「二つを司る獣」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第十五話    「狼」

 

 

 

 

「Super Force製Arf・・・・Powersのコクピットだな。」
真っ黒いスーツを着込んだ人間が呟く。

背負うリュックからは小さな機械がたくさん見える。
剥き出しの状態の基盤のようだ、
それがいったい何のためのモノなのか?見ただけでは皆目見当が付かない。

しかし、暗視ゴーグルと頭まで隠す黒いスーツ・・・・・・およそ真っ当な整備員とは到底思えない。
むしろ「工作員」と言う言葉が、ぴったり当てはまる。

事実、そうであったし・・・・

 

小柄な印象を受けるその体は、トルスよりも細い印象を受ける。

その者がいたのは、真っ暗な倉庫。
そこには、卵形のコクピットがずらりと並んでいた。

現在使用されている物もあれば、全く新しい物もある。
「工作員」は分け隔て無く、片っ端からその中に入り持っている装置を付けていった。

装置の裏には両面テープでも貼ってあるのか?
コンソールを浮かし、隙間にただ付けていくだけだった。

コクピットには万が一に備えて爆薬を発見するセキュリティシステムが存在する、
だから爆薬とも思えない。

故に薄暗い所に付けられたそれは、他の基盤に紛れ込んでしまうこともあって、
素人いや玄人が見ても判別は難しい。

いや、おそらく判別は不能だろう。
それほど巧妙に取り付けられていたのだ。

コクピットを開いて次々侵入していく大胆な動きからは、
想像出来ないほど繊細に指が動いている。

 

手際よく、暗い倉庫内に並ぶ球体のモノにリュックから出した装置を付けていく。
何の緊張もないのか、その手が、体が震えることは一度もない。

「よしよし・・・・簡単、簡単、簡単な任務。」
鼻歌でも出そうな感じの声のリズムで、作業をしている姿は、
およそ「スパイ」と呼ばれる人種とは思えない。

もしくは、スパイでも本当に素人か、
それとも特級のプロかのいずれかだろう。

 

全てのコクピットに潜入し、その任務を果たした工作員は、
ふと倉庫の隅にある警備兵の詰め所に目をやる。

いくら何でも、警備の見回りが無さ過ぎることに対して、
工作員自身訝しげに思ったからだ。

詰め所の窓からは、光が漏れている。
少し目を凝らして中を見ると警備兵の二人がテレビを食い入るように見ている。
まるっきり任務を放棄しているその姿は、
工作員にその原因が何であるか確かめようと言う気にさせた。

 

すーっと足音を消し去り、詰め所に近づく。
さすがに中を覗き込んでテレビ画面を盗み見ると言うことは出来ないが、
工作員の耳には声が聞こえる。

よく通る澄んだ声であった為に、窓越しからでもその内容ははっきりと聞こえた。
そして、綺麗な声であると言うことも・・・・・十二分に教えてくれる。

 

 

「・・・・ここに月、衛星都市独立支援組織「モーント」の総帥の就任を宣言します。・・・」

 

(・・・・・これが始まりになるんだろうな、きっと。・・・)

 

壁に寄りかかりながら、工作員はふと思った。

 


 

明かりがない部屋に、一人男が座っていた。
機械の光はそこには存在してはいなかった・・・・
ただ、青く光り輝く天の球体がその部屋を染めていた。

 

コツコツ

 

音が一切感じられない部屋に、足音が響いた。
高い音で、ハイヒールのかかとの音と容易に理解できる。

足音は、彼の座るイスの後ろで止まった。

青い光が、黒いストッキングを膝の辺りまで見せる。
肉感的な印象は、それだけで多くの男性を虜にしてしまうことだろう。

紅いルージュがゆっくりと開き、言葉を生み出そうとするが、

「フレイヤ・・・・・・美しいモノだな。」
それをロキはフレイヤの言葉を待たずに言った。

フレイヤは、ロキの言葉に、その顔を若干喜びにほころばせたが、
ロキの見ているモノが、空に輝く青い球体に向けられているのに気付き、

顔を引き締めて言った。

 

「はい、ロキ様、美しい星です、地球は。」
まるで宝石を見るような瞳をして、フレイヤは頷く。

「あそこに住んでいるどれだけの人間が、
その美しさを知っていて、それを汚すことに心を痛めているのだろうな?」
ロキの瞳は暗闇で見えないが、言葉には抑えきれない悲哀が漂っている。

「ロキ様・・・・・」
フレイヤは、その言葉の感触を受け取り、少しだけ瞳を揺らす。

「フレイヤ・・・・・・そんな人間はいないだろうな。」
ロキの言葉は、今度は怒りにも似た憐憫を含んでいる。

そして、フレイヤはそれも感じ取っている。

「はい、ロキ様。
彼らは、宇宙から彼らのいるところを見たことが無いでしょうから。」
フレイヤは、にこやかな笑みで、ロキの言葉を肯定した。

彼女に、ロキの言葉を否定すると言う現実はあり得ない。

 

ロキは、その言葉に満足したのか?
それとも、取り立てて意味のない言葉であったのか?

それは分からないが、次に彼の口から出た言葉は、
もはやバインに対する攻撃的な意味しか持っていなかった。

 

「アークの進展は?」

もしかしたら、バインだけではなくルナに対しても・・・かもしれない。

 

「Arc・Arf(アーク・アルフ)・・・・

いえ、WA(ダブルエース)四体は、

全員無事に地球降下に成功した模様です。」

 

「あれはやはり間に合わなかったか・・・」
ロキは四体と言う言葉に、多少口元を歪ませた。

「申し訳ありません・・・合体機構に問題が発見され、もう少し完成は伸びるようです。」

「まあ、良い・・・・あれは宇宙用だからな。」
口元は、注意しないと見えないほどにゆがめられている。

その姿は、後ろに立つフレイヤには見えない。
故に、彼女はちょっとした失言をする。

「はい。おそらくそれまでには完成するかと思います。」

 

「フレイヤ。」
ロキは静かにフレイヤの名を呼んだ。

「はい?」
唐突な感じで呼ばれたために、フレイヤの言葉尻は少し上がっていた。

「おそらくではない・・・・・完成させておくようにな。」
怒りも焦りも感じられない声ではあったが、
フレイヤにとっては、何よりも恐ろしい突き放されるような声音だ。

「はい、必ず完成させます。今暫くお待ち下さい。」
深々と礼をして、許しを乞うような声でフレイヤは謝罪した。

ロキから離れることこそが、彼女にとって最も恐れることなのだろう。

そこには、エメラルド達に対峙した時のような凛とした才媛の姿はない。
そのときフレイヤは「イシス」では無く、一人の女でしかなかった。

 

 

「分かれば良い・・・・Justiceが出てきている以上、
時間は残されていないのだろう。」
ロキは、地球を見つめながら、何か懐かしさも感じさせるように「Justice」と言う。

フレイヤは、その声に敏感に反応し、
その美しい顔を幾分歪めた。

それは「嫉妬」だろうか?

 

シューーーン

静かな音がして、青い光を通していた窓が暗くなる。
そして部屋の中を闇が支配した。

ロキは幾分の動揺も見せずに、次に起きる事をただ待っているようだ。

 

「WAのパイロットのご確認を御願い致します。」
フレイヤは暗闇の中、ロキの隣に並ぶと、そう言った。

何を考えているのか分からないが、ロキは静かに頷いた。

 

窓だった部分は、巨大なモニターへ変化して、そこに一人の男を映し出した。

肌色の帽子、そして収まりきらない燃えるような髪の男。
親指を立てて、ウインクをしている姿は、この場では滑稽だったが、

彼の性格を説明せずとも、ロキに知らしめた。

 

どこから取り出したのか、
ライト付きのクリップボードを見ながら、フレイヤは説明を始める。

「この者はプラス=アキアース、搭乗ArfはT−Kaizerionです。」

モニターは、Kaizerionを映し出す。
半分は透過されており、中の機械部分が見えている。

しかし、胸の中央にある十字型のシオン板に打ち付けられた部分は、黒くぼかされている。

「現在20歳、生まれは月ですが、A・C・C75年に起きたシャトル事故で両親を失っております。
以後親類のところに身を寄せていたようですが、直ぐに家を出ています。」

「その後は?」
ロキがフレイヤに先を促す。

「カムイの師事を受けています。
感情を高ぶらせることが多く、技や力はWA随一ですが、LINK%が低いのが短所と言えます。
18歳の時我々がスカウトいたしました。」

フレイヤが言った言葉に少しだけ、ロキは表情を変えた。
口をついて出たのは、プラスの名ではなく、もう一つの方の名前だった。

「カムイ・・・」

「はい、現在の「『闘神』を持つ者です。」

「闘神・・・・あらゆるモノと戦うことを運命付けられた者だけが、与えられる称号・・・・・」
「はい。」

フレイヤは、静かにロキの言葉を肯定した。
そしてロキは、それ以上の反応を見せることは無かった。

横目でフレイヤは、ロキを見るが、
その表情は金色の髪の影になり伺い知ることは出来ない。

「現在、カムイは行方知れずです。」
フレイヤはそう言って、プラスの説明を終わらせる。

モニターが次の画像を映し出す。


 

「取りあえず、ここはオッケー。」
森の中を進みながら、黒服に身を包んだ工作員は呟く。

その口調は、緊張から解放された喜びに溢れていたが、
いかに大変だった仕事だとしても、一歩間違えれば死ぬ危険性を孕んでいた仕事である、

にもかかわらず、工作員の態度は普通の喜び方であった。
まるでちょっとした残業が終わった程度のもの。

 

工作員の日常が伺い知れるが、それ以上にこの者の精神の図太さが印象的である。

 

気の抜けたような態度をとりながらも、
その足からは歩いているとは思えないほどに音は無く、
足跡を残さないように、場所を選んで進んでいた。

それを感じさせないような体の動きは、
やはり彼自身が多くの場を踏んできたプロであることを証明していた。

 

森の中を進んでいくと、木が数本倒れている場所に出た。
倒れた木の上には、黒いモノが座っている。

体育座りで、膝を開いた形で置かれているそれは、間違いなくArfだった。

 

その顔は天を向いていた。

 

月に向かってまるで遠吠えをするように、
自分がいたところを見つめていた。

 

それは、まるで・・・・

 

工作員は少しだけ見つめた、

月明かりに反射する狼の顔を持ったArfに。

 

黒く光るその体は、
工作員の黒いスーツと同じに美しく輝いていた。

 

「T−Wolf(ツインウルフ)良い子にしていた?」


 

「彼がトルス=シューベルです。
年齢は19歳。現在70−Coverに搭乗しています。」

モニターには、少し気が弱そうだが、かなりの美男子が映し出されている。
トルスはレイピアと呼ばれる細い剣を抱えた状態で、
カメラの方は向かずに、どこか遠い目をしている。

青い髪が風に流れて、涼しげな絵だった。

 

「彼の母は幼いときに離婚し、父はサンラ=シューベル将軍です。」

「カナンの名門、シューベル家か。」

ロキ自身、久しぶりにその名を口にした。

 

シューベル家とは、カル家の遠縁に当たり、
「カナン」の指導者カル家を守っていた貴族の家である。
その優秀な家系は常に戦場に勝利してきた事で有名である。

ただし、「カナン」が消失したとき、
その不敗の伝説は、本当に伝説の物となってしまっていた。

「はい、もしルイータを逃がした者がいたとすれば彼だと思われます。」
フレイヤは、余計な情報はロキの不快を誘うと思い、
シューベル家に関する詳細は省いた。

実際は、クリップボード一杯に書かれてあったのだが・・・・

 

「トルスの性格は、至って平和主義なようです。
父から教授された剣の腕は確かですが、
それを実際に使うことには躊躇いがあるようです。

また、母親と別れることになった原因である父を憎んでいる節があります。」

 

「どうやって、スカウトしたのだ?」
ロキにしては、珍しく目的には関係のない質問をした。

「EPMに対する憎しみもありますが・・・・恐らくは、生きるためでしょう。」

「憎しみだけでは生きてはいけないか・・・・」
ロキは、少しばかり憐れみを込めた口調で言う。

「はい、パンも人間には必要です。」
フレイヤが、その後をつなげた・・・・彼女の言葉には憐れみの欠片もなかったが・・・

 

モニターが次の者を映し出す。

今までの二人とは違い、
まるで刑務所に入るときに映される写真のように、
真正面と横から撮られた画像だった。

黒い神父服に、白いロザリオが胸に光る。

 

「彼はセイン・・・本名は・・」
「もう良い。」

ロキはフレイヤを遮る。
彼からすれば、意味のないような時間だったのだろう。

口調には、明らかに苛立ちと退屈が現れていた。

 

「申し訳ありません。」
フレイヤは、慌てて礼をする。

直ぐにモニターが変化して、再び青い光を通し始める。

 

「・・・・・・・」
叱られた子供のように、フレイヤはロキの横に立ちっぱなしになっている。

 

ロキは、座ったまま地球を眺めている。

その青い目が、
この地球の青を見つめ続けたせいでなってしまったのではないかと思うくらいに、
ずっと見つめていた。

 

数十分後、
ロキがようやく言葉を発した。

「サーシャはどうした?」

 

フレイヤは、他の人間のことであっても、
話しかけられた事に嬉しさを隠すことは出来なかった。

その顔には笑みが浮かぶ。

「サーシャ=シズキは、現在、潜入工作中です。」

 


 

月明かりすら、彼の居所を知らせることが出来ない。

T−Wolfは、その形を変えずに・・・・・まるでスフィンクスのように静かに佇む。

外見を見た限り、今までのWAにあったような、
とんでもなく常軌を逸した装備というのは見あたらない。

漆黒のボディには通常のArfが付けているようなビームサーベルとビームガンが取り付けられていた。

ビームガンが二丁、肩に砲台のようにして設置され、
そのままでも発射が可能のようだ。
しかし、70−Coverに比べれば、非常に心許ない武器である。

腕回りが若干太いが、T−Kaizerionに比べれば微々たる物である。

バックパックや、Dragonknightのような巨大な肩パットもなく、至ってシンプルなArfである。

 

ある意味、これをWAと呼ぶことに違和感を覚えるほどである。

 

唯一とも言える、通常のArf達と違うのは、
体中に無数の線が縦横に走っていることぐらいであろう。

それは装甲の劣化を早めるだけではないのか?
と思わせるほどに機体のあらゆる所に走り、まるで身体全体が碁盤のようだ。

しかし、これが直接攻撃の為の物とは考えにくい・・・・
やはり、頭部が狼の姿をしていること以外に、このT−WolfというArfを語ることは無い。

 

**********

 

「ふう、暑いったらないね!」
頭まですっぽりと被った黒いスーツを脱ぎながら、
茶色の髪を振った、頭から汗が飛びコクピット内に消えていく。

短く切りそろえた髪は、正にボーイッシュというイメージを与えるが、
胸の膨らみは彼女が女性であることを十分に回りに知らしめていた。

 

右頬にある5センチの程の傷が最初に目を引く。
彼女の名前は、サーシャ=シズキ。

彼女の愛機「T−Wolf」の中で、サーシャはタオルでグシャグシャと頭を拭く。

彼女と、「T−Wolf」は、間違いなくWA(ダブルエース)である。

 

薄暗いコクピットの中で、
サーシャの瞳が、明滅するボタンを認める。

あからさまにその表情が、不機嫌なモノに変わる。

頭を拭く手も、知らずに力が入る。
髪が傷むとか、そう言うことに彼女は全く無頓着なのだろう。

 

「え〜、もう仕事??!終わったばかりなんだぞ〜〜。」
不満を隠さず、コクピットの中に響く声でぶちまけるサーシャ。

その様子は、白いシャツ一枚と薄茶色の短いジーパンという、今の姿によく似合っていた。

 

明滅するボタンを押すと同時に、モニターに文字が流れる。
コクピットも、若干の照明が付き、サーシャの顔がハッキリと分かる。

先ほどと同様に、不機嫌に口元を曲げて、
身を乗り出しながら、モニターを見つめる。

シャツの襟元から、豊かに膨らんだ女性の証が見える。
ノーブラであるために、非常に青少年には問題がある風景だ。

但し、当の本人は、そんなことを意にも介さずに、
綺麗な青い瞳で、怒りの感情を露わにしている。

 

「なになに〜〜なんだってぇ?」

「現時刻に於いて、計画に何らの支障もなかった場合、
サーシャ=シズキの作戦達成率は0.8%である。」

 

「うそ〜?!あと幾つやんの??!」
心底うんざりしている表情でサーシャは愚痴る。
聞かなきゃ良かったと思っているのが、ありありと顔に出ている。

 

「もし、計画に何らかの支障が発生した場合、
早急に連絡を送ること。
連絡方法はエターナル0の回線を使用せよ。」

 

「はいはい、わかってますって、エターナル0でしょ。」
相手がいないことを良いことに、
サーシャはあくびをしながら、チョコチョコ茶々を入れた。

「但し、君が発信器等の索敵機構に捕捉されている場合。
それを消失させてから行うこと。」

「それも分かっている〜〜って。
何なの?耳にタコができるでしょうが!
T−Wolfが見つかるわけ無いじゃないの!!
あんたらが造ったんだから分かっているでしょうが!!」

怒り100%の表情で、サーシャは喚いた。
コクピットの中が、少しばかり湿気が多く蒸した状態になっているのが、
それに拍車をかけていた。

 

「宇宙戦用WA完成までに、
全てのArfに『創魔』を取り付けること。」

 

「分かっているって!!
全くあたし一人にやらせておいていい気なものよ!!」
サーシャは、リュックの中から覗き見える例の「剥き出しの基盤」をちらりと見る。

そのうんざりするほどの数に、サーシャは再び怒りを燃やす。

汗でべとべとするシャツを脱ぎ捨てると、
上半身裸の状態で、シートを倒す。

大きく形の良い胸が露わになる、そこには慎みというモノは皆無であったが、
彼女の豪放な性格の為か?やらしさを感じさせることもなかった。

 

「えっとぉ・・・」
モニターにはまだ文字が流れていたが、
それを見ようとせずに、コクピットの中で何かを探している。

そして、シートに掛けてあった、
白いジャケットを見つけると、体の上に被せた。

 

「もう、寝よう・・・疲れた。」
そう一言、誰に言い訳するでもなく呟くと、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

少しの間、コクピットの中に静寂が訪れた。
瞳を閉じて、音を出さないサーシャは・・・・・・・案外可愛らしい。

眠りにはいると決めて、少し心が落ち着いたのか?
その顔からは険が取れて、幾分おだやかな表情になっている。

長い睫毛と整った顔立ちは、美人の部類に入っても遜色はないだろう。

眠っていれば美人というのは、正に彼女のためにあるようなセリフ。

 

「全てが露見しそうになったとき、
Arf及び自らの生命を絶つこと。」

 

モニターが最後の文章を映し出したとき、

サーシャの静かな寝息が聞こえてきた。


月読簡易作戦室

 

プッ

テレビの映像が終わり、代わりに一人の女性の画像を映し出す。

青い髪の女性は、演説台に立って、凛々しくこちらを見据えていた。

男性的な服装が、不思議と似合っていたのは・・・彼女の決意の現れだったのかも知れない。

 

そして、彼女の決意を感じると同時に横のモニターに向かって、
レイアルンはその中にいる人物に質問をした。

 

「法皇様、このルイータが本物である可能性は?」
真剣な眼差しで、白い服を着てロザリオをした男に疑問をぶつける。

今テレビに写る女性の真偽は、
これからの世界のパワーバランスと精神バランスを大きく変化させることになる。

レイアルンは、この事を十分に認知していたし、
その事をほったらかしに出来るほど、怠け者でもない。

 

「今はまだわからん。」
簡潔に画面の中の初老の男性は答えた。

もし胸のロザリオと法皇の着る白い服を着ていなければ、
どこかの農家のご老人と言っても過言ではないほど、
穏やかで気さくな印象を受ける。

だが、彼こそEPM外交顧問であり、最高顧問、

そしてEPMの穏健派、和平派の象徴でもある・・・

法皇ヨナ18世である。

 

月読と法皇の会話・・・・これは非常に希と言うよりも異常な事である。
法皇と「月読」の関係は、表向きは限りなく希薄なのだ。

 

EPM軍の慰問部隊として、外交顧問らの間で編成された「月読」。

彼らの任務は、各基地、各戦場に赴き、兵士達の慰問を目的として、
決して戦闘には参加しない。

彼らは、EPM軍の所属でありながら、
EPM軍部の指令を拒否することが出来る部隊なのである。

言い換えれば、拒否しなければならないほどに弱い部隊とされている。

 

故にいくら外交顧問の法皇であっても、
彼らに直接のコンタクトを取るとはとても思えない。

仮にレイアルンだけに個人的な面識があっているとしても、
わざわざ「ルイータの出現」と言うニュースを録画して送るだろうか?

それに、そこの部屋にはレイアルン以外の月読のメンバー全員が揃い、
レイアルンと同じように、法皇の話を聞いている。

 

「法皇様、このルイータと名乗る女性・・・・」
レイアルンの横から、カイが静かに言葉を発する。

その全てを言い終わらない内に、
後ろの方で明るい声が弾ける。

 

「ああああ!!この人エメラルドお姉ちゃんだぁ!!!」

「ホウショウ!法皇様の前だ、静かにしろ。」
プリンが慌てて、ホウショウを止めに入る。

しかし、ホウショウはそれを意にも介さずに続ける。

「絶対、エメラルドお姉ちゃんだもん!!」
自信満々の笑みを浮かべて、画面の中のルイータを指さして言う。

「ね?!」
みんなの顔を見回してホウショウは、同意を求める。
しかし、それに頷く者はいない。

だがそれはみんなが考えていたことだ・・・ホウショウの問いを否定したわけではない。

心の中の考えを、あっさりホウショウに言われて、皆、固まってしまっていた。

沈黙が場を包み込む・・・・

 

 

「その通りなのだよ。」
法皇は少しばかりの苦渋を拭くんだ声で沈黙を破る。

「では?!」
レイアルンが、画面の法皇を驚きの顔で見つめる。

同様にして、横にいるカイ、後ろで立つプリン、アミ、デュナミスが色めき立つ。
ただ一人、フクウのみ、その顔を少しも変化させずに瞳だけ鋭く輝かせていた。

それは動揺を受けなかったからではない、
動揺を見せないように、自らの顔を硬化させたのだ。

「アイスレィディ」の由縁ともなった、
かつての任務の中で身につけてしまった能力、
条件反射的に起きるそれをフクウは未だに取ることが出来ないでいる。

取る必要がないと考えるときもあったが、
それをしている自分に気付いたとき、いつもフクウは気持ちの悪い気分になるのだった。

フクウの葛藤を余所に、画面の法皇は話を続けていた。

 

「エメラルド=ダルクが、ルイータ=カルであるという可能性は、
君たちも見ているとおり、高いと思える。」

「はい。容姿に限って言えば、男装しているために、
一見して分かるという程ではありませんが、似ていると言えるでしょう。」
カイが、法皇の言葉に賛意を示す。

「どうなのかしらね。
今までカル家の兄妹については、それこそごまんと偽者がいましたからね。」
デュナミスは、何処から取り出したのか羽毛の付いた扇子で自分を仰ぎながら言う。

決して寒い部屋ではないはずなのだが・・・・

 

「このルイータが、我々の探すエメラルド=ダルクだとしても・・・問題は一つだけです。」
フクウが初めて口を開いた。
その顔は相変わらず凍りついている。

「そうだな・・・本物かどうかだ。」
レイアルンがその言葉の後をつないだ。

「現在、衛星都市、月の信頼できる調査機関が、
彼女の真偽をDNA鑑定でしらべるそうらしい。」
法皇が、全員を見回して、そう告げる。

 

「全てはそれからかね?」
アミが全員の心を代表して言い切った。

その言葉に、月読の全員は、映し出されたルイータに視線をやる。

見ようによっては、
本物の男性とも思えるほどに力強い意志の感じられる女が存在していた。

 

月読は、ルイータを見るあまり、
その後ろに立つ一人の男の存在を無視してしまっていた。

青い長い髪の男、リヴァイ=ベヘモットの存在を。

 

長い沈黙の後に、ホウショウは、

「何で髪を切っちゃったのかな?・・・・・・・・・・・綺麗だったのに。」

率直な感想と思いを動かないルイータにぶつけた。

 

それに返事をするはずのないルイータの虚像に、

 

(泣いているの?お姉ちゃん。)

 

ホウショウは、ふと思う。

 


 

「ご苦労様です、ルイータ様。」
部屋に戻ったエメラルドを迎えた言葉はこれだった。

「ありがとうございます、リヴァイさん。」
短くなった髪のせいで、少しばかり心許ない首筋をエメラルドは撫でた。

 

あの演説から、数時間後・・・・
記者達の質問責めを辛くも切り抜けて、
ようやく一息をつける時間を得ることが出来た。

かなりきつく、容赦のない、疑いに満ちた質問であったが、
隣に座るリヴァイの助けもあり、エメラルドは「ルイータ」としてそれをクリアした。

 

「まずは第一段階成功と言ったところですね。」
リヴァイは、紅茶を差し出しながらエメラルドに言う。

今は、部屋に二人、彼女の正体を知る者しかいない。

「・・・・・・・・」
エメラルドは、テーブルに置かれた紅茶の湯気を見つめたまま、黙りこくっていた。

 

「どうかなされましたか?」
リヴァイがエメラルドの顔を覗き込む。
青く長い髪は、かつてのエメラルドの持っていたものと同じくらい長い。

「・・・いえ。」
エメラルドは、短く返事をする。
そこには戸惑い、疲れなどさまざまな負の物が見て取れる。

その両手は堅く結ばれて、小刻みに震えている。

 

エメラルドは怖かった。

もの凄く怖かった。

自分が、自分ではない者として、祭り上げられていく事が。

とてつもなく怖かった。

 

リヴァイは、エメラルドが震えていることに気付くと、
一瞬だけその鋭い瞳に憐憫を浮かばせた。

エメラルド=キッスは18歳の女。

しかし、ルイータ=カルの双肩には、
ルナ達の全ての希望がかかっている。

 

ルナの間では伝説にも等しい救世主カル家の二人の兄妹。

パッシュ、そしてルイータ。

 

エメラルドは、今まさに生きた伝説として第一歩を踏み出したのだ。
不安で無いはずがない、彼女の心の中にはあらゆる負の感情が渦巻いていた。

押しつぶされるほどの重圧を心で感じて、
リヴァイの目の前と言うことも忘れて、エメラルドは一人の名前を出した。

 

「マナブさん・・・・」

リヴァイの瞳が、その鋭さを取り戻す。
だが、抑えられない憐憫が、見え隠れするのは・・・・・彼自身も気付いていないこと。

 

 

 

紅茶の湯気が消える頃。
リヴァイは、エメラルドに話しかけた。

「ルイータ様、我々モーントはこれより、
各衛星都市と月の公式支援組織になるために、働きかけることになります。」

「公式?」

「はい、われわれは力による独立を望んではおりません。
それはあなたもご理解して頂けていると思います。」

「はい、ですから、私はここにいるのです。」
真摯な瞳で、エメラルドはリヴァイの瞳を貫く。

「・・・・故に政治的な力を得る必要があるのです。」
リヴァイは、少し間を取って話し始めた。
エメラルドの瞳の力があまりに強かったせいだろう・・・

それとも・・・・・・彼の心の中の良心が痛んだのだろうか?

 

「その為に・・・・私が必要なのですね?」

「その通りです。これから各衛星都市の代表と会談をもうけます。
おそらくはルイータ様の名を持ってすれば、比較的容易に進むこと思いますが・・・・」

彼はこの後用意されている、
DNAによるカル家の者であるかどうかの検査のことは秘密にしていた。

決して容易とは思えないこの難関を、彼は如何なる方法で切り抜けるつもりなのだろうか?
リヴァイの顔からは何も読み取ることは出来ない・・・・
但し、決して不安ではない事は確かであった。

 

一旦、言葉を切り、瞳を再び鋭く輝かせて、リヴァイは言う。

「くれぐれも、あなたの正体を示すことはなさらないで下さい。」

 

 

「わかっています・・・リヴァイさん。」
エメラルドは瞳を伏せて了承する。

 

「特に・・・・先ほどのお名前を口にするのはお止め下さい。」
リヴァイは、あまり温度を感じさせない声で、エメラルドに言う。

はっとなるエメラルドの顔を、リヴァイは少しの動揺もみせずに見つめている。

「・・・・・」
言葉が出せないエメラルドに代わり、リヴァイが言葉を続ける。

 

 

「あなたさまの安全を保つためです・・・・・地球のことはお忘れ下さい。」

 

それはエメラルドに、本当の意味での訣別を強いる言葉。

 

そして、エメラルドは、今は、それに従うしかなかった。

 

「・・・すみませんでした・・・・」

 

エメラルドを育てた者達から繰り返し言い聞かされてきたこと。

 

(父君の意志を継ぎ、衛星都市と月を独立させてください。)

(平和な陸と空をおつくり下さい。)

(我らアルファリアと、盟友カナンの無念をどうか・・・・・)

 

18歳のエメラルドは、

 

あまりにも、

 

あまりにも人に優しかった。

 

自分の想いの生きても良いはずなのに・・・・
彼女は自己を捨て、世界を優しさで包もうと決心していた。

 

「ありがとうございます・・・ルイータ様。」
リヴァイは、深々と頭を垂れた。

そして、心の中で付け加えた。

 

(優しいですね・・・・・・・・・あなたは)

 

「失礼します。」
そう言ってリヴァイは背を向ける。

エメラルドには、リヴァイの表情が見えることはない。

 

(そして、優しすぎる。)

 

そう思ったときの、彼の表情を、エメラルドは見ることはない。

 

**********

 

誰もいなくなった部屋で、エメラルドは紅茶に口を付ける。

既に冷たくなったそれは、エメラルドの喉を冷やす。

 

「コホコホッ」

少しばかりむせてしまい、胸を押さえる。

いつしか、

喉の異物を排除するために激しく上下していた胸が、

止まらなくなっていた。

胸を押さえていた手が、次第に自分の肩と背中に回っていく。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

今の彼女に抱きしめてくれる人間はいなかった。

 

 

だから、エメラルドは、

自分を抱きしめたまま、

その場に泣き崩れた。

 

自分を安心させてくれる者の代わりに、

強く強く強く自分で抱きしめた。

 

「私は・・・私は・・・私は・・・」

言えない言葉が繰り返される。

彼女はもう、エメラルド=ダルクではないのだから。

涙だけが彼女の心を解放してくれている。

 

 

ドアの向こうで、静かな足音が遠ざかって行った・・・・・・・・・・・

 

 



 

ピーーーーー!!!!!

付けっぱなしになっているモニターから突然、甲高い音が出る。

 

「なんなのよ?!!なんなのよ!!」
もう少しで睡魔に自らを委ねられたサーシャは、渋々起きだす、
そしてぼやけた視界で、モニターを見つめた。

 

「要注意!!L−seed

要注意!!L−seed

要注意!!L−seed

要注意!!L−seed

要注意!!L−seed

要注意!!L−seed

要注意!!L−seed」

 

無意識に左腕に付けられた黒いバンダナをさすると、

「ふぅ〜ん、相当不味い敵みたいね・・・・」

サーシャは呟いた。

 

その後、直ぐにモニターの電源を落とし、再び横になってしまう。

彼女は、会ってもいない敵には興味を持つことが出来ない。

だが、きっとイヤでも近い内に出会うであろう事を彼女は予感していた。

こんなときの彼女の勘はよく当たるのだ。

 

だから、今は自分の欲求に素直に従った。
睡魔が彼女を包み込んでいく。

 


「・・・・味方じゃないのかよ・・・・・」
プラスは悔しげに呟いた。

その瞳は、戸惑いに揺らぐ。

心のどこかで、信じたがっていない自分がいる。

プラスは帽子をグッと深く被るとレバーを引いた。


「・・・優先順位確認・・・・bRに登録・・・・」
セインは感情を感じさせない声で、入力を行う。

その瞳は見えないが、強く踏みしめる足が、

未知に近い強敵の出現に幾分緊張しているのがわかる。

入力後、知らずにセインは胸のロザリオを握った。


「な、なんだ、あれは・・・・本当に僕たちと同じArfなのか?」
動揺を隠しきれずに、思わず声をだすトルス。

その瞳は幾分の怯えが混ざり、混乱に拍車を掛けていた。

異常な事態を収束させるためには、自分の力を今一度試してみる必要があった。

無造作に後ろで縛っている青い髪を払うと、トルスはLINKを開始した。

 

 

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次回予告

マナブに見えたのは・・・・・・開けたくはなかった扉

フィーアが見たのは・・・・・・開いて欲しくなかった扉


後書き

今回で、WA(ダブルエース)の登場シーンは一応一段落します。

プラス、セイン、トルス、サーシャ
と四人の中に、気に入った人物はいましたか?
いましたらメールや掲示板で教えて下さいね。

これでほぼL−seedの主要キャラクターが登場しました。
もちろん、これからも数人は出ますが、
今まで出てきた人物を覚えておけば、物語の流れは掴めると思います。

次回、ようやくマナブ、フィーア達の側のお話になります。

感想はなかなか頂けません、
一言でもよろしいのでよろしくお願いします。

こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う質問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、こちらまで。l-seed@mti.biglobe.ne.jp

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