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簡易比較脉診法

はじめに
経絡治療に脉診は欠かせない診察技術ですがこの技術を完全に習得するには沢山の時間と努力が必要です。かくいう私も自分の技術をこれで足りると思ったことは未だ一度もありません。しかしそうは言いながらも完全ではない診脉力で20年近く臨床をやっているわけです。しかし毎日毎日脉診を何回となく繰り返しているわけですからさすがに20年前とは比べものにならないくらい技術は上がったと自分では思っています。それにしても昔の自分の診脉力を考えればよくもあの程度で臨床をこなしていたなあと空恐ろしくなります。証を決定するのに自信が持てず四苦八苦することも度々でした。それでも証さえ立てればそれなりの治療をしそれなりの治療もしてきたわけです。要するに鍼灸はそれなりの技術でもそれなりの事だけはできるわけです。

 さて本来脉診は比較脉診、脉状診を総合的に分析考察して立証の手立てとしますがそのプロセスは熟達した技術をもってしても時として難しいものです。ましてこれから脉診を学習しようとする方達にとっては雲を掴むような話しで途方にくれてしまう事も多いと思います。そこで初心者がより正確に脉診ができる方法として簡易的な比較脉診法を考えました。
簡易的な脉診法では副証の決定に正確さを欠きますが本証の決定だけをみれば本来の比較脉診法とさほどの誤差もないと思います。誤差が出るとしたら副証の絡みが複雑であったり元々脉が見にくく熟達者でも慎重に診脉しなければならないものが殆どです。

 実際の臨床においては脉診だけで立証することは無いので脉診の精度が未熟であっても病症の弁別をしっかりやれば誤差は修正されます。何故なら脉診に比べ病症の弁別は経験の浅い者でも早い時期から正確な弁別ができる可能性があるからです。それは手先の技術ではなく知識として病症のパターンを多く知っていることと患者から得られる情報をその知識を生かして如何に正確に弁別できるかに依るからです。従って病症の弁別を加えれば脉診だけで立証した時と比べると更にその精度はあがりますから初心者であってもそれほどおかしな立証はしないはずです。仮にもし最初の判断が誤っていたとしたら次回の治療でその経験を活かせば必ず徐々に精度は増していきますし、脉状診を会得していくうちに術中に証や選穴や手技の可否が判断できるようになりますから次回の治療まで結果を待たなくてもその場その場で評価しながらより良い治療を行うことができるようになります。
 またこの簡易比較脉診法では陰陽関係、五行関係(相生・相剋)が理解していなくてもできますが学習の過程においてはできるだけ早い時期にその関係を理解し身に付ける事は絶対必須だと思います。

簡易比較脉診の根拠

 前述のように本来虚しているところを診つけるのが脉診なのですが初心者にはこれがなかなか難しい。強く脉打つところは判るがどこが虚しているかということを診断するのは難しいものです。
 私が後輩に脉診の指導をするようになって気付いたのですが初心者がここは強く打っていると感じるところは実際には陰分が虚して陽分との陰陽の差が大きくなっているところ、陰陽のバランスが大きく崩れているところを強く打っていると診誤ることが非常に多いのです。
 初心者からすれば強いと思っているところが実は弱いのだといわれても最初はなかなか理解しがたいことでこれが脉診を会得する上での最初の壁となります。
 指導する立場からすれば相手は初心者だから当然こちらの方が正しいのであって相手の見解を正さなければ指導したことにならないと思ってしまいます。しかし指導される側に立ってこれを見直してみると指導する側が虚していると言っているのは陰分の脉状のことで初心者が強いと感じているのは陰陽のバランスの崩れの幅のことなのです。お互いが診ているところが違うのです。勿論指導者はそれは百も承知ですからなんとか陰経の虚を診るように四苦八苦して指導します。しかし私は指導していくうちに指導する側が発想を換えて初心者の感じるままで正しい診断にむすびつけるように導くことはできないかと考えてみました。

 乱暴に言えば「初心者にとって強く打っていると感じるところが実は虚しているのだ」という前提で脉診を組み立てる事ができるかということです。勿論初心者から診て強く打っていると感じるだけで実際には虚しているわけですからその習熟度に応じて虚を虚として診れるように指導する事は指導する者は怠ってはならないと思います。ただ初心者がより正確に証を立て得るとしたら今現在率直に感じているままで診断ができるようであれば臨床現場において早い時期から診断に対しての迷いや躊躇が少なくなるのではないかと考えます。
その為の裏づけとして陰陽論でいう「陰が虚せばその対立にある陽は逆に実するか見かけ上実したように診える」という考え方に基づけば、一般に虚が大きければ実も大きく結果として陰陽の脉打つ幅も大きいであろうということ。そして初心者が感じる強い脉とは多くはこの脉打つ幅の大きいものを強いと感じているという前提で脉診のプロセスを再考してみました。
 再考にあたっての拠りどころとなったのは故福島弘道先生の「小児の脉診法」です。
つまり六部定位が充分に診て取れない小児の脉診で左右の脉の虚実を診て患者の右が全体として虚していれば肺虚か脾虚、左が虚していれば肝虚か腎虚と診るという方法を拠りどころとします。

簡易比較脉診法の実際

1)脉診する部位は六部定位脉診と同じです。(詳しくは診察法>脉診を参照)

2)左右の脉を寸関尺に捉われず直感的に全体的にはどちらが強く打っているかを比べます。

2-A) ここで患者の右の脉が強い(実際には陰が虚して陽が実しているか平である。以下も同じ)と感じた時は肺虚か脾虚の何れかが本証となる場合が多いのです。
次に肺虚か脾虚かの判断は左右の寸口の脉を比較することによって行います。
もし右の寸口の脉が強ければ本証は肺虚、左の寸口の脉が強いか左右差が無い場合は本証は殆どが脾虚です。
左右の差が無い場合は副証が腎虚で母経の肺経まで虚した4経虚とも考えられます。

2-B) また患者の左の脉が強いと感じた時は腎虚か肝虚の何れかが本証となる場合が多いのです。
次に腎虚か肝虚かの判断はこれも左右の寸口の脉を比較することによって行います。
もし右の寸口の脉が強ければ本証は腎虚、左の寸口の脉が強いか左右差が無い場合は本証は殆どが肝虚です。

 簡易比較脉診法では本来診るべき陰分の虚実を診ずに陰陽のバランスの崩れの大小を診ます。従ってこの診方では本証まではかなりの精度で証決定を導けますが副証までを正確に診断するには至りません。
しかし前述のように証を立てるにあっては脉診が全てではありません。病症の弁別だけで証を立てることだって実際にはできます。しかし病症が二経以上にわたって発現している場合(よく相克関係において診られます)は病症の弁別だけでは決定しづらいことがあります。こういう時、簡易脉診法を身につけていれば初心者でもどちらが本証かを診分けることが容易にできるはずです。
従ってこの脉診法は初心者が虚実を診極める力をつけるまでの時期に少しでも戸惑いや不安を軽減するには充分に役に立つことと思います。
 いずれ虚実を診極めるといった脉状診の技術が向上していくにつれて本来の六部定位脉診法(脉差診)も正確に詳細に診極められるようになるはずです。つまりこの簡易的な方法に細かい脉状診を加えて診ることでより的確にかつ敏速に診断がつくようになりますから実は改めて六部定位脉診を訓練しなければならないということはないはずです。

(*1) 示指を当てる部を寸口の脉、中指を当てる部を関上の脉、環指の当たる部を尺中の脉と言いそれぞれ十二経絡が配当されます。(

参考図参照のこと

もっと詳しく勉強したいかたはこちら<脉診>