「BCP」という言葉の壁
BCPは地震対策じゃないって言うけれど
BCPに2通りのアプローチ
重要業務が決められない
地震発生までに何をするかで結果が決まる
「BCP」という言葉の壁

「社長、今日のセミナーで、これからはBCPが必要な時代 になるって講師の先生が言ってました」
「BCPだかBSEだか知らんが、そういう英語で分かったような口を利く奴は一番好かん。ちゃんと日本語で言え」
「事業継続計画です」
「いいか、よく聞け。商売の世界はな、いくら小難しいこと を言ってもダメだ。儲けた奴が一番偉い。その講師は、どう いう会社が儲かるかを教えてくれたか」
「そんな話は1つも出ませんでした」
「そうだろう。そいつはたぶん、商売ってものが分かってな いんだ」
「でも、どういう会社がつぶれるかについては教えてくれま した」
「ほう。何と言ってた?」
「新しい考え方を拒絶して、時代の流れを素直に受け入れようとしない会社だって」

 BCPには聞き慣れない専門用語が時々出てくる。
 BCPの考え方そのものが米英で始まったものだから、用語も英語が発祥だ。
 英語をそのまま輸入したり日本語に直訳したりするので、私たち日本人にはなじみのない言葉が登場することになる。
 「BCP」という言葉はその典型。
 「Business Continuity Plan」の頭字語だ。
 「BCP」は世界共通語で、正解のどこへ行っても意味は通用する。
 でも、私たち日本人には抵抗が大きい。
 そもそも、アルファベット3文字の専門用語はあふれていて、紛らわしいこと甚だしい。
 「PCB」「BSE」「BPS」……。
 英語圏のネイティブだったら、長ったらしい原語を使うより頭字語を使った方が便利だし判別しやすいかもしれない。
 しかし、日本人の場合は、元の英語が類推できなければ全く意味不明だ。
 そこで、やむなく「BCP」には日本語訳が作られた。
 「事業継続計画」だ。
 なんのひねりもない。
 ただ元の英語を逐語訳しただけ。

 これで少しは分かりやすくなったような気もするが、これがまた別の誤解を生むことになる。
 というのは、「事業継続」が「事業承継(事業継承)」と紛らわしいのだ。
 事業承継というのは、高齢の経営者から若手の幹部候補に経営権を譲り渡すこと。
 現実には、中小企業において、創業社長から息子に社長の座を譲ることを言う。
 中小企業は高度成長期に創業した事業者が多く、その時の創業者がみな高齢になり、息子の代に変わる時期に当たっている。
 その権限委譲をいかにスムーズに行うのがが、いま重大な課題になっているのだ。
 「事業継続」は、この「事業承継」と紛らわしいのだ。
 だから、以前は、「事業継続計画」をテーマにしてセミナーを開催すると、相続の勉強会だと思って参加する人がいた。

 中小企業庁は、もっと分かりやすい日本語に置き換えられないかと模索して、「緊急時企業存続計画」という言葉を提唱したことがある。
 英語の直訳ではなく、内容を類推しやすい意訳にした。
 これなら分かりやすい。
 見ただけで、緊急事態に遭遇したとき会社が生き残るための計画ということが読み解ける。
 いけないのは、文字数が大きすぎること。
 「事業継続計画」でも漢字ばかりで拒絶感があるのに、「緊急時企業存続計画」では、一言で言えず、簡単に覚えられず、使い勝手が悪すぎた。
 一向に普及する気配がなく、風前の灯火だ。

 「BCP」「事業継続計画」という言葉が少しずつ認知度を上げてきており、これで落ち着くかと思いきや、更に混乱の種を持ち込もうとする人たちがいる。
 「BCM」という言葉の登場だ。
 BCMとは「Business Continuity Management」の頭字語。
 日本語では、「事業継続管理」と訳す。

 なぜ、この言葉が登場したのかは、次のようないきさつ。
 「BCP」というのはその名の通り、「計画」に過ぎない。
 本質は、その計画を使って会社をマネジメントできるかどうかにある。
 BCPでは、単に計画を作ることだけが目的になってしまう。
 だから、BCMの方が重要だ……というわけ。
 この言葉を使いたがるのは、大手コンサルファームの人たち。
 彼らは、易しいことをややこしく語ることで自分らの提供するサービス価値を高めるのがうまい。

 BCPだけでも取っつきにくくてやっかいなのに、その上にBCMまで加わったら、混乱に拍車をかけるだけだ。
 確かに「BCP」は計画という意味だが、計画を作っただけではダメなのは当たり前だ。
 そんなことは、わざわざ別の言葉を作って主張するまでもないだろう。
 そこで、私が中小企業向けに語るときは、「BCP」で統一している。
 このBCPという言葉は、計画という本来の意味だけではなく、その計画を維持、運用することも含んだ概念として使っている。
 これで十分だ。
 いままで、いろんなところでBCPの策定支援をさせていただいたが、これで現場に混乱を来したことは一度もない。

 中小企業の身の丈BCPのポイントの第一は、大企業向けに作られた専門用語に振り回されないということだ。
 



BCPは地震対策じゃないって言うけれど

 「社長、我が社でもそろそろBCPに取り組む必要があるんじゃないでしょうか」
 「BCP? あぁ、あの事業継続がどうしたとかいう話だな」
 「そうです」
 「銀行の連中がいつも言ってるやつだな。会社を息子に引き継ぐ準備をしろというあれだろ。俺はまだ引退するつもりはないぞ」
 「それは、事業承継です。私が言ってるのは、事業継続です」
 「どう違うんだ」
 「事業継続計画っていうのは、地震などの災害が起きたときにどうやって会社を守るかって話です」
 「なんだ、地震対策のことか」
 「まぁ、そんなもんです」
 「だったら、うちの防災担当に言ってくれ。俺は忙しいんだ」


 何も知らない人に、「BCPって何?」と聞かれたとき、誤解のないように一言で説明するのは難しい。
 「BCPというのは単なる防災とは違って……」などとややこしい説明を始めても理解してもらえない。
 そこで、やむなく、「地震に見舞われたときに企業が生き残れるように準備しておくことです」と簡単に説明する。
 そうすると、たいていは納得してくれる。
 時には「あぁ、地震対策のことですね」と相づちを打ってくれる。
 本当は地震対策のことではないのだが、そこは敢えて突っ込まずに、「まぁ、そんなとこです」とやり過ごす。
 
 一般に、BCPのセミナーは、地震の話から始まる。
 阪神淡路大震災、新潟中越沖地震、東日本大震災など、近年起きた地震の被災写真などを見せながら、いかに地震が恐ろしいかを見せて危機感を煽ってから、BCPの話に移る。
 もう、はじめから地震対策のためのBCPという位置づけになってしまっている。
 私は、「BCP=地震対策」という理解になってしまうのを嫌って、以前はこのようなセミナーの進め方はしなかった。
 まず、BCPの基礎知識の説明をしてから、補足として、地震リスクについて説明した。
 しかし、これだとセミナーのつかみがよくないことに気づいた。
 受講者は、抽象的なBCP理論を学びに来ているのではない。
 具体的に地震対策をどうすればいいのかを聴きに来ているのだ。
 それで、地震の話から始めるスタイルに変更した。
 そうしたら、受講者の反応がよくなった。
 そして、BCPの説明の部分を減らして、地震対策の部分を多くしたら、更に受講者の評価が高くなった。
 それで、BCPの話を抜きにして、全部地震対策の話にしたところ、もっとも評価が高くなった。
 何のことはない、受講者の皆さんは、地震対策について、何をどうしたらいいのかという答えを教えてもらいたがっていたということだ。
 
 だが、これでは、単なる防災セミナーになってしまう。
 防災セミナーだったら、あちこちの市民講座で行われている。
 消防署の職員や防災アドバイザーが話してくれた方がもっと内容のある話をしてくれるだろう。
 BCPは防災の話で終わってしまってはいけないのだ。
 そこで、今では、導入部分で私たちが目前にしている地震リスクについて説明するが、後半はしっかりBCPの本質にテーマを絞ってお話するようにしている。

 BCPにとって、地震は重要なインシデントの1つだが、それがすべてではない。
 だから、BCPの専門家の中には、「地震から発想するBCPでは役に立たない」と言い切る人もいる。
 これも、極端な話だ。
 私の経験から言うと、特定のインシデントの話を抜きにBCPを語ろうとすると、途端に内容が抽象的になってしまうのだ。
 BCPの理屈をいくら説明しても、具体的にどういうことかを説明しないと内容をイメージできない。
 具体的なイメージをつかんでいただくためには、地震が一番いいのだ。
 地震リスクであれば、誰もが理解できる。
 地震が起きるとどのような状態になるのかを具体的にイメージできるからだ。
 すると、抽象的だったBCPの話が、具体的なイメージで落とし込めるようになる。

 「BCP=地震対策」となってしまわないように気をつけなければいけないが、地震をイメージしながらBCPに取り組むのはとっかかりとして非常に有効だ。
 

 
BCPに2通りのアプローチ

「社長、我が社のBCPは何を想定して対策するかですが」
「どういうことだ。地震を想定して作るんじゃなかったのか」
「もちろん、地震も想定しますが、会社を危なくするのはそれだけではありません」
「ほう。たとえば?」
「台風とか、大雨とか」
「なるほど、会社に影響がありそうだな」
「火災や爆発も」
「うちで火災が起きたらやばいな」
「他に、集団感染症やサイバーテロのようなものもあります」
「そんなことまで心配しなきゃならんのか。もしかしたら、俺が死んだらってことも心配しなければならないんじゃないか?」
「それは大丈夫です。BCPが対象とするのは、経営に重大な影響を及ぼす事象だけですから」


 BCPのアプローチの仕方には2種類ある。
 このことは、あまり知られていない。
 どの解説書も、大抵はどちらか1つのアプローチしか説明していないからだ。
 2種類を提示している場合でも、1つが正しく、もう一方は間違いと決めつけている場合が多い。

 2種類のアプローチとは、「発生事象アプローチ」と「原因事象アプローチ」のことだ。
 原因事象アプローチとは、企業経営にダメージをもたらす原因を特定してからBCPを作り始める方法のこと。
 たとえば、地震を想定したBCPだったり、洪水を想定したBCPだったり。
 これは、従来からある防災のアプローチ方法と同じ。
 
 一方、発生事象アプローチとは、何らかの原因でもたらされたインパクトを対象に対策を講じる方法のこと。
 たとえば、社員が出社できなくなったらどうするか、原材料がストップしたらどうするか、情報システムがダウンしたらどうするかなどが対象となる。
 どのような原因でこのような事象が起きているのかは問わない。

 で、正解はどちらか?
 現状ではどちらも一長一短あって、どちらが正解と決められない。
 でも、BCPを専門とするコンサルは、どちらか一方だけを推奨することが多い。
 中には、「こちらこそ本物! あちらは邪道だ」と決めつける人もいて、ややこしい。
 BCPを学ぼうとする人は、読む本によって、教わる人によって内容が違うので、混乱することになる。

 発生事象アプローチのメリットは何か。
 それは、何が起きても対応可能な柔軟性の高いBCPが作れるということ。
 たとえば、社員が出社できなくなったらどうするかという事象に対して対策を作っておけば、地震であれ、風水害であれ、社員が出社できなくなったときには、同じ対策で対応できることになる。
 ところが、原因事象アプローチだと、特定の原因に特化したBCPを作るので、別の原因によるインパクトが発生したとき、対応できなくなってしまう。
 たとえば、地震対応のBCPを作ってしまうと、風水害のときには使えないものになってしまう。
 結局、原因別にいくつものBCPを作らなければならなくなる。

 ……以上が、発生事象アプローチ派の主張だ。
 発生事象アプローチを推奨するのは、アメリカ仕込みのBCPを語る人に多い。
 そのような人たちは、頑なに自分こそ本家のBCPを知っていると思っているので、上から目線で原因事象アプローチ派を見下すような態度を取る。
 中には、原因事象アプローチは明らかな間違いだと断言する人もいて、やっかいだ。

 この発生事象アプローチは、BCP本来の趣旨に合致する方法だし、これで実効性の高いBCPが作れるのなら申し分ない。
 でも、実際にBCPを作ろうとすると、この発生事象アプローチは非常に難しいことに気づく。
 例で考えてみよう。
 ある重要業務に欠かせない経営資源の1つとして特定のキーパーソンがいるとしよう。
 そのキーパーソンが欠けると、重要業務に致命的なダメージをもたらしてしまう。
 そこで、このキーパーソン欠員への対策を考えることになる。
 ここからが大変。
 キーパーソンが欠けるってどういうこと?
 いろんなケースが考えられる。
 そのキーパーソンが風邪をひいて出社できなくなったのか。
 電車が止まって通勤できなくなったのか。
 家が壊れて動けなくなったのか。
 それとも、突然のヘッドハンティングで他社に引っこ抜かれたのか。
 いろんなケースが考えられるので、具体的にどういう状況になっているのかを決めないと、対策も具体的に立てようがない。
 「キーパーソンが欠ける」という抽象的な事象に対して、具体的な対策を立てることは不可能なのだ。
 発生事象アプローチは、ここで途方に暮れてしまうことになる。

 その点、原因事象アプローチは明快だ。
 たとえば、地震発生を想定したBCPであれば、すべては地震発生を前提に考えればいい。
 地震であれば、どんな災害か分かっているし、何がどんな状況になるのかも具体的にイメージしやすい。
 当然、具体的な対策も立てやすくなるのだ。
 だから、入門者には、まずは地震を想定したBCPに取り組みましょうと勧めることが多い。

 ところが、この原因事象アプローチには欠点が2つある。
 1つは、地震に特化したBCPを作ると、他のリスクに使えない硬直的なものになってしまうこと。
 もう1つは、地震による被害をイメージするところから始まるので、被害の状況にばかり焦点が当たってBCPの本質を見逃してしまう恐れがあること。
 地震による被害が大きいかどうかということと、ビジネスを継続するために重要な要素であるかどうかは、本来は別の話だからだ。
 たとえば、棚が倒れる、ガラスが割れる、という具体的にイメージしやすい事象にばかり目を奪われて、企業を存続させるために何をしなければいけないのか、という本質が見逃されてしまうのだ。

 ならば、どうしたらいいのか。
 どちらにしても一長一短あるのであれば、両方のいいとこ取りをするしかない。
 まずは、地震を想定して取りかかる。
 「南海トラフ巨大地震」というように具体的な地震を想定し、我が社はどこにどのようなダメージを受けるのかをなるべく具体的にイメージする。
 一方で、我が社にとって企業の存続のために最も重要な業務は何かについても検討をする。
 その重要業務の継続のためにどんな経営資源が必要なのかを特定する。
 そして、その経営資源が想定した地震でどれだけのダメージを受けそうかを評価。
 経営への影響が大きく、ダメージの大きそうな経営資源から優先して対策を打つ。
 こういう、2方面からのアプローチになる。
 中小企業の現場でBCPのお手伝いをしてきて、これが最も有効なアプローチ方法だということを実感している。
 

 
重要業務が決められない

「社長、まず我が社の重要業務を決めていただきます」
「重要業務?」
「はい。我が社にとって一番守らなければならない業務のことです」
「すべての業務を守るに決まってるだろ」
「その中でも、特に重要な業務は?」
「うちに重要じゃない業務があるなんて思ってるのか。そんな無駄な業務があったら、とっくに廃止してるよ」
「いや、そうではなくて、地震が起きたとき、これだけは失われたら困るっていう業務があると思うんですけど……」
「だから、どれが失われたって困るんだよ。うちにとっては全部大事。どれが大事で、どれが大事じゃないなんてないんだ。分かんねぇかなぁ」 

 BCPで最初にぶつかる壁……それは、重要業務の決定だ。
 この重要業務が簡単に決められないのだ。
 我が社で行われている業務はみんな重要なものばかり。
 どの業務は守って、どの業務は失われてもいい、なんて評価ができるわけがない。
 当然、そこで働いている社員はみんな大事な人材。
 どの1人が欠けても、社内の業務に支障を来す。
 働いている部署によって人材の重要度に序列があるなんてことはない。
 日本の組織にはこのような建前がある。
 だから、社内の業務に優先順位をつけるという作業がとたんに難しくなってしまう。
 ややもすると、「すべての業務を守る」ということで丸く収めたくなってしまうのだ。

 ある会社では、BCPの重要業務を決定するために、社内アンケートをとった。
 その社長は常に現場の意見を大事にし、ボトムアップを信条とする。
 BCPも、これで行こうと考えたのだ。
 するとどうなったか。
 どの社員からも、自分の部署が社内で一番大事という意見ばかりが上がってきた。
 当たり前だ。
 全社のバランスを考えて、「自分の業務は重要じゃない」なんてことを言う社員などいるはずがない。
 そんな意識で働いている社員がいたら、むしろおかしい。
 その社長は、アンケート調査なんかしたために、余計にどれが一番大事なのか、決められなくなってしまった。

 でも、BCPでは、このすべての業務を守るというのは、最も避けなければいけないことなのだ。
 BCPで最初の段階で「重要業務の特定」というステップが上がっているのは、BCPを作る大前提として必要だからだ。
 なぜ、重要業務を決めなくてはいけないのか。
 すべての業務を守るではダメなのか。
 そう、ダメなのだ。
 我が社が被災したとき、すべての業務を同時に立ち上げるなんてことは非現実的だ。
 当然、どの業務から立ち上げるのかという優先順位を決めなければならない。
 その優先順位をあらかじめ決めておかなくてはいけないのだ。

「え? どの業務から立ち上げるのかなんて、地震が起きてから状況を見て決めるんじゃないの?」

 もちろん、実際の復旧手順は被災状況を見て決める。
 でも、地震が起きてから、「我が社の重要業務は何か」なんて悠長な話し合いしていられるか。
 地震発生直後は、非常な混乱状態にあり、落ち着いて検討しているような余裕はない。
 瞬発的な判断で走り出すしかない。
 その時に、正しい判断ができるだろうか。
 正しい判断ができたとして、全社員がその目標に向かって直ちに行動できるだろうか。
 あらかじめ重要業務の優先順位を決めておくのは、緊急時において瞬時に決断し、迅速に行動するためだ。

 また、重要業務を決めておかないと、事前対策ができないというのも理由の1つだ。
 被災後、重要業務から迅速に復旧させるためには、それなりの準備が必要となる。
 ヒトの確保、原材料の調達、施設や設備の稼働など、あらかじめ手を打っておかなければ、いざというときに何もできない。
 結局、地震が起きるまでに何ができるかで、被災後の対応も変わってしまうので、あらかじめ重要業務を決めて、その重要業務に集中して対策を打っておく必要があるのだ。
 


地震発生までに何をするかで結果が決まる

「社長、地震発生後の行動計画を作りました」
「細かく書きすぎじゃないのか?」
「はい。地震発生直後はやらなければいけないことが分刻みで発生しますので」
「これじゃぁ、ファーストフードの店頭マニュアルだろう。俺が、そういうマニュアル至上主義が一番嫌いだってことは知ってるよな。型どおりの対応しかできない社員はうちには不要だ」
「いや、これは緊急時の話であって……」
「緊急時だからこそ、マニュアルなんかに頼っていられない。何が起きるか分からないんだから。その場の状況に合わせて、臨機応変に対応するしかないだろう」
「では、緊急時のマニュアルはどうしろと……」
「そんなのは、たった1行『最善を尽くせ』これでいい」
 BCPというと、「地震が起きたらどうするか」という話だと思っている人がいる。
 それで、地震が起きた後のことばかり考えてしまう。
 しかし、これは間違いだ。
 実際は、「地震が発生したらどうするか」ではなく、「地震が発生するまでに何をするか」でなければいけないのだ。
 なぜかというと、地震発生後に何ができるかは、事前に何を準備したかによるからだ。

 たとえば、地震発生直後に社員の安否確認をするとしよう。
 事前に安否確認のルールを取り決めて社員に徹底していればスムーズにできるが、そうでない場合は混乱してしまう。
 帰宅できない社員は会社で寝泊まりすることになるが、そのためには寝具や食料の準備ができていなければ対応できない。
 原材料の調達ルートが絶たれた場合も、事前に代替調達先が確保できていなければ、何もできない。

 地震が発生したら、その場の状況を見て臨機応変に対応すればなんとかなる、と漠然と考えてしまいがちだが、実際は、事前に準備できた範囲でしか対応できないのだ。
 つまり、地震発生後に何ができるかは、事前に何ができたかによって決まるということなのである。

 「地震が発生した時点で勝負あり」となる。
 これは、受験勉強に似ている。
 試験に合格するかどうかは、本番の試験でどれだけいい答案が書けるかどうかで決まる。
 ならば、試験日当日だけがんばればいいのかというと、そうではない。
 いい答案が書けるかどうかは、それまでどれだけの準備をしてきたかによる。
 まったく準備していない分野の問題が出題されたら、試験時間中にいくら考えたとしても、正解にたどり着くのは無理だ。
 試験はどの分野からどのような問題が出るか分からない。
 だから、万全の準備をして、どんな問題が出てもなんとか答えにたどり着けるだけの実力をつけて必要があるのだ。
 どんな問題が出るかわからないと言っても、まったく見当がつかないわけではない。
 出題範囲は限られているし、出題形式も過去問を調べることで傾向をつかむことができる。
 対策の立てようがあるのだ。

 地震もまったく同じだ。
 地震は、どこでどんな地震が起きるか分からない。
 そして、どのような被害をもたらすかも分からない。
 しかし、まったく見当がつかないわけではない。
 どこでどのような地震が起きそうかは、おおざっぱな予想が出ているし、その時、どの程度の被害になりそうかも過去の事例から分かっているからだ。
 「どんな地震が起きるか分からないのだから、対策をしてもしょうがない」などと言っているのは、受験で「どんな問題が出るか分からないのだから勉強してもしょうがない」と言っているのと同じだ。

 受験と地震はよく似ているが、大きく違う点が1つだけある。
 それは、地震は、いつ本番を迎えるのかが分からないということだ。
 受験の場合は、本番の日時は確定しているので、そこに照準を合わせて準備をすればいい。
 だが、地震はその時がいつなのかが分からない。
 あすかもしれないし、10年後かもしれない。
 抜き打ちで試験が行われるようなものだ。
 だから、いつ本番が来てもいいように準備をするしかない。

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平野喜久(ひらの・よしひさ)
中小企業診断士
ひらきプランニング株式会社
代表取締役

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ひらきプランニング株式会社
 hiraki@mub.biglobe.ne.jp

<京都事務所>
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