衣の「大天災」の文字が揺れる様子を見るしかなかった。
ヨハネの扉を越えても聞こえる大声。
「整備班は防毒装備で一緒に来るんじゃ!!蝋燭を忘れてはならんぞ!!」
**********
「走ると言う行為がこれほど優雅な物だとは思わなかった。」
サライとフィーアが走っていく姿を見たJusticeの者の言葉である。
いつもの白衣の裾を、そして銀と黒の髪を後ろになびかせて走るサライ。
そして、その後ろについて、二房の髪を後ろに伸ばして走るフィーア。
美しい風がJusticeの中を駆けていく。
「あなたも分かっているわね?マナブ様がどういう状況なのか。」
サライは、後ろを振り返らずにフィーアに尋ねる。
その声に焦りはない、ただフィーアを試すような雰囲気がある。
「わかってるよ・・・・マナブのことなら、何でも。」
少し沈んだ声でフィーアは返事をする。
「マナブ様は、初めての『L−Virus(エル−ウィルス)発症』で身体が対処しきれていないでしょう。」
「・・・・・・・」
「薬で抑えていた分、反動も大きいはず・・・・・・
今の薬ではおそらくマナブ様を抑える事は出来ないでしょう。」
サライは厳しい現実をフィーアに伝える、
だが、それはフィーアにとっても十分に理解してる事。
だから、フィーアは恐れていた
・・・・・・・こんな時が来ることを。
だから、L−seedに乗って欲しくなかった
・・・・・・・こんな想いを抱きたくなかったから。
「わかってるよ・・・・フィーア・・・・・わかってるよ。」
サライの言葉をこれ以上聞きたくない、そんな思いから絞り出すようにして出した言葉。
認めたくない現実に直面した時、それを凪払う為の声。
フィーアは自分がこんな声を出せるとは、今まで自分でも知らないでいた。
「そう・・・・良い子ね。」
サライはフィーアの方を向かずに、そう呟く。
フィーアに聞こえるか聞こえないかのギリギリの声で・・・・・その口元には微かな笑みが零れていた。
前方に「3」と書かれた扉が見えて来たとき、
天井のスピーカーからメルの声が聞こえる。
「L−seed、三番格納庫に収容完了!
L−seed、三番格納庫に収容完了!」
声だけで通常とは違う、緊急な事態であることを人に知らせる。
「別命があるまで、三番格納庫に入ることを禁止します!!
繰り返します!!
別命があるまで、三番格納庫に入ることを禁止します!!」
勘の良いJusticeの者は気付いていた、
それを破ったときには、命が確実に失われるという事を。
「フィーア・・・・・・マナブ様を助け出して。」
扉の前で立ち止まり、中の様子を調べてサライは言う。
そして、フィーアの前に差し出された蛍光灯を反射して白く光るナイフ。
フィーアの目には、サライの肩越しに、
格納庫内の空気の汚染を知らせる点滅が見えていた。
ナイフをしっかりと受け取るとフィーアは、力強く頷いた。
黒い瞳には強い力が宿り、フィーアの意志を感じさせる。
「うん!」
美しい顔が、まるで戦場に赴く女将軍のように引き締まり、
いつものフィーアとは違う魅力が溢れ出る。
(・・・良い子ね。)
サライは心の中で呟いた。
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「マナブ!!」
勢い良く扉を開けて入るフィーア、
直ぐに扉が閉まりサライの姿は隠れてしまう。
もう、マナブを助けられるのは、自分しかいないことを、
扉が閉まる音にフィーアは実感した。
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「今は入ってはいけません。」
フィーアが格納庫に入って数秒後の事、
サライは、扉の前に走ってきたヨハネに言う。
「まだ・・・・なんじゃな?」
ヨハネは、サライの後ろで光る警告灯を見て尋ねる。
後ろで、整備員たちが蝋燭を持って立っていた。
「ええ・・・・まだです・・・」
そう言うと、サライは静かに扉を見つめた。
「L−Virusは・・・L−Virusによってのみ・・・・・」
ヨハネもそう言うと、押し黙った。
今は、フィーアの為すべき事を見守るしかない。
それはこの二人にしても、変えようのない事実。
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三番格納庫内に明かりはない、
だが、フィーアは暗闇に目を慣らす必要は無かった。
そこには淡い不思議な光が、満ちあふれている。
空気が汚染されていると言うのにも関わらず、
フィーアには何の影響も出ていないように見える。
フィーアは、その光の原因が分からず、格納庫を見渡す。
「何・・・かな?」
そして、直ぐにその光の源を知る。
そこには、L−seedがいる。
右手甲から漏れ出る、
『禍印』の光。
いつもの直立の形では無く、
正座の体勢から、立ち上がるために右手を前に着いた形。
誰に謝るのだろうか?それは土下座の形にも見えなくも無い。
フィーアは、それを見てちょっとイヤな気分になる。
だが、そんな気持ちも、
L−seedの腹の下の床に倒れ込む人影を見て吹き飛ぶ。
L−seedの下腹部にある紅い球体コクピットは、真ん中から割れている。
それは緊急時にしか行われないコクピットよりの離脱方法である。
「マナブぅ!!!!!!!!!!!」
瞳孔が広がって、その姿を見失う前とするフィーアの身体。
全身でマナブを求めてフィーアは走り出す。
「マナブぅ!!!!!!!!!!!」
決して広い格納庫ではない。
ましてドアから、マナブの元までの距離もたかが知れている。
だが、フィーアの叫びは、そこに着くまでに二けたを越えていた。
「マナブぅ!!!!!!!!!!!」
聞く者に悲痛な思いを抱かせずにはいられないような声。
フィーアの美しい声だから、それはより・・・・哀しい。
仰向けに倒れているマナブを抱きかかえるフィーア。
それは急いでいながらも、優しく柔らかく・・・・想いが感じられる。
マナブの身体は、普通の人間にはあり得ない程に熱い。
そして、上半身は裸に、下半身も、足下から太股の中程まで剥き出しになっていた。
かろうじて残った衣服の端々は、何故か黒く焦げ付いている。
熱さなど関係無しに、フィーアはマナブを抱き留め続ける。
「マナブ?」
問いかけに、マナブの返事はない。
ぐったりとしたマナブの身体は、フィーアに恐怖を抱かせる。
「いや!いやだよぉ!!!」
最悪の状況に怯えて、フィーアはマナブの顔に縋る。
フィーアの胸に抱かれたマナブの顔に、精気はない。
抱え込んだマナブの身体、右腕だけを取りこぼしだらりと床に着いている。
右腕の筋肉に引っ張られて、
右片方だけ無惨に開いている瞳は、瞳孔を拡大させている。
何故だろう?それは真紅に染まっている。
紅い瞳・・・・・
それはサライに驚愕を抱かせるモノ。
それがマナブに現れた。
「マナブ!!死んじゃダメだよぉ!!!」
フィーアの全身の意識は、マナブの身体を感じるために研ぎ澄まされる。
そして、フィーアはマナブの中に微かな鼓動を感じる。
それは希望の鼓動。
フィーア自身の存在を賭けて、失えないモノの生命のカケラ。
「マナブ、直ぐにね。」
そう呟くと、フィーアはナイフを探す。
だが、手に持っていたはずのナイフは、
マナブを見つけて走り出したときに既に放り投げていた。
扉の近くに光るそれを見つけるが、
そこに取りに行くまでの時間はフィーアの中には無い。
下唇を噛む。
だが、
それは悔しさと焦りのモノではない。
形の良い下唇が歪む。
そして、引かれた皮膚は遂には裂け、
その中の暖かいモノを染み出させる。
真紅に染まった唇。
淡い光の中、フィーアの唇だけが、そこで色を持つ。
『可愛い』だけじゃない、『綺麗な』だけじゃない。
神聖な フィーア
献身とは、その身を捧げる事。
「良いよね?」
小さく物言わぬマナブに同意を求める。
だが、
それは自分に対する問いかけでもあったのだろう。
フィーアは、
優しく
とても優しく
とっても優しく
マナブにキスをする。
(マナブ・・・死んじゃダメだよ・・・・)
(フィーア・・・・マナブがいなくなったら悲しいよ・・・・)
想いが溢れて、血と共にマナブの中にそそがれる。
それだけが、フィーアの真実。
いつしか、マナブの瞳の紅は・・・・・消えていた。
離れない唇は、フィーアの想い。
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次回予告
凶兆を模したモノの闘いは、凄惨よりも凄惨で。
こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。
人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。
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