「堕天使の痕はなにを・・」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第十六話    「前兆」

 

 

 

ツルギを持って舞う堕天使は、死を司る蒼と白。

全てに平等な眠りを与えるために微笑を浮かべる女と共に現れる。

 

強大な敵、小さき無数の敵を相手にし、

全ての哀しみを集めるように、

全てを滅ぼすその姿。

 

美しいその姿。

炎と水と土と風、

全てに愛されながら、

全てを無くすことを運命づけられたのが・・・・・

彼なのか?

 

護りの女神は変わらず微笑を浮かべ、

破壊の神は変わらず哀しく微笑んでいた。

 

四人の騎士に出会うまで。

 

 

**********

 

「順調ね。」
サライは、コクピットのマナブの姿を見て呟いた。

「順調ですね。」
ヨウは、L−seedの損傷率が1%にも満たないことを確認して呟く。

「ああ、順調じゃ。」
ヨハネは、L−seedが拳でWachstumを突き破った様子に
満足気に頷き、呟いた。

三人の思うところ見るところは、全く別であったが、
その内容は同じである。

 

だが、ただ一人だけ、
順調な戦闘風景に異物が入り込んだことを認識した。

 

メルである。
「熱源接近!!Arfと思われます!」

 

あまりに突然に現れたそのモノに、
幾ばくかの動揺を見せながらすぐにヨウが分析をする。

何しろ、数秒前まではJusticeの索敵システムに認知されてはいなかったのだ。

何らかの、おそらくは加速による熱の上昇によって、
かろうじて熱探知に引っかかったそれは、異常なスピードでL−seedに近づいていた。

異次元からいきなり現れた訳ではない限り、
熱に対するステルス効果をうち消してしまうほどの熱量が一気に出ていることになる。

程度の問題はあれ、そのエネルギーの大きさはメルやヨウには十分に想像できた。

なれば、なおさらヨハネはサライにも想像に難しくはない。

 

「どこの敵?」
当然の疑問をサライは二人のオペレーターに問う。

もちろん、「敵?」等と尋ねたりはしない、彼らに味方は存在しないから。

「わかりません・・・認識信号も出ていません。」
「そして、何処から来たのかも、未だに不明です。
まるで突然現れたようです。」

メルとヨウは、持てる限りの知識と情報で検索をしたが、
それと類似するエネルギーとArfを見つけることは出来ない。

 

「突然じゃと・・・・・」
ヨハネが随分と非科学的なことを言うものだという表情で呟く。

「ですが・・・レーダーには一切現れていません、
おそらくブースターを活動させた時に現れた熱で姿を見せたと思われます。」

「でも・・・海の真ん中ですよ・・・・わざわざ基地から離れてブースターを蒸かす?」
メルは、もっとも近いArf基地でもかなりの距離が離れていることを報告する。

「・・・・・・・・・」
謎のArfの正体を見つけるにはあまりにも情報が少ない。
サライは、モニターの高エネルギーのArfの光点の移動を見つめた。

点滅しながら動いていく、それがL−seedのいる場所に次第に近づいていった。

それに習い、メルとヨウも黙った、モニターを見つめる。
ヴァスは相変わらず、既にこの場にはいない。

 

「どれ・・・見てみるとするか。」
ヨハネが、L−seedと光点が重なったときに言った。

 

**********

 

爆風が轟き、土煙が目の前を遮っていた。

茶色が、吹き抜ける風に消し去られたとき、
マナブの目の前に紅が広がる。

 

「こ、これは?」
マナブは目を見開いて、
目の前にある光の刃とそれを持つ紅いArfを見つめる。

正しく、L−seedの右胸の寸前で止められた剣が、
マナブに久しぶりの驚愕を与えた。

ちらりと見ると、索敵機器に反応がない。
ただ、熱探知のモニターのみ、
L−seedの目の前に熱を発しているモノがいるという事を教えていた。

 

マナブは、少しばかり・・・・・

L−seedの索敵機器を信用しすぎていたことを後悔した、

熱センサーのアラームを切っていたのである。

 

それは熱センサーがあまりに過敏であるために、
頻繁に鳴ってうるさいからと言うだけの理由であった。

マナブの目に映るモノは、その体だけでも燃えるような炎の色。

(チッ・・・・敵か。)

何となく・・・マナブは苛ついていた。

エメラルドを失った傷は哀しみの淵からは脱したが、
代わりに言いようのない喪失感から来る寂しさが、マナブの戦いを荒くしていた。

マナブの右拳がゆっくり握られる。

それは正しくL−seedにLINKされ、最も威力のある武器を形作る。
即ち禍印による拳撃である。

しかし、それが力を蓄える前に、
マナブの胸から、鋭い気配が遠のく。

目を前にやると、紅いArfが剣を戻していくのが見える。

それを見たマナブの右拳の中には空気が入り、その力を失う。

 

「マナブ様・・・・」
コクピットの中に、綺麗な声が響く。

「サライ・・・」
マナブが『あれは?』と続けようとしたとき、
突然目の前のモニターが明滅する、
それは相手からの音声回線と画像転送の許可を求めるモノである。

 

「マナブ様、いけません。」
サライが止める声を、遠くに聞きながら、マナブはモニターを開いた。

当然、こちらからの画像転送はしない。

 

そして、現れたのは、今までL−seedに向けられていた、どの感情とも違うものだった。

 

「あんたがL−seedだな?」

 

「どうやら敵は同じみたいだ!助けに来たぜ!!」

 

 

戦場には場違いな明るさ、そして好意。

それ以上に、その内容があまりにも正義の味方然としたもの・・・・

 

まるで暑い夏に一陣の風をのように、
マナブの心をさわやかな何かが吹き抜けた。

それは迷いのない声だったから。

 

「早いところ、この世界を平和にしちまおうか!!」

 

目の前で戦うL−seedの味方と言うArf。

マナブにとっては、それはあり得ない光景に思えた。

自分のしてきたことを考え、これからしようとしていることを思ったとき、
マナブはとても混乱する。

(何者なんだ?)

 

「平和」にするという行為・・・・
マナブつまりJusticeがしているそれは、広義の意味ではそれに該当する。

但し、あくまで彼らの思う「平和」である。

 

それが果たして、プラスという青年に分かっているのか?

また、分かっているのならば、それはそれでとても味方とは思えない。

 

マナブの混乱はその一点の疑問に収束するが、
その疑問を相手に投げかける前に、
背後に寄る数体の愚かな兵器の相手をしなければならなかった。

「行くぜ!Kaizerion!!!!!」

プラスの声がコクピットに響いたと同時に、マナブは動く。
まるでプラスのかけ声に引っ張られたように。

「話は・・・・後だ!」
マナブは振り向きざまに、握りしめた右拳でWachstumのコクピットを貫いた。

その切れと冴えは、エメラルドを失ったストレスを解消するために放たれていた為に、
不必要に素晴らしかった。

ビームサーベルを持ったままのWachstumが信じられないと言う目のまま、
体から火花を散らし崩れ落ちた。

 

「このレベルなら、大丈夫なんだけどな・・・」
マナブはふと声を漏らした。

マナブの脳裏に、迫り来る光の刃の光景が一瞬かすめる。

あのレルネとの戦いの記憶。

それはマナブにとって、初めての戦場での痛み。

 

マナブは戦場の厳しさを知った訳でも、

死の恐怖を乗り越えた訳でもない、

ただ時間がその記憶を風化させていたに過ぎなかった。

 

ただ、迫る光の刃の記憶だけは、唐突に脳裏に現れた。
そして、それと共にその日に起きた・・・・悲しい出来事の記憶も同時に・・・・

 

「エメラルドさん・・・・・」
マナブは未だ癒えぬ傷を思い、むなしく胸を掻き抑えた。

 

ドゴーーーーーーン!!!

 

マナブの耳に轟音が聞こえる。

「なんだ?」
慌ててマナブはL−seedの外部で何が起きているのか確認する。
戦場で慌てるなんて、初めてのことである。

 

そこには、煙を上げるWachstumの残骸があった。
まるで青虫に食われた葉のように、その腹部から右肩にかけて吹き飛んでいた。

その横には、Kaizerionがその右腕の砲身から煙を排出している姿がある。

砲身の中の一部が、回転してもの凄い勢いで空気を取り込んでいる。
冷却の為もあるだろうが、次弾に備えるための意味合いも大きいようだ。

 

ゆっくりとWachstumは傾いて、崩れ落ちる、
数瞬後爆発を起こして、それはWachstumだったモノに変化した。

 

マナブは、その様子に紅いArfが、L−seed並の攻撃能力を持っていることを実感する。

L−seedの瞳で、Kaizerionをマナブはただ見つめ続けていた。

初めてL−seedと同等クラスのモノが現れたことに驚きと・・・・不思議なことに安心を感じながら。

 

「L−seedだけじゃないんだな・・・・・こんなに強いのは。」
マナブは、味方と言うが、十分にこれから敵に回る可能性のあるArfに向かって、
賞賛とも取れる言葉を吐く。

 

紅い体が、くるりとL−seedの方を向くと、
左腕をぴっと伸ばして、その親指を立てる。

「ミョルニルだけじゃないんだぜ!!強いだろ?」
モニターの中で、同様にして親指を立ててプラスは言う。

「みょるにる?・・・・・」
(ああ、あの金槌か・・・)

一人納得すると、マナブはプラスを見た。

笑顔で親指を立てるその姿は、マナブが想像していたどの兵士とも違っていた。

もちろん強力なArfを駆っていると言う自信もあるのだろうが、
それ以外にも彼は、彼自身の能力に本当に自信を持っている事が理解できた。

それは、身体能力だけではなく、その心に持っている信念の強さから来るもの、
漠然とマナブはそんな風に感じた。

 

「早いとこ、やっつけないと日が暮れちまうなぁ・・・L−seed。」

そう言うと、振り向きざまに、ミョルニルを投げる。
それは放物線を描いて、正確にWachstumの胸部を貫く。

稼働システムの中枢がある胸部をやられれば、
Arfの動きは停止する。

だからこそ、コクピットの次に高純度なシオン鋼で覆われているのだが、
まるでベニヤ板を貫くように、簡単に穴が空く。

 

「いっちょ、あがり!!」
プラスの顔からは笑顔が無くなることはない。

マナブは、少しその姿が羨ましく思えた。

 

**********

 

「随分、良いArfね。」
サライが、モニター狭しと暴れ回るKaizerionを見て呟いた。

その言葉通り、一種爽快感さえ感じる、見事な戦いぶり、
サライでさえも感嘆の意を表さずに入られなかった。

「ふむ・・確かに良いArfじゃ。」
ヨハネもサライの言葉に同意する。

「Kaizerionって、言ってましたよね?あの子。」
メルが後ろの二人の話し声に釣られて、明るい調子で振り返る。

そして、固まる。

口調はとても穏やかなモノ、
だが二人の表情はいつになく厳しいモノだったのだ。

メルはかつて一度だけ、その表情を見たことを思い出した。
それはレルネ=ルインズに右腕を撃ち込まれたときの表情、

間違いなく「敵」を分析する視線だった。

 

メルがモニターに向き直ったとき、
紅いArfが、また一体Wachstumを倒した。

**********

 

「サービスするぜ!!ガイア!!!」
プラスの叫びと共に、右腕の砲身はWachstumを包み込む光を吹き出す。

勇壮なその姿は夕焼けに染まり、赤い体をより紅く染めた。

それは彼の熱い思いの現れなのかも知れない。

自らの行いに疑問を持たない、
正義の中にいると自分に自信を持つその姿は、

一見して危うく見えるが、
このプラスという男にはその危うさも力に変えてしまっているよう。

 

「蒼と白の堕天使」、そして「赤き風」と後に噂される二つの機体の競演が終わったとき、
プラスは後ろに立っている筈の仲間に声をかけた。

 

「もう夜かあ・・・あんたはもう帰るのかぁ??」

 

月に天使の影が浮かび上がる・・・・・

白いツルギが、プラスの背中に残酷に笑いかけた。

帰るには、
少し時間がかかりそうだ・・・・・・

 


(仲間って、こんなモノなのか・・・)

マナブは、レヴァンティーンを振るいながら思う。

今までの二倍スピードで作戦が進行していく。

敵の兵力は二分化されている、
例え一つにまとまってぶつかられても負けることはないのだから、
彼らに勝利の美酒を飲むことは到底能わず、死という苦渋を嘗めさせられるに過ぎない。

レルネと戦って以来、発生した恐怖というモノが薄れている。

 

EPMが退却をして行く、姿をKaizerionの肩越しに見るマナブ。

「作戦完了、敵Arf掃討した。」
マナブはJusticeにいるであろうサライとヨハネにそう言うと、
初めてL−seedからの音声回線を開こうとする。

(Kaizerion・・・・君の名前は?)

心の中で、そのきっかけを一度練習した後スイッチを押そうと動く。

初めての戦友との会話にマナブの胸は不思議と弾む。

 

だが、それは不快な言葉で止められる。

「マナブ様、敵が残っております。」
横のモニターに銀の前髪の女性がそう言った。

 

「!な!」
マナブはスイッチに触れたままの指を止めたまま、横のモニターを勢い良く睨む。
彼には正しくその意味を理解できていたから。

 

そのマナブの様子を、
予想していたように間髪入れずにサライは話し始めた。

「目の前に紅い兵器が残っております。早急に破壊をお願いいたします。」
サライは静かに、そして丁寧にマナブに命令をした。

「でも!」
マナブの顔が情けなく歪む、黒い髪と黒い瞳がゆらゆら揺れる。

「あれだけの力を持っているArfを放っておくことは出来ません。
それはマナブ様もお分かりになっていることでしょう?」
サライは諭すようにして、マナブに語りかけた。

その瞳は、冷たくなくむしろ優しかったが、
マナブにとってそれはあまりにも辛い色に見える。

「でも、彼は味方だと・・・」
マナブはサライの瞳から目をそらして言う。

「マナブ様・・・」

 

サライはそこで言葉を区切る。
マナブに自分の顔を見せるために。

マナブは、次の言葉を聞くために、サライの瞳を見なければならなかった。

「・・・サライ・・・」

そこにあったのは、
マナブが初めての恐れと痛みで帰還を願ったときに見せた、
無機質な表情であった。

「Justiceの、そしてアル・イン・ハントの為に、拳を振るい下さい。

 

全ての兵器は破壊しなければなりません・・・・・・

最後の兵器・・・

L−seedを破壊するまで。」

 

マナブの脳裏に唐突に浮ぶ。



倒れる女

 

走り去る車

 

十字架の両側に掲げられた剣と鳥
そして
それを大きく包む月桂樹の紋章

 

そして、

小さい黒猫



「マナブ様。」
サライはマナブに促した、その拳を握ることを。

マナブは我に返ると、呻くようにして呟いた

「サライ・・・俺は戦わなくちゃいけない。」
でもその声音はサライにまるでそれに対する許可を求めているよう。

マナブには、またきっかけが必要だった。

そして、サライはまた、マナブの後ろを押した。

 

「はい。戦わなくてはいけません。」

 

マナブはサライの顔を見られなかった。

そこにまた、無表情という表情があったら、自分はきっと衝撃を受けてしまう。
そう思ったからマナブは見なかった。

けれども、

見れば・・・・また、運命は変わったのかも知れない。

 

何故なら、サライの顔は、言いようのない寂しい笑顔を浮かべていたのだから。

 

「Kaizerion・・・・・・・・・どちらが強い?」
マナブはそう言って、もう口を開かなかった。

レヴァンティーンを右手に持ち替えて、L−seedは地を蹴って、空を舞う。

 

**********

「おいおい・・L−seedだろう?あんたは。」
信じられないと言う表情でプラスはマナブに話しかけた。

だが、マナブの目にその顔は映っても、その心は写らない。

振り下ろされるレヴァンティーンが空を切る。

プラスの動体視力を持ってのみ可能な動きで、
KaizerionはL−seedの剣撃をかわす。

マナブにとっても、初めての経験だった。
幾度も凪払われた剣は、紅い機体にかすることもない。

だが、φの兵士のように恐怖を感じないマナブは、不思議そうに言った。

「かわされている?」

 

十数回に渡るレヴァンティーンの攻撃を凌ぐプラス。
その表情は、さすがに疲労と怒りに染まってきていた。

「空のみんなのために、戦っているんじゃないのか?!
俺もそうなんだぜ!このKaizerionと一緒に、あんたを助けに来たんだ。」

精一杯の声でのプラスの呼びかけが、マナブの耳に届いたとき、
L−seedは鈍く、レヴァンティーンを振り下ろした。

それを難なくかわしたプラスは再度言うのだった。

自分の思い描いていたL−seedをそこに見つけるために。

 

「うわ!!止めろって言っているだろうが!!!俺は敵じゃねぇ!!!」

L−seedの動きが、
まるでブレーキをかけ続けながら走る車のように鈍く鈍くなっていく。

そして、ついにレヴァンティーンを地に刺したまま、その動きは止まってしまう。

 

「・・本当にこれで・・・」
マナブは、困惑と苦痛に歪められた声で一人呟いた。

だが・・・・

「全ての兵器は破壊しなければなりません。」

サライはマナブに言い切った。

 

「なんでなんだよ!!!」
マナブはレヴァンティーンを抜き、再びKaizerionに挑みかかった。

だが右手は、淡い光を発しながら使われることはない、

右手でレヴァンティーンを持つ、

それはマナブのささやかな抵抗だった。

 

モニターに映るプラスの姿が消える。
そして、ただ声だけがL−seedのコクピットに響いて、消えた。

「行くぜ!!Kaizerion!!」

 

KaizerionがL−seedとの間合いを一気に詰めた。

おそらく遠距離からの攻撃は、例えガイア・グスタフを持ってしても、
L−seedに直撃させるのは難しいと考えたのだろう。

通常のArfであれば、直撃させずとも十分に破壊可能な威力を持つ武器ではあるのだが、
L−seedは決して通常のArfではあり得ない。

故にプラスは至近距離からの攻撃を選択したのだ。

そして、それは非常に正しい。

 

ガーン!!!

「く!」
マナブの顔が苦痛に歪む。

ミョルニルを受け止めたL−seedの右肘に食い込む。

持っていたレヴァンティーンが、その衝撃で滑り落ちる。

次の瞬間、L−seedの目の前に差し出された黒い穴。

まるでブリッジでもするかのように、背中を思い切りのけぞらして、
Kaizerionはガイア・グスタフの発射口をL−seedの顔面にセットしている。

 

「ふぅ!!」
マナブは肺から空気を抜く音をさせて、左手を上から下へうち下ろす。

長い砲身のガイア・グスタフへのその攻撃は、
持ち手であるKaizerionの体勢を崩すには充分だ。

しかし、L−seedの左手がガイア・グスタフに触れる前に、それは下ろされた。

「何?!」
マナブの言葉が動揺の色が入る。

勢いを付けてうち下ろした左手は、その勢いを殺す物が無く、
結果L−seedの体勢が崩れてしまう。

右手は完全に受けに回ったままで、
左手を力無く下げた姿は完全に無防備である。

その体勢では後ろの女が攻撃することも出来ない。

 

ギューーン!!!

ギューーン!!!

 

Kaizerionの脚部、胴体部、腕部の丸い跡が付いた部分から、多くの砲身が現れた。

ドーム状の砲台に、大きな砲身が乗っている。
おそらくは回転して全方位に対する砲撃が可能なのであろう。

ズゥゥゥウウウウウウウウウウ!!!

 

全ての砲身が回転して、一点を捕らえる、
そして、全ての砲身が伸びていく、

その延長上には・・・当然、無防備なL−seedが立っている。

 

「L−seed!!!くらいなぁ!!ライトニング・カタストロフィ!!!」
プラスの叫びがコクピットから放たれ、
その意志はKaizerionを動かす。

 

ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!!!!

ドガガガガガガガッガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!!!!

ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!!!!

 

全砲身から、実弾が一斉にL−seedに襲いかかった。

それは「カタストロフィ」と言う名に相応しく、
全てを破壊し尽くす猛撃、破壊をもたらす死のシャワーである。

いかなL−seedと言えども、

この近距離で、この無防備状態で、この威力で、

撃ち込まれては、「シャワーみたいだ。」とは言えないだろう。

 

**********

 

「マナブ様!!!」
メルの叫びが部屋に響いた。

凄まじい勢いで発射された弾丸は、一瞬の内にL−seedの姿を隠してしまう。

メルの目には、明らかな絶望が見えた。

 

だが、

「ほほう・・・・あの金槌と大砲だけではないか・・・・やりおるのぉ。」

部屋にヨハネの呑気な声がする。

 

「Prof.ヨハネ!!」
メルがキッと後ろを振り返り、睨み付ける。
その瞳には涙さえ浮かんでいる。

メルの唇は怒りに震えて、次の言葉を上手く言えないでいた。

ようやく言える言葉を見つけたときには、
ヨウの声が彼女の注意をモニターに向けてしまう。

「弾幕が晴れます!!L−seed存在を確認!!」

 

**********

 

「な、なんて・・・奴だ。」
プラスはコクピットで呟いた。

L−seedの強さは、戦いの映像を何度も見ているから分かっているつもりだった、
その自分の絶対の確信を持ったコンボが完全に決まったのだ、

L−seedが既に破壊し尽くされた姿しかプラスの頭には存在していない、いなかった。

 

だが、そこにL−seedはいた。

 

あまりの勢いに押されたのだろう、
先ほどの位置よりも少しばかり土を引きずって下がっている。

それはレヴァンティーンが落ちている位置からも判断できた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・ううううう。」
マナブはコクピットの中で、自分を抱きしめて呻いた。

体の全体、正確には体の前全てが野球ボールで弾かれたように熱く痛む。
次第次第に、熱くなっていそのく部分部分がマナブに痛みを伝え始めていく。

 

「さすがだぜ。」
そう呟くと、プラスは帽子をキュッと被りなおした。

**********

 

モニターのL−seedの姿は、煤けていた。

あの覚めるような蒼と白に覆われていたL−seedの体は、
爆発のすすや油でみすぼらしいほどに汚れていた。

ところどころ凹んでいるのは、
Kaizerionの攻撃の凄さを物語るに十分な事実。

 

ヨハネは、呆然と見ているヨウの手元を見ると言った。

「う〜む・・・・シオンだけなら、L−seedと同じ純度じゃなあ・・・」

「「ええ!!??」」
二人の疑問とも感嘆とも取れない声が重なる。

(シオン純度が同じと言うことは・・・・
あのKaizerionとか言うArfはL−seedと同じ強さなの?)
メルの心の中を驚愕が支配し、
それと共に自分の信じていたL−seedの強さが急に不安な物に感じる。

 

Arf界の常識、

シオンの純度が高ければ高いほど、そのArfの性能は強くなる。

仮に同等であれば、それは互いのArf乗りの技量の問題となる。

 

「ええ、シオンはですね。」
メルの心の内を知ってか知らずか?サライも非道く冷静にヨハネに同意を示す。
そこには一片の同様も感じられない。

「なかなか、やりおるわい。」
ヨハネに至っては、なにやら楽しそうな雰囲気まである。

だが、メルやヨウにはその雰囲気が奇異に見えて仕方がなかった。

 

(仮に、L−seedと同じ純度だとして、この戦い・・・
どう見てもマナブ様よりもあのArf乗りの方が技量は上だ。)

それは煤けたL−seedの横のモニターに映る、痛みを堪えるマナブの姿からも一目瞭然。

だが、ヨハネとサライの会話は敗北を認め、開き直った態度ともまるで違う。

 

「サライ・・・早急に調べる必要があるようじゃな。」

「ええ、Kaizerionですね。」

**********

 

「なかなかだ・・・く!」
マナブは苦痛の隙間から、Kaizerionを見た。

全弾を撃ち尽くしたのか?銃口から煙を出して立ちつくしている。

数秒後、砲身は体の中に収まっていった。

それは次の攻撃の為の準備。

 

「Kaizerion!!L−seedを見せてやる!!」
マナブの口から、珍しく気迫の籠もる声が出た。

プラスの影響だろうか?その口元には微かな笑みさえ浮かんでいる。

 

走り始めるL−seed。
目指すは落ちているレヴァンティーン。

右腕を伸ばして、それを掴むために走り込む。

 

Kaizerionも同様だった、背中のブースターを蒸かして一気に詰め寄る。

何も持っていない左手が、L−seedの顔面を捉えるために握りしめられた。

 

ガウアン!!!!

 

Kaizerion、いやプラスの動きは素晴らしいもの、
マナブがレヴァンティーンを拾って直ぐに、振りかぶるモーションをかけようとした時、
既にその左拳はL−seedの顔面に向かい、直撃を喰らわす為に発射されていた。

マナブは、レヴァンティーンの柄で、その左拳を上に弾こうとするが・・・

(重い!)

その左に込められた力は予想以上で、無理な体勢からのL−seedの受けは、
それを上にかろうじて外すぐらいであった。

 

マナブも、伊達に戦ってきたわけではない。

その左拳は受けが完成したと同時に、Kaizerionの胴体に向けて放たれていた。

 

(甘いぜ!L−seed!)

プラスには、それは十分に予想できたことだった。
ガイア・グスタフを思いっきり振り上げる。

Kaizerionの右腕の付け根が、
急激な運動の負荷とL−seedの左拳の力によって若干火花を散らす。

その行為によって、L−seedの左拳は、見事にガイア・グスタフに弾かれる。

 

「何?!」
マナブが驚きの声を上げる。
L−seedの両手は完全に攻撃力を失ってしまった。

「強い!強いぜ!!L−seedぉ、でも俺には勝てない!!」
プラスは、ガイア・グスタフをL−seedの顔面に向けてセットする。

このために、あと一発だけ残して置いた。

そしてプラスは勝利を確信した。

 

だが、ガイア・グスタフをKaizerionはL−seedの顔面に持っていこうとするが・・・
その動きはこの戦いの速度では遅い。

「何だ?!」
プラスは動揺する。

それは先ほどの無理な体勢からのガイア・グスタフの受けのために生じたモノ、
それをLINKの低いプラスは、感じ取ることは出来ていなかった。

そして、そこに隙が生じる。

 

ヒュン!!!

「うぐぅ!!」
唐突に訪れた衝撃にプラスは声を漏らす。
それはプラスに直接の痛みを与えなかったが、
Kaizerionに激しい損傷が生じたことを知らせる。

 

それはデッド・オア・アライヴ。

L−seedの背負う女神が、
L−seedの胴体を支点に、あの長い棒を回したのだ。

そして、それは隙の生じたKaizerionの右腹に確実に突き刺さる。
背中から少しだけ光の刃先が見えていた。

 

「ただじゃあ、負けない。」
マナブは右手にあるレヴァンティーンの刃先をKaizerionに向けて射し込む。

しかし、その時L−seedの後方から飛んでくる物体を、マナブは感じる。

「!!」

「ミョルニル!!!来い!!!!!!」
プラスの叫びに、ミョルニルは速度を増すかのようにL−seedの後頭部に迫る。

マナブは、やはり戦闘に慣れていない。

例えミョルニルを感じても、レヴァンティーンを止めるべきではなかった。
マナブは知っているはず、自分の背中を守る誰よりも頼りになるモノがいることを。

 

プラスは、L−seedの肩越しに迫ってくるミョルニルを見た。
それは次第に近づき、確実にL−seedの後頭部に突き刺さるだろう。

だが、L−seedの背中から、二本の帯状のモノが出てきたとき、その失敗を悟る。

 

凄まじい勢いで飛んでくるミョルニルを、それは迎えて包み込むようにして掴み取る。

そして、勢いは確実に殺される。

 

「ち!!」
プラスは舌打ちをするしかない。

「良し!!」
マナブは安堵のため息を付くと、再びレヴァンティーンを持つ右手に力を込めた。

だが・・・・

 

「何だって!!!!」
マナブは見る、L−seedの瞳からその黒い大きな穴を。
ガイア・グスタフは、L−seedの顔面を遂に捉えたのだ。

「行けぇ!!ガイア・グスタフ!!!!!」
プラスは、今日三度目になる名前を叫ぶ。

光が砲身を包み込みエネルギーの収束を知らせる。

 

「L−seed!!!!!」
マナブは思わず自分の駆る機体の名を呼んだ。
それは何の叫びだったのか?

マナブ自身にもわからないだろう。

 

巨大な光の一撃が、L−seedの頭部で朝焼けの太陽のように輝いた。

 

**********

 

「な・・・・・なんだ・・・・と・・・」

信じられない・・・・そんな感情がたっぷりと詰まった言葉だった。

 

ガイア・グスタフは確実にL−seedの顔面を捉えていた。
あの距離とあの時間でそれをかわすなど、プラス自身でも不可能に思えた。

だが・・・・

そこには、その不可能を為した機体が立っていた。

 

尋常ならざる早さで、首を後方にひねり倒したのだろう。
肩越しを突き抜けて、光の線は地平線の彼方に消えていった。

もちろん、L−seedとて無事ではない、
その顎から頬にかけて、ベコリと凹んだ痕が・・・・・あのL−seedに無惨な傷跡がついていた。

 

「もう一度!!」
プラスはすばやくボタンを押すが、もうガイア・グスタフから光の咆哮が現れることはない。

プラスの頭によぎるユノの言葉。

「Kaizerionの右腕に付いている「ガイア・グスタフ」は、
通常は3発しか打てない、良いね?」

 

「わ、忘れていた・・・」
間の抜けたプラスの声がコクピットに情けなく響くと、

凄まじい衝撃が再びプラスを、Kaizerionを襲った。

 

天鳳の頂に捕まっていたミョルニルが、その勢いを殺されずに、
ガイア・グスタフに直撃させられたのだ。

Kaizerionの右腕は、その衝撃には耐えられた無かった。

電気信号の伝達系が破壊されてしまったのだろう・・・・
その右腕はだらりとぶら下がった。

力を失った右腕。

プラスがその事実に驚愕する間もなく、
次の衝撃がコクピットに響く。

左腕が払いのけられたのだ・・・・・・そしてL−seedはレヴァンティーンを落とす・・・・

「何だぁ?」
プラスが疑問の声を上げたとき、自分の中でその答えに気付く。

(L−seedの最大の武器は・・・・・・あの右拳だ!)

コクピットに向かってうち下ろされ、迫る淡い光を持つ凶器。

 

「こんなとこで、もう死ぬのかよ!!」
プラスは、悔しさで叫ぶ。

だが・・・・・
「    」

ガーーーーーーーーン!!!!!

衝撃はプラスの上の方。

吹き飛ばされるKaizerion。

刺さったままだったデッド・オア・アライヴが、
Kaizerionの胴体を突き破り、その刃を消した。

 

腹部にヒットした右拳は、威力が弱かったのか?
その巨体を弾くに止まったのだ。

「うわああああああああああああああ!」

地面を削りながら、Kaizerionはその衝撃が分散されるまで、吹き飛ばされる。

L−seedは、それを右拳を突きだした状態で見つめていた。

 

そして、

 

ゆっくりと頭を両手で抱え込む。

 

**********

 

「マナブ様!」
サライの呼び声も遠く感じる。

 

まるで頭の中でボールが弾かれ回っているような衝撃、
ぐらぐらと揺れる景色。

モニターの向こうのサライの顔が、幾重にも見えた。

「う・・あああ・・・・」
マナブからようやく出たのは、その苦痛に耐えかねて出さざる得ない呻き。

両手で頭と顎を抑えるマナブ。

見事に衝撃を加えられた顎は、
ただしく「てこの原理」を起こして、頭に衝撃を加えたのだ。

ボクシングで言う、パンチドランカー状態である。

 

次第にもよおしてくる吐き気に、マナブは口元を押さえた。

 

「非道い脳震盪を起こしている模様です!」
メルの焦る声が、サライを追い立てた。

「しかたないでしょう・・・・退却します。」
サライは、マナブにそう促した。

遅すぎる決断とも言えたが、
Kaizerionを破壊する絶好の機会であるに関わらず退却を促した事は、
サライの英断と言えよう。

 

「マナブ!翼を開くんじゃ!!」
ヨハネの声がマナブの耳に届く、それだけで頭の中に痛みが走る。

「わかった・・・わかったから・・・静かにしてくれ。」
マナブはのろのろと翼を開く。
片手は常に顎を押さえて、その痛みをせめて和らげようと無駄な努力をしていた。

 

**********

 

「・・・・・・強ええ・・・・強いな・・・・やっぱり、L−seedは・・・」
プラスは去っていく、白の翼を眺めて呟いた。

彼の目には、翼の中に眠るようにしている女の姿が映っていた。

 

「・・・・でも、あんた・・・やっぱり良い奴じゃん。」
プラスには、右拳の軌道が故意にずらされたこと理解できた。

そして、その最中に届いたマナブの言葉にも。

 

プラスはそう呟くと、Kaizerionを動かす。
何とか修理の場所までは持って行けそうな事を確認すると、
L−seedとは反対の方向に飛び立った。

「またな・・・・・・」
その顔にはまるで何かの試合を終えたような清々しい表情。

 

 

『すまない』 ・・・・か・・・・・

謝るんじゃねえよ。」

ほんの少しの笑顔で、プラスは言った。


月が綺麗な夜。

L−seedはただひたすらに家路を急ぐ。

時にバランスを崩し、海面にぶつかり、慌てて跳ね上がる。
そして、またゆらゆらと傷ついた身体を庇いながら空中に舞う。

 

その身に起きた、多くの衝撃と動揺が・・・・かつての威厳を失わせていた。

ルシファーが地獄に堕ちた時の姿は・・・・・きっとこんな風だったんだろう。

 

いや、こうなんだろう。

 

優しい夜に抱かれて・・・・・L−seedはその顔に無惨に付いた痕が隠れることを望んだだろう。

 

でも、夜は一人だけを癒しはしない。

そして、時には狂気の宿る夜もある。

 

その日は、

そんな夜だった。

 

マナブの目の前に、黄色と白の騎士が現れた。

今のL−seedとは対をなし、

月の光を反射して、

黄金色に光るその身体は、

雄々しく壮麗に。

 

「今度は・・・・何だ?」
マナブは揺れる視界で、月の落とし物のようなArfを見つめ続ける。

それはKaizerionの雰囲気と、とてもよく似ていた。

 

 

「・・・ーア・・・・・必ず帰るぞ・・・・」
マナブは力無く震える指先で、レバーを握りしめた。

 

どくん

 

心臓が強く跳ねた・・・・・一度だけ。

禍印の光が少し・・・・・・強くなる。

それは良い知らせ?

それとも悪い知らせ?

 

「・・・フィーア・・・」

マナブは意味無く、名前を呼んでみた。

 

今の自分を癒す存在の。

 

心臓がもう一度だけ、大きく跳ねた。

 

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次回予告

傷ついた堕天使は何処へ帰るの?

傷ついた心は誰が癒すの?


こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う疑問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

人間関係どうなっているの?と言う疑問をお待ちの方は、
「神聖闘機L−seed」人物相関図にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、このメールで、l-seed@mti.biglobe.ne.jp お願いします。

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